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第十九話 『魔物の暴走は、誰かがわざと起こしたかも知れねぇ』
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集落オースターにほど近い森の空高く、2種類の狼煙が煙をうねらせて立ち昇っている。
優斗の白銀の瞳に、黄色から青へ色が変わる狼煙と、紫の狼煙が映し出されていた。 背後で狼煙を確認した新成人たちがざわついている。
最初の黄色から青の狼煙は『待機からの状況判断で応戦しろ』という意味で、紫の狼煙は『要人を保護せよ、絶対に死なせるな』という意味だ。
クリストフの声が共同広場で大きく響き渡った。 地面にまで声が響くのか地面が振動している。
「よしっ! お前らっ、聞けっ!」
声に魔力を乗せている為か、クリストフの声に全身が痺れるように震えた。
魔力を含んだ声に、ざわついていて浮足立っていた全員がクリストフに注目し、新成人たちの警戒心を煽った。
「いいか。 狼煙の通り、要人は術者と共同広場で待機だ。 戦士は俺と一緒に戦士隊が到着するまでに、少しでも魔物を減らす。 そんで、武器を扱える術者は要人警護を頼んだ。 と言っても、武器が扱えた術者は、エカテリーニだけだったか?」
クリストフの疑問に術者たちが無言で頷いた。
「そうか、まぁ普通、術者は武器を使わねぇからな。 エカテリーニは動けないからそのままでいいとして、バナヨティス・アウステル、ヨルギアマリナ・ゲオルギオス、アストライオス・サルゼタキス、後、ユウト! 今呼ばれた者は、カラトスが新たに作る結界の中で待機だ」
優斗は何故、自身の名前を呼ばれたのか分からず、頭の上ではてなマークを飛ばしていた。 結界の中で待機という事は、魔物と闘うなという事だ。 優斗は直ぐにクリストフの指示に反対した。
「待ってくださいっ! 何で俺は待機なんですか?! 俺もクリストフさんたちと一緒に行きます!」
クリストフは片眉を上げ、白銀の瞳を細めて反論する優斗を見た。 しかし、クリストフの指示に反対して来たのは、優斗だけではなかった。 他に呼ばれた者たちからも反論があった。
「俺も嫌です。 自分だけ安全地帯に居て、大人しく待ってるだけなんて出来ません」
「ヨティス……彼が行くなら私も行きます!」
「マリナ、お前はここで残っていろ。 術者は待機だ」
「……でも、」
「心配するな、大丈夫だから」
ヨティスと呼ばれた新成人は、大弓を肩に担いだガッチリとした大柄なエルフだ。
愛称で呼び合い精神的にも、物理的にも二人の距離間が近い。 二人を見つめる周囲の空気は白けている。 断じて羨ましいとかではない。
優斗の頭の上へ飛び乗り、フィルが同化してくる。
『彼の大弓は、決闘を司る神が宿っている。 武器の名は【ウル】だ。 彼の見た目通りだね。 瑠衣と同じで風魔法が得意だ。 女の子の方は術者だから、水魔法が得意だよ。 まぁ、術者はほぼ水魔法だけどね。 聖水が関係してるんだろうね』
(へぇ~、そうなんだ。 かんしスキルってかんていもできるんだね)
(っだから、勝手に鑑定するなってっ! フィルも頭の中を勝手に覗くなっ! もう、俺はどういう顔をしてればいいんだよ……)
『でも、これから彼らと共闘するんでしょ? 個々の能力は知っておいた方がいいよ』
(それはそうだけど……はぁ~程々にしてくれよっ)
(べんりだね。 こじんののうりょくがわかるなんて)
(……)
『ふふっ、だろう』
優斗が監視スキルとフィルの3人?と話している間に、クリストフと新成人たちの話し合いが白熱していた。 監視スキルに向かって優斗が溜め息を吐いていると、クリストフも呆れたような溜め息を草地に落としていた。
優斗はクリストフと向かい合った。
「クリストフさん、俺は止められても行きますからね」
「ぼくもいくよっ! もう、おるすばんいやだ!」
フィルは1ヵ月もテントでの留守番がかなり嫌だったらしく、うんざりした声が降りて来た。 要人だと言われて名前を呼ばれた新成人たちが優斗に追随するように頷いた。 新成人たちの従魔も主がやる気を出しているのを見て、従魔も参加する意思表示していた。
新成人たちの勢いに負けてクリストフも両手を上げて降参の意を示した。
「分かった、分かった。 全く、これだから戦士はっ! いいか、行く以上、死ぬんじゃねぇぞ。 絶対に無理はするなっ! 分かったか! じゃ、班分けするから、ちょっとそっちで待っとけ」
