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第五話 『監視スキルが戻って来たっ』
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瞑想部屋に朝日が僅かに入り、眉を寄せて難しい顔をしているリューを射していた。
主さまとの契約をリューに全て話した。 きっと、優斗たちが無謀な事を言っていると思っているのだろう。 先程、人間と関わるな、信じるな、里を出るなと言われたばかりだ。
「前世が人間の君たちに言っても無理だろうな。 しかも、元異世界人だ。 我々とは考え方が違う。 しかし、今は主さまの話は置いておいて、先に魔力を目覚めさせる事に集中しようか」
にっこりと拒否は許さないと笑みを浮かべたリューは、先ずは見本を見せると立ち上がった。
優斗たちはリューの一挙手一投足に固唾を飲んだ。 目の前に立つリューから、魔力を集中させる気配を感じる。 リューの全身から魔力が溢れ出し、徐々に纏っていく。 力強く白銀の瞳が開かれ、伸ばした掌から徐々に剣が出て来る。
ズズッと言う擬音が頭に浮かび、煌びやかな装飾を施された剣が姿を現した。
優斗と瑠衣、仁奈の3人は掌から徐々に剣が現れる光景に、何の言葉も思い浮かばず、口をポカンと開けて固まった。 掌から剣が取り出された光景にフィルも驚いていた。 同じ様に口を開けて。
静かに金属音を鳴らし、自身の剣を掲げ持つ。 ゆっくりと腰を下ろして再び話し出した。
「私の剣『リュムパ』、水を司る剣だ。 エルフは魔力に目覚めて戦士の力を得られると、自分だけの武器を取り出せるようになる。 君たちもすぐに出来るようになるだろう」
にっこりと笑うと掲げていた剣が掌の上でスッと消えた。 優斗たちの肩が跳ねた。
前世でもリューとは2回程、剣を交えている。 しかし、既に剣を手に持っていたから、エルフが武器を身体から取り出す事を知らなかった。 エルフへ転生してから初めて知った事だった。
(話には聞いてたけど……想像してたよりもなんて言うか、びっくりだっ! それしかないっ!)
驚きすぎて思考が追いつかなくて、つまらない事しか思いつかなかった。 ムギュッと弾力のある物体の体重が頭の上で掛かる。 話に夢中で、フィルが頭の上に乗っていた事を忘れていた。
切実なフィルの声が降りて来る。
「はやく、ユウトがまりょくにめざめないかな。 フィンはもう、ハナとじゅうまけいやくしたっていってたよ。 ぼくもはやくユウトとどうかしたい」
『同化したい』なんて、あらぬ誤解を生みそうな事をフィルは平然と言う。 同化すると従魔契約している者のスキルを使う事が出来る。 優斗を揶揄う為に良からぬ事を考えているのだろう。
(何で、俺の周りは俺を弄ろうとする奴らばっかりなんだっ)
優斗を弄る理由、『反応が面白いから』しかないだろう。 優斗とフィルを無視して、リューの説明は続いた。
「エルフは、戦士、術者、生産者の3タイプに分かれる。 戦士はさっき見せた様に武器を取り出す事ができ、悪魔を退治する能力がある。 術者は聖水を出す事ができ、悪魔を浄化する能力がある。 生産者はそのままの通り、生産する事しか出来ない。 里の外の国々ではエルフが皆、聖水を出せると思われているみたいだが、聖水は術者にしか出せない」
「前世で、それは俺らも思ってたなっ」
瑠衣が申し訳なさそうに苦笑を零したが、リューも苦笑を零して話を続けた。
「ユウトの婚約者であるエレクトラアハナ様は、術者になるな。 彼女の場合は秘術を受け継いでいるから、生まれた時には魔力を目覚めさせているがな。 確か、今世で秘術を受け継いだのは4人だけだったな。 その中でもエレクトラアハナ様の能力が一番だ」
