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最終話
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多忙だった日々も終わり、落ち着いた頃、ファブリツィオはやっと学園へ通う事が出来た。 四月の終わりにあった芸樹祭から、今はもう初夏で、六月の中旬だ。
五月の中旬から始まる生徒会選挙があり、生徒会は副会長であるヴァレリアが生徒会を解散させている。 なので、六月の初めにあった投票で、新しい生徒会が始動している。
今、生徒会は卒業する三年生の送る会の準備で忙しいだろう。 今期の生徒会メンバーは、生徒会長がヴァレリオで、副会長がカルロだ。
今回の選挙でも副会長は二人になっていた。 もう一人の副会長は高位貴族の令嬢で、会計と書記は伯爵家だ。
家格もバランス良く行ったみたいだな。 どっちかに偏れば、色々と面倒だからな。
「う~ん、学園での俺の居場所がなくなったなっ」
二年生は既に遊びモードではなくなり、七月初めに行われる学期末テストに向けて、自習を始めている。 テスト結果によって、今後の将来も決まる。
貴族の子息たちは、大学院に進む者が殆どで、平民で優秀な生徒も大学院へ進む。
後、人気なのは騎士学校だ。 身分関係なく、随時募集をしている。 サヴェリオは家を出ると言っていたらしいが、騎士学校を卒業した後、家を出るそうだ。
ある人を探して中庭に来たファブリツィオは、見慣れた光景に別の道へ行けば良かったと後悔した。
中庭の目立つベンチで、見せつけているのか、令嬢と寄り添って座るフラヴィオの姿が見える。 ファブリツィオの金色の瞳が細まる。
あいつ、また違う令嬢を連れているのか? いい加減にフラフラするのを辞めればいいのにっ、全く。 あいつ、ちゃんと勉強しているのか?
余計なお世話かもしれないが、今は皆、テスト勉強に忙しい時期なのだが。
一つ息を吐き出すと、ファブリツィオは移動して、図書館に足を向けた。
一階から最上階まで吹き抜けになっている図書館には、多くの生徒が自習の為、利用していた。 窓際の隅に、ファブリツィオの目的の人物を見つけた。
ファブリツィオの視界に飛び込んで来た光景に、自然と頬が緩む。
初夏の午後の日差しを受け、青銀の髪が反射して煌めいている。 参考書を片手に真剣に勉強している姿はとても凛としていて美しい。
「リア」
小さく呟いた声が聞こえたのか、ヴァレリアは顔を上げた。 ファブリツィオを見て、琥珀色の瞳が見開く。 程よく色付いた唇が動く。 まるで一目惚れした時の様に、ヴァレリアの姿がゆっくりと動いた。
「ファブリツィオ様っ」
「リア、漸く戻って来れた」
スッと立ち上がったヴァレリアは淑女の礼をした後、嬉しそう微笑んだ。
「お帰りなさいませ、ファブリツィオ様。 後、私まだ言ってませんでしたっ」
「ただいま。 ん? 何をだ?」
「無事に冤罪が晴れた事、喜ばしく思います。 私は信じてました」
「ああ、ありがとう」
ヴァレリアからはもう憂いは見えない。
良かった、ちゃんと祖父の事は消化できた様だな。
「ちょっと話そう」
「はい」
机の上を片付けると、ヴァレリアは隣を歩いてついて来る。 中庭はフラヴィオがイチャついているので、温室に移動した。
中には誰もいない。 庭師も午前の仕事を終えて、昼食を摂りに行っている様だ。
温室の中央には大きな大木があり、周囲にベンチが置いてある。 温室の中が見渡せる様になっていた。 全ての事が片付いた今、ファブリツィオにはやらなければならない事がある。
ベンチに並んで座り、拳を強く握り締める。 気づかれずに小さく喉を鳴らした。
「リアっ!」
心臓が早鐘の様に打ち鳴らし、胸が痛くなる。 ヴァレリアと約束をした、自分自身が納得して自信が持てたらプロポーズすると。 今がその時なのだが、緊張して言葉が出て来なかった。
ヴァレリアはファブリツィオが何が言いたいのか察していない様で、不思議そうに首を傾げている。
「リア、その、」
拳を更に握りしめた。
「そうだっ、リアは卒業後はどうするんた? リアの成績なら王宮士官も出来るぞ」
「ええ、そういう話もありましたが、断りました。 私は父の仕事を手伝って、その、花嫁修業をっ」
頬を染めたヴァレリアは言葉を詰まらせ、徐々に小さくなっていく。
「あ、そうかっ」
俺を迎える準備をしてくれるのかっ!
