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第四十二話 『魔導書』
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ゴクリと喉が鳴らされ、握りしめる拳に更に力が入る。 ウェズナーは今から始まるであろう尋問に身体が震えていた。
彼女の心情は、今すぐに姿を消してしまいたい感情に駆られていた。
下宿屋のオーナーであるアルフには、とても良くしてもらい、友人になりたいと言われたにも関わらず、ウェズナさんは犯罪を犯そうとしていたのだ。
(責められても言い訳出来ないわっ)
アルフの部屋まで来たは良いが、中々、ノックが出来ず、ノックする為に上げた右手を上げたまま固まっていた。
突然、目の前の扉が開かれた。
思わず悲鳴を上げてしまい、ウェズナーは数歩、後ろへ後ずさった。
扉を開けたのは、何時も無表情なグランだった。 ウェズナーの悲鳴で部屋の中にいるか人から心配気な声が聞こえてくる。
「若様、大丈夫です。 突然、扉が開いたので、ウィーズ伯爵令嬢を驚かせてしまった様です」
「そう」
『グランの無表情は怒っている様で怖いからな』
『出会い頭だと、余計に怖いだろうな』
部屋の奥から、複数の声も聞こえてくる。 アルフ以外にも人がいる様だ。
(……っ、今の声はもかしてっ……)
「グラン、入ってもらって」
「はい、畏まりました」
グランが中に居るアルフへ返事をすると、ウェズナーに向き合った。
「驚かせてしまって申し訳ありません」
グランは丁寧に頭をさげ、ウェズナーに謝罪した。 実家ではウェズナーに対して丁寧な態度で接してくれる使用人はもういない。 マルタも丁寧に接してくれるが、久しく令嬢扱いなど受けなかった為、ウェズナーは戸惑ってしまう。
「……いえ、こちらこそ、大袈裟に騒いでしまってごめなさい」
グランは少しだけ以外な表情をした。
(あ、無表情が動いたわっ)
ウェズナーはグランの案内を受け、部屋へ入った。 入ってすぐは廊下で目の前にはガラスの両扉があった。
部屋の中が丸見えなので、誰が居るのか、何人居るのか丸わかりだった。
中の一人に王太子と側近候補である二人を目に留めて、ウェズナーは青ざめた。
ウェズナーの心が潮を引く様に冷めていく。 もう、逃げられないのだと悟った。
◇
グランに案内されて部屋へ入って来たウェズナーはガラス越しでも分かるくらいに青ざめた。 中に誰が居るのか気づいた様だ。
(まぁ、王太子がいたら、確実にビビるよねっ)
ソファーに腰掛け、笑顔を浮かべるトゥールを盗み見る。 トゥールは分かってやっているのか、全く気にした様子はない。
アルフの視線に気づいたのか、トゥールが振り向き、更に和かな笑みを浮かべる。
「アルフ、全て君に任せるよ。 私は傍観しているよ」
「……分かりましたっ」
「ああ、勿論、何か分からない事や助言を聞きたいなら、喜んで答えるよ」
にっこり笑ったトゥールはソファーの後ろで立っているルヴィとレイを指差した。
「ははっ、了解しました」
二人掛けソファーが向かい合って並び、一人掛けソファーがある。 真ん中にローテーブルがセットになった至って普通の応接セットだ。
「失礼致します。 王太子殿下に、初めてご挨拶させて頂きます。 ウィーズ伯爵の次女、ウェズナーと申します。 ご尊顔を拝し、恐悦至極にございます」
「今日は全てアルフに任せてある。 私と後ろの二人は無視してくれ」
気まづそうにルヴィとレイに視線をウェズナーは送ったが、ウェズナーはアルフと向き合った。
「ロイヴェリク様、本日は私にお時間を頂きありがとうございます」
「うん、堅苦しい挨拶はもういいからさ。 座って話そう」
しかし、挨拶をした後、一人掛けソファーの後ろに立ったウェズナーは、被告人の様な雰囲気だった。
(いや、此処は裁判所じゃないからねっ)
ウェズナーはトゥールの笑みを受け、益々、青ざめて小さくなっていく。
「ウェズナー嬢。 取り敢えず、そこに座ってくれる?」
「はい」
ウェズナーの声はとても小さくて、聞き取りづらかった。 トゥールを盗み見て、本当に座って良いのか悩んでいる様だった。
「トゥール殿下、ウェズナー嬢に座ってもらってもいいですよね?」
「ああ、いいよ。 ウィーズ嬢、気にせずに座りたまえ」
「はい、ありがとうございますっ。 失礼致します」
トゥールに許しを得ても、ウェズナーは可哀想なくらい緊張していて、気も張り詰めていた。
(これ以上は可哀想だけど、でも、話を聞かないと駄目だしなっ……何で来るだよっ。 殿下っ!!)
