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10話
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翌日、ジェレミーは予告通り、爽やかな笑みを湛えてグイベル邸へやって来た。 アンガスを心配しての来訪だと思っていたが、本音はグレンダとの面会が狙いだったようだ。
「殿下、こちらは女性が滞在しておりますから、行動には気を使ってくださいね」
「分かっている。 先程、中庭を散策している様子がチラリと見えた。 残念だが、私とは番ではなかったようだ」
「……殿下っ」
呆れた様な溜息を吐いたのは、一緒に同行させられたアダムだ。
「……っ殿下、こちらに参ったのは、それを確かめる為ですかっ……」
「もしかしたら、私の番かもしれないじゃないか。 私は番が見つかるまで色んな令嬢と会うつもりだ」
ジェレミーは悪びれる事なく言い放った。
「「!!」」
「簡単に言わないで下さいっ! 国際問題と人間関係に問題が起きますっ」
ジェレミーとアダムを客室へ案内した後、彼らは当たり前の様にアンガスの部屋へ着いて来た。 居間にある1人掛けソファーへ腰掛け、ふんぞり返っているジェレミーを見つめる。
(全く、いつまで経っても自己本位な方だ。 まぁ、王族は皆、そうですけど)
「色んな女性と言いますが、もしかしたら同性かもしれない可能性もありますよ」
「そ、そんな事は……絶対にないっ!」
ジェレミーはアンガスの意見を即座に否定してきた。 アンガスとアダムは、慌てふためくジェレミーに苦笑を零し、向かい合って置かれている2人掛けのソファへ各々腰かけた。
メイドが紅茶を乗せたワゴンを押して廊下を歩く音が耳に届き、扉へ視線をやった。 アンガスの部屋の両扉はガラスなので、部屋の前で緊張しているメイドの姿が視界へ入って来た。 王子にお茶を出すのは、一介のメイドでは大役過ぎて恐れ多いのだろう。 メイドの手が小刻みに震えていた。
メイドが緊張で粗相をする前に、アンガスは立ち上がり、ガラスの両扉を開けた。
「後は私がやりますので、君はもう下がりなさい」
「はっ、でも、あの……」
「こちらは大丈夫ですから」
有無を言わせない煌めく笑みにエフェクトが降り注ぎ、メイドの顔が真っ赤に染まる。 メイドが固まっている間に、お茶が乗せられたワゴンをメイドから奪い取り、戸惑うメイドを下がらせた。
「……そういう気遣いは出来るのにな……」
ジェレミーの言葉に、ワゴンから紅茶をテーブルに移していたアンガスは、不思議そうに顔を上げて傾げる。
「昨日、買い物に行ったというのに、ローラ嬢に何も買ってやらなかっただろう?」
「!」
「殿下、それを言っては、アンガスをつけていた事がバレてしまいますよ」
何気なくアダムはジェレミーがアンガスたちの後を着けていた事をバラした。
「あっ、しまったっ!」
胡乱な表情でジェレミーを見つめ、アンガスは呆れた様な声を放った。
「やっぱり殿下も私たちの後を着けていたんですね……」
分かりやすく狼狽えた後、ジェレミーは出された紅茶に手を伸ばし、『美味いな』などと賛辞を送って誤魔化して来た。
「なんだ、やっぱり気づいていたのか。 殿下もっていう事は、他の尾行にも気づいていたのか?」
「ええ、気づいていましたよ。 他は家の者と、グレンダ嬢の所と、シュヴァルツ子息の所ですかね」
「ああ、そうだろうな」
アンガスとアダムが話している間に、ジェレミーは何故バレたんだろうと、真剣に考えている様子だった。 瞳を細めたアンガスは、理解が出来なくてジェレミーを見つめた。
「全く、そんな事をして何が楽しいのですか?」
「ものすごく楽しかったぞ。 アンガスがお茶屋でローラ嬢にデレデレしている顔も見られたしな」
