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18話
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選挙の日まで二週間弱あったが、矢の様に通り過ぎようとしていた。 来月に来る楽団は人気だそうで、皆が今月に来れば良かったのにと、溜め息を漏らしていた。
コンサートの後は、やっぱり夕食か? いや、コンサート前の方がいいか? 眠くなったら恥ずかしいな。 気をつけよう。
「殿下、鼻の下伸ばして何ニヤニヤしてんの? なんか良い事あった?! それか、可愛い女の子見つけた?!」
気安く肩に手を置いてくるので、フラヴィオの腕の関節を決めた。 痛がるフラヴィオの背中に抗議の声を上げる。
「人聞き悪い事を言うな。 お前と一緒にするな」
「イタっ! ごめん、殿下っ、許してっ! だから、手を離しっ!」
全く悪びれて無さそうなフラヴィオに、ファブリツィオは呆れた溜め息を吐いた。
今は、生徒から有志を募り、選挙の準備をしてしている。 生徒会は、代々指名制で生徒会役員が決められて来た。
選挙をすること自体が初めてだ。
しかし、隣国など、周辺国の一部の学園では、取り入れているそうだ。
まぁ、うちも取り入れてはどうかと、アドルフォとサヴェリオたちの事で思ったんだよな。 やっぱり、上に立つにはそれなりの責任が伴うからなっ。 選ぶのは慎重にしたいっ。
チラリと、集まって来た生徒たちに視線を送る。 中にはヴァレリアもいるが、当然の顔をしてカーティアがいる事に驚いた。 彼女は雑用を嫌がり、裏で自身の仕事を実行委員に押し付けていたらしい。
ファブリツィオは全く気づいていなかったが、アドルフォとサヴェリオ、カーティアの三人はサボっている方が多かった様だ。
あの時の俺は、何故に気づかなかったっ!! ……黒歴史だなっ、恋は盲目というから、今回も気をつけよう、リアは俺を騙す様な事しないけどっ。
本来は問題を起こしそうな生徒は入れたくないが、選挙でどうなるか分からない。
カーティアが生徒会から外れ、裏で何かされて迷惑を被るのも嫌だ。
なので、カーティアを目に見える位置に置いておきたい。 カーティアが問題行動を取ったら直ぐに捕えられる様に準備しておく。
本当は俺の排斥を狙っているだけで懲罰ものだが、彼女のした事は生徒会の中を色恋で掻き回しただけだからな。 直接、婚約破棄して欲しいとは言われてないし。
『長期戦になるかなっ』と溜め息を吐いていると、いつの間にかヴァレリアが側にやって来ていた。 ファブリツィオは考え事をしながら、選挙ポスターを貼る看板作りをしていた。 何かを作りながら考えがまとまる事もある。
二人は自然な流れで、ヴァレリアが渡す釘をファブリツィオが無言で受け取り、釘を打ちつけていく。 差し出すタイミングも受け取るタイミングも息がピッタリで、数年の間、不仲だったなど微塵も見えなかった。 幼馴染の成せる技である。
兄のマウリツィオには、良い事も悪い事も色んな事を教わった。 無茶振りで色んな物も二人で作らされたし、悪戯の大半はマウリツィオの発案だった。
皆の視線が集中している事に気づき、ファブリツィオは不思議そうに顔を上げた。
「どうした、皆? 急かして申し訳ないが、今日中に準備を終えたい。 一週間後はいよいよ選挙だからな、アルカンジェリ学園初の生徒会選挙、投票日と演説会だ」
『はい』と集まった生徒から元気な返事が返って来た。 生徒たちは直ぐに動き出した。 ファブリツィオが今、作っている看板を数個、作らなければならない。
数箇所に看板を設置し、誰が出馬表明しているか、生徒たちに周知させる目的と、事前に誰に投票するか、生徒たちに考える余地を与えられる。 選挙運動は決められている場所で行う事にした。
まぁ、誰もが良い場所を取りたくて物凄く揉めたがっ。
「生徒の往来が多い門前、廊下でのビラ配りは生徒の邪魔になるし、中庭で時間と出馬者の順番を決めて行うかっ?」
「決めたとしても、裏で暗躍する生徒もいるでしょう? 選挙は如何にクリーンな状況下で行われるかが、肝ですからね」
「ピエトロ、言われなくとも分かっている。 選挙を正しく行える委員会があってもいいかもな」
「そうですね。 選挙に出ない生徒から有志を募るといいです」
「でも、マウリツィオ兄上が出て来ないのは珍しいなぁ。 絶対に面白がって口を出してくるのにっ」
にっこり笑ったままのピエトロが、何やら異様な空気を放って固まった。