肩の上に乗っている主さまモドキが楽しそうに笑っている。
(野次馬たちが邪魔だっ)
咳払いをして張り詰めた空気を取り払い、アルフは話を切り出した。
「ウェズナー嬢、改めて話してくれる? 彼らに何を命令されているのか」
「……っ」
ウェズナーは拳を握りしめ、俯いていた。 暫くして、覚悟を決めたのか、顔を上げた彼女の顔は決然としていた。
「先ずはこれを読んで下さい」
『魔導書』
何もない空間に一冊の本が現れた。
「私の祝福は魔導書なんです。 今、私が必要な魔法や、やるべき事を示してくれます。 他にも色々とありますが、今は割愛させて頂きます」
「いや、全ての事を話さなくもいいよ」
アルフも全て能力を全員に言っているわけではない。
「君の家は、もしかして平民が混ざっている?」
トゥールが無遠慮に個人情報を尋ねた。
皆、心の中だけでトゥールに視線を向ける。
祝福は、平民が混ざるとユニークなスキルを授かる。 魔導書は無くなはないが、少しだけ珍しい。 内容も多岐に渡り、面白い物もある。
『面白いよね。 魔法書って訳じゃないんだね。 その時に必要な助言をしてくれる魔導書なんて無かったと思うけど』
(そうなんだ)
主さまモドキが言う様に、アルフも面白いと思った。 マントイフェルで祝福を授かった平民の同級生もユニークスキルだったと思い出したのだ。
表情を曇らせたウェズナーは、再び、不安が襲った様だ。 気遣ったルヴィが咳払いでトゥールに注意を促す。
貴族は名家であればある程、平民との婚姻はしないし、庶子は侮蔑される。
「ああ、庶子であっても私は偏見を持たない。 貴族であっても、下位貴族であるアルフとグラン、マゼルとは友人だしね。 ただ、貴族に平民が混ざるとユニークな祝福を授かる者が出るから面白いと思っていたんだ」
トゥールに偏見が無いと聞き、ウェズナーは少しだけ安心した様だ。 先程よりは顔色が良くなった様な気がする。
「祖母が……庶子です。 ウィーズ家はずっと魔導書を受け継いで来た家です」
「そうなのか?」
トゥールも知らなかった様で大きな碧眼の瞳をパチクリさせていた。
「あっ、」
何時もは空気を読むレイが、何かを思い出したのか、小さく呟いた。
しかし、鎮まり返っていた空間に大きく響いた。 トゥールが後ろを振り返ってレイを見る。
「何か知っているのか、レイ?」
「いえ、詳しくは知りませんが、昔に少し聞いた事があります。 ウィーズ家の魔導書の事を。 魔術師たちがウィーズ家が魔導書を失った様だと」
トゥールが確認する様に、ウェズナーに視線を送った。 ゴクリと喉を鳴らしたウェズナーが話を続ける。
(……僕に任せるって言ったのに、結局は殿下が仕切ってるじゃないかっ)
青い瞳を細め、恨めしそうにトゥールを見ていたら、苦笑を溢された。
「祖母の所為なのかは分かりませんが、父は魔導書を授かりませんでした。 父の祝福は魔法師です。 母は治癒師です」
トゥールを盗み見ると、目線だけで促された。
「ウェズナー嬢は祖父殿の血を受け継いだんですね」
「はい、姉のジルフィアは祖母の血を次だのか、乙女と言う祝福を授かりました」
此処でウェズナーが魔導書を開く。
紙が捲られる音が暫くなり、開いたページが一瞬だけ光を放つ。
不思議な現象だった。 次と次とジルフィアが行った事が紙に映されていく。
皆は見逃すまいと、食い入る様に魔導書を見つめた。
魔導書の映像は、成人の儀式から始まった。
ウェズナーとジルフィアが二人で祭壇の前で跪く。 耳元で囁かれるジルフィアの意地悪な事。 ウェズナーの身体がピクリと震えた。
「きっと、私が『魔導書』を授かるわ。 貴方は庶子のお祖母様の血を継いでいるから、何が出るかしらね」
司祭が咳払いをし、静かにする様に促す。 ジルフィアは嫌な笑みをウェズナーへ送る。