「なっ、デレデレなんてしてませんっ」
アンガスは直ぐに真っ赤になって反論をした。
「していたぞ。 アダムも見ているぞ」
「していましたね。 確かに殿下の言う通り、面白いものが見られたな。 今も、アンガスが慌てる様子なんてあんまり見ない姿だ」
「確かにな」
うんうんと頷いたジェレミーの顔はとても楽しそうで、アダムは珍しく笑っている。
「……2人とも悪趣味ですよ」
揶揄われ慣れていないアンガスは、俯いて唇を噛んだ。 不意にジェレミーの言葉が思い浮かぶ。
「……やはり何か買ってあげた方が良かったのでしょうか」
少しだけ肩を落とすアンガスに、アダムが何処まで見ていたのか、慰めて来た。
「まぁ、ローラ嬢の目的はアンガスがグレンダ嬢と二人っきりで出かける事の阻止だからな。 彼女的には目的が果たされていたから、アンガスからの贈り物とか考えてもいなかっただろう」
「アンガスは番になってから、ローラ嬢に何か贈り物をしたのか?」
「えっ……」
脳裏に饅頭を手土産に持って行った事が思い出されたが、直ぐに来訪時に渡す手土産は、贈り物とカウントされるのだろうかと、首を傾げた。 他の贈り物は思い出せない。
(小さい頃に、花冠を作ってあげたくらいですね……)
黙りこくったアンガスを見て察した2人がローラに贈り物をやったらどうだと、提案して来た。
「しかし、今更……とういうか、何をあげれば喜ぶのか分からないですし、それに……何もない日に贈り物をするのもおかしいのでは?」
「……いや、アンガスはローラに何かを買ってあげたいとか思わないのか?」
「特には」
アンガスはジェレミーが言っている意味が分からず、首を傾げた。 ローラが欲しいと言うのであれば、買ってあげたい気もするが、自身から率先して贈り物をしようとは思わなかった。
「朴念仁っ!」
「えっ?! でも、ローラ本人が欲しいと言わないのですから、無理に贈るのも変ですし、押しつけがましいじゃないですか」
「むむ~っ、私は番に自分の色の宝石を身につけさせたいと思うな。 後、刻印は目立つ所に出てほしいっ。 皆に私の物だと見せつけたいっ」
「「……」」
居もしない番への執着心にアンガスとアダムは絶句した。 ジェレミーの話は脱線し、刻印の刻まれる場所は何処がいいかに変わっていった。 視界に入る自身の手の甲に刻まれた刻印を見つめる。
(……自分の色を身につけさせたいですか……)
ローラがアンガスの色である真珠や琥珀のアクセサリーを身に着けている姿を想像すると、アンガスの胸に今までにはなかった狂喜に似た歓喜が湧いて来た。 手の甲の刻印がじんわりと発熱する。
自身の心が躍るように跳ねた事に驚き、ジェレミーの気持ちが少しだけ分かった様な気がした。
(……まぁ、ローラが嫌じゃなかったら……。 私の気が向いたら……ですね)
自身の身体が熱くなり、顔も赤くなっているだろうと自覚していたが、ローラが自身の色を身に着けると思うだけで、心が躍るのは止められなかった。
◇
ジェレミーの滞在は3日間。 仕事が滞る事を補佐官には目を瞑ってもらい、アンガスは翌日もジェレミーの相手をした。 今回の滞在では、グイベル邸でゆっくりと静養するという名目でやって来たらしい。 本日は、ジェレミーが発案した『中庭を眺めながら東屋でお茶会』を催している。
お茶会は、カウントリムからの客人をもてなしたいとジェレミーが切望した。 参加者は、アンガスとアダム、ローラとリーバイ、そしてグレンダだ。 急な事もあり、友人だけの集まりという事で、他の貴族は招待していない。
石造りで建てられた中庭の東屋は、小さい宮殿の様だ。 客人専用の建物と舞踏用のホールの建物、グイベル邸と隔てる塀の間にある。 四隅に彫刻された柱が建てられ、8人ほどが座れるテーブルセットが置かれている。 東屋では、楽しそうに会話するジェレミーとグレンダの声があった。
