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14話
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風の国ヴァンは、大陸の東に位置しており、クラーヴァの街は、ヴァンの中でも東側に位置している。
移動する事を決めた綾たちは、直ぐに旅の準備を始めた。
今回の旅は、ちゃんと家族に行き先を告げ、綾は家族に見送られて家を出た。
綾の中では、まだ家族としての感情が追いついておらず希薄だが、綾の帰る場所はサルトゥ家なのだと思っている。
手を振る家族に、綾も明るく手を振り返した。 もしかしたら、もう二度と会えないかも知れない。 一生の別れを考えると、綾の眉尻が下がった。
綾を励ましてくれているのか、肩に手を置いてきた圭一朗に、『大丈夫だ』と笑顔を向ける。
◇
サングリエの街を出て、圭一朗に先導されて、綾は初心者の森へやって来た。
「圭一朗さん、森へ来てどうするの? クラーヴァに行くなら、馬車じゃない?」
「うん。 でも、馬車だと日にちが掛かるからな」
では、何で行くのだろうと、綾が首を傾げていると、圭一朗は赤羽を側へ呼んだ。
「じゃ、赤羽、頼んだよ」
「ガルルルッ」
赤羽は、黄色地に黒と赤の縞模様、緋色の瞳、背中に赤い羽の模様がある子虎だ。
赤羽が一声鳴くと、背中にある赤い羽の模様が立体的に飛び出し、大きく羽を伸ばした。 姿は子虎のままだが、身体自体も巨大になり、綾の身長を超えた。
「……赤羽ちゃん、デッカくなちゃった」
尻尾を振って愛嬌を振り撒く赤羽はとても可愛らしく、巨大でも怖くなかった。
巨大化した赤羽が屈み、圭一朗が先に飛び乗る。 屈んだとて、綾には高過ぎて乗る事が出来ない。
どうしようと思っていたら、青葉が踏み台になってくれると言う。
「ええぇ~、そんなの踏めないよっ!」
「ガルルッ、ガルッ(大丈夫だよ、乗って)」
()の文字は、青葉がそう言っている様に、綾には聞こえている。
青葉も子虎のまま成獣の大きさになり、綾の前で屈んでくれた。 躊躇う綾に、純粋無垢な瞳を向けてくる。
「ガルルッ、ガルッ(大丈夫だよ、乗って)」
()の文字は、青葉がそう言っている様に、綾には聞こえている。
いや、いやいや、余計に乗れないわっ!
紫月が綾に見本を見せる様に、青葉に飛び乗った。 躊躇いなく飛び乗った紫月に、綾はギョッとして凝視した。
綾を振り返り、大丈夫だと言う声が普段より甲高かった。
「大丈夫ですよ、ほら、ビクともしませんよ」
うん、その大きさならね、大丈夫でしょうね。
綾の目の前で、青葉の背中に飛び乗った紫月は、成獣だけど大きさが子虎よりも一回りくらい小さい。
綾は青い瞳を細めた。
紫月は綾の訝しむ眼差しに気づいているのか、いないのか。 青葉の背中から赤羽に飛び乗った。 紫月に続けとばかりに、精霊たちが小さくなって赤羽に飛び乗る。
赤羽に飛び乗った精霊たちは、圭一朗の周りに集まった。 瞬く間に圭一朗は虎の精霊まみれになっていた。
「ほら、綾」
手を差し出してきた圭一朗に、青葉の背に乗って綾は手を伸ばした。 繋がった手と腕の上を綺麗がお先に、と駆け抜けて行く。
「綺麗っ!」
「マスターも早くおいでよ! マスターの肩よりも高いよ!」
当たり前だよ、綺麗っ。
ぐっと力強く手を握られ、綾は覚悟を決めた。
「ごめんね、青葉ちゃん」
「ガルルッ(大丈夫!)」
