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24話
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二月の終わりが近づき、もう直ぐ音楽祭の日がやって来る。 演奏順で揉めていた生徒たちも何とか納得してもらった。
「音楽祭の準備は終わったんだな」
「はい、後は当日の作業だけです。 今年のパンフレットがこちらです」
ヴァレリアから渡されたパンフレットを開いた。 参加する生徒たちの演奏している写真が切り抜かれ、センスよく配置され、ちゃんと生徒たちの説明文も載っている。 参加生徒の中に、ヴァレリオの写真を見つけた。
「そうか、ヴァレリオは参加者の方だったな」
「はい、音楽の教諭から是非にと、言われたそうで、断れなかった様です」
「うん、楽しみだな。 練習も頑張ってるみたいだしな」
「はい」
「じゃ、当日は、よろしく頼む」
ファブリツィオが最終確認を終え、許可を出すと、音楽祭チームは元気良く返事を返して来た。
音楽祭チームは順調だな。 問題は春の園遊会の方だ。 まだ、企画段階だ。 ヴァレリオも音楽祭に出るから、もう、二週間くらいしかないぞっ! やっぱり人選を誤ったかっ?!
「殿下、レクリエーションの企画書をお持ちしました」
明るい声を出すカーティアに、ファブリツィオはげんなりした様子で振り返った。
「クローチェ伯爵令嬢……」
「はいっ!」
「もう、レクリエーションの企画書はいいから、生徒たちに配布する園遊会のスケジュール表作りをお願いしてもいいか?」
カーティアの笑顔が一瞬だけ固まった後、直ぐに真面目な表情を浮かべた。
「分かりましたわ、殿下」
納得していない笑顔を浮かべたカーティアは、大人しく自身の机へ戻って行った。
しかし、企画書はファブリツィオの机に置いていく事は忘れなかった。
で、今回はどんな企画書だっ?!
ファブリツィオは覚悟を決めてカーティアの企画書を開いた。 開いた企画書には、保養所周辺の森で狩猟をする企画だった。 勿論、ペアでだ。
何で、全てペア何だっ?! グループでもいいだろうにっ。
小さく息を吐くと、ファブリツィオは次の会議で出す議題をリストにまとめた。
生徒会の仕事はイベントの業務だけではない。 生徒の要望や問題事、各委員会との連携もある。
音楽祭チームも準備が終わったから、次の会議で、春の園遊会の企画を話し合うか。
会議の議題リストに、春の園遊会の企画提案を加えた。
◇
また、企画書が却下されたわっ! どうしてかしらっ? 凄くいいアイディアなのにっ!
小さく息を吐いたカーティアは、恨めしげにファブリツィオを眺めた。 ペアでしか出来ない企画ばかりを出している為、ファブリツィオから許可が降りないのだ。
暫くして、ファブリツィオとヴァレリアは公務があるので、生徒会の仕事を切り上げて学園寮の執務室へ行ってしまった。
生徒会室を出ていく前に、ファブリツィオは皆に一言だけ残して行った。
「春の園遊会での企画だが、皆も何かやりたい事があれば提案して欲しい。 次の会議で、皆、一つだけでいいから企画を出してくれ」
生徒会の面々と、補佐に付いている実行委員も楽しそうに返事を返していた。
フィオレラとフリオはヴァレリアの補佐なので、今日はもう生徒会の仕事はないので、寮へ帰って行った。 フラヴィオはまだ、会計の仕事が残っているのか、補佐として付けられた令嬢と楽しそうに談笑している。
視線を感じて前を向くと、無表情なアリーチェの顔があった。 彼女の心情は読み取れないが、眉間の皺からよく思っていない事が分かる。
何よっ、仕事しろって事! 分かっているわよっ! 企画だって、もっと良いものを考えるわっ!
