どうやら異世界の歪みに落ちた様ですっ!

伊織愁

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3話

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 夜になっても、綾はログアウトが出来なかった。 ステータス画面が出ないのだ。

 しかし、現実世界の母親や父親が帰って来るはずだ。 夕食の時間になっても部屋から出て来なければ、心配になって様子を観に来るだろう。 なんと言っても、綾は風邪を引いて寝ているのだ。

 いくら何でも、お母さんが帰って来たら、様子くらい見に来るよね? 子供が風邪引いて寝てるんだしっ!

 「そうなったら、強制的にゲームを取り上げられるに決まってるっ」
 
 綺麗が綾の肩の上で、首を傾げている。

 綾は自身の部屋のベランダから、夜空を見上げる。

 お母さん、まだ帰って来てないのかな?

 ログアウトが出来ない事やゲームと少し違う設定に、綾は不安を覚えた。

 大きく息を吐き出した綾は綺麗の頭を優しく撫でる。 まだ青い瞳には不安の色が滲んでいる。

 「明日、またギルドへ行ってみるわ」
 「ギルドの依頼を受けるのっ?」
 「うん、兎に角、クエストを受けないと、ゲームが始まってないのかも知れないからっ」
 「ふ~ん、マスターが言うゲームが何か知らないけど、冒険者として第一歩を進むんだね」

 眉尻を下げて綾は綺麗を見つめる。

 「そうだね、第一歩だっ!」

 ゲームの終了が出来ない以上、クエストを少しでも進めるしかない。

 夜空を見上げ、綾は再び溜め息を吐いた。

 ◇

 頼もしい仲間を手に入れた圭一朗は、チィーガルの山を出ようとしていた。

 「圭一朗様」
 「ん? どうした? 紫月?」
 「はい、圭一朗様は、このままでは下山できません」
 「えっ、下山が出来ない? なんでだ?」
 「圭一朗様は、契約精霊ですから、どなたかと契約をしないと、チィーガルの街からも出られません」
 「何っ! それは、本当かっ?」
 「はい」

 自身の周囲で、圭一朗を守る様に囲い、思い思いに過ごしている12体の精霊を見つめた。

 「そうか……夜のうちに街まで行って、猪俣が来るのを待ち伏せしようかと思ったんだが……」
 「無理ですね……その方にこちらへ来てもらうしかありません」
 「それしかないかっ」

 残念そうに項垂れた圭一朗を、紫月は何か言いたそうな表情で見つめて来る。

 「……何だ? 他にも何かあるのか?」
 「……ええ、圭一朗様、契約精霊は簡単に生まれません。 精霊王になれる精霊ですから。 ですから、人とも出会えるのは稀なんです」
 
 心配そうに見つめて来る紫月に、圭一朗はにっこりと微笑んだ。

 「それなら大丈夫だ。 猪俣とは絶対に会えるから」

 紫月が金色の瞳を見開いて驚きの表情を浮かべる。

 「そういう約束だからな」
 「……そうですか」
 「でも、此処から出られないのかっ! それは誤算だったっ……」
 「仕方ありません、圭一朗様は今、この地に契約で縛られています。 その契約を解除できる方が圭一朗様と契約が出来るのです。 此処でその方が来るまで修行を致しましょう」
 
 にっこりと微笑む紫月に、圭一朗は頬を引き攣らせた。

 ◇

 翌朝、綾は早くに目が覚めた。 朝になったら、ログアウトしているかもしれないと思い、そっと瞼を開ける。

 しかし、綾の視界には見慣れた天井もなく、ベッドの周囲の家具たちは、綾が揃えた物ではない。

 まぁ、現実世界の家具も親に買ってもらった物だけど……。

 溜め息を吐いた綾は、不安の中、起き上がった。 綺麗は綾の枕元で気持ち良さそうに眠っている。

 そっと綺麗の背中を撫でて、手触りを確かめる。 とても毛艶もく手触りも気持ちいい。 掌から伝わる温もりに、綾の気持ちも落ち着き、青い瞳を細める。

 あぁ~、癒しだぁ~。

 綺麗が寝返りをし、柔らかいお腹が天井を向く。 頬を擦り寄せると、綺麗が小さく呻いた。 中々起きない綺麗を他所に、モフモフを堪能する。

 お母さん、まだ帰って来てないのかなぁ。 現実世界では今、何時頃なんだろう? えと、なんて書いてあったっけ?

