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12話
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お互いの自己紹介が終わり、契約も済ませたので、綾と圭一朗は山を降りる事にした。
山を降りる前に、圭一朗は火の魔法石がある洞窟へ向かった。
「綾、悪いが山を降りる前に寄る所がある」
「分かりました」
精霊たちは直ぐに仲良くなったのか、綺麗は子虎たちとじゃれている。
白夜とクロガネは冷めた目で三体を見ていたが、紫月と亜麻音は優しい眼差しをしていた。
山道は険しく、圭一朗の思った通り、綾は暫くして弱音を吐き出した。
「せ、じゃなかった。 圭一朗さん、す、少し休憩したいです!」
「あぁ、すまない。 この先に湧水がある。 そこで休憩しよう」
俺は精霊体だから、魔力を使わない限り全く疲れないんだよな。 忘れてたよ。
荒い息を吐き出し、綾は情け無い声を上げた。
湧水が沸いている場所へ辿り着くと、綾は直ぐに水分補給をする為、岩へ駆け寄って行った。
「生き返る……」
「……」
もしかしなくても、もの凄く無理させたか?
「悪いな、俺は今は精霊体だから、無理をさせてしまった」
「いいえ、大丈夫です」
何が嬉しいのか分からないが、綾は嬉しそうに笑顔を浮かべている。
満面の笑顔だ。
綾はずっと一人で誰も理解者がいない中、過ごして来た。 知っている人がいて、話が通じる人が居るだけで、心から安堵していたのだ。 圭一朗には分からない事である。
しかし、圭一朗も少なからず、綾が一緒で嬉しい気持ちは持っている。
草地に座り込んでジャーキーを口にする綾は、まだまだ子供に見えた。 圭一朗が見ている事に気づいた綾が荷物から取り出した紙袋からジャーキーを取り出した。
「圭一朗さんも食べますか?」
差し出されたジャーキーを見て、何も食べていなかった事に気付かされた。
「……いや、俺は何も食べないというか……精霊体に転生してから腹が減った事がないな」
「えっ!」
草地に座り込んだ圭一朗は、今まで空腹を感じなかった事に呆然とした。
圭一朗に助け舟を出したのは、紫月だった。
「圭一朗様、貴方は契約している者の魔力で維持されています。 今までは契約していた山から自然に宿っている魔力を吸収していたので、食べる必要はなかったのです」
「そうか、だから食べなくても良かったのか」
「はい、我々眷属も圭一朗様の魔力を分けてもらっているんですよ」
「あ、じゃ、綺麗も私の魔力を使っているって事?」
「そうだよ。 当然、知っている事だと思っていたけど、マスターが別の世界から来たのなら、あまり何も知らないって思った方がいいのかな?」
「うっ、ごめんね、綺麗。 無知なマスターで」
「ううん、守護精霊はマスターの弱点を補う存在だしね」
子虎たちと戯れていた綺麗が綾の膝下へ寄って行く。
ん? その話で言うと……。
「俺は、今は綾の魔力で生かされているのか」
「そうですよ。 綾様は物凄く魔力量が高いです。 半端なく高いです。 まぁ、魔力が高くなければ、契約精霊と契約出来ませんけど」
「そうなんだ」
綾は嬉しそうな声を出し、青い瞳が明るく輝いている。
暫く休憩した後、一行は圭一朗の目的地に辿り着いた。 洞窟に着いた時、綾は少し振らついていた。
洞窟には沢山の火の魔法石が煌めいている。 洞窟に入った綾は、ファンタジーな光景に、感嘆の声を上げた。
「凄い、キレイ!」
「レベルアップ材料だからな。 持てるだけ持って行こう。 足りなかったら、現地調達するしかないだろうけど」
「はい!」
二人と13体の精霊は暫し、火の魔法石を集める事に終始した。
◇
チィーガルの麓の街に降り立った少女が綾の他にも居た。
「お嬢様、足元にお気をつけて下さい」
「ええ、ありがとう」
ラパン家の家紋が彫られた扉が開き、踏み台に足を掛ける一人の少女、従者の手を借りて馬車を降りた。
「ここがチィーガルですね」
「はい、お嬢様。 情報によると、ここで契約精霊の目撃情報が幾つかありました」
「そう、ではギルドへ行き、詳しい話を聞きましょう」
「はい」
ふふっ、やっと契約精霊と会えるのね。 噂では眉目秀麗だと言うし、美しいわたくしに相応しい精霊だわ。