ヴァレリアが照れるので、ファブリツィオにも羞恥心が伝染して来る。
二人して照れていると、ヴァレリアが話題を変えて来た。
「あ、そう言えば、もう一つ、言ってない事がありました」
「ん? もう一つ?」
「はい、惻妃、アントネッラ妃様のご懐妊、おめでとうございます」
「……ありがとう、この歳で兄弟が出来るのは、ちょっとだけ気恥ずかしいがな。 まだ、どちらかは分からないけど。 後、マウリツィオ兄上の血筋は調べないそうだ」
「そうなんですね……」
「ああ、兄上は王籍を離れない。 生まれて来た子の教育係になる」
「えっ」
マウリツィオが教育係だと聞き、ヴァレリアは驚いて頬を引き攣らせた。 ヴァレリアの脳裏に、幼い頃の事が思い出されているのだろう。
「それは、何というか」
ヴァレリアの表情が、生まれて来る子供を気の毒に思っている事が分かる。
「まぁ、大丈夫だろう。 無茶はしないだろうし、俺は楽しかったしな」
「そうですね、私も楽しかったです」
楽しかった頃を思い出し、ヴァレリアも笑った。 いい笑顔を浮かべるヴァレリアを抱き寄せた。
までは良かったが、ファブリツィオは次の言葉が出なかった。
◇
「で、プロポーズ出来ずに帰って来たんですか? 言うチャンスがあったにも関わらず?」
「……ああ」
ファブリツィオは授業を終え、学園の寮にある執務室へ来ていた。 今後、勉強で忙しくなったとしても、公務が免除される事はない。
深く溜め息を吐いた後、机に突っ伏した。
リアは俺からのプロポーズを待っているのか? それなら、ちゃんとした場所でしたい。
ファブリツィオの心を読んだのか、ピエトロから出された提案に心が揺らされる。
「では、卒業パーティーでプロポーズはどうですか? 定番ですけどね」
「……っ一年後かっ……それまでに勇気が萎む気がする。 卒論と公務に忙殺されるのにっ」
「まぁ、そうですよね。 なら、今年の卒業パーティーでするしかないですね」
「……っ」
今年の卒業パーティーって、いつだ? 今月の末かっ、その後にテストがあるしなっ。
「いや、卒業パーティーだと、学期末のテスト前だ。 最後の追い込みをしたいだろうし、流石に人自分たちの卒業パーティーではないから、ちょっとな」
「では、テスト後、終業式後のダンスパーティーはどうです?」
「ああ、そんなのもあったかっ」
「ええ、二年生は最後の遊べるチャンスですし、結構、羽根を伸ばしますからね」
ピエトロの淡いブルーの瞳が『間違っても、一線を越える行為を行わない様に』と無言の圧を掛けて来る。 口元を引き攣らせ、ファブリツィオは小さく喉を鳴らす。
「何を言っている! そんな事をする訳ないだろう。 そこまで軽率ではないぞ」
「分かっているのであればいいです」
にっこりと笑ったピエトロに、むすっと不機嫌な表情を向ける。
全く、婚前交渉などする訳ないだろう。 それよりも俺の頭の中は、プロポーズの事で一杯なんだからなっ!
