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33話
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芸術祭の準備が始まった。 ファブリツィオはロイヤルガーデンから借りてきた花を花瓶に生けようと、自身が担当する廊下にやって来た。
校訓である『清く正しく美しく』を生花で表現する。 花瓶と花を交互に見て瞳を細める。
ファブリツィオも王族の端くれだ。
王族として、幼い頃から芸術に触れて育った。 一人頭、数箇所に置いてある花瓶に花を生ける。 一箇所に時間を掛ける余裕はない。
一息吐くと、生花に集中した。
「よしっ! やるかっ」
色や花の種類に気をつけて、花を花瓶に挿していく。 高さも考え、立体感を出していく。 一箇所を終えると、場所を移動して同じ作業をする。 場所や雰囲気に寄って花の種類を変える。
担当箇所の全てに花を生け、自身の作品を眺める。
中々、上手く出来たんじゃないか。
得意気に鼻歌を歌いながら、出したゴミを片付ける。 少し離れた場所で、ファブリツィオの作業をじっと見つめているアドルフォには気づかなかった。
片付けを終え、ファブリツィオが離れていく。 そっとアドルフォが生けた花瓶に近づき、口元に嫌な笑みを浮かべた。
多くの生徒たちがファブリツィオの生花をしている姿を見学したいたが、アドルフォは周囲を確認し、持っていた花を花瓶に挿した。
◇
芸術祭の前日、学園は生徒たちの芸術作品に溢れ、色々な花が咲いていた。
匂いが篭らない様、窓や扉が開放され、風通しを良くした。 香りが良くとも、混ざれば悪臭になったりするものだ。
前日だが、明日の本番に向けて、一・二年生の生徒たちは最後の追い込みを掛け、多くの生徒が準備作業をしていた。
「流石に前日にやらかす者はいないと思うが、一クラスずつ見ていくか」
「はい、殿下。 手分けして行かない?」
フラヴィオが珍しく適切な事を言った。
「そうだな、沢山、見ないと行けないしな。 ゾロゾロと歩いて行くより、手分けした方が早いな」
あっ! いい事を思いついたっ。 リアと久しぶりに二人っきりになれるチャンスっ!
「フラヴィオ、お前は実行委員たちと手分けして行ってくれ」
「分かったよ、殿下」
「違う目で見る為だから、自分の作品以外の作品をチェックする事」
「「「「「「はい」」」」」」
学園の玄関ホールへ集まった生徒会メンバーと、実行委員のメンバーから返事があった。
「では、ヴァレリオとカルロ、トロヴァート姉弟、で、俺とヴァレリアに別れて三年生の校舎を回る」
「はい、殿下。 三年生の踊り場は、私とカルロ、ラヴィ先輩の生花の作品がありますけど」
「ああ、そうか、ならお前たちは二年生の校舎を、トロヴァート姉弟は一年生の校舎を頼む」
「「「「はい」」」」
「俺たちは、三年生だ。 で、実行委員たちは講堂を頼む。 で、チェックが終わったら、中庭に集まって中庭のチェックだ。 では、各自始めてくれ」
中庭が一番多くの作品が設置されている。 全員で確認した方が良いだろう。
ファブリツィオの指示に、皆が返事を返した後、各々の場所へ移動する。
隣にいるヴァレリアにファブリツィオは優しい笑みを向ける。
「リア、行こうか」
「はい、ファブリツィオ様」
二人で並んで歩き、三年校舎へ向かう。
正面入り口から右側に向かって歩いて行くと、左側の一年生の教室から、まだ準備をしているのか、生徒たちの話し声が聞こえてくる。
「もうちょっと右側を削った方がいいんじゃない?」
「でもさ、もう明日が本番だよ?! もうコレで良くないか?」
