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9話
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新入生歓迎会のダンスパーティーで、ファブリツィオが婚約者であるヴァレリアとファーストダンスと、ラストダンスを踊った事は全生徒の間で瞬く間に広がった。
しかも、恋仲であったはずのカーティアとは一度も踊らなかった事も広まった。
今、学園では新たな噂が流れている。
『第三王子であるファブリツィオは一時の恋に身を焦がしたが、婚約者との恋に目覚め、婚約者と仲睦まじく過ごされている』
『聡明で美しい淑女の鏡であるカーティア嬢は王子に捨てられ、生徒会からも追い出され、悲しみに暮れている』
『第三王子の婚約者がカーティア嬢を生徒会から追い出したんじゃないのか』
『カーティア嬢が可哀想』 『王子、カーティア嬢と仲違いか』
何も知らない生徒たちは、憶測を混ぜて、面白おかしく噂している。 一部の生徒たちは、『元に戻って良かったですわ。 不貞が美談になっては困りますわ』と、裏で話していた。
しかし、色々な噂が囁かれたが、ヴァレリアの名前は出てこなかった。 ヴァレリアは、『第三王子の婚約者』としてしか認識されていない。
王太子であるマウリツィオは、王宮の政務棟にある自身の執務室で、小さく笑い声を上げた。
「凄いね。 一晩ですっかりファブリツィオとヴァレリアは仲睦まじい婚約者同士だ。 クローチェ家の令嬢との噂なんて、なかったみたいだね」
「はい、噂の事もあり、当事者は良くも悪くも注目されていましたから」
「うん、そうだね。 でも、流石にクローチェ家の令嬢の異性関係は流れなかったね」
「ええ、残念です。 生徒会メンバーだけでは飽き足らず、裏では他の生徒にも声を掛けている様です」
「そうか」
暫し、マウリツィオと侍従の間で無言が流れる。 最初に声を発したのは侍従だ。
「殿下、ファブリツィオ殿下も婚約者と仲直りされましたし、もうそろそろ、ファブリツィオ殿下から手を離しても宜しいのではないでしょうか」
「どうして? 嫌だよ、私は弟たちが幸せな結婚をするまで関わるよ。 何故かって? それは私は弟たちを愛しているからだよ」
「殿下っ……!」
侍従は涙目である。 両陛下も心配し、密かに令嬢たちに目を向けさせる様に、と王命を受けているというのに、マウリツィオには、暖簾に腕押しだ。 侍従が諦めた様に溜め息を吐いた。
◇
学園寮にある執務室で、ファブリツィオは昨夜の事を思い出していた。
昨夜は中々眠る事が出来ず、いつもよりも早く目が覚めてしまった。 まだ、ヴァレリアは来ていない。 よって、今、執務室にはファブリツィオは一人だ。
ピエトロも居るが、数に入れない。
あんなに感情を吐露したのは、久しぶりだな。 嫌われてなかったが、引かれなかっただろうかっ……。
今思えば、物凄く恥ずかしい事をしたと、頬を赤らめさせている。 ピエトロが淹れる紅茶の香りに顔を上げる。
目の前でニヤニヤしているピエトロと視線が合った。
「……何だっ?」
「浮かれている所、申し訳ありませんが、本日は学園もお休みですので、公務が溜まっております。 公務を始めて下さい」
「……っ、分かっている」
ピエトロの揶揄う様な視線を避け、照れ隠しなのか、不機嫌な顔をして見せる。
昨夜の事を思い出し、ヴァレリアにドレスを贈れなかった事を思い出した。
観劇デートに失敗する訳には行かない。
「ピエトロ」
「はい、何でしょう」
「あー、その、ヴァレリアと観劇へ出掛ける事になった。 それで、ヴァレリアにドレスを贈りたい。 ストラーネオ家に王宮のお針子を派遣してほしい。 ヴァレリアが実家に戻る日に合わせてくれ」
「承知致しました。 直ぐに手配致します」
「よろしく頼む。 後、今どんな芝居を演っているか調べてほしい」
「はい、お二人にピッタリな演目を探して置きます」
ピエトロと話をしている内に、ヴァレリアが補佐をする為、執務室へやって来た。
ヴァレリアの専属メイドであるオルガも後ろから続けて入って来た。
昨夜振りだったが、ヴァレリアはファブリツィオと視線が合うと、昨夜の事を思い出しのか、頬を染めて俯かせた。
うっ、物凄い恥ずかしいなっ。
恥ずかしいのは、ヴァレリアの方もだが、二人を側で見ているピエトロとオルガの方も、背中がむず痒くなるくらい恥ずかしい。
四人は無言で、各々の仕事を全うする為、仕事を始めた。
◇
翌日は、公務が休みで実家から夕食に呼ばれていたヴァレリアは、実家の客間で着せ替え人間になっていた。
これは一体、どういう状況でしょう?
