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第三十七話 ロイヤルフレンズ
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トゥールの婚約者であるターシャとの昼食会が終わり、教室へ向かいながら、アルフはトゥールに訪ねてみた。
「…….トゥールは彼女の事が好きなの?」
「彼女って?」
「いや、さっきの婚約者候補の令嬢だよ」
キョトンとした後、トゥールはいい笑顔をアルフに向けて来る。 トゥールの笑顔に、アルフは嫌な予感がした。
(あれ? 違うのっ? あんなに距離が近かったのにっ……)
「まぁ、嫌いではないかな。 王妃教育の成績もいいし、あ、後、意外に初心な所も可愛いよね」
しかし、少しだけ頬を染めて何となく歯切れの悪いトゥールに、アルフは照れ隠しだと気づき、微笑ましいと思った。
いつも、人を食った様な態度のトゥールが年相応に見えて来るから不思議だ。
(……ジルフィア嬢と話せなかったのは、ちょっと残念だけどっ)
仕方ないので、ノルベルトからの報告を待つ事にした。
トゥールと学校でもあまり一緒に居たくないが、アルフが嫌がっても寄って来るので仕方がない。
が、周囲の生徒からの視線だけは慣れない。
周囲からは二人が仲良さそうに話している様に見えるらしく、羨ましそうな視線がアルフの背中に突き刺さる。
中には、男爵家のアルフがトゥールたちと一緒にいる事さえ面白くないと思っている貴族子息もいる。 彼らは不満だと、はっきりと態度に出し、アルフには厳しい対応をしてくる。
(まぁ、嫌がらせがないだけマシかなっ)
◇
しかし、一向に解決の兆しが見えない違法薬物の事件。 次第にアルフは苛立ちを覚える様になった。
休日の午前中は、グランと祝福のレベル上げをしている。 武術大会では不甲斐ない結果に終わった為、ノルベルトからチェックが入ってしまったのだ。
レベル上げを終え、居間のソファーで寛いでいて、午前中は忘れていた件の事件を思い出し、自然とギュッと眉根が寄った。
「若様、お顔が不味い事になっています」
「分かってるっ!……あっ、ごめんっ」
苛立ちを隠せない貴族子息の様な態度を取ってしまい、アルフは直ぐに謝った。
グランに思いっきり溜め息を吐かれた。
「若様、使用人には謝ってはいけません」
「あぁ、でも、ちょっと八つ当たり気味に言ってしまったしっ……」
「まぁ、それは仕方ないでしょう。 全く大人しくなってしまいましたからねぇ」
「……うん」
どうしたものかと考えていると、アルフの居間のガラス扉が開けられた。
アルフの部屋の扉から誰が入って来たのか丸見えなので、ノックもせずに入室して来た無礼者の姿は、ソファーに座っているアルフは一部始終を見ていた。
トゥールと補佐候補の二人は、当然の様な顔をして入って来た。 そして、流れる様にトゥールが向かいの席へ腰掛ける。
トゥールの背後にルヴィとレイが立ち、グランが直ぐに厨房へお茶の支度を頼んだ。 何処かで待機していたのか分からないが、直ぐにお茶はトゥールへ提供され、アルフの分も新しい物に変えられた。
(……物凄く自然な流れだった……)
ルヴィとレイは今は従者の時間の様で、初めから二人の分のお茶は無かった。
「やぁ、アルフ。 ん? どうしたんだい? 青い瞳を丸くして」
「……いや、何でもないよ」
随分とロイヴェリク家に馴染んだなと、内心で呟いた。 淹れたての紅茶の香りを口の中で感じ、少し気持ちを落ち着ける。
アルフの様子を見たトゥールが碧眼を細める。
「ふふっ、事件の進展がなくて焦っている感じだね」
「……っ」
トゥールに図星を突かれ、アルフは口を引き結ぶ。 小さく笑ったトゥールは、アルフには感情が読み取れない笑みを浮かべた。
「そんなアルフに私から提案をしよう」
「丁重にお断りします」
アルフが速攻で深く頭を下げて断り、トゥールは人差し指を掲げたまま固まった。
「実はね、もう進めているんだ」
「えっ」
トゥールの背後ではルヴィとレイが『大人しく見守るんじゃないのか』と、鋭いオーラがトゥールの背中を突き刺している。
二人の突き刺さる様な視線を難なく受け流し、トゥールは碧眼を閉じる。
「……トゥール?」
「貴族というのはね、対面を物凄く気にしていて、周囲が持っていて自身が持っていないのはとても自尊心を傷つけるんだ」
トゥールが言っている事が分からず、アルフは目の前の王子を見つめる。
「特に子供はね、大人違って家の事情や領地の経営状況など知らされないからね」
「えっ、そうなんですか?」
「うん、学校を卒業するまでは大した仕事もさせない親は多いよ。 その代わり卒業した後は親から丸投げされちゃうから大変らしいけどね」
「へぇ~」
(家の状況を知らないなんて、何処まで甘やかしているんだな……しかも、卒業したら丸投げって、大丈夫なのか、この国の貴族っ!)
