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3章 二つの誓約、ぜったいに
38 約束
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結生が言った。
「だったら解くんを探さないと。」
『ムダだ、放っておけ。お前一人でさっさと戻ってこい。あのクソ生意気なチビは逃げだそうとしたうえに迷子になったことをたっぷり後悔するだろうぜ。腹をすかせて喉が渇いてすぐにくたばる。いい気味だ、オレに生意気な態度をとった罰だ。』
大河内は声音を変えた。
『いいか宮崎、いますぐ引きかえせ。お前にはお前で罰をくれてやる。お前まで戻らなかったらこっちにいる女とガキがひどい目にあうからな。』
「大河内さん、杉野さんと絵夢ちゃんは。」
伝話貝の身が姿を変えた。
会話はおしまいだ。
結生が伝話貝を見つめた。
巻貝のかたちのふしぎな生きものをしばらく見つめ、それから解を見た。
「解くん。」
「一緒に行こう、結生くん。」
解はいそいで言った。
「そりゃあ杉野さんと絵夢ちゃんのことは気になるけど、でも女の人と小さい子だ、大河内だってそこまでひどいことは……そんなには……。」
しないと思う、という言葉を解は最後まで言うことができなかった。
自分でも信じられない言葉を結生に話して説きふせることができると思えなかった。
結生が解の肩に手をおいた。
「解くん。」
「いやだ。」
解はつぶやいた。
「いやだよ、結生くん。」
解は結生の頭に浮かんだ考えをつぶしてしまいたかった。
でもできない。
結生がはっきりと言った。
「君一人で行くんだ、解くん。」
解の目から涙がドッと出た。
「どうしてだよ! だったらぼくも戻るよ。大河内に痛い目にあわされるかもしれないけど、それでもいいよ。二人で戻って、今度は杉野さんと絵夢ちゃんとみんなでここへ来よう。そのほうがぜったい良いよ。」
「ぼくが戻ったあとで大河内がこの道をそのままにするとは限らない。もう二度と逃げられないようにふさいでしまうかもしれない。それともぼくらをべつの場所へうつすかも。行くなら今しかない。」
「いやだ。」
「行くんだ。レシャバールさんの遺言がある。」
解の身体が固まった。
結生はうなずいた。
「レシャバールさんのことを凱風という人に伝えなきゃいけない。君が行くんだ、解くん。レシャバールさんの話の通りなら、凱風という人がぼくのことを探して遺言の言葉をたしかめようとするはずだ。そうすればカク・シにだまされてこの骨鉱山に連れてこられた人間のことも明らかになる。」
解は結生をまじまじと見つめた。
穴があくかというほど、見つめた。
結生は正しいと思った。なにからなにまで正しい。
「ひどいよ、結生くん。」
解はつぶやいた。
「そんなに正しかったら、ぼくは『わかった』って言うしかないよ。」
結生がわらった。
解はその反対だ。もう一度涙が出た。解は言った。
「ぼくはもどってくるからね。凱風という人に会って、レシャバールさんの話とカク・シの話をして、ここのことを説明して、力になってもらう。約束する、もどってくる。ぜったいに。」
「うん。待ってる。」
結生が手をのばして解の涙をぬぐった。
解は小声で言った。
「ありがと。」
これ以上泣かないために解はグッとこぶしをにぎりしめた。
こぶしがポケットに入っているものに当たった。
解はそれを取りだして結生に差しだした。
五徳ナイフだ。
「使って、それに杉野さんも――みんなで使って。離れても、そばにいなくても、ぼくはみんなのことを考える。気にするし、元気でいてほしいから、だから持っててほしい。」
「君のパパとおなじだね。うん、ありがとう、借りておくよ。次に会ったときに返すからね。」
結生がナイフを受けとった。
解の顔がくしゃくしゃになった。
結生が解の肩を押した。
「さあ、行くんだ、解くん。」
解は外へ出た。
ほんの少し歩くとすぐにがまんできなくなり、解は後ろを振りかえった。
解が出てきたばかりの穴はぽっかりと暗かった。
結生の姿はなかった。
杉野母娘を心配してすでに引きかえしたのだろう。
解は泣くのをこらえて前を向いた。
タンがのそりのそりと歩いているその後を追った。
日ざしがまぶしい。
まぶしすぎると解は思った。
日の当たらない場所にいたのはたったの数日なのに、目を開けるのが苦痛なくらいまぶしく感じた。
解は目をしばたかせた。
あたりには草が茂り、ときどき背の高い木が生えていた。
遠くへ目をこらすと山が見えた。
はじめにカラジョルから降りた地点からどれほど離れているのだろうか、と解は考えた。
とにかくタンの後について歩くしかないので解はそうした。
しばらく歩いたところで、水の音が聞こえた。
タンがぴょん、とはね、足を動かす速度を上げた。
「あそコ。」
「え。」
解はいそいでタンについていった。
やがて小川に出た。
澄んだ水が流れている。
タンはぴょん、ぴょん、とはねた。そしてあるものを指さした。
「あレ。」