王都のタウンハウスへ帰るなり、ヴァレリアを待ち構えていた王宮のお針子と、ストラーネオ家のお針子、母親に直ぐさま客室へ拉致された。
そして、次から次へとヴァレリアに布を合わせ、『これでもないあれでもない』と、皆は意見を言い合っている。 察しの良いヴァレリアは恐る恐る自身の母親に声を掛けた。
「お母様、これは何の騒ぎでしよう?」
「あら、貴方、殿下と観劇デートへ出掛けるのでしょう? 殿下が貴方にドレスを贈りたいからと、王宮のお針子を使わせたのよ」
「……あぁ、やっぱりですかっ」
ご機嫌な様子で母親のエリーゼはヴァレリアと同じ色の琥珀色の瞳を光らせた。
「ヴァレリア、男性がドレスを贈りたいという気持ちを蔑ろにしては駄目よ。 ちゃんと殿方を立てて、受け取ってお上げなさい」
「はい、お母様」
「良かったですね、お嬢様」
「ええ」
オルガも自分の事の様に喜んでいる。
ファブリツィオ様からの贈り物なんて、いつ振りかしら……?
ファブリツィオからの贈り物は、祖父との騒動の後から途切れていた。 エリーゼが嬉々としてお針子たちと相談している様子をヴァレリアは笑顔で黙って見つめていた。
観劇デートである次の週末は直ぐにやってきた。 ストラーネオ家のタウンハウスで支度を整えたヴァレリアは、緊張しながら、ファブリツィオの迎えを待っていた。
「ねぇ、オルガ。 私、変な所はないかしら? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ。 とてもお綺麗です。 殿下もびっくりして、お嬢様に見惚れてしまいますよ」
「……そうだといいのだけれど」
何度も姿見で自身を映していると、執事からファブリツィオの到着が知らされた。
玄関ホールへ降りて行ったヴァレリアは、いつもと違うファブリツィオの服装に息を呑んだ。 彼は華美ではないが、観劇するのに邪魔にならない程度の装飾がされたスッキリとした正装を身に纏っていた。
ヴァレリアの両親と久しぶりに会話をしているファブリツィオは、今までの不義理を謝罪をした様で、彼らは少しだけスッキリしている様な表情をしていた。
中央階段を降りて来たヴァレリアに気づいたファブリツィオが振り返り、瞳を見開いた後、時が止まった様に固まった。
『ピシッ』という音が聞こえる様だった。
「ファブリツィオ様、お待たせして申し訳ありません」
「い、いや、大丈夫だっ! お義父上たちと話していたからっ……」
ファブリツィオは奇妙な声を出し、顔を真っ赤にさせていた。 エリーゼとオルガ、ストラーネオ家のメイドたちが内心でガッツポーズを取ったのは間違いない。
咳払いをして、何とか体裁を整えたファブリツィオが手を差し出してくる。
「い、行こうか、ヴァレリア」
ファブリツィオの声が緊張で裏返っているが、彼の為にもツッコミを入れてはいけない。 そっと彼の手を取る。
「はい、ファブリツィオ様」
「では、侯爵、夫人。 ご息女を暫しお預かりする。 帰りは必ず送り届けるので、安心してほしい」
「はい、殿下。 娘をよろしくお願いします」
「ヴァレリア、楽しんで来てね」
「はい、お父様、お母様。 行ってまいります」
両親から『いってらっしゃい』と見送られ、ヴァレリアはファブリツィオの手を借りて、王宮の馬車へ乗り込んだ。
真向かいに腰掛けたファブリツィオとは、目を合わせるのが照れくさく、お互いに顔を伏せていた。 暫し馬車が走ると、ファブリツィオの声がヴァレリアの頭上に落ちて来た。