「彼の方は現在、逃亡中でして、学園の選挙の事は耳に届いているかと思われますが、王都に戻って来られない状況に置かれています」
「えっ、逃亡中って、兄上は一体、何したの?」
「はい、全く婚姻に興味を示さない王太子に郷をにやした王妃様が、自身の母国であるお姫様とのお見合いを整えまして、マウリツィオ殿下が王宮へ戻って来ると、直ぐにお見合いが出来るようになっています」
「それで逃げ回っているのか。 あれ? でも、俺は隣国の姫君が来ている事、聞かされていないけど……」
笑顔で無言を貫くピエトロに、王妃がわざとファブリツィオに知られない様にした事が察せられた。 ファブリツィオの顔からスッと感情がなくなる。
「そうか、もしかして俺がまた兄上の婚約者候補を奪うとか思っているんだな」
「はい、王妃様の残念な頭の中では、そのような事を妄想されている様です」
ファブリツィオから深い溜め息が吐き出された。
今はリア一筋だし、姫君と顔を合わせても気持ちが揺らぐ事はない。
「う~ん、俺は会った方がいいか? 兄の婚約者候補の上、姫君が来ていると言うのに、挨拶もしないのは外聞が悪いだろ」
「そうですね。 特に国王陛下から必要だと言うお言葉はありません。 後、姫君は、王妃様から殿下の事をあまり良い様には聞かされておりません」
「そうか……」
「はい、それに母君の惻妃様から伝言です。 絶対に王宮へ来ない様に、今は学園で勉学に励む様にとの事です」
「……っそれが本題かっ」
回りくどいぞっ、ピエトロっ!
ふっと笑うピエトロは、ファブリツィオの反応を試して遊んでいる。
「母上も王妃様の様に思っているのか?」
「いいえ、その様な事はありませんよ。 貴方様のご心配をされているだけです」
「……そうか」
ファブリツィオが王宮へ帰れば、何やら気不味い雰囲気と、王妃の暗躍に巻き込まれそうなので、当分の間、王宮へは帰れそうにない。
◇
選挙の準備がすっかり整った頃、テスト前だと言うのに、学園は今までにない様相を呈していた。 中庭では休み時間毎に出馬を表明した生徒が順番に公約を掲げ、演説を行っている。
集まって来た生徒に『清き一票を』と書かれたビラが配られている。
物凄く盛り上がっているな。 当たり前だが、こういう光景は初めて見るな。
テスト勉強は大丈夫なのかと、改めて選挙時期を考えないと、駄目だと感じた。
それはそれとして、物凄く気になる者が隣にいるんだがっ!
中庭の端の方で演説台に上がる生徒を見ながら、視線だけを動かした。 ファブリツィオの横で同じように見ていたピエトロは、何故か映写機を手に持っていた。
目の前で繰り広げられている選挙運動を撮っていた。
「何しているんだ、ピエトロ」
「何って、選挙運動の一部始終を撮影いるんですよ」
「そんな事は分かっているっ、何の真似だと訊いているっ!」
ファブリツィオは映写機には嫌な思い出しかないので、嫌そうに顔を歪めた。
「あぁ、それはですね。 正しく選挙運動が行われているかという事と。 マウリツィオ殿下から、直接見に行けないので撮影して置くようにと言われているんです」
「……また、兄上かっ、そんな気はしてたがっ。 まさか、兄上、選挙を王宮にも使うつもりで記録をつけろと言う事か?」
「今の王宮には選挙制度は難しいでしよう。 色々と面倒な事がありますからね」
ピエトロが言う色々な事を思い出し、ファブリツィオの目が半眼になる。
「そんな顔をしていると、眉間に皺が定着しますよ」
「俺の事は撮らなくていいっ!」
ピエトロが映写機ごと顔を向けるので、ファブリツィオは映写機のレンズを掴んで下へ向ける。
ピエトロと戯れていると、近づく人の気配に二人は振り返る。
「ファブリツィオ様、こちらに居たんですね。 探しました」
少しだけ荒い息をして、珍しく駆けてくるヴァレリアが側へやって来た。
「リア」
ファブリツィオは、もう人前でも愛称を呼んでいる。 ヴァレリアは王子の事を人前で愛称呼びする事に抵抗があるのか、人前では元の様に呼ぶ。
優しい笑みを浮かべるファブリツィオに、ヴァレリアの頬が染まる。
この瞬間が一番、可愛いなっ。
「どうした?」
「次はファブリツィオ様が演説される番ですよ」
「あ、そうか。 忘れてたなっ」
面倒だが、自身で決めた事だ。 言い出したのだから、しっかりとお手本となる様な演説をしないとな。
「では、行ってくる。 あぁ、それとピエトロ、リアは撮るな」
小さく笑いを噴き出したピエトロは、生暖かい笑みを向けて頷いた。
やめろっ! 生暖かい目で見るなっ、恥ずかしいだろうっ!