机の上に置いていた白紙の紙に、春の園遊会、三泊四日のスケジュールを埋めていく。 アリーチェには前半部分を埋めてもらい、仮の企画も埋めてもらう。
「先程、殿下が仰っていたから、貴方も何か考えて埋めておいて」
「はい」
机に影が差し、顔を上げると、視線の先にジャンカルロの顔があった。
にっこり笑った彼は心地よい声を出す。
「何か、お手伝いをしましょうか?」
「いえ、大丈夫ですわ。 貴方は貴方のお仕事をなさって」
彼は少し残念そうに眉尻を下げる。
「そうですか、俺の仕事は終わったので、何か手伝える事があればと思ったんですが、オルモ子爵令嬢は大丈夫?」
ジャンカルロは同じ一年生のアリーチェに気安い感じで話し掛けた。 驚く事に、アリーチェが僅かに微笑んだ。
えっ、あのアリーチェが、今、笑ったのっ?!
そして、アリーチェも気安い感じで彼に返事を返した。
「大丈夫よ、グイディ氏」
「そうか、なら俺も帰るかな?」
「え~っ! じゃ、ジャン、こっちを手伝ってよ。 数字が合わないんだよっ!」
少し離れた席で頭を抱えるフラヴィオと、困惑気味の実行委員の令嬢。 フラヴィオは、帰ろうとしたジャンカルロの腕を掴んで引き留めた。
「ラヴィ先輩っ、先輩にはちゃんと数字に強い才女が補佐に付いているじゃないですか」
「分かっているけどさ、」
フラヴィオの口から続く言葉は小さくて、カーティアの耳までは届かなかった。
相変わらずフラヴィオは、誰とでも直ぐに仲良くなるわよね。 もう、愛称を呼び合ってるなんて。
カーティアは実行委員の令嬢を見ると、ほくそ笑んだ。
大方、フラヴィオは彼女を怖いとか言っていたんでしょうね。 さっき談笑している様に見えたけど、フラヴィオの顔は強張ってたもの。 それに彼女の元婚約者も怖がっていましたものね。
「ジラルデンゴ侯爵子息、紙が一枚、床に落ちておりましたわ。 これで数字が合いましたわね」
ホッと胸を魔で下ろすフラヴィオと令嬢は、帰り支度を始めた。
「では、クローチェ伯爵令嬢、オルモ子爵令嬢、お先に失礼します」
「ええ、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
ジャンカルロは、先日の甘い空気を感じさせず、あっさりとカーティアを置いて帰ってしまった。 前の生徒会ではこんな事は無かった。 常にカーティアを中心に回って物事が動いていて、いつも周囲には殿下を始めとした高位貴族の子息に囲まれていた。
先日に女子寮の部屋の前まで送り届けてくれたジャンカルロは、何故か部屋の前まで来たというのに、部屋には入らずにあっさりとカーティアを離して帰って行った。
溜め息しか出ないカーティアの中で、不満が蓄積していく。 徐々に不機嫌になっていくカーティアに、アリーチェの表情が曇っている事に気づいていない。
◇
音楽祭の前日、参加する生徒の楽器が搬入され、次々と保管室へ運ばれて行く。
ファブリツィオたち生徒会の面々は、有志で臨時参加した実行委員も含めて、総出で楽器を運び込み、講堂の舞台では音響確認が行われていた。
「よしっ、音響は大丈夫だな。 後は不備がないか最終確認をしていてくれ」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
舞台確認を終えたファブリツィオは、楽器の確認が終わったのか、保管室に辿り着いた時だった。
全ての楽器の搬入を終えて最終確認をしていたのか、ヴァレリオとジャンカルロの声が、開けられた扉から聞こえて来た。
「ジャン、お前、クローチェ伯爵令嬢を探っているのか? 何故か、お前と彼女が寄り添って歩いていたのを見た奴が教えてくれたけどっ」
ヴァレリオは少しだけ呆れた様な声を出した。 ヴァレリオを面白がっているのか、ジャンカルロは口元に笑みを広げる。
「探っているというよりか、ストラーネオ侯爵令嬢を悲しませた令嬢がどんな人柄なのか、知りたかっただけだよ」
話の内容にファブリツィオの足が止まる。 扉の影へ隠れ、聞き耳を立てた。
今、リアの名前が出なかったか?
