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1話

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 五つの大陸と、小さな島国が幾つかある中、獣人だけが住まう大陸がある。 獣人の大陸はベスティアと呼ばれ、多くの獣人種族が暮らしている。 

 獣人の国、ベスティア大陸には四つの国がある。
 
 狼獣人が治めているシェラン王国、竜人が治めているブリティニア王国、蛇の亜人が治めているカウントリム帝国だ。

 そして、離れ小島に鳥獣人が治めるへディーズという島国がある。

 四つの国の一つ、シェラン王国は、ウールヴル王が治める狼獣人の国だ。 国民の全体が狼獣人だが、国交を開き多くの移民を受け入れている為、色々な種族が暮らしている。 そして、一割に満たないが、人族も暮らしている。

 暴風が吹き荒れ、轟音が鳴り響く。 大気が激しく渦巻き、屋根や納屋、宿屋の壁を巻き込みながら、竜巻が大きくなっていく。 大きく広がった竜巻は宿場村オアシスを飲み込み、一瞬で吹き飛ばされた。

 竜巻が収まった地上へ、竜巻に巻き込まれた宿屋の建物や納屋の瓦礫、馬小屋の瓦礫を落としていく。

 「おい、大丈夫かっ?!」

 真っ暗闇だった場所に、地上の明るい光が差していく。 頭上から差してくる明るい光に、大勢の若い女性たちが次々に声を上げる。 地下に閉じ込められていた女性たちからは、地下を覗いている人影は逆光で人のシルエットにしか見ない。 シルエットの頭の上に生えている獣の様な耳が小さな物音も聞き取ろうと、小さく揺れた。

 (良かったっ……助けが来たっ)

 捕まっていた女性たちの中に居た少女は、緊張していた糸が切れた様に、助け出される前に意識を手放した。
 
 ◇

 楽しそうな子供たちの声が開けてある窓から入り込んでくる。 騒ぐ声に顔を上げて視線をやると、口元に自然と笑みが広がった。 騒いでいる子供たちは、教会とシスターたちが暮らす宿舎の空いた広くないスペースで、ボール遊びに興じている。

 小さな子供たちの間で、今、流行っているボールを使ったゲームだ。 一日の全ての用事を終え、夕食までに与えられた少しだけの自由時間。 既に孤児院の食堂から美味しそうな匂いもしている。

 (まぁ、いつもの野菜スープと、干し芋とパンだろうけど……。 それよりも、子供たちは楽しそうね。 毎回、同じ遊びで飽きないのかしら)

 子供たちを眺める少女の瞳には、子供たちの耳としっぽが映し出されている。

 (柔らかそうな耳……しっぽなんて、ふかふかなんだろうなぁ……一度いいから、触ってみたいっ! 私には無理だけどっ)

 「変態の顔になっているわよっ、リジィっ。 変な妄想するのはやめなさい」

 ベッドに腰かけ、出窓の縁に腕を掛けて外を眺めていたリジィは、同室であるアヴリルに視線だけを向けた。 リジィの仕草がものすごく生意気に映ったのか、アヴリルから頭を激しく撫でられた。

 「変な顔しないの。 それよりも荷造り終わったの? 私たち、明日でここから出ていかないと駄目なのよ」
 「分かってるよ」

 明日からの事を思うと、リジィから深い溜息が出た。 自身の周りには空っぽのバッグと、開かれたままのクローゼット、ベッドや周囲には服が散乱していた。

 「今夜中に済まさないと、間に合わないわよ」
 「うん……」

 リジィが暮らしているのは、身寄りのない子供たちが保護されている孤児院だ。

 リジィは幼い頃、両親に連れられて孤児院へ来た。 もう、両親の顔も覚えていない。

 「……リジィ」
 「何?」

 アヴリルの顔を見ず、リジィはまだ窓の外を眺めている。 幼い頃の事を思い出しているのか、横顔に陰りが差している。

 「本当に国外に行くの?」
 「うん」
 「行く当てはあるの?」
 「ないわ」
 「……そう、なら、私と一緒にカウントリムへ行かない? カウントリムなら、リジィの発作も出ないでしょう? 叔母さんに話してみるわ。 貴方の事を雇ってくれないかって」
 