「そうか。 カウントリムの皇子もまだ番は見つかっていないのか」
「はい、婚約者もまだお決めになっておられませんわ」
気が合うのか、2人はとても楽しそうに会話をしている。 リーバイはジェレミーとグレンダの仲が進展しそうな予感に、喜色を表情に浮かべていた。 アダムはジェレミーを窘める事もなく、静観の構えだ。 グレンダはリーバイの気を引きたいのか、頻繁にリーバイの様子を伺っていた。
男女の駆け引きが渦巻く中、アンガスは隣に座るローラを凝視出来ないでいた。 隣に座るローラは、アンガスの色を使ったドレスを身に着けていたからだ。
お茶会なので華美ではないが、落ち着いたドレスはローラに似合っていた。
白地に精緻なレースと刺繍を縫い付けたドレス、胸元に琥珀のブローチを身に着けたローラはアンガスのものだと、思わせる雰囲気を纏っていた。
(こんなにも落ち着かなくなるものなんですねっ……私が用意したドレスではないですけど……)
そして、気づいたアンガスは勢いよくローラに視線を向けた。
(時間がなかったから仕方がないですけど、こういう時の為にドレスを贈っておくのではないですかっ)
貴族令嬢のローラは、お茶会用のドレスや舞踏会用のドレス、お出かけ用など沢山のドレスを持っているので、急なお茶会にも対応が出来る。 改めてアンガスからドレスを贈られなくても困らないだろうが、アンガスは初めてローラに贈り物をしたい、自身の色を身に着けてほしいと思った。
リーバイがローラのドレスを見て、とても悔しそうに顔を歪めている事にも愉悦を感じる。
(私も殿下の事を言えませんね……)
今が一番、ローラを番なんだと感じていて、もっとリーバイに見せつけたいと思っていた。
アンガスは同じように思ってほしいと、隣で美味しそうにスイーツを頬張るローラを見つめた。 ローラはアンガスの熱い眼差しに気づかず、次に何を食べようかと、並べられているスイーツを選んでいる。
アンガスからローラへ一方的な甘い空気が放たれていると、ジェレミーとグレンダの会話は観劇へと移っていた様だ。 今の舞台女優の演技が見ものだとジェレミーがグレンダの観劇欲を掻き立てている。
(明日は観劇になりそうですね……)
東屋の外で控えている補佐官と視線を合わすと、目線だけで指示を出す。 補佐官はアンガスの指示に一瞬だけで躊躇したが、ジェレミーの方へ視線をやると、諦めた表情で小さく頷いた。
数日間でアンガスの仕事は貯まりに貯まっている。 ジェレミーが帰った後の貯まった種類の処理を思い、小さく息を吐きだした。 そして、アンガスはローラのドレス選びに悩む事となる。
◇
お茶会を終えたアンガスは、直ぐに補佐官へ指示を出した。 しばらくすると、仕立て屋が既製品のドレスを持ってグイベル邸へやって来た。 女性のドレス選びなど初めての事で、アンガスは悩みに悩んだ。 ドレスは仕立てる物だが、今回は間に合わないので既製品を贈る事にした。
アンガスの私室の居間には、白と白銀のドレスと、金色や黄色のドレスが所狭しと並べられていた。
(次は絶対に仕立てたドレスを贈りますっ)
アンガスをひやかす為、ジェレミーとアダムの邪魔が入り、遅々としてドレス選びが進まなかった。
結局、数点のドレスを選び、サイズ調整にお針子を着けてブレイク家へ贈った。 最終的に贈ったドレスの中から、ローラに選んで着てもらおうと決めたのだ。
一方、お茶会から戻って来たローラは、次々とブレイク家へ届けられた沢山のドレスに戸惑いの表情を浮かべていた。 自室の居間には、沢山のドレスが並べられていた。 観劇用にアンガスが贈ってくれたドレスだ。 グイベル家のお針子も付けられていて、ニコニコと笑みを浮かべて、ローラの選ぶドレスを待っている。 既製品のドレスなので、サイズ調節する為だ。