「……あんまり無茶な事するなよ」
ヴァレリオは存外にファブリツィオとヴァレリアの二人の邪魔をするなと滲ませ、眉間に皺を寄せている。 しかし、ジャンカルロのカーティアへの印象を聞きたかったのか、ヴァレリオは訪ねた。
「で、どう感じたの?」
「どうって、見た目は普通に可愛らしい令嬢。 中身は……サキュバスかな」
「……サキュバスっ……」
「ああ、自身が気に入った男性には、身分関係なく甘えるクセがある。 脳が考える前に身体が動くって感じだ」
当たっているだけに、ヴァレリオとファブリツィオの二人は言葉が出なかった。
「大丈夫だよ、リオ。 そんなに不安そうな顔をするな。 二人の邪魔はしないよ」
ジャンカルロは、ヴァレリオを安心させる様に微笑んだ。 しかし、続く言葉に、ヴァレリオとファブリツィオは固まった。
「殿下が再びストラーネオ侯爵令嬢を悲しませるなら、許さないけどね」
「ジャン…….」
えっ、ジャンカルロはリアの事が好きなのかっ! 全然、気づかなかったっ……!
ファブリツィオとヴァレリオの脳裏に浮かんだのは、今後の園遊会の事だ。
園遊会では、カーティアの策略にわざと嵌り、彼女の裏の顔を暴く作戦を立てている。 ヴァレリアも知っている事で、納得済みだが。
リアが傷つく事は間違いないからなっ。
しかし、このまま放っておいたら面倒な事にもなるしっ。
不意に青ざめたヴァレリオと焦っているファブリツィオの視線が合った。 二人は気づかれない様にアイコンタクトを取る。
真っ直ぐにヴァレリアを心配するジャンカルロには、きっとファブリツィオは不誠実に映るだろう。 ヴァレリオが恐る恐るジャンカルロに問いかける。
「……許さないって、殿下が姉上を裏切ったら奪うつもりなのか?」
「ああ、そうなったら今度は絶対に諦めない。 俺は全力で殿下から彼女を奪いに行く」
ジャンカルロの決然とした言葉に、ファブリツィオとヴァレリオは愕然とした。
奪うって、俺からリアをかっ?! そん事、絶対にさせないっ! リアは俺の婚約者なんだっ!
扉から出て行こうとしたファブリツィオを、ヴァレリオが視線だけで止めた。
「大丈夫だ、殿下はそんな人じゃないから姉上を悲しませない、絶対にだ。 殿下を信じてあげて欲しい」
「ああ、知っているよ」
ジャンカルロの口振りは、以前からファブリツィオを知っている様だった。
何処かであいつと会ったか? 全く覚えがないけどなっ。
「楽器の確認は終わったし、もう、舞台上に戻ろう。 皆、待ってる」
「ああ」
ファブリツィオは気づかれない様に舞台上に戻った。 何事もなかった様な様子で戻った三人は参加者が集まっている舞台に上がる。
今から明日の本番に向けて、リハーサルが行われる。 観客席に座ったファブリツィオは、リハーサルが始まるのを黙って見ていた。 隣に座って同じ様にリハーサルを見ているヴァレリアを見た。
ファブリツィオの脳裏に、ジャンカルロの『奪う』という、言葉が駆け巡る。
ヴァレリアの手を取り、彼女にしか聞こえない様に呟いた。
「好きだよ、リア」
突然の告白にヴァレリアは、真っ赤に顔を染めた。 真剣な眼差しは、何処か焦っている様にも見える。 何があったか聞きたいだろうに、ヴァレリアは疑問を全て飲み込んで、笑みを向けてくれた。
そして、ヴァレリアもファブリツィオにしか聞こえない声で答えた。
「私も好きです、ファーベル様」
