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11話
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観劇デートを終えた二人に待っていたのは、実力テストの結果だ。 ヴァレリアは安定の首位、ファブリツィオは五位だった。
うわぁ、ギリだった。 でも、勝負は学期末テストだし、まだ、時間はある。
「良かったですね。 ギリ五位に入っていて」
ピエトロが意地悪な言い方で発破を掛けてくる。 執務室の扉がノックされ、ヴァレリオがやって来た。 序でにフラヴィオも付いて来た。 ファブリツィオの瞳が細くなる。
「何でフラヴィオがいるんだ?」
「えっ、殿下、酷くないっ?! 殿下が執務室に招待してくれたのにっ!!」
「いや、まぁ、そうなんだが、お前も聞いてるだろう? 三番勝負の事」
「あぁ、あれね」
「執務室に来たって事は、新生徒会に入るって事でいいのか?」
「そうだね、今の所」
「寝返る可能性もあるって事か」
「……まぁ、そうかな」
今、学園の中で、新生徒会と旧生徒会のどちらにつくか、生徒たちの間で沸騰している。 今までのカーティアの評判がいいので、生徒の人気で言えば、カーティアの方に軍配が上がる。
しかし、王子と婚約者の仲睦まじい噂が広がり、新入生歓迎会のダンス披露で、学園の生徒たちの中で、やっとヴァレリアの顔と名前が一致し、美しいダンス披露で密かに『ヴァレリアブーム』が巻き起こっていた。
今までのフラヴィオの成績を思い出し、今回の実力テストの結果が気になった。
「フラヴィオ、今回の実力テストの結果はどうだったんた?」
「えっ、実力テストの結果?」
「そうだ、何位だった?」
フラヴィオは言いたくないのか、あさっての方向に視線を彷徨わせた。 答えを聞かなくても分かった。
良い結果ではなかったんだな。
ファブリツィオ、ヴァレリオ、ピエトロの三人は、未だ視線を彷徨わせたままのフラヴィオを呆れた様に見つめた。
ファブリツィオは、次にヴァレリオの方へ視線を向けた。
「ヴァレリオは何位だった?」
「私は、一年の首位でした」
「マジでっ!! 凄いね、ヴァレリオ」
『マジでっ!!』と叫んだのはフラヴィオで、小さく笑みを浮かべたファブリツィオは『愚問だったな』、と頷く。
「という訳で、フラヴィオ。 お前の参加は必要ないな」
「えっ、何で!! 入れてよ~、殿下~!」
「却下だ」
「宜しいでしょうか? 殿下」
珍しくピエトロが生徒会の話に口を出して来た。 ファブリツィオは僅かに眉を上げた。
「何だ、ピエトロ」
「ジラルデンゴ侯爵子息はいいコマになりますので、側に置いておかれるといいでしょう」
「そうだな、仕方ない。 良いコマとして使うとしよう」
「殿下とピエトロさんが鬼畜っ!!」
本気でそう思っている訳ではないが、フラヴィオを弄るのは楽しいので、置いておく事にした。 しかし、フラヴィオがファブリツィオの陣営に入った事で、アドルフォから待ったが掛かった。
王家専用の食堂でヴァレリアと食事をしていると、アドルフォが乱暴に扉を開けて入って来た。
「殿下っ! 何故、フラヴィオを引き抜いたんですっ」
「何の事だ? フラヴィオは自分から俺の所へ来たんだが?」
「嘘ですっ!! フラヴィオはカーティアの事が好きなんですよ!」
ファブリツィオは小さく息を吐くと、眉間に皺を寄せた。
「それは生徒会とは関係ない話だろう? 好き嫌いで、生徒会のメンバーを決めていない」
「殿下だってっ!」
「あいつは女ったらしだから、顔が広い。 色々と伝手があるし、便利だよな」
「……っ」
だから、フラヴィオは状況を見極める目も持っている。 女の間をフラフラしているのは、頂けないがな。 ヴァレリアだけには、手は出させないけど。