彼らは疲れているのか、前日に不毛な討論をしている。
「……大変そうですね」
「まぁ、自分たちが納得しないと、終わらないだろうな」
「ですね」
「あまり、遅くまでやっている様なら、その時に止めよう」
「はい」
討論していた一年生の教室を通り過ぎ、三年校舎に入る。 三年生校舎は、一・二年生と違い、とても静かだった。
芸術祭も簡単な展示だけで、勉強漬けの三年生は、凝った物を作成したりしていない。 三年生になれば、自身も同じ様になるのかと思うと、なんだか虚しくなってくる。 反面、ヴァレリオとカルロ、フラヴィオの作品は気合い十分だった。
フラヴィオが嫌がっているのが分かるなっ。
口元に笑みを広げたファブリツィオに、ヴァレリアが不思議そうに首を傾げる。
「どうされました? ファーベル様」
ヴァレリアは二人っきりになると、躊躇わずに愛称で呼んでくれる様になっていた。
「いや、ちょっと、余りにもフラヴィオたちの作品と、三年生のやる気の無さがな
……対比が面白かった物だから」
「あぁ、そうですね。 三年生は日頃から勉強に忙しいですもんね。 就職活動もありますし」
「そうだよな、家を継がない者は就職先が必要だからな」
「ええ、あの…….」
ヴァレリアは言いづらそうに顔を俯け、意を決した様に口を開いた。
「聞いてもよろしいですか?」
「うん、何だ?」
「……あの、クローチェ伯爵令嬢とオルモ子爵令嬢の二人はどうなりました?」
「ああ、あの二人か」
「はい、園遊会から学園にも戻って来られないですし」
ヴァレリアは眉尻を下げながら、瞳を閉じる。
「うん、あの二人、オルモ子爵令嬢は何も知らなかった様だ。 紅茶は淹れたが、媚薬だと思って栄養剤を混ぜたのは、クローチェ伯爵令嬢だからな。 彼女には謹慎処分を言い渡したが、自ら修道院へ入った」
「……そうですか」
「ああ、もう少し早くクローチェ伯爵令嬢と引き離せれば良かったんだが、家の事もあるし、中々、難しかったんだろう」
ヴァレリアは何も言わず、ファブリツィオの話を聞いていた。 一つ息を吐いて、最も聞きたいだろうカーティアの事を話した。
「クローチェ伯爵令嬢は謹慎後、アルカンジェリで一番厳しいと言われる修道院行きが言い渡された。 伯爵からは、娘が恋心を暴走させた結果で、俺に迷惑を掛けた事を謝罪された。 王妃の名前は何も出なかったよ。 薬師も黙りだったしな」
「そうですかっ…….」
「最後まで、媚薬の出所は言っていないらしい。 クローチェ家は取り潰し、王妃は小さい後ろ盾を無くしただけだ」
三年校舎には、誰も生徒は残っておらず、三年生は皆、寮へ帰っていたり、図書館や自習室に篭っている様だ。
「これで最後だな」
「はい」
四階の踊り場で、ヴァレリオが生けた作品を眺め、目を見開いた。
ヴァレリアの祖父は教育熱心だった。
病的な程に厳しく、音楽や芸術にも精通していて、期待を込めてヴァレリアとヴァレリオには講師を付けていた。
二人には、祖父が施した教育が染み付いている。 グダグダと前置きをしたが、要はとても素晴らしい作品であるという事だ。
「神様って奴は、時には何物も才能を与えるんだな」
「ヴァレリオのは、勉強した賜物ですよ。 是非、才能と言わず、見たままを褒めてあげて下さい」
ハッとしたファブリツィオは思い出した。 二人は祖父からの常軌を逸した教育に耐えていたのだ。
「そうだな、努力の賜物だな」
「はい」
嬉しそうに笑うヴァレリアを見て、ファブリツィオの頬も自然と緩む。
そっと近づくと、ヴァレリアは察した様に瞳を閉じた。
幸せな時間は長くは続かないのだと、ファブリツィオは実感することになる。
「殿下っ! 口付けしている場合じゃないよっ! 仲がいいのは良いけどっ!」