(やな奴だな、双子だろ? 自分も同じ血を引いてるだろうにっ)
アルフは呆れた気持ちを隠せずに、魔導書の映像を見つめた。
そして、二人に祝福が授かり、ジルフィアには『乙女』がウェズナーには『魔導書』が授かった。
思い通りにならなかったジルフィアは、見ていられない程、荒れまくった。
伯爵夫妻もジルフィアを持て余し、途方に暮れていた。 時期にジルフィアは、乙女の能力に気づく。
元から外面が良く、伯爵夫妻に可愛がられていたジルフィアは我妻に育った。
同じ姿のウェズナーが気に入らないのか、ジルフィアはウェズナーに辛く当たっていた。
乙女の力に目覚めたジルフィアによって、ウェズナーの環境が悪化した。
ジルフィアの『乙女』は、思い通りに人を操れるスキルだ。 両親や使用人、親族まで操り、ジルフィアは好きな様に散財した。 結果、伯爵夫妻が起こした事業が滞り、家計が逼迫した。
お茶会やパーティーに出ていたジルフィアは、自身が欲しいドレスや宝石の為、知り合った高位貴族と犯罪に手を染めていった。
違法薬物を売り捌くジルフィアと高位貴族の姿が魔導書に映し出された。
ロイヤルフレンズを手に入れる為、アルフを陥れる事も、ウェズナーが言う事を聞かなければ、父親の様になると魔導書は暴露した。
そして、最後にジルフィアの目的が語られる。
「絶対に高位貴族と結婚するわ。 ハルトヴィヒ様もアレイショ様も良いけれど、やっぱり一番はアルトゥール殿下よね。 絶対に殿下と結婚して、王妃になるわ。 贅沢三昧よ。 それに、私とウェナが違うという所を見せられるわ」
誰にも絶対、馬鹿にされるものかと、ジルフィアの淡い水色の瞳に滲ませていた。
魔導書が再び光を放ち、映像が消え、ただ文字が書かれている紙に戻った。
部屋の中に静寂が訪れ、暫く誰も声を発しなかった。
自分たちの名前が出てきたルヴィとレイは、背筋に悪寒が走ったのか、身体を震わせた。 トゥールは黒い笑みを浮かべている。
「これは……本当の事なのか? 魔導書が作り出した事ではないのか?」
「俄に信じられないな」
ルヴィとレイが信じられないと呆然としている。
「本当ですよ」
アルフが自信満々で答える。 皆の視線がアルフに集中する。
「それは確かか?」
トゥールに聞かれ、アルフは大きく頷いた。
「確かだよ。 理由は、僕とグラン、マゼルは空き教室で目撃しているからね。 彼らが悪巧みしている所をね。 魔導書の映像にも僕たちが見た光景があったよ。 ね、グラン?」
いつの間にかアルフが腰掛けているソファーの後ろへ移動していたグランに確認する
「はい、私も確認いたしました」
「そう、アルフとグランがそう言うならそうだね。 でも、自白もさせないとね」
「はい、僕に考えがあります」
「へぇ~」
トゥールが面白そうに笑う。 笑い返したアルフの瞳にも面白そうな笑みが滲んでいた。
話し合いが終わり、皆が部屋を出て行った。 グランに新しく紅茶を淹れてもらう。
「グラン、彼はもう使える様に様になったのかな?」
「彼……ですか?」
「うん、彼だよ。 面白い祝福を授かった彼」
漸く思い出したのか、グランが何度か頷いた。
「彼ですか、ノルベルトに確認しておきます」
「うん、お願いね」
新しく淹れてくれ紅茶は新作の茶葉だった。 紅茶の芳醇な香りに、アルフの頬が緩んだ。
彼女の心情は、今すぐに姿を消してしまいたい感情に駆られていた。
下宿屋のオーナーであるアルフには、とても良くしてもらい、友人になりたいと言われたにも関わらず、ウェズナさんは犯罪を犯そうとしていたのだ。
(責められても言い訳出来ないわっ)
アルフの部屋まで来たは良いが、中々、ノックが出来ず、ノックする為に上げた右手を上げたまま固まっていた。
突然、目の前の扉が開かれた。
