脳内お花畑から帰還したダメ王子の不器用な愛し方

伊織愁

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35話

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 連れ去られたヴァレリアとヴァレリオが向かった先は、ファブリツィオの学園寮の執務室だった。 見慣れた景色にヴァレリアは首を傾げた。

 「あら、ここは執務室だわ……てっきり敵に捕まって人生終わったと思っていましたのにっ」
 「……うん、俺は姉上だけでも逃がそうと思ってましたよ」
 「ヴァレリオっ」

 二人とも大男の肩に担がれて、呑気な会話をする程には冷静らしい。 ヴァレリアの手足は大男の所為で震えているが。

 「あ、ピエトロ」

 ヴァレリアがファブリツィオのただ一人の補佐官の名前を呼び、ヴァレリオも顔を上げる。

 「こんにちは、ストラーネオ侯爵令嬢、ジェンマ子爵子息、芸術祭を楽しまれていますか?」

 ピエトロの言葉に、ヴァレリアとヴァレリオの表情に翳りが落ちる。 二人の様子に小さく笑うピエトロ。

 「お二人とも、いつも通りにして下さい。 殿下の指示です」
 
 ハッとした表情をしたヴァレリアは、目の前のピエトロを見下ろす。

 「二人を降ろして下さい。 ありがとう、貴方は持ち場に戻って下さい」

 ピエトロの指示で大男から下された二人は少しだけふらつきながら、支え合って執務室の床に立った。

 大男は物音をさせずに何処かへ消えてしまった。 まるで居なかったみたいに消えた。 そして気づく、ピエトロの足元で青ざめ、しゃがみ込んでいる二人の侍女に。

 二人の視線に気づいたピエトロは、和かな笑みを向けてくる。

 「ああ、今、少しだけ立て込んでおりまして、お目汚し申し訳ありません」
 「「いいえっ」」

 ピエトロの様子で、ヴァレリアとヴァレリオは瞬時に突っ込んではいけないと悟り、スルーする事案なのだと理解した。

 『絶対に突っ込んではいけない、見た事も忘れないとっ』、と二人は内心で叫んだ。

 何食わぬ顔をし、ヴァレリオは、侍女二人が助けを求める様な眼差しを無視してピエトロに問いかける。

 「ピエトロ、それはファブリツィオ様は、こうなる事をご存知だったのですか?」

 ファブリツィオの名前が出て来た事で、二人の侍女は諦めた様に顔を俯けた。

 「はい、王太子殿下の助言を受けまして、少し罠を張りました。 後は殿下からお聞きしたいでしょう? 殿下もストラーネオ侯爵令嬢に伝え忘れている事を……今頃は懲罰房で思い出している頃でしょう」
 「では、犯人は分かっているんですか?」

 ヴァレリオの疑問にピエトロは頷いた。

 腰に手を当てて溜め息を吐いたヴァレリオは、気まずそうにヴァレリアを見て来た。 ヴァレリアも彼の視線を受け、事情を知らずに先走ってしまった自身を恥じ、頬を染めた。

 「御気にせずに、伝え忘れている殿下の所為ですからね。 それにこの計画を立てた時、ストラーネオ侯爵令嬢もおられましたが、誰にも聞かれない様に小声で話しましたしねっ、あまり殿下を責めないあげて下さい」

 ピエトロが気遣う様な表情で見つめてくる。 ヴァレリアの身体が羞恥心で一気に熱くなった。
 
 「大丈夫ですよ。 貴方がたのお陰で私が用意した証人以外も多数見つかりましたしね。 証人は多い方がいいですし、良かったです。 で、ストラーネオ侯爵令嬢は殿下にお会いしたいですか?」
 「はい、会いたいですっ!」
 
 ヴァレリアは即答した。

 「分かりました。 直ぐにご案内致します。 ジェンマ子爵子息には、私がご説明致しましょう」
 
 ピエトロの言葉の後、何処からともなく、王家の影が現れた。 現れた影は、ヴァレリアの知っている者だった。 彼はヴァレリアと視線を合わせると、目元を緩ませ温かみのある笑みを見せる。

 「ストラーネオ侯爵令嬢、ご案内致します」
 「はい、よろしくお願いします」

 淑女の礼をすると、ヴァレリアは執務室から出ていく。 後に残されたピエトロとヴァレリオは、ヴァレリアの背中を見送った後、真剣な眼差しをぶつけ合った。

 「では、説明してもらいましょう」
 「はい」

 ◇

 大人しく影に連れられて執務室を出たヴァレリアは、一階のカフェテリアまで降りると、階段下の廊下に絵画が飾られている壁の前に立つ。

 影が軽く絵画左の端を叩く。 すると、重い音を鳴らして絵画が動いた。 絵画が出す音ではない重い音に、ヴァレリアの頬が引き攣る。

 「こちらです」
 「あの、ここは?」

 ヴァレリアは恐る恐る声を絞り出した。

 影に着いていく事を躊躇わせるだけの雰囲気を、開けられた絵画の向こう側から漂っており、とても暗い。 恐怖で震えているヴァレリアを見て影が柔らかく微笑む。

 「大丈夫ですよ、閉まると灯りも付きますし、学園が用意している規則を破った生徒たちを入れる懲罰房ですから、怖い事はありません」

 それなら、こんな作りにしなくてもいいのではっ?

