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第六十七話 『ダークエルフの里 ニ』

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 「あのっ……」

 洞窟に着いて暫くして、ハナが恐る恐る話しかけて来た。 フィルとフィンは食料を調達しに行っている。

 監視スキルは火を熾し、焚き火を大きくしていた。 声を掛けられ、ハナへ視線を移す。

 「どうしたの? ハナ」
 「あ……えと、打撲とか無いかなって思ってっ」

 心配そうなハナの表情で、先程、結界で弾き飛ばされた事を思い出す。

 「大丈夫、大丈夫。 そんな柔じゃないから」
 「うん、でも、思いっきり弾き飛ばしてしまったし、怒ってないかなっ」

 ハナの脳裏には、目の前のユウトではなく、何時も一緒に居てくれる優斗が見えているのだろう。

 監視スキルは白銀の瞳を細める。

 「怒ってないし、ユウトが指示した事だしね」
 「うん」

 まだ、納得がしていないのか、暗い顔で俯く。 ハナの隣に腰掛けて、自然と肩を抱いた。 少しだけ身体が揺れたが、ハナは何も言わなかった。

 ハナが小さく笑う。

 「えっ、ここ笑うとこ? 普通はこう、うっとりと肩を抱いて来た相手を見上げる場面では?」
 
 監視スキルが、優斗が口にしないであろう台詞を言ってくる。 少し唖然とした表情をハナはした。

 「……えと、もしかしなくても、それが監視スキルの地なの?」
 「まぁ、そうだね。 何時もこんな感じだよ」
 「へぇ~、意外。 優斗は絶対にそんな甘い感じにはならないけど」
 「そう? 僕の記憶には、まぁまぁ気障ったらしい台詞も残ってるけど」

 じっと見つめて来るハナの眼差しに、監視スキルの動きが止まる。

 「優斗に抱きしめられている気がしない。 何時も私の周りで漂っている優斗の魔力が抱きしめてくれてるみたい」

 ハナを強く抱きしめて優しく囁く。

 「まぁ、僕はユウトの監視スキルだからね。 何時もハナの側にいるしね。 大丈夫、もう直ぐユウトは目覚めるし、絶対に怒ってないから」
 「うん、でも、あの子の能力、物凄く怖いねっ」
 「だねぇ~、ダークエルフって精神攻撃派なんだね」
 「うん…….でも、どうやって入ればいいんだろう」
 