「あ、後、最後のチャンスだと、令嬢や子息も大胆になりがちですから、気をつけて下さいね」
「そうか、当日はリアと離れない様に気を付ける」
「ええ、頑張って下さいね」
「ああ」
三年生を送る会は直ぐにやって来た。
生徒たちは皆、目一杯に着飾り、三年生は最後の学園の行事を楽しんでいる様だった。 送る会を最後に、三年生は学園を去って行く。
ピエトロの言う通り、令嬢や子息は最後のチャンスだと、お目当ての相手やファブリツィオ、ヴァレリアに猛アタックを掛けてくる。
執拗に声を掛けてくる令嬢たちには、内心で溜め息を吐いた。
俺が言えた義理ではないが、婚約者以外を相手にすると思っているのか? 結婚前にそんな醜聞になる事しないぞ。 媚薬を盛られたとしても、俺の排斥が決まる。 そんな事も分からないのかっ。
目の前でファブリツィオに微笑む令嬢に、貼り付けた笑みを浮かべた。
気を緩めると、ファブリツィオが持っているグラスに何か薬の様な物を入れられた。
おいっ、今、何を入れたっ!
ファブリツィオは、グラスの中で白い何かが溶けて行く様子を令嬢の目の前に突きつけた。 表情を引き攣らせた令嬢は、素早く離れて行った。
馬鹿な令嬢だ。 卒業したばかりなのに、人生を棒に振るなんてなっ。
ふと真剣に考え、平民ならいざ知らず、貴族の令嬢として駄目だろう。
「ピエトロ、先程の令嬢の家へ、このグラスを調べた後、処分を言い渡す」
「はい、承知致しました」
深く頭を下げたピエトロが、差し出したグラスを受け取る。 一部始終を見ていた貴族の令嬢や子息たちは、サッとファブリツィオから離れて行った。
チラリとヴァレリアがいる場所に視線をやる。 ヴァレリアを囲んでいた子息たちはファブリツィオの鋭い金色の瞳に射抜かれ、ヴァレリアから離れた。
「リア、行こう。 ここは騒がしい」
「はい、ファブリツィオ様」
ヴァレリアをエスコートして中庭に出ると、ファブリツィオはヴァレリアを学園寮の執務室へ連れて行った。
「ファーベル様、着いて来て訊ねるのもなんですが、良かったんですか?」
「ああ、いいんだ。 どうせ、皆、俺が王太子になるかも知れないから、繋がりを持ちたいだけだし。 ただ王妃になって、偉そうにしたいだけの令嬢たちだからな」
「でも……っ」
ヴァレリアをソファーに座らせ、自身も隣に腰掛ける。
「卒業パーティーは、卒業生同士が楽しめばいい。 俺たちはまだ一年あるしな」
「そうですね」
ヴァレリアの腰に手を回し、身体を引き寄せ、ピッタリと寄り添って体重を預け合う。 所在投げにしているヴァレリアの手に自身の手を重ねる。
これくらいは許されるよな。
「私は、ファーベル様の卒業後を聞いていませんでした。 どうされるのです?」
「そうか、言ってなかったか。 俺はもう二年、大学院で勉強するよ。 領地経営の勉強をする為にな」
金色の瞳を細めると、ヴァレリアの琥珀色の瞳も熱を帯びて滲む。 そっと口付けを交わし、卒業生の送る会の夜は更けていった。
◇
学期末テスト当日、すっかり日差しが暑くなった校舎でテストが行われた。
フラヴィオは、ファブリツィオが心配したいた通り、テストまでの期間、何も勉強していなかった様で、ぐちぐちと愚痴っていた。
「ちゃんと出来たのか?」
「まぁね、分かるところは全て埋めたよ」
「……そうか」
今は、終業式を終え、テスト結果が貼り出されるのを待っている。 久しぶりに旧生徒会のメンバーが集まり、話をしていた。
「ヴァレリオ、新生徒会はどうだ?」
「全員が一年生なので、楽しいですよ」
「そうか、まぁ、ヴァレリオの事だから心配はしてなかったけどな」
