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25話
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ジャンカルロとヴァレリオの会話を聞いていたのは、ファブリツィオだけではなかった。 ホールを出て行ったファブリツィオを追いかけて、カーティアも保管室の近くまで来ていた。
しかし、少し離れていたカーティアに聞こえて来たのは。
『「……許さないって、殿下が姉上を裏切ったら奪うつもりなのか?」
「ああ、そうなったら今度は絶対に諦めない。 俺は全力で殿下から彼女を奪いに行く」』
最後の二人の会話だけである。
なっ! どういう事? 彼らは私の事が好きなのではないの?
少しだけ、ジャンカルロが誤解を招く様な素振りを見せたが、二人とも普段は皆には平等に接している。 カーティアを特別に扱った事はない。
講堂の観客席で仲睦まじい二人の様子を食い入る様に見つめていた。 瞳には怪しい光を宿して。
どうしてっ、彼女ばかりがっ、モテるのよっ!
カーティアがヴァレリアに向ける感情は、逆恨みでしかなかった。
音楽祭の当日がやって来た。 カーティアは皆よりも早く、早朝に楽器の保管室にやって来た。 同室であるアリーチェには内緒で彼女が起き出す前に、寮の部屋を抜け出したのだ。
あの子に見つかったら、色々と面倒だからね。
保管室に辿り着くと、予め持って来た保管室の鍵で扉を開ける。
扉は軋む音を小さく鳴らして開いた。
そっと中を覗き見て、薄暗い保管室の灯りを付けた。 保管室には運び込まれた楽器が沢山置かれていた。 中には高級な物もあるらしいが、カーティアには分からない。
楽器が傷付けば、音楽祭を一任されているヴァレリアの責任になる。 カーティアは口元に薄ら笑いを浮かべ、楽器を一つ手に取った。
ふふっ、壊された楽器を見つけた時の彼女の顔を思えば、少しは溜飲も下がるわね。
「何をしておられるんです? こんな早朝に? 音楽祭の開始には、まだ早いですけど」
誰もいないと思っていた保管室に、男性の低い声が響き、カーティアの肩が跳ねる。 勢いよく振り返った。
「あら、守衛さん。 びっくりしましたわ。 音楽祭の事を考えていたら、眠れなくなってしまって……こんな早朝に来てしまいましたわ」
あら、この方見かけた事ないわ。 こんな、見目麗しい守衛、学園にいたかしら。
守衛は、カーティア対策に置かれた変装した近衛騎士だ。 何も知らないカーティアは、また何時ものクセで甘えた声を出す。 少しだけ近衛騎士が身体を引いた。
「ごめんなさい、私、とても緊張していてっ」
『手が震えるのだ』と、守衛に上目遣いで擦り寄る。 しかし、カーティアは音楽祭には参加しない。
カーティアのピアノの技術では力不足だと判断され、音楽教諭から音楽祭の参加は却下されていた。
音楽祭ばかりは、カーティアの美貌ではどうにも出来なかった。 ヴァレリアと同じピアノが得意なので、音楽祭に出て彼女との差を見せつけたかったというのに。
誤魔化し笑いをしたカーティアは、黙ったまま保管室を出ようとした。 しかし、守衛から待ったが掛かった。
恐る恐る振り返ったカーティアのこめかみには、小さい青筋が出来ていた。
「まだ何かあるかしら?」
守衛はちゃんと仕事をしており、カーティアの手に持った楽器ケースを指差した。
「それは置いて行って下さい」
「いえ、これは私の物でっ……」
