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35話 『危険な、夜』

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 ネロはご機嫌な様子で、夜の支度の準備をしていた。 寝間着にガウン姿で、寝室を出て居間のソファーに座る。 ネロは時間を見計らい、ヴィーの部屋へ行こうと考えていた。 先程のヴィーの様子が思い出され、ネロはクスリと笑いを零した。 きっと、部屋で悶々としているだろうと思うと愛しさが胸の奥から沸き上がる。

 「ふふ、とても可愛かったな。 そろそろ行くかな、あの子はどうするのかな? まぁ、来なくてもいいし、来たら来たで、面白い事になりそうだね」

 時間はもう、深夜近くになっていた。 王城の敷地にある来客専用の離宮は、静まり返っている。 月明りに照らされた部屋で、黒い煙幕がネロの足元に漂い、転送魔法陣が描き出されていく。 ネロは瞬きの間に転送されていった。 勿論、行先はヴィーの部屋だ。


――ヴィーは、部屋で眠れずに寝室で呆けていた。
 ボケっとしている間に、ノワールに夜の支度を色々とされており、いつの間にか魅惑的なナイトドレスに身を包んでいた。 月明りに、ヴィーの白い肌が照らされている。 ノワールが、未だボケっとしているヴィーに、真剣な表情で宣った。

 「大丈夫でございますよ。 ささやかなお胸でも、支障御座いませんから」
 (何がっ!!)
 「本当にネロ様、部屋に来る気かしらっ」

 ヴィーは、今更ながらに慌てふためいている。 ノワールが怖気づいているヴィーの肩にガウンをかけると、居間から魔法陣が発動された音が聞こえて来た。 ネロが転送魔法を使い、ヴィーの部屋へ転送して来たようだ。 寝室へ続く扉は閉じられており、扉に近づいて来るネロの足音が妙に大きく聞こえる。 扉の外からネロの声がして、ヴィーの肩が大きく跳ねた。

 「ファラ? 起きてる? 出て来てくれるかな?」

 ネロが寝室に入って来る様子がない。 ヴィーは首を傾げながら、肩にかけられていたガウンに袖を通した。 寝室の扉を開けると、ガウン姿のネロがいた。 見慣れないネロの姿に心臓が小さく跳ねた。 にっこり微笑むネロに、ヴィーは緊張から鼓動が激しく鳴り響く。 ネロは、ヴィーの様子にクスリと笑いを零した。

 「ファラ、取り敢えず、ソファーに座って話さない?」

 ネロはソファーで寛ぐと、ノワールが入れてくれた紅茶を口にした。 いつものネロなら、ヴィーの隣に座るのだが。 ヴィーの様子を見たネロが、おかしそうに笑って向かいのソファーに座った。 ヴィーの心臓は今にも破裂しそうだった。 裏腹にネロはいつも通りだった。

 (ネロ様、何でそんなに平然とっ。 もしかして、慣れてらっしゃる?)

 平然としているネロを恨めし気に眺めていると、廊下が騒がしくなった。 隣のネロの部屋に誰かが訪れた様だ。 深夜過ぎに部屋を訪れるなど、目的はただ一つだと思われる。
 
 「廊下が騒がしいね。 ノワール、見てきてくれない?」
 「はい」

 ノワールは音もなく消え、暫くすると、隣のネロの部屋からノワールが対応している声が聞こえて来た。

 「殿下は、もうお休みになられてます。 お引き取り願います」
 「構わないわ。 入れて頂戴」
ネロの部屋を訪れたのは、タティアナの様だ。
 「誰も入れるなと言われておりますので、承服できません」
 「私は王女よ。 貴方、王族の言う事が聞けませんの!!」

 タティアナの大きくなる声に、ネロは息を吐くと、立ち上がった。 ヴィーもネロに促され、扉まで歩いて行く。 後ろを付いて来るヴィーを、ネロがチラリと振り向く。 ヴィーのガウンが乱れていないか確認した様だ。 ネロの意図が分からず、ヴィーは首を傾げた。 フッと嗤いを零すと、ネロは扉を開け、廊下で騒いでる面々に声をかけた。

 「そんなに騒いでどうかした? 何かあったの?」

 タティアナは、ネロが自身の部屋ではなく、ヴィーの部屋にいる事に目を見開いて驚いていた。 しかも、2人で顔を出した事に、タティアナは悔しそうに口を引き結んだ。

 「マッティア様、どうしてそちらに?」
 「どうしてって。 私が婚約者の部屋に居ても何もおかしくないだろう? 逆に王女の君が、こんな時間に男の部屋を尋ねる方がおかしいけれど」

 ネロの言葉に小さい呻き声を上げ、タティアナは口をつぐんだ。 何も言い返す言葉がでないのか、タティアナは無言で踵を返し、自身の部屋へ戻って行った。 ネロは深い溜め息を吐くと、部屋へ戻って残っている紅茶に口を付けた。 まるで何もなかったかのように、ネロはお茶請けのお菓子を頬張った。 ネロが何故、ヴィーの部屋へ来たのか、やっと理解した。 ヴィーは優雅に紅茶を飲むネロを半眼で見つめる。

 (王女が夜這いに来るって分かってて、ネロ様はあんな事、言ったのね! あんなにドキドキしたのにっ! 信じられないっ!) 