ファブリツィオが演説台に上がり、公約を語り始めた。 ファブリツィオが台に上がると、歓声が沸いた。 兄二人に比べると劣る王子と影で呼ばれているが、見目も麗しい爽やかな王子は中々に、生徒には人気がある。
中間テスト前に、最後の演説と投票が行われる。 選挙結果によってファブリツィオには大変な事も多いだろうと、ファブリツィオが演説する姿を撮影するピエトロは案じる。
忘れないで下さいね。 ここにいる私と貴方様の婚約者様は、貴方の事を劣る王子などとは思っていませんからね。
◇
ファブリツィオが発案した選挙の当日がやって来た。 生徒たちは最初、王子は何を言っているんだと、誰もが困惑気味だった。 しかも、出馬する生徒たちは、皆、高位貴族だ。 一般生徒である自分たちが投票をして高位貴族の是非を問うなど、考えられなかった。
しかし、ファブリツィオの一言で、消極的だった生徒たちも乗り気になった。
「いいか、この選挙は純粋に学園を運営してもらいたい者を選んで欲しい。 身分は関係ない。 皆がそれぞれ掲げた公約を一緒になってしたいと思う者に、皆の清き一票を。 そして、選挙違反をした者には、私の名の下で厳罰に処す」
ざわつく生徒たちに向け、ファブリツィオは笑顔で宣った。
「ちゃんと証拠は撮っているからな。 皆も恐れず、自由に投票するがいい」
壇上の端で、ピエトロが映写機を構えている姿を見て、生徒たちから大きな騒めきが起こった。 騒めいている生徒たちの中には、唇を悔しそうに歪める生徒、青ざめる生徒も居た。
選挙演説の順番待ちしている中にいたカーティアもその一人だった。
殿下、撮影しているなんて一言も言わなかったじゃないっ。 まぁ、それでも私に投票する生徒は大勢いるわよね。 色々と弱みを握って投票させようと思ってたけど、告発されたら面倒だわ。
選挙当日までに、カーティアは色々と裏で暗躍していたらしい。
カーティアの番が回って来ると、壇上に立ったカーティアは、生徒を魅了する花が咲いた様な笑みを浮かべた。
カーティアが立っているだけで雰囲気が華やぐ様だ。 壇上には声を拾うスピーカーがあるので、大きな声を出さずに講堂の隅々まで聞こえる。
カーティアは公約を掲げた後、再びにっこりと笑った。
「学園が掲げている『清く正しく美しく』校訓を元に、私も投票は正しく行われると信じています。 皆様の信じた者へ、どうか清き一票を」
カーティアの演説が終わった後、講堂の観客席から大きな拍手が沸いた。
カーティアは内心では自信満々で壇上を降りたが、ファブリツィオの前を通ると、足元を振らつかせた。 しかし、カーティアを受け止めたのは、ファブリツィオの側にいるピエトロだった。
そこそこ美貌なピエトロに抱きとめられ、カーティアの頬が染まる。
何も知らない若者ならば、一瞬で恋に落ちているだろうシチュエーションだが、色々と知っているピエトロには効かない。
しかも、ピエトロには愛する妻がいるのだ。 事実を知らないカーティアは、上目遣いで助けてくれたお礼を述べた。
ピエトロの返答はそっけないもので、『薄暗いので気をつけて下さい』と少しばかり冷たい眼差しを受けた。 素早く引き離さす冷たい対応のピエトロに、カーティアは少なからず引っ掛かるものを感じた。
そして、一番、助けて欲しかったファブリツィオは、次に壇上に上がるヴァレリアの方へ行っていた。
ヴァレリアの細い肩に手を置いて、『大丈夫だ』と励ましているファブリツィオと、嬉しそうに微笑むヴァレリアの二人を見て、カーティアが入れる隙がない様に見えた。
もしかして、二人は本気で好き合っているのっ?! 外聞が悪くなって関係を修復してたんじゃなかったのっ?!