「もう、忘れているかも知れないが、クローチェ伯爵令嬢が生徒会入りしたのは、ヴァレリアが生徒会入りが出来なかったから、成績が次点だった彼女が生徒会入りしたんだ。 俺が入れた訳じゃない」
鋭くアドルフォを見つめると、生徒会入りの時を思い出したのか、悔しそうに唇を引き結んだ。
「人数が多い事がズルいって言うなら、そっちも増やせばいいだろう。 まぁ、そちらの生徒会入りの条件が、クローチェ伯爵令嬢が好きな事だとは知らなかったけどなっ」
「もう、いいですっ!! こちらも人を入れますのでっ!」
「お好きにどうぞ」
鼻息荒く食堂を出て行くアドルフォの背中を見つめ、深く溜め息を吐いた。
「宜しいのですか? ガリツィア様にあんな事を言ってしまって……」
「あぁ、いいんだ。 気にしないでくれ」
「でも、ガリツィア様とは、従弟いう縁戚関係もありますが、幼い頃からのご友人でもありましたのに」
ファブリツィオのカトラリーを握る手が強くなり、顔には笑みを貼り付けた。
食堂に流れる空気が悪くなり、戸惑うヴァレリアには申し訳ないが、あの事は知られたくない。
クローチェ伯爵令嬢がアドルフォたちと身体の関係があり、表向きではファブリツィオとカーティアの仲を応援していた。
アドルフォたちはずっとファブリツィオに優越感を持って接していた。
アドルフォとサヴェリオの事、全然気づいてなかったし、あいつらの本性も知らなかった。 フラヴィオは……あいつが女にだらしないのは、何時もの事だしなっ。
適当に誤魔化したが、ヴァレリアにバレない事を祈った。 当時の自分は本当に裸の王様だったな、と落ち込むのだった。
しかし、クローチェ伯爵令嬢の身辺を調査していたヴァレリアには、既に色々な事が知られている事には、全く気づいていなかった。
◇
ファブリツィオから王家専用の食堂に招待され、ヴァレリアは一緒に夕食をしていた。 ヴァレリオもどうかと、誘ったが、遠慮されてしまった。
そして、フラヴィオは女子と約束があると、早々に執務室を出て行った。
途中でアドルフォがやって来て、ファブリツィオに抗議をしている。 生徒会やフラヴィオ、カーティアの事でだ。
口を出さずに黙っていたが、一瞬、傷ついた様な表情が見え隠れした。
ファブリツィオの貼り付けた様な笑みは、踏み込まれたくない、知られたくないと思っている証拠だ。
貼り付けた様な笑みを浮かべ、内心では、どう思っているのか、ヴァレリアは知っている。
(昔に見た事がある表情だわっ……フィオレラが調べたこと、本当かも知れない)
ヴァレリアの記憶から、先日のパジャマパーティーが呼び起こされた。
調べると言った晩から三日が経った頃、フィオレラから再び、パジャマパーティーを開きたいと申し出があった。 自分たちが調べて来た事を報告する為だ。
「やっぱり、クローチェ伯爵令嬢は色々な男子生徒と親密な関係にあるのね」
「その様ね、全く気づかなかったけど、たまにサロンが立ち入り禁止になるのは、こういう理由だったのね」
フィオレラと調べた全てのものに目を通した後、ヴァレリアは深い溜め息を吐き出した。
ファブリツィオ様は信じた者に裏切られたと、言っていたわ。 ガリツィア様たちに裏切られたんだわ。
「もしかしなくても、あの三人は関係を持ちながら、ファブリツィオ様の恋を応援していたって事?」
「そうなるわね。 でも、殿下も本気ではなかったんでしょう? クローチェ伯爵令嬢に逃げだしたって言ってたんでしょう」
「ええっ……」
「私はその事も許せないけどね。 ねぇ、本当にあの王子でいいの? 私は王子とクローチェ伯爵令嬢も、他の生徒会メンバーも同じくらい最低だと思うわよ」
「最低なのは分かってるわ。 それは私も同じなの」
「それは違うと思うわ」
「いえ、あの事件の後、私たちがちゃんと話し合いをしなかった結果なの」
