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第三十五話 『どきどきっ?! ウェズナーとお茶会』

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 ロイヴェリク家の客室には、王侯貴族を宿泊させる為の豪奢な客室がある。

 客室は全て三階にあり、ロイヴェリク家を訪れる時、いつも用意されている部屋だ。 入浴を済ませ、客室へ戻って来たトゥールは満足気にソファーへ腰を下ろした。 一緒に着いて来たルヴィとレイも、トゥールの向かいのソファーへ腰掛ける。

 ロイヴェリク家のメイドには、ロイヴェリク家のメイドとシファー家のメイドがいる。 トゥールたちが客室に戻ると、直ぐに紅茶が出された。 今回はシファー家のメイドだ。

 子爵家のメイドにしては、洗練された所作と、一つ一つの動きが芯の通った身体の使い方だ。 トゥールから不躾な視線を受けても、メイドの表情は変わらなかった。

 「ありがとう、もう下がっていいよ」
 「承知致しました。 御用がございましたら、お呼び下さいませ」

 お辞儀も洗練されている。 メイドは足音を静かに鳴らして出て行った。

 「面白いね。 隠密には難しいかもしれないけど、王宮女官にはなれるよね」
 「ですね、上級女官に推薦出来るレベルです。 しかも、護衛も兼ねれるとは」
 「……シファー家って、大分後ろ暗いのか?」
 「まぁ、本家は呪い屋だからね。 それに彼女は下っ端の方なんだろう。 三男に付けられたメイドだし。 マゼルがデブリッツ家に婿へ入ったら貴族籍を離れる様だから。 切り捨てても問題ないメイドなんだろう。 解雇後は王宮女官にはならないだろうけどね」
 「王宮女官になったならば、確実に仕留められるでしょうね」
 「そう考えると、彼女たちはロイヴェリク家に拾われて良かったよね。 アテシュ家がいるから、無闇に手が出せないしね」
 「三男に仕えていた使用人は全員を解雇って……世の中、世知辛いね」

 レイの嘆きに、トゥールは苦笑を零し、ルヴィは呆れた様に淡い水色の瞳を細めた。

 彼らは嫡男で、将来は家の爵位を継ぐ身だ。 家を継ぐ重積はあるだろうが、爵位を継げない者の気持ちは、本当の意味では分からないだろう。

 「シファー家の本家は、今回の件には関与していないと思われますか?」
 「うん、してないと思うよ。 本家の密偵が潜んでいるかも知れないけどね。 今回の件は、私の所為だろうね」
 「あいつらのやりそうな事だよ」

 レイが頭を抱え、ソファーに身を沈めて天井を見上げ、赤茶色の髪が流れる。

 小さく息を吐いたトゥールは、眉尻を下げた。 碧眼にやらかした高位貴族への侮蔑の色が滲んでいた。

 「まぁ、自分たちよりも下の爵位であるアルフが私と懇意にしているし、下級貴族の前で恥をかいたからね。 もう少し上手くやれば良かったっ」

 悔しそうに唇の端に、曲げた指を当てる。 ルヴィとレイは高位貴族が出禁を食らった事を思い出し、ハッと息を吐き出した。

 「ですが彼らの事です。 出禁が無くてもアルフには何かと逆恨みしたでしょう」
 「武術大会でアルフに武器を壊された連中も恨んでた奴がいたしな。 まぁ、あれはアルフがやった事だけど」
 「……その補填を王家でした事もあるのでしょうね」
 「でも、毎年、困っている下位貴族から嘆願書が出されてたしね。 本来なら、武術大会で起こった武器の破損は弁償しなくてもいいし」

 トゥールは呆れた様に眉を顰める。

 「で、今回の件、陛下はなんて言ってるんだ?」
 「……父上は静観しろっだ。 私は今回の件には手を出せない」
 「思いっきり出してますけどね。 薬を売買している所に、王族がいるのは避けたいのでしょう」
 「私が手を出したのは、覗き魔の件だけだよ」
 