エレクトラアハナ・グラディアスは、華の今世の名前だ。 華は秘術を持って生まれた為、修行も厳しくて色々と礼儀作法だ、勉強だと学ぶべき事が多くてとても忙しそうだ。
「で、今年の南の里で成人を迎える若者は43人だ。 エーリスでは君たちを入れて8人ほどだ。 今年も半分以上は生産者で、農業や木こり、自然保護の職に就くだろう。 術者は、数人いればいい方だな。 では、始めようか。 君たちなら直ぐに能力を目指させられるだろう」
にっこりと微笑むリューからは、確信めいたものがある。 優斗たちが戦士、あるいは術者としての能力が目覚める事に疑いを持っていない。 これで何もなかったらどんな顔をされるのだろうと、優斗は自身の今世の父親であるリューをじっと見つめた。
(何も能力がないって事はないと思うけど……)
「能力がまだ目覚めてない段階で、俺が華の婚約者って……本当はまずいんじゃ」
「いや、最近は能力に関係なく、結婚相手は本人たちの意志が尊重されている。 閉鎖的だからか、望まない結婚、出産で色々とあってな。 子供も少なくなっているし、幼いうちに引き合わせて、仲良くさせておくという考えの幹部もいる」
「なるほど」
幹部の思惑も見え隠れするが、本格的に始める為、自身の中にある魔力を感じる事に集中した。
目の前で座る優斗たちの僅かな魔力の揺らぎを見逃さないようにと、リューからの圧が凄い。 中々、魔力を感じる事が難しく、前世のように簡単にはいかない。 額や背中に冷や汗が流れ、優斗たちは瞳を硬く閉じていた。 瞑想部屋の扉がノックされ、リューの補佐官の声がした。
「アウトリュコス様、執務のお時間です」
「分かった、直ぐに行く。 残念だが、時間の様だ。 また、午後に様子を見に来るから、瞑想を続ける様に」
「はい、ありがとうございました」
優斗たちは瞑想を一時中断し、リューに頭を下げた。 軽く片手を挙げてリューは部屋を出て行った。 タルピオス家のツリーハウスの1階が執務室であり、住人たちの相談所、各種色々な手続きなどを行う役所的な事もしている。 前世で使っていた木刀を見つけた倉庫も1階にあった。
瑠衣が小さく息を吐く気配が背後でする。
「リューさんも何考えてるか分からない人だよな。 俺たちに期待し過ぎな気もする」
瑠衣の意見に何度も頷く優斗、仁奈が瑠衣に同意を表すように更に頷く。 頭の上でウトウトし出したフィルを膝の上へ降ろした。 瞑想中に落ちて来たら気が散ってしまう。 フィルの頭を撫でてやると、『う~んっ』と小さく声を出した。 優斗は慈愛を込めた瞳でフィルを見つめた。
「んじゃ、再開するか」
瑠衣の合図で再び瞑想を始める為に瞳を閉じる。 瞑想を始めて集中すると、周りの音が静かになっていく。 暫くすると、フィルの寝息をも消え、周囲の音が全て消えた。
自身の心臓の音と血液の流れを感じる。 血液が全身を循環し、手足の先まで流れる。 全身が熱を帯びていき、優斗の中心に火が灯った。 血液が沸騰して血管へと流れていく。 身体の中心で世界樹の力を感じた。 夢で監視スキルから貰った世界樹の枝葉が弾けて、花びらが散った。
身体の中で力が弾けると同時に、白銀の瞳を見開いた。 フィルが膝の上で身動ぎ、羽根を窮屈そうに動かした後、目を見開いて見上げてくる。
自身の掌を見つめる。 拳を握り直し、再び目を閉じて瞑想を始める。 血液とは違う別の物が血液と一緒に流れていくのが分かる。 全身を巡って、心臓に集まったのを感じた。
そして、久しい声が頭の中で響いた。
『魔力の目覚めを感知、スキルへの供給を開始しました』
(この声っ)
『魔力の供給を終了。 【花咲華を守る】スキル改め、【エレクトラアハナ・グラディアスを守る】スキルに変更します』
膝がピクリと大きく跳ねた。
(監視スキルが戻って来たっ)
