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16話

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 スヴァットの商業船が停泊した港町は、貿易が盛んに行われ、大勢の人が行き来かい、賑やかな街だった。 商業船は何か所かのシェラン国の港町に寄り、最後にブリティニア王国の港町に寄る。

 ブリティニア王国の港街へ寄った後、人族の大陸へ行く。 最初の港町に降りたリジィは、スヴァットの屋敷を見あげて、驚きの声を上げた。 

 平民の一介の商人だと、本人は言っていたが。

 『でかっ!』がスヴァットの屋敷を見た最初の印象だ。 隣で立っているラトも感心した様な声を上げた。

 「成金なんだ。 下品ですまんな」
 「いえ、全然っ!」

 リジィは慌てて顔を左右に振った。

 『ラト様』の屋敷といい勝負だと、空いた口が塞がらない。

 「私は商談の書類仕事があるから、部屋の案内は執事にさせる。 荷物を置いて落ち着いたら、庭でも見ながらお茶でも飲んでいてくれ。 あ、後、出発までは二人ともゆっくりしていてくれ」
 「はい、ありがとうございます。 スヴァットさん」
 「スヴァット氏、すみません。 お世話になります」

 スヴァットは片手を上げると、執務室がある屋敷の奥へ歩いて行った。

 「では、フェリシティ様、ラトウィッジ様、こちらへどうぞ。 ご案内します」
 「ありがとうございます」
 「よろしくお願いします」

 屋敷を案内されてリジィは頬を引き攣らせた。

 (スヴァットさんって裕福なんだな……。 失礼だけど、所詮、平民だろうと思ってた。 ごめんなさいっ)

 商会って儲かるんだな、と周囲を見回しながら廊下を歩く。 歩いている左右には、リジィには分からない豪奢な装飾品が飾ってあった。 前へ歩く執事はキッチリとした服装をしていて、真面目そうな人だった。 ラトの屋敷の執事を思い出す。

 執事に案内されたのは客室で、ラトとは隣同士だった。 当たり前だが、客室のある場所が別々な場所にある訳がなく、隣のラトに視線を向ける。

 リジィはラトに声を掛けた。

 「私、荷物を置いて来るわ」
 「ああ、俺も荷物の整理をしてるから、終わったらちょっと庭に行ってみないか?」
 「うん、分かった。 じゃ、また後でね」
 「ああ、また後で」

 扉を閉じて自身の胸に手を当てると、鼓動が早く脈打っているのが分かる。 

 息を吐くと、持っている荷物を置く為のクローゼットを探した。 客室を見回したリジィは瞳を見開いた。

 ラトの客室を確認した時と同じような衝撃を受けた。 リジィが使わせてもらっている部屋よりも少しだけ狭いが、孤児院上がりの平民のリジィには、とても立派で豪奢な部屋だった。

 「……本当にこの部屋使ってもいいのかしら? 身分につり合ってないと思うんだけど……」

 (なんか、感覚が麻痺しそう……)

 居間の中央に置かれているソファーは、上品で柔らかそうなクッションだった。

 リジィはクローゼットを探して、奥にある扉を開けた。 思った通り、扉の向こうは寝室で、中央に大きな天蓋付きのベッドが置かれていた。 右奥の壁側に扉があり、両扉を開けると、探していたウオーキングクローゼットがあった。

 そこそこ広い部屋に、引き出し型のクローゼットが二つと、ドレスを収める為だろう。 ハンガーを掛けるポールが壁際に二本、取り付けられていた。 

 空きハンガーに取り敢えず、持って来たワンピースや、港町で買って来た服をハンガーにかけようと、カバンのボタンに手を掛けた。

 (そう言えば、ボタンが開いてたわねっ……。 もう一度取られて無い物がないか見てみようっ)

 服を取り出していき、服をハンガーへ掛けていく。 沢山のドレスが掛けられるポールに、数着のリジィの服が掛けられている。 大きな衣裳部屋に平民の服は不釣り合いだと、苦笑が零れる。

 掛けられた服を眺めていると、何か違和感を感じた。 そして、服が足りない事に気づいた。 孤児院を出た時に来ていた服がなかった。

 (もしかして、あのワンピース持って来てなかった? ラト様から助けられた時に着てた服だから、大事に取っておいたんだけど……人攫いに遭ったから縁起が悪そうだから、着てなかったけど)

 じっと考え込んでいると、ふと背中に視線を感じて振り返る。 衣裳部屋の扉付近にラトが佇んでいた。 ラトの青い瞳はリジィを真っ直ぐに射貫き心臓が高鳴った。

 「ラトっ?!」
 「部屋の鍵閉めなかっただろう。 不用心だぞ、ちゃんと閉めとかないと、踏み込まれたら終わりだ」
 「誰も私の部屋には踏み込んでこないわよっ」

 自嘲気味に眉を下げるリジィに、ラトは溜息を吐いた。

 「ほんと、自覚がないよなっ……リジィは」
 「えっ?」
 「荷物整理が終わったなら、庭へ行ってみよう」
 「分かったわっ」

 部屋を出る時にラトが鍵を閉める様にと念を押して来た。

 「流石に部屋を出る時は、カギ閉めるわよ」

 リジィの荷物の中には、金になる様な物はない。 大事なマジックバッグは首から下げているし、まだ、父親が残してくれたお金も入っている。 勿論、アヴリルから貰った伝書の妖精も入れてある。

 スヴァットが言っていた庭は自負するだけあって、見事な物だった。

 庭の一角にテーブルセットがあり、執事がリジィとラトの為にお茶が用意されていた。 テーブルに着くと、執事が紅茶をカップに注いでくれる。 紅茶の良い香りが辺りに漂う。