フラヴィオの慌てた様な足音と、大きな声に、ヴァレリアとの甘い時間は突然、終わりを告げられた。
ムスッとした表情でフラヴィオを見る。
「そんな顔しても駄目だよ。 緊急事態なんだから」
「緊急事態っ?!」
不機嫌な表情をしていたファブリツィオの眉間に皺が寄せられた。 口付けしている場面を見られ、真っ赤になっていたヴァレリアの表情にも翳りが落ちた。
「どういう事だ、フラヴィオ!」
「芸術祭の準備をしていた一・二年生が気分が悪くなって医務室へ運ばれているんだっ! もかしたら、違法植物の所為かもしれないって……」
「まさかっ! 生徒たちにはリストを渡して注意喚起をしてただろう?」
「違うんだよ、殿下っ……」
愕然とした表情を浮かべるフラヴィオに、ファブリツィオの胸に嫌な予感が過ぎる。
「……まさかっ」
「そうだよ、元凶の元を探していたら、殿下が生けた生花の作品に、混ざってたんだ。 気分が悪くなった生徒たちは、もしもの為に用意してあった解毒薬で無事だったよ。 元々、あまり強い毒性があった訳じゃないから……」
突然、ファブリツィオがいる踊り場に多くの騎士団がやって来た。
「こちらにおられましたか、ファブリツィオ殿下 探しましたぞ」
「お前たちは、王妃の直属かっ」
騎士団が駆けつけるのが早いじゃないかっ! 裏で操っているのは王妃だな。
「到着が早いな、近衛騎士団第三騎士団、団長殿、まるで既に知っていたみたいだな」
「不足の事態には迅速な行動が求めらますので」
「……へぇ~、そういう時こそ、王妃を守るものでは?」
「……っ、兎に角、我々と来てもらいます」
ファブリツィオの王子然とした雰囲気に臆しながらも、毅然とした態度で同行を願い出て来た。
どうやら、俺の意見は通らないらしい。
大きく息を吐き出したファブリツィオは、隣で心配そうに見つめてくるヴァレリアに視線をやった。
「心配するな、リア。 大丈夫だから」
「はい」
眉尻を下げて返事をするヴァレリアに後ろ髪を引かれながら、ファブリツィオは騎士団に連行された。
◇
王宮である六つの棟を繋げた城、左側の棟に王妃の部屋はある。 居間の窓から外を眺め、王妃の口元に笑みが広がる。
「貴方がいけないのよ、ファブリツィオ。 全く、私に探りを入れるなんてっ……」
王妃は誰もいない部屋で静かに呟く。
居間の扉をノックする音で王妃は思考をやめた。
「王妃様、お時間です」
「分かったわ、今日は隣国の大使夫人だったかしら」
「はい、左様でございます」
「そう、では行きましょう」
ふふっ、私が帰って来る頃には、彼は犯罪者ね。
王妃を乗せた馬車は、静かに王宮を出て行った。 王妃が大使夫人とお茶会を始めた頃、学園ではファブリツィオが騎士団に捕えられていた。
ファブリツィオが騎士団に捕えられた事は、公務をしていた国王と王太子に伝えられた。
「どうされますか? 陛下」
「……っ、まさかと思うが、また王妃の仕業なのかっ……」
「ええ、そうです」
国王が両手を強く握りしめているのが見える。
「そうか……」
「……もし、王妃に引導を渡すのであれば、このまま流れに任せるのもいいでしょう」
不敵な笑みを浮かべる王太子に、国王が若干、引いている。
「お前はいいのか?」
「良いも悪いも、母上の悪事の証拠は大小と取り揃えておりますので、いつでもお渡し出来ますよ」
「…….お前は、どこぞの商会の人間かっ。 商人の様な事を言いよって……」
にっこりと黒い笑みを浮かべる国王が真面目な顔をした。
「マウリツィオ」
「はい、陛下」
「次期国王は、お前しか考えていない。 王妃が退いたからと言って、お前の立場は揺らがないぞ」
「それは、どうでしょう」