『改め、スキル内容を説明します。 位置情報スキル(確認、検索、透視、傍聴、追跡) 危険察知スキル(警報、虫除け(結界)、虫除けスプレー) 転送魔法陣(生死の危機を感知し、速やかに華の元へ転送する魔法陣) 尚、虫除け(結界)は、本人が拒絶した場合にのみ発動します。 説明は以上です。 また、スキル名が長いので、以降は【ハナを守る】スキルに省略致します』
「ユウト」
(ほ、本当に虫除けスプレーが追加されてるっ! しかも、どんな能力なのかも説明ないのかっ)
内心で脱力して肩を落とした。 心配気なフィルの声も、今の優斗には届いていない。 背後の瑠衣と仁奈の事も忘れている。
『【ハナを守る】スキルを発動します。 位置的に、スキルが感知できる範囲ギリギリの距離です。 ハナの安全を確認、周囲に危険はありません。 ハナの位置情報を送ります』
頭の中で地図が拡がる。 地図が拡がる感覚も久しぶりで、懐かしさに胸が詰まった。 地図は前世とは違い、立体型だった。 優斗の精神は、立体型の地図へとダイブした。 ドローンが飛ぶように、立体型の地図の上を移動していく。 白銀の瞳が見開く。
(マジかっ)
無意識でギュッと膝の上のフィルを強く抱きしめた。 ハッとしたフィルは、腕から何とか逃げ出す為に暴れまくっていたが、優斗は全く気づいていなかった。
脳裏で拡がる立体型の地図の空に、モニター画面が現れて映像が映し出された。 映像は1週間ぶりの華の姿だった。 華の姿に優斗の心臓が大きく跳ねる。 監視スキルの声が頭の中で響く。
(この感覚も久しぶりだっ……)
華の映像を視ながら、白銀の瞳を柔らかく細める。
『最新のハナの映像です』
華は前世と変わらず、優斗の立体映像を魔法陣で作り出し、自身が考えた衣装を着せ替えていた。
居間の暖炉前に広く空きスペースを取っている場所で座り込んでいた。 華が座り込んでいる手前にはソファーセットが置いてあり、奥の右側の壁には寝室へ続く扉がある。 華の部屋は、二間続きになっているのだ。 華の部屋には、もう3年も通っている。
華の手にある優斗の立体映像の衣装が、エルフの民族衣装バージョンに変わった。 成人の祝いの儀式で着ていた衣装だ。 勿論、衣装には竜が巻き付いている。 もう華には、マストらしい。
(華らしいなっ)
眉を八の字にして小さく笑う。
フィンは、銀色の美少女へと姿を変えていた。 銀色のワンピースが、呼吸の振動で時折小さく揺れている。 ワンピースの裾には、従魔の印である花びらの紋様が入っていた。 華に背中を預け、エルフの伝記が載ってある本を読んでいたらしい。 今は、長い睫毛が伸びた目蓋を閉じている。
時折、首がカックと落ちる。 とても気持ち良さそうに眠っているので、内容は聞かなくても分かるというもの、面白くないのだろう。
優斗の精神はタルピオス家のツリーハウスを飛び出し、エーリスの集落を飛び越え、ノトス村を飛び超えていく。 真っ直ぐに、華が暮らすグラディアス村を目指していた。
グラディアス村は、エーリスよりも大きな集落を2つ超えた先にある。 草原と森を超え、沢山のツリーハウスが建ち並ぶ大きな街とも言える村が見えて来た。 もっと最深奥、里の中央ユスティティア、エルフの里で一番大きな大木のツリーハウスも遠くに見えている。 上から眺めるツリーハウスが建ち並ぶ街並みは、異世界という空想世界で溢れていた。
(何度見ても、ファンタジーだよな。 あのツリーハウス、世界樹よりもでかいなっ。 あそこがエルフの里の中央機関、政治やら軍事がある所か)
将来、優斗が働く場所である。
『首都ユスティティアへは、距離があり過ぎて精神体は飛ばせません。 ハナの暮らすグラディアス家がギリギリです。 しかし、遠くから首都ユスティティアを見る事は出来ます』
(なるほど)
遠くに見えるツリーハウスへ視線を向ける。 視線が別に行っていた為、華が暮らすグラディアス家のツリーハウスに着いていた事に気づかなかった。 視線とは違う方向へと引っ張られ、身体が変な方に捻られた。
