脳内お花畑から帰還したダメ王子の不器用な愛し方

伊織愁

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23話

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 公務に勉学、生徒会の業務に忙殺される日々を送る中、ヴァレリアに王妃からのお茶会の招待状が届いた。

 ヴァレリアは週末なので、王都のタウンハウスにある自室へ戻って来ていた。

 学園が休みの日は、学園寮の執務室でファブリツィオの仕事の補佐をしているのだが、たまには両親に顔を見せてやれと、ファブリツィオに言われ、戻って来ていた。

 ヴァレリアは震える手で招待状を何度も読み返した。 暖かい湯気が立ち上る紅茶がテーブルに置かれ、ヴァレリアは恐る恐る顔を見上げた。

 「オルガ……」
 「お嬢様、王家からの招待を断る事は出来ません」
 「ええ、そうね」

 先日に王妃様の話をフィオレラと話したばっかりだから、とても怖いわっ。 もしかしなくても、私に王家の陰が付いているのかしら? もしそうなら、良くもあるし、悪くもあるわね。

 ヴァレリアの行動が全て把握されているという事だ。 無実の証明も出来るが、無実の罪を着せられる事もあり得る。 

 背中に悪寒が走り、小刻みに震える身体を抱きしめた。

 ヴァレリアと王妃は、あまり良好な関係ではない。 マウリツィオの婚約者候補から外れ、ファブリツィオの婚約者になった時からだ。 婚約者になった経緯も王妃は知っていて、快く思っていなかった。

 王宮で無邪気に遊ぶマウリツィオ、ファブリツィオとヴァレリアの三人を、王妃が冷たい眼差しを向けて来ていたのを覚えている。

 王妃や祖父に怯えている幼い頃のヴァレリアを慰めてくれたのは、ファブリツィオだった。 『大丈夫だ』と、ギュッと抱きしめてくれた。

 ファブリツィオの温もりを思い出し、ヴァレリアの震えが止まった。 側で立っているオルガの声で顔を上げる。

 「大丈夫ですわ、お嬢様。 ファブリツィオ殿下にご報告致しましょう」
 「ええ、お願い。 急いで支度します」
 「お任せ下さい! 女の戦いに相応しい装いに致します」

 やる気充分なオルガに、ヴァレリアは慌てて止めに入る。

 「オルガ、女の戦いって何っ?! 相手は王妃様よっ!!」
 
 支度の手伝いに集まって来たメイドたちもオルガにつられて張り切り出した。

 ◇

 学園寮の執務室で公務に勤しんでいるファブリツィオの元に、ヴァレリアが王妃からお茶会に招待された事が報告された。

 「……っ分かっていたが、やっぱり王妃の影がついていたかっ」
 「殿下がストラーネオ侯爵令嬢に休みを上げて直ぐですからね」
 「ああ。 まぁ、立場上、見張られている事は理解しているけどなっ」

 デートも本当の意味での二人っきりにはなれない。 だが、全く不満がない訳ではない。 憮然とした表情を浮かべるファブリツィオに、ピエトロが問いかける。

 「どうされます?」
 「勿論、王妃のお茶会に乗り込むっ!」
 「あまりいい作戦ではありませんよ」
 「分かっているっ! 俺も王妃のお茶会など行きたくないっ! でも、リアを一人で行かせる訳にも行かないだろう。 それにもしかしたら、王妃の真意が分かるかもしれないしな」
 
 息を吐き出したピエトロから酷い一言が出る。

 「殿下が自発的に動く時は、絶対に裏目に出るんですよね」
 「おいっ……それはあの時の事を言っているのか?」
 「まさか、とんでもないです」

 ピエトロは、瞳の奥が笑っていない笑みを浮かべて否定した。 疑わし気にピエトロを見つめたが、急いでヴァレリアが屋敷を出る前にストラーネオ家に向かった。

 ストラーネオ家の屋敷へ辿り着くと、ヴァレリアの支度はすっかり終わり、オルガをはじめ、メイドたちからはやり切った感が出ていた。 メイドが満足している様子を見て、ファブリツィオも納得した。

 ヴァレリアの装いは、お茶会に適した大人しめのドレスだが、精緻な刺繍が施され上品な仕上げになっている。 髪型も派手過ぎず、一つに結んだ髪をサイドに流して編み込んでいる。 

 一瞬、見惚れてしまい、ファブリツィオが息を呑んだ。 完璧な淑女の装いだったが、ヴァレリアの顔は緊張で強張っていた。 跪いてヴァレリアの手を取り、指先に口付けを贈る。 ファブリツィオの突然の行動にヴァレリアは戸惑っていた。