ファブリツィオが聞けば『何だ、それはっ!』と叫ぶだろう事案だった。
コンサートの後は、やっぱり夕食か? いや、コンサート前の方がいいか? 眠くなったら恥ずかしいな。 気をつけよう。
「殿下、鼻の下伸ばして何ニヤニヤしてんの? なんか良い事あった?! それか、可愛い女の子見つけた?!」
気安く肩に手を置いてくるので、フラヴィオの腕の関節を決めた。 痛がるフラヴィオの背中に抗議の声を上げる。
「人聞き悪い事を言うな。 お前と一緒にするな」
「イタっ! ごめん、殿下っ、許してっ! だから、手を離しっ!」
全く悪びれて無さそうなフラヴィオに、ファブリツィオは呆れた溜め息を吐いた。
今は、生徒から有志を募り、選挙の準備をしてしている。 生徒会は、代々指名制で生徒会役員が決められて来た。
選挙をすること自体が初めてだ。
しかし、隣国など、周辺国の一部の学園では、取り入れているそうだ。
まぁ、うちも取り入れてはどうかと、アドルフォとサヴェリオたちの事で思ったんだよな。 やっぱり、上に立つにはそれなりの責任が伴うからなっ。 選ぶのは慎重にしたいっ。
チラリと、集まって来た生徒たちに視線を送る。 中にはヴァレリアもいるが、当然の顔をしてカーティアがいる事に驚いた。 彼女は雑用を嫌がり、裏で自身の仕事を実行委員に押し付けていたらしい。
ファブリツィオは全く気づいていなかったが、アドルフォとサヴェリオ、カーティアの三人はサボっている方が多かった様だ。
あの時の俺は、何故に気づかなかったっ!! ……黒歴史だなっ、恋は盲目というから、今回も気をつけよう、リアは俺を騙す様な事しないけどっ。
本来は問題を起こしそうな生徒は入れたくないが、選挙でどうなるか分からない。
カーティアが生徒会から外れ、裏で何かされて迷惑を被るのも嫌だ。
なので、カーティアを目に見える位置に置いておきたい。 カーティアが問題行動を取ったら直ぐに捕えられる様に準備しておく。
本当は俺の排斥を狙っているだけで懲罰ものだが、彼女のした事は生徒会の中を色恋で掻き回しただけだからな。 直接、婚約破棄して欲しいとは言われてないし。
『長期戦になるかなっ』と溜め息を吐いていると、いつの間にかヴァレリアが側にやって来ていた。 ファブリツィオは考え事をしながら、選挙ポスターを貼る看板作りをしていた。 何かを作りながら考えがまとまる事もある。
二人は自然な流れで、ヴァレリアが渡す釘をファブリツィオが無言で受け取り、釘を打ちつけていく。 差し出すタイミングも受け取るタイミングも息がピッタリで、数年の間、不仲だったなど微塵も見えなかった。 幼馴染の成せる技である。
兄のマウリツィオには、良い事も悪い事も色んな事を教わった。 無茶振りで色んな物も二人で作らされたし、悪戯の大半はマウリツィオの発案だった。
皆の視線が集中している事に気づき、ファブリツィオは不思議そうに顔を上げた。
「どうした、皆? 急かして申し訳ないが、今日中に準備を終えたい。 一週間後はいよいよ選挙だからな、アルカンジェリ学園初の生徒会選挙、投票日と演説会だ」
『はい』と集まった生徒から元気な返事が返って来た。 生徒たちは直ぐに動き出した。 ファブリツィオが今、作っている看板を数個、作らなければならない。
数箇所に看板を設置し、誰が出馬表明しているか、生徒たちに周知させる目的と、事前に誰に投票するか、生徒たちに考える余地を与えられる。 選挙運動は決められている場所で行う事にした。
まぁ、誰もが良い場所を取りたくて物凄く揉めたがっ。
「生徒の往来が多い門前、廊下でのビラ配りは生徒の邪魔になるし、中庭で時間と出馬者の順番を決めて行うかっ?」
「決めたとしても、裏で暗躍する生徒もいるでしょう? 選挙は如何にクリーンな状況下で行われるかが、肝ですからね」
「ピエトロ、言われなくとも分かっている。 選挙を正しく行える委員会があってもいいかもな」
「そうですね。 選挙に出ない生徒から有志を募るといいです」
「でも、マウリツィオ兄上が出て来ないのは珍しいなぁ。 絶対に面白がって口を出してくるのにっ」
にっこり笑ったままのピエトロが、何やら異様な空気を放って固まった。
「彼の方は現在、逃亡中でして、学園の選挙の事は耳に届いているかと思われますが、王都に戻って来られない状況に置かれています」
「えっ、逃亡中って、兄上は一体、何したの?」