 ヴィーの脳裏に『美人局』と言う言葉が浮かんできた。 ご機嫌なネロをヴィーは口を尖らせて眺めた。 用は済んだのだから、ネロは部屋へ戻るのかと思っていたが、そうではないらしい。

 「ん? 今夜はこちらで寝るよ。 深夜にファラの部屋に居て、朝起きたら自分の部屋に戻ってたら、変に勘繰られるじゃないか。 大丈夫だよ、何もしないから。 添い寝するだけだよ。 添い寝は初めてじゃないでしょ?」
平然と言ってのけたネロに寝室へと連れられそうになり、慌てて抵抗した。
 「ネロ様! 信じられませんっ! ネロ様は、ソファーで寝て下さい!」
ヴィーの怒っている様子にネロは残念そうに眉を下げた。
 「ええ! そんなこと言わずに、一緒に寝ようよ」
 「なっ! そんな事、平然と言わないで下さいっ! あっ!」
ネロに抱き上げられ、ヴィーは強制的にベッドへと連行された。

 王と王妃、王太子にきつく説教を受けたにも関わらず、懲りないタティアナは毎晩、深夜にネロの部屋を訪れ、その度にネロがヴィーの部屋へ避難してくるので、ヴィーは連日、眠れない夜を過ごす事になる。

 翌朝、ご機嫌なネロと、寝不足で隈が出来たヴィーが朝食の席に現れた。 翌日には、昨夜の出来事が王宮中に知れ渡っており、2人の様子を見た者たちから、あらぬ誤解を生み、更に夜も寝かせない程2人は相思相愛だと、噂が囁かれた。

 「何もしてないのにっ! 添い寝しただけなのにっ! 何でこんな事にっ!」

 ノワールは、ヴィーの嘆きに『添い寝も、貴族令嬢はいたしませんけど』と内心で呟いたのは内緒だ。



――新たに結界石を設置しに、タルテの大聖堂にヴィーたちは訪れていた。
 バルディーア王国とは、様式が違う大聖堂にヴィーは感嘆の声を上げた。 結界石は、大聖堂の奥にあった。 タルテの結界石も限界を超えていた。 バルディーア王国にある淡い紫色の結界石ではなく、真っ青な結界石だった。 制作者が違うのだろう。 底の方がどす黒い色に変わっている。 ヴィーは間に合って良かったとホッと息を吐いた。

 「こちらのは、初めて見たけど、真っ青なんだね」
ネロがヴィーの耳元に唇を寄せて囁く。
 「ファラ、何か視える?」

 ネロの言葉を受けて、ヴィーは真っ青な結界石をじっと視た。 しかし、真っ青な結界石からは何も視えなかった。 顔を横に振ってヴィーは、申し訳なさそうに答えた。

 「いいえ、何も」
 「そう」
ネロは、指を口にあてると何かを考え込んでいた。
 「ん? 何か変なのか?」
サカリアスがヴィーたちの様子を見て、訝し気に首を傾げた。
 「いや、何もないよ。 ファラ、始めようか」
 「はい」

 ヴィーは、ネロと手を繋ぐと、古代語を詠唱し、結界石を創り出した。 別の場所にあるタルテの結界石の設置も滞りなく終わり、無事に巡業が夕方近くに終わった。 明日は、瘴気を出す結界石を探す予定だ。 再び大聖堂に戻って来た一行は、サカリアスからお礼をされた。

 「マティ、ヴィオレッタ嬢。 お疲れ様、本当にありがとう。 これで魔物の脅威が少なからずなくなってよかったよ。 後は、瘴気を出す結界石だけなんだけど、もう直ぐ晩餐だけど見るか?」
 「ああ、頼む」

 ネロはサカリアスに頷いた。 見つかっている瘴気を出す結界石を、大聖堂の奥に結界石とは別の部屋で保管しているらしい。 ヴィーはどうやって大聖堂に移動させたのか、不思議に思い、サカリアスに尋ねようとした。 そこへ見習いの司祭が駆け寄って来た。