そして、ローラへドレスを贈って来たのは、アンガスだけではなかった。 リーバイも数点のドレスを贈って来ていた。
(……リーバイが贈って来たドレスはとてもじゃないけど、着られないわ。 思わせぶりな事は出来ないし、それにどうやって返そうっ……)
傷ついたような表情を浮かべるリーバイが容易に想像され、ローラの胸が痛んだ。
アンガスが贈って来たドレスを眺め、自然と頬が緩む。 まさか、アンガスがドレスを贈ってくれるなど思ってもいなかったのだ。 アンガスが贈って来てくれたドレスは全て素敵で、ローラの好みに合っていた。 アンガスがローラの好みを知っていてくれている事だけでも、とても嬉しい出来事だった。
一着のドレスを手に取ると、後ろで控えていたお針子が声を掛けて来る。
「ローラお嬢様、お決まりになりましたか?」
「ええ、こちらのドレスにします」
「では、こちらへサイズ調整致しますので」
「ええ、ありがとう」
お針子にドレスを着せられ、サイズの調整を終えるの待っている間、姿見に映った自身の姿を見て、ローラの胸は高鳴っていった。 アンガスの色を纏っていると思うだけで、心が躍るように跳ねる。
(今日もアンガスの色のドレスを着た時も緊張したけど……アンガス様から贈られたドレスだと思うと、余計に緊張するっ)
ドレスのサイズ調整は直ぐに終わり、お針子は沢山のドレスを置いてグイベル家へ戻って行った。
グイベル家へ戻って来たお針子から、ローラがとても喜んでいた事を聞いて、アンガスはホッと胸をなでおろした。 明日は観劇だが、後日、もっと大変な事をジェレミーとグレンダが言い出し、アンガスたちは振り回される事になるのだった。
「殿下、こちらは女性が滞在しておりますから、行動には気を使ってくださいね」
「分かっている。 先程、中庭を散策している様子がチラリと見えた。 残念だが、私とは番ではなかったようだ」
「……殿下っ」
呆れた様な溜息を吐いたのは、一緒に同行させられたアダムだ。
「……っ殿下、こちらに参ったのは、それを確かめる為ですかっ……」
「もしかしたら、私の番かもしれないじゃないか。 私は番が見つかるまで色んな令嬢と会うつもりだ」
ジェレミーは悪びれる事なく言い放った。
「「!!」」
「簡単に言わないで下さいっ! 国際問題と人間関係に問題が起きますっ」
ジェレミーとアダムを客室へ案内した後、彼らは当たり前の様にアンガスの部屋へ着いて来た。 居間にある1人掛けソファーへ腰掛け、ふんぞり返っているジェレミーを見つめる。
(全く、いつまで経っても自己本位な方だ。 まぁ、王族は皆、そうですけど)
「色んな女性と言いますが、もしかしたら同性かもしれない可能性もありますよ」
「そ、そんな事は……絶対にないっ!」
ジェレミーはアンガスの意見を即座に否定してきた。 アンガスとアダムは、慌てふためくジェレミーに苦笑を零し、向かい合って置かれている2人掛けのソファへ各々腰かけた。
メイドが紅茶を乗せたワゴンを押して廊下を歩く音が耳に届き、扉へ視線をやった。 アンガスの部屋の両扉はガラスなので、部屋の前で緊張しているメイドの姿が視界へ入って来た。 王子にお茶を出すのは、一介のメイドでは大役過ぎて恐れ多いのだろう。 メイドの手が小刻みに震えていた。
メイドが緊張で粗相をする前に、アンガスは立ち上がり、ガラスの両扉を開けた。
「後は私がやりますので、君はもう下がりなさい」
「はっ、でも、あの……」
「こちらは大丈夫ですから」
有無を言わせない煌めく笑みにエフェクトが降り注ぎ、メイドの顔が真っ赤に染まる。 メイドが固まっている間に、お茶が乗せられたワゴンをメイドから奪い取り、戸惑うメイドを下がらせた。
