天流衆国の物語

紙川也

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2章 地中に埋まった骨鉱山

24 どうすれば(前)

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「君が謝ることじゃない。」
 結生がきっぱりと言った。

「君が悪いことをしたわけじゃない。もし悪いっていうならそれはぼくらをだました人だ。君じゃない。それに君の言った通り、あの場でみんなを動かす力が君にあったわけじゃないんだ。」
「でも。」
解はつぶやいた。
とはいえ解はそのあとに続ける言葉を持ちあわせているわけではなかった。
それを持っていたのは結生だ。結生は言った。
「君には責任がなかった。だから君は謝らなくていい。」

それは、なぐさめるとか、励ますとか、そういう意味をふくむ言葉とはちがって、もっとずっと強い言葉だった。
結生の声は解からなにかを断ち切るような響きがあった。
解は結生を見た。
日ざしがあたると栗色に見える髪の毛はいまこの場所では解とおなじ色に見えた。
黒いフチのメガネの奥の目は、きれいで迷いがなくて透徹していた。

その結生の目を見かえすうちに、解のなかでなにかが変化した。
謝らなくていいんだ、と解はあらためて思った。
(じゃあ、どうすればいいんだろう。)

やがておもむろに杉野さんがうつむいた。
「ごめんなさい。私のほうこそごめん。解くんに当たっちゃった。帰れない、これからどうなるかわからないと思った途端に、つい。」
杉野さんの目からボロリと涙がこぼれた。
「ご、ごめん。私がいちばんしっかりしなきゃいけないのに。解くんも結生くんも、絵夢だってがんばっているのに。」
「まぁま。」
小さな女の子がママを呼んだ。
彼女は杉野さんの手をにぎり、ゆらゆらと振ってみせた。
まるで元気づけるようなしぐさだ。
「まぁま、だいじょぶ!」
「そうだね、だ、だいじょうぶ。」
そう言いながら、杉野さんの目から涙がどんどん出てきた。
「大丈夫、そうだね、がんばろうね。がんばって、どうにかして帰る方法を見つけようね。」
そう言いながら、杉野さんはほほえんだ。
ほほえみながら涙を流した。
解はたまらない気持ちになった。

解はあたりを見まわした。

あわい緑色に光るたくさんの骨に、しめっぽい土の天井。ほそい坑道。
解は思いついたことをそのまま口にした。
黙っている場合じゃないぞ、と自分に言いきかせた。
「提案があります。ええと、みんなの持ちものを確認しませんか? なにかここで役に立ちそうなものがあるかどうか。」
解と結生、それに杉野さんはそれぞれの荷物を見てみることにした。
まずスマートフォンが使いものにならないのがすぐに判明した。
それぞれのスマートフォンは電波が届かずに通話できないどころか、電源さえ入らなかった。
杉野さんが困ったような、ただしさっきより落ちつきをとりもどした声でつぶやいた。
「充電したばかりでほとんど使っていなかったのに。」
解は電車に乗った直後におばあちゃんと話をしたこと、そのとき通話が切れたことを思いだした。
もしかしてあのときからスマートフォンは使えなくなってしまったのだろうか。
とにかく三人は荷物の確認をつづけた。
財布は全員が持っていた。
それからカードケース。
三枚のカードケースにはそれぞれ電車に乗るときの磁気カード。
そして家の鍵。
いつもなら一番役に立つはずのものが、ここでは全然役に立たないな、と解は思った。
(だけどもしかしたら、なにかの役に立つかもしれない。わかんないけど。)
解と杉野さんがそれぞれステンレス製の細身の水筒を持っていて、両方とも麦茶が残っていた。
杉野さんの水筒にはほんの少し、解の水筒には半分ほど。
「お茶は今日中に飲んでしまったほうがいいね。それで、カラジョルが運んでくるガラス瓶の水を水筒に詰めるようにしたらどうかな。そうすれば飲みたいときに水を飲める。」
結生が言い、杉野さんもうなずいた。
解はほかにチョコレートを一箱持っていた。
紙箱のなかに小分けになった二十六の包み。
杉野さんのバッグのなかには動物のかたちのビスケットが一箱入っていた。
ビスケットを見て絵夢が顔を輝かせた。
杉野さんは首を横にふって、
「だーめ。」
と言った。
結生が、
「一日に一つずつ、おやつにあげたらどうでしょう。それからこれも。」
と、結生の小さなショルダーバッグから二枚入りの煎餅の小袋を三つとりだした。
「ともだちのうちで出たのをその場で食べずにもらったんです。ビスケットがなくなったら絵夢ちゃんにどうぞ。」
「こっちのチョコレートも。」
解も言った。
杉野さんのデイパックにはいろいろなものが入っていた。
ハンドタオル、ポケットティッシュとウェットティッシュが一袋ずつとマスク。
小さな子どもの着替え一式(ただし使用済み)、絵本が一冊、小さな折り紙。
絆創膏が三枚と頭痛薬と携帯サイズの裁縫キット、小さな鏡とリップクリーム。
解のリュックサックにもそれなりにいろいろなものが入っていた。
親戚の家へではあるが旅行の予定だったのだ。
着替え(解の場合は未使用)、ハンドタオルとポケットティッシュ。
歯ブラシと歯磨き粉。ビニール袋。例の五徳ナイフ。
家の本棚から持ちだした本が一冊。
半年前に道で拾ったパチンコ玉が一個、輪ゴム、ゲーム機。
解はためしにゲーム機の電源を入れてみたが、起動しなかった。
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