ラパン家のお嬢様であるイェルカ・テア・ディ・ラパンの口元が不敵に歪む。
側には、ウサギの精霊である子ウサギが寄り添っている。 自分以外の精霊に興味を持っているイェルカに媚びている様にも見える。
自身の守護精霊を抱き上げたイェルカは、可愛らしいと目を細める。
「大丈夫ですわ。 貴方はわたくしの特別な存在。 いつも一緒ですわよ」
チィーガルの中心部にあるギルドへ、従者のケビンを連れて向かった。
◇
綾がいなくなったサルトゥ家では、綾を心配して家族が探していた。
しかし、綾が冒険者になった事は市場の皆は知っている。 冒険者が何日も帰って来ない事や、二度と戻って来ない事は頻繁にある。 だから誰も真剣には探してくれなかった。
サルトゥ家の食堂に重い空気が落ちる。
母のシオから溜め息が溢れ、兄のソールは不機嫌に口を尖らせていた。
父のソルトは何を考えているのか分からない。 父に寄り添っている守護精霊のサングリエも伏せていて感情が分からない。
皆が不安になっていた頃、ギルドマスターであるシユウがサルトゥ家を訪れて来た。
無骨なシユウが裏口である扉を乱暴に叩く。
サルトゥ家に玄関は無く、正面入り口は饅頭屋の入り口で、裏にある家には裏口から入る様になっている。
「邪魔するぞ」
シユウの低い声に顔を上げた一同は、皆が『何だ、お前か』と、瞳に滲ませた。
「何の用だ、シユウ」
「そう邪険にするな、朗報を持って来たんだから。 茶でも淹れてくれや」
許しを得る前に、シユウは空いている何時も綾が座っている席へ腰を下した。
ソルトが妻に目線だけで伝えると、シオがお茶を準備する為に立ち上がった。
暫くして全員の前にお茶と饅頭が置かれる。 お茶を啜ったソルトが厳しい眼差しをシユウへ送った。
「で、朗報とは何だ?」
「ソルティの居場所が分かった」
シユウの朗報に反応を示したのは、シオとソールだった。
「本当なの、シユウ!」
「あいつ、何処にいるんだよ!」
ソルトはシユウをじっと見つめた。
「ああ、チィーガルのギルドで到着報告があった。 何でも契約精霊について聞いていたらしいがな」
「契約精霊か……」
「ああ、最近、契約精霊の目撃情報が出回っている。 嬢ちゃんも契約精霊に会いに行ったんだろう。 血は争えないな」
豪快に笑ったシユウはソルトの肩を叩く。 ズッシリと重い衝撃がソルトの全身に掛かる。 しかし、ソルトは鬱陶しそうにシユウの腕を払い除けただけだった。
「契約精霊って……あいつ、何を考えてるんだ?! そんなの無理だろ」
「いや、嬢ちゃんの魔力量ならいけるかも知れんぞ」
シユウは面白そうにニヤリと笑った。
「私はあの子が無事ならそれでいいわ」
「母さん!」
「でも、黙って出掛けた事はキッチリと叱らないとね」
ソールが何度も頷き、説教の時は自分も参加する気満々である。
綾の頭には、今の家族の事などすっかり忘れていて、圭一朗とも会えた事もあり、冒険に夢中になっていた。
◇
持てるだけ火の魔法石を鞄に詰めた一行は、洞窟を後にした。
サングリエに戻る前に、綾は確かめたい事があった。
「圭一朗さん、私も行きたい所がある」
「行きたい所か?」
「うん、この世界がゲームではないって分かったけど、確かめたい事があるの」
「確かめたい事?」
「うん」
綾は大きく頷いた。 ギルドで聞いた貴族に捕まっているかも知れない契約精霊の事だ。
ゲームではないと言っても、脳内でアナウンスが流れる事も気になるが、綾はどうしても気になって仕方がない。
「で、その貴族の屋敷に行ってみたいと」
「……はい」
腕を組んで暫し考えた圭一朗が口を開いた。
「ん~、そうだな。 もし、本当に契約精霊がもう一体いるとしたら、精霊王になる為には……その精霊はライバルになる」
「そうですね、確認した方がいいかも知れません。 それに契約精霊が二体も生まれるなんて、今まで一度もありませんでした」
紫月も同意を示した。 他の精霊たちも一様に不安そうにしている。 クロガネと白夜は別の様だが。
「行ってみよう、圭一朗さん!」
綾はもう一押しした。 やがて圭一朗は決断した。
「分かった、但し、危険だと分かったら問答無用で連れて逃げるからな」
「うん! ありがとう、圭一朗さん」
良かった、先生が了解してくれて。 でも、本当に契約精霊が居たらどうすればいいんだろう?
