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11話

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 学園の音楽祭は秋に行われ、得意な楽器演奏を有志で募り、舞台で披露する。 音楽祭は大聖堂で行われる。 創造主にも演奏を届けたいと、いつからか大聖堂で行われるようになった。

 演奏に誘われ、光妖精も現れたりと、中々見物なのだとか。 エディは楽器演奏が一つも出来ないので、舞台には立たないが、光妖精が出るかもしれないので、とても楽しみにしている。

 大聖堂では、全学年の生徒は入りきらないので、音楽祭に出る生徒の保護者と、生徒会メンバーと執行委員メンバーや限られた教師たちが大聖堂での音楽祭を拝聴できる。

 他の生徒は講堂に集められ、設置された投影魔道具で音楽祭を観る事になる。 エディは少しだけ、楽しみにしている。 大聖堂で行われる音楽祭は、とても厳かで幻想的なのだそうだ。

 王立学園の名物の一つだ。 大聖堂で演奏がしたくて、皆、頑張って練習をしている。

 誰もが音楽祭に出られる訳ではなく、予選を勝ち抜いた者が大聖堂で演奏が出来る。 学力テストが終わった生徒たちは、今は予選に向けて演奏の練習に余念がない。 生徒のほとんどが音楽祭の話を口にしていた。

 学園には生徒たちが競う行事はかなりある。 音楽祭の他に、芸術祭、武術大会もそうだ。

 芸術祭は生徒が描いた絵画の展示もあるが、舞台劇が主だ。 学年ごとに『テーマ』が決められ、発表できる組が決められている。 舞台劇は一組一時間半と決められていて、一日で全ての組は発表できない。 なので、学年で二組づつと決められている。

 二組の枠を賭けて、芸術祭へ出る為、別日に予選が行われる。 武術大会は予選で出場者を絞られた後は、トーナメント方式で行われる。 王城の騎士団が使用している武道場で行われ、憧れの騎士も見学に来る為、とても人気があり、盛り上がるらしい。

 「エディも生徒会を手伝ってくれないか?」
 「私もですか?」
 「うん、お妃教育も終わっているだろう?」
 「はい、王妃様から合格を頂いてます」
 「うん、エディにお願いしたい。 生徒会長ともう一人の副会長の許可は貰っているから。 音楽祭の後、芸術祭も控えていて、準備に大変なんだ」
 「分かりました。 私で良ければ、お手伝いいたします」

 食堂の一角で一緒に昼食を摂っていた時の話だった。 臨時の執行委員を任されたので、当日は大聖堂で音楽祭を楽しめる。 音楽祭の事を思うと、エディの青い瞳が煌めいた。

 「楽しそうだね」
 「ええ、だって、大聖堂で音楽祭を観られるのは、限られた者しか観られないじゃないですか。 とても楽しみです」
 「執行委員の仕事も頑張ってくれよ」
 「はい、任せて下さい」

 (光の妖精にも出会えるかもしれないしね)
 
 エディとリュシアンの会話を近くで聞いていた他の執行委員の一部の令嬢たちが面白くなさそうな表情をしていた事に、エディは気づいていなかった。

 音楽祭の準備の為、エディは執行委員会のメンバーが詰めている教室へと急いだ。 執行委員会室は、生徒会室の隣にある。 校舎とは別棟で、裏庭にある独立した建物の三階にある。

 執行委員会室の扉を開けて入室すると、エディはハッとして瞳を見開いた。

 (うわっ、最悪っ!)

 何故、最悪なのか。 執行委員メンバーに、エディの取り巻きを断った令嬢たちも中にいたからだ。

 全員がそうではないが、三割がそうだった。 執行委員のメンバーは20人ほどだ。 メンバーの中の六人の女性とが同じ学年の一年生だ。 取り巻きを断った令嬢たちは、厳しい眼差しでエディを見つめて来た。

 (まさかっ、あの子たちがいるなんてっ……思いつかなかったわっ。 でも、そうよね。 彼女たちは側妃、もしくは……私を蹴落として正妃の座を狙っているんだもんね。 これって、シナリオ強制力ってやつ?)

 生徒会にはリュシアンが居る。 側妃を狙っている令嬢たちからは、執行委員の仕事はリュシアンに近づける絶好のチャンスなのだろう。

 執行委員会は二年生と一年生が中心になって運営されている。 主な活動は、生徒会の雑用や手伝いで、ローテーションが組まれ、チームで動いている様だ。 エディの胸に嫌な予感が過ぎる。

 「ドゥクレ侯爵令嬢、執行委員のメンバー入り、おめでとうございます。 わたくしたちは歓迎いたしますわ」

 にっこり微笑んで挨拶をしてくれたのは、二年生で執行委員長だという。 何故、おめでとうなのか分からないが、メンバーがほぼ女子という事に、既に嫌気がさしている。

 (どうしようかっ、やっぱり断ろうかなっ……でも、引き受けたからには、仕事を全うしたい)

 真面目な面があるエディは、悪役令嬢にはなれ切れないだろう。 ちょっと考え込んでしまったが、エディの挨拶待ちだと気づき、綺麗なカーテシーを披露した。

 厳しいお妃教育の賜物で、洗練されたエディのカーテシーに、皆の溜息が漏れる。 取り巻き候補だった令嬢たちは、悔しそうな顔をしていた。

 「皆さま、ごきげんよう。 わたくしも殿下から要請され、臨時ではありますが、執行委員に選抜されました。 尽力致しますので、どうぞよろしくお願い致します」

 にっこりと淑女の笑みを浮かべると、メンバーたちも挨拶を返してくれた。 概ね二年生は、エディにも好意的に接してくれた。 問題は、一部の一年生である。 エディの喉が小さく鳴らされた。

 今日はエディの顔合わせで、全員が揃っていたが、いつもはローテーションを組んでいるので、エディも何処かのグループに入れてもらわないといけない。

 (さて、どうするかなっ……取り巻きを断ったし、今更、あの令嬢たちとは無理よね)

 「ドゥクレ侯爵令嬢様、わたくしたち同じ学年ですし、ご一緒致しましょう」
 「……」
 
 (うん、目が笑っていない様な気がする。 この子、私のお茶会の事を噂してた子だっ……うじうじと言っていても仕方ないわね)

 「ありがとうございます、バスティーヌ伯爵令嬢。 一年生の皆さまもよろしくお願います」
 「わたくしの事は、カトリーヌとお呼び下さいませ。 わたくしもドゥクレ侯爵令嬢様を名前でお呼びしたいですわ」

 淑女の笑みを浮かべているが、内心では『嫌だ~』と叫んでいた。

 「ええ、カトリーヌ様、ぜひ、エディットとお呼び下さい」
 「改めてよろしくお願い致します、エディット様」

 カトリーヌを皮切りに、他の一年生の令嬢たちも挨拶を交わし、皆とファーストネームを呼び合う仲になった。 無駄に笑顔なのが、とても恐ろしい。

 (恐ろしやっ、シナリオ強制力っ……。 何とか取り巻きは解散させなければっ)

 だが、エディの不安は杞憂に終わる。 エディの執行委員での臨時扱いは芸術祭が終るまでだ。

 後の武術大会は、大分先の行事だ。 忙しい芸術祭が終ると、生徒会と執行委員も大した仕事がないのだ。 しかし、カトリーヌたちが良からぬ事を考えているなど、エディは知る由もなかった。

 ◇
 
 音楽祭の準備は順調に進んでいた。 エディたちが作業していたのは、本当に裏方で雑用だ。

 関係各所への連絡係、書類の写し、音楽祭の時に飾る為の装飾品作りだ。 そして、エディは貴族令嬢が我儘な事をすっかり忘れていた。

 毎年、作り変えられる音楽祭の看板、年度だけを貼り替えたりしていない。 基本のボードは使い回しだが、ボードに張り付けるタイトル『〇年度、王立学園 第〇回 音楽祭』と書いた紙をエディはピンと張った。 反対側の端を持つロジェに声を掛ける。

 「ロジェ、そのまま引っ張っていてね」
 「はい、お嬢様っ」

 (前世での文化祭の準備みたいで楽しいっ)

 エディはタイトルが書かれた紙を慎重にボードに張り付けた。 ボードの周りには、色とりどりのコサージュを付ける。 前世の記憶があるエディはティッシュで花を作ればいいのではないかと、提案したが、貴族令嬢たちは『ティッシュの花など、貧乏くさい』と難色を示した。