「……そういう気遣いは出来るのにな……」
ジェレミーの言葉に、ワゴンから紅茶をテーブルに移していたアンガスは、不思議そうに顔を上げて傾げる。
「昨日、買い物に行ったというのに、ローラ嬢に何も買ってやらなかっただろう?」
「!」
「殿下、それを言っては、アンガスをつけていた事がバレてしまいますよ」
何気なくアダムはジェレミーがアンガスたちの後を着けていた事をバラした。
「あっ、しまったっ!」
胡乱な表情でジェレミーを見つめ、アンガスは呆れた様な声を放った。
「やっぱり殿下も私たちの後を着けていたんですね……」
分かりやすく狼狽えた後、ジェレミーは出された紅茶に手を伸ばし、『美味いな』などと賛辞を送って誤魔化して来た。
「なんだ、やっぱり気づいていたのか。 殿下もっていう事は、他の尾行にも気づいていたのか?」
「ええ、気づいていましたよ。 他は家の者と、グレンダ嬢の所と、シュヴァルツ子息の所ですかね」
「ああ、そうだろうな」
アンガスとアダムが話している間に、ジェレミーは何故バレたんだろうと、真剣に考えている様子だった。 瞳を細めたアンガスは、理解が出来なくてジェレミーを見つめた。
「全く、そんな事をして何が楽しいのですか?」
「ものすごく楽しかったぞ。 アンガスがお茶屋でローラ嬢にデレデレしている顔も見られたしな」
「なっ、デレデレなんてしてませんっ」
アンガスは直ぐに真っ赤になって反論をした。
「していたぞ。 アダムも見ているぞ」
「していましたね。 確かに殿下の言う通り、面白いものが見られたな。 今も、アンガスが慌てる様子なんてあんまり見ない姿だ」
「確かにな」
うんうんと頷いたジェレミーの顔はとても楽しそうで、アダムは珍しく笑っている。
「……2人とも悪趣味ですよ」
揶揄われ慣れていないアンガスは、俯いて唇を噛んだ。 不意にジェレミーの言葉が思い浮かぶ。
「……やはり何か買ってあげた方が良かったのでしょうか」
少しだけ肩を落とすアンガスに、アダムが何処まで見ていたのか、慰めて来た。
「まぁ、ローラ嬢の目的はアンガスがグレンダ嬢と二人っきりで出かける事の阻止だからな。 彼女的には目的が果たされていたから、アンガスからの贈り物とか考えてもいなかっただろう」
「アンガスは番になってから、ローラ嬢に何か贈り物をしたのか?」
「えっ……」
脳裏に饅頭を手土産に持って行った事が思い出されたが、直ぐに来訪時に渡す手土産は、贈り物とカウントされるのだろうかと、首を傾げた。 他の贈り物は思い出せない。
(小さい頃に、花冠を作ってあげたくらいですね……)
黙りこくったアンガスを見て察した2人がローラに贈り物をやったらどうだと、提案して来た。
「しかし、今更……とういうか、何をあげれば喜ぶのか分からないですし、それに……何もない日に贈り物をするのもおかしいのでは?」
「……いや、アンガスはローラに何かを買ってあげたいとか思わないのか?」
「特には」
アンガスはジェレミーが言っている意味が分からず、首を傾げた。 ローラが欲しいと言うのであれば、買ってあげたい気もするが、自身から率先して贈り物をしようとは思わなかった。
「朴念仁っ!」
「えっ?! でも、ローラ本人が欲しいと言わないのですから、無理に贈るのも変ですし、押しつけがましいじゃないですか」
「むむ~っ、私は番に自分の色の宝石を身につけさせたいと思うな。 後、刻印は目立つ所に出てほしいっ。 皆に私の物だと見せつけたいっ」
「「……」」
居もしない番への執着心にアンガスとアダムは絶句した。 ジェレミーの話は脱線し、刻印の刻まれる場所は何処がいいかに変わっていった。 視界に入る自身の手の甲に刻まれた刻印を見つめる。