一抹の不安はあったが、綾たちは契約精霊が捕まっていると噂される屋敷へ向かった。
「マスター、貴族の屋敷が何処にあるか知ってるの?」
「うん、場所ならバッチリ予習して来てるからね」
公式サイトを読み漁って屋敷だけは確認済だからね!
綾は何としても契約精霊に会いたかったのだ。 ゲームではプレイヤーの好きな容姿に変えられるアイテムがあった。
課金アイテムだったけど……折角買ったアイテム無駄になったなぁ。
契約精霊を手に入れた後、綾好みにカスタマイズするつもりだった。 綾の脳内で、お札に羽根が生えて飛んでいく。
ガックリと肩を落とした。
麓へ降りた一行は、街へ入る街道を歩く。
13体の精霊が後を着いてくる様子を見て、思わず笑いを溢す。 そして気づく。
先生は魔力が高い人しか視えないけど……綺麗は大丈夫として、12体の精霊はどうなの? 一人でこんな沢山の精霊を連れてる人なんて見た事ない!
突然、立ち止まった綾に皆が不思議そうに首を傾げた。
「綾?」
「あ、圭一朗さん。 今、気づいたんだけど、このまま精霊たちを連れて行ったら、街が大騒ぎになるんじゃないかな?」
「あぁ……」
綾と圭一朗の脳内で、沢山の精霊を連れた綾が一人、街中で見せ物になった姿が想像された。
綾と圭一朗の頬が引き攣る。
「大丈夫ですよ、圭一朗様、綾様」
困ったと固まっていた二人に声をかけたのは、紫月では無く亜麻音だった。
「私たちは圭一朗様の眷属になりましたから、私たちも魔力の高い者しか認識出来ません」
魔力の高さがどれくらい必要なのか分からないが、余程の人でないと見えない様だ。
綾は心から安堵した。
改めて圭一朗の姿を眺めると、綾はある事に気づいた。 圭一朗が着ている服装が公式サイトに載っていた服装ではない事に。
圭一朗は白いシャツに、深緑のカーゴパンツ姿と、カジュアルな装いだ。 髪型も三つ編みでサイドに垂らしている。
ゲームの世界ではないと理解しているが、契約精霊の衣装も楽しみの一つだった。
脳内で、公式サイトに載っていた契約精霊の姿が思い浮かぶ。
見たかったよ、先生があの衣装を着た所!
落ち込む綾に、圭一朗が優しい声をかけてくる。
「綾、どうしたんだ?」
顔を上げた綾は少しだけ涙目だ。
「……圭一朗さん、最初からその服装ですか?」
「ん? 服? いや、最初はなんかチャラチャラした服装だったから、スキル上げの邪魔だから変えたんだ」
「そうなの?!」
思わず圭一朗に抱きつき、一生のお願いだから元に戻して欲しいと懇願した。
当然、圭一朗が困惑したのは言うまでもない。 一行はグズグズになりながら、街を目指した。
◇
綾が圭一朗に必死にお願いしている頃、イェルカが目的の場所へ到着していた。
噂の屋敷に着いたイェルカは、只ならぬ高い魔力が屋敷を覆っている事に気づく。
「凄い魔力だわ」
「そう……なのですか? 私は何も感じませんがっ」
「そう、ケビンより私の方が魔力が高いって事ね、ふふっ」
小さく笑ったイェルカは、得意気な表情で胸を張った。
これは絶対に当たりだわっ! 絶対に契約精霊はいるわっ!