「ぬわっ」
視界に入って来る景色が変わり、気づけば華の部屋へ移動していた。 脳裏に流れる映像と目に飛び込んで来る景色が同じになっていた。
「えっ」
暖炉の横のL字型の窓から、部屋の中に温かい陽気が射していた。 華の白いローブに反射して、少し目を眩しそうに細める。
声と人の気配を感じたのか、目の前で立体映像の魔法陣を弄っていた華が振り返った。 視線が合うと、華は大きく目を見開き、口もポカンと開けていた。 華の背中に身を任せて座っていたフィンも、夢から覚めて優斗に気づくと、同じ表情で驚いていた。
「優斗っ! えっ、何でここに?!」
「ユウト?! えぇ、しかも、なんか透き通ってない?」
「えっ?! 何これっ! 俺、自分の家に居るんだけどっ?!」
「「ええっ!」」
華とフィンが声を揃えて驚きの声を上げたが、優斗も充分びっくりしていた。
冷たい床の感触も、フィルが膝の上に乗っている感触や体温、体重も感じている。 しかし、視界に入って来ている景色は華とフィン、華の部屋だった。 自身の身体を確かめてみる。
(身体も触れるし、肌の感触も分かる。 フィンの言う通り、透き通ってるな……)
とても嫌な予感がしてならない。 きっと本体では汗が大量に噴き出ている事だろう。
『精神体だけ、ハナの所まで飛んだんだよ。 二人ともユウトの姿が視えるのは、従魔契約で繋がっているからだろうね。 あ、ハナの位置情報です。 ハナは自身の部屋にて、ユウトの立体映像を制作中です』
監視スキルの声が頭の中で響き、更に本体で、こめかみから冷や汗が流れる。 監視スキルは、夢と同じ砕けた話し方で話したと思っていたら、報告だけ丁寧な言葉で話した。
(精神体……が飛んだっ?! これ、絶対にもの凄い揶揄われる案件じゃないかっ!!)
華とフィンは何が起こったのか分からず固まり、何故こんな事になっているのか分からない優斗も固まっていた。 監視スキルだけが、楽しそうに含み笑いしている声が脳内で響いた。
主さまとの契約をリューに全て話した。 きっと、優斗たちが無謀な事を言っていると思っているのだろう。 先程、人間と関わるな、信じるな、里を出るなと言われたばかりだ。
「前世が人間の君たちに言っても無理だろうな。 しかも、元異世界人だ。 我々とは考え方が違う。 しかし、今は主さまの話は置いておいて、先に魔力を目覚めさせる事に集中しようか」
にっこりと拒否は許さないと笑みを浮かべたリューは、先ずは見本を見せると立ち上がった。
優斗たちはリューの一挙手一投足に固唾を飲んだ。 目の前に立つリューから、魔力を集中させる気配を感じる。 リューの全身から魔力が溢れ出し、徐々に纏っていく。 力強く白銀の瞳が開かれ、伸ばした掌から徐々に剣が出て来る。
ズズッと言う擬音が頭に浮かび、煌びやかな装飾を施された剣が姿を現した。
優斗と瑠衣、仁奈の3人は掌から徐々に剣が現れる光景に、何の言葉も思い浮かばず、口をポカンと開けて固まった。 掌から剣が取り出された光景にフィルも驚いていた。 同じ様に口を開けて。
静かに金属音を鳴らし、自身の剣を掲げ持つ。 ゆっくりと腰を下ろして再び話し出した。
「私の剣『リュムパ』、水を司る剣だ。 エルフは魔力に目覚めて戦士の力を得られると、自分だけの武器を取り出せるようになる。 君たちもすぐに出来るようになるだろう」
にっこりと笑うと掲げていた剣が掌の上でスッと消えた。 優斗たちの肩が跳ねた。
前世でもリューとは2回程、剣を交えている。 しかし、既に剣を手に持っていたから、エルフが武器を身体から取り出す事を知らなかった。 エルフへ転生してから初めて知った事だった。
(話には聞いてたけど……想像してたよりもなんて言うか、びっくりだっ! それしかないっ!)