「はい!」
優斗たちと新成人たちの声が揃った。
クリストフに不意に真剣な眼差しで見つめられ、優斗の表情に緊張の色が走った。
近づいて来たクリストフに押されて、優斗は眉を顰めながらも従い、2人は皆から離れた場所へ移動した。
クリストフの警戒した様な声が、優斗にしか聞こえない声で話しかけて来た。
「いいか、ユウト。 エカテリーニの『災害』は偶然だと思う。 悪魔は何処にでも沸くし、心の弱い者から魅入られていくからな、珍しくもなねぇ。 でも、魔物の暴走は早々起こらねぇ。 もしかしたら、誰かがわざと起こしたかも知れねぇ」
「えっ、そんな事……出来るんですか?」
優斗は驚きで大きく瞳を見開いた。
上からポツリとフィルの声が落ちて来る。 監視スキルもフィルに同意するような声が頭の中で響いた。
「あ、ひとつだけあるね」
『あるね。 あんな大規模じゃないけど。 やりようによっては、出来るかも』
(それだと、ものすごくまりょくをつかうね)
(……そうか)
「もしかしてって思っている事なら、1つある。 最終日に、お前らをテストする為の物だったがな」
「……テストなんてあったんですか?!」
「ああ、当たり前だろうが。 ブートキャンプは成人の為の修行なんだし、誰がお前らを1人前として認めるんだよ。 言っとくけど、そのテストで合格しないと1人前として認められねぇからな」
「そんな話、聞いてませんよっ!」
「うん、言ってなかったからな。 新成人が知った時の反応が面白いから内緒にしてた」
「「……」」
クリストフは優斗の反応に嬉しそうに頬が緩み、ニヤケた表情を見せている。
(……いい性格してるよ。 もしかしたら瑠衣よりも上かも)
(うん、ほんとうに)
ニヤケた表情を見せていたクリストフが再び真剣な眼差しを向ける。
「話を戻すぞ。 怪しい奴が1人いる。 だから、自分が信じている者以外、誰も信用するな。 俺も含めてな」
クリストフは最後に片目を瞑って明るい笑みを見せる。 優斗の白銀の瞳が僅かに見開かれた。
魔物の数を減らす為に新成人たちと森の中へ入る事をカラトスに説明する為、クリストフは離れて行った。 クリストフの後ろ姿を見送ると、監視スキルの声が頭の中で響いた。
『彼は信用できるよ。 良い人オーラしか出てないからね』
(うん、とってもいいひとだよね)
(分かってるよ。 それよりも、わざとって誰が……クリストフさんもそこまで言うなら、誰か教えてくれてもいいだろうにっ)
『ユウト、覚えてるでしょ? エカテリーニ以外に、僕がもう1人敵認定した人』
監視スキルの声にハッとした表情を見せる。 そして、思い出した。 川辺でエカテリーニと話す前に、監視スキルでカラトスを森の中で見かけた時だ。
(カラトスか……そう言えば、カラトスが森の奥に入って行って何かしているのを見たな)
(カラトスって、あのこわいおんなのひと? かのじょのこうぎから、ディノがないてかえってきてたよね)
(あぁ、そんな事もあったな……)
『そうだね、怪しい動きをしてた』
監視スキルがそう言うと、脳内で立体型の地図が拡がり、共同広場やキャンプ場などが表示された。 優斗の3Dの人型が現在地の吹き出しの横に現れた。
優斗の背後、少し離れた位置にカラトスの3Dの人型が黒く点滅して表示される。
黒く点滅しているのは、監視スキルが敵認定した証拠だ。 敵認定した者は、地図で表示される仕様になっている。
『今は、結界の維持をしていて、怪しい動きはないね』
立体型の地図を視ている優斗とフィルが無言で頷いた。
エカテリーニの表示はなく、もう敵認定はされていない様だ。 優斗の心を読んだかのように監視スキルの声が響いた。
『エカテリーニの敵認定は外したよ。 もう、恋敵ではないだろうからね。 カラトスが怖いのは今には始まった事ではないみたいだよ、フィル。 昔からしいよ』
(そ、そうか……エカテリーニとは、もう一度話した方が良いだろうな……)
(ふ~ん、そうなんだ)
『彼女の事は証拠がないと何も言えないからね。 監視スキルで見たなんて言いたくないでしょ?』
(あぁ、絶対に言いたくないっ)
『カラトスの事は後で考えるとして、魔物の暴走を止める事を考えないと』
(ああ、分かってる)
(うん、そうだね)
(というか、お前はカラトスの情報をどこで仕入れて来たんだ? 俺はカラトスにあったのは今回が初対面だから、記憶には無いだろう?)