解はそれを見た。
「骨じゃないか。」
「だったら解くんを探さないと。」
『ムダだ、放っておけ。お前一人でさっさと戻ってこい。あのクソ生意気なチビは逃げだそうとしたうえに迷子になったことをたっぷり後悔するだろうぜ。腹をすかせて喉が渇いてすぐにくたばる。いい気味だ、オレに生意気な態度をとった罰だ。』
大河内は声音を変えた。
『いいか宮崎、いますぐ引きかえせ。お前にはお前で罰をくれてやる。お前まで戻らなかったらこっちにいる女とガキがひどい目にあうからな。』
「大河内さん、杉野さんと絵夢ちゃんは。」
伝話貝の身が姿を変えた。
会話はおしまいだ。
結生が伝話貝を見つめた。
巻貝のかたちのふしぎな生きものをしばらく見つめ、それから解を見た。
「解くん。」
「一緒に行こう、結生くん。」
解はいそいで言った。
「そりゃあ杉野さんと絵夢ちゃんのことは気になるけど、でも女の人と小さい子だ、大河内だってそこまでひどいことは……そんなには……。」
しないと思う、という言葉を解は最後まで言うことができなかった。
自分でも信じられない言葉を結生に話して説きふせることができると思えなかった。
結生が解の肩に手をおいた。
「解くん。」
「いやだ。」
解はつぶやいた。
「いやだよ、結生くん。」
解は結生の頭に浮かんだ考えをつぶしてしまいたかった。
でもできない。
結生がはっきりと言った。
「君一人で行くんだ、解くん。」
解の目から涙がドッと出た。
「どうしてだよ! だったらぼくも戻るよ。大河内に痛い目にあわされるかもしれないけど、それでもいいよ。二人で戻って、今度は杉野さんと絵夢ちゃんとみんなでここへ来よう。そのほうがぜったい良いよ。」
「ぼくが戻ったあとで大河内がこの道をそのままにするとは限らない。もう二度と逃げられないようにふさいでしまうかもしれない。それともぼくらをべつの場所へうつすかも。行くなら今しかない。」
「いやだ。」
「行くんだ。レシャバールさんの遺言がある。」
解の身体が固まった。
結生はうなずいた。
「レシャバールさんのことを凱風という人に伝えなきゃいけない。君が行くんだ、解くん。レシャバールさんの話の通りなら、凱風という人がぼくのことを探して遺言の言葉をたしかめようとするはずだ。そうすればカク・シにだまされてこの骨鉱山に連れてこられた人間のことも明らかになる。」
解は結生をまじまじと見つめた。
穴があくかというほど、見つめた。
結生は正しいと思った。なにからなにまで正しい。
「ひどいよ、結生くん。」
解はつぶやいた。
「そんなに正しかったら、ぼくは『わかった』って言うしかないよ。」
結生がわらった。
解はその反対だ。もう一度涙が出た。解は言った。
「ぼくはもどってくるからね。凱風という人に会って、レシャバールさんの話とカク・シの話をして、ここのことを説明して、力になってもらう。約束する、もどってくる。ぜったいに。」
「うん。待ってる。」
結生が手をのばして解の涙をぬぐった。
解は小声で言った。
「ありがと。」
これ以上泣かないために解はグッとこぶしをにぎりしめた。
こぶしがポケットに入っているものに当たった。
解はそれを取りだして結生に差しだした。
五徳ナイフだ。
「使って、それに杉野さんも――みんなで使って。離れても、そばにいなくても、ぼくはみんなのことを考える。気にするし、元気でいてほしいから、だから持っててほしい。」
「君のパパとおなじだね。うん、ありがとう、借りておくよ。次に会ったときに返すからね。」
結生がナイフを受けとった。
解の顔がくしゃくしゃになった。
結生が解の肩を押した。
「さあ、行くんだ、解くん。」
解は外へ出た。
ほんの少し歩くとすぐにがまんできなくなり、解は後ろを振りかえった。
解が出てきたばかりの穴はぽっかりと暗かった。
結生の姿はなかった。
杉野母娘を心配してすでに引きかえしたのだろう。
解は泣くのをこらえて前を向いた。
タンがのそりのそりと歩いているその後を追った。
日ざしがまぶしい。
まぶしすぎると解は思った。
日の当たらない場所にいたのはたったの数日なのに、目を開けるのが苦痛なくらいまぶしく感じた。
解は目をしばたかせた。
あたりには草が茂り、ときどき背の高い木が生えていた。
遠くへ目をこらすと山が見えた。
はじめにカラジョルから降りた地点からどれほど離れているのだろうか、と解は考えた。
とにかくタンの後について歩くしかないので解はそうした。
しばらく歩いたところで、水の音が聞こえた。
タンがぴょん、とはね、足を動かす速度を上げた。
「あそコ。」
「え。」
解はいそいでタンについていった。
やがて小川に出た。
澄んだ水が流れている。
タンはぴょん、ぴょん、とはねた。そしてあるものを指さした。
「あレ。」
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「骨じゃないか。」
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