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29話 『新入生歓迎パーティー』

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 新入生歓迎会の月末は直ぐにやって来た。 今日は支度の為に、家のメイドを呼んでもいい事になっている。 ドレスは1人では着れないからだ。 ヴィーの部屋には、届けられた煌びやかなドレスを着たトルソーが置かれていた。 送り主は勿論、ネロだ。 ドレスをじっと見ると、ヴィーは眉尻を下げた。

 (うわっ! 色がまんまネロ様だわっ)

 今回のドレスは、ネロの金髪の色に合わせ、クリーム色に近い金色だ。 はちみつ色にも見える。 胸元が大きく開いていて、鎖骨下にある黒蝶の紋様が良く見えるようなデザインになっていた。 ベルラインのドレスはとても可愛らしい。 アクセサリーは、濃紺のサファイアの周りをダイヤがあしらわれているデザインだった。

 「黒蝶姫、お支度のお手伝いを致します」
ノワールが『黒蝶姫』と呼ぶ事に、ヴィーの身体がピクリと跳ねた。
 「ノワール、黒蝶姫と呼ぶのは止めて下さい。 祖父が何を言ったか知りませんが、もう亡くなってますし、普通に名前で呼んで欲しいです」
 「申し訳ございません。 つい、いつもの癖が出てしまいました。 お許しください、以後気を付けます。 ヴィオレッタ様」
にこりと微笑んだノワールはとても綺麗なお姉さまだ。
 「いえ、分かって頂ければ、私はそれでいいので」
 「では、急いでお支度をいたしましょう」

 テキパキと支度を整えていくノワールを見て、ヴィーは心の底から尊敬の念を抱いた。 『影』に所属している事から、腕も立つと思われる。 メイドの所作も完璧で、立ち振る舞いも優雅だ。 ヴィーは一目でノワールを好きになった。 ノワールがまだ幼い頃、年の近い臣下として、ネロの側に控えていた。 ネロが祖父に会いに行く時にも同行していたという。 その時にノワールと祖父は出会ったらしい。

 (そういえば、ノワールのチビ煙幕が出ないわね。 絶対、ノワールのチビ煙幕は可愛いはずっ! 視たいけど、こればっかりは駄目だ。 人の道理に反す。 なんで、私の能力ってこれなんだろう)

 ヴィーは、自身の能力を恨めしく思ったが、ヴィーの能力のお陰で、家族から嫌われているんじゃないかという誤解が生まれなくて暮らせた事にも、少なからず感謝している。 いつも怖い顔でヴィーを見るヴィオと、全く娘を溺愛している態度を出さない父親を思い出すと、クスリと含み笑いを浮かべた。



――夕闇と同時に始まった新入生歓迎会は、中々、カオスな状態だった。
 学園の大広間が、生徒会と執行委員の手により飾られ、煌びやかに光り輝いていた。 色とりどりのドレスを着た令嬢たちと、正装を纏い、いつもよりは2割増しにイケメンに見える令息たち。

 新入生歓迎会の大広間は、煌びやかなドレスを纏った令嬢たちを侍らしたアルバと、イケメンの令息たちを侍らしているフォルナ―ラの2組に分かれていた。 ヴィーは、モクモクと沸く黒いチビ煙幕が、お互いを牽制し合う様子に、げんなりとした表情を浮かべた。

 (絶対にあそこには、近づきたくないわっ)

 2組の集団から炙れてしまった者たちが、2組の集団を遠巻きにし、ギスギスした空気を醸し出していた。 ルカは、パートナーの令息と何処かに消えていて、エラは第二王女のクレアと気が合うのか、アルバから離れた場所で楽しそうに話をしていた。 ソフィアは、何処に居るか分からない。

 ネロはというと、ヴィーの腰に手を当てて、ぴったりと寄り添っている。 仲睦まじい2人の様子に、誰も声を掛けて来ない。 ヴィーは、ソワソワと身動ぎした。

 「どうかした、ファラ? もしかして、疲れた?」
 「いえ、大丈夫ですっ」
 (ネロ様っ! だから、距離が近いですってっ!)

 ネロは、ヴィーの気持ちを知ってか知らずか、意地悪な笑みを浮かべて、更にヴィーを引き寄せた。 ヴィーが不毛な反抗をしていると、ダンス曲が大広間に流れた。 楽団の演奏が始まったのだ。 ソフィアと生徒会長がダンスフロア―に踊り出し、優雅にダンスを披露する。 見目麗しい2人に、皆がうっとりと見惚れた。

 (綺麗っ! とってもお似合いの2人だわ)
 「ファラ、私たちも踊ろう」
手を差し出され、ヴィーはネロの手を取った。
 「はい、ネロ様」

 ネロの手を取った瞬間、ヴィーの背中に突き刺さるフォルナ―ラの視線。 ヴィーはフォルナ―ラの鋭い視線をやり過ごし、ネロとダンスを踊った。 ネロとアルバにエスコートされなくて、怒り心頭なのだろう。 今回は、ネロがヴィーの手を離さず、3曲続けて踊る。 ヴィーとネロとは正式に婚約を結んでいる。 ダンスも何回も踊っても、誰にも咎められない。