「で、本題に戻るけれど、私の持ち物でお揃いを広めようかと思っているんだ」
にっこり笑ったトゥールは、テーブルの上に様々な文具用品や、クラバットの留め具などを置いた。
(何処に隠し持っていたっ! 来た時は何も持ってなかったと思うんだけどっ)
テーブルに並べられた物を見て、物凄くいい笑顔を浮かべるトゥールを見つめる。
「うわぁ、これ、全てトゥール殿下とお揃いですか?」
「うん、そうだ。 グランとマゼルの分もあるよ」
『うへぇ~』と情けない声を思わず出したのは、トゥールの直ぐに後ろで控えているレイだ。
「まさか……この間、俺たちに渡された物と同じ物かっ?」
「ああ、そうだよ。 こっそりとターシャにも送っておいた」
意地悪な笑みを浮かべるトゥールは、ただ皆とお揃いの物を使いたかっただけでは、と思ったが、アルフの脳裏に先程のトゥールの言葉と、テーブルの文具類を見つめる。
鈍感なアルフの脳裏に浮かんだのは。
「そうか、特定の生徒がトゥールと同じ物を使っていたら自身も欲しくなる」
「そう、私と同じ物を持ちたいと思った生徒たち、とういうか例の彼らは再び、お揃いを揃える為に取り引きをすると思うんだ」
トゥールの碧眼がとても楽しそうに輝いている。 擬音をつけるならば『ワクワク』だろう。 じっと文具類を見たアルフは、首を傾げる。
「でも、トゥール。 文具なんてそんなに高い物じゃないから、彼らのお小遣いで買えるんじゃないかな?」
「そこは抜かりないよ、アルフくん」
腕を組んで得意気に宣うトゥールは、もうキャラが変わってしまっている。
大丈夫なのかと、意味を込めて青い瞳を細め、ルヴィとレイに視線をやる。
彼らは同時に明後日の方向を見た。
二人の態度にアルフの中にある計算機が数字を叩き出した。
(まさか、この文具たち……物凄く高価な物なのかっ)
「この品々はね、最近、母が気に入っているデザイナーに頼んで作ってもらったんだ。 ブランド名は『ロイヤルフレンズ』だよ」
ドヤ顔で宣ったトゥールの発言に、アルフの頭に雷が落ちた。
「お、王妃様がお気に入りのデザイナー……」
隣で立っているグランが盛大な溜め息を吐き出した。 グランの濃紺の瞳は明らかに『ロイヤルフレンズ』の文具を使う事を拒否している。
「名前の通り、王家の友達って意味だけどね。 ブランドロゴも王家っぽくしたんだ。 ふふ、これは絶対に貴族は欲しがると思うんだ。 しかも、ちょっとお高いしね」
『いや、ちょっと所じゃないでしょう』とグランの小さいツッコミを聞き流し、トゥールは優雅に脚を組んだ。
「アルフ、拒否は許されないよ。 この作戦は彼らの高位貴族としての自尊心を刺激するための物だから、アルフが使わないと意味がない。 グランもね。 あぁ、マゼルにもちゃんと使う様に言っておいてね」
とても良い笑顔で指示され、アルフは従うしか無かった。
(まぁ、作戦がこれしかないなら仕方ないけど……)
渋々だが、ロイヤルフレンズの品々を受け取ったアルフは、トゥールを上目遣いで見る。
「大丈夫だよ。 君たち以外の高位貴族にも配ったからね。 生徒会長とかね」
(成程、影響力がありそうな貴族たちには、配り済みなのかっ)
「数日後、貴族や一般にも販売するから、それまで宣伝の為だという事で口裏を合わせて欲しい。 彼らが動くのなら、販売された後だね。 それまでに盗まれない様にしてくれよ」
「……トゥール、嫌なフラグを立てないでよ」
トゥールは面白そうに笑うと、昼食を誘って来たので、受ける事にした。
(暫くはトゥールに頭が上がらないなっ)
「まぁ、仕方ないですね。 トゥール殿下は若様が大好きですから。 この事が無くても、お揃いを作ってたかもしれませんね。 それか、既に作っていて渡す機会を窺っていたとか?」
「グラン、嫌な事を聞えよがしに口に出すなっ」
トゥールが作ったブランド『ロイヤルフレンズ』は、文具類から小物のアクセサリー、クラバットや留め具、カフスなどもあり、一目でトゥールとお揃いだと分かった。
