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第二十二話

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 晩餐は和やかな雰囲気で始まった。 一番最後に登場してしまったマリーは、情けなくも狼狽してしまった。 しかし、本日の晩餐は家族だけ、主役はクレイグで、公の場でもない。 マリーには迷惑を掛けてたので、快く両陛下、王子王女方も待たせた事を許してくれた。

 晩餐が始まる30分前には王宮に入っていたので、明確には遅刻ではない。 王家の人達が、マリーが来るのを楽しみ過ぎて、早めに集まってしまっただけである。

 王家には、デーヴィッドとクレイグの他にも王子が1人、2人の王女がいる。 皆、現王妃が産んだ子供たちだ。 今日は皆が揃っていた。 美男美女が勢ぞろいしている様子は、顔福である。

 何処を見ても美男と美女が視界に入る。 すぐ下の弟王子は13歳、2人の王女は双子で瓜二つ、10歳になったばかりだと聞いた。 比べても仕方がないが、普通の容姿のマリーが混じると、地味顔でも目立つんだなと、初めて知った。

 (いや、だから目につくんだわっ)

 先程から、給仕係のメイドが王族と見比べてマリーの事を頻繁に見つめて来る。 マリーの様子に気づいたクレイグが、マリーを中庭に誘ってくれた。 晩餐室から離れられると、ホッと安堵してクレイグの誘いに乗った。 マリーも話したい事があり、勿論、問いただしたい事もあった。

 中庭のバラ園に着くと、八角形の東屋のベンチに腰を掛けた。 ベンチの下の木箱には膝掛けが入っていて、クレイグがマリーの膝にかけてくれた。

 「これで寒くない?」
 「ええ、ありがとうございます」
 
 10月も下旬で、夕方の風も冷たくなって来ている。 じっとバラ園を眺めていると、クレイグが意を決した様に、アデラとの事を話し始めた。 全て聞き終え、クレイグの意外と考え無しの所業に、マリーは少し呆れてしまった。

 「悪かったよ。 俺はマリーと婚約できたことに、自分でも自覚がなかったけど、もの凄く浮かれてたみたいだ。 周りが全く見えてなかった。 ちゃんとヴァロータ侯爵令嬢からの婚約は断ったよ。 納得はしてなかったから、何か言ってくるかもしれないけど……留学先でも、もう彼女とは会わないし、一緒にいないから。 許してくれないかっ」
 「そうですか……」

 クレイグが言ってくれた事も、してくれた事も嬉しかったが、素直になれなくて、素っ気ない無い態度を取ってしまった。 じっと眉尻を下げてマリーを眺めて来るクレイグに、もの凄く戸惑う。

 「もう、大丈夫です。 クレイグ様の事を信じます」
 「ありがとう……で、フランネル卿の事なんだけど……」
 「ああ、そうですね。 おじい様って、不貞行為をもの凄く嫌うんですよ……おじい様に会った時、雷が落ちると思います」
 「ははっ、フランネル卿は怖いよな。 俺がマリーとの婚約を打診した時、女遊びを止めたら婚約を認めようって言われたんだ。 ずっと黙ってたけど……」
 「えっ、おじい様は快く了承してくれたって……」
 「ああ、実はそういう条件を出されてたんだよ」

 女遊び禁止の条件を出されてたというのに、アデラと誤解されるような行動をしてたのか、とクレイグを白い目で見てしまった。 全く以って最低である。 マリーの考えが漏れたのか、クレイグはバツの悪そうな表情を浮かべた。

 「フランネル卿には誠心誠意、謝罪するからっ」
 
 必死なクレイグを見て、以前の自身満々にマリーを揶揄って来たクレイグは跡形もなく姿を消していた。 フッと息を抜いたマリーは微笑む。

 「仕方ないですね。 私もおじい様に謝らないといけないし……。 デーヴィッド殿下と恋仲だと噂されてたのは、デーヴィッド殿下から『恋人ごっこ』をしようと言った殿下の所為なんだけど……」