 脳内で説明文を思い出し、今が何時頃なのか予測する。

 「確か、3時間で一日だっけ? だったらまだ、3時間しか経ってない。 という事は、お母さんが仕事に出てから、3時間かっ。 今はお昼前だ。 お母さん、まだ帰って来ないよっ!」
 
 多分、帰って来るまで後、6時間以上はかかるよね? 夕飯の買い物もあるだろうし。 後、2日間かぁ。 仕方ない、お母さんが帰って来るまで、ゲームを堪能しますかっ!

 頭を切り替えて、意気揚々とベッドを出た綾は、ゲーム世界での家族が集まっている食堂へ急いだ。 綾の部屋まで、朝食のいい匂いが漂って来ていたのだ。

 「綺麗、起きてっ! 朝ごはん食べたら、冒険者ギルドへ行くよっ!」
 「う~んっ、分かった~っ」

 綺麗は欠伸を噛み殺し、返事を返して来る。 ベッドの上で立ち上がった綺麗の前に腕を差し出すと、綺麗はトコトコと綾の肩へ登って来る。

 ちゃんと肩に収まった綺麗を確かめ、部屋の扉を開けた。

 木製で出来たサルトゥ家の家は、暖かみを感じる。 ログハウスではないが、日本も感じさせない。

 木から切り出した様な階段を降りると、直ぐに食堂があり、奥には昨日、父と話した居間があった。

 目の前の食堂のテーブルには、もう既に家族全員が揃っていて、綾が降りて来るのを待っていた。

 母のシオが竈門で鍋をかき混ぜている。

 近づくと、母が綾に微笑み掛けて来る。

 「おはよう、ソルティ」
 「お、おはようございますっ、えと、何かお手伝いする事はないですかっ?」
 「じゃ、このスープをテーブルへ並べて」
 「はい」
 
 スープの入った深皿をテーブルに並べていく。 父の前にスープの深皿を置くと、視線が合った。 綾の肩が大きく跳ねた。

 そっと視線を逸らして、隣の兄の前へ深皿を置いた。 母のシオが焼いたパンと、ハムとタマゴ、チーズとサラダが並ぶ。

 綾の席は兄の前だった。 隣に母が座り、皆が手を組むとお祈りが始まる。

 「今日の糧にサングリエに感謝を」
 「「感謝を」」
 「か、感謝をっ」

 綾も慌てて手を組んで祈りを捧げた。

 シオが作った朝食は、現実世界の母の味を思い出させた。 しかし、綾には感傷に浸っている時間はない。

 朝食を食べ終わると、直ぐに家を飛び出した。 何故か、父の視線が怖ったからだ。 序でに父の足元にいるサングリエのも厳しい眼差しで見つめられた。

 広場の通りに面している土産物屋から冒険者ギルドは、何軒か先の並びにある。
 
 ギルドの扉を開けて、直ぐに依頼ボードの前へ立つ。 何か、契約精霊のクエストが発生しそうな依頼を探す。

 「う~ん、時間が遅かったのかな? 碌なクエストがないっ」
 
 目の前のボードには、街でのお手伝いクエスト、薬草採取が並んでいる。

 「でも、マスターはまだ駆け出しだよ? 簡単で安全な薬草採取でいいんじゃない?」
 「う……そうだけどっ」
 「それに、マスターは火魔法を使えるの?」
 「……っ」

