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第五十五話 『幻術からの脱出』

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 無人島で遊び疲れた振りをして、優斗たちは何時もより早く切り上げ、怪しまれないように船へ戻った。

 (そうだ、何度も無人島の側を通るはずがないっ! 兎に角、貨物室へ行かないとっ! 最初の日はあいつらと一緒に晩御飯、食べたよな?)

 優斗には何処からが夢で、どこまでが現実なのか分からなくなっていた。 華たちも優斗と同じように感じて顔が青ざめている。 誰が優斗たちを見張っているか分からない、慎重な行動が求めらた。

 しかし、船に戻った優斗たちは、直ぐに先程の事を忘れてしまい、一日を無駄に過ごした。

 優斗たちは気づかない内に疲れやすくなり、無気力感に襲われて何もしたくないし、考える事もしたくない時があった。 無気力感に襲われた時は、優斗たちは自身の部屋へ籠るようになっていた。

 次に目覚めたのは、無力感に襲われて優斗が自身の部屋で籠っていた時だった。 大きな雷の音が鳴り、窓ガラスが大きい音を鳴らして震え、ベッドも大きく震えた。

 大きな音やベッドの振動に身体が反応して震え、優斗は飛び起きた。

 ベッドから飛び起きた優斗は、まず最初に周囲を見回し、何が起こったのか確認する。 そして、華の所在を監視スキルで確認する。 しかし、監視スキルは発動しない上に、声も聞こえない。

 窓の外を見ると、雷雲もなく、晴れ渡る青空が広がっているだけだった。 以前にも同じ事をしたような既視感に、優斗は眉を顰めた。

 (あれ? これ、前にも一度あったな? あの時は華が隣で寝てて、あやふやになったけど……これって、もしかしなくても何かおかしいっ! 監視スキルが働いてないって事が、既におかしいっ)

 瑠衣たちを起こしに行って知らせに行こうと思ったが、もしまた今の事を忘れてしまって、無駄に過ごす事になったらと考えたら、手遅れになるかもしれないと考えた。

 (俺、一人で行動するかっ! そう言えば、乗船してから貨物室に行った事がないなっ)

 優斗は『誰にも見つかりませんように』と祈りながら部屋を出た。 貨物室は船底にあるはずだ。

 優斗たちの荷物は、船旅分の着替えだけだ。 ダークエルフの長に献上する品は幾つか持って来ているが、貨物室の中の荷物は少ないし、大きな物は風神を入れる檻しかないはずだ。

 華の部屋の前を通り過ぎる時、中に入って無事を確かめたい衝動に駆れらた。 しかし、華は部屋の中に居た方が安全かもしれないと思い、ノブに伸ばしかけた手を引いた。

 後ろ髪を引かれる思いで、華の部屋の前を通り過ぎ、優斗は船底の貨物室へ向かった。

 (今まで、行っていない場所に何かあるかもしれない。 ヒントになる何かがっ)

 不思議と船底に行くほど人気もなくなった。 あっさりと目的の場所へ誰にも邪魔されず、貨物室へ辿り着いた。

 貨物室の扉に手を掛け、扉を開く。 そして、中へ入って行った。 貨物室の中は、有るはずの献上品もなく、風神を入れる為の檻があっただけだった。 檻の中は空っぽで、風神やフィル、フィンの姿はなかった。 空っぽの檻があるだけで、他に何もない空間が、貨物室を広く感じさせた。

 本当にフィルたちが居ない事に焦り、三人は何処へ連れて行かれたのか考えた。

 (居ないという事はないよな? 港から出発はしてた。 海の上では何処にも行けないし、俺たちを置いて行く事はしないだろう。 なら、やっぱりここは幻術の世界だっ! 操縦室へ行こうか……皆を起こすかっ? 監視スキルで確認してってっ!)

 「使えなかったっ! どうする? どうやって抜け出す? こんな時は、監視スキルやフィルからヒントをもらってたからなぁ」

 いかに優斗が監視スキルに頼り切っている事が分かる。

 「幻術か……きっと、風神には効かないんだろうな。 犯人が幻術使いなら、風神が直ぐに分かる。 フィルとフィンもそんな理由か? それとも主さまの使いだからか……」

 深い溜息を吐いた優斗は、華が心配になり、華の様子だけでも見に行こうと、貨物室を出た。
 
 華の部屋の前まで来た優斗は、ノックをした後、華に声を掛けた。 数回ノックをしたが、華の返事はなかった。 眉を顰めると、扉を開ける。 部屋の中に華の姿はなかった。
 
 ◇

 薄暗い操縦室の中が稲光で明るく照らされる。 前方の壁が一面ガラス張りの窓の外は、上空に雷雲が広がり、幾つもの稲光が放たれている。 稲光と雷の音で舌打ちが魔法陣の上で落ちる。

 「あいつ、また正気に戻りやがったっ。 まぁ、俺の幻術から逃げられないけどな。 まだ、目覚める時間じゃないぜ、次期里長のお坊ちゃま」

 魔法陣から黒いオーラが溢れ出す、操縦室から溢れ出た黒いオーラはゆっくりと船全体を包み込んで行った。

 ◇

 優斗が華の部屋の前を離れた後、華も大きな雷の音で、目が覚めていた。 飛び起きた華はまだ寝ぼけていて、いつも隣で寝ているはずの優斗の姿がなく、部屋の中を見回した。

 (あれ? 優斗がいない。 トイレかな?)