「はい、頑張ります」
「ファブリツィオ殿下は、俺には聞いてくれないんだ……」
眉尻を下げたカルロは、懐かしい表情を見せる。 しかし、口の端が笑っている。
絶対にわざとだな。
瞳を細めたファブリツィオは、軽くカルロに肘鉄を喰らわす事で反撃した。
話している所でテスト結果が貼り出され、今年も二年生の首位はヴァレリアだった。 次点はファブリツィオだ。
ヴァレリオも一年生の首位をキープしていて、姉弟の優秀さを、まざまざと周囲に見せつけた。
テスト結果の後は、恒例のダンスパーティーだ。 皆はドレスや正装に着替え、学園のカフェテリアへ集まる。
ファブリツィオとヴァレリアは二人で参加してファーストダンスを踊る。
先日の卒業パーティーの一件で、二人の邪魔をする者は誰もいない。 そっと頃合いを見て、カフェテリアから抜け出す。
中庭の奥のベンチに腰掛け、夜空を見上げる。 昼間の暑さが弱まり、夜は少しだけ涼しく感じる。
隣に座るヴァレリアに視線をやり、ファブリツィオは覚悟を決めた。 ヴァレリアの前で跪く。 緊張で中々、口に出せずにいると、ふと幼い頃の自身を思い出した。
何も考えずに、純粋に想いを真っ直ぐに打ち明けていた。
そうだ、あの頃の様に、真っ直ぐに素直な言葉で言おう。 言葉を飾っても、想いが伴わなければ、意味がないっ。
膝の上へ置かれたヴァレリアの両手を取る。
「リア、俺と結婚してほしい。 俺は自分が情け無い部分がある事は分かっている。 直す努力はする。 だが、リアには迷惑を掛けるかも知れない。 でも、俺はリアが一番好きだ。 だから、一緒にストラーネオ家を守らせて欲しい」
取った両手が強く握りしめられ、顔を上げると、琥珀色の瞳に涙を滲ませたヴァレリアが微笑んでいた。
「はい、ファーベル様、私も至らない所がありますが、貴方を支えて行きたいと思います。 よろしくお願いします」
「リアっ!」
お互いに立ち上がり、抱きしめ合う。
人払いをしていたピエトロと、何処かで隠れて見ているだろう影たちが、親目線で『良かったですね、殿下っ』と、拳を握り締めて見守っている事を知らない。
満天の夜空の下、二人は永遠の愛を誓う口付けを交わした。
五月の中旬から始まる生徒会選挙があり、生徒会は副会長であるヴァレリアが生徒会を解散させている。 なので、六月の初めにあった投票で、新しい生徒会が始動している。
今、生徒会は卒業する三年生の送る会の準備で忙しいだろう。 今期の生徒会メンバーは、生徒会長がヴァレリオで、副会長がカルロだ。
今回の選挙でも副会長は二人になっていた。 もう一人の副会長は高位貴族の令嬢で、会計と書記は伯爵家だ。
家格もバランス良く行ったみたいだな。 どっちかに偏れば、色々と面倒だからな。
「う~ん、学園での俺の居場所がなくなったなっ」
二年生は既に遊びモードではなくなり、七月初めに行われる学期末テストに向けて、自習を始めている。 テスト結果によって、今後の将来も決まる。
貴族の子息たちは、大学院に進む者が殆どで、平民で優秀な生徒も大学院へ進む。
後、人気なのは騎士学校だ。 身分関係なく、随時募集をしている。 サヴェリオは家を出ると言っていたらしいが、騎士学校を卒業した後、家を出るそうだ。
ある人を探して中庭に来たファブリツィオは、見慣れた光景に別の道へ行けば良かったと後悔した。
中庭の目立つベンチで、見せつけているのか、令嬢と寄り添って座るフラヴィオの姿が見える。 ファブリツィオの金色の瞳が細まる。
あいつ、また違う令嬢を連れているのか? いい加減にフラフラするのを辞めればいいのにっ、全く。 あいつ、ちゃんと勉強しているのか?
