嫌われた妖精の愛し子は、妖精の国で幸せに暮らす

柴ちゃん

文字の大きさ
上 下
8 / 50
1章妖精の愛し子

4.

しおりを挟む


「師匠……?」

九十九は呼ばれたような気がして振り返った。しかし石膏の白い大地には九十九の他に誰もいない。
「……」
九十九はここで六十八が待っていると思っていた。掟を破った九十九を殺すために……その覚悟で来た。
しかし――そこには誰もいなかった。
「何故……」
そこで九十九は奇岩の陰に何か置いてあることに気付いた。走り寄ってみると、それはいつか六十八が九十九に見せた、歴代のレッセイたちの作ったプレパラートの入った平たい木箱だった。木箱には藍色の鉢巻きが結ばれている。
「師匠のだ」

九十九の中でドクン、と心臓が鳴る。嫌な予感がした。空はわずかに薄闇、夜明けが近い。
九十九は大急ぎで宿営地へと走って戻った。


「確かに死んでいます。後頭部が割れていますから」
そう言って従者は頭の周囲に赤黒い血を流して倒れている六十八の様子を確かめた。
「ふん、つまらん死に方だったな。目障りだ、さっさと埋めてしまおう」
「七条様、あれを」
従者の言葉に七条は顔を向けた。誰か走ってくる。九十九だ。
七条は嗤う。
(自らノコノコやってくるとは……探す手間が省けたわ)
「こんな朝早くから何を集まってるんだ?」
ハアハアと息をつきながら九十九は声をかけると輪の中に入り――目を見張った。

「師匠……師匠……!!」

九十九は血がつくのも構わず目をつぶったまま倒れている六十八の遺骸にすがり、そしてその頬を両手で包んだ。
「そんな、一体、どうして。なんで!?」
「飛び降りたのだ。その男は、掟を守ると言って飛んだ」
七条が言った。九十九は茫然とする。掟を守る――破ったのは九十九だ。なぜ。

――わからないの?

九十九の脳裏に七十七の言葉が響く。そうだ。掟を破ったのは九十九だ。
一二三である六十八に弑されなくてはならなかった――しかし六十八はやってこなかった。


自分の愛弟子を殺すことができなかった。


それは掟破りだ。だから――掟に従って、死んだ。

九十九の瞳からぼろぼろと涙がこぼれた。ぬぐっても、ぬぐっても落ちてくる。
(――師匠になら殺されてもいいよ、なんて)
なんて勝手な言い草だったのだろう、自分は。

たちまち九十九の脳裏に六十八に拾われてからの果てしない旅路が色鮮やかによみがえった。
砂の海、青を閉じ込めた水面。師の背中に揺られながら七色の空を仰ぎ見た。
――懐かしく厳しい笑顔。

(俺は、本当に何も知らなさすぎる)

いつか自分は六十八をどこかへ置いてなど行けないと思った。師を見捨てることなどできないと。
なのになぜ自分は――六十八は自分を殺せるなどと思ったのだろう。 
(大馬鹿野郎だ、俺は)

嫌になる――後悔ばかりで。

師匠、と九十九は嗚咽を漏らした。
六十八を包む血だまりは次第に結晶化していく。やがてそれは六十八の身体を覆い、わずかに顔だけ残し赤い鉱床となった。
「残念だったな、鎮魂の祈りでも捧げ給えよ。そのあと死んでもらう」
七条のセリフに九十九は立ち上がった。目を拭うと、
「どういう意味だ」
「君には世話になった。それだけは感謝しよう。だが、貴様には罪人の血が流れている。ゆえに我々はとどめを刺しに来たのだ。自分が罪深い存在である事はわかっているのだろう?」
「……カガクシャのことか。どこでそれを」
「どこで知ろうがどうでもいい。我々はお前たちに千年もの間苦しめられてきた。レッセイが死ねばすべてはおさまる。七十七とやらもこの男も死んだ。お前も死ぬのだ」
従者たちが槍や回路を持ちだす。
七十七姉まで……九十九は頭を振った。