 ベッドを抜け出し、洗面所の扉を開けた。 人気配がしない事で、優斗が部屋に居ない事を理解した。 しかし、華は首を傾げた。 自身は、いつベッドに入って寝たのかと。

 (いつ寝たのか……覚えてないよっ! なんでっ? それに、さっきの雷の音、何だったの?)

 窓の外は雲一つない青空が広がっていた。 そして、いつだったか分からないが、優斗が言っていた。 今いる現実がおかしいと、幻術の世界にいるではないかと言っていた事を思い出した。

 「うそっ、あれから何日経ってるの?! フィンを見つけないとっ」

 華は隣の部屋に居るだろう優斗の部屋の扉をノックした。 数回ノックしても、優斗の返事はなかった。 堪らず扉を開けて優斗の部屋へ入る。 部屋の中は空っぽだった。

 「……っうそっ、どこ行ったのっ、優斗……」

 華の周囲にいつも漂っていた優斗の魔力を感じない。 華の胸に不安が過ぎる。 いつも優しく見守ってくれていた監視スキルを感じ取れず、華は愕然とした。

 (まさかっ、犯人に捕まったなんて事ないよねっ)

 優斗の部屋を出た華は、仁奈と瑠衣の部屋へ急いだ。 華の隣は瑠衣の部屋で、瑠衣の部屋の隣は仁奈だ。 瑠衣の部屋の前で立ち止まり、瑠衣が今、どちらの部屋にいるか考えてみた。

 (……多分だけど、瑠衣くん……仁奈の部屋にいるよね?)

 華は仁奈の部屋をノックした。 数回、ノックすると、眠そうな顔をした仁奈が顔を出した。

 「ん、おはよう、華。 早いね、どうしたのっって、えっ、華っ!」

 仁奈に返事をする事無く、華は顔を出した仁奈を部屋へ押し込み、素早く部屋の扉を閉めた。

 華の行動に困惑した様な表情を浮かべ、『どうしたの?』、問いかけて来る。 ベッドの上には瑠衣の姿もあり、瑠衣も華の行動に呆然としていた。 優斗の説が正しいならば、犯人が華たちを見張っているかもしれない。 仁奈を部屋へ押し込んだはいいが、今の状況を瑠衣と仁奈に説明するのは難しかった。 先ずは仁奈と瑠衣に、今の状況がおかしい事に気づかせないと駄目だ。

 説明がややこしくて、華は自身の頬が引き攣っている事に気づく。 顎に手を当て、腕を組んで考える。

 (どうやって説明しよう……あっ、そうだっ!)

 「ねぇ、仁奈、私たちいつの間に寝たかな?」
 「えっ?! 何言ってんのっ、華。 昨日の夜……あれ?」
 「瑠衣くん……昨日の夜、何を食べたか覚えてる? 因みに、私は覚えてないっ」

 暫し、二人は華の問いに考え込み、何も答えが出なかったのか、困惑したような表情で華を見た。

 「でもさ、物忘れって普通にあるし。 昨日の晩飯が何だったのか分からないくらいは、普通にあるだろう?」
 「じゃ、その前は? 乗船して何日経ってるのか分かる? 因みに、私は分からないっ」
 「流石にそれは分かるだろう? えと……まじか? 何日経ってるか分からないなっ」
 「……っ分からないっ、そも、出航してたっけ?」
 
 瑠衣は華の質問に、信じられないと顔を歪めた。 仁奈など、船が出た事も分からなくなった様だ。

 瑠衣が『待てよっ』と呟いた後、納得した様な表情を浮かべ、片手を額に当てて、『まじかっ』と深い溜息を吐いた。 瑠衣は華と同様で、優斗が言っていた事を思い出したらしい。

 「そう言えば、いつだったか、優斗が言ってたなっ。 幻術にかかっている可能性があるって」
 「うん、私たち……すっかりとその事を忘れて、また無駄な一日を過ごしてたみたい」
 「う~ん……そんな事があった様な気も……」

 仁奈はまだ、曖昧なようだ。 何とか二人に今の状況がおかしい事に気づいてもらい、華をホッと胸を撫で下ろした。 瑠衣がベッドから抜け出して上着を羽織る。 上半身が裸だった。