 アヴリルの方へ顔を向けると、彼女は優しい笑みを向けていた。 きっと、リジィの事をとても心配しているのだ。 アヴリルの優しい心根が痛いほど胸に伝わって来た。

 「ありがとう、アヴリル。 でもね、私は自分が何者か知りたいの。 何処の国で生まれたのか、短い間だけでも暮らした事があるなら、行ってみれば思い出すかもしれない」

 リジィには、動物アレルギーがある。

 少しでも動物に触れると、くしゃみが出て顔がひりついて痒くなる。 気管が狭まり、酸素が肺へ入って行かず、呼吸困難になるのだ。

 しかし、アレルギーがあっても、リジィは動物が大好きだった。 出来るなら、柔らかそうな耳を撫で回したいし、毛並みの良い尻尾も手触りを確かめながらブラッシングしたい。

 ぷにぷにの肉球を押したり、ふかふかで柔らかそうなお腹に顔を埋め、思いっきり匂いを吸い込みたいと思っている。 妄想する事しか出来ないリジィにとって、夢物語の様な話である。

 「だからっ、変態の顔になってるって言ってるのっ!」

 窓の外から見えるボール遊びをしていた子供たちは、リジィの変態の気配を感じたのか、野生の勘だろうか、身震いをして遠くへと離れて行った。

 「あぁぁ……そんな遠くに行かないでぇ~」
 「リジィ」

 アヴリルの呆れた様な声が耳に届き、じっと見つめると、アヴリルの狼狽える様な音が声に混じる。

 「な、何よっ」
 「アヴリルの鱗も綺麗そうね」
 「……」

 アヴリルは黒へび族の亜人だ。 亜人だとリジィの発作が出ないので、アブリルが同室に選ばれ、孤児院へ預けられてから、ずっと同じ部屋で暮らして来た。 長くて光沢のある黒髪は、確かに黒へびの特徴を宿していたが、とても綺麗だ。 たまに触りたくて手がうずうずしてしまう。

 リジィの変態な視線には慣れているのか、アヴリルが小さく息を吐いた。
 
 「へびには化けられないわよ。 まぁ、化けられる者も居るみたいだけど、一握りだし。 あの子たちも狼には化けられないからね」
 「じゃ、肉球をぷにぷにするとか、お腹吸いとか出来ないのっ?! アヴリルの綺麗な鱗を撫でる事も出来ないのっ?! でも、力を使う時、額に出るじゃない?」
 「出来ないわね。 出来ても触らせないけどね」

 鋭く睨みつけて来るアヴリルの背後に、舌を出した黒へびの幻が視えるようだった。 リジィは苦笑を零しながら、アヴリルの危険な眼差しを受け流した。
 
 「なんだっ、残念」

 落ち込んでいるリジィに、アヴリルは獣人と亜人の間で囁かれる番の話を上げてきた。

 「番って獣人や亜人特有のものでしょう?」
 「そうよ。 でも、偽印があるから、本物の番を探さなくてもいいのよ。 偽印で繋がった番なら、リジィがしたい事もさせてもらえるわよ。 耳とか尻尾を触らせるのは、親しい間柄でないとしないしね。 狼族にとっては急所だし」
 「なるほど……番か。 でも、それって人族の私とでも刻めるの?」
 「……」

 一瞬、黙りこくったアヴリルは、視線を逸らして分かりやすく狼狽えた。 アヴリルの態度で答えを言ってもらわなくても分かった。 結局は、人族のリジィにとって、関係のない話だ。

 部屋の扉がノックされ、続いてシスターの声がした。

 「リジィ、シスター長がお呼びです。 直ぐにシスター長の部屋へ行って下さい」
 「はい、分かりました」

 リジィは直ぐに返事を返し、ベッドから立ち上がった。 『私、何かしたっけ?』と考えていると、同じように考えていたアヴリルが、疑わし気にリジィを見つめていた。

 「何もしてないわよっ!」
 「そう? なら、リジィの今後の話じゃない?」
 「はっ、もしかしたら仕事を紹介してくれるかも!」

 リジィはポッケトへ仕舞っていた鼻と口を覆う為の布を取り出す。 シスター長は狼の獣人なので、発作を起こさないようにする為、防御策を取らないといけない。

 発作を抑える薬もあるのだが、高価すぎてリジィには手が出ず、買えないのだ。

 リジィは期待半分にして、意気揚々とシスター長の部屋へと向かった。

 リジィが暮らす孤児院は、王都の外れに建てられている。 王家直轄地の修道院の為、王家と繋がりたい貴族からの寄付や助成金などが他の領にある修道院より入って来る。 修道院の周囲も裕福層の屋敷やアパートなどもあり、治安にしてもスラム街ではないので、まぁまぁいい方だ。