『ん? それは企業秘密だね』
((……))
(……それは、俺はどう受け止めればいいんだ?)
離れていた優斗が戻って来て直ぐに黙り込んだ事で、瑠衣と仁奈は優斗がまた監視スキルと話し込んでいる事を理解していた。
同化したフィルが頭の上に乗っているので、後でフィルが教えてくれる事だろう。
「おい、お前ら」
「えっ!! クリストフさん! あれ、カラトスさんの所にいたんじゃ……」
いつの間にかクリストフが瑠衣と仁奈の背後に立っていた。
「足音を消して歩くのが身についてるから、普段から足音が鳴らないんだよ。 お前も風魔法で足音を消すんじゃなくて、身体に染み付けろ。 それよりちょっと話がある」
少し先を歩いて顎を振って、クリストフが着いて来いと2人に指示を出す。
瑠衣と仁奈は視線を交わして、クリストフに大人しく着いて行った。 クリストフは少しだけ、優斗に視線をやると、直ぐに瑠衣に視線をやり真剣な顔をした。
何事かと、瑠衣と仁奈の喉が上下する。
「ん~、何て切り出すか。 率直に言うと、ユウトは命を狙われてる節があるって言えばいいのか……」
「「えええっ、命ってっ……」」
瑠衣と仁奈は白銀の瞳を大きく見開き、口も開けて驚いた。
「実は、ユウトはこっちのブートキャンプじゃなくて、首都ユスティティアで行われるブートキャンプに参加するはずだったんだ。 里長の関係者は皆、毎年の慣例ではそうなってんだよ。 でも、直前で替えられたらしい。 俺も次期里長がこっちのブートキャンプに参加するって聞いてびっくりしたのなんのって。 アウステルの長もびっくりして、俺に泣きついて来たんだけどよ」
クリストフは頭を掻きながら肩を落とした。
「そんな風には全然、見えませんでしたけど……」
「まぁな、誰の差し金か分からねぇから、動揺してない振りしてたんだ。 これでも立派な成人だからな」
クリストフは瑠衣にドヤ顔をして見せた。 しかし、直ぐに真面目な表情に戻す。
「で、ニーナには、ここに残って術者を守って欲しいんだわ」
意味深な眼差しで見つめられ、何かを察した仁奈は真剣な目をした。
「ここに残る人の中に、怪しい人がいるんですね?」
「ああ、まだ勘だけで、証拠もない。 頼む、お前のダークエルフの能力が欲しいんだ」
「「……」」
2人は『何でそれを』と言いかけて、クリストフがドリュアス出身だったと思い出して、言葉に詰まった。 クリストフが言っているのは、ダークエルフの防壁の魔法の事だろうと察した。
「分かりました。 残って守ります。 防壁の魔法は上手く使えるか分からないけど、頑張ってみます」
「……っ仁奈」
「ルイ、時には相手を信じて任せる事も必要だ」
「……っ、分かりました。 俺がいつも優斗に言ってる事を言われるとは……風神っ!」
瑠衣が名前を呼ぶと、蹄の足音を鳴らして風神が颯爽と現れた。
『どうした、主?』
(仁奈はここに残る。 お前は仁奈を守っていてくれ、頼む。 それと、怪しい動きをした者も記憶しておいてくれ)
『了解した、主も気を付けるのだぞ』
(ああ、大丈夫だ)
「仁奈、風神にお前と一緒に残る様にって頼んだから、風神の事、頼んだぞ」
「えっ! まぁいいか、分かったわ。 よろしくね、風神」
『任せろ』という様に、風神は鼻を鳴らした。 仁奈は風神の身体を撫でていて、瑠衣は仁奈と風神の様子を眺めていた。
2人を見てクリストフがボソッと呟いた。
「相変わらずだな、ルイ坊は。 まぁなんにせよ、ルイ坊とお嬢が無事に生きていてくれて良かったよ」
しかし、クリストフの声は小さ過ぎて、吹き抜けた風に遮られ、瑠衣と仁奈には聞こえていなかった。 クリストフの白銀の瞳には慈愛の色が混じっている。
瑠衣のそばに居た一角馬の風神だけが、クリストフの呟きを聞き取れていた。
◇
森の中から魔物の咆哮が轟き、草木の葉が不気味に揺れていた。 森から溢れている気配が通常とは違い、禍々しい瘴気を放っていた。
『瘴気が濃くなってきている。 これは、悪魔も呼び寄せてしまうな』
(急がないと……あっ、そうだ。 ここら辺一帯を凍結させるには、俺の魔力では足りないって言ってたよな?)
