異世界転移したら……。~色々あって、エルフに転生してしまった~

伊織愁

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第一話 『懐かしい再会』

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 一陣の風が大木の枝葉を揺らし、草地の草花が揺れ、深い緑の香りが漂う。

 何処で嗅いだ既視感に目が覚めた。

 遠くの方から動物や鳥の鳴き声、少し離れた場所から小動物が枝の上を走っている気配を感じる。 背中に当たるごつごつした物は、木の根元だろうか。

 丁度ツボにあたって、身体が痛みを訴える。

 (痛っ、ツボ押しになってるっ、)

 雲の合間から差した陽射しが眩しくて、開いた目蓋を直ぐに閉じた。 起き上がって、開かない瞼を擦る。 指の間から眇めた瞳で見えた物は、大きく隆起した根元、陽射しに反射した草花たちだ。

 (ここは? この感じ、なんか覚えがあるな)

 頭を振って眠気を飛ばす。 周囲を見回し、何処までも続く草原、地平線に見える深そうな森を見つめた。 再び既視感に襲われ、自身が着ている服を確かめる。

 ベージュのシャツをベルトで止め、袖や裾には紋様が刺繍されていた。 ブラウンのボトムに編み上げブーツ。 V字の胸元を縛っている紐の間で、魔法石のペンダントが揺れていた。 

 いつも、普段着にしている服装だ。

 (……制服じゃないな)

 自身の真っ白い手を見つめる。 きっと耳は尖っていて、髪や瞳は白銀の色をしているんだろう。 大きな葉擦れの音がして、何かが居る気配に大木を見上げた。

 視界の先は真っ青な青空と、太い枝葉が伸びていた。

 一枚の葉がひらりと頬を掠めて落ちる。 

 見覚えのある景色に、否が応でも優斗の胸が高鳴る。 一瞬の逡巡、華が落ちて来る様子が思い出された。 小さく溜息を吐いて、白銀の瞳を細める。

 「華が落ちて来る訳ないか。 前回とは別件かな。 俺はまた、世界樹と繋がったのか」

 優斗の呟きに反応したのか、世界樹が光を放つ。 頭上から人の気配を感じて、再び見上げて目を見開いた。 上から自身と同じ声が降って来たのだ、驚いても不思議ではない。

 何処か楽し気で、面白がる声だった。

 「やぁ、久しぶりだね、小鳥遊優斗。 ははっ、本当にエルフに転生してる」

 自身とそっくりな青年が目の前で爽やかな笑みを浮かべて草地に降り立った。

 青年とは前世で会っている。 前世で世界樹ダンジョンの主、創造主である主さまに世界樹ダンジョンへ落とされ、スキルを授かった時だ。

 青年が一歩近づくと、優斗も同じだけ後ずさった。 額から冷や汗がドッと溢れる。 身内でもない自身そっくりな人間というのは、いつ見ても慣れない。

 青年は、前世の優斗の姿をしていた。
 
 銅色の髪、薄茶色の瞳、膝丈の紫紺の皮鎧を身に纏い、黒竜のベルトをしていた。

 そして、手には木刀ではなく、一房の世界樹の枝葉を握っている。 優斗の視線を受け、青年の笑みが深まった。 青年は世界樹の枝葉を差し出してきた、反射的に世界樹の枝葉を受け取ってしまい、優斗は枝葉と青年を交互に見つめ、戸惑ってしまった。

 「えっ?」
 「まだ、魔力が目覚めていないけど、その時はその枝葉を使ってね」

 掌の上で世界樹の枝葉は、青年の言葉に反応して光りを放つ。 光の粒が優斗の中へ吸収されていく。 吸収された世界樹の枝葉を胸の奥で感じる。 優斗は先程言った青年の話が引っかかった。

 「魔力に目覚めていない? 使うって?」
 「その話は、君の今世の父親から近々あると思うよ、色々とね。 それよりも、不思議だと思っている事が何かないかな?」

 (不思議な事?)

 顎に手をやり、思考してから一泊したのち、口を開いた。

 「ないな」

 優斗の一言に、青年は口をポカンと開けて目を見開いた。 直ぐに気を取り直した青年は、何やらブツブツと呟いている。

 「全然、気づいてないの? やっぱりあれかな、転生して15年間も普通に暮らして来たからかな? でも、前世では寿命まで数十年もあの状態で暮らしてたのにっ? もの凄く鈍くないかっ?!」

 何やらとても失礼な言葉が聞こえてきたが、全く青年の話が視えない。 前世での暮らしとは何が普通なのか。 優斗は首を傾げ、頭上に何個もクエスチョンマークを飛ばした。

 「あのさ、この間15歳の成人の時に、主さまから前世と同じスキルを授かったでしょ? それを聞いて気づく事は何かない?」

 青年は呆れ気味で優斗に質問を投げかけて来た。 少し、焦りも見える。

 『僕の存在意義がっ』と本気で嘆いている様子は、少しだけだが同情した。

 (気づく事? 前世と同じスキル?)