「はい、全く婚姻に興味を示さない王太子に郷をにやした王妃様が、自身の母国であるお姫様とのお見合いを整えまして、マウリツィオ殿下が王宮へ戻って来ると、直ぐにお見合いが出来るようになっています」
「それで逃げ回っているのか。 あれ? でも、俺は隣国の姫君が来ている事、聞かされていないけど……」
笑顔で無言を貫くピエトロに、王妃がわざとファブリツィオに知られない様にした事が察せられた。 ファブリツィオの顔からスッと感情がなくなる。
「そうか、もしかして俺がまた兄上の婚約者候補を奪うとか思っているんだな」
「はい、王妃様の残念な頭の中では、そのような事を妄想されている様です」
ファブリツィオから深い溜め息が吐き出された。
今はリア一筋だし、姫君と顔を合わせても気持ちが揺らぐ事はない。
「う~ん、俺は会った方がいいか? 兄の婚約者候補の上、姫君が来ていると言うのに、挨拶もしないのは外聞が悪いだろ」
「そうですね。 特に国王陛下から必要だと言うお言葉はありません。 後、姫君は、王妃様から殿下の事をあまり良い様には聞かされておりません」
「そうか……」
「はい、それに母君の惻妃様から伝言です。 絶対に王宮へ来ない様に、今は学園で勉学に励む様にとの事です」
「……っそれが本題かっ」
回りくどいぞっ、ピエトロっ!
ふっと笑うピエトロは、ファブリツィオの反応を試して遊んでいる。
「母上も王妃様の様に思っているのか?」
「いいえ、その様な事はありませんよ。 貴方様のご心配をされているだけです」
「……そうか」
ファブリツィオが王宮へ帰れば、何やら気不味い雰囲気と、王妃の暗躍に巻き込まれそうなので、当分の間、王宮へは帰れそうにない。
◇
選挙の準備がすっかり整った頃、テスト前だと言うのに、学園は今までにない様相を呈していた。 中庭では休み時間毎に出馬を表明した生徒が順番に公約を掲げ、演説を行っている。
集まって来た生徒に『清き一票を』と書かれたビラが配られている。
物凄く盛り上がっているな。 当たり前だが、こういう光景は初めて見るな。
テスト勉強は大丈夫なのかと、改めて選挙時期を考えないと、駄目だと感じた。
それはそれとして、物凄く気になる者が隣にいるんだがっ!
中庭の端の方で演説台に上がる生徒を見ながら、視線だけを動かした。 ファブリツィオの横で同じように見ていたピエトロは、何故か映写機を手に持っていた。
目の前で繰り広げられている選挙運動を撮っていた。
「何しているんだ、ピエトロ」
「何って、選挙運動の一部始終を撮影いるんですよ」
「そんな事は分かっているっ、何の真似だと訊いているっ!」
ファブリツィオは映写機には嫌な思い出しかないので、嫌そうに顔を歪めた。
「あぁ、それはですね。 正しく選挙運動が行われているかという事と。 マウリツィオ殿下から、直接見に行けないので撮影して置くようにと言われているんです」
「……また、兄上かっ、そんな気はしてたがっ。 まさか、兄上、選挙を王宮にも使うつもりで記録をつけろと言う事か?」
「今の王宮には選挙制度は難しいでしよう。 色々と面倒な事がありますからね」
ピエトロが言う色々な事を思い出し、ファブリツィオの目が半眼になる。
「そんな顔をしていると、眉間に皺が定着しますよ」
「俺の事は撮らなくていいっ!」
ピエトロが映写機ごと顔を向けるので、ファブリツィオは映写機のレンズを掴んで下へ向ける。
ピエトロと戯れていると、近づく人の気配に二人は振り返る。
「ファブリツィオ様、こちらに居たんですね。 探しました」
少しだけ荒い息をして、珍しく駆けてくるヴァレリアが側へやって来た。
「リア」
ファブリツィオは、もう人前でも愛称を呼んでいる。 ヴァレリアは王子の事を人前で愛称呼びする事に抵抗があるのか、人前では元の様に呼ぶ。
優しい笑みを浮かべるファブリツィオに、ヴァレリアの頬が染まる。
この瞬間が一番、可愛いなっ。
「どうした?」
「次はファブリツィオ様が演説される番ですよ」
「あ、そうか。 忘れてたなっ」
面倒だが、自身で決めた事だ。 言い出したのだから、しっかりとお手本となる様な演説をしないとな。
「では、行ってくる。 あぁ、それとピエトロ、リアは撮るな」
小さく笑いを噴き出したピエトロは、生暖かい笑みを向けて頷いた。
やめろっ! 生暖かい目で見るなっ、恥ずかしいだろうっ!
