脳内お花畑から帰還したダメ王子の不器用な愛し方

伊織愁

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13話

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 秋の園遊会は、学園の中庭で行われる。

 Eの形をした校舎の中庭、奥と手前に分かれてファブリツィオ率いる新生徒会と、アドルフォ率いる旧生徒会の園遊会が行われる。

 新生徒会は奥の中庭を学園側から指定された。 ファブリツィオたち新生徒会の面々は、会場の下見に奥の中庭を訪れていた。 中央に開けた空間があり、花壇に囲まれ、等間隔にベンチが置かれている。

 「開けた場所にステージを置くか」
 「そうですね。 周りに椅子を置くか、テーブルセットを置きますか?」
 「テーブルセットを置くと席数が限られるな」
 「食べ物はビュッフェ形式にして、校舎側の側面に合わせる方がいいと思います」
 「そうだな、三方向にそれぞれ違うものを並べて距離をある程度取って、椅子を並べるか……」
 
 ヴァレリオ、フリオの順にファブリツィオへ提案をされ、難しい顔をした。

 「ファブリツィオ様、私たちと被る楽器はいいとして、持ち込みの楽器を置く場所はどうされます?」
 「あぁ、そうか。 楽器があったな」
 「そうですね、皆、自身の楽器がいいでしょうね。 中には高い楽器を使っている人もいるでしょうし」
 「ですね。 俺も自分のトランペットの方がいいですし、学園のトランペットを共有とかちょっと嫌ですね」

 ヴァレリアの疑問に皆がそれぞれの意見を言いあった。 どうするか考えているところ、中庭に三人の男女がやって来た。 

 同じように園遊会の下見に来たのか、アドルフォ率いる旧生徒会の面々が手前の中庭の入り口で立ち止まった。

 アドルフォたちもファブリツィオに気付き、一瞬で中庭の空気が凍りつき、アドルフォの表情も一瞬で不機嫌な顔をした。

 真ん中で立っているカーティアは、真っ直ぐにファブリツィオを見つめて来た。

 「「殿下」」
 「ファブリツィオ殿下っ」
 「アドルフォ、お前たちも園遊会の下見か?」
 「ええ、まぁ」

 アドルフォが顔を引き攣らせながら答えた。

 「君たちの園遊会のテーマは何だ?」
 「どうして、そんな事を聞くんです? 殿下には関係ないかと、では、我々も確認がありますので」

 アドルフォとサヴェリオの二人が手前の中庭へ向かう。 しかし、カーティアは動かなかった。 じっとファブリツィオを見つめていたかと思うと、眉尻を下げた。

 「殿下、私たちは楽器演奏をしようと考えています。 私が言ったって内緒して下さいね。 ガリツィア様に叱られてしまいますから……」
 「はっ?!」

 にっこり微笑むとカーティアはアドルフォの後を追いかけて行った。

 「最悪ですね。 あちらも楽器演奏がテーマだなんて」

 ヴァレリオは小さく呟いたが、皆はしっかりと聞いていた。

 「間にまだ、校舎がありますから、互いの音がぶつかって不協和音にはならないでしょうけど、同じって偶然ですかね?」
 「絶対に偶然じゃないわよ。 こちらの真似をしたんじゃないかしら? あ、クローチェ伯爵令嬢もピアノが得意じゃなかったかしら?」

 フィオレラとフリオが眉間に皺を寄せている。

 「真似をしたかどうかは分からないが、もうフラヴィオが裏で動いているし、もうテーマを変える時間はない」
 「そうですね、このまま進めるしかないです」

 嫌な予感しかしないが、ヴァレリアの言う通り、このまま行くしかないな。

 「よしっ! 当初の予定通り、このまま行こう」

 『はい』と、皆の返事を聞き、ファブリツィオたちは最終段階の詰めを確認した。

 ◇

 秋の園遊会の日がやって来た。 園遊会の日は、授業は午前中だけで、午後から園遊会が始まる。 毎回、園遊会のテーマが違うので、皆、今回はどんなテーマなのか、楽しみにしている。