 「いい香り……」
 「ああ、そうだな」

 テーブルの上に掌サイズの丸いパンの様な物が皿に乗せられていた。 リジィはシェラン国では見た事がなく、皿に乗せられている食べ物を指して執事に聞いてみた。

 「こちらの食べ物はカウントリム帝国の食べ物で、饅頭と言います。 カウントリムで老舗から取り寄せましたので、どうぞご賞味ください。 アヴリルお嬢様から届けられた物です」
 「アヴリルからですか。 後でお礼を言わないと……」

 執事が取り皿にリジィとラトに取り分けてくれる。 彼はお辞儀をすると『ごゆるりと』と頭を下げて、離れて行った。

 少しだけ考え、饅頭を割って一口大にして口に放り込んだ。

 「うん、肉汁がじゅわってして美味しいっ」
 「うん、本当に上手いな。 昔にカウントリムへ行った時に食べたっ切りだ、懐かしいな」

 ラトも上品に饅頭を口に入れる。 饅頭は瞬く間にラトの手から無くなった。

 「……食べるのが早いっ」
 「ん? なにか言ったか?」

 リジィの呟きが聞こえなかったのか、ラトはもう二つ目を手に持っている。
 
 「リジィ、この饅頭はこうやって食べた方が上手いんだぞ」

 ラトは饅頭を手で掴むと、大きく口を開けてかぶりついた。 また、瞬く間に二つ目の饅頭が無くなった。 お腹が空いているのか、ラトの手が止まらない。

 しかし、かぶりついて食べる饅頭は美味しかった。 孤児院の時の様に、かぶりついて良いものかと、躊躇っていたのだ。

 饅頭に満足したラトは紅茶カップを持ち上げて口元へ運ぶ。 金髪に青い瞳のラトに、アンティークグレイの髪で、金色の瞳のラトが重なる。 『ラト様』はとても所作が洗練されていて、とても美しい。

 ラトの様に綺麗な所作でカトラリーを扱いたくて、じっと見ていたので、リジィには分かる。

 (ラト様と同じ所作だ。 もしかして……ラトって人族の大陸では貴族なのっ? あの所作は絶対に貴族の所作だわっ。 ラトの実家は商家よね? あ、でも、今は貴族も商会を持ったりするのよね)

 イアンの医療院を手伝っていると、色んな人がやって来るので、患者と仲良くなると色々教えてくれる。 世界を知らないリジィには、自分の中の世界が広がった様で、とても楽しくて勉強になった。

 ふと顔を上げるラトの仕草も綺麗で、平民では出来ない所作だ。 貴族の所作が身体に染みついているのだ。 ラトが『ラト様』と重なるのは、きっとラトの所作が洗練された貴族の様だからだと、気づいた。

 (なんで気づかなかったのっ……そうかっ、ラトの事が気になってとかじゃないのかっ。 あ、待って、人族の貴族だとしたら、もしかしたらアーヴィング家を知っているかもっ)

 カルタシア王国の事を訪ねようとして、口を開けたが、ラトの方が早かった。

 「リジィ、明日だけど。 一緒に街へ遊びに行かないか?」
 「あ、でも、私は……」
 
 動物アレルギーがあり、狼獣人が闊歩している街を歩くのは少しだけ怖い。 

 イアンから貰っている薬は持って来ているが、今は毎日、飲んでいない。 

 スヴァットが用意すると言ってくれたが、流石に薬までは頼れない。 要は、残り少ない薬をケチっているのだ。

 「動物アレルギーの事か?」
 「うん、今はちょっと薬を飲むのも止めていて……薬代、高いしっ」
 「薬、止めてどれくらい経つ?」
 「えっ、一週間くらいかな?」
 「じゃ、大丈夫だ。 今日からこれを装着すればなっ」
 「……」

 リジィは渡された顔を半分隠す布と、得意げなラトの顔を交互に見つめた。 

 リジィの問いかける様な眼差しで見つめられ、ラトが説明をした。

 「この布にはアレルゲンを防御する付与が掛けられている」
 「えっ?! 魔法付与がされてるのっ?! そんな高価の物、貰えないっ!」
 「大丈夫だ。 これはまだ売り物じゃないんだ。 お試し用だ。 だから、リジィがモニターになって、意見を聞かせてくれ。 お願いだ、俺の修行の卒業試験みたいなもんなんだ」

 ラトに必死に拝み倒され、リジィは仕方ないと大きく息を吐き出した。

 「分かったわ」
 「ありがとう、リジィ。 でも、リジィ」

 ラトのリジィの名前を呼ぶ声が低く感じ、布を眺めていた視線をラトにやる。

 にっこりと黒い笑みを浮かべるラトに言い知れぬ恐怖を感じ、小さく身体を撥ねさせた。

 「薬を止めるなんて、頂けないな。 亜人と人族しか乗っていないと思って、油断していたら駄目だ。 船には人族に化けている獣人もいるんだぞ。 それに、薬には使用期限があるんだから、残っている薬は毎日飲んで、期限内に飲み切るんだ。 それと、この布はずっとしているんだ、分かったな?」

 ラトの迫力に呑まれ、リジィは高速で何度も頷いた。

 「じゃ、明日、何処に行きたいか考えていてくれ。 俺はスヴァット氏と話があるから、もう行くけど真っ直ぐに部屋に戻るんだぞ」

 結局はラトと出掛ける事になり、リジィは諦めた様に溜息を吐いた。 ついでにラトは本当に過保護だと、苦笑が零れた。

 過保護な所も『ラト様』を思い出し、リジィの胸が熱くなった。
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