リハーサルをそっちのけで、二人の世界に入るファブリツィオとヴァレリアの事は、皆、全力で無視してしていた。
二人の今にも口付けしそうな雰囲気に当てられ、リハーサルは思いの外、時間がかかった。
◇
「殿下、ジャンに牽制したかったのは分かりますが、やり過ぎですっ!」
ヴァレリオが珍しく大きな声を上げている。 ヴァレリアの細い肩が大きく跳ねた。 条件反射で怯えたヴァレリアに視線を向けて、ヴァレリオは謝罪した。
「す、すみませんっ、姉上っ! 殿下があまりにも大人気ない事をされるものですからっ」
「殿下は一体、何をなさったんです?」
音楽祭のリハーサルを終え、ファブリツィオとヴァレリア、ヴァレリオの三人は学園寮の執務室に戻って来ていた。
何があったか、全てヴァレリオはピエトロに話してしまった。 ピエトロが鋭い眼差しで見つめてくる。 説教を避ける為に、ファブリツィオは話題を変える。
「リアはジャンカルロと会った事があるか? 何処かでリアを見染めたはずなんだ」
「えっ……」
ヴァレリアは恥ずかしそうにしたが、暫し考えて首を捻った。
「いえ、全く記憶にありません」
「俺もないんだ。 二人はどうだ?」
「私もありません」
「右に同じです。 学園へ入って初めて会いました。 あ、でも、私と姉上が姉弟なのを初めから知っていましたね」
「では、やはり何処かで会った事があるのでしょうね」
「そうなりますね」
「まぁ、どちらにしろ。 今後の作戦では、ジャンカルロが邪魔になる事は間違いない」
『ですねっ』、と執務室に集まった四人は、深い溜め息を吐き出した。
「こうなったら、ジャンも作戦に加えましょう」
「しかし、王家の恥を平民に晒すのは……ちょっと」
「最初からではなく、ジャンを泳がせた後です」
ヴァレリオはとても良い笑顔で、残酷なを言った。 少しだけ、兄である王太子、マウリツィオの顔と重なった。
「音楽祭の準備は終わったんだな」
「はい、後は当日の作業だけです。 今年のパンフレットがこちらです」
ヴァレリアから渡されたパンフレットを開いた。 参加する生徒たちの演奏している写真が切り抜かれ、センスよく配置され、ちゃんと生徒たちの説明文も載っている。 参加生徒の中に、ヴァレリオの写真を見つけた。
「そうか、ヴァレリオは参加者の方だったな」
「はい、音楽の教諭から是非にと、言われたそうで、断れなかった様です」
「うん、楽しみだな。 練習も頑張ってるみたいだしな」
「はい」
「じゃ、当日は、よろしく頼む」
ファブリツィオが最終確認を終え、許可を出すと、音楽祭チームは元気良く返事を返して来た。
音楽祭チームは順調だな。 問題は春の園遊会の方だ。 まだ、企画段階だ。 ヴァレリオも音楽祭に出るから、もう、二週間くらいしかないぞっ! やっぱり人選を誤ったかっ?!
「殿下、レクリエーションの企画書をお持ちしました」
明るい声を出すカーティアに、ファブリツィオはげんなりした様子で振り返った。
「クローチェ伯爵令嬢……」
「はいっ!」
「もう、レクリエーションの企画書はいいから、生徒たちに配布する園遊会のスケジュール表作りをお願いしてもいいか?」
カーティアの笑顔が一瞬だけ固まった後、直ぐに真面目な表情を浮かべた。
「分かりましたわ、殿下」
納得していない笑顔を浮かべたカーティアは、大人しく自身の机へ戻って行った。
しかし、企画書はファブリツィオの机に置いていく事は忘れなかった。
で、今回はどんな企画書だっ?!