「皆、お前の力を認めている。 反対する者はおらん。 オラツィオはクールに見えて情に深く、非情になれないところがある。 ファブリツィオは頼りない所があって、真っ直ぐ過ぎて、間違った自分自身も相手も許せなくて、引き摺る傾向がある」
「二人に無関心な割に、よくご存知ですね」
「……茶化すな。 お前は甘言に流されず、笑顔で非情な事も出来だろう」
「私だけ性格が悪いと言われている様で、全く褒められた気がしませんが」
「うん、褒めたつもりもない」
マウリツィオは頬を引き攣らせた。
「……私は王にはっ」
「ならない事は許されない。 王にならないと言うなら、何故、王太子になった? 王位に就かないならば、廃嫡だが?」
「いいですね、それ」
とても良い笑顔で宣うマウリツィオに、国王は呆れて物が言えない様だ。
「マウリツィオっ」
「生まれた時には、既に私は王太子でしたよ? それ言います?」
「……っ」
小さく息を吹いたマウリツィオは口を開いた。
「ファブリツィオが何かしようとしているみたいなので、危なくなるまでそっとしておこうと思います」
「……今も充分、危ないと思うが……」
「まだまだ、母上が油断して尻尾を出すまで待ちましょうよ」
小さく息を吐いた国王は、諦めた表情でマウリツィオを見た。
「分かった、お前に任せる」
「ありがとうございます、陛下」
執務室を出ていくマウリツィオを、国王が引き留める。
「マウリツィオ」
「なんです?」
一瞬、逡巡したが、国王は何も言わずに退出を促した。 マウリツィオは国王が何を言いたいのか分かっているのか、にっこり笑って執務室を出て行った。
すみません陛下、父上と呼べない私を許して下さい。 ファブリツィオ、何とか時間稼ぎするから、頑張ってね。
廊下の窓から外を眺め、いい笑顔を浮かべる。 捕えられて何処かにいるファブリツィオに向かって内心で呟いた。
校訓である『清く正しく美しく』を生花で表現する。 花瓶と花を交互に見て瞳を細める。
ファブリツィオも王族の端くれだ。
王族として、幼い頃から芸術に触れて育った。 一人頭、数箇所に置いてある花瓶に花を生ける。 一箇所に時間を掛ける余裕はない。
一息吐くと、生花に集中した。
「よしっ! やるかっ」
色や花の種類に気をつけて、花を花瓶に挿していく。 高さも考え、立体感を出していく。 一箇所を終えると、場所を移動して同じ作業をする。 場所や雰囲気に寄って花の種類を変える。
担当箇所の全てに花を生け、自身の作品を眺める。
中々、上手く出来たんじゃないか。
得意気に鼻歌を歌いながら、出したゴミを片付ける。 少し離れた場所で、ファブリツィオの作業をじっと見つめているアドルフォには気づかなかった。
片付けを終え、ファブリツィオが離れていく。 そっとアドルフォが生けた花瓶に近づき、口元に嫌な笑みを浮かべた。
多くの生徒たちがファブリツィオの生花をしている姿を見学したいたが、アドルフォは周囲を確認し、持っていた花を花瓶に挿した。
◇
芸術祭の前日、学園は生徒たちの芸術作品に溢れ、色々な花が咲いていた。
匂いが篭らない様、窓や扉が開放され、風通しを良くした。 香りが良くとも、混ざれば悪臭になったりするものだ。
前日だが、明日の本番に向けて、一・二年生の生徒たちは最後の追い込みを掛け、多くの生徒が準備作業をしていた。
「流石に前日にやらかす者はいないと思うが、一クラスずつ見ていくか」
「はい、殿下。 手分けして行かない?」
フラヴィオが珍しく適切な事を言った。
「そうだな、沢山、見ないと行けないしな。 ゾロゾロと歩いて行くより、手分けした方が早いな」
あっ! いい事を思いついたっ。 リアと久しぶりに二人っきりになれるチャンスっ!