『うん、言ったね』
(瑠衣の風魔法を足せば、いけると思うか?)
『なるほど、ルイの風魔法でユウトの魔力を森の奥まで拡げるつもりだね』
(ああ、そうだ)
『それでも少し足りないから、フィルの魔力も貰うといいよ』
(ぼく? もちろん、てつだうよ!)
(それで足りるんだな? よしっ!)
「瑠衣っ! ちょっと来てっ!」
「優斗?」
優斗は瑠衣を集まっている新成人から引き離し、思いついた事を小声で話した。
話の内容に瑠衣は険しい表情を見せた。
「さっきクリストフさんから聞いたんだけど、魔物の暴走は誰かがわざと起こした可能性があるって」
「まじかっ?!」
優斗と頭上に乗っているフィルが真剣な表情で頷いた。 2人の様子を見て、瑠衣が何かを察した表情をして笑顔を見せた。
「何か、考えがあるんだな」
「ああ、俺と瑠衣の魔法で、魔物の暴走を一瞬で氷の世界に変えて止める」
「ぼくのまりょくもつかってね」
「そんな事、出来るのか?」
優斗とフィルは、瑠衣の質問に力強く頷いた。
「分かった、協力するぜ。 俺は何をすればいい? ついでに言っておくけど、仁奈は待機だ。 ここに残る術者たちの護衛の為にな」
「そうか、分かった。 じゃ、ここは大丈夫だな。 急ごう、もう時間がないっ」
瑠衣は無言で頷いた。
クリストフと一緒に行く新成人たちと合流して、優斗たちは暴走した魔物を減らすべく、森の中へ入って行った。
優斗の白銀の瞳に、黄色から青へ色が変わる狼煙と、紫の狼煙が映し出されていた。 背後で狼煙を確認した新成人たちがざわついている。
最初の黄色から青の狼煙は『待機からの状況判断で応戦しろ』という意味で、紫の狼煙は『要人を保護せよ、絶対に死なせるな』という意味だ。
クリストフの声が共同広場で大きく響き渡った。 地面にまで声が響くのか地面が振動している。
「よしっ! お前らっ、聞けっ!」
声に魔力を乗せている為か、クリストフの声に全身が痺れるように震えた。
魔力を含んだ声に、ざわついていて浮足立っていた全員がクリストフに注目し、新成人たちの警戒心を煽った。
「いいか。 狼煙の通り、要人は術者と共同広場で待機だ。 戦士は俺と一緒に戦士隊が到着するまでに、少しでも魔物を減らす。 そんで、武器を扱える術者は要人警護を頼んだ。 と言っても、武器が扱えた術者は、エカテリーニだけだったか?」
クリストフの疑問に術者たちが無言で頷いた。
「そうか、まぁ普通、術者は武器を使わねぇからな。 エカテリーニは動けないからそのままでいいとして、バナヨティス・アウステル、ヨルギアマリナ・ゲオルギオス、アストライオス・サルゼタキス、後、ユウト! 今呼ばれた者は、カラトスが新たに作る結界の中で待機だ」
優斗は何故、自身の名前を呼ばれたのか分からず、頭の上ではてなマークを飛ばしていた。 結界の中で待機という事は、魔物と闘うなという事だ。 優斗は直ぐにクリストフの指示に反対した。
「待ってくださいっ! 何で俺は待機なんですか?! 俺もクリストフさんたちと一緒に行きます!」
クリストフは片眉を上げ、白銀の瞳を細めて反論する優斗を見た。 しかし、クリストフの指示に反対して来たのは、優斗だけではなかった。 他に呼ばれた者たちからも反論があった。
「俺も嫌です。 自分だけ安全地帯に居て、大人しく待ってるだけなんて出来ません」
「ヨティス……彼が行くなら私も行きます!」
「マリナ、お前はここで残っていろ。 術者は待機だ」
「……でも、」
「心配するな、大丈夫だから」
ヨティスと呼ばれた新成人は、大弓を肩に担いだガッチリとした大柄なエルフだ。
愛称で呼び合い精神的にも、物理的にも二人の距離間が近い。 二人を見つめる周囲の空気は白けている。 断じて羨ましいとかではない。
優斗の頭の上へ飛び乗り、フィルが同化してくる。