驚きすぎて思考が追いつかなくて、つまらない事しか思いつかなかった。 ムギュッと弾力のある物体の体重が頭の上で掛かる。 話に夢中で、フィルが頭の上に乗っていた事を忘れていた。
切実なフィルの声が降りて来る。
「はやく、ユウトがまりょくにめざめないかな。 フィンはもう、ハナとじゅうまけいやくしたっていってたよ。 ぼくもはやくユウトとどうかしたい」
『同化したい』なんて、あらぬ誤解を生みそうな事をフィルは平然と言う。 同化すると従魔契約している者のスキルを使う事が出来る。 優斗を揶揄う為に良からぬ事を考えているのだろう。
(何で、俺の周りは俺を弄ろうとする奴らばっかりなんだっ)
優斗を弄る理由、『反応が面白いから』しかないだろう。 優斗とフィルを無視して、リューの説明は続いた。
「エルフは、戦士、術者、生産者の3タイプに分かれる。 戦士はさっき見せた様に武器を取り出す事ができ、悪魔を退治する能力がある。 術者は聖水を出す事ができ、悪魔を浄化する能力がある。 生産者はそのままの通り、生産する事しか出来ない。 里の外の国々ではエルフが皆、聖水を出せると思われているみたいだが、聖水は術者にしか出せない」
「前世で、それは俺らも思ってたなっ」
瑠衣が申し訳なさそうに苦笑を零したが、リューも苦笑を零して話を続けた。
「ユウトの婚約者であるエレクトラアハナ様は、術者になるな。 彼女の場合は秘術を受け継いでいるから、生まれた時には魔力を目覚めさせているがな。 確か、今世で秘術を受け継いだのは4人だけだったな。 その中でもエレクトラアハナ様の能力が一番だ」
エレクトラアハナ・グラディアスは、華の今世の名前だ。 華は秘術を持って生まれた為、修行も厳しくて色々と礼儀作法だ、勉強だと学ぶべき事が多くてとても忙しそうだ。
「で、今年の南の里で成人を迎える若者は43人だ。 エーリスでは君たちを入れて8人ほどだ。 今年も半分以上は生産者で、農業や木こり、自然保護の職に就くだろう。 術者は、数人いればいい方だな。 では、始めようか。 君たちなら直ぐに能力を目指させられるだろう」
にっこりと微笑むリューからは、確信めいたものがある。 優斗たちが戦士、あるいは術者としての能力が目覚める事に疑いを持っていない。 これで何もなかったらどんな顔をされるのだろうと、優斗は自身の今世の父親であるリューをじっと見つめた。
(何も能力がないって事はないと思うけど……)
「能力がまだ目覚めてない段階で、俺が華の婚約者って……本当はまずいんじゃ」
「いや、最近は能力に関係なく、結婚相手は本人たちの意志が尊重されている。 閉鎖的だからか、望まない結婚、出産で色々とあってな。 子供も少なくなっているし、幼いうちに引き合わせて、仲良くさせておくという考えの幹部もいる」
「なるほど」
幹部の思惑も見え隠れするが、本格的に始める為、自身の中にある魔力を感じる事に集中した。
目の前で座る優斗たちの僅かな魔力の揺らぎを見逃さないようにと、リューからの圧が凄い。 中々、魔力を感じる事が難しく、前世のように簡単にはいかない。 額や背中に冷や汗が流れ、優斗たちは瞳を硬く閉じていた。 瞑想部屋の扉がノックされ、リューの補佐官の声がした。
「アウトリュコス様、執務のお時間です」
「分かった、直ぐに行く。 残念だが、時間の様だ。 また、午後に様子を見に来るから、瞑想を続ける様に」
「はい、ありがとうございました」
優斗たちは瞑想を一時中断し、リューに頭を下げた。 軽く片手を挙げてリューは部屋を出て行った。 タルピオス家のツリーハウスの1階が執務室であり、住人たちの相談所、各種色々な手続きなどを行う役所的な事もしている。 前世で使っていた木刀を見つけた倉庫も1階にあった。
瑠衣が小さく息を吐く気配が背後でする。
「リューさんも何考えてるか分からない人だよな。 俺たちに期待し過ぎな気もする」