余計なお世話かもしれないが、今は皆、テスト勉強に忙しい時期なのだが。
一つ息を吐き出すと、ファブリツィオは移動して、図書館に足を向けた。
一階から最上階まで吹き抜けになっている図書館には、多くの生徒が自習の為、利用していた。 窓際の隅に、ファブリツィオの目的の人物を見つけた。
ファブリツィオの視界に飛び込んで来た光景に、自然と頬が緩む。
初夏の午後の日差しを受け、青銀の髪が反射して煌めいている。 参考書を片手に真剣に勉強している姿はとても凛としていて美しい。
「リア」
小さく呟いた声が聞こえたのか、ヴァレリアは顔を上げた。 ファブリツィオを見て、琥珀色の瞳が見開く。 程よく色付いた唇が動く。 まるで一目惚れした時の様に、ヴァレリアの姿がゆっくりと動いた。
「ファブリツィオ様っ」
「リア、漸く戻って来れた」
スッと立ち上がったヴァレリアは淑女の礼をした後、嬉しそう微笑んだ。
「お帰りなさいませ、ファブリツィオ様。 後、私まだ言ってませんでしたっ」
「ただいま。 ん? 何をだ?」
「無事に冤罪が晴れた事、喜ばしく思います。 私は信じてました」
「ああ、ありがとう」
ヴァレリアからはもう憂いは見えない。
良かった、ちゃんと祖父の事は消化できた様だな。
「ちょっと話そう」
「はい」
机の上を片付けると、ヴァレリアは隣を歩いてついて来る。 中庭はフラヴィオがイチャついているので、温室に移動した。
中には誰もいない。 庭師も午前の仕事を終えて、昼食を摂りに行っている様だ。
温室の中央には大きな大木があり、周囲にベンチが置いてある。 温室の中が見渡せる様になっていた。 全ての事が片付いた今、ファブリツィオにはやらなければならない事がある。
ベンチに並んで座り、拳を強く握り締める。 気づかれずに小さく喉を鳴らした。
「リアっ!」
心臓が早鐘の様に打ち鳴らし、胸が痛くなる。 ヴァレリアと約束をした、自分自身が納得して自信が持てたらプロポーズすると。 今がその時なのだが、緊張して言葉が出て来なかった。
ヴァレリアはファブリツィオが何が言いたいのか察していない様で、不思議そうに首を傾げている。
「リア、その、」
拳を更に握りしめた。
「そうだっ、リアは卒業後はどうするんた? リアの成績なら王宮士官も出来るぞ」
「ええ、そういう話もありましたが、断りました。 私は父の仕事を手伝って、その、花嫁修業をっ」
頬を染めたヴァレリアは言葉を詰まらせ、徐々に小さくなっていく。
「あ、そうかっ」
俺を迎える準備をしてくれるのかっ!
ヴァレリアが照れるので、ファブリツィオにも羞恥心が伝染して来る。
二人して照れていると、ヴァレリアが話題を変えて来た。
「あ、そう言えば、もう一つ、言ってない事がありました」
「ん? もう一つ?」
「はい、惻妃、アントネッラ妃様のご懐妊、おめでとうございます」
「……ありがとう、この歳で兄弟が出来るのは、ちょっとだけ気恥ずかしいがな。 まだ、どちらかは分からないけど。 後、マウリツィオ兄上の血筋は調べないそうだ」
「そうなんですね……」
「ああ、兄上は王籍を離れない。 生まれて来た子の教育係になる」
「えっ」
マウリツィオが教育係だと聞き、ヴァレリアは驚いて頬を引き攣らせた。 ヴァレリアの脳裏に、幼い頃の事が思い出されているのだろう。
「それは、何というか」
ヴァレリアの表情が、生まれて来る子供を気の毒に思っている事が分かる。
「まぁ、大丈夫だろう。 無茶はしないだろうし、俺は楽しかったしな」
「そうですね、私も楽しかったです」
楽しかった頃を思い出し、ヴァレリアも笑った。 いい笑顔を浮かべるヴァレリアを抱き寄せた。
までは良かったが、ファブリツィオは次の言葉が出なかった。
◇
「で、プロポーズ出来ずに帰って来たんですか? 言うチャンスがあったにも関わらず?」
「……ああ」
