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第三十二話 『覗き魔を捕まえろっ!』

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 少し多い人数で、大浴場が見える場所までやって来た。 男湯と女湯を入れ替えようという話が出たが、男湯には広い化粧室がない。

 「やっぱり、広い化粧室は必要だよね。 女性は色々とあるだろうし。 それに、覗く奴はどの位置にあっても覗くと思うよ」 

 レイが分かった様な口を聞く。

 「しかし、木々が多いな。 女湯の壁も見えづらくないか? これで覗くとか、諦めそうだがな」
 
 ルヴィは眉間に皺を寄せて高い壁を見上げる。 トゥールは二人の事を楽しそうに見つめている。

 「ルヴィ、レイ。 もう少し声を落とそうね。 大浴場にはお客さんが入っているから、私たちが覗き魔だと思われるよ」

 周囲を落ち着きなく見回して、戸惑っている人物が一人いる。

 「ねぇ、アルフ。 僕が居ても大丈夫なの? 殿下の言う通り、僕達の方が覗き魔みたいだよ」
 「ごめんね、マゼル。 トゥール達が面白がってさ。 捕まえるなら人数が多い方がいいだろうって」
 「殿下の命令なら仕方ないけどね。 それに、アルフには直ぐ分かると思うけど……あの」
 
 街道に近い正面入り口で、豪奢な馬車が停められた。 大浴場を案内している乗り合い馬車かと思ったが、違った。

 「あれ? あの馬車は……もしかして?」

 『見たことあるぞ』、とマゼルの方へ視線をやる。 マゼルは頬を染めて軽く指でかいた。

 「えと、女性専用アパートが出来たでしょう?」
 「ああ、うん、出来たね」
 「管理人もいるし、セキュリティも万全だから、伯爵の許可が出たんだ」
 
 伯爵とは大伯父の事だ。 アルフの祖母の兄で、アルフは伯爵から大金を借金している。 そして、マゼルの婚約者が伯爵の孫だ。

 「あ、マゼルっ!」
 「アンネっ!」

 もう、時刻は夕方過ぎだ。 引っ越してくるには、些か、無理な時間だろ。

 「こんばんわ、アンネ。 まさかと思うんだけと、」
 「ああ、マゼルから聞いた? そうなのこちらに引っ越そうと思って来たのよっ、やっとお祖父様から許しが出たの」

 「ズザンネ様、ようこそおいで下さいました」
 「ノルベルト」
 「あら、こんばんわ。 ノルベルト、荷物は明日の昼頃に届くから、今日は客室に泊めて頂ける?」
 「はい、ご用意します」

 話している内に、大浴場を案内している乗り合い馬車がやって来て、大勢の人が馬車から降りて来た。

 (うん、今日はもう覗き魔は来ないねっ)

 「うん、俄かに賑やかになって来たね。 これは、今日は覗き魔は来ないね」

 トゥールが、アルフの思っている事を口にした。 ルヴィやレイも賑やかになれば、不埒者が来ない事が分かった。

 「どうする、トゥール?」
 「そうだね、また日を改めよう。 ね、アルフ」
 「そうですね」

 背後でグランが溜め息を吐く気配がした。 レープハフトハイムの玄関口はとても賑わっていた。

 トゥールが帰る気配を感じ、アルフは安堵の息を吐いた。 しかし、次の言葉でアルフの笑顔が固まった。

 「じゃ、我々も屋敷へ行こうか。 ノルベルト、私たちの部屋も用意してくれ」
 「はい、直ぐにご用意致します」
 
 ノルベルトの返事を聞き、トゥールが滞在する事を知った。

 「ちょっと、ノルベルトっ! 大丈夫なの? 泊まらせて」
 「殿下のご要望だから、仕方ないでしょう。 王族には逆らえませんから」
 「そ、そうだけど……」
 「諦めるしかないですよ、若様」

 グランの諦めた様な声に、アルフも諦める事にした。

 ◇
 
 翌朝、食堂にて。

 食卓にはいつもと違う朝食のメニューが並んでいた。

 (おぉ、いつものパンと玉子、サラダとソーセージ……じゃないっ!)
 
 パンもロールパンではなくて、ふわふわのクロワッサン。 分厚いベーコンステーキ、具たくさんのキッシュ、ポテトマッシュが綺麗な花の形を作っていた。

 料理長を見ると、やり切った感が出ていた。 見習いの二人も頑張った感を出している。

 (えぇぇ、まぁ、このメニューはたまにしか出ないけど……そんな頑張った感をだされてもっ)

 テーブルにはアルフの他に、トゥール、ルヴィとレイ、アンネとマゼルまでいた。

 「やぁ、皆、おはよう。 やっぱり大勢で食べる方が美味しいね」

 皆を集めたのはトゥールだ。 アルフはノルベルトを近くに呼びつけた。 合図に気づいたノルベルトが近づき、顔を屈めてくる。

 「若様、お呼びですか?」
 「うん、今日のスクール馬車だけど、一台、別で出してくれる?」
 「承知致しました。 直ぐにハイドラー氏に連絡致します」
 「うん、お願いね」

 朝食の時間で、トゥールは覗き魔対策を考えようとしていた様だ。 トゥールは目の前で優雅にカトラリーを扱い、食事をしている。

 「で、アルフは今夜も見張りをするの?」
 「それは、そうなると覗き魔が出るまで見張らないと行けなくなるんだよね」
 「でしょう? 不毛だよね? 覗き魔が出るまで待つのも大変だしね」
 「うん、だから罠を仕掛けるか。 それなら、継続して使えるし」

 トゥールはとても楽しそうだ。 ルヴィとレイの二人は、早く家へ帰りたいと表情なら出ている。

 「殿下、罠をはるならやる事はないですし、帰りましょう」

 ルヴィの意見に賛成と、レイは何度も頷いている。

 「皆様方、お時間です。 別に馬車を用意しておりますので、そちらの馬車で魔法学校へ向かって下さい」
 
 ノルベルトの声で、皆は会話をやめてそれぞれの鞄を持って馬車停めへ向かった。

 「では、アルフ、馬車の中で対策を決めよう」

 笑顔で押し通そうとするトゥールに、諦めの表情を向ける。 彼は最後まで見守るだろう。

 「分かったよ、トゥール」

 ルヴィとレイは説得出来ず、ガックリと肩を落とした。

 しかし、学校から戻って来た彼らが、楽しそうですに罠を仕掛けていた事は、見て見ぬ振りをした。

 「何だ、ルヴィとレイも随分と楽しそうだね。 あんなに帰りたがっていたのに」
 
 アルフに片目を瞑って小声で言ってくるトゥールに、溜め息を吐くしかなかった。

 (さて、これで撃退出来ればいいんだけどっ)

 後は夜を待つなりだ。 大浴場が利用出来る時間は、夜の22時までだ。 試しに色々な魔道具を置いて見た。

 人を感知してブザーが鳴る物、軽く空気が爆発する物、地中からマゼルの魔力が飛び出し、縛り上げる物、マゼルの物は設置した者が罠に掛かった事が分かる仕様になっている。

 女湯の壁伝いに幾つか設置した。 アルフたちは管理人室へ入り、待機する。

 「あ、今、思ったんだけど、下宿屋の方は大丈夫かなっ」
 「下宿屋の女性用浴場は二階だから大丈夫だと思うよ。 心配なら壁を滑る様にするとか、後、木は二階に届かない高さにす事だね」
 「あぁ、成程、そうか。 うん、そうしよう」

