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第三十四話 『薬の売人を捕まえろっ!』

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 皆が罠の仕掛けを終え、暫く辻馬車が通る道で物陰に隠れる。 直ぐに対応する為だが、今日は来ないだろうとアルフは思っていた。

 (壁が出来て直ぐだし、何も知らない除き魔は引っ掛かるかなっ)

 アルフの予想通り、門扉と柵が取り付けられた事を知らない除き魔が数名だけ捕まった。

 しかし、やはり門扉と柵を警戒した薬の売人は現れなかった。

 (まぁ、これで覗き魔も減って、売人もいなくなれば万々歳だ)

 「後は大浴場の中ですね」

 アルフの次の考えが分かったのか、グランが神妙な表情を浮かべた。

 「うん、そうだね。 門扉と柵の罠はアレで良いとして、抜き打ちで大浴場へ行ってみよう」

 仕掛けた罠は、ルヴィの考えた物が採用された。 柵自体に魔法が付与され、悪意を持って触れた者は柵から手が離れなくなる。 そして、背中に『この人は女湯を覗く覗き魔です』と、張り紙が貼られる。

 『物凄く恥ずかしいよねっ』
 「うん……」

 背中に張り紙をされ、柵から手が離れない覗き魔たちは、逃げられずに項垂れていた。 従士たちが来るまで、手が離れない状況になる。

 人通りが少ないとは言え、行きは徒歩でやって来る大浴場の利用者や、前の街道を通る辻馬車から丸見えである。

 (後、同業者からも馬鹿にされるだろうから、とても羞恥心を煽るよねっ)

 グランの言葉でふと気づく、大浴場へは初めて入るのではないかと。

 「そう言えば、僕はまだ大浴場に入ってない様な?」
 「そうなの? じゃ、今から入りに行こうよ」

 トゥールがとても楽しそうに、面白い事を思いついたと碧眼の瞳を煌めかせた。

 (いや、貴方が入ったら大騒動になりますから)

 「いや、トゥールは駄目ですよっ」
 「どうして?」

 不思想に首を傾げるトゥールは、分かっていて言っているのか、意味深に口端を上げる。

 「騒ぎになるからに決まってるじゃないですかっ! お客様は平民が殆どなんですから、とても迷惑です」
 「……随分ハッキリと言ってくれるね」
 「……っ」

 (しまったっ! つい、本音が飛び出たっ)

 分かりやすく狼狽えたアルフを見て、皆が吹き出した。 笑いを堪えながらトゥールは提案をして来た。

 「なら、バレなけばいいんでしょ?」

 皆が『不味いっ』と思ったのも束の間、懐から取り出した変化用の魔道具を頭に乗せる。

 「なんで葉っぱを乗せたの?」
 「あぁ、アルフは見た事ない? 変化用の魔道具」

 小さく頷くアルフに、トゥールは得意気に片目を瞑った。 頭の上に乗せられた葉っぱ型の魔道具に、トゥールは魔力を流す。 すると淡い光を放ち出した。

 目の前の金髪碧眼の美少年は、茶色の髪に変わり、碧眼からグレーの瞳に変わった。 グレーの瞳は美形も相まって、何処か冷めた印象を与えた。

 「ふふっ、これで平民に見えるでしょう? 魔道具に登録されている姿に変わるんだよ?」
 「……へぇ~、そうなんだっ」

 平民というか、何処かの貴族の坊ちゃんだと、トゥールから溢れ出る気品や所作から窺える。 貴族の坊ちゃんに来られても嫌だろう事は口にしなかった。

 ◇

 一方、売人の黒幕を特定したノルベルトは、僅かに眉を顰めただけだった。

 使用人宿舎の自室の居間で、弟のハロルドから報告を受けていた。

 「完璧に逆恨みだな」
 「そうだな。 高位貴族は傲慢が当たり前で、自分たちは正しいと思っているからな」
 「兄上、若様に報告をあげるかっ」
 「ええ、さて、若様はどうされるんでしょうね」

 面白そうに瞳を煌めかせる自身の兄に、呆れた様に溜め息を吐く弟。 アテシュ家の兄弟は報告書を手にアルフの元へ向かった。

 ◇

 初めての大浴場にアルフは内心で感動していた。 今まで何故、入らなかったのか、首を捻った。

 『きっと、アルフはオーナー側だからだよ。 お客様が使う物を使おうとは思わないでしょ?』
 「なるほど、そうか。 それもそうだね」

 主さまモドキはお湯に浸かると、おじさんの様な声を出した。 主さまモドキの親父みたいな声が響く大浴場には、アルフとグラン、トゥール、ルヴィとレイの三人しか入浴していない。

 アルフたちが大浴場へ入った瞬間、入浴客から視線を浴びた。 主にアルフには好意的な視線が向けられたが、続くトゥールたち三人の貴族子息。 隠せない高貴な容姿に、入浴客たちは粗相をしては大変だと。 貴族から睨まれない様にささっと入浴を済ませて出て行ってしまった。

 興味津々に大浴場を眺め、楽しそうにしているトゥールたちを見て、アルフはある事に気がついた。

 「あっ! 大浴場の方に怪しい奴が現れるって言っても、女湯の方じゃないか?!」
 「ですね、覗き魔を装った怪しい人物と接触しているのは、恐らく女湯の女性客」
 「……外で見張ってれば良かったっ」
 「ですが、絶対に現れるとは限りませんし、今夜は覗き魔を捕まえられただけでもよしとしましょう」
 「うん、そうだねっ」

 側で飛んだ水飛沫に、アルフは主さまモドキとトゥールに視線を送る。

 彼らはお湯をかけ合い遊んでいる。 他に入浴客がいないからいいが、とても迷惑だ。

 (本当にトゥールは何しに来たんだ?)