「フラヴィオ、お前は実行委員たちと手分けして行ってくれ」
「分かったよ、殿下」
「違う目で見る為だから、自分の作品以外の作品をチェックする事」
「「「「「「はい」」」」」」
学園の玄関ホールへ集まった生徒会メンバーと、実行委員のメンバーから返事があった。
「では、ヴァレリオとカルロ、トロヴァート姉弟、で、俺とヴァレリアに別れて三年生の校舎を回る」
「はい、殿下。 三年生の踊り場は、私とカルロ、ラヴィ先輩の生花の作品がありますけど」
「ああ、そうか、ならお前たちは二年生の校舎を、トロヴァート姉弟は一年生の校舎を頼む」
「「「「はい」」」」
「俺たちは、三年生だ。 で、実行委員たちは講堂を頼む。 で、チェックが終わったら、中庭に集まって中庭のチェックだ。 では、各自始めてくれ」
中庭が一番多くの作品が設置されている。 全員で確認した方が良いだろう。
ファブリツィオの指示に、皆が返事を返した後、各々の場所へ移動する。
隣にいるヴァレリアにファブリツィオは優しい笑みを向ける。
「リア、行こうか」
「はい、ファブリツィオ様」
二人で並んで歩き、三年校舎へ向かう。
正面入り口から右側に向かって歩いて行くと、左側の一年生の教室から、まだ準備をしているのか、生徒たちの話し声が聞こえてくる。
「もうちょっと右側を削った方がいいんじゃない?」
「でもさ、もう明日が本番だよ?! もうコレで良くないか?」
彼らは疲れているのか、前日に不毛な討論をしている。
「……大変そうですね」
「まぁ、自分たちが納得しないと、終わらないだろうな」
「ですね」
「あまり、遅くまでやっている様なら、その時に止めよう」
「はい」
討論していた一年生の教室を通り過ぎ、三年校舎に入る。 三年生校舎は、一・二年生と違い、とても静かだった。
芸術祭も簡単な展示だけで、勉強漬けの三年生は、凝った物を作成したりしていない。 三年生になれば、自身も同じ様になるのかと思うと、なんだか虚しくなってくる。 反面、ヴァレリオとカルロ、フラヴィオの作品は気合い十分だった。
フラヴィオが嫌がっているのが分かるなっ。
口元に笑みを広げたファブリツィオに、ヴァレリアが不思議そうに首を傾げる。
「どうされました? ファーベル様」
ヴァレリアは二人っきりになると、躊躇わずに愛称で呼んでくれる様になっていた。
「いや、ちょっと、余りにもフラヴィオたちの作品と、三年生のやる気の無さがな
……対比が面白かった物だから」
「あぁ、そうですね。 三年生は日頃から勉強に忙しいですもんね。 就職活動もありますし」
「そうだよな、家を継がない者は就職先が必要だからな」
「ええ、あの…….」
ヴァレリアは言いづらそうに顔を俯け、意を決した様に口を開いた。
「聞いてもよろしいですか?」
「うん、何だ?」
「……あの、クローチェ伯爵令嬢とオルモ子爵令嬢の二人はどうなりました?」
「ああ、あの二人か」
「はい、園遊会から学園にも戻って来られないですし」
ヴァレリアは眉尻を下げながら、瞳を閉じる。
「うん、あの二人、オルモ子爵令嬢は何も知らなかった様だ。 紅茶は淹れたが、媚薬だと思って栄養剤を混ぜたのは、クローチェ伯爵令嬢だからな。 彼女には謹慎処分を言い渡したが、自ら修道院へ入った」
「……そうですか」
「ああ、もう少し早くクローチェ伯爵令嬢と引き離せれば良かったんだが、家の事もあるし、中々、難しかったんだろう」
ヴァレリアは何も言わず、ファブリツィオの話を聞いていた。 一つ息を吐いて、最も聞きたいだろうカーティアの事を話した。