ファブリツィオは覚悟を決めてカーティアの企画書を開いた。 開いた企画書には、保養所周辺の森で狩猟をする企画だった。 勿論、ペアでだ。
何で、全てペア何だっ?! グループでもいいだろうにっ。
小さく息を吐くと、ファブリツィオは次の会議で出す議題をリストにまとめた。
生徒会の仕事はイベントの業務だけではない。 生徒の要望や問題事、各委員会との連携もある。
音楽祭チームも準備が終わったから、次の会議で、春の園遊会の企画を話し合うか。
会議の議題リストに、春の園遊会の企画提案を加えた。
◇
また、企画書が却下されたわっ! どうしてかしらっ? 凄くいいアイディアなのにっ!
小さく息を吐いたカーティアは、恨めしげにファブリツィオを眺めた。 ペアでしか出来ない企画ばかりを出している為、ファブリツィオから許可が降りないのだ。
暫くして、ファブリツィオとヴァレリアは公務があるので、生徒会の仕事を切り上げて学園寮の執務室へ行ってしまった。
生徒会室を出ていく前に、ファブリツィオは皆に一言だけ残して行った。
「春の園遊会での企画だが、皆も何かやりたい事があれば提案して欲しい。 次の会議で、皆、一つだけでいいから企画を出してくれ」
生徒会の面々と、補佐に付いている実行委員も楽しそうに返事を返していた。
フィオレラとフリオはヴァレリアの補佐なので、今日はもう生徒会の仕事はないので、寮へ帰って行った。 フラヴィオはまだ、会計の仕事が残っているのか、補佐として付けられた令嬢と楽しそうに談笑している。
視線を感じて前を向くと、無表情なアリーチェの顔があった。 彼女の心情は読み取れないが、眉間の皺からよく思っていない事が分かる。
何よっ、仕事しろって事! 分かっているわよっ! 企画だって、もっと良いものを考えるわっ!
机の上に置いていた白紙の紙に、春の園遊会、三泊四日のスケジュールを埋めていく。 アリーチェには前半部分を埋めてもらい、仮の企画も埋めてもらう。
「先程、殿下が仰っていたから、貴方も何か考えて埋めておいて」
「はい」
机に影が差し、顔を上げると、視線の先にジャンカルロの顔があった。
にっこり笑った彼は心地よい声を出す。
「何か、お手伝いをしましょうか?」
「いえ、大丈夫ですわ。 貴方は貴方のお仕事をなさって」
彼は少し残念そうに眉尻を下げる。
「そうですか、俺の仕事は終わったので、何か手伝える事があればと思ったんですが、オルモ子爵令嬢は大丈夫?」
ジャンカルロは同じ一年生のアリーチェに気安い感じで話し掛けた。 驚く事に、アリーチェが僅かに微笑んだ。
えっ、あのアリーチェが、今、笑ったのっ?!