「さて、どうしましょうか? 正面から行っても、きっと会わせてはもらえませんよね?」
「ええ、そうですね。 しかし、ラパン家の名前を使えば可能性はありますよ」
「それはそうかも知れませんが、貴族の圧力を掛けるのは、あまり好きではないんですよね」
『困ったわ』と、右頬に片手を当てて、イェルカは首を傾げた。
淡いブルーの瞳に哀愁の色を滲ませたイェルカだが、ギルドではラパン侯爵家の権力を使ってギルドマスターから口を割らせた事をもう既に忘れている。
『深くは突っ込むまい』と、ケビンは黙ってイェルカの側で立っていた。
「それか、実力行使かしら?」
実力行使と口にした瞬間、暴風かと思われる程の強風が吹き、イェルカとケビンは馬車まで吹き飛び、ラパン家の家紋が彫られた扉に叩きつけられた。
大きな物音が辺りに響き渡った。
二人とも息が詰まったのか、呻き声を上げた。 今は、何時もパーティーを組んでいるメンバーが居ない。
イェルカは家に用事があると、皆に黙ってチィーガルまで来たのだ。
「……っ」
強力な魔力が混ざった風だったわ。
「いったい、何が……? ケビンっ……」
隣にいたケビンは、地面に倒れて気絶している様だった。 歪む視界に、1人の男性が入り込んで来た。
青年の身体は透き通っており、式典で着る様な衣装を纏っていた。 青年の口元が面白そうに弧を描く。
「へぇ~、今ので気絶しないし、俺の姿も見えるのか」
ま、まさか……契約精霊なのっ?
徐々に意識が遠のいていく中、契約精霊だと思われる青年の声が聞こえる。
「まぁ、あれくらいの攻撃で気絶されちゃ困るけどね。 なんせ、精霊王になるには八岐大蛇を退治しないといけないし。 俺たちを認識出来る人間なんて限られてるしな。 顔も可愛いし、いいか」
なっ、何を言ってるの? 八岐大蛇って何?
ポンと、優しく頭を撫でられ、目の前の契約精霊を凝視する。
何時もスキルアップする時に聞こえてくるアナウンスが流れた。
『契約精霊と契約がなされました。 貴方の契約精霊を精霊王に育てて下さい』
えっ! 契約……?
イェルカは呆然とした表情で、虹色の瞳にイェルカを映している契約精霊を見つめた。
イェルカが記憶しているのは此処までだった。 瞳を閉じる中、優しく微笑む契約精霊が何時迄もイェルカの頭を撫でる姿が見えた。
何処かの物陰で、息を潜めていた一行が隠れて見ている事に、イェルカは気づいていなかった。
山を降りる前に、圭一朗は火の魔法石がある洞窟へ向かった。
「綾、悪いが山を降りる前に寄る所がある」
「分かりました」
精霊たちは直ぐに仲良くなったのか、綺麗は子虎たちとじゃれている。
白夜とクロガネは冷めた目で三体を見ていたが、紫月と亜麻音は優しい眼差しをしていた。
山道は険しく、圭一朗の思った通り、綾は暫くして弱音を吐き出した。
「せ、じゃなかった。 圭一朗さん、す、少し休憩したいです!」
「あぁ、すまない。 この先に湧水がある。 そこで休憩しよう」
俺は精霊体だから、魔力を使わない限り全く疲れないんだよな。 忘れてたよ。
荒い息を吐き出し、綾は情け無い声を上げた。
湧水が沸いている場所へ辿り着くと、綾は直ぐに水分補給をする為、岩へ駆け寄って行った。
「生き返る……」
「……」
もしかしなくても、もの凄く無理させたか?