カーティアの物だと言う楽器ケースを見た守衛は、口元に笑みを浮かべた。
「ですが、ご令嬢。 貴方が持っている楽器ケースの名札は男子生徒の名前の様ですが?」
「えっ……」
楽器ケースの名札を見ると、『ヴァレリオ・デ・ジェンマ』と書かれていた。
男の事を考えていたからか、無意識なのか分からないが、ちゃんと見ていなかった様で、男子生徒の楽器ケースを持っていた。
カーティアにとっては壊せれば、何でも良かったので、適当に選んで手に取ったと言える。 ある意味、ヴァレリオの楽器ケースで良かった。
彼は、天才的なバイオリンの腕がある為、一部のバイオリン奏者から妬みや嫉みをもたれている。 嫌がらせ対策に、予備のバイオリンを手元に持っているのだ。
「いやだわっ、私ったら間違えたみたい」
守衛に楽器ケースを渡すと、カーティアは足早に保管室を出て行った。
まぁ、いいわ。 本番は春の園遊会だし、必ず園遊会でファブリツィオとヴァレリアに引導を渡してやるわ。
◇
音楽祭が始まり、生徒たちが順調に演奏していく。 午前中の演奏が終わり、昼食休憩に入った。 皆が慌ただしくカフェテリアへ向かう中、生徒会と実行委員の面々は、ゆっくりした足取りで、カフェテリアへ向かっていた。
王族専用の食堂へ入り、入り慣れている者以外は皆、恐る恐る食堂へ足を踏み入れていた。
「皆、午前中の裏方作業、ご苦労様だった。 この調子で午後も宜しく頼む」
ファブリツィオ以外の面々が一斉に返事を返した。
「よろしくお願いします!」
ファブリツィオのテーブルには、ヴァレリア、フィオレラ、フリオが座っている。
ピエトロは学園寮の執務室で、一人寂しく公務をしているだろう。 ピエトロは学園行事には、当たり前だがあまり参加しない。
王族専用の食堂は、今までにない程、盛況で賑やかな様子を見せていた。
ファブリツィオの側に近衛騎士が寄ってきて、今朝の報告をして来た。
「そうか、分かった。 今後も監視を頼む」
近衛は返事を返すと、素早く離れて行った。 近衛の報告に、カーティアへ視線を向ける。 ファブリツィオからは重い溜め息が吐き出された。
「ファブリツィオ様、どうされました?」
ヴァレリアの心配そうな声に顔を上げた。 『何もない』と言いかけ、ヴァレリアには全てを話すと言っていた事を思い出す。 しかし、口を開こうとしたファブリツィオをヴァレリアは止めた。
「何もかもを私に報告しなくていいですわ。 ファブリツィオ様が必要だと思うことだけ、話して下さいませ」
「リア」
二人から甘い空気が漂う前に、フィオレラの冷めた声がテーブルに落ちる。
「私は全部の事を知っていたいわ。 特にあの女を相手にしているならね」
嫌そうな顔を浮かべたフィオレラは、ランチのメインである白身魚の香草焼きを口に運ぶ。 あの女とは、クローチェ伯爵令嬢に他ならない。
「そ、それもそうだなっ」
「え、ええ、そえですね」
早くもヴァレリアの宣言は、脆くもくずれさった。 ファブリツィオから今朝の事が、ヴァレリアに報告された。
何が揚げ足取りになるか分からない。
午後の音楽祭も順調に進み、トリはなんと一年生であるヴァレリオだっだ。
更に腕を上げたヴァレリオの演奏は圧巻だった。 先月に来ていた隣国で人気の楽団に触発されたらしい。 本人はとても涼しい顔をして、本日で1番の演奏をした。
◇
「で、お前はいつまで此処にいるつもりだ」
「今頃、学園は音楽祭で盛り上がっているね。 私も行きたかったな。 ヴァレリオのバイオリンを聴きたかったよ」