思わず悲鳴を上げてしまい、ウェズナーは数歩、後ろへ後ずさった。
扉を開けたのは、何時も無表情なグランだった。 ウェズナーの悲鳴で部屋の中にいるか人から心配気な声が聞こえてくる。
「若様、大丈夫です。 突然、扉が開いたので、ウィーズ伯爵令嬢を驚かせてしまった様です」
「そう」
『グランの無表情は怒っている様で怖いからな』
『出会い頭だと、余計に怖いだろうな』
部屋の奥から、複数の声も聞こえてくる。 アルフ以外にも人がいる様だ。
(……っ、今の声はもかしてっ……)
「グラン、入ってもらって」
「はい、畏まりました」
グランが中に居るアルフへ返事をすると、ウェズナーに向き合った。
「驚かせてしまって申し訳ありません」
グランは丁寧に頭をさげ、ウェズナーに謝罪した。 実家ではウェズナーに対して丁寧な態度で接してくれる使用人はもういない。 マルタも丁寧に接してくれるが、久しく令嬢扱いなど受けなかった為、ウェズナーは戸惑ってしまう。
「……いえ、こちらこそ、大袈裟に騒いでしまってごめなさい」
グランは少しだけ以外な表情をした。
(あ、無表情が動いたわっ)
ウェズナーはグランの案内を受け、部屋へ入った。 入ってすぐは廊下で目の前にはガラスの両扉があった。
部屋の中が丸見えなので、誰が居るのか、何人居るのか丸わかりだった。
中の一人に王太子と側近候補である二人を目に留めて、ウェズナーは青ざめた。
ウェズナーの心が潮を引く様に冷めていく。 もう、逃げられないのだと悟った。
◇
グランに案内されて部屋へ入って来たウェズナーはガラス越しでも分かるくらいに青ざめた。 中に誰が居るのか気づいた様だ。
(まぁ、王太子がいたら、確実にビビるよねっ)
ソファーに腰掛け、笑顔を浮かべるトゥールを盗み見る。 トゥールは分かってやっているのか、全く気にした様子はない。
アルフの視線に気づいたのか、トゥールが振り向き、更に和かな笑みを浮かべる。
「アルフ、全て君に任せるよ。 私は傍観しているよ」
「……分かりましたっ」
「ああ、勿論、何か分からない事や助言を聞きたいなら、喜んで答えるよ」
にっこり笑ったトゥールはソファーの後ろで立っているルヴィとレイを指差した。
「ははっ、了解しました」
二人掛けソファーが向かい合って並び、一人掛けソファーがある。 真ん中にローテーブルがセットになった至って普通の応接セットだ。
「失礼致します。 王太子殿下に、初めてご挨拶させて頂きます。 ウィーズ伯爵の次女、ウェズナーと申します。 ご尊顔を拝し、恐悦至極にございます」
「今日は全てアルフに任せてある。 私と後ろの二人は無視してくれ」
気まづそうにルヴィとレイに視線をウェズナーは送ったが、ウェズナーはアルフと向き合った。
「ロイヴェリク様、本日は私にお時間を頂きありがとうございます」
「うん、堅苦しい挨拶はもういいからさ。 座って話そう」
しかし、挨拶をした後、一人掛けソファーの後ろに立ったウェズナーは、被告人の様な雰囲気だった。
(いや、此処は裁判所じゃないからねっ)
ウェズナーはトゥールの笑みを受け、益々、青ざめて小さくなっていく。
「ウェズナー嬢。 取り敢えず、そこに座ってくれる?」
「はい」
ウェズナーの声はとても小さくて、聞き取りづらかった。 トゥールを盗み見て、本当に座って良いのか悩んでいる様だった。
「トゥール殿下、ウェズナー嬢に座ってもらってもいいですよね?」
「ああ、いいよ。 ウィーズ嬢、気にせずに座りたまえ」
「はい、ありがとうございますっ。 失礼致します」
トゥールに許しを得ても、ウェズナーは可哀想なくらい緊張していて、気も張り詰めていた。
(これ以上は可哀想だけど、でも、話を聞かないと駄目だしなっ……何で来るだよっ。 殿下っ!!)
肩の上に乗っている主さまモドキが楽しそうに笑っている。
(野次馬たちが邪魔だっ)
咳払いをして張り詰めた空気を取り払い、アルフは話を切り出した。
「ウェズナー嬢、改めて話してくれる? 彼らに何を命令されているのか」
「……っ」
ウェズナーは拳を握りしめ、俯いていた。 暫くして、覚悟を決めたのか、顔を上げた彼女の顔は決然としていた。
「先ずはこれを読んで下さい」
『魔導書』
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「私の祝福は魔導書なんです。 今、私が必要な魔法や、やるべき事を示してくれます。 他にも色々とありますが、今は割愛させて頂きます」
「いや、全ての事を話さなくもいいよ」
アルフも全て能力を全員に言っているわけではない。
「君の家は、もしかして平民が混ざっている?」
トゥールが無遠慮に個人情報を尋ねた。
皆、心の中だけでトゥールに視線を向ける。
祝福は、平民が混ざるとユニークなスキルを授かる。 魔導書は無くなはないが、少しだけ珍しい。 内容も多岐に渡り、面白い物もある。
『面白いよね。 魔法書って訳じゃないんだね。 その時に必要な助言をしてくれる魔導書なんて無かったと思うけど』
(そうなんだ)
主さまモドキが言う様に、アルフも面白いと思った。 マントイフェルで祝福を授かった平民の同級生もユニークスキルだったと思い出したのだ。
表情を曇らせたウェズナーは、再び、不安が襲った様だ。 気遣ったルヴィが咳払いでトゥールに注意を促す。
貴族は名家であればある程、平民との婚姻はしないし、庶子は侮蔑される。
「ああ、庶子であっても私は偏見を持たない。 貴族であっても、下位貴族であるアルフとグラン、マゼルとは友人だしね。 ただ、貴族に平民が混ざるとユニークな祝福を授かる者が出るから面白いと思っていたんだ」
トゥールに偏見が無いと聞き、ウェズナーは少しだけ安心した様だ。 先程よりは顔色が良くなった様な気がする。
「祖母が……庶子です。 ウィーズ家はずっと魔導書を受け継いで来た家です」
「そうなのか?」
トゥールも知らなかった様で大きな碧眼の瞳をパチクリさせていた。
「あっ、」
何時もは空気を読むレイが、何かを思い出したのか、小さく呟いた。
しかし、鎮まり返っていた空間に大きく響いた。 トゥールが後ろを振り返ってレイを見る。
「何か知っているのか、レイ?」
「いえ、詳しくは知りませんが、昔に少し聞いた事があります。 ウィーズ家の魔導書の事を。 魔術師たちがウィーズ家が魔導書を失った様だと」
トゥールが確認する様に、ウェズナーに視線を送った。 ゴクリと喉を鳴らしたウェズナーが話を続ける。
(……僕に任せるって言ったのに、結局は殿下が仕切ってるじゃないかっ)
青い瞳を細め、恨めしそうにトゥールを見ていたら、苦笑を溢された。
「祖母の所為なのかは分かりませんが、父は魔導書を授かりませんでした。 父の祝福は魔法師です。 母は治癒師です」
トゥールを盗み見ると、目線だけで促された。
「ウェズナー嬢は祖父殿の血を受け継いだんですね」
「はい、姉のジルフィアは祖母の血を次だのか、乙女と言う祝福を授かりました」
此処でウェズナーが魔導書を開く。
紙が捲られる音が暫くなり、開いたページが一瞬だけ光を放つ。
不思議な現象だった。 次と次とジルフィアが行った事が紙に映されていく。
皆は見逃すまいと、食い入る様に魔導書を見つめた。
魔導書の映像は、成人の儀式から始まった。
ウェズナーとジルフィアが二人で祭壇の前で跪く。 耳元で囁かれるジルフィアの意地悪な事。 ウェズナーの身体がピクリと震えた。