そして、アリーチェも気安い感じで彼に返事を返した。
「大丈夫よ、グイディ氏」
「そうか、なら俺も帰るかな?」
「え~っ! じゃ、ジャン、こっちを手伝ってよ。 数字が合わないんだよっ!」
少し離れた席で頭を抱えるフラヴィオと、困惑気味の実行委員の令嬢。 フラヴィオは、帰ろうとしたジャンカルロの腕を掴んで引き留めた。
「ラヴィ先輩っ、先輩にはちゃんと数字に強い才女が補佐に付いているじゃないですか」
「分かっているけどさ、」
フラヴィオの口から続く言葉は小さくて、カーティアの耳までは届かなかった。
相変わらずフラヴィオは、誰とでも直ぐに仲良くなるわよね。 もう、愛称を呼び合ってるなんて。
カーティアは実行委員の令嬢を見ると、ほくそ笑んだ。
大方、フラヴィオは彼女を怖いとか言っていたんでしょうね。 さっき談笑している様に見えたけど、フラヴィオの顔は強張ってたもの。 それに彼女の元婚約者も怖がっていましたものね。
「ジラルデンゴ侯爵子息、紙が一枚、床に落ちておりましたわ。 これで数字が合いましたわね」
ホッと胸を魔で下ろすフラヴィオと令嬢は、帰り支度を始めた。
「では、クローチェ伯爵令嬢、オルモ子爵令嬢、お先に失礼します」
「ええ、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
ジャンカルロは、先日の甘い空気を感じさせず、あっさりとカーティアを置いて帰ってしまった。 前の生徒会ではこんな事は無かった。 常にカーティアを中心に回って物事が動いていて、いつも周囲には殿下を始めとした高位貴族の子息に囲まれていた。
先日に女子寮の部屋の前まで送り届けてくれたジャンカルロは、何故か部屋の前まで来たというのに、部屋には入らずにあっさりとカーティアを離して帰って行った。
溜め息しか出ないカーティアの中で、不満が蓄積していく。 徐々に不機嫌になっていくカーティアに、アリーチェの表情が曇っている事に気づいていない。
◇
音楽祭の前日、参加する生徒の楽器が搬入され、次々と保管室へ運ばれて行く。
ファブリツィオたち生徒会の面々は、有志で臨時参加した実行委員も含めて、総出で楽器を運び込み、講堂の舞台では音響確認が行われていた。
「よしっ、音響は大丈夫だな。 後は不備がないか最終確認をしていてくれ」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
舞台確認を終えたファブリツィオは、楽器の確認が終わったのか、保管室に辿り着いた時だった。
全ての楽器の搬入を終えて最終確認をしていたのか、ヴァレリオとジャンカルロの声が、開けられた扉から聞こえて来た。
「ジャン、お前、クローチェ伯爵令嬢を探っているのか? 何故か、お前と彼女が寄り添って歩いていたのを見た奴が教えてくれたけどっ」
ヴァレリオは少しだけ呆れた様な声を出した。 ヴァレリオを面白がっているのか、ジャンカルロは口元に笑みを広げる。
「探っているというよりか、ストラーネオ侯爵令嬢を悲しませた令嬢がどんな人柄なのか、知りたかっただけだよ」
話の内容にファブリツィオの足が止まる。 扉の影へ隠れ、聞き耳を立てた。
今、リアの名前が出なかったか?
「……あんまり無茶な事するなよ」
ヴァレリオは存外にファブリツィオとヴァレリアの二人の邪魔をするなと滲ませ、眉間に皺を寄せている。 しかし、ジャンカルロのカーティアへの印象を聞きたかったのか、ヴァレリオは訪ねた。
「で、どう感じたの?」
「どうって、見た目は普通に可愛らしい令嬢。 中身は……サキュバスかな」
「……サキュバスっ……」
「ああ、自身が気に入った男性には、身分関係なく甘えるクセがある。 脳が考える前に身体が動くって感じだ」
当たっているだけに、ヴァレリオとファブリツィオの二人は言葉が出なかった。
「大丈夫だよ、リオ。 そんなに不安そうな顔をするな。 二人の邪魔はしないよ」
ジャンカルロは、ヴァレリオを安心させる様に微笑んだ。 しかし、続く言葉に、ヴァレリオとファブリツィオは固まった。
「殿下が再びストラーネオ侯爵令嬢を悲しませるなら、許さないけどね」
「ジャン…….」
えっ、ジャンカルロはリアの事が好きなのかっ! 全然、気づかなかったっ……!