「ヴァレリア」
「だから、私は決めたの。 ファブリツィオ様の隣を歩きたいから、今度こそ逃げないわ。 それに彼女は、ファブリツィオ様を弄んだのよ、許せないわ」
「弄ばれる王子も残念な人だけどね」
フィオレラは瞳を細めて呆れた様に吐き出した。 眉尻を下げるだけで何も言わないヴァレリアに、フィオレラも仕方ないと、両手を上げて降参を表明する。
「そう、貴方の覚悟は分かったわ。 園遊会は言わば、人気投票よ。 女ったらしだけど、こちらにジラルデンゴ侯爵子息が居るのはいいわね。 あの方、顔が広くて色んな所に伝手が効くし、手を回してもらいましよう」
フィオレラの話を聞き、ヴァレリアは涙目になった。
「フィオレラ、手伝ってくれるの?」
「ええ、当たり前じゃない。 私たち友達でしょう。 それに最低な王子の手伝いじゃないわよ。 親友のヴァレリアのためだからね」
「ありがとう、フィオレラ。 とっても心強いわ。 でも、勝手に動くのは駄目だから、殿下から許可を取ってからね」
「分かったわ」
園遊会へ誰を呼ぶか、テーマはどうするか、料理や菓子はどうするか、二人は夜遅くまで話し合いをした。
「ヴァレリア?」
『最低な王子』こと、ファブリツィオの声でヴァレリアは回想から戻って来た。
「どうした? 何か呆けていた様だが、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。 あの殿下、私、秋の園遊会の企画内容を考えて来たのですが、こちらを見て頂けますか?」
「もう考えてくれていたのか、助かる」
ヴァレリアから受け取った企画書を捲り、目を通したファブリツィオは、一つ頷く。
「よく出来ている。 ただ、他の面々の意見も聞きたいから、次の会議で提案しよう」
「はい、ありがとうございます。 あの、それと殿下」
「ん? 何だ?」
「この企画書を一緒に考えてくれた人がいて、その方に手伝ってもらいたいのですが、宜しいでしょうか?」
「構わないが、その者は……その、お、男なのか?」
ファブリツィオはヴァレリアが自分以外の異性と仲良くしている様子を想像してしまったのか、顔を歪めている。
ヴァレリアは慌てて誤解だと弁明した。
「いえ、違いますっ! ファブリツィオ様も知っている令嬢です。 トロヴァート家の令嬢です」
「あぁ、あの双子か。 そう言えば、幼い頃から君たちは仲が良かったな」
『仲が良すぎていつもヤキモチを焼いていたよ』、と呟いた声は小さ過ぎて、ヴァレリアには届かなかった。
「何か仰いましたか?」
「いや、何でもないっ! 分かった、トロヴァートの双子は臨時の実行委員として、委員になってもらう。 彼らにも次の会議は出席するように言っておいてくれ」
「はい、承知致しました」
ヴァレリアは嬉しそうに花が咲いた様に笑った。 ファブリツィオの胸が天井高くまでときめいたというのは、言い過ぎか。
ヴァレリアの笑顔一つで喜ぶ、チョロい王子だった。
◇
秋の園遊会は、新入生歓迎会とは違う趣旨で行われる。生徒同士の親睦を深める意味合いで言うならば同じ趣旨とも言える。
新学年が始まり、クラス替えが行われ、クラスメイトが入れ替えられる。
実力テストも終わり、クラブ活動も始まる頃、まだクラスに馴染めない者、またはそれなりに上手くいっているだろう者も、親睦を深める為に、生徒会主催で行われる。 生徒会の面々も三年生が卒業し、一年生が加わる為、園遊会に乗じて親睦を深めるのだ。
◇
揚げ足取りで、ファブリツィオに対抗したアドルフォは、生徒会室で深い溜め息をついた。
ファブリツィオが執務室でも生徒会の仕事を進め、カーティア好みの新人が生徒会に入り、アドルフォは正直、気に入らなかった。 ファブリツィオに抗議したのは、新人が気に入らなかった、ただそれだけた。