補佐候補であるルヴィやレイ、生徒会長、婚約者候補であるターシャ、他、トゥールが配った高位貴族の子息令嬢が使っているの姿は、羨望の眼差しで一般生徒たちは見つめていた。
しかし、下位貴族であるアルフやグラン、マゼルたちには、嫉妬と疑心の眼差しを向けられていた。
◇
誰もいない教室へ飛び込み、アルフたち三人は大きく息を吐き出した。
「本当に最悪だよっ」
「全くですっ」
「これ、いつまで続くのっ?」
トゥールたちとお揃いの物を身に付け、お揃いの文具を使った日、アルフたちは興味深々の貴族子息、令嬢に質問責めにあった。 アルフたちの他にロイヤルフレンズを使っているのは高位貴族だけだ。
「私たちが一番、聞きやすいですからね」
「そうだよね。 此処で暫く隠れていよう。 そうだ、マゼルはアンネに何も聞かれていないの?」
「ええ、聞かれる前に教えました。 高位貴族には令嬢もいますから、アンネに不満顔をさせられませんし」
「アンネは欲しがらなかった? マゼルとお揃いは喜ぶでしょう?」
マゼルは苦笑を溢しながら顔を横に振った。
「いいえ、話を聞いて自身に送られなくて良かったって言ってました」
「しかし、持ってなくてもマゼル様が持っていたら、婚約者のズザンネ様の方にも生徒が聞きに行くのでは?」
「あ、そうか……どうしようっ、大丈夫かな、アンネっ」
マゼルが心配そうな声を出した時、教室の扉が開かれた。 アルフたちは机の陰に隠れていたので、入って来た生徒たちから見えていなかった。
「あ、あの子たちっ」
「例の高位貴族ですね。 あ、ライナー氏もいますよ」
小声で伝えてくるグランが指差す方向へ視線を向ける。 彼らも小声で話しているが、全て聞こえて来た。
「ライナー、誰にも付けられていないか?」
「はい、大丈夫です」
ライナーはどうやら高位貴族の使いっ走りの様な事をやらされているらしい。
高位貴族がライナーに対して尊大な態度を取っている。
「殿下が親しい貴族たちに配ったロイヤルフレンズっていうシリーズは、王妃様が気に入っているデザイナーが作った様だ」
「近々、一般にも販売されると聞いた」
「結構な値段らしいぞっ」
「くそっ、あのロイヴェリク家の出禁がなければ、俺たちも貰えたかも知らないのにっ」
(いや、貰えなかったと思うよっ)
「ロイヴェリクの奴らが持っているのが、一番気に食わないっ」
(まぁ、そう思うよねっ)
「なら、発売前にあいつらから取り上げるか?」
「それ、いいな。 殿下にも盗まれたと失態が知られたら、あいつらも愛想が尽かされるだろう」
「でも、三つじゃ足りないな。 アレ、再開するか?」
「そうだな。 大事な宣伝で貰ったロイヤルフレンズを盗まれ、ロイヴェリク家で違法薬物の取引が世に知られたら、ダブルで糾弾されて、アイツらも終わりだ」
「それでその後は、俺らがあの屋敷を上手く使おうぜ」
もう、企てが成功した様な勢いで活気付く高位貴族の子息たち。
「こんなに簡単に引っ掛かるなんて、なんて単純なんだっ」
高位貴族たちが教室を出て行った後、アルフは机の影から出て、頭を抱えた。
「まぁ、高位貴族でも、馬鹿な子は馬鹿ということで」
「うん、高位貴族だからって、皆が高尚な志しを持っている訳ではありませんしね」
「……危ぶまれるね、この国の貴族」
アルフたち三人は、黙って頷いた。
高位貴族の子息たちが動いてくれそうなので、後は捕まえるだけだ。
「でも、彼らはどうやって薬を手に入れてるんだろう?」
「それは、まぁ、裏からでしょうけど、意外にも簡単に手に入ってしまうんですよね」
「彼らを捕まえた後、調べる必要があるね」
「はい」
アルフはふと思う。 売人の元を断つのも、領主の仕事で、法衣貴族であるロイヴェリク家がする事なのだろうかと。
「…….トゥールは彼女の事が好きなの?」
「彼女って?」
「いや、さっきの婚約者候補の令嬢だよ」
キョトンとした後、トゥールはいい笑顔をアルフに向けて来る。 トゥールの笑顔に、アルフは嫌な予感がした。
(あれ? 違うのっ? あんなに距離が近かったのにっ……)
「まぁ、嫌いではないかな。 王妃教育の成績もいいし、あ、後、意外に初心な所も可愛いよね」
