23 / 50
1章妖精の愛し子
19.
しおりを挟むそれからというもの、スフィアは毎日のようにイアン様に会いに行くようになった。
ミラベルさんいわく、自分の仕事や薬師としての勉強など、やるべきことは全てやっているそうだし、彼女との交流は間違いなくイアン様にいい影響を与えているだろう。
なので、わたしも何も言わなかった。
その一方で、わたしたちはイアン様に処方する薬を作るため、その薬材集めに精を出していた。
いかんせん必要な種類が多いので、どうしても足りない薬材が出てくる。
というわけで、今日もわたしは皆に協力してもらいながら、西の森で採取を行っていた。
「エリンさん、オバケソウモドキというのは、これで合っているんですか?」
ミラベルさんと一緒に茂みから出てきたクロエさんが、手に持っていた植物を見せながら訊いてくる。
「あっ、いえ、それはオバケソウです。よく似ているのですが、今回の薬に使うのとは別の植物になります」
「そうですか……むむ、わかりにくいですねぇ」
「す、すみません。でも、オバケソウも薬材になりますので」
クロエさんは手元の植物を凝視しながら眉をひそめる。
細い茎の先に白い綿毛のような花がついたそれは、風が吹くとゆらゆらと大きく揺れる。
かつて、どこかの誰かがその様子をオバケと見間違えたことが由来となり、オバケソウという名前がついているのだ。
「エリンさーん! オッポ草って、これで合ってる!?」
その直後、反対側の茂みからマイラさんが勢いよく飛び出してきた。その手には薄緑色をした、毛玉のような花があった。
「あ、合ってます。マイラさん、ありがとうございます」
「へへー、この草は覚えたよ! 変わった見た目だしね!」
「そ、そうなんです。それこそ動物の尾っぽに見えるので、オッポ草という名前がついているんです」
「しかし、これが薬の材料になるとは誰も思わないぞ」
マイラさんの手にある草に視線を送りながら、ミラベルさんが怪訝そうな顔をする。
「オッポ草は虚弱体質や食欲不振に効果があります。解熱作用もあるので、熱冷ましに入れられることもあり、変わったところでは、おしりの薬にも……」
「わ、わかったわかった。相変わらず薬のことになると饒舌になるな」
「す、すみません」
つい熱弁を振るいかけたところを、ミラベルさんにたしなめられる。うう、恥ずかしい……。
「これで、残る薬材はいくつだ?」
「えっと、あとはオバケソウモドキだけですね。リクルル豆は街の市場でも買えますので」
わたしがそう告げると、ミラベルさんは安堵の表情を見せる。
今回、イアン様に作る薬は別名、薬の王様とも呼ばれるもので、使用する薬材は10種類。さすがに集めるのに時間がかかってしまった。
「なら、あと一息だな。最後は皆で探すとしよう。私たちでは見分けがつかないから、よろしく頼むぞ。エリン先生」
「は、はひ……!」
軽く背中を叩かれて、わたしは思わず背筋が伸びる。
生育場所はすでに見当がついているし、そこまで時間はかからないはずだ。
……その後、無事にオバケモドキを採取し、わたしたちは街へと戻った。
西日を受けてオレンジ色に染まりつつある市場を、皆と一緒に歩く。
「せっかくですし、夕飯の買い物をしていきましょうか。体力自慢の荷物持ちもいることですし」
「クロエさーん、荷物持ちって、あたしのことだよね? まだ持たせるつもりなの?」
「夕方になると、市場では在庫を抱えたくないお店の割引合戦が始まるので、買い時なんですよー。せっかくなので、保存が利くものはできるだけ買っておきたいんです」
すでに薬材が詰まった袋をかつぐマイラさんを横目に、クロエさんはクスクスと笑う。
「さすが商人志望、抜け目がないな……いいだろう。買い物は任せる」
その様子を見ながら、半ば呆れ顔でミラベルさんが頷く。
そろそろスフィアも工房に戻っている頃だろうし、今から買い物をして帰れば、ちょうど夕飯時だ。
「あっ、それなら、わたしはリクルル豆を買ってきます」
「え? 一緒に行こうよ」
「い、いえ、すぐに済みますので。買い物、していてください」
そのまま買い出しの流れになる中、わたしは一人皆の輪から外れる。
野菜売り場に行けばリクルル豆自体は売っているのだけど、それらは全てサヤから実を取り出して、量り売りされているもの。
薬材として使うのは実ではなくサヤのほうで、サヤつきのリクルル豆は、市場の端にあるお店にしか売っていないのだ。
「そ、それでは、行ってきます」
懐にお財布があるのを確認してから、わたしは皆とは反対方向へと歩いていく。
やがて見えてきたのは、おばあさんが一人で切り盛りする本当に小さなお店だった。
「こ、こんにちは。リクルル豆、ありますか」
「ああ、いらっしゃい。あるにはあるけど、ちょっとねぇ……」
勇気を振り絞って声をかけると、おばあさんはなんともいえない顔をした。
「え、どうしたんですか」
「一袋でねぇ、250ピールもするんだよ。サヤつきでだよ?」
するとそんな言葉が返ってきて、わたしは固まってしまう。
リクルル豆は普段、100ピールほどで買える。それが倍以上になっているなんて、どういうこと?