「ヴァレリア、ドレス似合っている。 とても綺麗だ」
「……っありがとうございますっ。 ファブリツィオ様も素敵です」
「そうか、ありがとう。 ピエトロが色を合わせた方がいいと、教えてくれたんだ」
「そうなんですね」
「ああ」
話している内に少しづつ緊張が解れて、普通に話せる様になっていた。 馬車の中でヴァレリアの笑う声がしていた。
◇
王都にある演劇場は、多くの紳士淑女たちが詰め掛けていた。 本日の演目は、喜劇、ロマンス劇、偉人の冒険譚の三つだ。
三つの演劇場で行われる。 どの劇場にも沢山の列が出来ていた。 詰め掛けた多く人々の中に、カーティアとアドルフォ、サヴェリオの三人の姿があった。
カーティアは目的の人を探して、周囲に視線を走らせていた。 カーティアを挟んでいたアドルフォとサヴェリオは、落ち着きなく、周囲を確認しているカーティアを見た。
「カーティア、どうした? 何か気になるのか?」
「いえ、何でもないわっ」
「しかし、凄い人だ。 カーティア、側を離れるな。 人の波に押されると、逸れてしまう」
「アドルフォ、ありがとうございます」
にっこりと微笑み、アドルフォが差し出した腕を取った。 そして競う様にサヴェリオもカーティアへ腕を差し出す。
「俺の腕にも掴まれ」
「ありがとうございます、サヴェリオ」
カーティアはサヴェリオの腕も取り、三人は並んで歩く。 カーティアの要望でロマンス劇を選択し、中央にある劇場へと向かった。
ファブリツィオ殿下はどの演目を観るかしら? 女性と観るなら、やっぱりロマンス劇よね。 きっとロイヤルボックスで二人っきりで観るのだわ。
カーティアは両隣にいる二人に気づかれない様、口の端を引き結んだ。
劇場の周囲は人が多く、来ているであろうファブリツィオとヴァレリアの二人を見つける事が出来なかった。
公爵家であるアドルフォの家、ガリツィア家が年間予約しているボックス席へ座ったカーティアは、隣のロイヤルボックス席へ視線を走らせる。
しかし、ロイヤル席に二人の姿はなかった。 演劇が始まるブザーが鳴っても、二人が現れる事はなかった。
まさかっ、女性と二人なのに喜劇や冒険譚を選んだって言うのっ?!
カーティアは知らなかった。 幼い頃、兄であるマウリツィオが出してくる『ミッションコンプリート』に振り回されていた二人は、任務を遂行する事にハマっていた。 ピエトロも二人の趣味を熟知していた為、選んで勧めた演目は冒険譚だった。
◇
カーティアがファブリツィオを探していた頃、劇場に着いたばかりのファブリツィオは、ヴァレリアをエスコートして、冒険譚を演る劇場へ足を向けていた。
こっちの演目で合っているよな? ロマンス劇は眠気が襲うし、喜劇も面白そうだが、ピエトロおすすめの冒険譚だろう。
幼い頃、一緒によく読んだ偉人の冒険譚の本を思い出す。 劇場の演目が見えてくると、ヴァレリアの琥珀色の瞳に輝きが増していった。
「私、この方の冒険譚が、お芝居になると聞いて観てみたいと思っていたんです」
弾んだ声を出したヴァレリアに、ファブリツィオはホッと胸を撫で下ろした。
「俺も観たかったんだ。 本も面白かったけど、芝居になっても面白いと思うんだ。 よく一緒に読んだな」
「はい、私もそう思います。 楽しみです」
「ああ、俺も楽しみだ」
ファブリツィオの腕の取って歩くヴァレリアに周囲の目線が集まる。 ヴァレリアに視線をやると、楽しそう笑みを浮かべるヴァレリアはとても可愛らしい。
……っ眼福、物凄く可愛いっ!