青葉の背中を蹴ると、圭一朗が繋いだ手を力強く引っ張り、綾を赤羽の背中へと引っ張り上げてくれる。 直ぐに綺麗が綾の肩の上へ登ってくる。
圭一朗の前で跨った綾の視界に映る、いつもよりも高い目線、視界の先で広がる森に感動の声が出た。
「凄いっ」
「そうだな、日本に居たら見られなかった景色だな」
最後に赤羽の背中に飛び乗った青葉を確認し、全員乗ったか皆に問い掛ける。
「皆、乗ったか? 置いてけぼりはいないな?」
精霊たちから返事があり、皆の確認が出来た。
「さぁ、出発だ。 行き先はクラーヴァだ。 赤羽、東へ向かってくれ」
『ガルルル』と唸り声を上げた赤羽が羽を大きく羽ばたかせる。
旋回をした赤羽が東へ向かう。
綾と圭一朗の髪が風に煽られて靡き、頬を撫でる風が気持ちいい。
朝に飛び立った綾たちは、夕方頃にクラーヴァに辿り着いた。
「赤羽、街道から少し離れた場所に降りてくれ。 街まで歩いて行く」
圭一朗と虎の精霊たちは、高い魔力がないと視認できない為、綾と綺麗が飛んでいる様にしか見えない。
そうよね。 離れた場所でないと、私が一人で宙に浮いてる様に見えるよね。
綾を発見した人は、もの凄く驚くだろう。 『それはとても遠慮したい』と、内心で呟いた。
子虎たちは、小さい姿が気に入ったのか、圭一朗の全身に纏わりついたり、肩や頭に乗っかったりしている。
少しだけほっこりしながら子虎たちを見ていると、圭一朗から声が掛かる。
「じゃ、行こうか」
「はい、圭一朗さん」
この世界へ来て、三つ目の街だ。
クラーヴァがどんな街なのか、とても楽しみだ。 公式サイトでも、サングリエとチィーガルしか調べなかった。
まぁ、ゲームと同じなのか、分からないけど……このフィールド以外もゲームと同じなのかな?
隣で並んで歩く圭一朗を盗み見る。
圭一朗と並んで歩いている事に、嬉しくなり、綾は笑みを溢す。 綾の視線を感じたのか、圭一朗は首を傾げる仕草で、『何だ?』と問い掛けてきた。
「圭一朗さんとこんな風に旅をするなんて、思ってもいなかったから、信じられないし……だって圭一朗さん、先生だったし。 だから旅が出来て、楽しくて仕方がないの」
綾の笑顔に、圭一朗が切ない様な、嬉しい様な、何と表現をしていいのか分からない笑みを向けて来た。
「私、先生が一緒で良かったな。 巻き込んで申し訳なかったけど、先生が一緒に転生する事になって、本当に良かった」
二人と十三体の精霊の周囲で、優しい空気が流れる。 不意に頭を撫でて来た圭一朗は、優しい眼差しをしていた。
「綾、答えを出すのはまだ早いぞ。 俺は今時珍しい古風な奴で、口煩い大人だからな。 その内、一緒に居る事に嫌だって言い出すかもな」
ニヤりと意地悪な笑みを浮かべる圭一朗。
圭一朗が言った言葉は、いつか綾が言った言葉だった。
「先生、何でそれ知ってっ」
焦った綾は、青い瞳を彷徨わせた。
前世で高校生だった綾は、友人トラブルで一年時は二学期の半ばから、保健室登校をしていた。 圭一朗は今時珍しい古風な人で、綾の世代からは口煩い大人だった。
つい口から出たんだよね、色々と説教されて……。
我慢が出来ず、数少ない友人が保健室へ来た時にポロっと溢してしまったのだ。
「よく覚えてましたね、そんな昔の事」
「……そんな昔の話でもないぞ。 半年前の話だ」
「そうでしたっけ?」
誤魔化し笑いをした綾の頭を、圭一朗が再び撫でる。
側で見守っていた紫月の声が足元から聞こえる。
「お二人共、そろそろ行きませんと、門が閉じられてしまいますよ」
「そうか、門限があるのかっ」
