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21話

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 傭兵に捕まってしまったリジィは、家探しの為、先ずは縛られている手足を解く為に起き上がる。

 もしもの時の為、リジィは治療院で働きながら、冒険者たちから女性でも簡単に出来る護身術や、縄抜けなども教えてくれていた。 まずは腕の間に身体と足を通し腕を前へ持って来る。

 中々な重労働だった。 途中、何度も腕が外れ掛け、腰と足がつるというハプニングに見舞われた。

 何とか、足の縄を解き、テーブルを掴んで立ち上がる。 使用人部屋は六畳くらいの広さだ。 待機部屋なのか、簡単な食器棚と、テーブルとイスが二脚しかない。

 (う~ん、ここには怪しいものはないわね)

 扉に大きめの覗き穴がある。 そっと上へ開けると、応接室の様子が見えた。 スムーズに応対が出来る様に作られた物だろう。 傭兵の人数は十数人。 別の場所にも居そうだ。

 (ラトに知らせないとっ、怒るだろうなっ)

 容易に想像できるラトのお怒りに、リジィは小さく笑いを零した。

 ◇

 攫われたリジィの微かな匂いを追って、ラトは街中で漂う匂いを嗅いで歩いていた。 そう遠くへ行っていないと、ラトの野生の勘が言っている。 港町には市場、観光地、ホテル街、居住区、倉庫街がある。 嗅覚を最大限に使い、リジィの微かな匂いを嗅ぎ分ける。

 リジィがそばに居ないので、アンティークグレイの耳はピンと立ち上がり、尻尾も立ち上がっている。 ラトは変化の術を解いていた。

 途中で途切れてしまった。 という事は、馬車か積み荷に紛れさせて荷馬車に乗せられた可能性がある。 通りで立ち止まったラトに駆け寄って来る足音を聞きつける。

 「ラトっ! 聞き込みをしたが、やっぱり見ていないみたいだっ。 マタタビ騒ぎで皆、そっちに気を取られていた様だ」
 「そうかっ、こっちも、リジィの匂いも途切れた」
 「今、人族の名義の屋敷一覧を騎士団に要請していますが……」
 「ああ、そうか。 偽名が多いのかっ」
 「はい、でも、マッケイの偽名は把握しているのでいいのですが、時間がかかるんですよっ」
 「あぁ、お役所はなぁ、こういう時に鈍いからなぁ」

 バトは心底、面倒だという表情を浮かべる。 ラトはリジィの無事を願い、心の中で愛しい番の名前を呼ぶ。
 
 『リジィっ……』

 すると胸に温かいものが湧き上がる。 刻印が熱く発熱する。 今まで、一方通行だったラトの想いが繋がった。

 『ラトっ』

 リジィの切ない声が聞こえ、胸にリジィを感じた。 そして、リジィの居場所が分かった。 愛しい番はホテル街の先、居住区でも外国人が多く屋敷を持っている区画だった。

 直ぐにリジィと連絡を取り、無事な事を確認して、ホッと胸を撫で下ろす。 同時にマッケイやリジィを連れ去った傭兵に怒りが爆発した。

 (絶対に許さないっっ! 誰の番に手を出したのか、思い知らせてやるっ!)

 「リジィの居場所が分かった。 お前らは動ける団員たちを集めろ。 俺の匂いを辿って着いて来いっ!」
 「分かったぜ、ラト」
 「承知しました。 直ぐに集めます」
 「俺は先に行く」

 ダレンとバトの返事を聞かずに駆け出したラトは、真っ直ぐにリジィの居る場所へ向かった。

 (今、助けに行くから、リジィ)

 ◇

 足の縄を解いたリジィは、使用人部屋の扉に作られた大きめの覗き穴から応接室を覗き、傭兵の多さに溜息を吐いていた。 人数が多いので、ラトは大丈夫だろうかと思い出した所で、リジィが人攫いに攫われた時の事を思い出した。 リジィの脳内で瓦礫の山となったオアシスの無残な姿が過ぎった。

 使用人部屋でリジィは一人、想像してみた。 屋敷がラトの魔法で瓦礫の山になる屋敷を。

 背中にゾクッと悪寒が走り、軽く身震いをした。 屋敷の持ち主に同情しながら、もし壊れた時の為にも何かないのか、改めて周囲を見回した。 応接室へ続く扉とは反対側にも扉がある事に気づいた。

 リジィの正面にある扉は廊下に続いているだろう。 新たに見つけた扉の先は何だろうと、考えた時、リジィの好奇心が騒いだ。 リジィはちょっとだけと思い、ノブに手を掛けた。

 ゆっくりとノブを回して押す。 扉はゆっくりと押し開いた。 『お邪魔しま~す』と小声で呟き、周囲を見回す。 リジィが見つけた部屋は、屋敷の主の執務室の様だ。

 (ふむ、ここは執務室ね)

 リジィの頭の中で閃くものがあり、窓際にある執務机へ向かう。 縛られたままの手では、引き出しは開けずらいが、ハサミかナイフがあれば縄が解ける。 そっと、静かに音を鳴らさない様に引き出しをあけていく。 ペパーナイフを見つけた所で、諦めた。

 ペパーナイフを握りしめ、小さく息を吐き出す。

(これでは、縄は解けないよねっ。 大体、悪者とかって、引き出しに銃とか短刀を引き出しに入れている物でしょうっ)