 顎に手を当てて考え込むハナに、むずむずと悪戯心が湧き上がる。

 ハナのこめかみにキスを落とすと、ハナは白銀の瞳を大きく見開いた。 驚いて固まっている隙に、額や目頭、両頬に鼻。

 そして、唇を重ねる。

 ハナは更に瞳を見開いた。 序でにゆっくりと床へ押し倒す。 ハナの手に、両頬を押さえられて唇が離された。

 ハナが真面目な表情で訴えて来る。

 「理性の優斗が起きてないなら、駄目っ」
 「……う~ん、それはアレ? ユウトが起きていれば、外に出ているのが僕でもいいの?」

 暫し黙ったハナは、少しだけ眉間を寄せる。 ずっと見ているから分かる。 ハナの表情は、なんて答えたらいいか分からない時だと。

 「大丈夫、ユウトと僕は同じだよ。 ちょっと僕の方がブラックだから、優しくないかもだけど、何時もユウトが胸の奥で思っている事だから」

 片目を瞑って視線を合わすと、ハナは見る見る内に真っ赤になっていった。

 首を傾げる監視スキルに、ハナが口を開閉させる。 ハナが何を考えているか理解し、口に出すのは可哀想なので、黙っておいた。

 「それより、いいよね?」
 「えっ、な、ちょっとっ!!」

 ハナは監視スキルが言ってる意味を理解し、体重を掛けてくるユウトの肩を抑えた。

 「えっ、待ってっ!」

 ハナと監視スキルがお互いに押し合いをしている中、低い声が洞窟で響いた。

 「おいっ、いい加減にしろよっ!」

 二人の動きが止まり、監視スキルは白銀の瞳を細めて振り返る。 華がユウトの体の下であわあわと狼狽えていた。

 「ルイ」
 「お前らがイチャついてたら、俺らが洞窟に入れないだろうがっ!」

 ルイの後ろでは、フィルとフィンが木の実や果物、キノコなどの食材を抱えていた。 更に後方で視線を逸らすカークスたち四人が所在無げに立ち尽くしていた。

 「ムッ、邪魔しないでよ、ルイ」
 「いやいや、俺らは今、団体行動してんのっ! 協調性を持って行動しろよっ!」
   
 監視スキルは『うるさいなぁ、ルイは』と言わんばりに白銀の瞳を細める。

 監視スキルの様子を見て、ルイも白銀の瞳を細めた。

 「お前っ」
 「僕がなに?」
 
 優斗が『僕』と言った事で、何時もの優斗ではないと皆が気づく。

 「えぇ、僕? 瑠衣、優斗が僕って言ったけど……」
 「ああ、コイツ、監視スキルだわっ」

 監視スキルはわざとらしく、『バレた』と笑って見せた。 そして、監視スキルの『僕』呼びに、ルイは懐かしさを滲ませた眼差しを向けて来た。

 ◇

 「で、勿論、説明してくれるんだろ?」
 「うん、説明するよ。 元々、ルイたちが合流したらするつもりだったし、でも、もうちょっと後でも良かったのにっ」
 「いいから、さっさと説明しろっ!」

 華は監視スキルの隣で真っ赤になり、瑠衣は監視スキルの軽さにイラっと来ていた。

 「しかし、全く性格が真逆なのですねっ」
 「そんな事ないぞ。 優斗も……理性の優斗か、アレがコイツを押さえてるだけだからな。 偶に片鱗は出るぞ」

 瑠衣の隣で、仁奈もうんうんと頷いている。 カークスたちはまだ、優斗の闇の部分は見た事がないので、不思議そうな表情をしている。

 「じゃ、説明してくれよ。 監視スキル」
 「うん、簡単な事だよ。 あのダークエルフが気絶すれば、僕らに掛けられた術が解けると思ってね。 でも、彼女には攻撃出来なかっただろう?」
 「ああ、それで結界に弾き飛ばされて、あのダークエルフも巻き添えにしたのかっ」
 「そういう事」
 「でも、厄介だな。 次も同じ手は使えないっ」
 「だね」

 焚き火を囲んで話し込んでいた一同は、深いため息を漏らした。

 フィルとフィンは既に知っていた話なので、今は食欲が勝っていて、採って来た果物に齧り付いている。

 「ってかさぁ、向こうは話し合う気が無いって事だよね?」
 「まぁ、そういう事だなっ」
 「う~ん、でも、里の入り口にいたダークエルフからは敵対心は感じなかったんだよね」

 皆は監視スキルに視線を向けている。

 皆も疲れているからか、いい案は出て来なかった。 序でに皆、疲れた顔をしていて、お腹も空いている。

 瑠衣の腹の虫が盛大に鳴らされた。

 「ルイ、食べて。 お腹空いていたら、なにもいい案は浮かばないよ」
 
 大量の果物を分けてくれるフィルの頭を撫でる。

 「よし、話はこれくらいにして、メシの支度をしよう。 優斗はまだ目が覚めないんだろう?」
 「うん」

 皆は心配したが、監視スキルが大丈夫だと言うのだがら、大丈夫だろうと納得した。

 皆で素早く食事の支度をする。 採って来てくれたキノコでソテーとスープを作る。 鶏肉があればもっと良かったが、贅沢は言っていられない。

 敵の陣地で隠れ家を出す事は出来ないのだから。

 「ずっと聞きたかったんだけど」

 フィルがキノコのソテーを飲み込んだ後、監視スキルに訪ねた。

 「何で、監視スキルは僕って言うの? ユウトみたいに俺じゃないの?」
 「そうだね、そこは理性のユウトと大きく違う所かな」

 (ああ、そうかっ)

 瑠衣は何故、監視スキルの『僕』呼びに懐かしさを感じたのか気づいた。

 (優斗は低学年ぐらいまで、僕って言ってたからなっ。 確か、周りに気取ってるって揶揄われて辞めたんだっけ……)
 