(……自分の色を身につけさせたいですか……)
ローラがアンガスの色である真珠や琥珀のアクセサリーを身に着けている姿を想像すると、アンガスの胸に今までにはなかった狂喜に似た歓喜が湧いて来た。 手の甲の刻印がじんわりと発熱する。
自身の心が躍るように跳ねた事に驚き、ジェレミーの気持ちが少しだけ分かった様な気がした。
(……まぁ、ローラが嫌じゃなかったら……。 私の気が向いたら……ですね)
自身の身体が熱くなり、顔も赤くなっているだろうと自覚していたが、ローラが自身の色を身に着けると思うだけで、心が躍るのは止められなかった。
◇
ジェレミーの滞在は3日間。 仕事が滞る事を補佐官には目を瞑ってもらい、アンガスは翌日もジェレミーの相手をした。 今回の滞在では、グイベル邸でゆっくりと静養するという名目でやって来たらしい。 本日は、ジェレミーが発案した『中庭を眺めながら東屋でお茶会』を催している。
お茶会は、カウントリムからの客人をもてなしたいとジェレミーが切望した。 参加者は、アンガスとアダム、ローラとリーバイ、そしてグレンダだ。 急な事もあり、友人だけの集まりという事で、他の貴族は招待していない。
石造りで建てられた中庭の東屋は、小さい宮殿の様だ。 客人専用の建物と舞踏用のホールの建物、グイベル邸と隔てる塀の間にある。 四隅に彫刻された柱が建てられ、8人ほどが座れるテーブルセットが置かれている。 東屋では、楽しそうに会話するジェレミーとグレンダの声があった。
「そうか。 カウントリムの皇子もまだ番は見つかっていないのか」
「はい、婚約者もまだお決めになっておられませんわ」
気が合うのか、2人はとても楽しそうに会話をしている。 リーバイはジェレミーとグレンダの仲が進展しそうな予感に、喜色を表情に浮かべていた。 アダムはジェレミーを窘める事もなく、静観の構えだ。 グレンダはリーバイの気を引きたいのか、頻繁にリーバイの様子を伺っていた。
男女の駆け引きが渦巻く中、アンガスは隣に座るローラを凝視出来ないでいた。 隣に座るローラは、アンガスの色を使ったドレスを身に着けていたからだ。
お茶会なので華美ではないが、落ち着いたドレスはローラに似合っていた。
白地に精緻なレースと刺繍を縫い付けたドレス、胸元に琥珀のブローチを身に着けたローラはアンガスのものだと、思わせる雰囲気を纏っていた。
(こんなにも落ち着かなくなるものなんですねっ……私が用意したドレスではないですけど……)
そして、気づいたアンガスは勢いよくローラに視線を向けた。
(時間がなかったから仕方がないですけど、こういう時の為にドレスを贈っておくのではないですかっ)
貴族令嬢のローラは、お茶会用のドレスや舞踏会用のドレス、お出かけ用など沢山のドレスを持っているので、急なお茶会にも対応が出来る。 改めてアンガスからドレスを贈られなくても困らないだろうが、アンガスは初めてローラに贈り物をしたい、自身の色を身に着けてほしいと思った。
リーバイがローラのドレスを見て、とても悔しそうに顔を歪めている事にも愉悦を感じる。
(私も殿下の事を言えませんね……)
今が一番、ローラを番なんだと感じていて、もっとリーバイに見せつけたいと思っていた。
アンガスは同じように思ってほしいと、隣で美味しそうにスイーツを頬張るローラを見つめた。 ローラはアンガスの熱い眼差しに気づかず、次に何を食べようかと、並べられているスイーツを選んでいる。
アンガスからローラへ一方的な甘い空気が放たれていると、ジェレミーとグレンダの会話は観劇へと移っていた様だ。 今の舞台女優の演技が見ものだとジェレミーがグレンダの観劇欲を掻き立てている。