ファブリツィオは授業を終え、学園の寮にある執務室へ来ていた。 今後、勉強で忙しくなったとしても、公務が免除される事はない。
深く溜め息を吐いた後、机に突っ伏した。
リアは俺からのプロポーズを待っているのか? それなら、ちゃんとした場所でしたい。
ファブリツィオの心を読んだのか、ピエトロから出された提案に心が揺らされる。
「では、卒業パーティーでプロポーズはどうですか? 定番ですけどね」
「……っ一年後かっ……それまでに勇気が萎む気がする。 卒論と公務に忙殺されるのにっ」
「まぁ、そうですよね。 なら、今年の卒業パーティーでするしかないですね」
「……っ」
今年の卒業パーティーって、いつだ? 今月の末かっ、その後にテストがあるしなっ。
「いや、卒業パーティーだと、学期末のテスト前だ。 最後の追い込みをしたいだろうし、流石に人自分たちの卒業パーティーではないから、ちょっとな」
「では、テスト後、終業式後のダンスパーティーはどうです?」
「ああ、そんなのもあったかっ」
「ええ、二年生は最後の遊べるチャンスですし、結構、羽根を伸ばしますからね」
ピエトロの淡いブルーの瞳が『間違っても、一線を越える行為を行わない様に』と無言の圧を掛けて来る。 口元を引き攣らせ、ファブリツィオは小さく喉を鳴らす。
「何を言っている! そんな事をする訳ないだろう。 そこまで軽率ではないぞ」
「分かっているのであればいいです」
にっこりと笑ったピエトロに、むすっと不機嫌な表情を向ける。
全く、婚前交渉などする訳ないだろう。 それよりも俺の頭の中は、プロポーズの事で一杯なんだからなっ!
「あ、後、最後のチャンスだと、令嬢や子息も大胆になりがちですから、気をつけて下さいね」
「そうか、当日はリアと離れない様に気を付ける」
「ええ、頑張って下さいね」
「ああ」
三年生を送る会は直ぐにやって来た。
生徒たちは皆、目一杯に着飾り、三年生は最後の学園の行事を楽しんでいる様だった。 送る会を最後に、三年生は学園を去って行く。
ピエトロの言う通り、令嬢や子息は最後のチャンスだと、お目当ての相手やファブリツィオ、ヴァレリアに猛アタックを掛けてくる。
執拗に声を掛けてくる令嬢たちには、内心で溜め息を吐いた。
俺が言えた義理ではないが、婚約者以外を相手にすると思っているのか? 結婚前にそんな醜聞になる事しないぞ。 媚薬を盛られたとしても、俺の排斥が決まる。 そんな事も分からないのかっ。
目の前でファブリツィオに微笑む令嬢に、貼り付けた笑みを浮かべた。
気を緩めると、ファブリツィオが持っているグラスに何か薬の様な物を入れられた。
おいっ、今、何を入れたっ!
ファブリツィオは、グラスの中で白い何かが溶けて行く様子を令嬢の目の前に突きつけた。 表情を引き攣らせた令嬢は、素早く離れて行った。
馬鹿な令嬢だ。 卒業したばかりなのに、人生を棒に振るなんてなっ。
ふと真剣に考え、平民ならいざ知らず、貴族の令嬢として駄目だろう。
「ピエトロ、先程の令嬢の家へ、このグラスを調べた後、処分を言い渡す」
「はい、承知致しました」
深く頭を下げたピエトロが、差し出したグラスを受け取る。 一部始終を見ていた貴族の令嬢や子息たちは、サッとファブリツィオから離れて行った。
チラリとヴァレリアがいる場所に視線をやる。 ヴァレリアを囲んでいた子息たちはファブリツィオの鋭い金色の瞳に射抜かれ、ヴァレリアから離れた。
「リア、行こう。 ここは騒がしい」
「はい、ファブリツィオ様」
ヴァレリアをエスコートして中庭に出ると、ファブリツィオはヴァレリアを学園寮の執務室へ連れて行った。
「ファーベル様、着いて来て訊ねるのもなんですが、良かったんですか?」
「ああ、いいんだ。 どうせ、皆、俺が王太子になるかも知れないから、繋がりを持ちたいだけだし。 ただ王妃になって、偉そうにしたいだけの令嬢たちだからな」
「でも……っ」