「俺の話は無視か」
オラツィオは執務机に積まれた書類を、向かい合わせで並べた机の上へ無言で置いていく。
「偶にはゆっくりしたいじゃない?」
「そう言っていく日が過ぎたと思っている」
「え~、オラツィオ。 今日はいつもよりも言葉が冷たくない?」
「いつもこんな感じだろ」
マウリツィオを見もせず、冷たく言い放ち、再び向かい合わせの机に置かれた書類の上へ、新たな書類を重ねていく。
オラツィオが治める辺境の地は、もう直ぐ春だというのに、冷たい風が吹いていた。 風が窓ガラスを揺らす。
じっと窓の外を眺めていたマウリツィオがポツリと呟く。
「君は王になりたいと思った事はある?」
マウリツィオの言葉に反応して、オラツィオの手が一瞬だけ止まった。 再び手を動かした時には、向かいの机の上に書類が数枚重ねられた。
「思った事はないな。 俺に王は向いていない」
「そうかな、そんな事ないと思うけど」
「いや、俺は精々、騎士団の総長止まりだ。 俺はお前みたいに非道になれない所があるからな」
眉尻を下げるマウリツィオが次に出した名前はファブリツィオだ。
「じゃ、ファブリツィオはどうだろうか」
「アレも俺と同じだろう。 更に言うと、俺より頼りない」
「実の弟にも厳しいね」
オラツィオの瞳がキラリと光る。
「お前の弟でもあるぞ」
「ああ、二人とも私の可愛い弟だよ」
にっこり笑うマウリツィオの笑みからは何の感情も読み取れなかった。 マウリツィオの感情のない笑みを見つめながら、向かいの机に書類を重ねていく。
「……」
暫し二人の間に無言が漂い、口元を引き攣らせたマウリツィオは、先程宣った可愛い弟に問いかける。
「ねぇ、さっきから私に渡す書類多くない?」
書類を素早く捲りながら、中身を確認する瞳は忙しなく動いている。 中身を確認したマウリツィオは、半眼で可愛い弟を見つめた。
「しかも、私の本来の仕事も混ざってない?」
「気のせいじゃないか? もし、混ざってたとしても、本来はお前がする仕事なんだから、黙ってやればいいだろう」
「怖っ! でも、オラツィオはやっぱり優しいお兄ちゃんだね!」
「うるさい、黙れっ! 黙って仕事しろっ!」
「照れちゃって可愛い」
マウリツィオを無視をしてオラツィオは、新たな書類の上へ書類を重ねる。
「いや、だからね。 私は休暇で来ていてっ」
「で、いつまで此処にいるつもりだ」
「えっ? また、そこに戻るのっ?!」
オラツィオの執務室で、兄弟が戯れ合う声が夜半過ぎまで響いていた。
◇
学園の生徒会室で、会議が行われていた。 議題は春の園遊会、レクリエーションの企画について。 カーティアに任せていると、ペアでの企画しか出来ない。
折角の学園でのお泊まり会だ。 生徒たた全員で交流したい。 議長席に座ったファブリツィオは、円卓に集まった生徒会と実行委員のメンバーを見た。
「では、恒例の会議を始める。 何か意見があれば、何でも言ってくれ」
「はいっ!」
先ず最初に手をあげたのは、カーティアだった。 ファブリツィオの表情が引き攣る。 咳払いをしてたから、カーティアの意見を聴くことにした。
「では、クローチェ伯爵令嬢、出来ればペア企画じゃないもので頼む」
「えっ……ペア企画以外ですか?」
「ああ、ペア企画は一つくらいはあってもいいとは思う。 婚約者のいる生徒もいるから、いい思い出も欲しいだろ。 しかし、何個もいらないから、後は全員で何か出来るものか、グループで出来る物か。 そういう企画を出して欲しい」