 しかし、今回は楽器演奏を披露するという事で、事前に情報を流していた。

 楽器を持ち込んでの園遊会なので、参加するメンバーは事前準備が必要だからだ。

 ファブリツィオの所は、最初にファブリツィオと、天才と呼ばれているヴァレリオが演奏するとあって、大盛況だった。

 新生徒会の演奏が終わると、大拍手が起こった。

 ファブリツィオたちの後に、楽器演奏をしたい生徒たちが集まり、自身の腕を披露して行く。

 「おかしいなぁ、もうちょっと来るはずだったのになぁ」
 「ちゃんと宣伝したのか?」
 「したよ~。 僕自身もお茶会へ出て、話したんだけど、あ、」

 中庭の入り口にフラヴィオが声をかけた令嬢を見かけたのか、駆け出した。

 少なくない会話の後、戻って来たフラヴィオの表情が不味いと物語っていた。 

 少しだけ不味い事になった様だ。 

 「殿下、大変だよ。 僕が声を掛けた令嬢たちで、僕はアドルフォの方に付いていると思っていた子たちがあっちに流れて行ったみたいだ。 ちゃんと言っておけば良かったっ! 僕がまだ、カーティアを好きだと思っている子もいるしね」
 「そうか……」

 フラヴィオの聞き込みに、ファブリツィオは顎に手を当てて考える。

 不味いな、今、どれくらいの人がアドルフォたちの方へ流れたか、分からない。 今は皆、楽しく過ごしているけれど、いつ向こうへ流れるかも分からないな。

 「ファブリツィオ様、両方へ顔を出したい方もおられるかもと、最初から流れる事は想定内です。 少しだけ、多く人が流れたと思うしかないですわ」
 「しかし、想定内以上に生徒があちらに流れてしまった。 最初の演奏でのボーナスがなくなってしまったな」

 それか、もう一度演奏するか? するなら最後がいいか。 参加してくれた事に感謝の意味も込めて……。

 ファブリツィオは皆に無言で周囲に集め、最後にもう一度、演奏する事を提案した。

 「いいですね。 では、それまで秘密にしましょう」
 
 ヴァレリオが小声で頷き、他の皆も同意して頷いた。

 園遊会は、夕食時間を過ぎた頃に終わる。 本日のカフェテリアでは、夕食が出ない。 皆、園遊会で出される料理でお腹が一杯になるからだ。 夕食時間前に、最後の演奏者が演奏を終えた。

 「よしっ、では最後の挨拶をしてこよう」
 「「「「「はい」」」」」

 ファブリツィオ率いる新生徒会が再びステージに上がると最後の挨拶をして、園遊会の最後となる演奏を始めた。

 ファブリツィオがステージに上がった時点で、生徒たちが集まり出していた。

 演奏を奏でると、アドルフォの方の園遊会に参加している生徒も、ファブリツィオの園遊会の方へ移動して来た。

 ファブリツィオたちの演奏が終わると、参加してくれた生徒たちからの拍手で秋の園遊会は幕を閉じた。

 勝敗は園遊会への参加人数で決められる。 入り口で参加人数を数えていた実行委員は、いつの間に来ていたのか、マウリツィオと笑顔で会話している。

 「兄上っ、いつの間に来てたんだっ?!」

 ファブリツィオはステージ上で困惑の声を上げた。 にこやかな笑みを浮かべるマウリツィオは、とても楽しそうに高らかと勝敗を告げる。

 「今回の園遊会での結界だが、勝者はファブリツィオ率いる新生徒会だ。 しかし、僅差で数が多かっただけだから、旧生徒会も健闘したと思う」
 「兄上っ!」
 「あぁ、ファブリツィオ、おめでとう。 僅差だが、お前の勝ちだ」
 「来ているなら、教えて頂ければ良かったのにっ」
 「いや、いいんだ。 楽しかった様で何よりだ。 やはり、人気投票では勝敗は付かなかったか」
 「兄上は、こうなると分かっていたんですか?」
 「まぁ、カーティア嬢の人気は高いからね。 ファブリツィオの方が健闘した方だな。 次は武術大会だ、期待しているよ」
 「はい、兄上。 善処します」