 もう、喉がカラカラである。 ネロが持ってきてくれた飲み物を、ヴィーは一気に煽った。 側に寄って来たクリスから何やら報告を受けたネロが、眉間に皺を寄せた。

 「ファラ、ちょっとテラスに出よう」

 ヴィーは、頷いてネロに腰を引かれるままテラスに出た。 テラスには、クロウとノワールがいた。 ノワールは、今は黒装束に身を包んでいる。 クロウとノワールは、ヴィーたちを見ると、膝まづいた。

 「殿下、パーティーの最中に申し訳ございません。 取り急ぎご報告したい事がありまして。 黒蝶姫、お久しぶりでございます。 お健やかそうでなりよりです」

 クロウはヴィーと視線を合わせると、『黒蝶姫』を殊更に強調して、意地悪な笑みを浮かべた。 ヴィーの頬がピクリと引き攣った。 確実に揶揄っているだと分かり、内心で恥ずかしくて慌てふためいていた。 

 (これも、おじいさまの所為だわっ! おじいさまっ! 絶対に許さないからっ!)

 クリスに目配せをすると、頷いたクリスがテラスに結界を掛ける。 結界がかかったのを確認してから、ネロは口を開いた。

 「クロウ、それくらいにしてあげて。 で、報告したい事って?」

 ネロが片手を上げて、クロウを制止したが、ヴィーの様子を見て、ネロも楽しんでいる様だ。 ネロの反応にヴィーの口も尖る。 クロウが真剣な表情に変え、本題を切り出した。

 「では、ご報告申し上げます。 こちらをご確認ください」

 ノワールがネロに小袋を差し出した。 ヴィーもネロが受け取った小袋をじっと見ると、何処かで見た事があると脳裏に引っかかった。 そして、主さまの医務室で見た事を思い出し、首を傾げた。

 (主さまの所にあった物と同じ物だわ。 でも、あれはもっと不穏な空気を出してたような? 別の物にしては、似すぎてるし)

ネロが暫く、小袋を眺めると、何かに気づいたのかハッとした顔をした。

 「これは、浄化されてる? 誰かが浄化したのか? いや、でもそんなはずはっ」

クロウが横に首を振り、ネロの言葉を否定した。 ネロの隣でクリスも厳しい顔をしている。

 「いえ。 それは、殿下からお預かりした物とは別の物でございます。 殿下からお預かりした物は、研究施設で調査の為に解体致しました。 そちらは、潜ませていた私の部下が手に入れた物ですが、昨日の朝に浄化された状態で見つかったそうです」

ネロが目を見開いて驚いた。
 「この小袋は、知らぬ間に浄化されていたという事か? そんな事が出来るのは、今、この学園ではあの人しかいない」

ネロとヴィーが視線を合わせる。 2人の脳裏に、にこやかな笑顔を浮かべる主さまの姿があった。

 ((主さまっ!))
 (主さまの所にある小袋も浄化されてるのかしら? 手作りに見えるけど、誰の手作りなんだろう?)

 浄化したのは、ヴィーなのだが、全く気付いていなかった。 ヴィーは、主さまの元にあった同じような小袋を思い出していた。 視てはいけないと分かっていながら、気になって仕方がない。 ネロが持っている小袋をじっと視ると、黒い煙幕がモクモクと現れ、製作者のチビ煙幕が描き出される。

 小袋の制作者は、フォルナ―ラだった。 フォルナ―ラのチビ煙幕が現れ、ヴィーを見ると、鋭い瞳で睨みつけてきた。 ヴィーの肩が小さく跳ねると、ネロがヴィーの様子に気づき、心配そうに顔を覗き込んできた。

 「ファラ?」

 ファルナーラのチビ煙幕は、ネロに向かって何かの魔法を掛けようとしている。 しかし、浄化されてしまっているので、何も魔法が掛からず、恨めしそうにヴィーを見た。

 (えと、何かの魔法を掛ける為にフォルナ―ラ様は、この小袋を配ってるのね)

 ヴィーは、大広間の端で、イケメンの令息たちを侍らしているフォルナ―ラを振り返った。 フォルナ―ラの集団からは、モクモクと黒い煙幕が漂い、令息たちのチビ煙幕が相手を牽制し合い、フォルナ―ラの一番を取り合っていた。 フォルナ―ラのチビ煙幕は至極ご満悦で、ふんぞり返っていた。 現実のフォルナ―ラは可憐な花を装っているのか、おしとやかに佇んでいる。

 ヴィーは、チビ煙幕を見ると、現実とのギャップにげんなりした。 嫌な光景である。 じっと視ていると、ある事に気づいた。 フォルナ―ラに侍っている令息たちの中に、酔っぱらったようなチビ煙幕が多数いた。

 学園の生徒は皆、成人しているので、お酒の提供はあるが、お酒に酔っている様子ではない。 フォルナ―ラに酔っている様子だ。 今宵のフォルナ―ラは、髪を沢山の花で飾っていた。

