5 / 13
五話
しおりを挟む寝室の掃き出し窓に取り付けられているカーテンが勢いよく引かれる。
細いレールを滑る音は、耳触りが悪い。
掃き出し窓はベッドの横にある為、カーテンが引かれて、朝日が顔を差す。
眩しさに強く瞼を閉じれば、侍従のウェイロが肩を強く揺さぶって来た。
序でにウェイロの起こす声が煩い。
「キウェテル様っ、起きて下さい! お仕事の時間ですよっ」
「……煩いぞっ、ウェイロっ! 今、起きるっ」
ベッドで上半身を起こし、大きな欠伸をして、硬くなっている身体を伸ばす。
目の前の壁には、まぁまぁ大きな肖像画が掛けられている。
「おはよう、ヴィヴィ」
キウェテルが寝室の壁に掛けれているヴィヴィエンの肖像画を、蕩ける瞳で見つめている。 琥珀色と緑の色が深まる様子を見て、ウェイロの薄紫の瞳が冷めている事に気づいていない。
ウェイロから何やら不快感が溢れている事に気づいたキウェテルが視線を向ける。
ウェイロは感情がなくて、読み取れない何とも言えない表情をしていた。
「肖像画に声を掛けても、返事なんて返って来ませんよっ」
「分かっているっ! 私を憐れむ様な眼差しで見るなっ」
「朝食をご用意しています」
ウェイロは何もなかった様に侍従の仕事を始めた。
「……っ」
確かに少しだけ、イタイとは思うが、私は姿絵でもいいから、朝、一番にヴィヴィの顔を見たいんだよっ。
キウェテルはベッドから出ると、朝食が並ぶテーブルへ足を向けた。
◇
キウェテルがウェイロに気持ち悪がられている頃、ヴィヴィエンも庭で朝食を頂いていた。
紅茶を一口、飲むんだ後、ヴィヴィエンから小さい溜め息が出る。 何時もなら、キウェテルはいつ頃に訪ねて来てくれるだろうと、気も早っていたが、今朝は逸る気持ちが起こらない。
きっともう、キウェテルは来ないわよね。 既成事実がどうのって言っていたけど、相手のいる獣人に、いつまでも気持ちなんて持ってないわ。
今朝は食欲がないのか、ヴィヴィエンの為に考えられた朝食に、全く手をつけられていない。
「婚約者かぁ~」
まぁ、居ないなんて事はないと思ってたけど、本当に居るとはっ。
丁度、マーサが仕様で階下に降りた為、庭の塀に近づく。
塔の最上階の庭から見渡せる城下町は、とても広く、賑わいを見せていた。
ヴィヴィエンから見えるのは、忙しなく動く豆粒の様な人の波だが、賑やかなのは分かった。
「婚約者様は、私を塔から連れ出してくれるかしら」
「城下町へ行きたいのなら、私が連れ出して差し上げますよ、囚われの姫様」
塀に革靴の爪先が当たる音が、ヴィヴィエンの顔の直ぐ横で鳴った。
見上げたヴィヴィエンは驚きの表情を浮かべた。
「……キウェテル?」
「ええ、そうですよ? あれ? もしかして、昨日の今日で私の顔を忘れてしまわれました?」
「そ、そんな訳ないでしょっ! どうして、また、ここに来たのっ」
ヴィヴィエンの金色の瞳が潤む。 気を緩ませれば、嬉しくて泣きそうになる。
「どうしてって、言っていたでしょう? 私は毎日貴方に会えないと死んでしまうと」
「なっ!」
キウェテルの顔が近づき、琥珀と緑のオッドアイに見つめられる。 ヴィヴィエンの気持ちを見透かされている様で、キウェテルから視線を外した。
今日もお土産を持参していたらしく、目の前にお菓子の箱が差し出された。
ヴィヴィエンの金色の瞳が見開かれる。
「今日はお菓子と別に、人気店のキッシュも買って来ましたよ。 キッシュなら食べられますか?」
目敏く気づいたのか、テーブルには手を付けずに並んでいる朝食が置かれていた。
「あっ」
真っ直ぐに見つめて来るキウェテルの瞳、琥珀と緑のオッドアイから逸らす。
「キウェテル、私には婚約者がいるのよ」
「婚約者と言っても、名ばかりでしょう? お互いに会った事のない婚約者に義理立てする事はありません。 それに朝ごはんはちゃんと摂った方がいいです。 今朝も唄を唄ったのでしょう?」
「えっ、唄っ? え、ええ、唄ったわっ」
「なら、お腹が空いているはずです」
「ちょっ、そんな事より、降ろしなさいよっ! しかも、何で肩に担ぐのっ?! 普通はお姫様抱っこでしょうっ?!」
「おや? ヴィヴィは意外と乙女ですね」
キウェテルの乙女という言葉に、ヴィヴィエンは真っ赤になった。 花壇の中を歩くキウェテルは、花を踏まずに進む。
ヴィヴィエンが頻繁に花壇に入るので、花壇の中に歩く道を庭師が作っていた。
朝食が並ぶテーブルセットの椅子に降ろされ、ヴィヴィエンの前にキッシュの箱が置かれる。
「マーサ、取り皿を持って来て」
「はい、直ぐにお持ちします」