瑠衣の意見に何度も頷く優斗、仁奈が瑠衣に同意を表すように更に頷く。 頭の上でウトウトし出したフィルを膝の上へ降ろした。 瞑想中に落ちて来たら気が散ってしまう。 フィルの頭を撫でてやると、『う~んっ』と小さく声を出した。 優斗は慈愛を込めた瞳でフィルを見つめた。
「んじゃ、再開するか」
瑠衣の合図で再び瞑想を始める為に瞳を閉じる。 瞑想を始めて集中すると、周りの音が静かになっていく。 暫くすると、フィルの寝息をも消え、周囲の音が全て消えた。
自身の心臓の音と血液の流れを感じる。 血液が全身を循環し、手足の先まで流れる。 全身が熱を帯びていき、優斗の中心に火が灯った。 血液が沸騰して血管へと流れていく。 身体の中心で世界樹の力を感じた。 夢で監視スキルから貰った世界樹の枝葉が弾けて、花びらが散った。
身体の中で力が弾けると同時に、白銀の瞳を見開いた。 フィルが膝の上で身動ぎ、羽根を窮屈そうに動かした後、目を見開いて見上げてくる。
自身の掌を見つめる。 拳を握り直し、再び目を閉じて瞑想を始める。 血液とは違う別の物が血液と一緒に流れていくのが分かる。 全身を巡って、心臓に集まったのを感じた。
そして、久しい声が頭の中で響いた。
『魔力の目覚めを感知、スキルへの供給を開始しました』
(この声っ)
『魔力の供給を終了。 【花咲華を守る】スキル改め、【エレクトラアハナ・グラディアスを守る】スキルに変更します』
膝がピクリと大きく跳ねた。
(監視スキルが戻って来たっ)
『改め、スキル内容を説明します。 位置情報スキル(確認、検索、透視、傍聴、追跡) 危険察知スキル(警報、虫除け(結界)、虫除けスプレー) 転送魔法陣(生死の危機を感知し、速やかに華の元へ転送する魔法陣) 尚、虫除け(結界)は、本人が拒絶した場合にのみ発動します。 説明は以上です。 また、スキル名が長いので、以降は【ハナを守る】スキルに省略致します』
「ユウト」
(ほ、本当に虫除けスプレーが追加されてるっ! しかも、どんな能力なのかも説明ないのかっ)
内心で脱力して肩を落とした。 心配気なフィルの声も、今の優斗には届いていない。 背後の瑠衣と仁奈の事も忘れている。
『【ハナを守る】スキルを発動します。 位置的に、スキルが感知できる範囲ギリギリの距離です。 ハナの安全を確認、周囲に危険はありません。 ハナの位置情報を送ります』
頭の中で地図が拡がる。 地図が拡がる感覚も久しぶりで、懐かしさに胸が詰まった。 地図は前世とは違い、立体型だった。 優斗の精神は、立体型の地図へとダイブした。 ドローンが飛ぶように、立体型の地図の上を移動していく。 白銀の瞳が見開く。
(マジかっ)
無意識でギュッと膝の上のフィルを強く抱きしめた。 ハッとしたフィルは、腕から何とか逃げ出す為に暴れまくっていたが、優斗は全く気づいていなかった。
脳裏で拡がる立体型の地図の空に、モニター画面が現れて映像が映し出された。 映像は1週間ぶりの華の姿だった。 華の姿に優斗の心臓が大きく跳ねる。 監視スキルの声が頭の中で響く。
(この感覚も久しぶりだっ……)
華の映像を視ながら、白銀の瞳を柔らかく細める。
『最新のハナの映像です』
華は前世と変わらず、優斗の立体映像を魔法陣で作り出し、自身が考えた衣装を着せ替えていた。
居間の暖炉前に広く空きスペースを取っている場所で座り込んでいた。 華が座り込んでいる手前にはソファーセットが置いてあり、奥の右側の壁には寝室へ続く扉がある。 華の部屋は、二間続きになっているのだ。 華の部屋には、もう3年も通っている。
華の手にある優斗の立体映像の衣装が、エルフの民族衣装バージョンに変わった。 成人の祝いの儀式で着ていた衣装だ。 勿論、衣装には竜が巻き付いている。 もう華には、マストらしい。