観劇デートミッションを発動してくれた兄に素直に感謝したファブリツィオであった。 しかし、酔いしれているばかりではいられない。 ヴァレリアには誠実な態度で接して、蔑ろにしない。
幼い頃以上に愛情表現をしないと、ヴァレリアには伝わらないだろう。
ならばロマンス劇を観て気持ちを盛り上げる方がいいだろうと思われるが、ロマンス劇を観ると、寝てしまう癖があるファブリツィオには逆効果だろう。
今日は冒険譚を観て、幼い頃の様に語り合えれば、離れていた距離も近づくかも知れないしなっ! 後は帰りに寄る今人気のカフェでひと押しをっ。
色々と考え事をしていると、演目の開始のブザーが鳴り、客席の明かりが消える。
舞台にスポットライトが当たり、冒険譚の演劇が始まった。
◇
「そう、思っていた通り、冒険譚の方を選んだんだね」
「はい、お二人とも楽しそうに観劇されています」
「二人とも色気がないな」
マウリツィオが見つめる先で、喜劇が繰り広げられている。 背後で控えていた侍従は『それは殿下の所為です』という言葉を飲み込んだ。
「で、クローチェ伯爵令嬢の目的は分かった?」
「いえ、私の力不足で未だ判明しておりません。 申し訳ありません」
「そう、色んな男に声を掛けているだろうから、ファブリツィオの事は本気で好きな訳ないよね」
「はい、私もそう思います」
「もう少し頑張って調べてみて」
「はい、承知致しました」
侍従がボックス席を離れていき、マウリツィオは目の前で繰り広げられる喜劇に集中した。
しかも、恋仲であったはずのカーティアとは一度も踊らなかった事も広まった。
今、学園では新たな噂が流れている。
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王太子であるマウリツィオは、王宮の政務棟にある自身の執務室で、小さく笑い声を上げた。
「凄いね。 一晩ですっかりファブリツィオとヴァレリアは仲睦まじい婚約者同士だ。 クローチェ家の令嬢との噂なんて、なかったみたいだね」
「はい、噂の事もあり、当事者は良くも悪くも注目されていましたから」
「うん、そうだね。 でも、流石にクローチェ家の令嬢の異性関係は流れなかったね」
「ええ、残念です。 生徒会メンバーだけでは飽き足らず、裏では他の生徒にも声を掛けている様です」
「そうか」
暫し、マウリツィオと侍従の間で無言が流れる。 最初に声を発したのは侍従だ。
「殿下、ファブリツィオ殿下も婚約者と仲直りされましたし、もうそろそろ、ファブリツィオ殿下から手を離しても宜しいのではないでしょうか」
「どうして? 嫌だよ、私は弟たちが幸せな結婚をするまで関わるよ。 何故かって? それは私は弟たちを愛しているからだよ」
「殿下っ……!」
侍従は涙目である。 両陛下も心配し、密かに令嬢たちに目を向けさせる様に、と王命を受けているというのに、マウリツィオには、暖簾に腕押しだ。 侍従が諦めた様に溜め息を吐いた。
◇
学園寮にある執務室で、ファブリツィオは昨夜の事を思い出していた。
昨夜は中々眠る事が出来ず、いつもよりも早く目が覚めてしまった。 まだ、ヴァレリアは来ていない。 よって、今、執務室にはファブリツィオは一人だ。
ピエトロも居るが、数に入れない。
あんなに感情を吐露したのは、久しぶりだな。 嫌われてなかったが、引かれなかっただろうかっ……。
今思えば、物凄く恥ずかしい事をしたと、頬を赤らめさせている。 ピエトロが淹れる紅茶の香りに顔を上げる。
目の前でニヤニヤしているピエトロと視線が合った。
「……何だっ?」
「浮かれている所、申し訳ありませんが、本日は学園もお休みですので、公務が溜まっております。 公務を始めて下さい」
「……っ、分かっている」
ピエトロの揶揄う様な視線を避け、照れ隠しなのか、不機嫌な顔をして見せる。
昨夜の事を思い出し、ヴァレリアにドレスを贈れなかった事を思い出した。
観劇デートに失敗する訳には行かない。
「ピエトロ」
「はい、何でしょう」
「あー、その、ヴァレリアと観劇へ出掛ける事になった。 それで、ヴァレリアにドレスを贈りたい。 ストラーネオ家に王宮のお針子を派遣してほしい。 ヴァレリアが実家に戻る日に合わせてくれ」
「承知致しました。 直ぐに手配致します」
「よろしく頼む。 後、今どんな芝居を演っているか調べてほしい」
「はい、お二人にピッタリな演目を探して置きます」
ピエトロと話をしている内に、ヴァレリアが補佐をする為、執務室へやって来た。
ヴァレリアの専属メイドであるオルガも後ろから続けて入って来た。
昨夜振りだったが、ヴァレリアはファブリツィオと視線が合うと、昨夜の事を思い出しのか、頬を染めて俯かせた。
うっ、物凄い恥ずかしいなっ。
恥ずかしいのは、ヴァレリアの方もだが、二人を側で見ているピエトロとオルガの方も、背中がむず痒くなるくらい恥ずかしい。
四人は無言で、各々の仕事を全うする為、仕事を始めた。
◇
翌日は、公務が休みで実家から夕食に呼ばれていたヴァレリアは、実家の客間で着せ替え人間になっていた。
これは一体、どういう状況でしょう?