ファブリツィオとヴァレリオの脳裏に浮かんだのは、今後の園遊会の事だ。
園遊会では、カーティアの策略にわざと嵌り、彼女の裏の顔を暴く作戦を立てている。 ヴァレリアも知っている事で、納得済みだが。
リアが傷つく事は間違いないからなっ。
しかし、このまま放っておいたら面倒な事にもなるしっ。
不意に青ざめたヴァレリオと焦っているファブリツィオの視線が合った。 二人は気づかれない様にアイコンタクトを取る。
真っ直ぐにヴァレリアを心配するジャンカルロには、きっとファブリツィオは不誠実に映るだろう。 ヴァレリオが恐る恐るジャンカルロに問いかける。
「……許さないって、殿下が姉上を裏切ったら奪うつもりなのか?」
「ああ、そうなったら今度は絶対に諦めない。 俺は全力で殿下から彼女を奪いに行く」
ジャンカルロの決然とした言葉に、ファブリツィオとヴァレリオは愕然とした。
奪うって、俺からリアをかっ?! そん事、絶対にさせないっ! リアは俺の婚約者なんだっ!
扉から出て行こうとしたファブリツィオを、ヴァレリオが視線だけで止めた。
「大丈夫だ、殿下はそんな人じゃないから姉上を悲しませない、絶対にだ。 殿下を信じてあげて欲しい」
「ああ、知っているよ」
ジャンカルロの口振りは、以前からファブリツィオを知っている様だった。
何処かであいつと会ったか? 全く覚えがないけどなっ。
「楽器の確認は終わったし、もう、舞台上に戻ろう。 皆、待ってる」
「ああ」
ファブリツィオは気づかれない様に舞台上に戻った。 何事もなかった様な様子で戻った三人は参加者が集まっている舞台に上がる。
今から明日の本番に向けて、リハーサルが行われる。 観客席に座ったファブリツィオは、リハーサルが始まるのを黙って見ていた。 隣に座って同じ様にリハーサルを見ているヴァレリアを見た。
ファブリツィオの脳裏に、ジャンカルロの『奪う』という、言葉が駆け巡る。
ヴァレリアの手を取り、彼女にしか聞こえない様に呟いた。
「好きだよ、リア」
突然の告白にヴァレリアは、真っ赤に顔を染めた。 真剣な眼差しは、何処か焦っている様にも見える。 何があったか聞きたいだろうに、ヴァレリアは疑問を全て飲み込んで、笑みを向けてくれた。
そして、ヴァレリアもファブリツィオにしか聞こえない声で答えた。
「私も好きです、ファーベル様」
リハーサルをそっちのけで、二人の世界に入るファブリツィオとヴァレリアの事は、皆、全力で無視してしていた。
二人の今にも口付けしそうな雰囲気に当てられ、リハーサルは思いの外、時間がかかった。
◇
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「す、すみませんっ、姉上っ! 殿下があまりにも大人気ない事をされるものですからっ」
「殿下は一体、何をなさったんです?」
音楽祭のリハーサルを終え、ファブリツィオとヴァレリア、ヴァレリオの三人は学園寮の執務室に戻って来ていた。
何があったか、全てヴァレリオはピエトロに話してしまった。 ピエトロが鋭い眼差しで見つめてくる。 説教を避ける為に、ファブリツィオは話題を変える。
「リアはジャンカルロと会った事があるか? 何処かでリアを見染めたはずなんだ」
「えっ……」
ヴァレリアは恥ずかしそうにしたが、暫し考えて首を捻った。
「いえ、全く記憶にありません」
「俺もないんだ。 二人はどうだ?」
「私もありません」
「右に同じです。 学園へ入って初めて会いました。 あ、でも、私と姉上が姉弟なのを初めから知っていましたね」
「では、やはり何処かで会った事があるのでしょうね」
「そうなりますね」
「まぁ、どちらにしろ。 今後の作戦では、ジャンカルロが邪魔になる事は間違いない」
『ですねっ』、と執務室に集まった四人は、深い溜め息を吐き出した。
「こうなったら、ジャンも作戦に加えましょう」
「しかし、王家の恥を平民に晒すのは……ちょっと」
「最初からではなく、ジャンを泳がせた後です」
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