「はい、夜は魔物が活発に動く時間帯ですから、七時頃には門が閉じられます」
二人で『へぇ~』と感心した様に、呟いた。
後は、今後の話し合いをしながら、門前まで歩き続ける。 門限が近づいているからか、街へ入る為、沢山の人や馬車が並んでいた。
人混みの列を見て、綾はちょっとだけ引いてしまった。 サングリエの街では見た事がなかった光景だ。
本当に此処まで飛んで来なくて良かった。 絶対に注目を浴びてた。
肩から感心した綺麗の声がする。
「流石、精霊王が住まう街だね。 大きさも人の多さも違う」
「うん……」
本当にそうだ。 クラーヴァと比べれば、サングリエなんて、田舎だよっ。
「確か、一つの街の広さが、一国分入るとか……何とか」
「えっ、本当に?! 街なのにっ!」
「はい」
右隣に居た亜麻音が、薄茶色の瞳を細めた。 最近になって分かってきた。
紫月がリーダー格で、亜麻音がサブリーダー、クロガネは言わずもがな、戦闘の師匠なのだろう。
何時も紫月と亜麻音が圭一朗を挟んで守っている様に見える。 クロガネ以外の精霊達は、まだ子虎だから役割がないのか、分からない。 赤羽が移動担当になる事は間違いないだろう。
分からないと言えば、成獣の白夜だ。
何時もふらりと何処かに行ってしまい、知らない間に戻って来ている。 何をしているのか全く分からない。
圭一朗も知らない様だ。 色々と考えていたら、漸く綾たちの番になった。
綾と猪の精霊である綺麗しか見えないだろうが、隣で子虎まみれになっている圭一朗と並んで歩き、足元には四体の精霊が付き従う。
絢は綺麗を連れて関所の門を潜った。
門兵の調べを受け、冒険者の身分証を見せる。 何事もなく、綾はクラーヴァの街へ入れた。
「圭一朗さん、何処に行きます?」
市場の方から美味しそうな匂いが漂い、綾のお腹の虫が音を鳴らした。
隣で歩く圭一朗に向かって話し掛けたのだが、周囲の人には圭一朗の姿が見えない。 よって、綾は一人で何もない場所に話しかける人と認識され、周囲の人たちから不審がられた。
周囲からの視線に、冷や汗が止まらない。 綾がピシリと固まる。
あっ、やってしまった。
サングリエの街でも一度やってしまい、綾は恥ずかしい目に遭った。
「……綾っ」
堪らず綾は市場の方角へ駆け出していた。 市場の路地へ飛び込むと、どん詰まりで立ち止まり、溜め息を吐き出す。
「失敗したっ! 気をつけてたのにっ」
「ずっと俺と一緒で、他に誰も居なかったから、気が緩んでたんだな」
「……っはい」
綾は気を取り直して、圭一朗に訊ね直した。
「で、何処に行くんです?」
「そうだな。 取り敢えず、今夜は宿を取って休むか。 明日から精霊王の住処を探すとして、今は飯だな」
圭一朗が話をしている間も、綾のお腹の虫が大合唱していた。
◇
綾たちがクラーヴァの街へ向かった頃、眷属を集め終わったイェルカの契約精霊はご満悦だった。
精霊としては少しだけ黒いが、彼なりに世界の安寧を願っている。
「イェルカ、では、行こうか。 本当はクラーヴァよりもクーニュの方が良いのだが、現在の精霊王が住まう街だからね。 無視はできない。 精霊王と話をしないと」
「分かりましたわ。 気球を用意しましょう。 それに、クーニュの精霊も必要なのでしょう?」
「ああ、取り敢えずは、先に四体の精霊を眷属にする。 後は追々でいいよ」
ケビンと二体の精霊は、契約精霊を警戒している。
イェルカは、契約精霊と契約を交わした事を誇り、嬉しさが身体中から溢れ出していた。