 トゥールの言い分を聞くと、ルヴィが瞳を閉じて溜め息を溢す。 レイは琥珀色の瞳を細めて息を吐く。

 「今後は陛下の仰る通り、静観して下さい」

 ルヴィの淡い水色の瞳に混じる圧に、トゥールは碧眼を細めたが、直ぐ視線を逸らした。

 トゥールの様子では、首を突っ込む気満々なんだと、如実に現れていた。

 ◇

 アルフから話がしたいとウェズナーへ手紙を出した返事は直ぐに返って来た。

 ウェズナーの返事は、何時でも会えますと手紙に書いてあった。 アルフは早速、ウェズナーの部屋へ向かった。

 相変わらず、玄関ポーチに取り付けられた門扉は、他人が入ってくる事を阻んでいる雰囲気を醸し出している。

 「相変わらず、奇抜な壁紙だね……」
 「……ですね」

 アルフの喉が鳴らされ、廊下に響く様だ。 グランに無言で促され、ウェズナーの部屋の呼び鈴の魔道具に手をかけた。

 部屋の中の呼び鈴が廊下にも響く。

 重々しい扉が開き、中から顔を出したのはマルタだった。 マルタは笑顔でお辞儀すると、アルフとグランを部屋へ入れてくれた。

 「どうぞ、アルフレート様。 お茶をお持ちします」
 「うん、ありがとう」

 居間に置かれた壁側のソファーへ腰掛けると、グランは腰掛けず、入り口に近い方、ソファーの横に立つ。 本日は従者として着いて来ているので、グランが座ることはない。 最初は慣れず、グランが座るスペースを空けていた。

 指摘されてからは真ん中に座る事にしているが、少しだけ居心地が悪い。 気になっている令嬢の部屋へ訪れているからという理由もあるだろう。

 マルタは寝室に続く扉へ声をかける。

 「ウェズナー様、アルフレート様がお越しになられました」
 「はい、今、行きます」

 返事を聞いたマルタは扉を開け、ウェズナーが出て来た。 マルタは礼をしてから寝室へ入って行った。

 奥に簡単なキッチンがある。 お湯を沸かせるだけの魔道コンロが置いてあるだけだが、食堂まで遠いので、紅茶を飲むだけなら便利だろうと思い取り付けた。

 アルフはウェズナーの姿を視界に捉えると、ソファーから立ち上がった。

 淑女の礼をしたウェズナーだが、相変わらず無表情だ。 学園でも笑った所を見た事がない。

 「ようこそおいで下さいました、ロイヴェリク様」
 「もう、怪我は大丈夫そうだね」
 「はい、お陰様ですっかり良くなりました。 どうぞ、お掛けになって下さいませ」
 「うん、ありがとう」

 向かいに置かれた一人掛けのソファーへ座ったウェズナーは、アルフが訪ねて来る理由が分かってはいない様だ。

 (僕が訪ねて来て、焦っている様子は見られないな。 緊張もしていない様なっ)

 じっとウェズナーの様子を見つめていたが、動揺している様子は見られなかった。

 「いきなり訪ねて来て申し訳ない」
 「いえ、お気になさらないで下さい」

 話の切り出し方が分からず、当たり障りない学園での話をして本題を切り出せずにいると、マルタがお茶を運んで来た。

 紅茶の香りが部屋に充満し、気持ちが落ち着いていく。 お茶を運んで来たマルタは、寝室の扉付近に待機した。 紅茶を一口飲んで、意を決して本題を切り出した。

 「今日、ここへ来たのは話が合って……君は最近、ロイヴェリク家で囁かれている噂を知っている?」
 「……ロイヴェリク家の噂ですか?」

 暫し考える仕草をした後、ウェズナーは『いいえ』と、首を横に振った。

 「そうか。 とても言いづらいんだけどっ」
 「はい……」

 何かを察したのか、ウェズナーの顔が曇っていく。 一つ息を吐き出し、目の前のウェズナーを見つめた。

 「ロイヴェリクの敷地内で、怪しい薬の売買がされていて、僕は信じていないんだけど、首謀者がウィーズ嬢、君になっている」
 「えっ……」
 
 無表情なウェズナーの表情に、驚きの感情が乗せられていく。 水色の瞳が見開かれ、珍しく口も開けられた。

 驚きすぎたのか、ウェズナーは言葉を失った様に何も発しなくなった。

 「もし、何か知っている様だったら教えて欲しい。 調べた結果、君の名前が出て来たんだ。 ロイヴェリク家には王侯貴族が訪れるし、下位貴族の子息や令嬢も下宿屋にもいるから、平民も大浴場を使う為に訪れるから、何かあってからでは遅いんだ」

 何も言えずに固まっているウェズナーには同情するが、トゥールが来ている今、早急に片付けない行けない。

 膝の上で拳を握り締めたウェズナーは、声を絞り出した。

 「わ、わた、私は何も、知りません。 そんな、怪しい薬の売買なんてっ……っ」
 「うん、落ち着いて、ウィーズ嬢。 僕も君がそんな事するとは思っていない。 何か思い当たることはある?」
 「いいえ、ありません」
 
 顔を俯けて横に振るウェズナーを見て、アルフの胸に鈍い痛みが刺す。

 「……ライナー・H・チュソビチナは関係していない?」
 
 ウェズナーの身体が小さく揺れ、彼女も考えていたのか、僅かに眉間に皺を寄せた。

 「わ、私には分かりませんっ」

 (まぁ、そう言うよね)