『彼の大弓は、決闘を司る神が宿っている。 武器の名は【ウル】だ。 彼の見た目通りだね。 瑠衣と同じで風魔法が得意だ。 女の子の方は術者だから、水魔法が得意だよ。 まぁ、術者はほぼ水魔法だけどね。 聖水が関係してるんだろうね』
(へぇ~、そうなんだ。 かんしスキルってかんていもできるんだね)
(っだから、勝手に鑑定するなってっ! フィルも頭の中を勝手に覗くなっ! もう、俺はどういう顔をしてればいいんだよ……)
『でも、これから彼らと共闘するんでしょ? 個々の能力は知っておいた方がいいよ』
(それはそうだけど……はぁ~程々にしてくれよっ)
(べんりだね。 こじんののうりょくがわかるなんて)
(……)
『ふふっ、だろう』
優斗が監視スキルとフィルの3人?と話している間に、クリストフと新成人たちの話し合いが白熱していた。 監視スキルに向かって優斗が溜め息を吐いていると、クリストフも呆れたような溜め息を草地に落としていた。
優斗はクリストフと向かい合った。
「クリストフさん、俺は止められても行きますからね」
「ぼくもいくよっ! もう、おるすばんいやだ!」
フィルは1ヵ月もテントでの留守番がかなり嫌だったらしく、うんざりした声が降りて来た。 要人だと言われて名前を呼ばれた新成人たちが優斗に追随するように頷いた。 新成人たちの従魔も主がやる気を出しているのを見て、従魔も参加する意思表示していた。
新成人たちの勢いに負けてクリストフも両手を上げて降参の意を示した。
「分かった、分かった。 全く、これだから戦士はっ! いいか、行く以上、死ぬんじゃねぇぞ。 絶対に無理はするなっ! 分かったか! じゃ、班分けするから、ちょっとそっちで待っとけ」
「はい!」
優斗たちと新成人たちの声が揃った。
クリストフに不意に真剣な眼差しで見つめられ、優斗の表情に緊張の色が走った。
近づいて来たクリストフに押されて、優斗は眉を顰めながらも従い、2人は皆から離れた場所へ移動した。
クリストフの警戒した様な声が、優斗にしか聞こえない声で話しかけて来た。
「いいか、ユウト。 エカテリーニの『災害』は偶然だと思う。 悪魔は何処にでも沸くし、心の弱い者から魅入られていくからな、珍しくもなねぇ。 でも、魔物の暴走は早々起こらねぇ。 もしかしたら、誰かがわざと起こしたかも知れねぇ」
「えっ、そんな事……出来るんですか?」
優斗は驚きで大きく瞳を見開いた。
上からポツリとフィルの声が落ちて来る。 監視スキルもフィルに同意するような声が頭の中で響いた。
「あ、ひとつだけあるね」
『あるね。 あんな大規模じゃないけど。 やりようによっては、出来るかも』
(それだと、ものすごくまりょくをつかうね)
(……そうか)
「もしかしてって思っている事なら、1つある。 最終日に、お前らをテストする為の物だったがな」
「……テストなんてあったんですか?!」
「ああ、当たり前だろうが。 ブートキャンプは成人の為の修行なんだし、誰がお前らを1人前として認めるんだよ。 言っとくけど、そのテストで合格しないと1人前として認められねぇからな」
「そんな話、聞いてませんよっ!」
「うん、言ってなかったからな。 新成人が知った時の反応が面白いから内緒にしてた」
「「……」」
クリストフは優斗の反応に嬉しそうに頬が緩み、ニヤケた表情を見せている。
(……いい性格してるよ。 もしかしたら瑠衣よりも上かも)
(うん、ほんとうに)
ニヤケた表情を見せていたクリストフが再び真剣な眼差しを向ける。
「話を戻すぞ。 怪しい奴が1人いる。 だから、自分が信じている者以外、誰も信用するな。 俺も含めてな」
クリストフは最後に片目を瞑って明るい笑みを見せる。 優斗の白銀の瞳が僅かに見開かれた。
魔物の数を減らす為に新成人たちと森の中へ入る事をカラトスに説明する為、クリストフは離れて行った。 クリストフの後ろ姿を見送ると、監視スキルの声が頭の中で響いた。
『彼は信用できるよ。 良い人オーラしか出てないからね』