「クローチェ伯爵令嬢は謹慎後、アルカンジェリで一番厳しいと言われる修道院行きが言い渡された。 伯爵からは、娘が恋心を暴走させた結果で、俺に迷惑を掛けた事を謝罪された。 王妃の名前は何も出なかったよ。 薬師も黙りだったしな」
「そうですかっ…….」
「最後まで、媚薬の出所は言っていないらしい。 クローチェ家は取り潰し、王妃は小さい後ろ盾を無くしただけだ」
三年校舎には、誰も生徒は残っておらず、三年生は皆、寮へ帰っていたり、図書館や自習室に篭っている様だ。
「これで最後だな」
「はい」
四階の踊り場で、ヴァレリオが生けた作品を眺め、目を見開いた。
ヴァレリアの祖父は教育熱心だった。
病的な程に厳しく、音楽や芸術にも精通していて、期待を込めてヴァレリアとヴァレリオには講師を付けていた。
二人には、祖父が施した教育が染み付いている。 グダグダと前置きをしたが、要はとても素晴らしい作品であるという事だ。
「神様って奴は、時には何物も才能を与えるんだな」
「ヴァレリオのは、勉強した賜物ですよ。 是非、才能と言わず、見たままを褒めてあげて下さい」
ハッとしたファブリツィオは思い出した。 二人は祖父からの常軌を逸した教育に耐えていたのだ。
「そうだな、努力の賜物だな」
「はい」
嬉しそうに笑うヴァレリアを見て、ファブリツィオの頬も自然と緩む。
そっと近づくと、ヴァレリアは察した様に瞳を閉じた。
幸せな時間は長くは続かないのだと、ファブリツィオは実感することになる。
「殿下っ! 口付けしている場合じゃないよっ! 仲がいいのは良いけどっ!」
フラヴィオの慌てた様な足音と、大きな声に、ヴァレリアとの甘い時間は突然、終わりを告げられた。
ムスッとした表情でフラヴィオを見る。
「そんな顔しても駄目だよ。 緊急事態なんだから」
「緊急事態っ?!」
不機嫌な表情をしていたファブリツィオの眉間に皺が寄せられた。 口付けしている場面を見られ、真っ赤になっていたヴァレリアの表情にも翳りが落ちた。
「どういう事だ、フラヴィオ!」
「芸術祭の準備をしていた一・二年生が気分が悪くなって医務室へ運ばれているんだっ! もかしたら、違法植物の所為かもしれないって……」
「まさかっ! 生徒たちにはリストを渡して注意喚起をしてただろう?」
「違うんだよ、殿下っ……」
愕然とした表情を浮かべるフラヴィオに、ファブリツィオの胸に嫌な予感が過ぎる。
「……まさかっ」
「そうだよ、元凶の元を探していたら、殿下が生けた生花の作品に、混ざってたんだ。 気分が悪くなった生徒たちは、もしもの為に用意してあった解毒薬で無事だったよ。 元々、あまり強い毒性があった訳じゃないから……」
突然、ファブリツィオがいる踊り場に多くの騎士団がやって来た。
「こちらにおられましたか、ファブリツィオ殿下 探しましたぞ」
「お前たちは、王妃の直属かっ」
騎士団が駆けつけるのが早いじゃないかっ! 裏で操っているのは王妃だな。
「到着が早いな、近衛騎士団第三騎士団、団長殿、まるで既に知っていたみたいだな」
「不足の事態には迅速な行動が求めらますので」
「……へぇ~、そういう時こそ、王妃を守るものでは?」
「……っ、兎に角、我々と来てもらいます」
ファブリツィオの王子然とした雰囲気に臆しながらも、毅然とした態度で同行を願い出て来た。
どうやら、俺の意見は通らないらしい。
大きく息を吐き出したファブリツィオは、隣で心配そうに見つめてくるヴァレリアに視線をやった。
「心配するな、リア。 大丈夫だから」
「はい」
眉尻を下げて返事をするヴァレリアに後ろ髪を引かれながら、ファブリツィオは騎士団に連行された。
◇