「悪いな、俺は今は精霊体だから、無理をさせてしまった」
「いいえ、大丈夫です」
何が嬉しいのか分からないが、綾は嬉しそうに笑顔を浮かべている。
満面の笑顔だ。
綾はずっと一人で誰も理解者がいない中、過ごして来た。 知っている人がいて、話が通じる人が居るだけで、心から安堵していたのだ。 圭一朗には分からない事である。
しかし、圭一朗も少なからず、綾が一緒で嬉しい気持ちは持っている。
草地に座り込んでジャーキーを口にする綾は、まだまだ子供に見えた。 圭一朗が見ている事に気づいた綾が荷物から取り出した紙袋からジャーキーを取り出した。
「圭一朗さんも食べますか?」
差し出されたジャーキーを見て、何も食べていなかった事に気付かされた。
「……いや、俺は何も食べないというか……精霊体に転生してから腹が減った事がないな」
「えっ!」
草地に座り込んだ圭一朗は、今まで空腹を感じなかった事に呆然とした。
圭一朗に助け舟を出したのは、紫月だった。
「圭一朗様、貴方は契約している者の魔力で維持されています。 今までは契約していた山から自然に宿っている魔力を吸収していたので、食べる必要はなかったのです」
「そうか、だから食べなくても良かったのか」
「はい、我々眷属も圭一朗様の魔力を分けてもらっているんですよ」
「あ、じゃ、綺麗も私の魔力を使っているって事?」
「そうだよ。 当然、知っている事だと思っていたけど、マスターが別の世界から来たのなら、あまり何も知らないって思った方がいいのかな?」
「うっ、ごめんね、綺麗。 無知なマスターで」
「ううん、守護精霊はマスターの弱点を補う存在だしね」
子虎たちと戯れていた綺麗が綾の膝下へ寄って行く。
ん? その話で言うと……。
「俺は、今は綾の魔力で生かされているのか」
「そうですよ。 綾様は物凄く魔力量が高いです。 半端なく高いです。 まぁ、魔力が高くなければ、契約精霊と契約出来ませんけど」
「そうなんだ」
綾は嬉しそうな声を出し、青い瞳が明るく輝いている。
暫く休憩した後、一行は圭一朗の目的地に辿り着いた。 洞窟に着いた時、綾は少し振らついていた。
洞窟には沢山の火の魔法石が煌めいている。 洞窟に入った綾は、ファンタジーな光景に、感嘆の声を上げた。
「凄い、キレイ!」
「レベルアップ材料だからな。 持てるだけ持って行こう。 足りなかったら、現地調達するしかないだろうけど」
「はい!」
二人と13体の精霊は暫し、火の魔法石を集める事に終始した。
◇
チィーガルの麓の街に降り立った少女が綾の他にも居た。
「お嬢様、足元にお気をつけて下さい」
「ええ、ありがとう」
ラパン家の家紋が彫られた扉が開き、踏み台に足を掛ける一人の少女、従者の手を借りて馬車を降りた。
「ここがチィーガルですね」
「はい、お嬢様。 情報によると、ここで契約精霊の目撃情報が幾つかありました」
「そう、ではギルドへ行き、詳しい話を聞きましょう」
「はい」
ふふっ、やっと契約精霊と会えるのね。 噂では眉目秀麗だと言うし、美しいわたくしに相応しい精霊だわ。
ラパン家のお嬢様であるイェルカ・テア・ディ・ラパンの口元が不敵に歪む。
側には、ウサギの精霊である子ウサギが寄り添っている。 自分以外の精霊に興味を持っているイェルカに媚びている様にも見える。
自身の守護精霊を抱き上げたイェルカは、可愛らしいと目を細める。
「大丈夫ですわ。 貴方はわたくしの特別な存在。 いつも一緒ですわよ」
チィーガルの中心部にあるギルドへ、従者のケビンを連れて向かった。
◇
綾がいなくなったサルトゥ家では、綾を心配して家族が探していた。
しかし、綾が冒険者になった事は市場の皆は知っている。 冒険者が何日も帰って来ない事や、二度と戻って来ない事は頻繁にある。 だから誰も真剣には探してくれなかった。
サルトゥ家の食堂に重い空気が落ちる。
母のシオから溜め息が溢れ、兄のソールは不機嫌に口を尖らせていた。
父のソルトは何を考えているのか分からない。 父に寄り添っている守護精霊のサングリエも伏せていて感情が分からない。
皆が不安になっていた頃、ギルドマスターであるシユウがサルトゥ家を訪れて来た。
無骨なシユウが裏口である扉を乱暴に叩く。
サルトゥ家に玄関は無く、正面入り口は饅頭屋の入り口で、裏にある家には裏口から入る様になっている。
「邪魔するぞ」
シユウの低い声に顔を上げた一同は、皆が『何だ、お前か』と、瞳に滲ませた。
「何の用だ、シユウ」
「そう邪険にするな、朗報を持って来たんだから。 茶でも淹れてくれや」
許しを得る前に、シユウは空いている何時も綾が座っている席へ腰を下した。
ソルトが妻に目線だけで伝えると、シオがお茶を準備する為に立ち上がった。