しかし、少しだけ頬を染めて何となく歯切れの悪いトゥールに、アルフは照れ隠しだと気づき、微笑ましいと思った。
いつも、人を食った様な態度のトゥールが年相応に見えて来るから不思議だ。
(……ジルフィア嬢と話せなかったのは、ちょっと残念だけどっ)
仕方ないので、ノルベルトからの報告を待つ事にした。
トゥールと学校でもあまり一緒に居たくないが、アルフが嫌がっても寄って来るので仕方がない。
が、周囲の生徒からの視線だけは慣れない。
周囲からは二人が仲良さそうに話している様に見えるらしく、羨ましそうな視線がアルフの背中に突き刺さる。
中には、男爵家のアルフがトゥールたちと一緒にいる事さえ面白くないと思っている貴族子息もいる。 彼らは不満だと、はっきりと態度に出し、アルフには厳しい対応をしてくる。
(まぁ、嫌がらせがないだけマシかなっ)
◇
しかし、一向に解決の兆しが見えない違法薬物の事件。 次第にアルフは苛立ちを覚える様になった。
休日の午前中は、グランと祝福のレベル上げをしている。 武術大会では不甲斐ない結果に終わった為、ノルベルトからチェックが入ってしまったのだ。
レベル上げを終え、居間のソファーで寛いでいて、午前中は忘れていた件の事件を思い出し、自然とギュッと眉根が寄った。
「若様、お顔が不味い事になっています」
「分かってるっ!……あっ、ごめんっ」
苛立ちを隠せない貴族子息の様な態度を取ってしまい、アルフは直ぐに謝った。
グランに思いっきり溜め息を吐かれた。
「若様、使用人には謝ってはいけません」
「あぁ、でも、ちょっと八つ当たり気味に言ってしまったしっ……」
「まぁ、それは仕方ないでしょう。 全く大人しくなってしまいましたからねぇ」
「……うん」
どうしたものかと考えていると、アルフの居間のガラス扉が開けられた。
アルフの部屋の扉から誰が入って来たのか丸見えなので、ノックもせずに入室して来た無礼者の姿は、ソファーに座っているアルフは一部始終を見ていた。
トゥールと補佐候補の二人は、当然の様な顔をして入って来た。 そして、流れる様にトゥールが向かいの席へ腰掛ける。
トゥールの背後にルヴィとレイが立ち、グランが直ぐに厨房へお茶の支度を頼んだ。 何処かで待機していたのか分からないが、直ぐにお茶はトゥールへ提供され、アルフの分も新しい物に変えられた。
(……物凄く自然な流れだった……)
ルヴィとレイは今は従者の時間の様で、初めから二人の分のお茶は無かった。
「やぁ、アルフ。 ん? どうしたんだい? 青い瞳を丸くして」
「……いや、何でもないよ」
随分とロイヴェリク家に馴染んだなと、内心で呟いた。 淹れたての紅茶の香りを口の中で感じ、少し気持ちを落ち着ける。
アルフの様子を見たトゥールが碧眼を細める。
「ふふっ、事件の進展がなくて焦っている感じだね」
「……っ」
トゥールに図星を突かれ、アルフは口を引き結ぶ。 小さく笑ったトゥールは、アルフには感情が読み取れない笑みを浮かべた。
「そんなアルフに私から提案をしよう」
「丁重にお断りします」
アルフが速攻で深く頭を下げて断り、トゥールは人差し指を掲げたまま固まった。
「実はね、もう進めているんだ」
「えっ」
トゥールの背後ではルヴィとレイが『大人しく見守るんじゃないのか』と、鋭いオーラがトゥールの背中を突き刺している。
二人の突き刺さる様な視線を難なく受け流し、トゥールは碧眼を閉じる。
「……トゥール?」
「貴族というのはね、対面を物凄く気にしていて、周囲が持っていて自身が持っていないのはとても自尊心を傷つけるんだ」
トゥールが言っている事が分からず、アルフは目の前の王子を見つめる。
「特に子供はね、大人違って家の事情や領地の経営状況など知らされないからね」
「えっ、そうなんですか?」
「うん、学校を卒業するまでは大した仕事もさせない親は多いよ。 その代わり卒業した後は親から丸投げされちゃうから大変らしいけどね」
「へぇ~」
(家の状況を知らないなんて、何処まで甘やかしているんだな……しかも、卒業したら丸投げって、大丈夫なのか、この国の貴族っ!)