(うん、とってもいいひとだよね)
(分かってるよ。 それよりも、わざとって誰が……クリストフさんもそこまで言うなら、誰か教えてくれてもいいだろうにっ)
『ユウト、覚えてるでしょ? エカテリーニ以外に、僕がもう1人敵認定した人』
監視スキルの声にハッとした表情を見せる。 そして、思い出した。 川辺でエカテリーニと話す前に、監視スキルでカラトスを森の中で見かけた時だ。
(カラトスか……そう言えば、カラトスが森の奥に入って行って何かしているのを見たな)
(カラトスって、あのこわいおんなのひと? かのじょのこうぎから、ディノがないてかえってきてたよね)
(あぁ、そんな事もあったな……)
『そうだね、怪しい動きをしてた』
監視スキルがそう言うと、脳内で立体型の地図が拡がり、共同広場やキャンプ場などが表示された。 優斗の3Dの人型が現在地の吹き出しの横に現れた。
優斗の背後、少し離れた位置にカラトスの3Dの人型が黒く点滅して表示される。
黒く点滅しているのは、監視スキルが敵認定した証拠だ。 敵認定した者は、地図で表示される仕様になっている。
『今は、結界の維持をしていて、怪しい動きはないね』
立体型の地図を視ている優斗とフィルが無言で頷いた。
エカテリーニの表示はなく、もう敵認定はされていない様だ。 優斗の心を読んだかのように監視スキルの声が響いた。
『エカテリーニの敵認定は外したよ。 もう、恋敵ではないだろうからね。 カラトスが怖いのは今には始まった事ではないみたいだよ、フィル。 昔からしいよ』
(そ、そうか……エカテリーニとは、もう一度話した方が良いだろうな……)
(ふ~ん、そうなんだ)
『彼女の事は証拠がないと何も言えないからね。 監視スキルで見たなんて言いたくないでしょ?』
(あぁ、絶対に言いたくないっ)
『カラトスの事は後で考えるとして、魔物の暴走を止める事を考えないと』
(ああ、分かってる)
(うん、そうだね)
(というか、お前はカラトスの情報をどこで仕入れて来たんだ? 俺はカラトスにあったのは今回が初対面だから、記憶には無いだろう?)
『ん? それは企業秘密だね』
((……))
(……それは、俺はどう受け止めればいいんだ?)
離れていた優斗が戻って来て直ぐに黙り込んだ事で、瑠衣と仁奈は優斗がまた監視スキルと話し込んでいる事を理解していた。
同化したフィルが頭の上に乗っているので、後でフィルが教えてくれる事だろう。
「おい、お前ら」
「えっ!! クリストフさん! あれ、カラトスさんの所にいたんじゃ……」
いつの間にかクリストフが瑠衣と仁奈の背後に立っていた。
「足音を消して歩くのが身についてるから、普段から足音が鳴らないんだよ。 お前も風魔法で足音を消すんじゃなくて、身体に染み付けろ。 それよりちょっと話がある」
少し先を歩いて顎を振って、クリストフが着いて来いと2人に指示を出す。
瑠衣と仁奈は視線を交わして、クリストフに大人しく着いて行った。 クリストフは少しだけ、優斗に視線をやると、直ぐに瑠衣に視線をやり真剣な顔をした。
何事かと、瑠衣と仁奈の喉が上下する。
「ん~、何て切り出すか。 率直に言うと、ユウトは命を狙われてる節があるって言えばいいのか……」
「「えええっ、命ってっ……」」
瑠衣と仁奈は白銀の瞳を大きく見開き、口も開けて驚いた。
「実は、ユウトはこっちのブートキャンプじゃなくて、首都ユスティティアで行われるブートキャンプに参加するはずだったんだ。 里長の関係者は皆、毎年の慣例ではそうなってんだよ。 でも、直前で替えられたらしい。 俺も次期里長がこっちのブートキャンプに参加するって聞いてびっくりしたのなんのって。 アウステルの長もびっくりして、俺に泣きついて来たんだけどよ」
クリストフは頭を掻きながら肩を落とした。
「そんな風には全然、見えませんでしたけど……」