 マリーが吐き出した言葉に、隣で座っていたクレイグから冷たい冷気が溢れ出してきた。 突然の冷気に身震いしたマリーは、そっと隣を伺った。

 「恋人ごっこって何だ? 俺、何も聞いてないなっ。 兄上とそんな楽しそうな事をしてたのか?」
 
 クレイグは自分の事は棚に上げて、もの凄い怒りを見せて来た。 クレイグの怒りに、恐怖を覚えたマリーは、ベンチの端に移動してクレイグから距離を取る。

 口は災いの元、咄嗟に言い返していた。

 「そんなこと言って、クレイグ様だって、アデラ様と遊んだりしてたんでしょ? 四六時中、一緒に居るってこちらまで聞こえてきましたよっ!」
 「アデラとは、マリーと兄上みたいにあちこち出掛けてないぞっ! 噂の事を言うなら、マリーたちの事も隣国まで聞こえて来てたっ」
 「「……っ」」

 マリーとクレイグの不毛な睨み合いが暫く続き、同時に折れた。 離れた距離を詰めて来たのはクレイグで、マリーはベンチの端で逃げ場を失った。

 「悪い、やっと会えたんだから、喧嘩は止めよう。 元々、俺の所為なんだ。 色々心配かけて、すまなかった」
 「私も言い過ぎました。 ごめんなさい」
 
 強く抱きしめて来たクレイグは、マリーの肩に顔を乗せて、肩口で息を吐き出した。 そっとクレイグの首筋に頭を寄せた。 何も考えずに身体を寄せ合っていると、マリーの口から素直な気持ちが飛び出し、身体の力の抜いた。

 「大好きですよ」
 「俺も大好きだ」

 ◇

 後日、祖父に妃教育の中休みの日に会えないかと、手紙を書いた。 マリーとクレイグが一緒に会えるのは中休みの日しかないのだ。 1週間後にはクレイグは留学先に戻ってしまう。

 クレイグも帰って来てからとても忙しくしている。 デーヴィッドが留学していたグイディ王国の王子がお忍びで遊びに来ているらしく、2人で相手をしている様だ。 王妃の宮で妃教育を終えて帰る途中、クレイグに会えれば会ってから帰ろうかと考えていた。

 廊下の先を曲がろうとして、メイドが噂している話声がマリーの耳に飛び込んで来た。

 「そうなのよ。 どうやらアデラ様、デーヴィッド殿下が留学している時も、長い休みの日はデーヴィッド殿下の所へ押しかけて遊びに行っていたらしいわ。 だから、今、来ていらっしゃるレアルコ王子とも面識があるんですって」
 「まぁ、それでレアルコ王子と会う為に王宮へ来ているの?」
 「今までは、殿下方に必死にアピールしてたのに、もうあちらの王子に乗り換えるの?」
 「何でも、レアルコ王子の方がアデラ様をずっと恋い慕ってらしたそうよ。 でも、アデラ様はデーヴィッドを慕っていらしたし、諦めていたのですって」

 つい、学院の時の癖でメイドの噂話が聞こえた途端、曲がりの角の壁に張り付いて隠れた。

 (アデラ様……ただでは起きないわねっ)

 「しかも、隣国の大学を退学して、レアルコ王子が帰国する時に着いていくらしいわ」
 「まぁ、じゃ、グイディ王国で王妃になられるのね、アデラ様」
 「そうみたいよ」

 メイドが噂するアデラの話に、本当に王族なら誰でもいいのかと、マリーは愕然としていた。 そして、今まで振り回されたマリーとクレイグは何だったのかと憤りも感じていた。

 クレイグは昔の事だが、アデラが好きだったのだ。 今回のアデラの行動でどれだけクレイグが傷つき、絶望したか分からない。 不機嫌に顔を歪めていると、通りかかったデーヴィッドと視線があった。 視線が合うなり、デーヴィッドが堪らず吹き出した。

 「その顔を見ると、アデラの噂話を聞いたのかな?」

 ムスッとした表情でマリーは頷いた。 アデラがクレイグの事を諦めた事は喜ばしい事だが、クレイグが侮られたようで釈然としないのだ。

 「アデラ様の噂は本当なんですか?」
 「ああ、本当だよ。 僕がアデラに彼を紹介したしね。 アデラにとっても、我が国にとっても悪い話ではないんだ。 政治上ね。 アデラは王族になりたがっていたし、レアの気持ちも知っていたしね。 あ、レアはレアルコの愛称ね」
 「そうなんですね」
 「うん、だから、フランネル卿には、アデラはグイディ王国で王妃になりますって報告するれば良いと思うよ。 明後日に行くんでしょ? レグと会いに」
 「……っはい、でも、アデラ様の事だけでなく……」