 「殿下っ! 大人しく浸かって下さい。 小さな子供ではないのですからっ」
 
 憮然とした表情をするルヴィに、トゥールは悪びれた様子をみせず、楽しそうに瞳を細めた。

 「申し訳ない。 つい、主さまモドキ様に釣られてしまったよっ」
 『うわっ、私の所為にされてしまったよっ』
 「……主さまモドキも、一緒に騒いでいたんだから同罪だよ」
 「えぇ~~!」

 「何にしても、殿下もまだまだお子様ってことだなっ!」

 物凄い勢いのある流水の音をさせて、レイが登場した。 仁王立ちして滝行から出て来たレイが歯を煌めかせて笑う。

 (どうでもいいが、前を隠せっ!)

 湯船に入って来たレイがご機嫌で宣う。

 「アレいいな。 俺の家にも作ろうかなっ」

 レイは大浴場に設置した熱風風呂と大量の水が流れ落ちてくる滝行が気に入ったらしい。 グランから説明を聞くと、レイは交互に繰り返し入って全身を赤くさせていた。

 「そんなに気に入ったのでしたら、大工を紹介しますよ」
 「本当かっ! 頼むよ、きっと家の皆も気にいるはず」
 「はい」

 レイが皆と言うのは騎士団の事だろう。

 アルフは屈強な騎士たちを思い浮かべ、主さまモドキに出してもらった巻紙を思い出す。 異世界の情報が書かれた巻紙には、熱風風呂を楽しむ筋肉ムキムキの人達が載っていた。

 (流石、脳筋……)

 アルフは主さまモドキの所為で、少しだけ偏った異世界情報がインプットされている。

 「この絵もいいよね。 誰作かは分からないけど」
 「ああ、この絵はノルベルトの知り合いの絵描きが描いたんだ。 有名画家は呼べないしね。 屋敷に飾っている肖像画とか王宮に提出している貴族名鑑の姿絵もそうだよ」
 「へぇ~、そうなんだ」
 「うん、本人も良い人だしね」 

 (何せお手頃価格で頼めるからねっ)

 借金のあるアルフは、色々な面で節約しないと駄目なのだ。 生活と祖母の薬代が覚束なくなる。 あまり伯父から借りたお金には手を付けたくない。 今の所、使用人の給料分しか使っていないが。

 (いずれ、手術が必要になる祖母の為にもっ)

 湯船がある壁には、大きな絵が描かれている。 新人画家である青年に依頼した時は、とても驚いていた。 大きな絵は描いた事がないと言っていたが、自由に描いて良いと言うと、楽しそうに描いていた。

 「うん、うちの浴場にも宮廷画家に描かせようかな」
 「えっ、本気ですか?」
 「うん、本気だよ。 白い壁に自然の絵は映えるよね」
 「私は視界に入って来る物がうるさ過ぎると落ち着いて風呂に入れませんけどね」
 「ふふっ、ルヴィは静かなのが好きだからね」
 「ええ。 アルフ、ここの大浴場がうるさいとは思っていないからな。 このくらいなら大丈夫だ」
 「はい」

 ルヴィの気遣いに、アルフは眉尻を下げて返事を返した。

 ◇

 大浴場での入浴を終え、自室へ戻って来たアルフはノルベルトから報告を受けた。

 「えっ、本当にっ?」
 「はい。しかし、嫌がらせかと思われます」
 「……そう」
 「どうされますか?」
 「……ちょっとだけ考えさせて」
 
 暫し黙り込んだノルベルトは、頭を下げた後、アルフの部屋を出て行った。

 部屋で残されたアルフは眉を顰める。

 「まさか出禁が原因か?」
 「でしょうね。 ても、ライナーだけの仕業ではないと思います」

 アルフは眉を顰めてグランに説明を求めた。

 「ほら、武術大会の前にもここを出禁にされた人達がいたでしょう?」
 「あぁ、そう言えば居たね。 すっかり忘れてたよ。 もしかして、その時の逆恨みなの?」
 「はい、それにウィーズ嬢も巻き込まれていると思います」
 「……彼女は知っていると思う?」
 「どうでしょう。 でも、実家からは連絡はない様ですし、姉の方も最近は来てませんしね。 ライナーも出禁ですし、何も知らされてなく、名前を使われているだけかもしれません」
 「うん、そうだよね。 ウィーズ嬢に聞くのもなぁ」
 「ええ、聞きづらいですね」
 「でも、そうも言ってられないしっ」

 アルフの脳裏に悲しそうに歪むウェズナーの顔が思い浮かぶ。 ウェズナーはあまり感情を表に出さないので、アルフに見せた事はない。

 「嫌がらせに姉も関わってるのかな?」
 「あれからウィーズ嬢と話をされました?」
 「いや、何もしていないな。 直ぐに覗き魔の件があったから」
 「ウィーズ嬢に話してみては?」
 「うん、そうだね。 じゃ、シファー家に連絡しないと」

 律儀に手紙を書き、メイドを呼び出す。

 「じゃ、よろしくお願いします」
 「はい、確かに預かりました」

 本日は人が居ないのか、祖母のメイドであるステフィがやって来た。 部屋を退出するステフィを呼び止める。

 「あ、待って。 お祖母様は元気かな。 明日は朝食を一緒に食べれそう?」
 「はい、ここ数日は体調がよろしいので」
 「そう、良かった」

 アルフは胸を撫で下ろし、メイドを見送った。 自身も急いで身支度を整える為、クローゼットへ向かう。 久しぶりに胸を高鳴らせるのだった。
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