「あ、あの、なんでこんなに高いんですか? ここのところ、ずっと天気も良かったですよね?」
「商人さんがねぇ。一袋200ピールじゃないと売れないって言うんだよ。値上がりしてるんだってさ」
おばあさんはため息まじりに言って、「これでも、うちも頑張らせてもらってるんだよ。原価ギリギリさ」と続けた。
「……わ、わかりました。それ、買わせてください」
「おや、いいのかい? もう一度言うけど、サヤつきなんだよ? 食べられる部分は、かなり少ないよ?」
「か、構わないです。むしろ、サヤのほうを使うので」
そう伝えるも、おばあさんは首を傾げていた。
説明し始めると長くなると思ったわたしは、すぐさま代金を支払い、お店をあとにする。
「予想外の出費だったけど、薬を作るためだし、仕方ないよね」
青々としたリクルル豆の入った袋を見つめながら、自分を納得させるように呟く。
……それにしても、どうして急にリクルル豆の値段が上がったんだろう。
この街ではスイートリーフに並んでポピュラーな食材だし、スープにキッシュにと、その用途も多彩だ。下手に価格が高騰すれば、家庭の食卓を直撃しかねない。
「あっ! エリン先生ー!」
そんなことを考えながら歩いていると、背後からスフィアの声がした。
「あれ、スフィアも市場に用事ですか?」
「違います! 追われているんです! 匿ってください!」
振り返りながら尋ねるも、そんな言葉が返ってきた。
……え、なにこの状況。いつか見た光景なんだけど。
13
お気に入りに追加
260
あなたにおすすめの小説
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中!
※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります!
気付いたら異世界に転生していた主人公。
赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。
「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】巻き込まれたけど私が本物 ~転移したら体がモフモフ化してて、公爵家のペットになりました~
千堂みくま
ファンタジー
異世界に幼なじみと一緒に召喚された17歳の莉乃。なぜか体がペンギンの雛(?)になっており、変な鳥だと城から追い出されてしまう。しかし森の中でイケメン公爵様に拾われ、ペットとして大切に飼われる事になった。公爵家でイケメン兄弟と一緒に暮らしていたが、魔物が減ったり、瘴気が薄くなったりと不思議な事件が次々と起こる。どうやら謎のペンギンもどきには重大な秘密があるようで……? ※恋愛要素あるけど進行はゆっくり目。※ファンタジーなので冒険したりします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!
天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。
魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。
でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。
一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。
トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。
互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。
。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.
他サイトにも連載中
2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。
よろしくお願いいたします。m(_ _)m
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
農家は万能!?いえいえ。ただの器用貧乏です!
鈴浦春凪
ファンタジー
HOT最高は12位? 以上 ですがお気に入りは付かない作風です
ある日突然、異世界の草原で目を覚ました主人公。
記憶無し。食べ物無し。700km圏内に村も無し。
無いもの尽くしの不幸に見舞われた主人公には、名前もまだ無い。
急な災難に巻き込まれた少年が、出会う人々の優しさにより。
少しずつ異世界へと馴染み、やがて、現代日本の農業とグルメ。近代知識を生かして人生を歩む話。
皮肉家だが、根はやさしい少年が、恩人から受けた恩をこの世界へ返してゆく
*ステータスは開示されず、向いた職業の啓示を受ける世界です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる