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22話 『成人の儀式』
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早朝からメイドに叩き起こされ、ヴィーは眠い目を擦っていた。 お風呂で念入りに磨かれ、お肌はすべすべつるピカ。 髪も衣装も煌びやかな姿に変えられた。 今朝のヴィーの装いは、黒のレースをふんだんに使った膝下までのワンピ―ス。 膝丈なのは大聖堂で祈りを捧げ結界石を作り出した後、大広場の舞台で舞を踊るからだ。
アップした髪には、紫と濃紺の薔薇を編み込んでいた。 ファラの黒蝶も髪に止まり、髪飾りに擬態している。 広く開いた胸元には、ネロとお揃いの黒蝶の紋様が輝いていた。 メイドたちの隙を見て、主さまから教えてもらった魔法をかける。 体中に魔力が満ちて、帯電する感覚が指先まで感じる。
ほぅっと息を吐いたヴィーは、気合いを入れて呟いた。 黒い手袋が握り込んだ拳の中で軋んだ。
「よし、これでいいわね」
気合を入れたが、直ぐに膝から崩れおれ、ヴィーは情けない声を吐き出した。 そばで控えていたメイドたちも、突然、床に手をついて打ちひしがれた様子に、困った表情でヴィーを見つめ、どうしたものかと遠巻きにしていた。
(駄目だわっ! もう、心臓が張り裂けそうな程、緊張してる。 絶対に失敗するわっ!)
床に伏せているヴィーに、メイドがおずおずと話しかけた。
「ヴィオレッタ様、マッティア殿下は事前準備の為、先に大聖堂に向かわれました。 ヴィオレッタ様も大聖堂まで移動をっ」
あまりにも打ちひしがれているヴィーを見て、メイドの言葉が尻窄みになっていった。
床に打ち捨てられたように項垂れていると、軽くノックする音が鳴り、返事を待たずに扉が開け放たれた。 入って来たのは、双子の弟、ヴィオだった。 今日の為に短髪に切り揃えたのか、撫でつけた髪型が似合っている。 紫の正装もとても似合っていた。 ヴィーを見下ろし、ヴィオの紫の双眸がキラリと鋭く光り、実の姉を冷たい表情で一瞥した。
「やっぱり、こうなってたか」
ヴィーが目に涙を溜めて、ヴィオを見上げた。
「ヴィオ、どうしてここに?」
「ヴィーは、いつも本番ギリギリになってから、もの凄く緊張して動けなくなるからな。 ほら、行くぞ」
そう言うと、ヴィーを肩に担ぎあげた。
「ぎゃぁぁぁぁあ!」
突然の事に、ヴィーの口から令嬢らしからぬ叫び声が飛び出した。 メイドたちは、あまりの事に皆、一様に同じ表情で固まっていた。 何故か、メイドたちのチビ煙幕は皆、瞳をハートマークにしてヴィオを見つめていた。 ヴィオはそのまま何も言わずに離宮を出て、大聖堂まで歩いていく。
いつの間に、こんなに逞しくなったのか、ヴィーは母の様な気持ちになっていた。
「もう、本番なんだ。 今から足掻いても仕方ないだろう。 失敗しても、誰かがフォローしてくれる。 ヴィーは1人じゃないんだから」
ヴィオの有無も言わせぬ行動に、少し気持ちが落ち着いたのか、ヴィーは落ち着いた声で話しかけた。
「うん。 もう、1人で歩けるから、降ろしてヴィオ」
「いや、駄目だ」
大聖堂へ続く廊下を歩いていると、不穏な空気を感じ取り、ヴィーはヴィオの肩の上で固まった。 ヴィーの周囲を黒い煙幕が漂う。 煙幕に殺気が混じっている。 ヴィーの息呑む音が大きく聞こえるようだった。
「ヴィオ」
ヴィーの硬い声が廊下に響く。 ヴィオは予測していたのだろう、ニヤリと笑みを浮かべた。
「大丈夫だ。 こんな事もあろうかと、ちゃんと準備してるから」
「えっ」
黒蝶がヴィーたちの周囲を飛び回り、鱗粉を振りまくと同時に、周囲から剣を打ち合う音が廊下に響き渡る。 突然に戦いのゴングが打ち鳴らされ、ヴィーはヴィオの肩の上で、恐怖で身体を強ばらせた。
「ファラ!」
背後からネロの声が聞こえ、振り仰ぐ。 ヴィーの視線には、剣を構え、騎士団員と打ち合うネロがいた。 ネロは黒い正装を纏っており、一段と麗しい姿だった。 騎士団員をよく視ると、騎士団員のチビ煙幕は騎士服を着ていない。 どう見てもならず者だ。 ヴィオもヴィーを抱えながら、偽物の騎士団と闘っていた。
「ファラ、大丈夫か?! フラヴィオ、ファラをこちらにっ!」
ネロが手を伸ばしてきた。 ネロの濃紺の瞳は油断なく、周囲に目を光らせていた。
「姉を頼みます。 私が足止めしますので、お早く!」
ヴィーは何が何だか分からず、ネロに手を引かれて大聖堂まで走った。 道すがら、ネロの説明を信じられない気持ちで聞いていた。
「ファラには、言ってなかったけど、火事の後も調べてたんだ。 あの時、ファラを攫ったのは、第二夫人が唆した奴だ。 ファラを攫ったのは、エルヴェーラ嬢の叔父だよ」
「えっ?!」
「恨んでるんだろうね。 私たちは、完膚なきまで彼を潰したからね。 そうしないと後々、親戚面して色々と面倒な事を言って来るのが分かっていたからね」
ヴィーは『どんな事をしたんだろう』と背筋が凍る思いがした。
「第二夫人の狙いは、私とアルバの妃候補たちが騒ぎを起こした様に見せかけて、私とアルバを失脚させる事。 あわよくば成人の儀式を邪魔できれば、なおいいって事だろう。 当日も何か仕掛けてくると思っていたんだ」
「エラ様は火事の原因を?」
ネロは眉間に皺を寄せた。 それだけでヴィーは何となく分かった。 自分の叔父がこんな事に加担したなど、知らせない方がいいと。 いや、知られると大変だ。 縁を切ったと言っても、責任を感じずにはおれないだろうと、ヴィーはエラを慮った。
「エラ様が知らないのであれば、何も言わないで下さい。 私は大丈夫でしたし、エラ様は何も悪くないのですから」
そこまで考えて、ハッとしてネロを見つめた。
(姪のエラ様が一番、恨まれてるんじゃないかしら?)
「ネロ様! エラ様も狙われているんじゃっ!!」
ネロはにっこり笑ってヴィーを振り返った。
「大丈夫だよ。 エルヴェーラ嬢には、アルバがついているからね」
「なら、大丈夫ですね」
ヴィーはにこりと微笑んだ。 普段はチャラチャラしたアルバだが、剣術には定評がある上に、水魔法が得意なのだ。 過去に水攻めで、大量の魔物を1人で殲滅した事がある。
もう少しで大聖堂だという所で、前に立ちはだかる人影があった。 ネロから、王子らしからぬ『ちっ』という舌打ちが聞こえてきた。 立ちはだかった人影が徐々に大きくなっていった。
「巨大化魔法かっ! もう直ぐそこだと言うのに、面倒な! ファラ、離れて! クロウ、ファラを守れ!」
「御意!」
何処からともなく、黒い人影が降りてきて、ヴィーを庇うように降り立った。 突然、目の前に人が現れ、ヴィーは小さい悲鳴を上げた。 人影はこちらを見ずに声を掛けてきた。
「黒蝶姫、私から離れないで下さい」
「えっ」
(黒蝶姫って私の事っ?! なんでそんな恥ずかしい呼び名で呼ぶのっ?!)
ヴィーが困惑しているうちに、巨大化が終わったのか、ズシリと重い音が廊下に地響きが鳴った。 ならず者も引き連れていて、クロウと呼ばれた黒装束の男が、応戦している。 ならず者たちは、クロウの素早い動きについて行けずに、翻弄され、あっという間にお縄になった。 後は、巨大化した人物だけだ。
クロウの技を目の当たりにして、ヴィーの脳裏に前世での記憶が一部蘇ると、ポツリと呟いた。
「忍者みたいっ」
廊下にネロの声が静かに響いた。
「全く、こちらとしては、お前の不正や犯罪を粛正しただけだというのに。 反省するとしたら、復讐心を抱かせないくらいに心を折るべきだったね」
さらりと怖い事を黒い笑顔で、ネロは宣った。 口振りから、巨大化した人物は、どうやらエラの叔父らしい。 ネロの濃紺の瞳が妖しく光りを放ったのを見て、ヴィーの背筋が凍った。
巨大化した叔父は、自我が無いのか、太い腕を振り回すだけで、攻撃は一つも当たらなかった。 ネロは大きくジャンプしながら、振り下ろされた太い腕を避けていた。
「ネロ殿下! 避けてるだけでは勝てませんよ!」
「分かってるっ!」
何処から沸くのか、また新たなならず者が現れた。
「くっ! 黒蝶姫、後ろの柱の陰に隠れて下さい!」
ヴィーは心中で叫び、羞恥を隠して柱の陰に隠れた。
(その呼び方止めて~~っ! 恥ずかしすぎるからっ!)
廊下中に重量のある塊が崩れおれる音が鳴り響き、断末魔の声が響き渡った。 目の離している隙に、ネロが巨大化した叔父の両足のけんを断ち切ったらしい。 ネロは床に無様に倒れ込んでいるエラの叔父を厳しい目で見据えている。 巨大化魔法が解け、エラの叔父は徐々に元の大きさに戻っていった。
「フィオーレ殿、極刑は免れないぞ。 追って沙汰を出す。 牢屋にぶち込んでおけ!」
『はっ!』と言う複数の声が廊下で鳴り響く。 いつの間にか、周囲に黒装束の男たちに囲まれていて、ヴィーはビクッと肩を震わせた。
「ファラ、行くよ! もう、時間がギリギリだ!」
ネロに手を引かれて、角を曲がると、扉の前でヴィオが不審者の様に周囲を伺っていた。 ヴィーたちの近づいて来る足音に振り返ると、ヴィオが珍しく安堵の表情を浮かべた。
「ヴィー、マッティア殿下! 先に行かれたのに、大聖堂にいらっしゃらないので、心配致しました」
ネロが片手を上げて言葉を返した。
「すまない。 こっちの道にフィオーレが現れてね。 もう、片付いた。 さぁ、行こう」
大聖堂の扉を開けると、既に全員が揃っていた。 家族席に王族も座っていた。 祭壇の両端に鏡が置いてあり、同じ年の妹王女2人は、各々の婚約者の領地で成人の儀式に参加している姿が、投影魔法で映し出されていた。 王女たちの母も、そちらに参加している様だ。 投影魔法は正常に動いている様で、隣で歩くネロから、安堵の息が漏れたのが聞こえた。
横目でチラリと見ると、第二夫人は何食わぬ顔をして、前を見据えている。 ヴィーとネロは、用意されていた長椅子に座り、ヴィオは離れた位置に座った。 全員が揃った事を確認した司祭から、成人の儀式の開始が告げられた。 司祭の古代語の説法が大聖堂に響き渡った。
――ヴィーとネロは大聖堂の奥にある結界石が設置されている部屋に続く廊下を歩いていた。
結界石を作り出す儀式は、バルディーア王国中に魔法で映像が流され、中継される。 ヴィーとネロの前には、司祭が先導して歩き、後ろから王族や主だった重鎮がついて来ていた。 結界石が置いてある部屋へ着くと、ヴィーは息を呑んだ。 結界石からわずかだが、黒い靄が立ち込めている。
(予想した通り、ギリギリだったわね。 もう少し遅かったら危なかった。 こんな大きな結界石が瘴気を出す石に変わったら大変な事になってたわ)
司祭が杖を振ると、鏡が出現し、アルバとエラが映し出された。 丁度、着いたばかりらしい。 早馬で移動したお陰で、ヴィーたちと同時だった。 アルバとエラは、白い正装とエラは白い膝丈のワンピースに、身を包んでいる。 左肩を出していて、白薔薇を咥えた水鳥の紋様が輝いている。
アルバが居る大広場には、アルバの母である第三夫人と、同腹の第四王女のジュリアの姿があった。 アルバを支持する重鎮の姿もある。 大聖堂の司祭と大広場にいる司祭が、お互いに合図を送り合うと、ヴィーたちに結界石を作り出す儀式の開始を告げた。 王国中の人々が固唾を飲んで、中継の為に、主だった場所に設置した投影魔法の為の鏡を見守っていた。
ネロがヴィーを見つめると、手を差し出してきた。 ヴィーは微笑みながらネロの手を取る。 触れあっていた方が、魔力を合わせやすいのだ。 鏡の中のアルバとエラも同じように手を繋いでいた。
「ファラ、大丈夫だよ。 絶対に上手くいくよ」
ヴィーは大きく頷いた。 深呼吸すると、声と魔力を合わせ、古代語の詠唱に魔力を乗せた。 床に拳大の結界石が現れ、徐々に大きくなっていく。 数枚の黒い花びらが拡がり、黒薔薇が形成されていく。
同時に大広場でも、白薔薇の結界石が形成されていた。 白薔薇の結界石の上に、紋様と同じ小さい白い鳥の結界石が形成されていた。 ヴィーたちの黒薔薇の結界石にも、紋様と同じ黒蝶の結界石が形成され、黒薔薇の蜜を吸っている様に形成されていた。
ヴィーは肩の力を抜いて、大きく息を吐いた。 今まで一番、魔力を吸い取られた。
(はぁ~っ! かなり辛かったわっ!)
2つの結界石が出来上がった時、結界石から光りが放たれ、魔力が弱い者でも分かった。 結界石による魔除けの結界が王都中に広がり、前よりも結界が強化された事に。
今まで、王都を守っていた紫の結界石が光の粒になり、霧散していく。 消える寸前に、黒い煙幕が一瞬だけ現れ、ヴィーに向かって微笑んで消えた。 新たに現れた結界石に王国中の人々が、歓喜の声を上げた。
ヴィーは足の力が抜けて、倒れそうになった寸前、ネロに受け止めてもらい、意外と大きな手に、ヴィーの心臓が大きく跳ねた。
「大丈夫、ファラ? この後はパレードだ。 アルバたちが戻って来てからだから、まだ時間があるし、馬車で移動するから、少し休めるよ」
ヴィーは足に力を入れて耐え、ネロに笑顔を向けた。
「はい、大丈夫です」
パレードは滞りなく行われ、大広場での成人の儀式の舞も無事に成功した。 3人の王子たちの旗持ちに、若い女性から黄色い声が上がり、エレノアとアウローラの男女の舞に、老若男女がうっとりと酔いしれていた。
アップした髪には、紫と濃紺の薔薇を編み込んでいた。 ファラの黒蝶も髪に止まり、髪飾りに擬態している。 広く開いた胸元には、ネロとお揃いの黒蝶の紋様が輝いていた。 メイドたちの隙を見て、主さまから教えてもらった魔法をかける。 体中に魔力が満ちて、帯電する感覚が指先まで感じる。
ほぅっと息を吐いたヴィーは、気合いを入れて呟いた。 黒い手袋が握り込んだ拳の中で軋んだ。
「よし、これでいいわね」
気合を入れたが、直ぐに膝から崩れおれ、ヴィーは情けない声を吐き出した。 そばで控えていたメイドたちも、突然、床に手をついて打ちひしがれた様子に、困った表情でヴィーを見つめ、どうしたものかと遠巻きにしていた。
(駄目だわっ! もう、心臓が張り裂けそうな程、緊張してる。 絶対に失敗するわっ!)
床に伏せているヴィーに、メイドがおずおずと話しかけた。
「ヴィオレッタ様、マッティア殿下は事前準備の為、先に大聖堂に向かわれました。 ヴィオレッタ様も大聖堂まで移動をっ」
あまりにも打ちひしがれているヴィーを見て、メイドの言葉が尻窄みになっていった。
床に打ち捨てられたように項垂れていると、軽くノックする音が鳴り、返事を待たずに扉が開け放たれた。 入って来たのは、双子の弟、ヴィオだった。 今日の為に短髪に切り揃えたのか、撫でつけた髪型が似合っている。 紫の正装もとても似合っていた。 ヴィーを見下ろし、ヴィオの紫の双眸がキラリと鋭く光り、実の姉を冷たい表情で一瞥した。
「やっぱり、こうなってたか」
ヴィーが目に涙を溜めて、ヴィオを見上げた。
「ヴィオ、どうしてここに?」
「ヴィーは、いつも本番ギリギリになってから、もの凄く緊張して動けなくなるからな。 ほら、行くぞ」
そう言うと、ヴィーを肩に担ぎあげた。
「ぎゃぁぁぁぁあ!」
突然の事に、ヴィーの口から令嬢らしからぬ叫び声が飛び出した。 メイドたちは、あまりの事に皆、一様に同じ表情で固まっていた。 何故か、メイドたちのチビ煙幕は皆、瞳をハートマークにしてヴィオを見つめていた。 ヴィオはそのまま何も言わずに離宮を出て、大聖堂まで歩いていく。
いつの間に、こんなに逞しくなったのか、ヴィーは母の様な気持ちになっていた。
「もう、本番なんだ。 今から足掻いても仕方ないだろう。 失敗しても、誰かがフォローしてくれる。 ヴィーは1人じゃないんだから」
ヴィオの有無も言わせぬ行動に、少し気持ちが落ち着いたのか、ヴィーは落ち着いた声で話しかけた。
「うん。 もう、1人で歩けるから、降ろしてヴィオ」
「いや、駄目だ」
大聖堂へ続く廊下を歩いていると、不穏な空気を感じ取り、ヴィーはヴィオの肩の上で固まった。 ヴィーの周囲を黒い煙幕が漂う。 煙幕に殺気が混じっている。 ヴィーの息呑む音が大きく聞こえるようだった。
「ヴィオ」
ヴィーの硬い声が廊下に響く。 ヴィオは予測していたのだろう、ニヤリと笑みを浮かべた。
「大丈夫だ。 こんな事もあろうかと、ちゃんと準備してるから」
「えっ」
黒蝶がヴィーたちの周囲を飛び回り、鱗粉を振りまくと同時に、周囲から剣を打ち合う音が廊下に響き渡る。 突然に戦いのゴングが打ち鳴らされ、ヴィーはヴィオの肩の上で、恐怖で身体を強ばらせた。
「ファラ!」
背後からネロの声が聞こえ、振り仰ぐ。 ヴィーの視線には、剣を構え、騎士団員と打ち合うネロがいた。 ネロは黒い正装を纏っており、一段と麗しい姿だった。 騎士団員をよく視ると、騎士団員のチビ煙幕は騎士服を着ていない。 どう見てもならず者だ。 ヴィオもヴィーを抱えながら、偽物の騎士団と闘っていた。
「ファラ、大丈夫か?! フラヴィオ、ファラをこちらにっ!」
ネロが手を伸ばしてきた。 ネロの濃紺の瞳は油断なく、周囲に目を光らせていた。
「姉を頼みます。 私が足止めしますので、お早く!」
ヴィーは何が何だか分からず、ネロに手を引かれて大聖堂まで走った。 道すがら、ネロの説明を信じられない気持ちで聞いていた。
「ファラには、言ってなかったけど、火事の後も調べてたんだ。 あの時、ファラを攫ったのは、第二夫人が唆した奴だ。 ファラを攫ったのは、エルヴェーラ嬢の叔父だよ」
「えっ?!」
「恨んでるんだろうね。 私たちは、完膚なきまで彼を潰したからね。 そうしないと後々、親戚面して色々と面倒な事を言って来るのが分かっていたからね」
ヴィーは『どんな事をしたんだろう』と背筋が凍る思いがした。
「第二夫人の狙いは、私とアルバの妃候補たちが騒ぎを起こした様に見せかけて、私とアルバを失脚させる事。 あわよくば成人の儀式を邪魔できれば、なおいいって事だろう。 当日も何か仕掛けてくると思っていたんだ」
「エラ様は火事の原因を?」
ネロは眉間に皺を寄せた。 それだけでヴィーは何となく分かった。 自分の叔父がこんな事に加担したなど、知らせない方がいいと。 いや、知られると大変だ。 縁を切ったと言っても、責任を感じずにはおれないだろうと、ヴィーはエラを慮った。
「エラ様が知らないのであれば、何も言わないで下さい。 私は大丈夫でしたし、エラ様は何も悪くないのですから」
そこまで考えて、ハッとしてネロを見つめた。
(姪のエラ様が一番、恨まれてるんじゃないかしら?)
「ネロ様! エラ様も狙われているんじゃっ!!」
ネロはにっこり笑ってヴィーを振り返った。
「大丈夫だよ。 エルヴェーラ嬢には、アルバがついているからね」
「なら、大丈夫ですね」
ヴィーはにこりと微笑んだ。 普段はチャラチャラしたアルバだが、剣術には定評がある上に、水魔法が得意なのだ。 過去に水攻めで、大量の魔物を1人で殲滅した事がある。
もう少しで大聖堂だという所で、前に立ちはだかる人影があった。 ネロから、王子らしからぬ『ちっ』という舌打ちが聞こえてきた。 立ちはだかった人影が徐々に大きくなっていった。
「巨大化魔法かっ! もう直ぐそこだと言うのに、面倒な! ファラ、離れて! クロウ、ファラを守れ!」
「御意!」
何処からともなく、黒い人影が降りてきて、ヴィーを庇うように降り立った。 突然、目の前に人が現れ、ヴィーは小さい悲鳴を上げた。 人影はこちらを見ずに声を掛けてきた。
「黒蝶姫、私から離れないで下さい」
「えっ」
(黒蝶姫って私の事っ?! なんでそんな恥ずかしい呼び名で呼ぶのっ?!)
ヴィーが困惑しているうちに、巨大化が終わったのか、ズシリと重い音が廊下に地響きが鳴った。 ならず者も引き連れていて、クロウと呼ばれた黒装束の男が、応戦している。 ならず者たちは、クロウの素早い動きについて行けずに、翻弄され、あっという間にお縄になった。 後は、巨大化した人物だけだ。
クロウの技を目の当たりにして、ヴィーの脳裏に前世での記憶が一部蘇ると、ポツリと呟いた。
「忍者みたいっ」
廊下にネロの声が静かに響いた。
「全く、こちらとしては、お前の不正や犯罪を粛正しただけだというのに。 反省するとしたら、復讐心を抱かせないくらいに心を折るべきだったね」
さらりと怖い事を黒い笑顔で、ネロは宣った。 口振りから、巨大化した人物は、どうやらエラの叔父らしい。 ネロの濃紺の瞳が妖しく光りを放ったのを見て、ヴィーの背筋が凍った。
巨大化した叔父は、自我が無いのか、太い腕を振り回すだけで、攻撃は一つも当たらなかった。 ネロは大きくジャンプしながら、振り下ろされた太い腕を避けていた。
「ネロ殿下! 避けてるだけでは勝てませんよ!」
「分かってるっ!」
何処から沸くのか、また新たなならず者が現れた。
「くっ! 黒蝶姫、後ろの柱の陰に隠れて下さい!」
ヴィーは心中で叫び、羞恥を隠して柱の陰に隠れた。
(その呼び方止めて~~っ! 恥ずかしすぎるからっ!)
廊下中に重量のある塊が崩れおれる音が鳴り響き、断末魔の声が響き渡った。 目の離している隙に、ネロが巨大化した叔父の両足のけんを断ち切ったらしい。 ネロは床に無様に倒れ込んでいるエラの叔父を厳しい目で見据えている。 巨大化魔法が解け、エラの叔父は徐々に元の大きさに戻っていった。
「フィオーレ殿、極刑は免れないぞ。 追って沙汰を出す。 牢屋にぶち込んでおけ!」
『はっ!』と言う複数の声が廊下で鳴り響く。 いつの間にか、周囲に黒装束の男たちに囲まれていて、ヴィーはビクッと肩を震わせた。
「ファラ、行くよ! もう、時間がギリギリだ!」
ネロに手を引かれて、角を曲がると、扉の前でヴィオが不審者の様に周囲を伺っていた。 ヴィーたちの近づいて来る足音に振り返ると、ヴィオが珍しく安堵の表情を浮かべた。
「ヴィー、マッティア殿下! 先に行かれたのに、大聖堂にいらっしゃらないので、心配致しました」
ネロが片手を上げて言葉を返した。
「すまない。 こっちの道にフィオーレが現れてね。 もう、片付いた。 さぁ、行こう」
大聖堂の扉を開けると、既に全員が揃っていた。 家族席に王族も座っていた。 祭壇の両端に鏡が置いてあり、同じ年の妹王女2人は、各々の婚約者の領地で成人の儀式に参加している姿が、投影魔法で映し出されていた。 王女たちの母も、そちらに参加している様だ。 投影魔法は正常に動いている様で、隣で歩くネロから、安堵の息が漏れたのが聞こえた。
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――ヴィーとネロは大聖堂の奥にある結界石が設置されている部屋に続く廊下を歩いていた。
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ネロがヴィーを見つめると、手を差し出してきた。 ヴィーは微笑みながらネロの手を取る。 触れあっていた方が、魔力を合わせやすいのだ。 鏡の中のアルバとエラも同じように手を繋いでいた。
「ファラ、大丈夫だよ。 絶対に上手くいくよ」
ヴィーは大きく頷いた。 深呼吸すると、声と魔力を合わせ、古代語の詠唱に魔力を乗せた。 床に拳大の結界石が現れ、徐々に大きくなっていく。 数枚の黒い花びらが拡がり、黒薔薇が形成されていく。
同時に大広場でも、白薔薇の結界石が形成されていた。 白薔薇の結界石の上に、紋様と同じ小さい白い鳥の結界石が形成されていた。 ヴィーたちの黒薔薇の結界石にも、紋様と同じ黒蝶の結界石が形成され、黒薔薇の蜜を吸っている様に形成されていた。
ヴィーは肩の力を抜いて、大きく息を吐いた。 今まで一番、魔力を吸い取られた。
(はぁ~っ! かなり辛かったわっ!)
2つの結界石が出来上がった時、結界石から光りが放たれ、魔力が弱い者でも分かった。 結界石による魔除けの結界が王都中に広がり、前よりも結界が強化された事に。
今まで、王都を守っていた紫の結界石が光の粒になり、霧散していく。 消える寸前に、黒い煙幕が一瞬だけ現れ、ヴィーに向かって微笑んで消えた。 新たに現れた結界石に王国中の人々が、歓喜の声を上げた。
ヴィーは足の力が抜けて、倒れそうになった寸前、ネロに受け止めてもらい、意外と大きな手に、ヴィーの心臓が大きく跳ねた。
「大丈夫、ファラ? この後はパレードだ。 アルバたちが戻って来てからだから、まだ時間があるし、馬車で移動するから、少し休めるよ」
ヴィーは足に力を入れて耐え、ネロに笑顔を向けた。
「はい、大丈夫です」
パレードは滞りなく行われ、大広場での成人の儀式の舞も無事に成功した。 3人の王子たちの旗持ちに、若い女性から黄色い声が上がり、エレノアとアウローラの男女の舞に、老若男女がうっとりと酔いしれていた。
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