「まぁな、誰の差し金か分からねぇから、動揺してない振りしてたんだ。 これでも立派な成人だからな」
クリストフは瑠衣にドヤ顔をして見せた。 しかし、直ぐに真面目な表情に戻す。
「で、ニーナには、ここに残って術者を守って欲しいんだわ」
意味深な眼差しで見つめられ、何かを察した仁奈は真剣な目をした。
「ここに残る人の中に、怪しい人がいるんですね?」
「ああ、まだ勘だけで、証拠もない。 頼む、お前のダークエルフの能力が欲しいんだ」
「「……」」
2人は『何でそれを』と言いかけて、クリストフがドリュアス出身だったと思い出して、言葉に詰まった。 クリストフが言っているのは、ダークエルフの防壁の魔法の事だろうと察した。
「分かりました。 残って守ります。 防壁の魔法は上手く使えるか分からないけど、頑張ってみます」
「……っ仁奈」
「ルイ、時には相手を信じて任せる事も必要だ」
「……っ、分かりました。 俺がいつも優斗に言ってる事を言われるとは……風神っ!」
瑠衣が名前を呼ぶと、蹄の足音を鳴らして風神が颯爽と現れた。
『どうした、主?』
(仁奈はここに残る。 お前は仁奈を守っていてくれ、頼む。 それと、怪しい動きをした者も記憶しておいてくれ)
『了解した、主も気を付けるのだぞ』
(ああ、大丈夫だ)
「仁奈、風神にお前と一緒に残る様にって頼んだから、風神の事、頼んだぞ」
「えっ! まぁいいか、分かったわ。 よろしくね、風神」
『任せろ』という様に、風神は鼻を鳴らした。 仁奈は風神の身体を撫でていて、瑠衣は仁奈と風神の様子を眺めていた。
2人を見てクリストフがボソッと呟いた。
「相変わらずだな、ルイ坊は。 まぁなんにせよ、ルイ坊とお嬢が無事に生きていてくれて良かったよ」
しかし、クリストフの声は小さ過ぎて、吹き抜けた風に遮られ、瑠衣と仁奈には聞こえていなかった。 クリストフの白銀の瞳には慈愛の色が混じっている。
瑠衣のそばに居た一角馬の風神だけが、クリストフの呟きを聞き取れていた。
◇
森の中から魔物の咆哮が轟き、草木の葉が不気味に揺れていた。 森から溢れている気配が通常とは違い、禍々しい瘴気を放っていた。
『瘴気が濃くなってきている。 これは、悪魔も呼び寄せてしまうな』
(急がないと……あっ、そうだ。 ここら辺一帯を凍結させるには、俺の魔力では足りないって言ってたよな?)
『うん、言ったね』
(瑠衣の風魔法を足せば、いけると思うか?)
『なるほど、ルイの風魔法でユウトの魔力を森の奥まで拡げるつもりだね』
(ああ、そうだ)
『それでも少し足りないから、フィルの魔力も貰うといいよ』
(ぼく? もちろん、てつだうよ!)
(それで足りるんだな? よしっ!)
「瑠衣っ! ちょっと来てっ!」
「優斗?」
優斗は瑠衣を集まっている新成人から引き離し、思いついた事を小声で話した。
話の内容に瑠衣は険しい表情を見せた。
「さっきクリストフさんから聞いたんだけど、魔物の暴走は誰かがわざと起こした可能性があるって」
「まじかっ?!」
優斗と頭上に乗っているフィルが真剣な表情で頷いた。 2人の様子を見て、瑠衣が何かを察した表情をして笑顔を見せた。
「何か、考えがあるんだな」
「ああ、俺と瑠衣の魔法で、魔物の暴走を一瞬で氷の世界に変えて止める」
「ぼくのまりょくもつかってね」
「そんな事、出来るのか?」
優斗とフィルは、瑠衣の質問に力強く頷いた。
「分かった、協力するぜ。 俺は何をすればいい? ついでに言っておくけど、仁奈は待機だ。 ここに残る術者たちの護衛の為にな」
「そうか、分かった。 じゃ、ここは大丈夫だな。 急ごう、もう時間がないっ」
瑠衣は無言で頷いた。
クリストフと一緒に行く新成人たちと合流して、優斗たちは暴走した魔物を減らすべく、森の中へ入って行った。
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