「何をしているの!?」


玲瓏な声が響いて一同は動きを止めた。ロサの入り口から、少女が出てくる。
アルタだ。

「何を――何をしているのエズ? 九十九? ……武器など持ちだして……」
アルタは早くに発つだろう、九十九たちを見送るつもりでいち早く起きてきたのだ。しかしその場の異様な雰囲気を察し、不審な顔で近づいてきて――息を飲んだ。
「これは、————レッセイの惣領では!? なぜ!?」
「アルタ様お下がりください。我々はこれから処刑を行わなくてはならない」
七条は冷ややかに言った。
「できればあなたに見せたくはなかった」
「何を言ってるの、エズ」
「私はもう七条です、アルタ様。レッセイ・ギルドは殺す。この世界のために」
「何を言ってるのよ!!」
アルタの表情が壊れる。六十八の亡骸と九十九を交互に見、
「まさかエズ――いえ七条。あなたがやったの」
「その男は勝手に自ら死んだだけです。残るは九十九、貴様だけだ」
「どうしてそんなことするのよ!」
アルタは悲鳴を上げて七条の腕にすがった。
「それはあなたが一番よく知っておいでのはずだ!!」
七条はアルタの手を払い、叫ぶ。
「穢れたカガクシャの――その千年後の姿がこ奴なのです! いてはならない!」
「七条……! 貴方、九十九と私の会話を聞いていたのね……! だめよ、九十九はカガクシャとは違うわ! 私たちを助けてくれた! 神様なのよ!」
「この男は神などではありませんぞ。悪魔です。アルタ様は騙されているのです! レッセイ・ギルドさえいなければクリスタリスはいなくなるんだ!」
そうすればロサも――と、言葉を続けようとしたところで下腹部に走った鋭い痛みに七条はガクリと膝をついた。

腹から、剣が突き出でている。
血が垂れ、地面に落ちて――染みた。ヴァルル、とアルタは息を飲む。

七条を刺したのは源上だった。

剣を刺したまま、源上はなぜ、と声を震わせる。
「なぜレッセイを殺すのですか。彼らの正体がなんであれ、僕たちの救世主だった。いや、それよりも――なぜ七条、あなたがそんな殺戮をするのですか。手を汚すのですか。――そんなのは騎士の姿ではない! なぜ! なぜ堕ちてしまったのです! あなたを尊敬していたのに! 僕の尊敬する騎士長は死んでしまった!!」

慟哭。

源上はずるりと剣を引き抜くと、
「あなたはもう騎士などではない!」
――そういって剣を放り出した。血を吐き、七条が手をつく。
「源上、貴様――」
「彼を殺すというならあなたはただの人殺しだ!」
そう叫んで源上は膝を折り泣いた。畜生、畜生、と。
七条は放りだされた剣を見る。それは七条――エズが持っていた、騎士のつるぎだった。騎士の証。
ロサの誇りある騎士の剣が――穢れた。

レッセイだけじゃない。
自分も汚れている。
もう騎士の姿などどこにもない。
思わず目をつぶった。

「――それでも!」

ドン、と七条は地面を拳で叩く。塞がっていく腹の痛みに耐えながら、叫んだ。

「それでも私はロサを生かす! アルタ様を生き延びさせてみせる!! あなたを! 守ると! 私は誓った……! 例え堕ちようと……そのためにレッセイを殺す、殺してみせる!」

我が王よ……! 

そういって七条は苦悶の表情でアルタの足元に突っ伏した。アルタはめまいがする思いでその姿を凝視し、その場に崩れ落ちそうになって――踏みとどまった。
(――ああ、生きることはこんなにも汚い。生き延びることはこんなにも辛い)

彼の何を責められるというのか。
七条の罪は――自分の罪だ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

【完結】巻き込まれたけど私が本物 ~転移したら体がモフモフ化してて、公爵家のペットになりました~

千堂みくま
ファンタジー
異世界に幼なじみと一緒に召喚された17歳の莉乃。なぜか体がペンギンの雛(?)になっており、変な鳥だと城から追い出されてしまう。しかし森の中でイケメン公爵様に拾われ、ペットとして大切に飼われる事になった。公爵家でイケメン兄弟と一緒に暮らしていたが、魔物が減ったり、瘴気が薄くなったりと不思議な事件が次々と起こる。どうやら謎のペンギンもどきには重大な秘密があるようで……? ※恋愛要素あるけど進行はゆっくり目。※ファンタジーなので冒険したりします。

遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!

天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。  魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。  でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。  一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。  トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。  互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。 。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.  他サイトにも連載中 2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。  よろしくお願いいたします。m(_ _)m

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

処理中です...