 孤児院は街道から見ると、L字型の建物を横にしたデザインで建てられている。

 空いたスペースに、シスターたちの宿舎と教会が建てられ、畑なども耕してある。

 Lは、昔々に孤児院を設立した貴族の頭文字らしい。 自身が建てたのだと、貴族たちは自己顕示欲を満たすのだ。

 長い縦の方に、リジィーたち孤児の部屋がずらりと並んでいる。 同じような扉が左右にある長い廊下を歩き、突き当りで右に曲がる。 右側に遊び場でもあり、皆と過ごす食堂がある。

 食堂の前がシスター長の部屋だ。 扉の前まで来ると、叱られるのではないかと、少しだけ緊張する。 意を決してノックを数回して名乗る。 中からシスター長の返事が聞こえた。

 「お入りなさい」

 シスター長の部屋へ入り、リジィはお行儀よく、要件を尋ねた。

 「ソファーへ座りなさい。 貴方に渡したい物があります」
 「はい」

 リジィがソファーに腰かけ、話を聞く態勢になってから、シスター長はポケットから小さいがま口の財布を取り出した。

 がま口を見て、もしやお金をくれるのかと思い、問いかける様な表情を浮かべた。

 「これは貴方のご両親が置いて行った物です。 それはマジックバッグで、色々な物が入ります。 お金も多少なりとも入っている様です。 貴方が成人した時に、渡そうと思っていたようですよ」

 そっとがま口に触れ、両親からのサプライズプレゼントに胸が熱くなった。

 「あの、私の両親は生きてるのでしょうか?」
 「残念だけど、私には分かりません。 貴方のご両親は人族の元貴族で、何か事情があったらしく、没落したのだと。 詳しくは聞きませんでした。 貴族の没落なんて話は、この国にも履いて捨てるくらいありますからね」
 「何処の出身だとかは?」
 「私は人族の大陸には詳しくありません。 確か、大陸の西か、南かに位置する国だったと……」
 「そうですか……」
 「私はマジックバッグの中身は確認していません。 中にヒントとなる物が入っているかもしれませんね。 ただし、バッグは皆には知られない様にしなさい。 高値で売れるでしょうから、狙われます。 首にかけて、服の中へ仕舞っていなさい」
 「はい、気を付けます」
 「特に、司祭には知られないよう気をつけなさい。 絶対ですよっ!」
 「……はい」

 司祭の実家はさる高貴な貴族で、黒狼族の中でも10家の名家に入る家柄だとか。

 三男で生まれた司祭は甘やかされて育ち、神に身を捧げているにもかかわらず、無類のギャンブル好きだ。 金の生る木であるマジックバッグを持っているなんて知られたら、取り上げられる事は間違いない。

 因みに、シスター長は白狼族で年齢不詳の上、可愛らしい容姿をしている。 白い耳としっぽがリジィの欲望を掻き立てるくらいだ。

 (あぁ、フカフカそうな耳としっぽを撫で回したいっ!)

 野生の勘でリジィの欲望を察したシスター長は、鋭く睨みつけて威嚇の音を鳴らした。

 「変態な妄想はおやめなさい。 シェラン国でそんな顔をして凝視されたら、騎士団につき出されますよ。 全く、貴方って子はっ」
 「すみません」
 
 布で顔の半分が隠れているはずなのに、心情がバレるなんて解せないと、リジィは肩をすくめた。

 シスター長は呆れた様にリジィを見つめ返して来た。

 「で、今後はどうするのですか?」
 「はい、人族の大陸へ渡って、自身のルーツを調べようと思います。 アレルギーも酷くなる一方ですし」
 「……そうですか。 シェラン国も貴方にとっては、安全とは言い切れませんからね」
 「はい」

 動物アレルギーがある限り、いつ発作が起きるか分からない状態では、シェラン国で暮らしてはいけない。 三歳から孤児院で暮らしてきたが、よく生きていたものだと、リジィはうんうんと頷いた。

 部屋へ戻ると、マジックバッグの事は孤児院から出てからにして、自身の荷造りを始めた。
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