暫くして全員の前にお茶と饅頭が置かれる。 お茶を啜ったソルトが厳しい眼差しをシユウへ送った。
「で、朗報とは何だ?」
「ソルティの居場所が分かった」
シユウの朗報に反応を示したのは、シオとソールだった。
「本当なの、シユウ!」
「あいつ、何処にいるんだよ!」
ソルトはシユウをじっと見つめた。
「ああ、チィーガルのギルドで到着報告があった。 何でも契約精霊について聞いていたらしいがな」
「契約精霊か……」
「ああ、最近、契約精霊の目撃情報が出回っている。 嬢ちゃんも契約精霊に会いに行ったんだろう。 血は争えないな」
豪快に笑ったシユウはソルトの肩を叩く。 ズッシリと重い衝撃がソルトの全身に掛かる。 しかし、ソルトは鬱陶しそうにシユウの腕を払い除けただけだった。
「契約精霊って……あいつ、何を考えてるんだ?! そんなの無理だろ」
「いや、嬢ちゃんの魔力量ならいけるかも知れんぞ」
シユウは面白そうにニヤリと笑った。
「私はあの子が無事ならそれでいいわ」
「母さん!」
「でも、黙って出掛けた事はキッチリと叱らないとね」
ソールが何度も頷き、説教の時は自分も参加する気満々である。
綾の頭には、今の家族の事などすっかり忘れていて、圭一朗とも会えた事もあり、冒険に夢中になっていた。
◇
持てるだけ火の魔法石を鞄に詰めた一行は、洞窟を後にした。
サングリエに戻る前に、綾は確かめたい事があった。
「圭一朗さん、私も行きたい所がある」
「行きたい所か?」
「うん、この世界がゲームではないって分かったけど、確かめたい事があるの」
「確かめたい事?」
「うん」
綾は大きく頷いた。 ギルドで聞いた貴族に捕まっているかも知れない契約精霊の事だ。
ゲームではないと言っても、脳内でアナウンスが流れる事も気になるが、綾はどうしても気になって仕方がない。
「で、その貴族の屋敷に行ってみたいと」
「……はい」
腕を組んで暫し考えた圭一朗が口を開いた。
「ん~、そうだな。 もし、本当に契約精霊がもう一体いるとしたら、精霊王になる為には……その精霊はライバルになる」
「そうですね、確認した方がいいかも知れません。 それに契約精霊が二体も生まれるなんて、今まで一度もありませんでした」
紫月も同意を示した。 他の精霊たちも一様に不安そうにしている。 クロガネと白夜は別の様だが。
「行ってみよう、圭一朗さん!」
綾はもう一押しした。 やがて圭一朗は決断した。
「分かった、但し、危険だと分かったら問答無用で連れて逃げるからな」
「うん! ありがとう、圭一朗さん」
良かった、先生が了解してくれて。 でも、本当に契約精霊が居たらどうすればいいんだろう?
一抹の不安はあったが、綾たちは契約精霊が捕まっていると噂される屋敷へ向かった。
「マスター、貴族の屋敷が何処にあるか知ってるの?」
「うん、場所ならバッチリ予習して来てるからね」
公式サイトを読み漁って屋敷だけは確認済だからね!
綾は何としても契約精霊に会いたかったのだ。 ゲームではプレイヤーの好きな容姿に変えられるアイテムがあった。
課金アイテムだったけど……折角買ったアイテム無駄になったなぁ。
契約精霊を手に入れた後、綾好みにカスタマイズするつもりだった。 綾の脳内で、お札に羽根が生えて飛んでいく。
ガックリと肩を落とした。
麓へ降りた一行は、街へ入る街道を歩く。
13体の精霊が後を着いてくる様子を見て、思わず笑いを溢す。 そして気づく。
先生は魔力が高い人しか視えないけど……綺麗は大丈夫として、12体の精霊はどうなの? 一人でこんな沢山の精霊を連れてる人なんて見た事ない!
突然、立ち止まった綾に皆が不思議そうに首を傾げた。
「綾?」
「あ、圭一朗さん。 今、気づいたんだけど、このまま精霊たちを連れて行ったら、街が大騒ぎになるんじゃないかな?」
「あぁ……」
綾と圭一朗の脳内で、沢山の精霊を連れた綾が一人、街中で見せ物になった姿が想像された。
綾と圭一朗の頬が引き攣る。
「大丈夫ですよ、圭一朗様、綾様」
困ったと固まっていた二人に声をかけたのは、紫月では無く亜麻音だった。
「私たちは圭一朗様の眷属になりましたから、私たちも魔力の高い者しか認識出来ません」
魔力の高さがどれくらい必要なのか分からないが、余程の人でないと見えない様だ。
綾は心から安堵した。
改めて圭一朗の姿を眺めると、綾はある事に気づいた。 圭一朗が着ている服装が公式サイトに載っていた服装ではない事に。
圭一朗は白いシャツに、深緑のカーゴパンツ姿と、カジュアルな装いだ。 髪型も三つ編みでサイドに垂らしている。
ゲームの世界ではないと理解しているが、契約精霊の衣装も楽しみの一つだった。
脳内で、公式サイトに載っていた契約精霊の姿が思い浮かぶ。
見たかったよ、先生があの衣装を着た所!