 「王太子殿下! 急ぎご報告が」
侍従が慌てている様子に、もしかしてまた、タティアナが何かしたのかと問うた。
 「いえ、王女殿下ではなく、アビアン王国のアースィム王子がお越しになられまして、急ぎ王城にお戻りください」
ネロも王子の来訪に驚いた顔をした。
 「何! あいつが来るのは明日ではなかったか?」
 「それが、1日も早く、バルディーアの両殿下にお会いしたいと仰られまして、王城の貴賓室にて、殿下方の帰りをお待ち頂いている所だそうです」
2人の王子は、アビアンの王子の性格を知っているのか、諦めたような顔をした。
 「分かった。 直ぐに戻る。 マティもいいか?」
 「ああ」
 「ネロ様?」
 「ファラ、前に言っていただろう? 石を開花させた者と意見交換をしたいと、それでアビアンの王子は昔馴染みなんだ。 まだ、対の相手を見つけてなくてね。 学校にも行かずに、世界中を旅して探しているらしいんだ。 丁度いいから、落ち合おうと話していたんだ」
 「そうだったんですね」
 「しかし、こんなに慌てて来ると思わなかったな」

 ヴィーは、新たな石を開花させた人物に会えると、歓喜で胸を高鳴らせていた。 自分たちの国以外ではどんな人が石を開花させたのか興味があったのだ。 ヴィーたちは、貴賓室で待つアビアンの王子の元に急いだ。



――その頃、未だにアルシツィオ領で、フォルナ―ラは結界石を探していた。
 そして、冒険者からの情報を得て、洞窟の入り口に辿り着いていた。 ヴィーたちがタルテに行っていると、旅の情報屋から聞き『ゲーム』のイベントを思い出していた。

 「ああっ! 重大なイベントを思いだした! タルテでアビアンの王子に出会うイベントがあるんだった! もう少し、早く浄化の力を手に入れてれば、会えたのものを!! まぁ、いいわ。 王太子妃なれば、どうとでもなるでしょ」

 草木を掻き分けながら、進んで来た為、服は泥だけ、髪はボサボサで葉っぱが付いている。 顔が汚れるのも気にせずにいられないと、王太子妃を夢見て、フォルナ―ラは洞窟の奥に歩みを進めて行った。

 洞窟の奥では、瘴気を出す結界石が鎮座しており、淀んだ瘴気を漂わせていた。 洞窟の奥に、魔物に一匹も遭わずに辿り着いた事に、フォルナ―ラは全く気付いていなかった。 フォルナ―ラに気づかれない様に、背後からしわがれた含み嗤いが響く。

 (やっと、辿り着いたか。 結構、時間かかったね。 後は彼女次第だけど、)



――王城の貴賓室では、優雅にお茶をするアビアンの王子がいた。
 褐色の肌に琥珀の瞳、黒髪の長髪を後ろで三つ編みにして垂らしている。 190cmはあろうかと思う長身の王子は、長い足を組み返した。 露出の激しい衣装は、何とも言えない大人の色気を醸し出している。 給仕をしていたメイドたちから、ほうっと溜め息が漏れる。 とても今年、16歳とは思えない雰囲気だった。 大人の色気を醸し出している最たるものは、首元にある紋様のせいだろう。 琥珀の石は嵌っているが、対になる石は嵌っていなかった。 紋様がまだ完成していない事を表している。 アースィムは、タルテにネロたちと会う傍らで、対の相手を探して来ていたが、自身の感じる感覚では、あまり期待は出来ないようだった。

 (この国にも俺の相方は居ないようだな。 まぁ、いいか。 タルテには、ネロたちに会いに来たんだしな)

侍従から声をかけられ、アースィムは思考を止めた。

 「アースィム殿下、サカリアス王太子、マッティア王子殿下、ご婚約者のヴィオレッタ様がお戻りになられました。 お通し致します」
 「ああ」



――王城に戻って貴賓室に通されたヴィーは、中に居た人物にほうっと見惚れていた。
 大人な雰囲気のアースィムは、今まで出会った中でもとてもエキゾチックで色気がダダ洩れていた。 特に目を惹いたのは、首元の紋様だろう。 氷の結晶の様な紋様に、琥珀色の魔法石が嵌っている。 対になる石が嵌る場所には褐色の肌見えていた。

 ヴィーのアースィムの第一印象は、前世でいう所のアラビアンナイトな雰囲気だ。 この世界では珍しい黒髪が郷愁を誘い、不躾にもじっと見つめてしまった。

 (すっごい、大きいわ! 身長何センチくらいあるのかしら? それに首元の紋様が絶妙に色っぽいわ。 それに、流石は王子さま、チビ煙幕が視えないわね)

 じっとアースィムを見つめていると、隣から不穏な煙幕がヴィーの足元に漂う。 ネロの殺気を感じて『ひぃ』と内心で叫んだ。 恐る恐る隣のネロを見ると、ギラっとしたネロの熱い眼差しがヴィーを貫いていた。
 そっとネロから視線を逸らして、嫉妬の炎から逃げるように瞳を泳がせた。 ヴィーとネロの様子を見ていたアースィムからクスリと笑いが漏れる。 サカリアスは、あからさまに呆れたような表情を露わにした。
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