 「あっ!」

 優斗の脳裏に前世でのあれこれが思い出され、色々と恥ずかしい事やら何やらが次々と脳内を駆け巡った。

 前世で勇者召喚に巻き込まれ、主さまの管理する世界樹ダンジョンに友人と共に落とされ、『花咲華を守る』という監視スキルを授かった。

 主さまの願いを叶える為、友人たちと一緒に力を合わせて魔王が覚醒する前に魔王候補を倒した。 旅をする過程で出会ったエルフに、優斗と華は『血を受け継ぐ儀式』と共に、転生する薬を飲まされていた。 転生薬と一緒に転生したい種族の血を飲むと、飲んだ血の種族へと転生すると云う。

 飲まされた時点では、優斗と華は全く知らなかったが。

 エルフ生での15歳の成人の祝いの際、再び主さまに世界樹ダンジョンへ落とされ、前世と同じスキルを授かったのだ。 

 1週間くらい前の話である。

 (監視スキルが働いてないっ! 同じスキルを授かったなら、前世と同じように華の居場所とか、安全確認とか、勝手に映像が流れて来るはずっ! 何で今まで気づかなかったんだ? 1週間も経ってるのにっ!)

 青年の言葉を反芻し、ハッとして青年を見つめる。 青年が監視スキルの事を言って来るという事は。

 「もしかして、」

 『正解!』、と青年はにっこりと微笑んだ。 青年は監視スキルが擬人化した姿だった。 監視スキルの爽やかな笑みに、優斗は嫌そうに眉間に皺を寄せた。

 監視スキルが自身の姿を取った事にとても言いようのない感情が胸に押し寄せる。 

 精神がゴリゴリと削られていく。

 (……引くわ~)

 「監視スキルは、前世の君が花咲華を守る為に授かったスキルなんだけど。 今世の君には、必要ないスキルなんだよね。 監視スキルがなくても、エルフの能力があれば、花咲華を守る事なんて簡単に出来る事だからね」
 「じゃ、何で今回も監視スキルを?」
 「うん、それはね。 君があの時に言った事が原因かな」
 「あの時?」
 「ほら、花咲華の集団お見合いで再会した時に言ったでしょ? 花咲華の取り巻きの子息たちに『虫除けスプレー噴射したい』って。 主さまがそれを聞いて面白がってね。 じゃ、スキルに付けちゃえってね」

 優斗の口から叫び声が上がった。 あの時、そんな恥ずかしい事は口に出して言っていない。 心の中で思った事だった。

 「まさかっ! それだけの事でっ?!」

 監視スキルは何度も大きく頷き、『仕方ない人だよ、全く』と呆れている。 

 『虫除けスプレー』なんて、どんなスキルだよ、と優斗は頭を抱えた。 相変わらず、主さまは読めない性格をしている。

 「面白い事が好きな人だから、諦めた方がいいよ。 僕もね、今回は乗り気じゃないんだけど。 だって、君も前世の寿命を全うして、色々経験しているんだからさ。 もう、初心な若者じゃないし。 監視スキルで揶揄っても良い反応が返ってこないだろうしね」

 『とても残念だよ』と意地悪な笑みを浮かべる監視スキルの表情は、とてもじゃないがそんな事を思っている様には見えない。

 (その表情っ! 揶揄う気満々だろっ! 止めてくれっ)

 加えて、自身とそっくりな顔で意地悪な笑みを浮かべる監視スキルに、嫌悪感で頬を引き攣らせた。

 「という事で、魔力が目覚めるまで監視スキルは使えないからね。 てっきり、監視スキルが発動していない事におかしいって感じてると思っていたんだけど、まぁ、いっか。 手を出してくれる?」

 前世の時よりも人間らしく話す監視スキルに若干、引いたが、またもや反射的に手を出した。 監視スキルの手と重ね合わせる。 光の粒が現れ、二人の周囲を回り出した。 監視スキルの身体が光を帯びて姿を変えていく。 

 真っ白い肌と尖った耳、白銀の髪と瞳、服装は、今、優斗が着ている服に変わった。

 「これで小鳥遊優斗のアップデートが終わったよ。 今世の名前は、レアンドロス・ユウト・タルピオスだね。 ふ~ん、ミドルネームに前世の名前が使われているんだ。 ねぇ、知ってる? 大昔に、海を泳ぎ恋人の元へ通ったレアンドロスって青年がいた事。 君の名前、この話に掛けて付けたらしいよ。 君の場合、海じゃなくて時と世界をだけど」

 最後に爆弾を投げて来た。 片目を瞑ってにっこり笑った監視スキルが優斗に近づいて来る。 身体が重なり合い『また会おう』と監視スキルの口が動く。 優斗の身体の中心に火が灯る。 監視スキルの身体がフッと消え、桜の花びらが散って草地に落ちていった。

 「どういう意味だよっ! 転生の薬を飲ませたのは、セレンさんたちだろうっ!」

 叫びながら、勢いよく起き上がる。

 自身のベッドで寝ていた事にハッとして、見慣れた家具や木で組まれた壁と天井、窓の外の景色とパジャマ姿を確認して、夢から戻って来た事を理解した。

 「虫除けスプレーってなんだよっ! 主さま何考えてんだよっ! 魔力、目覚めたくないっ」
 
 ベッドの上で、膝に顔を埋める。

 窓から暖かい陽射しが差し、背中に当たりポカポカと気持ちがいい。 優斗の気持ちとは裏腹に、今日はとてもいい天気らしい。 エルフに転生して15年、変わらない窓から見える景色に目を細める。

 深くて長い溜め息を吐いてからベッドを出た。

 窓が開いていて、朝食の美味しそうな匂いが漂って来る。 呆けた頭で、いつもの朝食で日本でもなじみもある、饅頭の匂いが食欲をそそる。 キノコと浄化された魔物の肉の餡を包んで蒸した食べ物だ。

 味付けは少し違うが、形状や匂いは郷愁を誘う。 エルフでは定番、というか朝食はこれと決まっている。 日本を思い出しながら、身支度を整えた優斗は自身の部屋を出た。
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