脳内お花畑から帰還したダメ王子の不器用な愛し方

伊織愁

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14話

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 生徒会室の隣の資料室で、無表情の女子生徒と、不適な笑みを浮かべるピエトロの間に、微妙な空気が漂う。

 「そうですね。 貴方の口からは言えないと聞いていましたが、まさかな話ですね。 殿下を排斥した後、彼女は一体、どうするつもりなのです?」

 アリーチェはピエトロをとても冷たい眼差しで見つめた。

 「さぁ、私にはお嬢様が考えている事は分かりませんので」
 「では、クローチェ伯爵の意思ですか?」
 「いいえ、違います」

 二人の間に再び微妙な空気が流れた。

 用件は済んだと、アリーチェは資料室を出て行った。 後に残されたピエトロは、一つ息を吐き出して呟く。

 「彼女も何を考えているか分かりませんね」

 ◇

 武術大会は直ぐに来た。 もう、そろそろ季節も寒い時期に差し掛かる。 

 武道場には冷たい風が吹いていた。

 武術大会に出場する生徒たちが武道場の中央に集まり、整列している。 武道場のロイヤル席には、国王陛下と王妃陛下が座っていた。 公式行事の為、ファブリツィオの実母である側妃は来ていない。

 ファブリツィオは自身の父親である国王陛下を真っ直ぐに見つめた。 王は、ファブリツィオの視線など気にも留めず、王とは視線が合わなかった。

 ロイヤル席を見上げた生徒たちの代表として、ファブリツィオが前へ進み出る。

 ファブリツィオの選手宣誓の声が上がる。

 「宣誓、我々は両陛下の御許、正々堂々全力を尽くして闘う事を、己の剣に誓います」

 国王陛下の前で跪き、剣を掲げるファブリツィオは凛々しく、宣誓が終わった後、武術大会の始まりが告げられた。

 観客席から歓声が湧く中、国王陛下と王妃陛下からは、緩やかな拍手を贈られた。

 ファブリツィオの一回戦の相手は、同学年の生徒で、騎士志望の彼はとても体格が良かった。 身長差に喉が鳴らされる。

 サヴェリオ並みかっ! でも、あいつよりは遅いっ!

 頭上に振り下ろされた剣を払い落とし、相手の肩から腰へ掛けて斬り付けた。

 小さく呻いた相手は、胸を押さえて膝を付いた。 反撃の意思がないのか、対戦相手は立ち上がらなかった。

 息を吐き出したファブリツィオは審判から勝利を告げられ、ホッと安堵した。

 生徒たちが使用する剣は刃が潰されていて、斬れ味を落としている。 しかし、力一杯、斬り付けられれば、それなりに痛い。

 『チッ! 油断したっ、劣る王子に負けるとはっ、くそっ』
 
 対戦相手の呟きは、ファブリツィオの勝利を聞いた観客席から上がった歓声に掻き消された。 だが、側にいた審判とファブリツィオの耳にはしっかりと聞こえていた。

 『劣る王子』、幼い頃から二人の兄王子に比べて劣るファブリツィオに付けられたあだ名で、裏で密やかに囁かれている。

 劣る王子っ……かっ。

 「最初から油断と過信せず、全力で掛かって来ていれば、勝てたかもしれないな」
 「……っ」
 
 対戦相手は、ファブリツィオの言葉に悔しそうに唇を歪めていた。

 幼い頃から言われ過ぎて、もう慣れている。 劣る王子だと陰口を叩く奴程、俺に勝てないからな。

 次はヴァレリオの試合だった。

 「ヴァレリオの試合は初めて見るな」
 「私も初めてですっ」

 観客席でヴァレリアと並んで腰掛け、次の試合まで観戦していた。 参加人数が多いので、何試合か観戦出来る時間がある。

 ヴァレリオの対戦相手は、三年生だった。 二人は最初から飛ばしていて、互いに斬り付け合い、剣が打ち付け合う音が武道場で響き渡っていた。

 ヴァレリオが剣を薙ぎ払った後、相手の頭上へ剣を振り下ろす。 三年生がヴァレリオの剣を受け止めた。 鍔迫り合いの後、相手の蹴りがヴァレリオの腹に命中した。

 「おぉ、中々だな」
 「頑張って……ヴァレリオっ」

 ヴァレリアは手を組んで年下の叔父の勝利を祈っている。

 「大丈夫だ、全く三年生にも引けを取っていない。 少し、余裕があるように見える」
 「……そうなのですか? 私は武術には疎いので分かりません」
 「ああ、安心して観ているといい」
 「はい」
 「そう言えば、トロヴァートの双子は何処へ行った?」
 「トロヴァート姉弟は、フリオの試合がこの後なので、控え室へ行きました」
 「そうか、じゃ、次はフリオの試合か、あっ」

