満月に魔力が満ちる夜 ~黒薔薇と黒蝶~

伊織愁

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48話 『作戦通りに』

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 真っ白な世界で主さまは、彷徨える魂と対峙していた。 弱々しい光りの点滅を繰り返す球体は、今にも消えてしまいそうだ。 魂は弱々しく光りながら、音なき声を発した。 主さまは、彷徨える魂の声を聞いて、にこやかに微笑み、しわがれた声で宣った。

 「そう、前世での間違いを正したいんだね。 でも、彼女がいる世界は、転生者の影響を受けやすくてね。 直ぐに不具合が起こるんだ。 同じ世界に君を落とすなら、君の前世の記憶を消す事になる。 彼女の姿だって、前世とは違うよ。 君の姿だって、前世とは全く違う上に、身分差がある世界だ。 どんな立場で、何処に転生するか分からないよ。 それでもいいの?」

 『それでもいい、今度は絶対に彼女を信じたい。 離したくない。 あんな別れ方は二度としたくないっ』

 主さまは、瞼を閉じて少し考えた。 次に瞼を開けた時に主さまの瞳には、何か思いついたのか、企みがあるのか、面白がるような光が滲んでいた。

 「そう、君の覚悟は分かったよ。 言っておくよ。 本当に何処に転生するか分からない。 もし、君が彼女を見つけた時、今の言葉を忘れないでね。 まぁ、覚えてる訳ないだろうけど。 でも、君の強い想いがあれば、記憶が無くても、彼女を幸せに出来るかもしれないね。 私に君の想いを示してみせて」

 主さまは彷徨える魂を、岩で作られた池のヘリに腰掛け、池の水面にそっと置いた。 魂は暫く水面に浮かんだ後、ゆっくりと水紋を拡げ沈んでいった。


 主さまは満月を見つめながら、昔々の事を思い出し、笑みを浮かべてポツリと呟いた。 主さまが持ち上げた紅茶カップの水面に、満月が映し出される。

 「まさか、あの彷徨える魂が王子に転生するとはね。 王子、頑張らないと自滅するだけだよ。 運命に打ち勝って見せるんでしょ」


――時間を少し、遡る。
 ネロはルカの離宮に転送魔法で移動した。 ヴィーが居る場所に転送したつもりだったが、ネロはルカの離宮の中庭に移動していた。 張りつめた空気を感じ、ネロは理解した。

 「そうか、結界が張られているのかっ。 面倒だなっ」

 ネロは、何もない場所から剣を取り出した。 剣は黒い煙幕を纏いながら、鈍い音をさせて出て来た。 中庭側にあるガラス戸に近づき、剣を振り下ろす。 またもや、魔法に弾かれ剣はガラス戸まで届かなかった。

 「ちっ、物理的な攻撃を防止する魔法も掛けられてるのかっ」

 ネロは更に顔を不機嫌に歪ませた。 ネロの背後で物音がして振り返ると、クロウとルカのパートナーであるダヴィデの姿があった。 そして、クリスの姿もあった。 クロウが恭しく宣った。

 「こんな事もあろうかと、クリス様も連れてまいりました。 私の独断での行動をお許しを」
ネロはクリスを見ると、ニヤリと笑った。
 「いや、大丈夫だ。 クリスにはアルバとやってもらいたい事があるからな。 クリス、結界を解除してくれ」
 「御意」

 クリスが恭しく礼をすると、ルカの離宮に近づき、張られた結界に触れる。 結界が光ると、ガラスが割れるような音を鳴らし、結界が解除された。 小さく息を吐いたクリスにネロは次の指示を出す。

 「ありがとう、クリス。 お前はアルバの離宮に行って、次の作戦を実行してくれ」
 「承知致しました」

 クリスはお辞儀をすると、踵を返してアルバの離宮に走った。 ネロは1階のリビングのガラス戸に手を掛けた。 ネロの手が取っ手に触れ、音を立てない様にガラス戸を開けた。 そっと、ネロとクロウ、ダヴィデがリビングに足を踏み入れ、ネロは周囲を見回した。 メイドも侍従もいない様だ。 1階は誰の気配もない。

 2階から微かな物音が鳴り、ネロとクロウは見上げた。 ダヴィデもつられて見上げる。 ダヴィデはルカを想い、終始心配そうにしていた。

 「クロウ、お前はここに居てくれ。 ダヴィデ、私の後ろからついて来てくれ」
 「御意」
 「はい、殿下」

 ネロとダヴィデはリビングを出て、2階に急いだ。 廊下には何個か扉があり、一つの扉から話し声が聞こえて来た。 耳を澄ますと、ヴィーの声に似ている。 ネロは声が聞こえて来た扉に近づいた。 取っ手に触れたが、ルカの部屋には別の魔法が掛かっているのか、ネロの手が弾かれた。

 「つっ、別の魔法が掛かってるのかっ! 早々にクリスを返すんじゃなかったな」
ネロはどうするか考えたが、自身で結界を解くしかないかと小さく息を吐いた。
 「あんまり、解呪は得意じゃないけどやるしかないかっ。 ダヴィデ、悪いがもしもの時の為に、部屋の中が見えない位置に居てくれないか。 問題がなければ、呼ぶから。 何があっても入って来ないで欲しい」
ダヴィデは、ネロの真剣な雰囲気に息を呑むと、頷いた。
 「承知しました」

 ネロは手を前に突き出すと、掌に黒い煙幕の魔法陣が描き出された。 魔法陣から黒い靄が飛び出し、手の形を創り出した。 鍵穴に黒い靄の手が差し込まれると、扉が大きな音を出し、大きく震え出した。