 「わ、分かりましたっ」

 喉を鳴らしたヴァレリアは、影に続いて覚悟を決め、一歩、足を踏み入れた。

 ゆっくりと絵画の扉が閉められる。

 影の言う通り、扉が閉まると天井に吊らされたランプの灯りが灯された。

 どうやって灯りが付くのかしら?

 不思議そうに見上げたヴァレリアは、前を歩く影に促され、ファブリツィオが入れられている懲罰房へ向かった。

 下へ降りる階段に、懲罰房は地下にある事が分かる。 前を歩く影の足音は聞こえない。 ゆっくりと降りていくヴァレリアの足音だけが階段に響いている。

 程なくして、懲罰房が並ぶ廊下に辿り着いた。

 ◇

 一方でファブリツィオは、今更ながら、ヴァレリアに作戦を話していない事に気づいた。 硬いベッドに腰掛け、自身の馬鹿さ加減に頭を抱える。

 不味いな、ヴァレリアには作戦の事を言ってなかった様な気がするっ。

 暫し考え、ピエトロと作戦を考えた日を思い出してみた。 ピエトロには内緒話の様に小声で話した記憶が思い起こされた。

 「確実に言ってなかったなっ。 俺が捕まった時、リアは物凄い心配そうだったものなっ」

 廊下の先で足音が鳴らされた。 聞こえてくる足音は一人分だが、妙な気配を感じて、王家の影が着いている事に気づく。

 誰だ? 兄上か? でも、兄上は手を出さないと、ピエトロが言っていた様な気がするが。

 足音は扉の前で止まり、少しの話し声が聞こえて来た。

 「そこに誰か居るのか?」

 自身の声が窓もない空気が詰まる様な懲罰房で響く。 扉の向こう側で、ヴァレリアだと王家の影が伝えてくる。

 王家の影には秘密の伝言方法がある。

 「リアかっ、どうして此処へ?」
 「ファーベル様っ」

 ヴァレリアは扉も開けていない、声も掛けていないなのに、自身が来たと分かったのか、突っ込んで聞いてこなかった。

 二人の間には、顔の高さに小窓が取り付けられ、丁度、腰あたりに食事を配膳する差し口が作られた頑丈な木製の扉がある。

 「ピエトロに聞きました。 また、囮になったんですね」

 疑問形ではないので、事実確認だろう。

 一瞬だけ逡巡したが、正直にヴァレリアには全てを話すと言っていたので、話す事にした。 大した事もないだろう。

 ファブリツィオは王妃の侍女が分かりやすく、騙されやすいと聞き、ファブリツィオが罠に掛かるという作戦を考えた。

 「では、ファーベル様は王妃様の侍女を使ってわざと罠に嵌ったんですね」
 「そうだ、アドルフォは俺に嫌がらせをしたいだけだから、逃げないだろうしな」

 ヴァレリアからファブリツィオを気遣う様な吐息が漏れる。

 「気にする事はない。 あいつはずっと俺を嫌っていたからな」
 「……そうですね、本当に嫌っていたかは、私には分かりませんが、彼がファーベル様の事を目の上のたんこぶだと思っていた事は気づいていました」
 「そうなのか」
 「はい、彼がテスト結果を見て、悔しそうにファーベル様を見ていた事がありまして、私はその時、ファーベル様とガリツィア様はいいライバル関係なのだと、勝手に思い込んでいました」
 「そんな事があったのか……」
 「はい」

 真剣な表情を浮かべたファブリツィオは、扉に取り付けられた小窓を覗き込む。

 「リア、懲罰房を出たら普段通りにしていてくれ。 もしかしたら、リアも明日の陛下との謁見の間に呼ばれるかも知れない」

 少し見上げているヴァレリアが琥珀色の瞳を見開き、琥珀色に近いファブリツィオの金色の瞳と視線が合う。

 「……もしかして、私たちは婚約を解消されてしまうんですか?」
 「リア、そんな事にはさせない。 反対に王妃を蟄居に追い込む。 王妃は腐っても隣国の姫君だからな。 離縁は無理でも、離宮に追い込める事は出来るだろう」
 「ファーベル様っ」
 「だから、俺を信じてくれ、リア」
 「はい」

 力強く頷いたヴァレリアを見つめ、ファブリツィオの金色の瞳に熱が滲む。

 小窓越しに口付けを交わした後、二人は名残惜しそうに離れた。 

 ◇

 芸術祭は、少しだけ生徒間で問題が起こったりしたが、無事に終わった。 本当なら、生徒会と実行委員のメンバーで、打ち上げをしようと計画を立てていたが、ファブリツィオが捕まってしまい、打ち上げをせず、生徒会と実行委員は解散になった。