 最後まで言わずに、恨めしそうに瞳を細めてデーヴィッドを見た。

 「ああ、そうか、僕たちの事かっ」

 デーヴィッドは要領を得たのか、笑顔で頷いた。

 「本当の事を言えばいいよ。 クレイグに、お仕置きする為に『恋人ごっこ』をしていて、何もなかったって」
 「そうなんですけど……祖父が納得してくれるかどうかは……」

 小さく息を吐き出したデーヴィッドは、爽やかな笑みを浮かべて宣った。

 「じゃ、これをつけ足せばいいよ」
 「何をですか?」
 「僕に婚約者候補が出来たってね」
 「えっ、えぇぇぇ! 出来たんですか?!」
 「まだ、確定ではないし、誰かは内緒だよ。 ちょっと面白い子を見つけてね。 外国の王族と婚約する手もあったけど、外よりも国内に良い子が残っていた」
 
 楽しそうに笑うデーヴィッドに、マリーは恐る恐る訊いてみた。 しかし、顔を横に振り、人差し指を自身の唇に当てたデーヴィッドは、色気が溢れ出ていた。

 仕草に色気が混じり、マリーには毒だった。 何と言っていいのか分からず、言葉が詰まる。

 「これから、その令嬢に、会いに行くんだ。 反応がとても面白くてね。 レグは執務室にいるよ。 陛下からのお仕置きで、沢山の仕事を回されてたからね」

 デーヴィッドは、ご機嫌で去って行った。 マリーを一番に振り回しているのは、デーヴィッドなのではないかと、大きく溜息を吐き出した。

 ◇

 馬車の車輪が草地を蹴り、草と土が跳ねる。 一般の馬車よりも揺れが少なく、乗り心地も良い。

 祖父との面会の日は直ぐに来た。 フランネル領は、王都から少し離れた場所にあり、馬車で2時間ほど走らせれば辿り着く。 マリーとクレイグは王宮から貸し出された豪奢な馬車に乗り、フランネル領を目指さしていた。

 「クレイグ様、もう直ぐ着きますよ」
 「ああ」

 珍しく緊張している様な表情をしているクレイグの様子に、マリーにも緊張が移るようだった。

 「緊張してきましたね」
 「ああ」

 豪奢な馬車の車中は、緊張が最高潮に高まったマリーとクレイグを乗せて、フランネル家の本宅へ向かった。

 屋敷に着いたマリーとクレイグは、緊張した面持ちでフランネル家の屋敷を見上げた。 誰も出迎えに来ないと思っていたら、馬車の音でマリーとクレイグが屋敷に着いた事が分かったのか、家主が出て来た。

 「ようこそ御出で下さいました、クレイグ殿下。 マリー、良く帰って来たね。 お帰り」

 家主であるマリーの父親が出迎えに出て来た。 後ろには使用人がずらりと並び、母が真ん中で立っていた。 皆が臣下の礼を取り、クレイグに挨拶をした。

 「お父様、お母様、皆、ただいま帰りました」
 「お義父上、お義母上、出迎えありがとう、お邪魔する。 早速で申し訳ないが、フランネル卿はご在宅だろうか?」
 「父は離れで暮らしていて、そちらにおります。 ご案内致しますので、どうぞ」
 「ああ、すまない」

 両親とも色々話したい事はあるが、今は取り敢えず、祖父と話さないとならない。 マリーは心の中で息を吐き出した。 前を歩くクレイグは、馬車の中で見せていた緊張はなく、堂々と歩いている。

 (流石だわっ、さっきあんなに緊張してたのにっ……『ああ』しか言わなかったのにっ)

 離れに続く重厚そうな扉が目の前で、力強く佇んでいた。 先程まで消えていた緊張が再び襲い掛かって来た。 父が扉をノックして、クレイグ殿下の訪れを知らせる。 直ぐに返事があった。

 「お入り」

 相変わらず祖父は、声や口調だけは柔らかい人だという印象を与える。 マリーとクレイグは緊張しながら祖父が待つ部屋へ入って行った。 父と母は話を聞く許可を祖父から貰っていないらしく、入って来なかった。

 「お久しぶりです、おじい様っ……えっ」

 久しぶりに会った祖父はベッドの中にいた。 八角形の離れは部屋が1つだけある。 扉から入れば直ぐに居間や寝室、簡易キッチンやお風呂にトイレが間取りされている。 天井も高くてベッドが置かれている天井の位置には天窓が作られている。 そして、各々、装飾された壁で仕切られていた。