 ネロの額から、大量の汗が吹き出し、顔が歪む。 鍵穴から軽く金属が弾かれるような音が鳴り、最後に澄んだ音が鳴った後、扉が大きな音を鳴らし乱暴に開いた。 同時に奥の部屋から大きな物音も聞こえた。

 灯りが魔道具で自動でつく仕様になっているらしい。 中に入ったネロの視界に映ったのは、空っぽの居間だった。 

 「続き部屋になっているのかっ。 まぁ、王子の部屋だから当たり前かっ」

 ネロは急いで寝室の扉に向かった。 先程と同じように魔法を解呪すると、寝室の扉が乱暴に開けられた。 寝室に入ったネロの視界に映ったのは、ヴィーとルカが抱き合っていた姿だった。 2人の表情は、悪い事をして見つかったような顔に見え、ルカは頬を染めて蒸気していた。 

 「ああぁ、最悪だっ! ヴィオレッタ嬢、早く退いてっ!」

 そして2人を見たネロの頭の中で、張りつめていた糸が切れた音がこだました。 ルカを睨みつけたネロは、ルカをヴィーから引きはがし、寝室の壁に叩きつけていた。 震えるルカの声もネロには届かなかった。 

 ネロの全身から黒い靄が噴き出している。 ネロの瞳も妖しく光っていた。 ルカが足を怪我している事に気づき、何も考えずにネロは足を上げた。 痛みに呻いているルカを気にせずに、怪我した足を踏みつけようとしたが、背中にヴィーが抱きついて来た。

 「止めて下さいっ、ネロ様っ! 今のは事故です! 私が躓いて、ルカ殿下に倒れ込んでしまっただけなんですっ!」
ヴィーの言葉も耳に届かずに、ネロはルカに向かって叫んだ。
 「ファラは、私のものだっ!! 誰にも渡さないっ」

 ルカが震えながらネロの名前を呼んだが、誰の声も耳に届いていなかった。 ネロは、意識が飛びそうになりながらも、背中にヴィーの温かい温もりを感じていた。 ネロの心の奥底から、声が沸き出て来た。

 『やめろっ! 今度こそ、彼女を信じるって決めたんだっ! 失いたくないなら、彼女の声を聞けっ!』

 頭の中に聞こえて来た声は、自身の声に似ていた。 ネロの知らない世界の記憶が蘇る。 しかし、一瞬で掻き消えてしまった。 ネロの身体が小さく震えた後、固まった。 背中から、ヴィーの小さく震える声が聞こえる。

 (自分は今、何を、しようとっ?)
 「ネロ様っ、止めて下さいっ。 本当に事故なんですっ!」
ヴィーの声でネロは、ハッと我に返った。
 「事故っ」
ルカもネロが止まった事で声を上げた。
 「ヴィオレッタ様の言う通りですっ! 僕は、媚薬を盛られたので、正気を保つために自分の足を刺したんですっ! 誓って、ヴィオレッタ様に触れてません。 シーツも自分で巻いたんですっ」
ずっとネロの背中にしがみついていたヴィーも震える声を出した。
 「本当ですっ、信じて下さい。 ネロ様っ」
冷静になったネロは、両手で顔を覆って羞恥に耐えた。
 「すまない、2人とも。 もう、大丈夫だ」

 ネロが正気に戻った様子を見て、ヴィーとルカは大きく息を吐いて安堵した。 2人の様子にネロは更に羞恥で赤く顔を染めた。 ネロはルカに近づき、膝まづくと足元の破かれたシーツを、血に染まったシーツを外してルカの足に巻いた。

 「ルカ、すまなかった」
ルカは顔を横に振り微笑んだ。 ルカのおかっぱの髪が揺れる。
 「いいえ、マティ兄上が元に戻って良かったです」
ネロは、気まずそうに視線を逸らした。
 「ダヴィデを連れてきている。 ルカ、お前はダヴィデの言う通りにしてくれ。 媚薬の事もあるから、このままだと私たちは、乱痴気騒ぎしたと思われるからな」
 「分かりました。 兄上の言う通りにします」

 ネロは頷くと、ダヴィデを呼んだ。 ヴィーは何が起こるのか分からない様子で、ネロの側で立っていた。 部屋に入って来たダヴィデは、直ぐにルカの側に駆け寄った。

 「ルカ、大丈夫か?!」
 「ダヴィっ! あ、あまり近寄らないでっ! 僕は今、媚薬に侵されているからっ!」
ルカは、真っ赤になってダヴィデから離れた。 ルカの様子を見たネロは、ヴィーを振り仰いだ。
 「ファラ、もう結界は解除した。 ルカに浄化魔法をかけてくれ」
 「分かりましたっ」

 ヴィーが高らかに古代語で詠唱し、ルカの離宮全体が浄化された。 ルカから媚薬が抜けたのか、蒸気していた頬も元に戻った。 元に戻ったルカにネロが微笑む。

 「ルカ、もう大丈夫か?」
 「はい、マティ兄上。 ヴィオレッタ様、ありがとうございます。 あの、兄上」
ネロはルカの言葉を遮った。
 「ルカ、詫びは後だ。 取り敢えず、お前たちには、ここから離れてもらう」

 ルカは頷き、ダヴィデを見つめる。 2人の様子に、ネロとヴィーは居たたまれなく、身動ぎした。 咳払いしたネロがクロウを呼んだ。 クロウは直ぐに何もない所から姿を現した。

 「クロウ、作戦通りに。 明日、頃合いを見計らって2人を連れて来てくれ」
 「御意」

 ルカとダヴィデ、クロウはネロの転送魔法陣で、何処かに転送されていった。 後に残されたのは、少し気まずげなヴィーとネロだった。
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