「……っ分かりましたっ」
言葉に詰まったカーティアは、大人しく座り直した。 次に手を挙げたのは実行委員の侯爵令嬢だ。
「はい、私が考えた企画は、いくつかのグループに別れて職業体験がいいと思います」
「ああ、そうだね。 折角、色々な設備があるんだし、見たいよね」
「ふむ、じゃ、一日目に入れるか?」
フラヴィオの意見にファブリツィオは移動するならば、一日目の移動日がいいと思ったのだが、『はい』と手を上げたのアリーチェだ。
「一日目のスケジュールは移動が主で、施設を回るとなると、保養地に着くのが遅くなると思われます。 回れるとしても、一箇所がいい所です」
「そうか、スケジュールを詰め詰めにするのもな」
「貴族から苦情が出そう。 まだ着かないのかって」
フラヴィオも貴族なのだが、彼の言動は貴族らしくない。 しかし、奔放な所は貴族の自己中心的な所を表している。
「なら、職業体験は二日目にするか」
アリーチェからもスケジュールについて意見もなく、二日目は『農業体験、植物研究所の見学、酪農体験、馬場見学、革製品の加工施設見学』北区にある施設見学のグループ企画が決定した。
次に手を上げたのは、フィオレラだ。
「私は、夜に花火をあげたり、自然の中なので、星が綺麗だと聞きましたの。 だから、天体観測とかしたいですわ」
「満点の星、私も見てみたいわ」
多くの女子生徒が賛成し、ヴァレリアも見てみたいと言ったので、即採用した。
「では、二日目の夜に花火。 三日目の夜に天体観測だな。 後は三日目の昼間だな」
「はい、殿下、ペア企画は入れないのですか? 一つくらいは入れると仰いました」
「そ、そうだな。 じゃ、天体観測をペアにするか? 星を見上げるなんてロマンチックだしな」
ファブリツィオが想像するのは、勿論、ヴァレリアと二人っきりの天体観測だ。
「しかし、殿下。 望遠鏡の数も限りがありますので、こちらもグループの方がいいかと、後、夜なら三年生も参加出来ますし、勉強付けになる三年生にも気晴らしになるのではないかと」
ヴァレリオは三年生の事も忘れていなかった様で、彼の意見に皆が賛同してグループ企画として採用された。
続いて手を上げたのは、ヴァレリア。
「折角、森がありますので、散策や森を使ったかくれんぼとかいいですね」
ヴァレリアが言い放ったかくれんぼは、幼い頃にマウリツィオとしたかくれんぼだ。 勿論、幼い彼らは迷子になった。
リアっ、それは一歩、間違えば遭難する案件だ! この場面で兄上の弊害がっ!
ヴァレリアが言った森でかくれんぼは、生徒会の面々を戸惑わせた。
幼い頃、森のかくれんぼで迷子になったが、とても楽しかった事も確かなのだ。
ペア企画を入れないと、カーティアの策略も暴けない。 企画会議は遅くまで続けられた。
しかし、少し離れていたカーティアに聞こえて来たのは。
『「……許さないって、殿下が姉上を裏切ったら奪うつもりなのか?」
「ああ、そうなったら今度は絶対に諦めない。 俺は全力で殿下から彼女を奪いに行く」』
最後の二人の会話だけである。
なっ! どういう事? 彼らは私の事が好きなのではないの?
少しだけ、ジャンカルロが誤解を招く様な素振りを見せたが、二人とも普段は皆には平等に接している。 カーティアを特別に扱った事はない。
講堂の観客席で仲睦まじい二人の様子を食い入る様に見つめていた。 瞳には怪しい光を宿して。
どうしてっ、彼女ばかりがっ、モテるのよっ!