イェルカたちは、気球船が停留している場所へ向かった。
綾たちに遅れる事一時間と少し、イェルカたちを乗せた気球船が出発した。
移動する事を決めた綾たちは、直ぐに旅の準備を始めた。
今回の旅は、ちゃんと家族に行き先を告げ、綾は家族に見送られて家を出た。
綾の中では、まだ家族としての感情が追いついておらず希薄だが、綾の帰る場所はサルトゥ家なのだと思っている。
手を振る家族に、綾も明るく手を振り返した。 もしかしたら、もう二度と会えないかも知れない。 一生の別れを考えると、綾の眉尻が下がった。
綾を励ましてくれているのか、肩に手を置いてきた圭一朗に、『大丈夫だ』と笑顔を向ける。
◇
サングリエの街を出て、圭一朗に先導されて、綾は初心者の森へやって来た。
「圭一朗さん、森へ来てどうするの? クラーヴァに行くなら、馬車じゃない?」
「うん。 でも、馬車だと日にちが掛かるからな」
では、何で行くのだろうと、綾が首を傾げていると、圭一朗は赤羽を側へ呼んだ。
「じゃ、赤羽、頼んだよ」
「ガルルルッ」
赤羽は、黄色地に黒と赤の縞模様、緋色の瞳、背中に赤い羽の模様がある子虎だ。
赤羽が一声鳴くと、背中にある赤い羽の模様が立体的に飛び出し、大きく羽を伸ばした。 姿は子虎のままだが、身体自体も巨大になり、綾の身長を超えた。
「……赤羽ちゃん、デッカくなちゃった」
尻尾を振って愛嬌を振り撒く赤羽はとても可愛らしく、巨大でも怖くなかった。
巨大化した赤羽が屈み、圭一朗が先に飛び乗る。 屈んだとて、綾には高過ぎて乗る事が出来ない。
どうしようと思っていたら、青葉が踏み台になってくれると言う。
「ええぇ~、そんなの踏めないよっ!」
「ガルルッ、ガルッ(大丈夫だよ、乗って)」
()の文字は、青葉がそう言っている様に、綾には聞こえている。
青葉も子虎のまま成獣の大きさになり、綾の前で屈んでくれた。 躊躇う綾に、純粋無垢な瞳を向けてくる。
「ガルルッ、ガルッ(大丈夫だよ、乗って)」
()の文字は、青葉がそう言っている様に、綾には聞こえている。
いや、いやいや、余計に乗れないわっ!
紫月が綾に見本を見せる様に、青葉に飛び乗った。 躊躇いなく飛び乗った紫月に、綾はギョッとして凝視した。
綾を振り返り、大丈夫だと言う声が普段より甲高かった。
「大丈夫ですよ、ほら、ビクともしませんよ」
うん、その大きさならね、大丈夫でしょうね。
綾の目の前で、青葉の背中に飛び乗った紫月は、成獣だけど大きさが子虎よりも一回りくらい小さい。
綾は青い瞳を細めた。
紫月は綾の訝しむ眼差しに気づいているのか、いないのか。 青葉の背中から赤羽に飛び乗った。 紫月に続けとばかりに、精霊たちが小さくなって赤羽に飛び乗る。
赤羽に飛び乗った精霊たちは、圭一朗の周りに集まった。 瞬く間に圭一朗は虎の精霊まみれになっていた。
「ほら、綾」
手を差し出してきた圭一朗に、青葉の背に乗って綾は手を伸ばした。 繋がった手と腕の上を綺麗がお先に、と駆け抜けて行く。
「綺麗っ!」
「マスターも早くおいでよ! マスターの肩よりも高いよ!」
当たり前だよ、綺麗っ。
ぐっと力強く手を握られ、綾は覚悟を決めた。
「ごめんね、青葉ちゃん」
「ガルルッ(大丈夫!)」
青葉の背中を蹴ると、圭一朗が繋いだ手を力強く引っ張り、綾を赤羽の背中へと引っ張り上げてくれる。 直ぐに綺麗が綾の肩の上へ登ってくる。
圭一朗の前で跨った綾の視界に映る、いつもよりも高い目線、視界の先で広がる森に感動の声が出た。