 小説の読み過ぎである。 リジィも油断していたが、傭兵たちも油断していた。 両手両足を縄で縛っていたのだから、逃げられないだろうと思っていたのだ。

 ふと窓際に寄ると、窓から外を覗き見る。 あまりの高さに小さく喉が鳴った。 リジィは生まれてから初めて、もの凄い高い場所にいると気づいた。 リジィが閉じ込められている部屋は、一階ではなく大分、上の階らしい。 今までは、一階か高くても二階の建物で暮らして来たリジィにとって、窓から見える景色はあり得ない高さだった。

 背後で、扉を開ける音が耳に届き、リジィは危機感なく振り返る。

 執務室に入って来た小綺麗な紳士もリジィが居るとは思わず、窓際で佇む人影を見て、口を開けて見つめて来る。 暫し、無言で見つめ合う男女。 先に、我に返ったのは紳士の方だった。

 「……っ! …………、…………!!」

 紳士が何か言っているが、何を言っているのか分からない。 リジィとは別の言語で話している。

 紳士の話す言葉を聞いて、少しだけ懐かしい様な気もしたが、世界は共通語ではないのだと、初めて知った。 紳士の雰囲気から『何でここに居るのか』、『どうやって縄を解いた』とか言っているのだろう。

 (不味い、傭兵ではなさそうだけど……護身術も教えてもらったけど、あんなの付け焼刃だし……私に倒すのは無理でしょうっ)

 リジィは紳士が話す言葉は分からないので、聞き流すとして、じりじりと窓際まで後ずさって行った。 リジィが逃げようとしている事に気づき、紳士が手を伸ばしてくる。

 『ラトっ』

 リジィは強く瞳を閉じ、身を竦めた。 窓の外へは逃げられない。 紳士から暴力を振るわれる事を思い、身体が硬直する。 紳士の手がリジィのワンピースの襟元を掴もうとした瞬間、屋敷の外で大きな騒音が鳴り響く。 まるで大砲でも放たれたかのような、爆音だった。

 リジィと紳士も動きを止め、窓の外を見る。 今は何時頃か分からないが、今朝、港町に着いたばかりで、ホテルに向かっていた所だ。 今は、きっと昼前くらいだろう。

 なのに何故、屋敷周辺だけ黒い雲の様なものが迫って来ているのだろう。 黒い雲の様な物の中心にラトの姿が見える。 言うまでもない。

 (もの凄く、怒っていらっしゃるっ!! 怒ってるって表現じゃ足りなくらい、怒っていらっしゃるっ!)

 リジィには魔力は見えない。 魔力を持っていないので、魔法も使えない。 しかし、ラトの周辺に漂っている怖いくらいの黒い雲の様な物は、ラトの怒りを表した怒りの魔力ではなかろうか。

 リジィは紳士に向き合い、『逃げた方がいい』と告げた。 リジィの話す言葉が分からないのか、紳士は頭上に疑問符を浮かべている。 言葉が分からなくても状況や相手の態度で、何となく言っている事が分かる事はある。 しかし、紳士は鈍いのか、リジィの言っている事を理解しようとしなかった。

 寧ろ、リジィの腕を掴み、紳士に引き寄せた。 まだ遠いのに、ラトには見えているのか、怒りが爆発して悪化した。 紳士はラトによって再起不能にされるだろう。 いや、殺されるかもしれない。

 ラトから風魔法が放たれ、屋敷の周囲だけに暴風が吹き荒れた。 リジィは既視感に、『ああ、やっぱりっ』と内心で呟いた。 リジィ自身も暴風に巻き込まれる覚悟を決めた瞬間、窓ガラスが割れてはじけ飛ぶ騒音が鳴り響き、リジィの腕の拘束が解かれると、男の叫び声が耳に届いた。

 リジィの知っている腕の温もりと、甘い香りがリジィを包み込む。 ホッとした安心が胸に広がる。

 突然の浮遊感にリジィはラトに抱きついた。 ラトはリジィが恐怖した高さを躊躇う事もなく、飛び降りたのだ。 視界の先に植木が見え、リジィの叫び声がこだました。

 無事に着地した後、屋敷はラトの風魔法で巻き上げられ、屋敷の中に居た紳士や傭兵も瓦礫と化した屋敷と一緒に上空へと飛ばされていた。 そして、暴風が止んだ後、紳士と傭兵が地面に叩きつけられ、屋敷の瓦礫に埋もれてしまった。

 紳士と傭兵が地面に叩きつけられた時、彼らの断末魔が聞こえて来たが、瓦礫も一緒に落ちて来たので、地響きと瓦礫が地面に叩きつけられる騒音で、かき消された。

 騒音が収まった後、リジィの耳にラトの優しい声が届く。

 「大丈夫か、リジィ。 待たせてしまってすまない。 怖かったな、もう大丈夫だ」

 ラトの生声を聞いた途端、リジィの涙腺が緩んだ。 ラトに抱きつき、子供の様に泣き叫んだ。

 「こ、怖かっ……たっ……ふっ、うぅ」
 「うん、もう大丈夫だ、リジィ」

 ラトはずっと泣いているリジィの背中を撫で、泣き止んで落ち着くまで、慰めてくれた。
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