 寝室のスペースは部屋に入って左側に置かれていた。 祖父はマリーを見ると、目尻を下げて優し気に微笑みかけて来た。 マリーはベッドのそばに駆け寄った。

 「おじい様、どうされたんですか? 具合でも悪いのですか?」
 「大丈夫だ、季節の変わり目で少し、体調を崩しただけだ、大した事はない」

 クレイグもマリーの側で立ち、心配気な声で祖父に声を掛けた。

 「久しぶりです、フランネル卿。 体調が悪いのであれば、日時を改めた方が良かったか」
 「いや、お気になさらず、クレイグ殿下。 本日はうちの料理長が張りっ切って晩餐を用意しております。 どうぞ楽しんで行かれますよう」
 「……ああ、楽しみにしよう。 それと……」

 クレイグが言い淀むと、祖父は片手を上げてクレイグの言葉を遮った。 マリーとクレイグは祖父の態度に首を傾げる。

 (確か、言い訳をしに来いって言ってたのに? どういうことかしら?)

 「王族が一介の貴族に呼びつけられ、不敬罪にもせずに訪れたのですから、クレイグ殿下が我が孫に本気だという事は分かりました。 それと、ヴァロータ侯爵令嬢がグイディ王国へ嫁いで行ったと聞きました。 それで十分でしょう」

 アデラはグイディ王国の王子に求婚されると、さっさと大学を辞めて、帰国する王子と一緒にグイディ王国へ着いて行ってしまった。 あっさりと乗り換えたアデラに、もう気持ちが無かったとしても、クレイグは憤っていたに違いない。

 柔らかい表情で語る祖父を見て、マリーは内心で仰天していた。

 (おじい様が……こんな優しい事をおっしゃるなんてっ! もしかして、何か悪い病気なの?!)

 扉付近に立っている侍従を振り返ると、マリーの視線に気づいた侍従は、顔を横に振った。

 (あれは……分かっているけど、私は何も言いませんよって事ね……)

 「しかしながら」

 祖父を見ていなかったマリーは、背中に祖父の厳しい視線と、先程とは違う低い声に、時計仕掛けの様に振り返った。 突然、雰囲気が変わった祖父に、クレイグも呆気に取られている。

 祖父の低い声が身体に響き、マリーは肩を小さく揺らし、クレイグは慄いていた。

 「不名誉な噂を立てられるような事をしたのは事実だ。 特にマリー、お前は王子方を両天秤にかけた。 本来なら不敬罪と問われても仕方がない事案だ」
 「……っはい。 でも、あの、おじい様っ」

 (あれはっ、デーヴィッド殿下が『恋人ごっこ』を私の承諾なく、勝手にっ!)

 言い訳をしようとしたマリーに祖父は鋭い眼差しを向けて来た。 マリーのこめかみから冷や汗が流れ、祖父からそっと視線を逸らした。

 (私には無理っ! デーヴィッド殿下が言ってくれたような言い訳は言えないわっ)

 「マリーとデーヴィッド殿下との関係は調べがついている。 マリーが毅然とした態度で断らなかった事も悪いが、立場上できなかった事も分かっている」

 マリーとクレイグは祖父を真剣な眼差しで見つめる。

 「クレイグ殿下、マリー。 学院を卒業したら婚姻との話でしたか、不名誉な噂が社交界で流れている今、私は心配です。 このままマリーがクレイグ殿下に嫁いでも、着いて来てくれる貴族はいないでしょう。 不名誉な噂を払拭するまで、婚姻は延期したい。 もしくは、マリーが何かの成果を上げるまでは」
 「分かりました。 噂の払拭と、マリーのイメージアップをすればいいだけだ」
 
 至極簡単に宣うクレイグに、マリーは不安そうな表情を浮かべる。

 「大丈夫だ、マリーなら出来る」
 「いや、その自信、何処から来るんです?」
 
 マリーとクレイグは、祖父の言う通りに噂の払拭と、マリーのイメージアップを図る事になった。

 試験休みはあっという間に終わり、授業が始まる。 生徒会の事もあり、今後の事を考えると、マリーの胸は不安で一杯になったのだった。 だが、心に決めた事が1つだけある。

 (いつか絶対にデーヴィッド殿下には、どんな形でもいいから、報復するんだからっ!)

 強く拳を握って天空へ突き上げ、デーヴィッドへの復讐心に燃えるマリーだった。
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