王都のタウンハウスへ帰るなり、ヴァレリアを待ち構えていた王宮のお針子と、ストラーネオ家のお針子、母親に直ぐさま客室へ拉致された。
そして、次から次へとヴァレリアに布を合わせ、『これでもないあれでもない』と、皆は意見を言い合っている。 察しの良いヴァレリアは恐る恐る自身の母親に声を掛けた。
「お母様、これは何の騒ぎでしよう?」
「あら、貴方、殿下と観劇デートへ出掛けるのでしょう? 殿下が貴方にドレスを贈りたいからと、王宮のお針子を使わせたのよ」
「……あぁ、やっぱりですかっ」
ご機嫌な様子で母親のエリーゼはヴァレリアと同じ色の琥珀色の瞳を光らせた。
「ヴァレリア、男性がドレスを贈りたいという気持ちを蔑ろにしては駄目よ。 ちゃんと殿方を立てて、受け取ってお上げなさい」
「はい、お母様」
「良かったですね、お嬢様」
「ええ」
オルガも自分の事の様に喜んでいる。
ファブリツィオ様からの贈り物なんて、いつ振りかしら……?
ファブリツィオからの贈り物は、祖父との騒動の後から途切れていた。 エリーゼが嬉々としてお針子たちと相談している様子をヴァレリアは笑顔で黙って見つめていた。
観劇デートである次の週末は直ぐにやってきた。 ストラーネオ家のタウンハウスで支度を整えたヴァレリアは、緊張しながら、ファブリツィオの迎えを待っていた。
「ねぇ、オルガ。 私、変な所はないかしら? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ。 とてもお綺麗です。 殿下もびっくりして、お嬢様に見惚れてしまいますよ」
「……そうだといいのだけれど」
何度も姿見で自身を映していると、執事からファブリツィオの到着が知らされた。
玄関ホールへ降りて行ったヴァレリアは、いつもと違うファブリツィオの服装に息を呑んだ。 彼は華美ではないが、観劇するのに邪魔にならない程度の装飾がされたスッキリとした正装を身に纏っていた。
ヴァレリアの両親と久しぶりに会話をしているファブリツィオは、今までの不義理を謝罪をした様で、彼らは少しだけスッキリしている様な表情をしていた。
中央階段を降りて来たヴァレリアに気づいたファブリツィオが振り返り、瞳を見開いた後、時が止まった様に固まった。
『ピシッ』という音が聞こえる様だった。
「ファブリツィオ様、お待たせして申し訳ありません」
「い、いや、大丈夫だっ! お義父上たちと話していたからっ……」
ファブリツィオは奇妙な声を出し、顔を真っ赤にさせていた。 エリーゼとオルガ、ストラーネオ家のメイドたちが内心でガッツポーズを取ったのは間違いない。
咳払いをして、何とか体裁を整えたファブリツィオが手を差し出してくる。
「い、行こうか、ヴァレリア」
ファブリツィオの声が緊張で裏返っているが、彼の為にもツッコミを入れてはいけない。 そっと彼の手を取る。
「はい、ファブリツィオ様」
「では、侯爵、夫人。 ご息女を暫しお預かりする。 帰りは必ず送り届けるので、安心してほしい」
「はい、殿下。 娘をよろしくお願いします」
「ヴァレリア、楽しんで来てね」
「はい、お父様、お母様。 行ってまいります」
両親から『いってらっしゃい』と見送られ、ヴァレリアはファブリツィオの手を借りて、王宮の馬車へ乗り込んだ。
真向かいに腰掛けたファブリツィオとは、目を合わせるのが照れくさく、お互いに顔を伏せていた。 暫し馬車が走ると、ファブリツィオの声がヴァレリアの頭上に落ちて来た。
「ヴァレリア、ドレス似合っている。 とても綺麗だ」
「……っありがとうございますっ。 ファブリツィオ様も素敵です」
「そうか、ありがとう。 ピエトロが色を合わせた方がいいと、教えてくれたんだ」
「そうなんですね」
「ああ」
話している内に少しづつ緊張が解れて、普通に話せる様になっていた。 馬車の中でヴァレリアの笑う声がしていた。
◇
王都にある演劇場は、多くの紳士淑女たちが詰め掛けていた。 本日の演目は、喜劇、ロマンス劇、偉人の冒険譚の三つだ。
三つの演劇場で行われる。 どの劇場にも沢山の列が出来ていた。 詰め掛けた多く人々の中に、カーティアとアドルフォ、サヴェリオの三人の姿があった。
カーティアは目的の人を探して、周囲に視線を走らせていた。 カーティアを挟んでいたアドルフォとサヴェリオは、落ち着きなく、周囲を確認しているカーティアを見た。
「カーティア、どうした? 何か気になるのか?」