「で、本題に戻るけれど、私の持ち物でお揃いを広めようかと思っているんだ」
にっこり笑ったトゥールは、テーブルの上に様々な文具用品や、クラバットの留め具などを置いた。
(何処に隠し持っていたっ! 来た時は何も持ってなかったと思うんだけどっ)
テーブルに並べられた物を見て、物凄くいい笑顔を浮かべるトゥールを見つめる。
「うわぁ、これ、全てトゥール殿下とお揃いですか?」
「うん、そうだ。 グランとマゼルの分もあるよ」
『うへぇ~』と情けない声を思わず出したのは、トゥールの直ぐに後ろで控えているレイだ。
「まさか……この間、俺たちに渡された物と同じ物かっ?」
「ああ、そうだよ。 こっそりとターシャにも送っておいた」
意地悪な笑みを浮かべるトゥールは、ただ皆とお揃いの物を使いたかっただけでは、と思ったが、アルフの脳裏に先程のトゥールの言葉と、テーブルの文具類を見つめる。
鈍感なアルフの脳裏に浮かんだのは。
「そうか、特定の生徒がトゥールと同じ物を使っていたら自身も欲しくなる」
「そう、私と同じ物を持ちたいと思った生徒たち、とういうか例の彼らは再び、お揃いを揃える為に取り引きをすると思うんだ」
トゥールの碧眼がとても楽しそうに輝いている。 擬音をつけるならば『ワクワク』だろう。 じっと文具類を見たアルフは、首を傾げる。
「でも、トゥール。 文具なんてそんなに高い物じゃないから、彼らのお小遣いで買えるんじゃないかな?」
「そこは抜かりないよ、アルフくん」
腕を組んで得意気に宣うトゥールは、もうキャラが変わってしまっている。
大丈夫なのかと、意味を込めて青い瞳を細め、ルヴィとレイに視線をやる。
彼らは同時に明後日の方向を見た。
二人の態度にアルフの中にある計算機が数字を叩き出した。
(まさか、この文具たち……物凄く高価な物なのかっ)
「この品々はね、最近、母が気に入っているデザイナーに頼んで作ってもらったんだ。 ブランド名は『ロイヤルフレンズ』だよ」
ドヤ顔で宣ったトゥールの発言に、アルフの頭に雷が落ちた。
「お、王妃様がお気に入りのデザイナー……」
隣で立っているグランが盛大な溜め息を吐き出した。 グランの濃紺の瞳は明らかに『ロイヤルフレンズ』の文具を使う事を拒否している。
「名前の通り、王家の友達って意味だけどね。 ブランドロゴも王家っぽくしたんだ。 ふふ、これは絶対に貴族は欲しがると思うんだ。 しかも、ちょっとお高いしね」
『いや、ちょっと所じゃないでしょう』とグランの小さいツッコミを聞き流し、トゥールは優雅に脚を組んだ。
「アルフ、拒否は許されないよ。 この作戦は彼らの高位貴族としての自尊心を刺激するための物だから、アルフが使わないと意味がない。 グランもね。 あぁ、マゼルにもちゃんと使う様に言っておいてね」
とても良い笑顔で指示され、アルフは従うしか無かった。
(まぁ、作戦がこれしかないなら仕方ないけど……)
渋々だが、ロイヤルフレンズの品々を受け取ったアルフは、トゥールを上目遣いで見る。
「大丈夫だよ。 君たち以外の高位貴族にも配ったからね。 生徒会長とかね」
(成程、影響力がありそうな貴族たちには、配り済みなのかっ)
「数日後、貴族や一般にも販売するから、それまで宣伝の為だという事で口裏を合わせて欲しい。 彼らが動くのなら、販売された後だね。 それまでに盗まれない様にしてくれよ」
「……トゥール、嫌なフラグを立てないでよ」
トゥールは面白そうに笑うと、昼食を誘って来たので、受ける事にした。
(暫くはトゥールに頭が上がらないなっ)
「まぁ、仕方ないですね。 トゥール殿下は若様が大好きですから。 この事が無くても、お揃いを作ってたかもしれませんね。 それか、既に作っていて渡す機会を窺っていたとか?」
「グラン、嫌な事を聞えよがしに口に出すなっ」