「きっと、私が『魔導書』を授かるわ。 貴方は庶子のお祖母様の血を継いでいるから、何が出るかしらね」
司祭が咳払いをし、静かにする様に促す。 ジルフィアは嫌な笑みをウェズナーへ送る。
(やな奴だな、双子だろ? 自分も同じ血を引いてるだろうにっ)
アルフは呆れた気持ちを隠せずに、魔導書の映像を見つめた。
そして、二人に祝福が授かり、ジルフィアには『乙女』がウェズナーには『魔導書』が授かった。
思い通りにならなかったジルフィアは、見ていられない程、荒れまくった。
伯爵夫妻もジルフィアを持て余し、途方に暮れていた。 時期にジルフィアは、乙女の能力に気づく。
元から外面が良く、伯爵夫妻に可愛がられていたジルフィアは我妻に育った。
同じ姿のウェズナーが気に入らないのか、ジルフィアはウェズナーに辛く当たっていた。
乙女の力に目覚めたジルフィアによって、ウェズナーの環境が悪化した。
ジルフィアの『乙女』は、思い通りに人を操れるスキルだ。 両親や使用人、親族まで操り、ジルフィアは好きな様に散財した。 結果、伯爵夫妻が起こした事業が滞り、家計が逼迫した。
お茶会やパーティーに出ていたジルフィアは、自身が欲しいドレスや宝石の為、知り合った高位貴族と犯罪に手を染めていった。
違法薬物を売り捌くジルフィアと高位貴族の姿が魔導書に映し出された。
ロイヤルフレンズを手に入れる為、アルフを陥れる事も、ウェズナーが言う事を聞かなければ、父親の様になると魔導書は暴露した。
そして、最後にジルフィアの目的が語られる。
「絶対に高位貴族と結婚するわ。 ハルトヴィヒ様もアレイショ様も良いけれど、やっぱり一番はアルトゥール殿下よね。 絶対に殿下と結婚して、王妃になるわ。 贅沢三昧よ。 それに、私とウェナが違うという所を見せられるわ」
誰にも絶対、馬鹿にされるものかと、ジルフィアの淡い水色の瞳に滲ませていた。
魔導書が再び光を放ち、映像が消え、ただ文字が書かれている紙に戻った。
部屋の中に静寂が訪れ、暫く誰も声を発しなかった。
自分たちの名前が出てきたルヴィとレイは、背筋に悪寒が走ったのか、身体を震わせた。 トゥールは黒い笑みを浮かべている。
「これは……本当の事なのか? 魔導書が作り出した事ではないのか?」
「俄に信じられないな」
ルヴィとレイが信じられないと呆然としている。
「本当ですよ」
アルフが自信満々で答える。 皆の視線がアルフに集中する。
「それは確かか?」
トゥールに聞かれ、アルフは大きく頷いた。
「確かだよ。 理由は、僕とグラン、マゼルは空き教室で目撃しているからね。 彼らが悪巧みしている所をね。 魔導書の映像にも僕たちが見た光景があったよ。 ね、グラン?」
いつの間にかアルフが腰掛けているソファーの後ろへ移動していたグランに確認する
「はい、私も確認いたしました」
「そう、アルフとグランがそう言うならそうだね。 でも、自白もさせないとね」
「はい、僕に考えがあります」
「へぇ~」
トゥールが面白そうに笑う。 笑い返したアルフの瞳にも面白そうな笑みが滲んでいた。
話し合いが終わり、皆が部屋を出て行った。 グランに新しく紅茶を淹れてもらう。
「グラン、彼はもう使える様に様になったのかな?」
「彼……ですか?」
「うん、彼だよ。 面白い祝福を授かった彼」
漸く思い出したのか、グランが何度か頷いた。
「彼ですか、ノルベルトに確認しておきます」
「うん、お願いね」
新しく淹れてくれ紅茶は新作の茶葉だった。 紅茶の芳醇な香りに、アルフの頬が緩んだ。
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