 マウリツィオがいつから見ていたのか、分からないが、園遊会を見届けた後、ご機嫌な様子で帰って行った。

 取り敢えず、無事に園遊会は終わって良かったっ。

 次は来月の末にある武術大会である。

 学園の武術大会は国王陛下も見学に来る大きな大会だ。 側室の産んだ王子が、陛下と顔を合わせる少ない機会でもある。

 俺の顔を覚えていたら、だけどな。 きっと覚えていないだろう。 実の父親なのに、顔を合わせたのは数えられるほどだ。

 陛下と会う時は、いつも陛下は何の感慨もない表情を浮かべていた。 ファブリツィオの眉間に皺が寄せられる。

 ファブリツィオたちは、学園寮の執務室に場所を移し、本日の反省会が行われた。

 園遊会で飲み食いをしていたので、出されたのはピエトロが淹れた紅茶だけだ。

 今回の反省点をあげ、次の春の園遊会で生かす。 反省会は次の武術大会の作戦会議に移り、ファブリツィオが声を上げる。

 「園遊会での反省会は、これでいいとして、来月の武術大会は誰が出る?」
 「それは殿下とヴァレリオ、フリオの三人てしょう? 僕は武術は無理だから」
 「俺は武術大会には出ますけど、個人参加です」

 フリオが挙手して答える。

 「えっ、そうなの?!」
 「俺は秋の園遊会までの臨時の実行委員なので、この後の勝敗は不参加です」

 フラヴィオが問いかける様な視線を送って来たので、ファブリツィオは小さく息を吐いた。

 「俺は無理強いはしない。 俺が優勝すればいいだけの話だからな」
 「まぁ、殿下がそう言うならいいけどさ」
 「ファブリツィオ様、頑張って下さい」
 「ああ、出来る限り頑張るよ」
 「殿下、そこはさ。 君に勝利を捧げるよって言う場面だよ」
 
 『君に勝利を捧げる』という言葉に、ヴァレリアは真っ赤になって俯いた。

 真っ赤になって俯いたヴァレリアに驚きの声を上げるフラヴィオ。

 「えっ、こんな事で真っ赤になるのっ?! どれだけ純情なのっ?!」
 「お前が汚れ過ぎているんだっ! フラヴィオ、ヴァレリアに寄るなっ!! 馬鹿が感染るだろうっ!」
 「殿下が酷いっ!!」

 ファブリツィオはフラヴィオの首根っこを猫の様に引っ掴み、ヴァレリアから遠い席へ投げた。

 話し合いの結果、武術大会には生徒会からはファブリツィオとヴァレリオが出場する事になった。

 ◇

 ファブリツィオたちが楽しそうに反省会を行なっている頃、アドルフォたちも生徒会室で今後の話し合いをしていた。

 「今回は負けてしまったっ。 私たちはもう負けられないっ! 勝ち越すには、武術大会でサヴェリオが優勝し、私が学期末テストで首位を取って終わらせるっ!」
 「アドルフォ、大丈夫だ。 任せろ」
 「頑張ってね。 サヴェリオ、貴方なら大丈夫よ」
 「サヴェリオとまともに闘えるのは、殿下ぐらいか」
 「殿下が俺に勝ったのは、10回に一回だからな。 余裕で勝てる」