ヴァレリアをソファーに座らせ、自身も隣に腰掛ける。
「卒業パーティーは、卒業生同士が楽しめばいい。 俺たちはまだ一年あるしな」
「そうですね」
ヴァレリアの腰に手を回し、身体を引き寄せ、ピッタリと寄り添って体重を預け合う。 所在投げにしているヴァレリアの手に自身の手を重ねる。
これくらいは許されるよな。
「私は、ファーベル様の卒業後を聞いていませんでした。 どうされるのです?」
「そうか、言ってなかったか。 俺はもう二年、大学院で勉強するよ。 領地経営の勉強をする為にな」
金色の瞳を細めると、ヴァレリアの琥珀色の瞳も熱を帯びて滲む。 そっと口付けを交わし、卒業生の送る会の夜は更けていった。
◇
学期末テスト当日、すっかり日差しが暑くなった校舎でテストが行われた。
フラヴィオは、ファブリツィオが心配したいた通り、テストまでの期間、何も勉強していなかった様で、ぐちぐちと愚痴っていた。
「ちゃんと出来たのか?」
「まぁね、分かるところは全て埋めたよ」
「……そうか」
今は、終業式を終え、テスト結果が貼り出されるのを待っている。 久しぶりに旧生徒会のメンバーが集まり、話をしていた。
「ヴァレリオ、新生徒会はどうだ?」
「全員が一年生なので、楽しいですよ」
「そうか、まぁ、ヴァレリオの事だから心配はしてなかったけどな」
「はい、頑張ります」
「ファブリツィオ殿下は、俺には聞いてくれないんだ……」
眉尻を下げたカルロは、懐かしい表情を見せる。 しかし、口の端が笑っている。
絶対にわざとだな。
瞳を細めたファブリツィオは、軽くカルロに肘鉄を喰らわす事で反撃した。
話している所でテスト結果が貼り出され、今年も二年生の首位はヴァレリアだった。 次点はファブリツィオだ。
ヴァレリオも一年生の首位をキープしていて、姉弟の優秀さを、まざまざと周囲に見せつけた。
テスト結果の後は、恒例のダンスパーティーだ。 皆はドレスや正装に着替え、学園のカフェテリアへ集まる。
ファブリツィオとヴァレリアは二人で参加してファーストダンスを踊る。
先日の卒業パーティーの一件で、二人の邪魔をする者は誰もいない。 そっと頃合いを見て、カフェテリアから抜け出す。
中庭の奥のベンチに腰掛け、夜空を見上げる。 昼間の暑さが弱まり、夜は少しだけ涼しく感じる。
隣に座るヴァレリアに視線をやり、ファブリツィオは覚悟を決めた。 ヴァレリアの前で跪く。 緊張で中々、口に出せずにいると、ふと幼い頃の自身を思い出した。
何も考えずに、純粋に想いを真っ直ぐに打ち明けていた。
そうだ、あの頃の様に、真っ直ぐに素直な言葉で言おう。 言葉を飾っても、想いが伴わなければ、意味がないっ。
膝の上へ置かれたヴァレリアの両手を取る。
「リア、俺と結婚してほしい。 俺は自分が情け無い部分がある事は分かっている。 直す努力はする。 だが、リアには迷惑を掛けるかも知れない。 でも、俺はリアが一番好きだ。 だから、一緒にストラーネオ家を守らせて欲しい」
取った両手が強く握りしめられ、顔を上げると、琥珀色の瞳に涙を滲ませたヴァレリアが微笑んでいた。
「はい、ファーベル様、私も至らない所がありますが、貴方を支えて行きたいと思います。 よろしくお願いします」
「リアっ!」
お互いに立ち上がり、抱きしめ合う。
人払いをしていたピエトロと、何処かで隠れて見ているだろう影たちが、親目線で『良かったですね、殿下っ』と、拳を握り締めて見守っている事を知らない。
満天の夜空の下、二人は永遠の愛を誓う口付けを交わした。
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ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
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