アドルフォは王族と親戚関係にいたので、同い年という事もあり、幼い頃からファブリツィオの友人兼補佐候補として長年過ごして来た。
ファブリツィオは、上の二人の王子よりか優秀さは少し劣る。 上の兄王子たちが優秀過ぎて、ファブリツィオが霞んでいるだけだなんだが。 しかし、幼い頃のファブリツィオは、周囲から優秀な兄王子と比べられ、劣るという判断を下されていても気にしていない様だった。
彼はいつも楽しそうに勉強をし、剣術に励み、正しい事をしようと正義感に溢れており、王子としての自覚を思っていた。
アドルフォは何時も思っていた。 ファブリツィオは目の上のたんこぶだと。
劣ると噂されているファブリツィオは、アドルフォの成績や剣術を軽々と超えていくのだ。 劣ると言われている王子に勝てない自分は、ファブリツィオ以下だと思われるのがとても不満だった。
ヴァレリアの事件を知り、自分の所為で大好きな人を怪我させてしまった事で落ち込んでいるファブリツィオを見た時、とても高揚感が湧いた。
そして、カーティアに逃げ出したファブリツィオを見て、益々心の中で嗤った。
ファブリツィオからカーティアを掠め取った時は、最上の喜びだった。 今はカーティアと関係を持っているが、いずれは別れなくてはならない。
まぁ、学生時代のちょっとした甘やかな遊びだ。 だけど、最近の殿下はおかしい。 昔の様にストラーネオ侯爵令嬢を愛しい者の様に見ている。
「アドルフォ、フラヴィオは殿下の方へ行ってしまったのですか?」
副会長の机の周囲に集まって来たカーティアとサヴェリオ。 カーティアが悲しそうに眉尻を下げている。 サヴェリオは、終始不機嫌そうだ。
フラヴィオをあちらに取られたのは痛いな。
「気にするなカーティア、この勝負で優秀さを見せれば、殿下もフラヴィオも戻ってくる」
「……ええっ」
カーティアはまだ不安なのか、涙を潤ませて俯いた。
あぁ、そんな顔をするな、勝負に勝っても殿下は帰って来ないと思うが……。 やはり、卒業までの関係ではなく、私がカーティアを第二夫人として迎えて幸せにしよう。 何不自由などさせない。
アドルフォは自分勝手な言い分を考え、カーティアに断られる事など、全く考えていなかった。
うわぁ、ギリだった。 でも、勝負は学期末テストだし、まだ、時間はある。
「良かったですね。 ギリ五位に入っていて」
ピエトロが意地悪な言い方で発破を掛けてくる。 執務室の扉がノックされ、ヴァレリオがやって来た。 序でにフラヴィオも付いて来た。 ファブリツィオの瞳が細くなる。
「何でフラヴィオがいるんだ?」
「えっ、殿下、酷くないっ?! 殿下が執務室に招待してくれたのにっ!!」
「いや、まぁ、そうなんだが、お前も聞いてるだろう? 三番勝負の事」
「あぁ、あれね」
「執務室に来たって事は、新生徒会に入るって事でいいのか?」
「そうだね、今の所」
「寝返る可能性もあるって事か」
「……まぁ、そうかな」
今、学園の中で、新生徒会と旧生徒会のどちらにつくか、生徒たちの間で沸騰している。 今までのカーティアの評判がいいので、生徒の人気で言えば、カーティアの方に軍配が上がる。
しかし、王子と婚約者の仲睦まじい噂が広がり、新入生歓迎会のダンス披露で、学園の生徒たちの中で、やっとヴァレリアの顔と名前が一致し、美しいダンス披露で密かに『ヴァレリアブーム』が巻き起こっていた。
今までのフラヴィオの成績を思い出し、今回の実力テストの結果が気になった。
「フラヴィオ、今回の実力テストの結果はどうだったんた?」
「えっ、実力テストの結果?」
「そうだ、何位だった?」
フラヴィオは言いたくないのか、あさっての方向に視線を彷徨わせた。 答えを聞かなくても分かった。
良い結果ではなかったんだな。