カーティアがヴァレリアに向ける感情は、逆恨みでしかなかった。
音楽祭の当日がやって来た。 カーティアは皆よりも早く、早朝に楽器の保管室にやって来た。 同室であるアリーチェには内緒で彼女が起き出す前に、寮の部屋を抜け出したのだ。
あの子に見つかったら、色々と面倒だからね。
保管室に辿り着くと、予め持って来た保管室の鍵で扉を開ける。
扉は軋む音を小さく鳴らして開いた。
そっと中を覗き見て、薄暗い保管室の灯りを付けた。 保管室には運び込まれた楽器が沢山置かれていた。 中には高級な物もあるらしいが、カーティアには分からない。
楽器が傷付けば、音楽祭を一任されているヴァレリアの責任になる。 カーティアは口元に薄ら笑いを浮かべ、楽器を一つ手に取った。
ふふっ、壊された楽器を見つけた時の彼女の顔を思えば、少しは溜飲も下がるわね。
「何をしておられるんです? こんな早朝に? 音楽祭の開始には、まだ早いですけど」
誰もいないと思っていた保管室に、男性の低い声が響き、カーティアの肩が跳ねる。 勢いよく振り返った。
「あら、守衛さん。 びっくりしましたわ。 音楽祭の事を考えていたら、眠れなくなってしまって……こんな早朝に来てしまいましたわ」
あら、この方見かけた事ないわ。 こんな、見目麗しい守衛、学園にいたかしら。
守衛は、カーティア対策に置かれた変装した近衛騎士だ。 何も知らないカーティアは、また何時ものクセで甘えた声を出す。 少しだけ近衛騎士が身体を引いた。
「ごめんなさい、私、とても緊張していてっ」
『手が震えるのだ』と、守衛に上目遣いで擦り寄る。 しかし、カーティアは音楽祭には参加しない。
カーティアのピアノの技術では力不足だと判断され、音楽教諭から音楽祭の参加は却下されていた。
音楽祭ばかりは、カーティアの美貌ではどうにも出来なかった。 ヴァレリアと同じピアノが得意なので、音楽祭に出て彼女との差を見せつけたかったというのに。
誤魔化し笑いをしたカーティアは、黙ったまま保管室を出ようとした。 しかし、守衛から待ったが掛かった。
恐る恐る振り返ったカーティアのこめかみには、小さい青筋が出来ていた。
「まだ何かあるかしら?」
守衛はちゃんと仕事をしており、カーティアの手に持った楽器ケースを指差した。
「それは置いて行って下さい」
「いえ、これは私の物でっ……」
カーティアの物だと言う楽器ケースを見た守衛は、口元に笑みを浮かべた。
「ですが、ご令嬢。 貴方が持っている楽器ケースの名札は男子生徒の名前の様ですが?」
「えっ……」
楽器ケースの名札を見ると、『ヴァレリオ・デ・ジェンマ』と書かれていた。
男の事を考えていたからか、無意識なのか分からないが、ちゃんと見ていなかった様で、男子生徒の楽器ケースを持っていた。
カーティアにとっては壊せれば、何でも良かったので、適当に選んで手に取ったと言える。 ある意味、ヴァレリオの楽器ケースで良かった。
彼は、天才的なバイオリンの腕がある為、一部のバイオリン奏者から妬みや嫉みをもたれている。 嫌がらせ対策に、予備のバイオリンを手元に持っているのだ。
「いやだわっ、私ったら間違えたみたい」
守衛に楽器ケースを渡すと、カーティアは足早に保管室を出て行った。
まぁ、いいわ。 本番は春の園遊会だし、必ず園遊会でファブリツィオとヴァレリアに引導を渡してやるわ。
◇
音楽祭が始まり、生徒たちが順調に演奏していく。 午前中の演奏が終わり、昼食休憩に入った。 皆が慌ただしくカフェテリアへ向かう中、生徒会と実行委員の面々は、ゆっくりした足取りで、カフェテリアへ向かっていた。
王族専用の食堂へ入り、入り慣れている者以外は皆、恐る恐る食堂へ足を踏み入れていた。
「皆、午前中の裏方作業、ご苦労様だった。 この調子で午後も宜しく頼む」
ファブリツィオ以外の面々が一斉に返事を返した。
「よろしくお願いします!」
ファブリツィオのテーブルには、ヴァレリア、フィオレラ、フリオが座っている。
ピエトロは学園寮の執務室で、一人寂しく公務をしているだろう。 ピエトロは学園行事には、当たり前だがあまり参加しない。