王宮である六つの棟を繋げた城、左側の棟に王妃の部屋はある。 居間の窓から外を眺め、王妃の口元に笑みが広がる。
「貴方がいけないのよ、ファブリツィオ。 全く、私に探りを入れるなんてっ……」
王妃は誰もいない部屋で静かに呟く。
居間の扉をノックする音で王妃は思考をやめた。
「王妃様、お時間です」
「分かったわ、今日は隣国の大使夫人だったかしら」
「はい、左様でございます」
「そう、では行きましょう」
ふふっ、私が帰って来る頃には、彼は犯罪者ね。
王妃を乗せた馬車は、静かに王宮を出て行った。 王妃が大使夫人とお茶会を始めた頃、学園ではファブリツィオが騎士団に捕えられていた。
ファブリツィオが騎士団に捕えられた事は、公務をしていた国王と王太子に伝えられた。
「どうされますか? 陛下」
「……っ、まさかと思うが、また王妃の仕業なのかっ……」
「ええ、そうです」
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「そうか……」
「……もし、王妃に引導を渡すのであれば、このまま流れに任せるのもいいでしょう」
不敵な笑みを浮かべる王太子に、国王が若干、引いている。
「お前はいいのか?」
「良いも悪いも、母上の悪事の証拠は大小と取り揃えておりますので、いつでもお渡し出来ますよ」
「…….お前は、どこぞの商会の人間かっ。 商人の様な事を言いよって……」
にっこりと黒い笑みを浮かべる国王が真面目な顔をした。
「マウリツィオ」
「はい、陛下」
「次期国王は、お前しか考えていない。 王妃が退いたからと言って、お前の立場は揺らがないぞ」
「それは、どうでしょう」
「皆、お前の力を認めている。 反対する者はおらん。 オラツィオはクールに見えて情に深く、非情になれないところがある。 ファブリツィオは頼りない所があって、真っ直ぐ過ぎて、間違った自分自身も相手も許せなくて、引き摺る傾向がある」
「二人に無関心な割に、よくご存知ですね」
「……茶化すな。 お前は甘言に流されず、笑顔で非情な事も出来だろう」
「私だけ性格が悪いと言われている様で、全く褒められた気がしませんが」
「うん、褒めたつもりもない」
マウリツィオは頬を引き攣らせた。
「……私は王にはっ」
「ならない事は許されない。 王にならないと言うなら、何故、王太子になった? 王位に就かないならば、廃嫡だが?」
「いいですね、それ」
とても良い笑顔で宣うマウリツィオに、国王は呆れて物が言えない様だ。
「マウリツィオっ」
「生まれた時には、既に私は王太子でしたよ? それ言います?」
「……っ」
小さく息を吹いたマウリツィオは口を開いた。
「ファブリツィオが何かしようとしているみたいなので、危なくなるまでそっとしておこうと思います」
「……今も充分、危ないと思うが……」
「まだまだ、母上が油断して尻尾を出すまで待ちましょうよ」
小さく息を吐いた国王は、諦めた表情でマウリツィオを見た。
「分かった、お前に任せる」
「ありがとうございます、陛下」
執務室を出ていくマウリツィオを、国王が引き留める。
「マウリツィオ」
「なんです?」
一瞬、逡巡したが、国王は何も言わずに退出を促した。 マウリツィオは国王が何を言いたいのか分かっているのか、にっこり笑って執務室を出て行った。
すみません陛下、父上と呼べない私を許して下さい。 ファブリツィオ、何とか時間稼ぎするから、頑張ってね。
廊下の窓から外を眺め、いい笑顔を浮かべる。 捕えられて何処かにいるファブリツィオに向かって内心で呟いた。
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