 どうしたものかと考えていると、ウェズナーの部屋で呼び鈴が鳴らされた。

 二人とも深く思考していたので、大きな呼び鈴に大きく肩を跳ねさせた。

 驚き過ぎて心臓も大きく跳ね上がり鼓動する。 脈の動きを感じ、身体中が熱を持つ。 顔を上げた瞬間、目の前のウェズナーと視線が合った。

 「ウェズナー様、お姉様が来られました。 どうされますか?」

 アルフとウェズナーが動揺している間に、マルタが対応に出ていた様で訪問客が誰か教えてくれた。

 「あ、ジルが来ているの?」
 「はい、どうされますか? お会いにな」

 「ちょっといつまで待たせるのよっ!!」

 乱暴に扉を開ける音と、ジルフィアの大きな声が重なった。 甲高い声と大きな騒音が部屋の中で響いた。

 振り返ると、扇子で顔を半分隠し、遠慮なく部屋へ入って来るジルフィアの姿があった。 先客がいるとは知らず、ジルフィアはウェズナーを詰め寄ろうとして、ソファーに座るアルフに気づいた様だ。

 「あら、アルフレート様じゃありませんこと? まぁ、本当にうちの妹を気にかけていますのね」
 「ええ、貴方の妹君は大事な下宿生ですし、何かあればご相談をと話していたんです」

 ジルフィアの眉がピクリと動く。

 「そう……まぁ、いいわ。 私、妹に話がありますの。 ご機嫌取りが終わったなら、帰っていただきます。 貴方ももう今日はいいわ」
 「ジルっ……」

 ジルフィアは紅茶をローテーブルに置いたマルタに向かって勝手に指示を出した。

 少しびっくりしたマルタは視線だけでアルフへ指示を仰いでくる。 相手は伯爵家なので、格下の男爵家では逆らえない。

 アルフは仕方ないと溜め息を吐き、今日は帰る事にした。 マルタに頷いてソファーから立ち上がり、帰る挨拶をする。

 「分かりました。 本日は帰りましょう。 マルタも今日はもういいよ。 他の仕事を手伝ってあげて」
 「承知致しました」
 「では、ウェズナー嬢、また学校で」
 「はい」

 お辞儀をするウェズナーの顔色が悪く、心配だが、今日は帰るしかない。

 ◇

 アルフが部屋を出て行った後、ウェズナーは姉と二人っきりになった。

 姉と二人だけの空間は、とても空気が悪く、居心地が悪い。 ウェズナーの脳内に先程のアルフとの会話を思い出した。

 「あ、ジル、貴方……」

 『私の名前を使って怪しい薬を売っていないわよね?』など聞けるわけないと、口を閉ざした。 何を言わなくなったウェズナーひ痺れを切らしたジルフィアは、軽い音を鳴らして扇子を閉じた。

 「何もなければ、本題に入るわよ」
 「あっ……」

 ジルフィアの厳しい眼差しを受け、ウェズナーは身体を強張らせた。

 「……全く、あんたって子は。 殿下がロイヴェリク家に来ているのなら、教えなさいって言ったでしょ」

 扇子を持った手を振り上げ、ウェズナーの頬へ一発打ちつける。

 ウェズナーは反動で床へ倒れ込んだ。

 大きな音を鳴らして、床が鳴らされてウェズナーは無様な姿を晒した。 打たれた頬が赤く腫れる。

 「ジル、ごめんなさいっ、私、殿下がこちらに来ているなんて気づかなくてっ」
 「言い訳しないで。 スクール馬車で学校まで行ってるんでしょ? 殿下も一緒に乗っていないの?」
 
 ゆっくりと立ち上がったウェズナーは、頬の痛みに耐えながら答えた。

 「殿下が乗るスクール馬車は別だから、一緒じゃないのよっ」
 「なにそれっ、使えないわねっ! もういいわ」

 踵を返したジルフィアに、ウェズナーは手を伸ばした。

 「待ってっ、ジルっ!」
 
 振り返ったジルフィアは実の妹に見せる表情ではなかった。

 「……ジル、もしかして何か危ない事をしていないよね?」

 じっとウェズナーを見つめた後、ジルフィアは、フッと不敵な笑みを浮かべた。

 「何を言ってるか分からないわ」
 「本当に?」
 「しつこいわよ」
 
 扇子で口元を隠し鋭い眼差しで射抜かれたウェズナーは、深く聞く事が出来なかった。

 「……そう」
 「じゃ、次はしっかりと教えなさいよ。 何の為にアンタをこのハイムに入れたか分からないじゃない」
 「分かったわ」
 「あ、後、あんたちゃんとライナーと会いなさいよね。 出禁とか可哀想じゃない。 あっちは騎士爵家で嫌かも知らないけど」
 「……っ」

 部屋から出て行くジルフィアの背中をウェズナーは不安気な表情で見つめる。
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