いつの間にか戻って来ていたマーサに、キウェテルが指示をだす。
「私のメイドを勝手に使わないで」
プイッと顔をキウェテルから逸らす。
戻って来たマーサから取り皿を受け取ったキウェテルは、ホークで切り分けたキッシュをヴィヴィエンの口に突っ込んで来た。
ヴィヴィエンの口から、姫らしくない聞き取れない言葉が出た。 口の中に入れられたキッシュを咀嚼し、飲み込んだ。
「……キ、キウェテルっ」
「美味しいですか?」
「……」
先程、飲み込んだキッシュは、具沢山で玉子の香りが深い味がした。
「え、ええ……美味しかったわっ」
「良かったです」
キウェテルは続けてキッシュをホークで切り分けた。 満面の笑みでヴィヴィエンにホークを差し出す。
『はい、あ~ん』と、口を開けさせる。
「いや、大丈夫よ。 自分でっ……うぐっ」
また口にキッシュを放り込まれた。
咀嚼して飲み込み、抗議する為に再び口を開けたら、新たにキッシュを放り込まれた。 何度か繰り返され、ヴィヴィエンは諦めた。 キッシュを食べ切らないと終わらない。
「次はデザートのチーズケーキですよ」
「……チーズケーキは自分で食べるわ」
キウェテルからホークを奪うと、キウェテルは『残念』と眉尻を下げた。
「いい天気だね」
今日の天気は気温も丁度良く、とても暖かくポカポカ陽気だった。
外に出掛ければ、気持ちいいでしょうね。
「ねぇ、本当に私を連れ出してくれる?」
真剣な表情をして、キウェテルの琥珀と緑のオッドアイを見つめる。
ヴィヴィエンの意図を察したキウェテルは大きく瞳が見開かれる。
「ヴィヴィ、本当にいいの? 私が君を連れ出しても?」
「ええ」
ヴィヴィエンは力強く頷いた。
「塔に閉じ込めている説明もしてくれない。 学園にも行かせてくれなくて、友達も出来ない。 挙句は顔も見た事もない。 どんな人かも分からない人と結婚しないといけないなんて、嫌だわっ」
小さく息を吐いたキウェテルに、ヴィヴィエンは口を尖らせる。
「貴方から番になれって言ったくせに、いざ、私が連れ出してって言ったら怖気付くのよっ」
「いやぁ、怖気付いたんじゃなくて、」
キウェテルの瞳に、真剣な色が滲み、琥珀と緑が深まっていく。 今まで見た事がない程、キウェテルは男の顔していた。
怖いくらいに綺麗なオッドアイ。
「後から後悔して、私から逃げる事は許さない。 此処から逃げ出せば、二度と戻れない覚悟を決めて下さい」
小さく喉を鳴らしたヴィヴィエンは、少しだけ躊躇ったが、真剣な色を金の瞳に滲ませて頷いた。
にっこり微笑えまれ、先程の怖いくらいの光は、オッドアイの瞳にはもうない。
キウェテルの琥珀と緑の瞳に、家族の親さではない愛しさが溢れていた。
◇
王宮では、王家の皆が王妃の部屋で集まっていた。 王妃の悪阻は思っていたよりも酷く、何日もベッドに伏せていた。
「ニア、大丈夫か」
「はい、陛下。 今は辛いですが、もう少し経てば安定期に入りますから、体調も良くなると、侍医が言っておりましたから」
「そうかっ、では、良く休んでくれ」
「はい」
「で、お前たちはいつまで此処にいるつもりだ」
「父上、俺たちだって心配なんですから、見舞いに来てもいいでしょう」
王太子であるスカイラを、国王のブランドが金色の瞳を細めて見つめる。
「母上の事も心配ですが、ヴィヴィの方も心配です。 私とノーマン兄上で牽制の為に、猫に会いに行きましたが、悪ぶれた様子はなかったですよ」
「だな、ヴィヴィの匂いを付けて、普通に俺たちと会いやがったっ」
ブランドが眉を顰める。
「そうか……」
「あれは絶対に諦めない猫だ」
アビデミの報告に、ブランドが考え込む。
「いいか、ヴィヴィと猫を近づけてはならん。 いいな」
「「「はい、父上」」」
国王と王子の三人が話している様子を王妃は黙って見ていた。
ヴィヴィ、貴方の好きな人と結婚させてあげたかったけど……。
王妃の寝室の窓から、ヴィヴィエンが暮らす塔が見える。 今日は天気も良く、空気が澄んでいた。 塔も良く見える。
塔の庭先から、一組の男女が空へ飛ぶ姿が見えた。
王妃のエメラルドの瞳と口が大きく開かれる。 思わず声が出そうになり、慌てて口を押さえた。
国王と王子たちが、執務の為に部屋を出て行った後、王妃は呟く。
「全く、しようのない子ね」
小さく息を吐いた王妃の口元には、笑みが広がっていた。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、恋愛3位ありがとうございます!ワッショイ!
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる