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9話

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 ルブラルン王国の王立学園は王城の敷地にあり、大聖堂の隣に建てられている。 Hの形で校舎が建てられ、渡り廊下で横並びに建つ講堂へ繋がっている。 講堂の前には広く開けられた運動場があり、運動場では魔法の練習をしたり、馬術をしたりと色々と生徒たちが活動する場所となっている。

 前庭と裏庭があり、裏庭に別棟が建てられ、食堂と図書室、生徒会室がある。

 新入生は入学式の為、全学年の生徒が講堂へ集められた。 全学年で500人弱、平民の生徒と貴族の子息令嬢の生徒が通っている。 一年生に王太子であるリュシアンがいるので、一年生の生徒数が一番多い。

 次に二年生、三年生の生徒数が一番少ない。 平民も混じっているが、貴族令嬢が多く通っている学園なので、結婚などで令嬢は家の都合で、卒業を前に退学する者が多かった。

 入学式の為、新入生が入場する。 クラス分けがない学園なので、皆は友人や知り合い同士で並んで入場する。 自由に決められた席へ各自前から座って行く。

 学園は身分差を取り払った場所で、王族が一番前で座るとは決められていない。 エディもリュシアンと一緒に歩き、中ほどの空いている席へ並んで座った。 周囲にも平民、貴族が座って行った。

 理事長、学園長、保護者代表、生徒会長の挨拶が終り、新入生の挨拶でリュシアンの名前が呼ばれた。

 「続いて、新入生代表、リュシアン・ディ・ルブラン」
 「はい」

 エディの右隣で座っていたリュシアンが立ちあがり、高らかに返事をした。

 学園の制服を上品に着こなしたリュシアンが壇上へ進み、全校生徒の前へ立った時には、全校生徒の視線がリュシアンに向けられていた。 エディの周囲で女生徒たちがうっとりと溜息を吐いていた。

 (まぁ、顔は良いもんね。 顔は。 皆、知らないだろうけど、性格に難ありですよ……っ)

 リュシアンの演説に皆が陶酔しながら見ていると、エディの背中に突き刺さる様な視線を感じた。

 振り返ったエディは、ビクリと身体を震わせた。 一人の少女がエディを鋭い眼差しで見ていたが、エディは見た事がなく、全く知らない少女だった。 少女の襟元には、赤いリボンが結ばれており、平民だと分かる。 もしかして、貴族を嫌っている平民だろうかと、訝しんだ。

 横柄で傲慢な貴族を嫌っている平民は大勢いる。 学園に通っている生徒の中にも、貴族を嫌っている者もいるだろう。 後ろを気にしていたエディに人影が差した。

 演説を終えたリュシアンが席に戻って来た。 様子のおかしいエディに気づき、リュシアンが眉を顰める。 リュシアンが隣に座ると、少女からの鋭い視線がなくなくった。

 「エディ、どうしたの? 後ろに何か気になる事でも……」
 「大丈夫っ!」

 後ろを振り向こうとしたリュシアンの腕を押さえて止めた。 何故か、リュシアンに後ろで座っている少女と視線を合わせて欲しくないという思いが、反射的に手が動いた。

 エディの行動にリュシアンの雰囲気が柔らかくなる。 優しい眼差しで見つめて来るリュシアンにエディの胸が高鳴る。 リュシアンの事は幼馴染だという思いしかないはずだ。

 (あれ? 何でドキドキしてるんだろう? いや、きっと殿下の顔が良すぎるからだっ。 こんな美形に優しく見つめられたら、誰でもときめくよねっ!!)

 一方、リュシアンは思いの外、エディが自身に可愛い反応をしてくれるので、真っ赤になって俯くエディを抱きしめたいという思いが脳内を占めていた。 邪な思いを抱えている脳内の端で、もう腫れは癒えたが、ドゥクレ侯爵に殴られた頬が痛むような感覚を覚える。

 ハッとしたリュシアンは周囲を見回した。 もしかしたら、ドゥクレ侯爵が何処からか見ているかもしれないと、警戒したのだ。 講堂の後ろの壁際でアンリとロジェが立っていた。

 アンリと視線が合い、リュシアンの意図を察したアンリは顔を左右に振った。 ドゥクレ侯爵は入学式には来ていない様だ。 娘に関心がないと貴族に示しているのだろう。 王太子の婚約者というだけでもエディには利用価値がある。

 ドゥクレ侯爵の存在が無い事に、リュシアンはホッと胸を撫で下ろした。

 入学式の最後に新任の教師の紹介が終り、入学式は無事に終わった。 在校生と来賓や保護者が帰った後、新入生と一年生担当教師が講堂に残された。

 学園はクラス分けがなく、選択式授業の様で、ホームルームも無く、全校集会の朝礼がたまに講堂で行われる。 生徒たちは登校すると、自身が選択した授業を受ける教室へ行くシステムだ。

 一応、学年ごとに教室は分かれている。 一年生は講堂から一番遠い場所、H型の建物の左下だ。

 教師から配られた用紙を広げ、エディは選択内容を覗き込む。 必須科目と選択科目に分かれている。 必須科目に魔法の授業があり、エディの胸が躍った。

 (大学の授業みたい、あ、妖精の授業があるっ! そうか、妖精との契約で魔法を使うから……妖精の勉強も必要なのね)

 「エディ、選択授業はどうする?」
 「選択授業ですか?」
 「うん、どうせなら同じ授業を受けようよ」
 「……えと、新入生代表をしたリュシアンが受ける授業だと……私は着いて行ける自信がありませんけど……」
 「大丈夫だよ。 エディは入試で10番以内に入っているんだから」
 「えっ! 何で、私が知らない事をリュシアンが知っているんですか?」

 エディはリュシアンを訝し気に見つめた。 怪しそうに見つめるエディを笑顔で交わし、エディに自身と同じ授業を受ける様に念を押して来た。

 リュシアンがエディの耳元で小さく囁く。 リュシアンの息が掛かり、くすぐったくて肩を竦めた。

 「ガッドがまた、エディに近づいてくるかもしれないでしょ。 直ぐにエディを守れる場所に居たいんだ」

 顔を上げたエディの視界にリュシアンの色気たっぷりな眼差しが映る。 再び胸を高鳴らせたエディは真っ赤になった。 仲睦まじいエディとリュシアンの様子は、入学式早々、生徒たちの間で噂になった。

 しかし、『そばで守りたい』と言っていたリュシアンは、入学式の後に起こった水災害の指揮を執る為、早々に学校を休む事になった。

 ◇

 学園が始まって直ぐに、エディのあらぬ噂が水面下で流れていた。 理由ははっきりと分かっている。 エディには、直ぐに高位貴族の子息令嬢が群がって来た。

 取り巻きの令嬢たちをご遠慮したいエディは、声を掛けて来た令嬢たちを当たり障りない態度で退けていた。 しかし、エディに侍りたい令嬢たちには、エディの態度が面白くなかったのだろう。

 入学前にエディが一人でお茶会に来ていた事を有る事無い事、影で噂話し出したのだ。

 「皆さま、知っています? ドゥクレ侯爵令嬢のお噂」
 「ええ、聞きましたわっ! 何でもお茶会でジュレ家のガッド様と仲睦まじくされていたとか」
 「わたくしも聞きましたわっ」
 「あの方、もしかしたら王家の血筋がお好きなのかしら」
 「そうかもしれませんわっ。 お茶会でも殿方とばかり話していた気がします」
 「わたくしもそれは思っていましたわ、リュシアン殿下がおられないのに、お茶会に来て、殿方と楽しそうにしているなんて」

 等々、無い事無い事を話題にされいている。 教室移動で階段を使おうと、階段ホールに入った所だった。 階段の奥には女子トイレがあり、令嬢たちはトイレへ立ち寄るため、階段横を歩きながら、噂話をしていた様だ。 噂話を聞いた隣を歩くロジェの瞳が涙で溢れていく。

 「ロジェ、貴方の所為ではないわ。 私が浅はかだったんだから。 それに彼女たちは、私の取り巻きを断った令嬢たちだし……。 その事が気に食わなかったんでしょうね。 気にしたら駄目よ」
 「でも、お嬢様っ」
 「大丈夫だから、好きな様に言わせておきましょう。 その内、飽きるわっ」

 まだ、納得のいっていない顔していたロジェだったが、エディの言う通り、お茶会での噂は直ぐに収まった。 しかし、新たな噂が一年生の間で広まった。

 『リュシアン殿下がドゥクレ侯爵令嬢とは別の女生徒と仲睦まじくしている』
 『リュシアン殿下が闇妖精の呪い魔法を使って何か怪しい事をしている』

 と、まことしやかに生徒の間で広まっていた。 当のリュシアンは、入学早々、雨期の所為で水災害があった領地へ視察と復旧作業の指揮を執る為、長い事王城を留守にしている。

 エディは知っている、リュシアンが復旧作業の指揮を執りながら、災害地から学園に出された課題を提出している事を。 そして、もうそろそろ一か月程経っている事も。

 「リュシアンは、災害地で忙しくて王城には帰って来ていないのに、女生徒とイチャイチャしている時間も、闇妖精で怪しい事をしている時間もないというのに……。 本人が居ない事を良い事に、好き勝手に言ってっ」

 エディの悔しそうな呟きがテーブルに落ちた。

 学園の食堂、窓際の席を選んで座り、エディは周囲で囁かれるリュシアンの噂話を聞いていた。

 相変わらずエディは一人でいた。 何があるか分からない上、エディには断罪される未来が待っている。 リュシアンを狙っている犯人にエディも狙われる可能性がある為、気軽に友人は作れなかった。

 「お嬢様っ、お待たせしました。 今日のランチメニューは、ヒレステーキセットでしたよ」

 ロジェが自分の分のトレイも持って、ランチメニューを運んで来てくれた。 ヒレステーキに掛かっているソースの良い香りが食欲をそそる。 ロジェもステーキが好物なので、尻尾を振って喜んでいる。
 
 「ありがとう、ロジェ。 貴方も座りなさい、早速、頂きましょう」
 「はい、お嬢様」

 学園では、サージェントを一人だけ付けて良いとされていて、お付きの分の食事も提供される。

 人目がある為、エディは淑女の仮面を被り、お嬢様っぽく振舞っている。 ロジェはエディの隣へ腰を下ろした。 お上品にしているエディをロジェは嬉しそうに見つめて来る。 洗練された所作でカトラリーを操り、上品に食事をするエディの姿は、周囲の生徒たちの目を惹く。

 誰もがうっとりとエディを見つめている中、大きな悲鳴を上げる者がいた。

 悲鳴に視線をやると、エディが座っているテーブルの横で転びそうになっている女生徒が居る。 しかし、床に身体が打ち付ける前に、女生徒をロジェが難なく受け止めた。

 丁度、ロジェが手前に座っており、直ぐ横で転びそうになっていた少女を助けられた。

 「大丈夫ですか、ご令嬢。 もう少しで熱いスープを被る所でしたね」

 にっこりと笑って女生徒が持っていたトレイを持ちながら、少女を抱き上げた。 見た目は小6なのに、意外と力持ちなロジェに抱き上げられ、瞳を大きく見開いて少女は驚いている。

 周囲の視線を感じた少女は、何かを訴える様に涙目になった。

 「ううっ、今、あの方が私に足をかけてっ」

 少女は奥に座っていたエディを指さして訴えて来た。

 「お嬢様がですか? それは無理ですね」
 「そんな事ありませんっ、だってっ、本当にっ」
 「ご令嬢、よく見て下さい。 僕がお嬢様の隣に座っていたのですから、ご令嬢の所まで足は届きませんよ? 何故、そんな事を思ったんですか?」
 「そ、それはっ、私が殿下と仲がいいからっ、それを嫉妬されてっ」
 「ご令嬢は殿下と仲がいいのですか?」
 「ええ、そうです。 私と殿下はリラ、リュシアンと呼び合う仲なんです。 だから、それを知ったあの方が私に意地悪をっ」

 可愛らしく頬を染めて涙目でロジェに訴えている。 リラは婚約者のいる男性と良い仲だと、不貞を恥ずかしげもなく、はっきりと言い切った。 周囲で聞いていた生徒たちがひそひそと内緒話をする。

 「おかしいですね、リュシアン殿下とお嬢様は婚約者同士なんですが。 それにリュシアン殿下は、入学式の後に起きた水災害の復旧作業の指揮を執る為に、現地に行っていて、入学式を最後に今日まで一度も登校されていないんですけど。 いつ、リュシアン殿下とお会いになったんですか?」

 もの凄く不思議そうにロジェが首を傾げた。

 「えっ?、うそっ、それは……」

 リラという少女は、先程まで涙目になっていたのに、今は、眉間に皺を寄せて口を引き結んでいた。

 (まさかと思うけど……。 水災害の事、知らなかった? 結構、大きな騒ぎにもなったんだけど……)

 「そうだよね、おかしいよね。 私は君とは会った事もないし、勿論、名前で呼び合う仲でもないよね」
 
 皆はリラに集中していて、背後から近づいて来ていたリュシアンに気づいていなかった。 勿論、エディも気づいておらず、帰って来る事も知らされていなかった。

 「リュシアンっ!」
 「殿下っ」

 皆が一斉に立ち上がり、ロジェもリラを下ろし、臣下の礼をした。 エディもカーテシーをし、頭を下げる。 只一人だけリラだけは、ボケっと突っ立ったままだった。

 「皆、顔を上げてくれ。 私の事は気にせず、食事を続けて」

 リュシアンに言われ、皆は素直に従った。 直ぐに食事が再開され、静かにカトラリーの音が鳴った。 しかし、皆の神経と耳がエディたちに注がれている事は分かった。

 「エディ、ただいま」
 「お帰りなさいませ、リュシアン」
 「リュシアン殿下、お帰りなさいませ」

 挨拶をするエディとロジェに優しく微笑むリュシアンの瞳には、エディしか映されていなかった。
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