 明日は学園も休みで、芸術祭の片付けが残ってはいるが、明後日の午前中に授業を潰して、片付けの時間に当てられている。

 玄関ホールで両親に出迎えられたヴァレリアは、余計な心配をさせない為に笑顔を浮かべた。

 「只今、戻りました、お父様、お母様」
 「お帰り、ヴァレリア」
 「お帰りなさい、ヴァレリア」

 芸術祭が終わった真っ直ぐにタウンハウスへ戻って来たヴァレリアは、両親から王家からの手紙を受け取った。

 「ヴァレリア、君のしたい通りにすればいい」

 手紙を受け取ったヴァレリアは、父の声に顔をあげた。

 「お父様……」
 「そうね、貴方は今まで必死にストラーネオ家を守る為に頑張ってくれたけれど、もう好きにしていいのよ」
 「お母様」

 きっと王家から呼ばれた理由を察して言ってくれているのだろう。 そして、ヴァレリアが選ぶだろう選択肢も。

 「ありがとうございます、お父様、お母様」

 自室へ戻り、手紙を読むと、ファブリツィオの言った通りの内容だった。 ファブリツィオの罪が認められれば、二人の婚約は解消され、婚約解消に伴い、王家から新たな相手をヴァレリアに紹介するという内容だった。

 「ファーベル様は何もしていないのだから、婚約解消は必要ないし、新たな相手も要らないわ。 それだけはハッキリと言いましょう」
 
 手紙を封筒に仕舞うと、ヴァレリアはクローゼットに向かった。

 「オルガ、明日のドレスを選びましょう」
 「はい、お任せを、私が女の戦いに相応しいドレスを選んで差し上げましょう。 皆、用意はいいわね」
 「「「はい、任せて下さいっ! 最高に綺麗に仕上げますから!」」」

 物凄く張り切るメイドたちに、ヴァレリアは少し引いたが、彼女らに任せる事にした。

 「オルガ、皆、お手柔らかにお願いね」

 オルガやメイドたちには、最早ヴァレリアの声は届かない。 ドレスとメイクは令嬢にとって戦闘服だ。 ヴァレリアは前とは違う面持ちで、気合いを入れる事にした。

 ◇ 

 翌朝、ファブリツィオが入れられた懲罰房の扉が開かれた。 扉の外には沢山の近衛騎士がファブリツィオを囲んだ。

 「仰々しい事でっ…….」
 「殿下、我々と共に王宮へ出頭してもらいます。 大人しく着いて来て下さい」
 「暴れる気になんて元からないが」

 ファブリツィオには何も答えない。 

 近衛騎士たちに歩く事を促され、懲罰房を出た。 生徒の誰にも見られず、学園を出たファブリツィオの目の前に、豪奢な馬車が停車している。

 これ…….犯罪者を乗せる馬車じゃないぞっ。

 舞踏会へ赴く様の豪奢な馬車に乗せられ、溜め息を吐いた。

 ファブリツィオの左右と目の前には騎士が座り、ファブリツィオの行動に目を光らせている。 

 騎士の不躾な視線に嫌気がさしてくる。

 最後にピエトロと話せなかったのは少しだけ不安だが、あいつの事だから大丈夫だろう。

 ファブリツィオを乗せた馬車は、王宮の門を潜り抜け、玄関ホールの前で停まった。 馬車の扉が開けられ、ゆっくりと馬車を降りた。

 「随分と来ていないから、懐かしく感じるな」
 「殿下、こちらです。 両陛下がお待ちです」
 「分かった」

 もう、父上たちは謁見の間で待っているのか。

 謁見の間がある階には、国王との謁見を待つ控え室がある。 控え室の一室へ連れて行かれたファブリツィオは首を傾げた。

 「こちらでお待ち下さい」

 侍従がお辞儀すると、直ぐに外を出て行こうとし、瞳を細めたファブリツィオは侍従の背中に声を掛けた。

 「おい、待て」
 「何でしょう?」

 表情を強張らせた侍従は、恐る恐る振り返った。 侍従の表情で全てを悟り、深く溜め息を吐いた。

 近衛騎士は両陛下が、もう既に待っていると言っていた。 ファブリツィオが控え室で待つ必要はない。 

 「全く、小賢しい事をするな。 直ぐに謁見の間に行く」
 「えっ、いや、あの、お待ちを殿下っ!」

 侍従が止めるのも聞かず、控え室を出たファブリツィオは、謁見の間へ向かった。

 同じ階にある謁見の間には直ぐ辿り着いた。 中から王妃の笑い声が聞こえる。

 いや、笑い声というよりは、高笑いだなっ。

 瞳を細めたファブリツィオは侍従が訪れを知らせる前に、重い扉を押した。

 謁見の間に大きな音を響かせて扉は開いた。 ファブリツィオの突然の登場に、謁見の間に集まった貴族たちがざわついた。

 皆が注目する中、ファブリツィオは堂々と歩き、国王の前で跪いた。

 「陛下、出頭とのご命令を聞き、ファブリツィオ・デ・トレ・アルカンジェリ。 参上致しました」

 静まり返った謁見の間に、堂々としたファブリツィオの声が響いた。
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