(華らしいなっ)
眉を八の字にして小さく笑う。
フィンは、銀色の美少女へと姿を変えていた。 銀色のワンピースが、呼吸の振動で時折小さく揺れている。 ワンピースの裾には、従魔の印である花びらの紋様が入っていた。 華に背中を預け、エルフの伝記が載ってある本を読んでいたらしい。 今は、長い睫毛が伸びた目蓋を閉じている。
時折、首がカックと落ちる。 とても気持ち良さそうに眠っているので、内容は聞かなくても分かるというもの、面白くないのだろう。
優斗の精神はタルピオス家のツリーハウスを飛び出し、エーリスの集落を飛び越え、ノトス村を飛び超えていく。 真っ直ぐに、華が暮らすグラディアス村を目指していた。
グラディアス村は、エーリスよりも大きな集落を2つ超えた先にある。 草原と森を超え、沢山のツリーハウスが建ち並ぶ大きな街とも言える村が見えて来た。 もっと最深奥、里の中央ユスティティア、エルフの里で一番大きな大木のツリーハウスも遠くに見えている。 上から眺めるツリーハウスが建ち並ぶ街並みは、異世界という空想世界で溢れていた。
(何度見ても、ファンタジーだよな。 あのツリーハウス、世界樹よりもでかいなっ。 あそこがエルフの里の中央機関、政治やら軍事がある所か)
将来、優斗が働く場所である。
『首都ユスティティアへは、距離があり過ぎて精神体は飛ばせません。 ハナの暮らすグラディアス家がギリギリです。 しかし、遠くから首都ユスティティアを見る事は出来ます』
(なるほど)
遠くに見えるツリーハウスへ視線を向ける。 視線が別に行っていた為、華が暮らすグラディアス家のツリーハウスに着いていた事に気づかなかった。 視線とは違う方向へと引っ張られ、身体が変な方に捻られた。
「ぬわっ」
視界に入って来る景色が変わり、気づけば華の部屋へ移動していた。 脳裏に流れる映像と目に飛び込んで来る景色が同じになっていた。
「えっ」
暖炉の横のL字型の窓から、部屋の中に温かい陽気が射していた。 華の白いローブに反射して、少し目を眩しそうに細める。
声と人の気配を感じたのか、目の前で立体映像の魔法陣を弄っていた華が振り返った。 視線が合うと、華は大きく目を見開き、口もポカンと開けていた。 華の背中に身を任せて座っていたフィンも、夢から覚めて優斗に気づくと、同じ表情で驚いていた。
「優斗っ! えっ、何でここに?!」
「ユウト?! えぇ、しかも、なんか透き通ってない?」
「えっ?! 何これっ! 俺、自分の家に居るんだけどっ?!」
「「ええっ!」」
華とフィンが声を揃えて驚きの声を上げたが、優斗も充分びっくりしていた。
冷たい床の感触も、フィルが膝の上に乗っている感触や体温、体重も感じている。 しかし、視界に入って来ている景色は華とフィン、華の部屋だった。 自身の身体を確かめてみる。
(身体も触れるし、肌の感触も分かる。 フィンの言う通り、透き通ってるな……)
とても嫌な予感がしてならない。 きっと本体では汗が大量に噴き出ている事だろう。
『精神体だけ、ハナの所まで飛んだんだよ。 二人ともユウトの姿が視えるのは、従魔契約で繋がっているからだろうね。 あ、ハナの位置情報です。 ハナは自身の部屋にて、ユウトの立体映像を制作中です』
監視スキルの声が頭の中で響き、更に本体で、こめかみから冷や汗が流れる。 監視スキルは、夢と同じ砕けた話し方で話したと思っていたら、報告だけ丁寧な言葉で話した。
(精神体……が飛んだっ?! これ、絶対にもの凄い揶揄われる案件じゃないかっ!!)
華とフィンは何が起こったのか分からず固まり、何故こんな事になっているのか分からない優斗も固まっていた。 監視スキルだけが、楽しそうに含み笑いしている声が脳内で響いた。
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