 (……簡単で綺麗なんだけどなっ)

 タイトルのボード作りは、エディたち執行委員に一任されており、ボードに装飾を付けるかは自由だ。 飾りが何もないよりも、あった方がいいだろうと、エディも仕方なくコサージュに賛成した。

 手で押さながらしっかりと空気を抜いていく。 慎重に丁寧にした結果、皺が一つもなく、綺麗に貼れた。 小さく息を吐いたエディは、コサージュ作りはどうなったか、執行委員室の隅で制作しているメンバーを振り返った。

 「どうですか? 間に合いそうですか?」
 「エディット様っ、そうですね。 ギリギリ何とかって感じです」
 「そう、わたくしも手伝います」
 「「「助かりますっ!」」」

 声を揃えて喜んだのは、皆、高官の娘で平民の生徒たちだ。 エディを合わせて今は、四人しか作業をしていない。 確か、ローテーションを組んで、生徒会を手伝っているシステムのはずだ。

 「ロジェ、貴方も手伝いなさい」
 「はい」

 エディの横へロジェが座ると、女生徒たちは喜色の声を上げた。 ロジェの見た目は小6だが、美形なので女生徒たちと一部の男子生徒に人気がある。 人気があるのは、リュシアンのサージェントのアンリも美形で人気が高い。 しかし、王族のサージェントの為、近寄りがたく『尊い』なのだそうだ。

 (『尊い』って、この世界にもオタク文化があるのかしら?)

 コサージュを提案した令嬢たちは、習い事やら家の付き合いでお茶会があるなどと言って、さっさと帰って行ってしまった。 カトリーヌたちが言い出した事なのに、一度もコサージュ作りをしていない。 執行委員とは、ほとんどが幽霊委員で、作業は専ら平民の生徒がしているらしい。

 (確か、20人中、平民生徒は四人だったよね? 三人女子で、一人は二年生の男子だった)

 エディが平民生徒を数えていると、勢いよく執行委員室の扉が開けられた。

 「皆、買って来たぞ。 足りない分の材料。 ついでに食堂の購買でワッフルも買って来た」

 女生徒たちが男子生徒にお礼を言ってワッと駆け寄っていく。

 「ワッフルっ?!」

 (えっ! この世界にワッフルってあるのっ?!)

 エディの叫びに、男子生徒は驚いた顔をしていた。 いつも何も手伝わずに帰ってしまう貴族と同じで、帰っていたと思っていたらしい。 男子生徒は、物凄く意外な顔をしてエディを見つめて来た。

 「うわっ、ドゥクレ侯爵令嬢様、まだいらしたんですね。 良かった~、余分に買って来ておいて~っ! 流石、俺っ!」
 「いやいや、アンタが沢山、食べたかっただけでしょ?」

 流石に平民生徒同士だと、気安くて話す言葉も崩れている。

 「どうぞ、ドゥクレ侯爵令嬢様。 と、ロジェ様にも、どうぞ」

 平民の男子生徒は、エンリコ・アンドレ・ボロトラ、父親が仕官していて、交通省の補佐官をしているらしい。 エディとロジェはありがたく受け取り、お礼を言った。

 「ありがとう、ボロトラ氏。 すごくお腹が空いていたのよ。 ありがたく頂くわ」
 「ありがとうございます、頂きます」
 「いいえ、お役にたてたなら嬉しい限りです」

 貴族にお礼を言われるなんて、と表情に出した後、エンリコはふわりと笑った。 そこそこ顔が整っているので、エンリコの笑みは女のハートを鷲掴みにするだろう。 しかし、美しいリュシアンがそばに居るエディには効かないが。

 「おっ、タイトルボード出来てるじゃないですかっ、後はコサージュだけですね」
 「そうなのよ……そのコサージュが大変なのよっ」

 女生徒たちもワッフルを頬張りながら、エディに高速で頷いている。 小腹を満たしたエディたちは、慣れないコサージュ作りをせっせと頑張るのだった。 カトリーヌたちに纏わりつかれたらどうしようかと、思っていたが、元庶民のエディは平民生徒の方が話しやすい。

 彼らの方が恐縮しているのは分かっているが、貰ったワッフルを齧りながら、我慢してい欲しいと切実に思っていた。
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