トゥールが作ったブランド『ロイヤルフレンズ』は、文具類から小物のアクセサリー、クラバットや留め具、カフスなどもあり、一目でトゥールとお揃いだと分かった。
補佐候補であるルヴィやレイ、生徒会長、婚約者候補であるターシャ、他、トゥールが配った高位貴族の子息令嬢が使っているの姿は、羨望の眼差しで一般生徒たちは見つめていた。
しかし、下位貴族であるアルフやグラン、マゼルたちには、嫉妬と疑心の眼差しを向けられていた。
◇
誰もいない教室へ飛び込み、アルフたち三人は大きく息を吐き出した。
「本当に最悪だよっ」
「全くですっ」
「これ、いつまで続くのっ?」
トゥールたちとお揃いの物を身に付け、お揃いの文具を使った日、アルフたちは興味深々の貴族子息、令嬢に質問責めにあった。 アルフたちの他にロイヤルフレンズを使っているのは高位貴族だけだ。
「私たちが一番、聞きやすいですからね」
「そうだよね。 此処で暫く隠れていよう。 そうだ、マゼルはアンネに何も聞かれていないの?」
「ええ、聞かれる前に教えました。 高位貴族には令嬢もいますから、アンネに不満顔をさせられませんし」
「アンネは欲しがらなかった? マゼルとお揃いは喜ぶでしょう?」
マゼルは苦笑を溢しながら顔を横に振った。
「いいえ、話を聞いて自身に送られなくて良かったって言ってました」
「しかし、持ってなくてもマゼル様が持っていたら、婚約者のズザンネ様の方にも生徒が聞きに行くのでは?」
「あ、そうか……どうしようっ、大丈夫かな、アンネっ」
マゼルが心配そうな声を出した時、教室の扉が開かれた。 アルフたちは机の陰に隠れていたので、入って来た生徒たちから見えていなかった。
「あ、あの子たちっ」
「例の高位貴族ですね。 あ、ライナー氏もいますよ」
小声で伝えてくるグランが指差す方向へ視線を向ける。 彼らも小声で話しているが、全て聞こえて来た。
「ライナー、誰にも付けられていないか?」
「はい、大丈夫です」
ライナーはどうやら高位貴族の使いっ走りの様な事をやらされているらしい。
高位貴族がライナーに対して尊大な態度を取っている。
「殿下が親しい貴族たちに配ったロイヤルフレンズっていうシリーズは、王妃様が気に入っているデザイナーが作った様だ」
「近々、一般にも販売されると聞いた」
「結構な値段らしいぞっ」
「くそっ、あのロイヴェリク家の出禁がなければ、俺たちも貰えたかも知らないのにっ」
(いや、貰えなかったと思うよっ)
「ロイヴェリクの奴らが持っているのが、一番気に食わないっ」
(まぁ、そう思うよねっ)
「なら、発売前にあいつらから取り上げるか?」
「それ、いいな。 殿下にも盗まれたと失態が知られたら、あいつらも愛想が尽かされるだろう」
「でも、三つじゃ足りないな。 アレ、再開するか?」
「そうだな。 大事な宣伝で貰ったロイヤルフレンズを盗まれ、ロイヴェリク家で違法薬物の取引が世に知られたら、ダブルで糾弾されて、アイツらも終わりだ」
「それでその後は、俺らがあの屋敷を上手く使おうぜ」
もう、企てが成功した様な勢いで活気付く高位貴族の子息たち。
「こんなに簡単に引っ掛かるなんて、なんて単純なんだっ」
高位貴族たちが教室を出て行った後、アルフは机の影から出て、頭を抱えた。
「まぁ、高位貴族でも、馬鹿な子は馬鹿ということで」
「うん、高位貴族だからって、皆が高尚な志しを持っている訳ではありませんしね」
「……危ぶまれるね、この国の貴族」
アルフたち三人は、黙って頷いた。
高位貴族の子息たちが動いてくれそうなので、後は捕まえるだけだ。
「でも、彼らはどうやって薬を手に入れてるんだろう?」
「それは、まぁ、裏からでしょうけど、意外にも簡単に手に入ってしまうんですよね」
「彼らを捕まえた後、調べる必要があるね」
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