 サヴェリオは余裕の笑みを浮かべ、頼もしい言葉を吐く。 アドルフォは武術が全く駄目なので、サヴェリオに任せるしかない。

 「カーティア、三番勝負に勝った後、来年の生徒会は好きな様に出来る。 君に勝利を捧げよう、カーティア」
 「まぁ、アドルフォ、嬉しいわ」

 カーティアは花が咲く様に微笑んだ。

 微笑むカーティアからは純粋な笑顔が見えるだけで、彼女の本音は、アドルフォには読み取れなかった。

 ◇

 目の前の二人が次の勝負にやる気になっている様子を眺めながら、微笑んではいたが、カーティアは冷めた心で見つめていた。

 折角、ファブリツィオ殿下と同じテーマにして、フラヴィオが勧誘した女子をいい感じに奪ったのに、最後に持ってかれるなんて思わなかったわっ。

 「お嬢様、紅茶をどうぞ」
 「あら、わざわざ淹れてくれたのね。 ありがとう」

 紅茶を乗せたワゴンごと受け取ると、二人のそばへいく。 自分が淹れた様な顔をして、アドルフォとサヴェリオに渡した。

 「カーティア、ありがとう」
 「悪いな、カーティア」

 紅茶を運んだだけだが、二人はカーティアが淹れてくれたと思い、喜んで紅茶を口に運んでいる。

 ほんと、残ったのがチョロい二人だけなんてね。 殿下は戻って来ないし、三番勝負も負けそうだし。 武術大会でサヴェリオが優勝しても、テストでサヴェリオは期待できないし……。 向こうが……首位が二人、殿下は二位か三位ね。 ここで躓いたら、今までの一年間が無駄じゃないっ!

 カーティアは三番勝負に勝って、ファブリツィオを自身たちの生徒会へ戻そうと思っていた。 しかし、カーティアの願いは叶えられそうにない。

 「お嬢様、調査の件ですが」
 「ちょっと! 報告場所、考えなさいよっ!」
 「調査って何の事だ?」

 アドルフォはメイドの声が聞こえたのか、不思議そうに首を傾げている。

 カーティアは『何でもないのっ』と誤魔化し笑いで逃げた。 生徒会室の隣の部屋は資料室になっている。 資料室にアリーチエを押し込んだ。

 「ちょっとっ! もうちょっと考えなさいよっ!」
 「申し訳ございません」

 アリーチエは無表情で謝罪する。

 「で、何か分かった?」

 カーティアは腕を組んで、自身のメイドを睨み付けた。 睨まれるのは慣れているようで、アリーチエからは何の感情も見えなかった。

 「……いえ、何も」
 「はっ?! そんな訳ないでしょう?!」
 「……っ」

 何時も淡々とメイドの仕事をこなし、あまり動揺を見せないアリーチエが、視線を彷徨わせている。

 何故か、脳裏にフラヴィオの姿が思い浮かんだ。

 「まさか、貴方っ! 私がファブリツィオ殿下の排斥を狙っている事、誰かに言った訳じゃないでしょねっ?! それを殿下に知られているなら、急に冷たくなった訳も、生徒会を追い出されたのも説明が出来るわ……」
 「いいえ、言っておりません」

 アリーチエはゆるりと、顔を横に振った。 アリーチエには色々と、人払いやファブリツィオの動向を見張らせていて、彼にバレない様にアドルフォたちと楽しんでいたのだ。 アリーチエはカーティアの不貞を全て知っていると言ってもいい。

 アリーチエを疑わしげに見つめるが、何も言わなさそうだった。

 「……本当に何も分からなかったの?」
 「はい」

 深く息を吐いたカーティアは、アリーチエを睨みつける。

 「……家の方針があるから、クビに出来ないけれど、貴方は私の雑用とメイドの仕事をしていて、調査は他の人を使うわ」

 プリプリした様子でカーティアは出て行った。 無言で頭を下げるアリーチエは、顔を上げると、資料室の奥へ視線を向けた。

 「これでよろしいでしょうか?」

 資料室の奥から顔を出したのは、不適な笑み浮かべたピエトロだった。
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