ファブリツィオ、ヴァレリオ、ピエトロの三人は、未だ視線を彷徨わせたままのフラヴィオを呆れた様に見つめた。
ファブリツィオは、次にヴァレリオの方へ視線を向けた。
「ヴァレリオは何位だった?」
「私は、一年の首位でした」
「マジでっ!! 凄いね、ヴァレリオ」
『マジでっ!!』と叫んだのはフラヴィオで、小さく笑みを浮かべたファブリツィオは『愚問だったな』、と頷く。
「という訳で、フラヴィオ。 お前の参加は必要ないな」
「えっ、何で!! 入れてよ~、殿下~!」
「却下だ」
「宜しいでしょうか? 殿下」
珍しくピエトロが生徒会の話に口を出して来た。 ファブリツィオは僅かに眉を上げた。
「何だ、ピエトロ」
「ジラルデンゴ侯爵子息はいいコマになりますので、側に置いておかれるといいでしょう」
「そうだな、仕方ない。 良いコマとして使うとしよう」
「殿下とピエトロさんが鬼畜っ!!」
本気でそう思っている訳ではないが、フラヴィオを弄るのは楽しいので、置いておく事にした。 しかし、フラヴィオがファブリツィオの陣営に入った事で、アドルフォから待ったが掛かった。
王家専用の食堂でヴァレリアと食事をしていると、アドルフォが乱暴に扉を開けて入って来た。
「殿下っ! 何故、フラヴィオを引き抜いたんですっ」
「何の事だ? フラヴィオは自分から俺の所へ来たんだが?」
「嘘ですっ!! フラヴィオはカーティアの事が好きなんですよ!」
ファブリツィオは小さく息を吐くと、眉間に皺を寄せた。
「それは生徒会とは関係ない話だろう? 好き嫌いで、生徒会のメンバーを決めていない」
「殿下だってっ!」
「あいつは女ったらしだから、顔が広い。 色々と伝手があるし、便利だよな」
「……っ」
だから、フラヴィオは状況を見極める目も持っている。 女の間をフラフラしているのは、頂けないがな。 ヴァレリアだけには、手は出させないけど。
「もう、忘れているかも知れないが、クローチェ伯爵令嬢が生徒会入りしたのは、ヴァレリアが生徒会入りが出来なかったから、成績が次点だった彼女が生徒会入りしたんだ。 俺が入れた訳じゃない」
鋭くアドルフォを見つめると、生徒会入りの時を思い出したのか、悔しそうに唇を引き結んだ。
「人数が多い事がズルいって言うなら、そっちも増やせばいいだろう。 まぁ、そちらの生徒会入りの条件が、クローチェ伯爵令嬢が好きな事だとは知らなかったけどなっ」
「もう、いいですっ!! こちらも人を入れますのでっ!」
「お好きにどうぞ」
鼻息荒く食堂を出て行くアドルフォの背中を見つめ、深く溜め息を吐いた。
「宜しいのですか? ガリツィア様にあんな事を言ってしまって……」
「あぁ、いいんだ。 気にしないでくれ」
「でも、ガリツィア様とは、従弟いう縁戚関係もありますが、幼い頃からのご友人でもありましたのに」
ファブリツィオのカトラリーを握る手が強くなり、顔には笑みを貼り付けた。
食堂に流れる空気が悪くなり、戸惑うヴァレリアには申し訳ないが、あの事は知られたくない。
クローチェ伯爵令嬢がアドルフォたちと身体の関係があり、表向きではファブリツィオとカーティアの仲を応援していた。
アドルフォたちはずっとファブリツィオに優越感を持って接していた。
アドルフォとサヴェリオの事、全然気づいてなかったし、あいつらの本性も知らなかった。 フラヴィオは……あいつが女にだらしないのは、何時もの事だしなっ。
適当に誤魔化したが、ヴァレリアにバレない事を祈った。 当時の自分は本当に裸の王様だったな、と落ち込むのだった。
しかし、クローチェ伯爵令嬢の身辺を調査していたヴァレリアには、既に色々な事が知られている事には、全く気づいていなかった。
◇
ファブリツィオから王家専用の食堂に招待され、ヴァレリアは一緒に夕食をしていた。 ヴァレリオもどうかと、誘ったが、遠慮されてしまった。