 アルフが明るい声を上げた瞬間、外から男性の野太い悲鳴が聞こえて来た。

 「えっ、まさか、罠に掛かったの?」
 「そうみたいだねっ」
 
 サッと立ち上がったのは、トゥールとルヴィ、レイとグランだった。

 「行きますよ、若様、マゼル様」
 「先に行くよ、アルフ、マゼル」

 トゥールが駆け出すと、ルヴィとレイは無言で追いかけた。 アルフはまさか、あんな分かりやすい罠にかかるとは思っていなかった。

 「えぇ、もしかしてわざと罠に掛かってる?」
 
 『アルフ、人は分かっていても、時には罠に掛かりたいって思う事があるんだよ』
 「いや、意味が分からないよっ」
 『ね、マゼル』

 主さまモドキはアルフの肩の上で、いい笑顔で、マゼルに意地悪な質問をする。

 咳払いしたマゼルは頬を染めて何にも言わなかった。 駆けつけたアルフとマゼルが見た光景は、七・八人の男たちがマゼルの罠で縛られ、魔道具でフルボッコされた姿だった。

 「……やっぱり分からないよ。 こんな目に遭ってまで女湯を見たいなんて……」
 「やっぱり、アルフはお子様だな」

 レイが口元に嫌な笑みを浮かべる。

 ふと、トゥールはどうなのかと思い、気絶している覗き魔たちを縛り上げながら問いかけた。

 「トゥールも見たいと思うの?」

 瞬時に全員が固まり、次に答えるだろうトゥールの答えに注目した。 少し困った様な表情を浮かべたが、トゥールは質問に答えた。

 「……まぁ、それなりにっ、普通に興味はあるよ」
 「ほう、若様が一番では無いんですね」
 「おい」
 
 グランの鳩尾を打ち、不埒な言葉に鉄槌を与える。

 「痛いです、若様」
 「王族に失礼な事を言うな、聞こえてたら不敬罪に問われるよ」
 「いや、若様も結構、言いづらい事を突っ込みましたよ」

 女湯の高窓が音を鳴らして開け放たれ、続いて若い女性の声が降りて来た。

 「あら、若様。 覗かられる前に、覗き魔を捕まえてくれたのね」

 顔を出したのは、ロームの街で居酒屋を経営している女将だった。 アルフはまさかと思い、縄で縛られた覗き魔に視線を、やり、顔を上げて女将に問うた。

 「もしかして、知り合いですか?」

 女将は答えてはくれなかったが、アルフに見せた笑顔で分かった。

 「知り合いだね」
 「「確実に女将のファンだ」」
 「間違いないね」

 アルフとマゼルは無言で頷き合った。

 覗き魔の処置はハロルドに任せるとして、罠が有効だという事が分かった。

 当面は罠を仕掛け、木を壁から距離を取って植樹し、高さもあまり高くしない。

 女湯の外壁も滑りやすい物に変え、登れなくする。

 「後は正面の門に従士たちを置くしか無いね」
 「そうだね……それか警備員を雇うか。 あ、そう言えば、彼はどうなったの?」
 「彼とは、あの彼ですか?」

 アルフの部屋へ戻って来た皆は、居間のソファーで今夜の成果を話し合っていた。

 「そうだよ、ノルベルトの所へやったよね?」
 「ええ、今は侍従見習いですね」
 
 (ん? なんか、グランの笑みが変だな)

 グランの視線の先がトゥールたちにチラッと動く。

 (……何か変な事に彼を使っているんじゃないよねっ? やましくないならいいんだけどっ)

 「そう、分かったよ。 彼の村の出身の者に、腕に覚えのある人たちに警備を頼もう。 それと他の道は大丈夫うかと思っていたけど……」

 アルフは言葉を止めてトゥールたちを見た。

 「こんなに頻繁に来ては泊まる事を考えたら、他の二つの道にも門が必要だね」
 「そうですね、また若様の借金がかさみますね」
 「…….そうだなっ」
 「そんなに気に病むなら、私が門を作る必要経費で落とそうか?」
 「いえ、滅相もございせんっ!」

 『絶対に受け取ったらダメな奴だよっ!』と、アルフは一人突っ込みをするのだった。 話は決まった、明日の朝、親方と話をして、二つの立派な門扉を付けて警備をつける事にした。

 「本当は誰でも自由に出入り出来るレープハフトハイムを目指してたのにっ」
 「貴族の自宅の前庭に建てられているんですよ? そんなほいほい不埒者が入るのは許されませんよ」
 「うん、そうだね。 よし、デザインは改めて考えるとして、今回の成果を報告しよう」
 「ええ、ですが、ハイドラー夫人を訪問される時間ではありませんので、後日で」
 「分かったよ」
 「話は済んだ様だし、私たちはゲームでもしよう」
 「えっ、いや、寝ましょうよ、トゥール」

 トゥールを止めるアルフをルヴィとレイが止める。

 「アルフ、止めないで。 殿下はね、友人とパジャマパーティーをした事がないんた」
 「すまないが、今夜はトゥール殿下の好きな様にさせてやって欲しい」
 「最近、アルフに構ってもらえなくて、トゥールは寂しそうでね」

 トゥールの方へ視線をやると、楽しそうにパジャマに着替えていた。 今更駄目だとは言えなくなり、アルフとグランは諦めた。

 後日、ヘルガの元へ報告書を渡すと納得してもらえた。 今、門をどんな風にするか考えている。
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