 「あ、あの、ファーベル様っ! どうしてこちらにっ……」

 真っ赤になって狼狽えるヴァレリアはとても可愛らしい。 ファブリツィオはにっこり微笑んだ後、口を開いた。

 「姫君が悪の巣窟である王城に赴くのだから、守る騎士が必要だろう? 武術大会で三位に終わった俺は頼りないだろうか?」
 「ファーベル様っ、私が赴く場所は普通の王城ですよっ」
 「分かっている。 でも、王妃のお茶会へ行くんだろう? 何を言われるか分かったもんじゃない。 俺にエスコートさせて欲しい」

 最初は困惑気味だったが、ファブリツィオの意思が硬い事を知ると、ヴァレリアは苦笑を零した。

 「分かりました。 ファーベル様のエスコートをお受け致します」
 「では、姫君、私の馬車で王城まで行きましょう」

 ヴァレリアは、可笑しそうに笑いながら、ファブリツィオの差し出した手を取った。

 馬車に乗り込んだ二人は視線を合わせると、同時に吹き出した。

 「緊張は解けた?」
 「はい、ありがとうございます、ファーベル様」
 「そんな感じで笑っていたらいい。 王妃は侮れないけれど、人間だからな。 それにあの男の様に手は出してこない」
 「はい」

 王城には話をしている間に辿り着いた。

 ◇

 六つの棟で繋がっている王城、左上の棟は王家の居住として使用されている。

 ヴァレリアが登城するまで自室で待っていた王妃は、侍従の報告に眉間に皺を寄せた。

 「何ですって? ファブリツィオがヴァレリア嬢と一緒に登城したと?」
 「はい、お茶会までエスコートしたいと仰られ、応接間に向かっておられます」
 「そう」

 王妃は扇子の向こう側で舌打ちをした。

 ファブリツィオには、特別な客人を用意していたのにっ、無駄になったわねっ。

 「いいわ、参りましょう。 ご令嬢には手土産を渡して帰ってもらって頂戴」
 「畏まりました」

 王妃は企みが失敗に終わり、不機嫌な様子を隠して応接間へ向かった。

 ◇

 王家の居住に使用している棟の三階は、王族の個人的な客人を招く応接間が幾つかある。 応接間の一室で、待ち構えた王妃と向き合った。

 「ファブリツィオ王子、貴方を招待した覚えはないけれど」
 「私の大切な婚約者が王妃に招待されたのですから、エスコートしない訳には参りません。 きちんと私から婚約者を紹介させて下さい」

 僅かに眉間に皺を寄せた王妃は、直ぐに淑女の笑みを浮かべた。

 「まぁ、宜しいでしょう。 貴方の良くない噂を聞いていたので心配していたけれど、仲が良さそうで安心しました」
 「王妃様には、ご心配をお掛けしましたが、私たちは仲良くやっていますので、ご心配なく」
 「そう、二人とも座りなさい。 学園での話でも聞きたいわ」
 「ええ、好きなだけお聞きください」

 ファブリツィオと王妃は終始笑顔だったが、ヴァレリアは緊張から感情を顔から無くし、ただただ頷くだけだった。

 膝の上で握りしめているヴァレリアの手にそっと優しく手を重ねた。 大丈夫だと、笑みに滲ませると、ヴァレリアも僅かに微笑みを浮かべた。

 何とかやり過ごし、ヴァレリアを屋敷まで送り届け、学園寮の執務室に戻って来たファブリツィオは大きく息を吐き出した。

 「殿下、ご報告があります」
 「なんだ?」

 執務机に突っ伏したまま、ファブリツィオから低い声が出た。 とても疲れている背中に、ピエトロが投げかける。

 「影に王宮を探らせた所、客室に別の令嬢がいまして、漏れ聞こえて来た所に寄ると、殿下とストラーネオ侯爵令嬢が一緒に来るとは思っていなかった様です」
 「それは、どういう事だ?」
 「はい、殿下がストラーネオ侯爵令嬢を追いかけて来ると思っていた様です。 で、後から来た殿下をハニートラップに掛けようとしていた様です」

 ファブリツィオはあまりの安置な罠に、頬を引き攣らせた。

 皆、何かの呪いを掛けられて、馬鹿になっているのか? そんな分かりやすい罠に掛かる奴がいるのかっ?!

 「王妃は一体、何がしたいんだっ?!」
 「まぁ、確実に殿下の排斥を狙っていますが、王妃がマウリツィオ殿下に整えたという隣国の姫君もいらっしゃらない様でした」
 「ああ、やっぱりそうなのか。 いくら何でも、俺に隣国の姫君への挨拶はしなくていいなんて事はないからな、王族として」
 「ええ」
 「兎に角、無事にお茶会を乗り切れて良かった……疲れたっ、今日はもう休みたいっ」
 「駄目です。 急なお茶会の参加に、公務が遅れています。 投げ出した仕事を終えてから休んで下さい」

 いつもの瞳の奥が笑っていない笑みを浮かべるピエトロは、非情にも宣った。

 ファブリツィオの嘆きが執務室に響き渡った。

 ◇

 「えっ?! 王妃様のお茶会に招待されたのっ?!」
 「しっ! フィオレラ、声が大きいわっ。 誰もいないけれど、小さい声で話してっ」

 ヴァレリアとフィオレラは、生徒会室でいつも通り仕事をしていた。 ヴァレリアの予想通り、音楽祭での演奏の順番で一部の生徒たちが揉めているのだ。

 ファブリツィオに一任されているヴァレリアは、揉めている生徒の応対に追われていた。 今は双方の返事待ちで、束の間の休憩時間だ。 生徒会室は、本日も皆が出払っていて、誰もいない。

 「ごめんなさいっ! で、どうだったの?」
 「ええ、王妃様はファブリツィオ殿下の良くない噂を心配して私を呼んだみたいなんだけど……」
 「そんなの今更よね? しかも遅いくらいだわ」
 「ええっ…….」

 俯いて両手を握りしめるヴァレリアを心配して、フィオレラは眉尻を下げた。

 「ヴァレリア」
 「王妃様の本当の目的は、私を心配して追いかけて来たファブリツィオ様をハニートラップの罠に掛ける事だったのっ」
 
 話を聞いたフィオレラから、淑女らしからぬ叫び声が飛び出した。 

 フィオレラは頭を抱えていた。

 「信じられないっ、それが一国の王妃がやる事?!」
 「フィオレラ、声を抑えてっ!」
 
 暫し考えたフィオレラは、疑問点を上げた。

 「何でそこまでして、ファブリツィオ殿下とヴァレリアを引き裂くのかしら? 確かにファブリツィオ殿下は、陛下とアントネッラ妃が愛し合ってできた王子だけど、王位は継がないし、いずれは王籍を離れるでしょう?」
 「ええ、ファブリツィオ様も、そこは疑問に思っているみたいで……それにマウリツィオ殿下に整えた隣国の姫君との婚約もないみたいで」

 ヴァレリアの発言を遮る様に扉の向こうで物音が聞こえ、ハッとしたヴァレリアとフィオレラは話を止めた。 咳払いをしたフィオレラは、別の話題を出して誤魔化した。

 「さ、音楽祭の演奏の順番を考え直しましょう」
 「え、ええ、そうしましょう。 やっぱり、下位貴族の方と平民の方が先の方がいいかしら?」

 適当に誤魔化す為に音楽祭の話をしたが、話している内、徐々にヒートアップし、真面目に考えだして意見を出し合った。

 ◇

 ヴァレリアとフィオレラが話している時に、物音を出したのはカーティアだった。

 丁度、用事を済ませて生徒会室へ戻って来たタイミングだった。 途切れ途切れではあるが、漏れ聞こえ来た話に寄ると、ヴァレリアは王妃からお茶会に誘われた様だ。 しかも、王妃はファブリツィオにハニートラップを仕掛け、あろう事か、自身を王太子妃にと約束していたにも関わらず、隣国の姫君をマウリツィオの婚約者にしようとしている事を知った。

 どうしてっ! 私が王太子妃になるのではないの?!

 愕然としたカーティアの身体が震え、扉の取手を握る手が震えている。 膝も笑い、動けないでいた。

 「王妃様、どつしてっ……私は貴方の言う通りにしているのにっ」

 カーティアの呟きは誰もいない廊下に静かに落ちた。

 「どうしました? クローチェ伯爵令嬢」

 誰もいないと思っていた廊下には、一人男子生徒が立っていた。 一年生のジャンカルロだった。 彼は平民だが、そこそこの美男子で、大店の商会の跡取りで優秀である。 カーティアはいつもの癖で、つい甘えた様な声を出した。

 「ジャンカルロ様っ」
  
 動かない足をどうにかして動かし、不自然にならない様にふらつかせた。

 ジャンカルロの胸に倒れ込んだカーティアを、彼は逞しい腕で受け止める。

 「大丈夫ですか? 体調が優れませんか? 良ければ俺が医務室へ送り届けますが」
 「ええ、お願い出来ます? よろしければ、寮の私の部屋までお願いしたいわ」
 「ええ、喜んでお供しますよ」

 ジャンカルロは優しくカーティアを支えて、優しい笑みを浮かべているが、瞳の奥が笑っていない。 ジャンカルロの真意はカーティアには読み取れなかった。

 ふふっ、また一人、私に落ちたわ。 簡単に引っ掛かるんだから。 でも、王妃様はどういうつもりかしら? もし裏切る気なら、私にも考えがあるわよ、王妃様。

 カーティアは体調が悪い振りをしながら、ジャンカルロに凭れ掛かり、内心では色々な策略を巡らした。
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