 綺麗に言われて初めて気づいた。

 「ハッ! 私、魔法の練習してなかったっ!」
 「……だったら余計に薬草採取をしながら、魔法の練習をした方がいいんじゃないかな?」
 「だよね……」

 綾はボードから薬草採取の依頼を手に取り、受付へ向かった。

 「これ、お願いします」
 「はい、薬草採取の依頼ですね。 こちらの薬草はご存知ですか?」

 綾は受付嬢に言われ、じっくりと依頼書に書かれている薬草の絵を見つめた。

 おぉ、細部まで細かく描いてある。

 リアル絵の様な精緻なカラー絵に、綾は釘付けになった。 写真がない設定なのか、絵の精度が凄い。 しかし、薬草のカラー絵を見て綾は息を止めた。

 全く見た事がない。 当たり前だが、現実世界でも見た事がなかった。

 「いえ、分かりません……」
 「では、生息地をお教えしますね。 サングリエの街を出た直ぐの森に生えています。 魔物も小物ばかりですので、駆け出し冒険者にお勧めですよ。 後、ランクアップに必要なので、街のお手伝い依頼も三件は受けて下さいね」
 「は、はい」

 街のお手伝いクエストは、また別の日にしよう。 先ずは薬草を採取しつつ、火魔法が使えるか確かめないと。

 「登録が終わりました。 薬草の提出は3日後までにお願いします」
 「はい、分かりました」

 ギルドを出ると、綾は真っ直ぐに近くの森へ向かった。 鬱蒼とした森は怖そうだったが、怖気付いている場合では無いので、前へ進む。

 「受付のお姉さんの言う通りに来たけど……本当にあるのかな?」
 「あるよ。 森には沢山の薬草が生育してるからね」
 「そう、なら探すしかないわね」
 
 暫く道なりに山道を歩き、森の中を進んだ。 脇道で草むらが小さく音を鳴らす。

 ビクッと身体が跳ね、身構える。

 綾の目の前に、大きなウサギに似た生き物が飛び出して来た。 身体には黒い紋様が描かれ、額に角が生えている。

 「う、兎の精霊じゃないよね?」
 「違うね。 兎の精霊はフィアンマ国にはいないから。 居るのはシルウァの国、ラパンの街を守っているからね。 それ以外では魔物の可能性が高いよ」
 「そうなんだっ。 じゃ、倒さないと駄目だよね?」
 「うん。 それに向こうはもう、臨戦態勢に入ってるしね」

 目の前の大きなウサギは、綺麗の言う通り、今にも飛びかからん雰囲気を纏っていた。

 よ、よしっ! 兎に角やってみるしかない。 これくらいはVRゲームを始める時に、覚悟してたものね。

 右腕を前へ出して、掌を上へ向ける。

 深呼吸し、掌へ自身の魔力を集めていく。 綾の体の中で温かいものが駆け巡る感覚を感じる。 そして、温かい魔力は掌で集まった。

 口にするかどうするか迷ったが、綾は口を開いた。

 「ファイヤーボールっ!」

 綾が口にすると、掌の上で集まった魔力が青い炎に変わる。 炎が回転を始めると、丸くなって少しだけ浮いた。

 投げるフォームを取って、大きな角付きのウサギへ投げつける。 ウサギは奇声を上げてファイヤボールをかわした。

 「ありゃっ! 外れたっ?!」

 次は自身の番だと言う様に、大きな角付きウサギが大きくジャンプする。

 角が綾の腹部を狙う。 刺されると思った瞬間、綺麗が肩から飛び降り、ウサギの上へ着地した時には、通常であるウリ坊の姿になっていた。

 大きさの割に体重が重いのか、能力なのか分からないが、重くて身体に響く音を鳴らした。 ウサギは綺麗の足元で潰されていた。

 ウサギが潰れた姿があまりにもリアルで、綾はウサギから視線を背け、背を向けた。 背後で炎が上がる熱気と熱風を感じ、綺麗がウサギの死骸を焼いてくれたのだと分かった。

 「マスター、大丈夫っ?!」
 「綺麗っ……」

 涙声で振り返ると、綺麗の足元には真っ黒な炭が転がっている。 綾を見つめて来る綺麗の黒い瞳に、青ざめた自身の姿が映し出されていた。

 綾が冒険者として一歩を踏み出した頃、チィーガルの山で、圭一朗も自身の能力と向き合っていた。
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