そして、フラヴィオは女子と約束があると、早々に執務室を出て行った。
途中でアドルフォがやって来て、ファブリツィオに抗議をしている。 生徒会やフラヴィオ、カーティアの事でだ。
口を出さずに黙っていたが、一瞬、傷ついた様な表情が見え隠れした。
ファブリツィオの貼り付けた様な笑みは、踏み込まれたくない、知られたくないと思っている証拠だ。
貼り付けた様な笑みを浮かべ、内心では、どう思っているのか、ヴァレリアは知っている。
(昔に見た事がある表情だわっ……フィオレラが調べたこと、本当かも知れない)
ヴァレリアの記憶から、先日のパジャマパーティーが呼び起こされた。
調べると言った晩から三日が経った頃、フィオレラから再び、パジャマパーティーを開きたいと申し出があった。 自分たちが調べて来た事を報告する為だ。
「やっぱり、クローチェ伯爵令嬢は色々な男子生徒と親密な関係にあるのね」
「その様ね、全く気づかなかったけど、たまにサロンが立ち入り禁止になるのは、こういう理由だったのね」
フィオレラと調べた全てのものに目を通した後、ヴァレリアは深い溜め息を吐き出した。
ファブリツィオ様は信じた者に裏切られたと、言っていたわ。 ガリツィア様たちに裏切られたんだわ。
「もしかしなくても、あの三人は関係を持ちながら、ファブリツィオ様の恋を応援していたって事?」
「そうなるわね。 でも、殿下も本気ではなかったんでしょう? クローチェ伯爵令嬢に逃げだしたって言ってたんでしょう」
「ええっ……」
「私はその事も許せないけどね。 ねぇ、本当にあの王子でいいの? 私は王子とクローチェ伯爵令嬢も、他の生徒会メンバーも同じくらい最低だと思うわよ」
「最低なのは分かってるわ。 それは私も同じなの」
「それは違うと思うわ」
「いえ、あの事件の後、私たちがちゃんと話し合いをしなかった結果なの」
「ヴァレリア」
「だから、私は決めたの。 ファブリツィオ様の隣を歩きたいから、今度こそ逃げないわ。 それに彼女は、ファブリツィオ様を弄んだのよ、許せないわ」
「弄ばれる王子も残念な人だけどね」
フィオレラは瞳を細めて呆れた様に吐き出した。 眉尻を下げるだけで何も言わないヴァレリアに、フィオレラも仕方ないと、両手を上げて降参を表明する。
「そう、貴方の覚悟は分かったわ。 園遊会は言わば、人気投票よ。 女ったらしだけど、こちらにジラルデンゴ侯爵子息が居るのはいいわね。 あの方、顔が広くて色んな所に伝手が効くし、手を回してもらいましよう」
フィオレラの話を聞き、ヴァレリアは涙目になった。
「フィオレラ、手伝ってくれるの?」
「ええ、当たり前じゃない。 私たち友達でしょう。 それに最低な王子の手伝いじゃないわよ。 親友のヴァレリアのためだからね」
「ありがとう、フィオレラ。 とっても心強いわ。 でも、勝手に動くのは駄目だから、殿下から許可を取ってからね」
「分かったわ」
園遊会へ誰を呼ぶか、テーマはどうするか、料理や菓子はどうするか、二人は夜遅くまで話し合いをした。
「ヴァレリア?」
『最低な王子』こと、ファブリツィオの声でヴァレリアは回想から戻って来た。
「どうした? 何か呆けていた様だが、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。 あの殿下、私、秋の園遊会の企画内容を考えて来たのですが、こちらを見て頂けますか?」
「もう考えてくれていたのか、助かる」
ヴァレリアから受け取った企画書を捲り、目を通したファブリツィオは、一つ頷く。
「よく出来ている。 ただ、他の面々の意見も聞きたいから、次の会議で提案しよう」
「はい、ありがとうございます。 あの、それと殿下」
「ん? 何だ?」
「この企画書を一緒に考えてくれた人がいて、その方に手伝ってもらいたいのですが、宜しいでしょうか?」