 話している間に、ヴァレリオの試合が終盤に差し掛かっていた。 ヴァレリオが矢継ぎ早に数度斬りつける。 一歩、踏み込んだヴァレリオは、相手の喉元へ剣先を突き付けた。

 剣を突き付けられた三年生は戦意損失して尻餅をつく。 審判から勝者の名前が告げられ、ヴァレリオの勝利が決まった。

 「やっぱりな、良かった。 次はフリオか」
 「良かったですっ」

 ヴァレリアが安堵の息を吐いた。

 フリオも難なく、勝利して次の試合にコマを進めた。 次の試合はサヴェリオの試合だ。

 サヴェリオの試合は、思っていたよりも直ぐに終わった。 相手はサヴェリオの威嚇だけでビビり、何も反撃が出来ずに終わった。

 まぁ、デカい図体とあんな恐ろしい顔で剣を振り下ろされたら、怖いよな。 弱い奴ならサヴェリオには勝てないな。

 不意にサヴェリオが顔を上げ、ファブリツィオと視線があった。 ニヤリと意地悪な笑みを向けてくるサヴェリオは、以前とは違い挑戦的だった。

 視線が合ったファブリツィオは顔を歪め、拳を握りしめた。 サヴェリオはニヤついた顔のまま、武道場を出て行った。

 息を吐くと、隣から視線を感じて振り返った。 ヴァレリアが心配気な眼差しを向けてくる。

 「大丈夫だ、サヴェリオには勝ってみせる。 だから、信じてくれ」
 「はい、信じてます」

 二戦目、三戦目と順調に勝ち進み、ファブリツィオは準々決勝に勝ち進んだ。

 「次、勝ったら、サヴェリオとか」

 サヴェリオは既にフリオに勝ち、ファブリツィオとの試合にやる気になっている様だ。

 「殿下、一撃で負けてしまいましたっ。 なんの参考も与えられなくて、すみません」
 「そんな事ないっ。 気にするな、サヴェリオの事は昔から知っているからな」
 「そうよ、フリオっ! 貴方が歯が立たないの、最初から分かってるんだからっ!」
 「フィオレラ……」
 「フリオも健闘した方だし、サヴェリオ、あいつは規格外だからな。 俺も10回に一回しか勝てなかった」
 
 審判から名前を呼ばれ、ファブリツィオは武道場の中央へ躍り出た。

 ファブリツィオとサヴェリオが武道場へ入って来ると、観客席から歓声が湧いた。

 「始めっ!」

 審判の掛け声を聞くと、構えていた剣を持ち替え、サヴェリオの方へ飛び込んで行った。 何度も斬り付け、ファブリツィオは前進する。

 「いきなり飛び込んで来るとは、愚策だな」
 「……っ」

 サヴェリオは嫌な笑みを受け止めながら、ファブリツィオの剣を難なく受け流す。

 デカい図体なのに、動きが素早いなっ!

 一旦、距離を取って剣を構え直す。

 「ふんっ」

 瞬きの間に、サヴェリオに間合いを詰められ、腹にサヴェリオ渾身の一撃を受けた。 吹き飛ばされたファブリツィオは床に背中を叩きつけられた。

 「ぐはっ!」

 息が止まり、背中に痛みが走る。

 「もう、無理だろ。 降参しろっ!」
 「誰がするかっ!」

 背中の痛みに耐え、足元へ近づいて来たサヴェリオに、蹴りを入れる為、床に手を付いて上へ伸ばした足で顎を狙う。

 「……っ」

 ギリギリで避けられたが、サヴェリオの顎を掠った。 舌打ちをしたサヴェリオの剣が煌めく。

 全試合を一撃で終わらせて来たサヴェリオが、闘いらしい闘いをしている事に、観客たちが歓声をあげる。

 「殿下、アンタをきっちり倒して俺は優勝する。 だが、その前に聞きたい」

 サヴェリオの質問にファブリツィオは眉を顰めたが、まだ背中の痛みが引いていない。 時間稼ぎの為、ファブリツィオは頷いた。

 「何故、カーティアに興味を無くした? 殿下も彼女が好きだったはずだ」

 『殿下も』、ね。

 「簡単だ、お前らと睦み合っている所を観たからだ」
 
 小声で言ったが、サヴェリオにはちゃんと聞こえた様で、眉間に皺を寄せて驚きの表情を浮かべた。

 「俺が何も気づかないで、彼女に想いを寄せている様子は楽しかったか?」
 「……っ」

 流石にバツが悪いのか、サヴェリオは口を引き結んだ。 しかし、後悔はしていないのか、直ぐに笑みを広げる。

 「そうか、それは悪かったな。 でも、殿下も悪い。 誰にも取られたくなかったなら、さっさと自分のモノにすれば良かったんだ」
 「ああ、そうだな。 でも、俺はクローチェ伯爵令嬢の本性が分かって良かったと思う。 彼女と関係を持たなくて、今は心底よかったと思っている」
 「……っ」

 ファブリツィオが足を踏み込んだと同時に、剣を振り上げる。 サヴェリオも同時に剣を振り上げ、鍔を打ち合わせる。

 っ力比べだと負けるっ!