 「で、優斗はどっちの部屋にも居なかったんだ」
 
 華は『うんっ』と返事を返しながら、頬を染めて俯いた。

 「そっか、優斗なんて言ってたっけ? 風神たちの姿が見えなかったら、操縦室に行くとかなんとか言ってなかったっけ?」
 「……私っ、全然、分からないんだけどっ」

 仁奈は自身の記憶力に愕然としていた。 ちょっと残念な美少女である。

 「フィンたちを探して、貨物室に行こうって話してた思う。 なんか遠い昔の話みたいで、なんか変な感じがするけど……」

 瑠衣も華と同意して頷いた時、仁奈の部屋の扉のノブが慌てた様に鳴らされ、乱暴にノブが回される。 仁奈の部屋に金属が弾き合う音を聞き、華たちは扉を振り返った。

 扉が乱暴に開けられ、飛び込んで来た人物に華たちの瞳が見開かれる。

 華の視界に飛び込んで来た優斗は、焦った様な表情をしていて、華を見つけると、眉尻を下げた。

 「華、良かったっ! ここに居たっ」
 「優斗こそっ、何処へ言ってたのっ! 起きたら隣に居ないから心配したよっ!」
 「ごめんっ」
 「無事で良かったっ」

 優斗はもう一度、誤って華を抱きしめた。 瑠衣と仁奈も優斗が無事でいた事に、ホッとしていた。

 ◇

 仁奈の部屋で集まっていた華たちに、状況を説明した。 華が瑠衣と仁奈に幻術を掛けられている事を気づかせてくれていたので、瑠衣と仁奈は優斗の話を疑う事無く、信じてくれた。

 「貨物室にフィルたちはいなかったっ、どういう状況か分からないけど……俺たちが幻術に掛けられている事に間違いない。 問題はどうやって幻術を解くかだけど」
 「そういや優斗、言ってたよな? ウルスさんの補佐してる戦士隊が一人いないって」
 「ああ、だから操縦室に行ってみようと思う。 監視スキルは使えないけど、エルフの力は使えるだろう」
 「分かった。 もう、一気に操縦室へ行こうぜ。 また、忘れたら振出しに戻る」

 瑠衣の意見に優斗たちは同意し、優斗たちは部屋を出て、一階の操縦室へ向かった。

 一階へ降りて行くと、先程、貨物室に行く時には居なかった戦士隊が操縦室の前に居た。 顔を見ても誰か分からない。 戦士隊の隊服を着ているので、戦士隊だろうと思われる。

 「もしかしてあいつか? ウルスさんの補佐をしてた戦士隊」
 「そうかもしれないけど……顔までは覚えてなかったっていうか、忘れたっ」
 「「「……」」」
 「ねぇ、戦士隊が操縦室を見張ってるのって、なんか変よね?」

 仁奈の疑問に優斗たちは無言で頷いた。 操縦室の中がどうなっているのか、アスクたちは無事なのか、居るのか。 今更ながら心配になった。 優斗は皆を振り返り、黙って頷いた。

 取り出した木製短刀を握り、魔力を流して強化した。 瑠衣も取り出したショートボウガンを腕に装着する。 瑠衣とアイコンタクトを交わし、何も言わなくても優斗の考えている事は、長い付き合いで皆には伝わる。 華と仁奈は大人しく待っていてもらう。

 足音を鳴らさずに戦士隊へ近づき、短刀を戦士隊の喉元へ突きつける。 戦士隊の目の前でショートボウガンを構え、瑠衣が戦士隊に降伏を求める。

 「同胞には手荒な真似はしたくな。 大人しく俺たちを操縦室へ入れろ」
 
 戦士隊の喉元に突きつけていた木製短刀から手ごたえが消えた。 同時に視覚的にも戦士隊の姿が消えた。 まるで最初から居なかったように、戦士隊は消えた。

 困惑している瑠衣と視線を合わせ、優斗も首を傾げた。 戦士隊自体が幻術だったのかと、優斗たちの脳裏に過ぎった。 華と仁奈が驚きの表情を浮かべて、優斗たちの側へやって来た。

 何度目かのアイコンタクトの後、優斗たちは操縦室の扉を開けた。 操縦室へ入った優斗たちは、目の前の光景を見て、顔を強張らせた。

 目の前の壁一面のガラス張りの窓の向こうは、雷雲が広がり、稲光が見える。 優斗たちの部屋の窓から見える景色と違い過ぎて、優斗は息を呑んだ。 背後で同じように華たちも息を呑んでいる。

 優斗たちが操縦室へ入って来て、目の前にいる戦士隊が振り返った。 にこやかに微笑んでいるのは、ウルスだった。 いい笑みを浮かべたウルスが宣う。

 「もう少しで貴方たちを衰弱死させられたのに、残念です」

 薄々は気づいていた。 ウルスの補佐が居なくなっていたから、ウルスが関わっているのだろうと、思っていた。 ウルスは出会った時からずっと、優斗と華の事を『次期里長』とは呼ばなかった。
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