「構わないが、その者は……その、お、男なのか?」
ファブリツィオはヴァレリアが自分以外の異性と仲良くしている様子を想像してしまったのか、顔を歪めている。
ヴァレリアは慌てて誤解だと弁明した。
「いえ、違いますっ! ファブリツィオ様も知っている令嬢です。 トロヴァート家の令嬢です」
「あぁ、あの双子か。 そう言えば、幼い頃から君たちは仲が良かったな」
『仲が良すぎていつもヤキモチを焼いていたよ』、と呟いた声は小さ過ぎて、ヴァレリアには届かなかった。
「何か仰いましたか?」
「いや、何でもないっ! 分かった、トロヴァートの双子は臨時の実行委員として、委員になってもらう。 彼らにも次の会議は出席するように言っておいてくれ」
「はい、承知致しました」
ヴァレリアは嬉しそうに花が咲いた様に笑った。 ファブリツィオの胸が天井高くまでときめいたというのは、言い過ぎか。
ヴァレリアの笑顔一つで喜ぶ、チョロい王子だった。
◇
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◇
揚げ足取りで、ファブリツィオに対抗したアドルフォは、生徒会室で深い溜め息をついた。
ファブリツィオが執務室でも生徒会の仕事を進め、カーティア好みの新人が生徒会に入り、アドルフォは正直、気に入らなかった。 ファブリツィオに抗議したのは、新人が気に入らなかった、ただそれだけた。
アドルフォは王族と親戚関係にいたので、同い年という事もあり、幼い頃からファブリツィオの友人兼補佐候補として長年過ごして来た。
ファブリツィオは、上の二人の王子よりか優秀さは少し劣る。 上の兄王子たちが優秀過ぎて、ファブリツィオが霞んでいるだけだなんだが。 しかし、幼い頃のファブリツィオは、周囲から優秀な兄王子と比べられ、劣るという判断を下されていても気にしていない様だった。
彼はいつも楽しそうに勉強をし、剣術に励み、正しい事をしようと正義感に溢れており、王子としての自覚を思っていた。
アドルフォは何時も思っていた。 ファブリツィオは目の上のたんこぶだと。
劣ると噂されているファブリツィオは、アドルフォの成績や剣術を軽々と超えていくのだ。 劣ると言われている王子に勝てない自分は、ファブリツィオ以下だと思われるのがとても不満だった。
ヴァレリアの事件を知り、自分の所為で大好きな人を怪我させてしまった事で落ち込んでいるファブリツィオを見た時、とても高揚感が湧いた。
そして、カーティアに逃げ出したファブリツィオを見て、益々心の中で嗤った。
ファブリツィオからカーティアを掠め取った時は、最上の喜びだった。 今はカーティアと関係を持っているが、いずれは別れなくてはならない。
まぁ、学生時代のちょっとした甘やかな遊びだ。 だけど、最近の殿下はおかしい。 昔の様にストラーネオ侯爵令嬢を愛しい者の様に見ている。
「アドルフォ、フラヴィオは殿下の方へ行ってしまったのですか?」
副会長の机の周囲に集まって来たカーティアとサヴェリオ。 カーティアが悲しそうに眉尻を下げている。 サヴェリオは、終始不機嫌そうだ。
フラヴィオをあちらに取られたのは痛いな。
「気にするなカーティア、この勝負で優秀さを見せれば、殿下もフラヴィオも戻ってくる」
「……ええっ」
カーティアはまだ不安なのか、涙を潤ませて俯いた。
あぁ、そんな顔をするな、勝負に勝っても殿下は帰って来ないと思うが……。 やはり、卒業までの関係ではなく、私がカーティアを第二夫人として迎えて幸せにしよう。 何不自由などさせない。
アドルフォは自分勝手な言い分を考え、カーティアに断られる事など、全く考えていなかった。
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