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6章 閉じこめられた解
69 大峡谷の朝
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翌朝、鐘の音で解は目をさました。だれだって目をさますだろう。
それはとんでもなく大きな音だった。
「うわあっ。」
音どころか振動まで伝わってきた。
まるですぐそばで鳴っているような大音量だ。
鐘は一度鳴ったあと長く余韻を残し、もう一度、さらにもう一度と何度もつづいた。
やがて鐘が鳴りおわったとき解は思わず「ふう。」と息をついた。
大きな窓から日が差しこんでいる。
朝だ。
ずいぶん深く眠ったようだ。寝床で眠ったのは何日ぶりだろうと解は思った。
久しぶりの長くて深い眠りのためか、頭の奥が重たい。
それに足がひどく痛かった。昨日たくさん歩いたせいだ。
あんなにずっと歩いてばかりだったのは生まれて初めてだ。
足の裏が何か所もヒリヒリと痛んだ。解はもそもそと起きあがって自分の足の裏を見た。
マメができてつぶれている。
解の目に青い壁がうつった。
壁だけでなくて天井も床も青い。どこもかしこも青だ。ここでは青いものばかりだ。
(もしかしたら天流衆国のなかでも、ほかの場所ではちがうのかもしれない。ここが「青の亜陸」だから青いのかも。)
鐘の音が止んでしずかになると、かすかにべつの音が聞こえた。
解は耳をすませてその音に集中した。
水が流れる音だ。
解は寝台から立ちあがった。
両足の脛がズキズキと痛んだ。前の晩に蹴られたあとだ。
アザになっているかもしれない、いや確実になっているぞ、と解は思った。
痛みのことをなるべく考えないようにしながら、解は窓に近づいた。
四面の壁のうち、一面だけが白い。
その白い壁面に大きな四角い窓がくっついている。
窓は両開きで窓枠にはガラスが嵌めこんである。
解は窓を開けて外をながめた。
そこは青い大峡谷だった。
高くそびえ立つ断崖二つに挟まれた空間だ。
断崖はあざやかな青色の岩石でかたちづくられている。
カラジョル、それに放牧篭とおなじ色、コバルトブルーだ。
朝の日ざしをあびて青い岩石のあちこちが光ってみえた。
そして、コバルトブルーの峡谷に嵌めこんだようにして、町が広がっていた。
切り立つ断崖に、まるでだれかがキュッと押しつけて嵌めたように、たくさんの白い建物がくっついているのだ。
そしてこの町は峡谷の横だけでなく縦にも広がっていた。
建物のうえに少しだけ離れてまたべつの建物がある。
家々のかたちはさまざまだ。シンプルで小さな家もあるし、三階建ての大きな屋敷もある。
断崖のまんなかに大きくて豪奢な屋敷がならび、それをはさんで上と下には小屋のような家が多い。
そして峡谷のいちばん下には川が流れていた。
水音はこの川のせせらぎの音だ。
解は窓から身体をできるかぎり乗りだして、自分のいる小さな建物のまわりを見まわした。
すぐ下に横に長く広がる屋根があった。
ゆるやかに丸みをおびたその屋根の広がりを考えると、どうもこの町でもっとも大きな建物であるようだ。
(集会所とか礼拝堂とか、そういうものかな?)
と、解はアタリをつけた。そういう建物全般を指すのに会堂という言葉があるが、解は知らない。
そしてその長い屋根からにょきにょきと生えるようにして高い塔が建っていた。
塔のてっぺんが解のいる部屋の横に位置している。鐘楼だ。
とても大きな鐘が吊ってある。
鐘の舌、あのバカみたいに大きな音を鳴らす振り子の舌には綱が結わえてあり、下に伸びていた。
会堂のなかでだれかがこの綱を引いて鐘を鳴らすのだ。
解は顔をしかめた。
思わず声に出してつぶやいた。
「こんなに近くで鳴れば、そりゃあんなに響くわけだよ。」
解のいる部屋も、ほかの建物も、白い壁面が一メートルほど断崖の外に出ている。
そして建物の残りの部分は断崖の奥へ横穴を拡げるかたちになっている。
ここでは岩壁をくりぬいて建物を造るのだ。
解の知る日本の家はどれも、木造の一軒屋だろうが鉄筋コンクリートのマンションだろうが、なにもない空間に柱を立てて屋根を乗せるなどして足し算で家を建てる。
でもここではもともと存在する崖から引き算で家を造るのだ。
家々には煙突があり、壁面のわきに青くて細い管がのびていた。
管はゆるやかなカーブを描いてくねっている。
(あれはもしかして放牧篭の枝かな? ここまで運んだのかな?)