王族専用の食堂は、今までにない程、盛況で賑やかな様子を見せていた。
ファブリツィオの側に近衛騎士が寄ってきて、今朝の報告をして来た。
「そうか、分かった。 今後も監視を頼む」
近衛は返事を返すと、素早く離れて行った。 近衛の報告に、カーティアへ視線を向ける。 ファブリツィオからは重い溜め息が吐き出された。
「ファブリツィオ様、どうされました?」
ヴァレリアの心配そうな声に顔を上げた。 『何もない』と言いかけ、ヴァレリアには全てを話すと言っていた事を思い出す。 しかし、口を開こうとしたファブリツィオをヴァレリアは止めた。
「何もかもを私に報告しなくていいですわ。 ファブリツィオ様が必要だと思うことだけ、話して下さいませ」
「リア」
二人から甘い空気が漂う前に、フィオレラの冷めた声がテーブルに落ちる。
「私は全部の事を知っていたいわ。 特にあの女を相手にしているならね」
嫌そうな顔を浮かべたフィオレラは、ランチのメインである白身魚の香草焼きを口に運ぶ。 あの女とは、クローチェ伯爵令嬢に他ならない。
「そ、それもそうだなっ」
「え、ええ、そえですね」
早くもヴァレリアの宣言は、脆くもくずれさった。 ファブリツィオから今朝の事が、ヴァレリアに報告された。
何が揚げ足取りになるか分からない。
午後の音楽祭も順調に進み、トリはなんと一年生であるヴァレリオだっだ。
更に腕を上げたヴァレリオの演奏は圧巻だった。 先月に来ていた隣国で人気の楽団に触発されたらしい。 本人はとても涼しい顔をして、本日で1番の演奏をした。
◇
「で、お前はいつまで此処にいるつもりだ」
「今頃、学園は音楽祭で盛り上がっているね。 私も行きたかったな。 ヴァレリオのバイオリンを聴きたかったよ」
「俺の話は無視か」
オラツィオは執務机に積まれた書類を、向かい合わせで並べた机の上へ無言で置いていく。
「偶にはゆっくりしたいじゃない?」
「そう言っていく日が過ぎたと思っている」
「え~、オラツィオ。 今日はいつもよりも言葉が冷たくない?」
「いつもこんな感じだろ」
マウリツィオを見もせず、冷たく言い放ち、再び向かい合わせの机に置かれた書類の上へ、新たな書類を重ねていく。
オラツィオが治める辺境の地は、もう直ぐ春だというのに、冷たい風が吹いていた。 風が窓ガラスを揺らす。
じっと窓の外を眺めていたマウリツィオがポツリと呟く。
「君は王になりたいと思った事はある?」
マウリツィオの言葉に反応して、オラツィオの手が一瞬だけ止まった。 再び手を動かした時には、向かいの机の上に書類が数枚重ねられた。
「思った事はないな。 俺に王は向いていない」
「そうかな、そんな事ないと思うけど」
「いや、俺は精々、騎士団の総長止まりだ。 俺はお前みたいに非道になれない所があるからな」
眉尻を下げるマウリツィオが次に出した名前はファブリツィオだ。
「じゃ、ファブリツィオはどうだろうか」
「アレも俺と同じだろう。 更に言うと、俺より頼りない」
「実の弟にも厳しいね」
オラツィオの瞳がキラリと光る。
「お前の弟でもあるぞ」
「ああ、二人とも私の可愛い弟だよ」
にっこり笑うマウリツィオの笑みからは何の感情も読み取れなかった。 マウリツィオの感情のない笑みを見つめながら、向かいの机に書類を重ねていく。
「……」
暫し二人の間に無言が漂い、口元を引き攣らせたマウリツィオは、先程宣った可愛い弟に問いかける。
「ねぇ、さっきから私に渡す書類多くない?」
書類を素早く捲りながら、中身を確認する瞳は忙しなく動いている。 中身を確認したマウリツィオは、半眼で可愛い弟を見つめた。
「しかも、私の本来の仕事も混ざってない?」
「気のせいじゃないか? もし、混ざってたとしても、本来はお前がする仕事なんだから、黙ってやればいいだろう」
「怖っ! でも、オラツィオはやっぱり優しいお兄ちゃんだね!」
「うるさい、黙れっ! 黙って仕事しろっ!」
「照れちゃって可愛い」
マウリツィオを無視をしてオラツィオは、新たな書類の上へ書類を重ねる。