 剣を合わせたまま押し出し、足を進めてくる。 場外寸前でサヴェリオは、思いっきり押し出し出来た。

 突き飛ばされ掛け、足元を気にして、サヴェリオから視線を離してしまった。

 小さく笑うサヴェリオの声が聞こえ、視線を戻したが、既に遅かった。

 サヴェリオが薙ぎ払った剣で場外へ振り飛ばされてしまった。 ファブリツィオは再び、床へ背中を叩きつけられた。 

 審判から勝者の名前が告げられ、ファブリツィオの負けが決まった。

 ファブリツィオの口から悔しさを滲ませた息が吐き出された。

 ◇

 「あ~あ、ファブリツィオ、負けてしまったね。 三位か、まぁ、健闘した方だね」
 
 チラリと前の席で座っている国王陛下と王妃陛下を見た。 ファブリツィオが二度も吹き飛ばされた後、王は膝の上へ置いていた拳を強く握り締めていた。

 王の隣でそっと王妃が呟く。

 「あら、結構あっさりと負けてしまったわね。 二人の兄は毎年、決勝戦で戦っていたのに、やっぱり劣る王子ね。 つまらないわ。 ねぇ、国王陛下」

 にっこりと微笑む王妃は、最後に王へ声を掛けた。 王は強く握り締めた拳を緩め『そうだな』、と無愛想に答えた。

 後ろの席で一部始終を見ていたマウリツィオは、呆れた様な溜め息を吐いた。

 王妃に気づかれると、面倒なのでバレない様に吐き出した。 王妃の横顔は、愉悦に歪んでいる。

 そんなに楽しいですか? 側室の産んだ王子が負けたのが。 性格悪すぎですよ、母上。

 マウリツィオは侍従から受けた報告を思い出した。 彼の報告では、カーティアはファブリツィオの排斥を狙っているらしい。

 カーティアがファブリツィオの排斥を狙った方法は婚約破棄だ。 勿論、カーティアも一緒に処分されるだろう事は、彼女は考えていないのか。 ファブリツィオだけが処分を受けると思っているのか。

 再び、自身の母親に視線向ける。

 まさか、母上が関わっているのか?

 王妃は、側室と側室から生まれた二人の王子を疎ましく思っている。 王に一目惚れした王妃は側室を作る事を拒んでいた。

 何年も子供が出来なくて、仕方なく側室を許したが、徐々に王は側室へ想いを寄せる様になった。 マウリツィオと側室が産んだオラツィオは同じ年だ。

 オラツィオが生まれたのは仕方がない。

 自身に子供が出来なかったのだから、跡継ぎが必要でもあった。 しかし、ファブリツィオは必要でもなかっただろうと、王妃は考えた。

 母上と父上の関係に、私の入る余地はない。 父上は、本当は自身の三人の息子をとても愛している。 側室がファブリツィオを妊娠した時、母上はとても怒っていたな。

 ファブリツィオができた時、王妃は王に言った。 もう、子供は充分いるのだから、必要ないだろうと、堕胎させようとした。 王が止めに入ったが、王妃は怒りを収めなかった。

 オラツィオができた時は、王も義務で側室と閨を共にしたのだろう。 しかし、ファブリツィオの時は違う。 ファブリツィオは三歳下だ。 ファブリツィオを妊娠するくらい、王が側室の所へ通っていたという事だ。

 王は仕方なく、側室との逢瀬をやめ、王妃の子供以外は可愛くない振りをしている。 王妃が子供たちに何をするか、分からない為だ。 ファブリツィオは事情を知らないので、本当に父親から愛されていないと思っている。

 因みにオラツィオは、ファブリツィオが
学園へ入学した後、直ぐ辺境伯に封じられ、国境沿いの辺境の地を収めていて、王城には滅多な事が無ければ帰って来ない。

 因みに、マウリツィオは定期的にオラツィオの所へ通っている。

 「そんな事して、本当に楽しいですか? 母上」

 小さく呟いたマウリツィオの声は誰にも聞こえていなかった。

 ◇

 武道場では決勝戦であるヴァレリオとサヴェリオの試合が始まっていた。

 サヴェリオは素早く動くヴァレリオに翻弄され、少しづつ体力を削られていく。

 ヴァレリオの姿が一瞬消えて動きが見えず、観客席からどよめきが湧き上がる。

 サヴェリオもヴァレリオの動きに反応が出来ずに周囲を見回した。 背後から飛び上がる気配を感じ、サヴェリオが素早く反応を示す。

 剣が打ち合わさる澄んだ音が鳴らされる。 サヴェリオが舌打ちをし、隙をついて喉元に突きを繰り出す。

 しかし、またヴァレリオの姿が消え、突きが交わされた。 サヴェリオの表情に苛立ちが浮かぶ。 ヴァレリオは何度も姿が消える技を使い、再び、サヴェリオの背後を取る事に成功する。

 サヴェリオの足元に疲れが出ていたのか、反応が遅れた。 

 ヴァレリオの剣が頭上から振り下ろされ、頭上を掠め、肩を斬り付ける。

 ヴァレリオとサヴェリオの試合を見ていたファブリツィオは、大きく息を吐き出した。
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