「凄いっ」
「そうだな、日本に居たら見られなかった景色だな」
最後に赤羽の背中に飛び乗った青葉を確認し、全員乗ったか皆に問い掛ける。
「皆、乗ったか? 置いてけぼりはいないな?」
精霊たちから返事があり、皆の確認が出来た。
「さぁ、出発だ。 行き先はクラーヴァだ。 赤羽、東へ向かってくれ」
『ガルルル』と唸り声を上げた赤羽が羽を大きく羽ばたかせる。
旋回をした赤羽が東へ向かう。
綾と圭一朗の髪が風に煽られて靡き、頬を撫でる風が気持ちいい。
朝に飛び立った綾たちは、夕方頃にクラーヴァに辿り着いた。
「赤羽、街道から少し離れた場所に降りてくれ。 街まで歩いて行く」
圭一朗と虎の精霊たちは、高い魔力がないと視認できない為、綾と綺麗が飛んでいる様にしか見えない。
そうよね。 離れた場所でないと、私が一人で宙に浮いてる様に見えるよね。
綾を発見した人は、もの凄く驚くだろう。 『それはとても遠慮したい』と、内心で呟いた。
子虎たちは、小さい姿が気に入ったのか、圭一朗の全身に纏わりついたり、肩や頭に乗っかったりしている。
少しだけほっこりしながら子虎たちを見ていると、圭一朗から声が掛かる。
「じゃ、行こうか」
「はい、圭一朗さん」
この世界へ来て、三つ目の街だ。
クラーヴァがどんな街なのか、とても楽しみだ。 公式サイトでも、サングリエとチィーガルしか調べなかった。
まぁ、ゲームと同じなのか、分からないけど……このフィールド以外もゲームと同じなのかな?
隣で並んで歩く圭一朗を盗み見る。
圭一朗と並んで歩いている事に、嬉しくなり、綾は笑みを溢す。 綾の視線を感じたのか、圭一朗は首を傾げる仕草で、『何だ?』と問い掛けてきた。
「圭一朗さんとこんな風に旅をするなんて、思ってもいなかったから、信じられないし……だって圭一朗さん、先生だったし。 だから旅が出来て、楽しくて仕方がないの」
綾の笑顔に、圭一朗が切ない様な、嬉しい様な、何と表現をしていいのか分からない笑みを向けて来た。
「私、先生が一緒で良かったな。 巻き込んで申し訳なかったけど、先生が一緒に転生する事になって、本当に良かった」
二人と十三体の精霊の周囲で、優しい空気が流れる。 不意に頭を撫でて来た圭一朗は、優しい眼差しをしていた。
「綾、答えを出すのはまだ早いぞ。 俺は今時珍しい古風な奴で、口煩い大人だからな。 その内、一緒に居る事に嫌だって言い出すかもな」
ニヤりと意地悪な笑みを浮かべる圭一朗。
圭一朗が言った言葉は、いつか綾が言った言葉だった。
「先生、何でそれ知ってっ」
焦った綾は、青い瞳を彷徨わせた。
前世で高校生だった綾は、友人トラブルで一年時は二学期の半ばから、保健室登校をしていた。 圭一朗は今時珍しい古風な人で、綾の世代からは口煩い大人だった。
つい口から出たんだよね、色々と説教されて……。
我慢が出来ず、数少ない友人が保健室へ来た時にポロっと溢してしまったのだ。
「よく覚えてましたね、そんな昔の事」
「……そんな昔の話でもないぞ。 半年前の話だ」
「そうでしたっけ?」
誤魔化し笑いをした綾の頭を、圭一朗が再び撫でる。
側で見守っていた紫月の声が足元から聞こえる。
「お二人共、そろそろ行きませんと、門が閉じられてしまいますよ」
「そうか、門限があるのかっ」
「はい、夜は魔物が活発に動く時間帯ですから、七時頃には門が閉じられます」
二人で『へぇ~』と感心した様に、呟いた。