ファブリツィオが演説台に上がり、公約を語り始めた。 ファブリツィオが台に上がると、歓声が沸いた。 兄二人に比べると劣る王子と影で呼ばれているが、見目も麗しい爽やかな王子は中々に、生徒には人気がある。
中間テスト前に、最後の演説と投票が行われる。 選挙結果によってファブリツィオには大変な事も多いだろうと、ファブリツィオが演説する姿を撮影するピエトロは案じる。
忘れないで下さいね。 ここにいる私と貴方様の婚約者様は、貴方の事を劣る王子などとは思っていませんからね。
◇
ファブリツィオが発案した選挙の当日がやって来た。 生徒たちは最初、王子は何を言っているんだと、誰もが困惑気味だった。 しかも、出馬する生徒たちは、皆、高位貴族だ。 一般生徒である自分たちが投票をして高位貴族の是非を問うなど、考えられなかった。
しかし、ファブリツィオの一言で、消極的だった生徒たちも乗り気になった。
「いいか、この選挙は純粋に学園を運営してもらいたい者を選んで欲しい。 身分は関係ない。 皆がそれぞれ掲げた公約を一緒になってしたいと思う者に、皆の清き一票を。 そして、選挙違反をした者には、私の名の下で厳罰に処す」
ざわつく生徒たちに向け、ファブリツィオは笑顔で宣った。
「ちゃんと証拠は撮っているからな。 皆も恐れず、自由に投票するがいい」
壇上の端で、ピエトロが映写機を構えている姿を見て、生徒たちから大きな騒めきが起こった。 騒めいている生徒たちの中には、唇を悔しそうに歪める生徒、青ざめる生徒も居た。
選挙演説の順番待ちしている中にいたカーティアもその一人だった。
殿下、撮影しているなんて一言も言わなかったじゃないっ。 まぁ、それでも私に投票する生徒は大勢いるわよね。 色々と弱みを握って投票させようと思ってたけど、告発されたら面倒だわ。
選挙当日までに、カーティアは色々と裏で暗躍していたらしい。
カーティアの番が回って来ると、壇上に立ったカーティアは、生徒を魅了する花が咲いた様な笑みを浮かべた。
カーティアが立っているだけで雰囲気が華やぐ様だ。 壇上には声を拾うスピーカーがあるので、大きな声を出さずに講堂の隅々まで聞こえる。
カーティアは公約を掲げた後、再びにっこりと笑った。
「学園が掲げている『清く正しく美しく』校訓を元に、私も投票は正しく行われると信じています。 皆様の信じた者へ、どうか清き一票を」
カーティアの演説が終わった後、講堂の観客席から大きな拍手が沸いた。
カーティアは内心では自信満々で壇上を降りたが、ファブリツィオの前を通ると、足元を振らつかせた。 しかし、カーティアを受け止めたのは、ファブリツィオの側にいるピエトロだった。
そこそこ美貌なピエトロに抱きとめられ、カーティアの頬が染まる。
何も知らない若者ならば、一瞬で恋に落ちているだろうシチュエーションだが、色々と知っているピエトロには効かない。
しかも、ピエトロには愛する妻がいるのだ。 事実を知らないカーティアは、上目遣いで助けてくれたお礼を述べた。
ピエトロの返答はそっけないもので、『薄暗いので気をつけて下さい』と少しばかり冷たい眼差しを受けた。 素早く引き離さす冷たい対応のピエトロに、カーティアは少なからず引っ掛かるものを感じた。
そして、一番、助けて欲しかったファブリツィオは、次に壇上に上がるヴァレリアの方へ行っていた。
ヴァレリアの細い肩に手を置いて、『大丈夫だ』と励ましているファブリツィオと、嬉しそうに微笑むヴァレリアの二人を見て、カーティアが入れる隙がない様に見えた。
もしかして、二人は本気で好き合っているのっ?! 外聞が悪くなって関係を修復してたんじゃなかったのっ?!
ファブリツィオが聞けば『何だ、それはっ!』と叫ぶだろう事案だった。
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国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
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