そして、解のいる部屋のなかにも、建物の外にも、階段がなかった。
天流衆がどうやって移動するのかを考えたら当然のことだ。
必要がないのだ。
そしてそのことは、解のような立場の少年を、つまり飛べない地徒人の少年を一人閉じこめておくためには好都合な状態だった。
解は、遠くから天流衆のだれかがこの部屋を目指して飛んでくるのに気づいた。
大人の男だ。例のフード付きの上衣を着ている。
遠くにいるために小さく見えた男の姿はみるみるうちに大きくなった。
その男は窓から入ってきた。
「食事だ、地徒人の子ども。」
男は木のトレイを手にしており、トレイには食器が乗っていた。
男の胸元には太陽のフレア・三本の剣・ハート型の輪郭という三つをほどこした青銅のエンブレム。
昨晩にも目にしたやつだ。
腰には長剣。刃は革の鞘におさまっていた。
解は男の様子をじっと見た。
男は革靴を履いた足を部屋の床につけた。カツン、と音がした。
それはとんでもなく大きな音だった。
「うわあっ。」
音どころか振動まで伝わってきた。
まるですぐそばで鳴っているような大音量だ。
鐘は一度鳴ったあと長く余韻を残し、もう一度、さらにもう一度と何度もつづいた。
やがて鐘が鳴りおわったとき解は思わず「ふう。」と息をついた。
大きな窓から日が差しこんでいる。
朝だ。
ずいぶん深く眠ったようだ。寝床で眠ったのは何日ぶりだろうと解は思った。
久しぶりの長くて深い眠りのためか、頭の奥が重たい。
それに足がひどく痛かった。昨日たくさん歩いたせいだ。
あんなにずっと歩いてばかりだったのは生まれて初めてだ。
足の裏が何か所もヒリヒリと痛んだ。解はもそもそと起きあがって自分の足の裏を見た。
マメができてつぶれている。
解の目に青い壁がうつった。
壁だけでなくて天井も床も青い。どこもかしこも青だ。ここでは青いものばかりだ。
(もしかしたら天流衆国のなかでも、ほかの場所ではちがうのかもしれない。ここが「青の亜陸」だから青いのかも。)
鐘の音が止んでしずかになると、かすかにべつの音が聞こえた。
解は耳をすませてその音に集中した。
水が流れる音だ。
解は寝台から立ちあがった。
両足の脛がズキズキと痛んだ。前の晩に蹴られたあとだ。
アザになっているかもしれない、いや確実になっているぞ、と解は思った。
痛みのことをなるべく考えないようにしながら、解は窓に近づいた。
四面の壁のうち、一面だけが白い。
その白い壁面に大きな四角い窓がくっついている。
窓は両開きで窓枠にはガラスが嵌めこんである。
解は窓を開けて外をながめた。
そこは青い大峡谷だった。
高くそびえ立つ断崖二つに挟まれた空間だ。
断崖はあざやかな青色の岩石でかたちづくられている。
カラジョル、それに放牧篭とおなじ色、コバルトブルーだ。
朝の日ざしをあびて青い岩石のあちこちが光ってみえた。
そして、コバルトブルーの峡谷に嵌めこんだようにして、町が広がっていた。
切り立つ断崖に、まるでだれかがキュッと押しつけて嵌めたように、たくさんの白い建物がくっついているのだ。
そしてこの町は峡谷の横だけでなく縦にも広がっていた。
建物のうえに少しだけ離れてまたべつの建物がある。
家々のかたちはさまざまだ。シンプルで小さな家もあるし、三階建ての大きな屋敷もある。
断崖のまんなかに大きくて豪奢な屋敷がならび、それをはさんで上と下には小屋のような家が多い。
そして峡谷のいちばん下には川が流れていた。
水音はこの川のせせらぎの音だ。
解は窓から身体をできるかぎり乗りだして、自分のいる小さな建物のまわりを見まわした。
すぐ下に横に長く広がる屋根があった。
ゆるやかに丸みをおびたその屋根の広がりを考えると、どうもこの町でもっとも大きな建物であるようだ。
(集会所とか礼拝堂とか、そういうものかな?)
と、解はアタリをつけた。そういう建物全般を指すのに会堂という言葉があるが、解は知らない。
そしてその長い屋根からにょきにょきと生えるようにして高い塔が建っていた。
塔のてっぺんが解のいる部屋の横に位置している。鐘楼だ。
とても大きな鐘が吊ってある。
鐘の舌、あのバカみたいに大きな音を鳴らす振り子の舌には綱が結わえてあり、下に伸びていた。
会堂のなかでだれかがこの綱を引いて鐘を鳴らすのだ。
解は顔をしかめた。
思わず声に出してつぶやいた。
「こんなに近くで鳴れば、そりゃあんなに響くわけだよ。」
解のいる部屋も、ほかの建物も、白い壁面が一メートルほど断崖の外に出ている。
そして建物の残りの部分は断崖の奥へ横穴を拡げるかたちになっている。
ここでは岩壁をくりぬいて建物を造るのだ。
解の知る日本の家はどれも、木造の一軒屋だろうが鉄筋コンクリートのマンションだろうが、なにもない空間に柱を立てて屋根を乗せるなどして足し算で家を建てる。
でもここではもともと存在する崖から引き算で家を造るのだ。
家々には煙突があり、壁面のわきに青くて細い管がのびていた。
管はゆるやかなカーブを描いてくねっている。
(あれはもしかして放牧篭の枝かな? ここまで運んだのかな?)
そして、解のいる部屋のなかにも、建物の外にも、階段がなかった。
天流衆がどうやって移動するのかを考えたら当然のことだ。
必要がないのだ。
そしてそのことは、解のような立場の少年を、つまり飛べない地徒人の少年を一人閉じこめておくためには好都合な状態だった。
解は、遠くから天流衆のだれかがこの部屋を目指して飛んでくるのに気づいた。
大人の男だ。例のフード付きの上衣を着ている。
遠くにいるために小さく見えた男の姿はみるみるうちに大きくなった。
その男は窓から入ってきた。
「食事だ、地徒人の子ども。」
男は木のトレイを手にしており、トレイには食器が乗っていた。
男の胸元には太陽のフレア・三本の剣・ハート型の輪郭という三つをほどこした青銅のエンブレム。
昨晩にも目にしたやつだ。
腰には長剣。刃は革の鞘におさまっていた。
解は男の様子をじっと見た。
男は革靴を履いた足を部屋の床につけた。カツン、と音がした。
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