落ち込む綾に、圭一朗が優しい声をかけてくる。
「綾、どうしたんだ?」
顔を上げた綾は少しだけ涙目だ。
「……圭一朗さん、最初からその服装ですか?」
「ん? 服? いや、最初はなんかチャラチャラした服装だったから、スキル上げの邪魔だから変えたんだ」
「そうなの?!」
思わず圭一朗に抱きつき、一生のお願いだから元に戻して欲しいと懇願した。
当然、圭一朗が困惑したのは言うまでもない。 一行はグズグズになりながら、街を目指した。
◇
綾が圭一朗に必死にお願いしている頃、イェルカが目的の場所へ到着していた。
噂の屋敷に着いたイェルカは、只ならぬ高い魔力が屋敷を覆っている事に気づく。
「凄い魔力だわ」
「そう……なのですか? 私は何も感じませんがっ」
「そう、ケビンより私の方が魔力が高いって事ね、ふふっ」
小さく笑ったイェルカは、得意気な表情で胸を張った。
これは絶対に当たりだわっ! 絶対に契約精霊はいるわっ!
「さて、どうしましょうか? 正面から行っても、きっと会わせてはもらえませんよね?」
「ええ、そうですね。 しかし、ラパン家の名前を使えば可能性はありますよ」
「それはそうかも知れませんが、貴族の圧力を掛けるのは、あまり好きではないんですよね」
『困ったわ』と、右頬に片手を当てて、イェルカは首を傾げた。
淡いブルーの瞳に哀愁の色を滲ませたイェルカだが、ギルドではラパン侯爵家の権力を使ってギルドマスターから口を割らせた事をもう既に忘れている。
『深くは突っ込むまい』と、ケビンは黙ってイェルカの側で立っていた。
「それか、実力行使かしら?」
実力行使と口にした瞬間、暴風かと思われる程の強風が吹き、イェルカとケビンは馬車まで吹き飛び、ラパン家の家紋が彫られた扉に叩きつけられた。
大きな物音が辺りに響き渡った。
二人とも息が詰まったのか、呻き声を上げた。 今は、何時もパーティーを組んでいるメンバーが居ない。
イェルカは家に用事があると、皆に黙ってチィーガルまで来たのだ。
「……っ」
強力な魔力が混ざった風だったわ。
「いったい、何が……? ケビンっ……」
隣にいたケビンは、地面に倒れて気絶している様だった。 歪む視界に、1人の男性が入り込んで来た。
青年の身体は透き通っており、式典で着る様な衣装を纏っていた。 青年の口元が面白そうに弧を描く。
「へぇ~、今ので気絶しないし、俺の姿も見えるのか」
ま、まさか……契約精霊なのっ?
徐々に意識が遠のいていく中、契約精霊だと思われる青年の声が聞こえる。
「まぁ、あれくらいの攻撃で気絶されちゃ困るけどね。 なんせ、精霊王になるには八岐大蛇を退治しないといけないし。 俺たちを認識出来る人間なんて限られてるしな。 顔も可愛いし、いいか」
なっ、何を言ってるの? 八岐大蛇って何?
ポンと、優しく頭を撫でられ、目の前の契約精霊を凝視する。
何時もスキルアップする時に聞こえてくるアナウンスが流れた。
『契約精霊と契約がなされました。 貴方の契約精霊を精霊王に育てて下さい』
えっ! 契約……?
イェルカは呆然とした表情で、虹色の瞳にイェルカを映している契約精霊を見つめた。
イェルカが記憶しているのは此処までだった。 瞳を閉じる中、優しく微笑む契約精霊が何時迄もイェルカの頭を撫でる姿が見えた。
何処かの物陰で、息を潜めていた一行が隠れて見ている事に、イェルカは気づいていなかった。
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