 (変ね。 フォルナ―ラ様に恋焦がれて、酔っているっていう感じじゃないわ。 恋をしているのなら、ハートマークが飛ぶもの。 お酒じゃない何かに酔ってる様子だわ)

 ヴィーは、フォルナ―ラが制作した小袋のチビ煙幕を見て、やっと合点がいった。 『ああああああ!』とヴィーは納得した途端に叫んでいた。 突然に叫んだヴィーにテラスにいた全員の肩が跳ねた。

 (そっかっ! あれは、ポプリの小袋だわ。 花の匂いに酔ってるのね)

 「ファラ? どうしたの?」

 叫んだっきり、考え込んで何も言わなくなったヴィーを見て、ネロが心配して声を掛けてきた。

 「ネロ様、フォルナ―ラ様の周りにいる令息たちですが、フォルナ―ラ様の魅力に酔っているのではなくて、フォルナ―ラ様を飾っている花の匂いに酔ってるんです。 その小袋は、フォルナ―ラ様が配ってるんですよね? その小袋、主さまも持っていたんです。 主さまが花の匂いに酔う事はないと思いますけど。 フォルナ―ラ様は、香りとかの調合が出来るのでは? お家がお花屋さんですし」

クロウがヴィーの話を受け、調査報告をした。

 「フォルナ―ラ家も調べましたが、至極真っ当に家業を営んでいて、裏には何もございませんでした。 第二夫人の気配もございません。 動くとすれば、立太子の儀式が本格的になってからかと思われます」
 「そうか。 しかし、以前残りの『わらびの実』の行方は分からないか」
ネロは、深い溜め息を吐いた。
 「しかし、あの令息たちはどうにかしなければね。 あのままでは、軋轢を生む。 中には婚約者がいる者もいるだろう」
クリスもネロの意見に同意した。
 「まぁ、本当にフォルナ―ラ嬢に好意を寄せている者たちは本人の事なので、自分たちで何とかしてもらうとして、匂いに酔っている者たちは、酔いを覚ましてやらないと可哀そうですね。 フォルナ―ラ嬢も侍らしたいだけで、本気ではないですからね」

 クリスの話を聞き、大広間を伺うと、2人の令嬢を伴い、何処かに消える所だった。 隣のネロを見ると、厳しい視線をアルバの背中にぶつけていた。 アルバもネロのきつい視線に気づいている様だが、気にする事無く、大広間を出ていった。

 (ジュリオ殿下、本当に最低っ! エラ様は大丈夫かしら)

 アルバが大広間を出て行ってから、ギスギスした空気が少し和らいだ。 しかし、フォルナ―ラの集団がまだいるので、不穏な空気が漂っている。 フォルナ―ラのチビ煙幕は、不穏な空気さえも楽しんでいる様で、ヴィーは心の底から嫌悪感で一杯になった。 フォルナ―ラたちをじっと見ていると、ネロが不意に耳元に顔を寄せてきた。 ネロの息が耳にかかり、心臓が大きく跳ねる。 ネロが小さく囁く。

 「ファラ、主さまと連絡取れない? お願いしたら浄化してもらえるのかな?」
ヴィーは高鳴る胸を抑えながら、なんとか答えを返した。
 「わ、私の経験上、無理かと」
 「そう」

 ネロは残念そうな声を出して、小さく息を吐いた。 ネロが離れ、ヴィーはやっと楽に呼吸が出来た。 主さまは結構、厳しい。 ヴィーとの修行時も出来る事も、頑張れば出来る事も、主さまから助言は貰えても、助けてくれる事はなかった。 にっこりと『ヴィーなら出来るでしょ』と満面の笑みで言われるのだ。 何も出来ないまま、新入生歓迎会のパーティーは、深夜過ぎに終りを告げた。


 翌朝に、毎朝の日課になりつつある主さまの指示。 ヴィーはまだ気づいていない。 浄化の魔法を詠唱し、寮全体が浄化され、フォルナ―ラの花の匂いに酔っていた令息たちは正気を取り戻した。

 怒り狂ったのはフォルナ―ラである。 折角、夜にせっせと調合した媚薬を無効化されたのだ。 フォルナ―ラの能力は、花の特性を活かした媚薬の調合だ。 深く勉強すれば、人に役立つ薬が調合が出来るが、フォルナ―ラは自分に都合にいい物しか、勉強してこなかった。

 王子たちに渡したポプリも効いていないらしい。 先日の新入生歓迎会で、ヴィーとネロの仲睦まじい様子、アルバには相手にされない。 ルカに至っては、眼中にないだろう。 手に入ったのは、どれもフォルナ―ラが望んだ物ではなかった。

 「次の春休暇に洞窟へ行きましょう。 もう、それしかないわっ! 浄化魔法の力を手に入れて、瘴気を出す結界石を浄化出来れば、王子たちも私を無視できないはずっ!」

 水面に波紋が拡がり、フォルナ―ラの姿が歪む。 クスリと誰かの笑い声が水面に落ちた。
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