後は、今後の話し合いをしながら、門前まで歩き続ける。 門限が近づいているからか、街へ入る為、沢山の人や馬車が並んでいた。
人混みの列を見て、綾はちょっとだけ引いてしまった。 サングリエの街では見た事がなかった光景だ。
本当に此処まで飛んで来なくて良かった。 絶対に注目を浴びてた。
肩から感心した綺麗の声がする。
「流石、精霊王が住まう街だね。 大きさも人の多さも違う」
「うん……」
本当にそうだ。 クラーヴァと比べれば、サングリエなんて、田舎だよっ。
「確か、一つの街の広さが、一国分入るとか……何とか」
「えっ、本当に?! 街なのにっ!」
「はい」
右隣に居た亜麻音が、薄茶色の瞳を細めた。 最近になって分かってきた。
紫月がリーダー格で、亜麻音がサブリーダー、クロガネは言わずもがな、戦闘の師匠なのだろう。
何時も紫月と亜麻音が圭一朗を挟んで守っている様に見える。 クロガネ以外の精霊達は、まだ子虎だから役割がないのか、分からない。 赤羽が移動担当になる事は間違いないだろう。
分からないと言えば、成獣の白夜だ。
何時もふらりと何処かに行ってしまい、知らない間に戻って来ている。 何をしているのか全く分からない。
圭一朗も知らない様だ。 色々と考えていたら、漸く綾たちの番になった。
綾と猪の精霊である綺麗しか見えないだろうが、隣で子虎まみれになっている圭一朗と並んで歩き、足元には四体の精霊が付き従う。
絢は綺麗を連れて関所の門を潜った。
門兵の調べを受け、冒険者の身分証を見せる。 何事もなく、綾はクラーヴァの街へ入れた。
「圭一朗さん、何処に行きます?」
市場の方から美味しそうな匂いが漂い、綾のお腹の虫が音を鳴らした。
隣で歩く圭一朗に向かって話し掛けたのだが、周囲の人には圭一朗の姿が見えない。 よって、綾は一人で何もない場所に話しかける人と認識され、周囲の人たちから不審がられた。
周囲からの視線に、冷や汗が止まらない。 綾がピシリと固まる。
あっ、やってしまった。
サングリエの街でも一度やってしまい、綾は恥ずかしい目に遭った。
「……綾っ」
堪らず綾は市場の方角へ駆け出していた。 市場の路地へ飛び込むと、どん詰まりで立ち止まり、溜め息を吐き出す。
「失敗したっ! 気をつけてたのにっ」
「ずっと俺と一緒で、他に誰も居なかったから、気が緩んでたんだな」
「……っはい」
綾は気を取り直して、圭一朗に訊ね直した。
「で、何処に行くんです?」
「そうだな。 取り敢えず、今夜は宿を取って休むか。 明日から精霊王の住処を探すとして、今は飯だな」
圭一朗が話をしている間も、綾のお腹の虫が大合唱していた。
◇
綾たちがクラーヴァの街へ向かった頃、眷属を集め終わったイェルカの契約精霊はご満悦だった。
精霊としては少しだけ黒いが、彼なりに世界の安寧を願っている。
「イェルカ、では、行こうか。 本当はクラーヴァよりもクーニュの方が良いのだが、現在の精霊王が住まう街だからね。 無視はできない。 精霊王と話をしないと」
「分かりましたわ。 気球を用意しましょう。 それに、クーニュの精霊も必要なのでしょう?」
「ああ、取り敢えずは、先に四体の精霊を眷属にする。 後は追々でいいよ」
ケビンと二体の精霊は、契約精霊を警戒している。
イェルカは、契約精霊と契約を交わした事を誇り、嬉しさが身体中から溢れ出していた。
イェルカたちは、気球船が停留している場所へ向かった。
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