「いえ、何でもないわっ」
「しかし、凄い人だ。 カーティア、側を離れるな。 人の波に押されると、逸れてしまう」
「アドルフォ、ありがとうございます」
にっこりと微笑み、アドルフォが差し出した腕を取った。 そして競う様にサヴェリオもカーティアへ腕を差し出す。
「俺の腕にも掴まれ」
「ありがとうございます、サヴェリオ」
カーティアはサヴェリオの腕も取り、三人は並んで歩く。 カーティアの要望でロマンス劇を選択し、中央にある劇場へと向かった。
ファブリツィオ殿下はどの演目を観るかしら? 女性と観るなら、やっぱりロマンス劇よね。 きっとロイヤルボックスで二人っきりで観るのだわ。
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しかし、ロイヤル席に二人の姿はなかった。 演劇が始まるブザーが鳴っても、二人が現れる事はなかった。
まさかっ、女性と二人なのに喜劇や冒険譚を選んだって言うのっ?!
カーティアは知らなかった。 幼い頃、兄であるマウリツィオが出してくる『ミッションコンプリート』に振り回されていた二人は、任務を遂行する事にハマっていた。 ピエトロも二人の趣味を熟知していた為、選んで勧めた演目は冒険譚だった。
◇
カーティアがファブリツィオを探していた頃、劇場に着いたばかりのファブリツィオは、ヴァレリアをエスコートして、冒険譚を演る劇場へ足を向けていた。
こっちの演目で合っているよな? ロマンス劇は眠気が襲うし、喜劇も面白そうだが、ピエトロおすすめの冒険譚だろう。
幼い頃、一緒によく読んだ偉人の冒険譚の本を思い出す。 劇場の演目が見えてくると、ヴァレリアの琥珀色の瞳に輝きが増していった。
「私、この方の冒険譚が、お芝居になると聞いて観てみたいと思っていたんです」
弾んだ声を出したヴァレリアに、ファブリツィオはホッと胸を撫で下ろした。
「俺も観たかったんだ。 本も面白かったけど、芝居になっても面白いと思うんだ。 よく一緒に読んだな」
「はい、私もそう思います。 楽しみです」
「ああ、俺も楽しみだ」
ファブリツィオの腕の取って歩くヴァレリアに周囲の目線が集まる。 ヴァレリアに視線をやると、楽しそう笑みを浮かべるヴァレリアはとても可愛らしい。
……っ眼福、物凄く可愛いっ!
観劇デートミッションを発動してくれた兄に素直に感謝したファブリツィオであった。 しかし、酔いしれているばかりではいられない。 ヴァレリアには誠実な態度で接して、蔑ろにしない。
幼い頃以上に愛情表現をしないと、ヴァレリアには伝わらないだろう。
ならばロマンス劇を観て気持ちを盛り上げる方がいいだろうと思われるが、ロマンス劇を観ると、寝てしまう癖があるファブリツィオには逆効果だろう。
今日は冒険譚を観て、幼い頃の様に語り合えれば、離れていた距離も近づくかも知れないしなっ! 後は帰りに寄る今人気のカフェでひと押しをっ。
色々と考え事をしていると、演目の開始のブザーが鳴り、客席の明かりが消える。
舞台にスポットライトが当たり、冒険譚の演劇が始まった。
◇
「そう、思っていた通り、冒険譚の方を選んだんだね」
「はい、お二人とも楽しそうに観劇されています」
「二人とも色気がないな」
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「で、クローチェ伯爵令嬢の目的は分かった?」
「いえ、私の力不足で未だ判明しておりません。 申し訳ありません」
「そう、色んな男に声を掛けているだろうから、ファブリツィオの事は本気で好きな訳ないよね」
「はい、私もそう思います」
「もう少し頑張って調べてみて」
「はい、承知致しました」
侍従がボックス席を離れていき、マウリツィオは目の前で繰り広げられる喜劇に集中した。
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この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
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元婚約者が「俺の子を育てろ」と言って来たのでボコろうと思います。
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