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数日間でアンガスの仕事は貯まりに貯まっている。 ジェレミーが帰った後の貯まった種類の処理を思い、小さく息を吐きだした。 そして、アンガスはローラのドレス選びに悩む事となる。
◇
お茶会を終えたアンガスは、直ぐに補佐官へ指示を出した。 しばらくすると、仕立て屋が既製品のドレスを持ってグイベル邸へやって来た。 女性のドレス選びなど初めての事で、アンガスは悩みに悩んだ。 ドレスは仕立てる物だが、今回は間に合わないので既製品を贈る事にした。
アンガスの私室の居間には、白と白銀のドレスと、金色や黄色のドレスが所狭しと並べられていた。
(次は絶対に仕立てたドレスを贈りますっ)
アンガスをひやかす為、ジェレミーとアダムの邪魔が入り、遅々としてドレス選びが進まなかった。
結局、数点のドレスを選び、サイズ調整にお針子を着けてブレイク家へ贈った。 最終的に贈ったドレスの中から、ローラに選んで着てもらおうと決めたのだ。
一方、お茶会から戻って来たローラは、次々とブレイク家へ届けられた沢山のドレスに戸惑いの表情を浮かべていた。 自室の居間には、沢山のドレスが並べられていた。 観劇用にアンガスが贈ってくれたドレスだ。 グイベル家のお針子も付けられていて、ニコニコと笑みを浮かべて、ローラの選ぶドレスを待っている。 既製品のドレスなので、サイズ調節する為だ。
そして、ローラへドレスを贈って来たのは、アンガスだけではなかった。 リーバイも数点のドレスを贈って来ていた。
(……リーバイが贈って来たドレスはとてもじゃないけど、着られないわ。 思わせぶりな事は出来ないし、それにどうやって返そうっ……)
傷ついたような表情を浮かべるリーバイが容易に想像され、ローラの胸が痛んだ。
アンガスが贈って来たドレスを眺め、自然と頬が緩む。 まさか、アンガスがドレスを贈ってくれるなど思ってもいなかったのだ。 アンガスが贈って来てくれたドレスは全て素敵で、ローラの好みに合っていた。 アンガスがローラの好みを知っていてくれている事だけでも、とても嬉しい出来事だった。
一着のドレスを手に取ると、後ろで控えていたお針子が声を掛けて来る。
「ローラお嬢様、お決まりになりましたか?」
「ええ、こちらのドレスにします」
「では、こちらへサイズ調整致しますので」
「ええ、ありがとう」
お針子にドレスを着せられ、サイズの調整を終えるの待っている間、姿見に映った自身の姿を見て、ローラの胸は高鳴っていった。 アンガスの色を纏っていると思うだけで、心が躍るように跳ねる。
(今日もアンガスの色のドレスを着た時も緊張したけど……アンガス様から贈られたドレスだと思うと、余計に緊張するっ)
ドレスのサイズ調整は直ぐに終わり、お針子は沢山のドレスを置いてグイベル家へ戻って行った。
グイベル家へ戻って来たお針子から、ローラがとても喜んでいた事を聞いて、アンガスはホッと胸をなでおろした。 明日は観劇だが、後日、もっと大変な事をジェレミーとグレンダが言い出し、アンガスたちは振り回される事になるのだった。
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そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
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そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
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