 チラリとフィルと話している監視スキルを見る。 監視スキルの雰囲気も何処となく、昔の優斗っぽく見える。

 (成程、アイツの元は10歳未満の優斗かっ……監視スキルはこの世界に来てから作られたんだろうけどっ……。 子供の頃の優斗は、仄暗い所が少し出てたからなっ。 それも、優斗の祖父さんに矯正されたけど……)

 「お前って、いつの間にか鳴りを顰めて、良い子ちゃんになってたよな」

 瑠衣の言っている意味が分かったのか、監視スキルは口端を上げて不敵な笑みを浮かべる。

 「僕は、おじいちゃんっ子だったからね」

 二人だけにしか分からない話なので、お互いにしか分からないように会話する。

 「理性の優斗にも偶にお前が出てくるけどな。 でも、大丈夫なのか?」
 
 瑠衣は精神面での優斗を心配していた。

 二重人格と言っていいだろう優斗と監視スキル。 あまり監視スキルが表に出ないようにした方がいいのではないかと、瑠衣は考えた。

 「大丈夫だよ、僕は監視スキルというシステムだからね。 ユウトに害は無いよ」
 「それならいいけどなっ」
 「ルイは相変わらず、心配症だね。 まぁ、ユウトとルイは似た者同士だしね」
 「いや、全然、似てないし。 俺はあんなに紳士振ってはいないからな」
 「ははっ、それはエロ的な部分で?」
 「全部、ひっくるめてだ」
 「ふ~ん。 まぁ、何にしても、これからもよろしくお願いします」
 「何、殊勝な事言ってるんだ?」
 「うん、これから先は、僕とはあまり話さないだろうからね」

 洞窟の入り口から見える森に、監視スキルが視線をやる。

 「どうだろうな、精神面で問題なかったら、また出番は回って来るんじゃないか? 優斗は意外にずる賢い所があるからな」
 「……僕の扱いが酷い時があるからね、ユウト」

 お腹が一杯になった一同は、明日に備えて休もうという事になり、各々、好きな場所で寝る事にした。

 ポテポテが隠れ家の魔法陣から出て来て、毛布などが差し入れられ、皆は気づく、ポテポテに鶏肉を出して来て貰えば良かったと。 しかし、後悔先に立たず。

 代わりに朝ごはんをポテポテに頼み、監視スキルに見張りを託し、皆が眠りについた。

 ◇

 森の奥で鳥の鳴き声が響き、夜に活動する魔物が餌を求めて動き出す。

 頬を撫でる風に身体を震わせ、優斗は目を覚ました。 腕の中に人の体温を感じて、華を抱きしめながら眠っていた事に気づく。 背中にはフィンが引っ付いていたし、フィルはユウトの腰の上に乗っていた。

 「……華? 此処は?」

 優斗が身動きすると、腕の中に居る華が温もりが少し離れて寒くなったのか、温もりを求めて身体全体で擦り寄ってくる。

 『ユウト、目が覚めた?』

 脳内で監視スキルの声が響き、立体地図が広がる。 優斗と華の現在地の表示がされ、『抱きしめ合って眠る優斗と華』の吹き出しが指していた。

 (新手の嫌がらせかっ)

 優斗と華の人型の表示も抱きしめ合っていた。

 (そこっ、適当で良くないかっ)

 『まぁまぁ、優斗が気絶している間は概ね平和だったよ。 魔物は離れた場所に居るし、こっちに気づいてない』

 監視スキルが言葉の後に、立体地図が魔物の位置を知らせて来た。 魔物の形をした黒い表示が離れた場所で蠢いている。

 「そうかっ、ありがとう」
 『いいえ、一応、報告。 あの後、皆は無事に逃げ出して、この洞窟に逃げて来た。 まだ、これと言ってあのダークエルフに対抗する術は思いついていない』

 (そうかっ、分かった。 今、何時だ?)

 『まだ、夜中だよ。 もう少し寝た方がいい。 ユウト、随分と飛ばされたからね』

 結界に弾き飛ばされた時の事を思い出し、華の悲しそうな表情も思い出した。

 (泣かせてしまったかなっ)

 腕の中で眠る華を眺め、優斗はそっと華に口付ける。 優しげに白銀を細めると、再び優斗も眠りに付いた。
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