「いや、だからね。 私は休暇で来ていてっ」
「で、いつまで此処にいるつもりだ」
「えっ? また、そこに戻るのっ?!」
オラツィオの執務室で、兄弟が戯れ合う声が夜半過ぎまで響いていた。
◇
学園の生徒会室で、会議が行われていた。 議題は春の園遊会、レクリエーションの企画について。 カーティアに任せていると、ペアでの企画しか出来ない。
折角の学園でのお泊まり会だ。 生徒たた全員で交流したい。 議長席に座ったファブリツィオは、円卓に集まった生徒会と実行委員のメンバーを見た。
「では、恒例の会議を始める。 何か意見があれば、何でも言ってくれ」
「はいっ!」
先ず最初に手をあげたのは、カーティアだった。 ファブリツィオの表情が引き攣る。 咳払いをしてたから、カーティアの意見を聴くことにした。
「では、クローチェ伯爵令嬢、出来ればペア企画じゃないもので頼む」
「えっ……ペア企画以外ですか?」
「ああ、ペア企画は一つくらいはあってもいいとは思う。 婚約者のいる生徒もいるから、いい思い出も欲しいだろ。 しかし、何個もいらないから、後は全員で何か出来るものか、グループで出来る物か。 そういう企画を出して欲しい」
「……っ分かりましたっ」
言葉に詰まったカーティアは、大人しく座り直した。 次に手を挙げたのは実行委員の侯爵令嬢だ。
「はい、私が考えた企画は、いくつかのグループに別れて職業体験がいいと思います」
「ああ、そうだね。 折角、色々な設備があるんだし、見たいよね」
「ふむ、じゃ、一日目に入れるか?」
フラヴィオの意見にファブリツィオは移動するならば、一日目の移動日がいいと思ったのだが、『はい』と手を上げたのアリーチェだ。
「一日目のスケジュールは移動が主で、施設を回るとなると、保養地に着くのが遅くなると思われます。 回れるとしても、一箇所がいい所です」
「そうか、スケジュールを詰め詰めにするのもな」
「貴族から苦情が出そう。 まだ着かないのかって」
フラヴィオも貴族なのだが、彼の言動は貴族らしくない。 しかし、奔放な所は貴族の自己中心的な所を表している。
「なら、職業体験は二日目にするか」
アリーチェからもスケジュールについて意見もなく、二日目は『農業体験、植物研究所の見学、酪農体験、馬場見学、革製品の加工施設見学』北区にある施設見学のグループ企画が決定した。
次に手を上げたのは、フィオレラだ。
「私は、夜に花火をあげたり、自然の中なので、星が綺麗だと聞きましたの。 だから、天体観測とかしたいですわ」
「満点の星、私も見てみたいわ」
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「では、二日目の夜に花火。 三日目の夜に天体観測だな。 後は三日目の昼間だな」
「はい、殿下、ペア企画は入れないのですか? 一つくらいは入れると仰いました」
「そ、そうだな。 じゃ、天体観測をペアにするか? 星を見上げるなんてロマンチックだしな」
ファブリツィオが想像するのは、勿論、ヴァレリアと二人っきりの天体観測だ。
「しかし、殿下。 望遠鏡の数も限りがありますので、こちらもグループの方がいいかと、後、夜なら三年生も参加出来ますし、勉強付けになる三年生にも気晴らしになるのではないかと」
ヴァレリオは三年生の事も忘れていなかった様で、彼の意見に皆が賛同してグループ企画として採用された。
続いて手を上げたのは、ヴァレリア。
「折角、森がありますので、散策や森を使ったかくれんぼとかいいですね」
ヴァレリアが言い放ったかくれんぼは、幼い頃にマウリツィオとしたかくれんぼだ。 勿論、幼い彼らは迷子になった。
リアっ、それは一歩、間違えば遭難する案件だ! この場面で兄上の弊害がっ!
ヴァレリアが言った森でかくれんぼは、生徒会の面々を戸惑わせた。
幼い頃、森のかくれんぼで迷子になったが、とても楽しかった事も確かなのだ。
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