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第三十一話 『女性専用アパートを作る』

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 「「女性専用アパート?!」」

 主さまモドキが自信満々に宣った。

 『昨今の夜道を女性が一人で歩くのは危ないからね。 一棟を全て女性だけが借りれるアパートにするんだよ』

 「ふむ、成程、それで?」
 『で、大浴場へ移動するのに、建物から出なければいいんだよ』
 「あぁ、そうか。 東棟のアパートの二階と三階を女性専用アパートにするんだね。 で、南側に大浴場があるし、建物も繋がっているし、外に出なくていいね。 まぁ、辻馬車営業所まで少しだけ遠くなるけど」

 レープハフトハイムの間取り図を自室の丸テーブルに広げ、導線を確認する。

 「管理人室の前を通って行く方が安心かも知れません」
 「それか、もう扉をつけようか?」
 「扉ですか?」
 「うん、一階の玄関ホールに入るでしょう。 左側が大浴場、右側が東棟のアパートの階段に続く廊下があって、その廊下の横は管理人室でしょう?」
 「成程、玄関ホールと階段のホールにも扉を付ければいいですね」
 「うん、管理人の選定をちゃんとすれば、より安全だと思う。 大浴場にも雨の日でも濡れずに行けるしね」
 『でもさ、まだ入ってないけど、一階はお店でしょう? お店にはどうやって入るの?』
 
 間取り図の中央を指差してアルフは言う。

 「お店の正面入り口は、中庭なんだ。 上の階に上がる為の階段の入り口も中庭にあるから、お店の裏口は無いけど、仕方ないかなぁ」
 「まぁ、まだお店も入ってませんしね」

 グランがボソッと呟く言葉がアルフの胸に突き刺さる。

 「うぅ、この間、入居してくれた料理人の人がお店してくれるって言ってくれたから、一店舗は埋まったね。 肉とか魚とかは仕入れないと駄目だけど、野菜はうちの畑があるからね」
 「そうですね、うちの野菜は美味しいですよね」
 「うん、お祖母様の身体の事を考えた野菜だからね。 絶対に売れると思うんだけど」
 「庭師だけで作っている野菜ですから、市場に出しても、生産が間に合いませんよ。 入居者も入りましたし、小さい店舗の方で入居者だけに売ってみましょう。 今は大浴場を利用してくれる人も増えて来ましたし、そちらにも売ってみましょう」
 「そうだね、覗き魔と言う不埒者も出てるし」
 
 主さまモドキは、もうアイディアを出し切って満足したのか、クッキーに手を伸ばしている。

 「入居状況を確認すると、アパートの方、西棟は二階・三階合わせて、六部屋。 南棟は二階・三階合わせて、八部屋。 で、東棟が二階・三階合わせて、十部屋」
 「今、アパートに入居されているのは、西棟のアパートは埋まっていて、南棟は五部屋が埋まってます」
 「うん、余っているのが、十三部屋かっ!」
 「はい、高い家賃の貸し部屋はもっと空いてますがね」
 「……っ、あ、でも、考えように寄っては、王都まで馬車で30分、女性専用アパートがあるなら10部屋全部埋まるかもっ!」
 「そうですね。 問題は高い方ですね」
 「うん、だね。 全部で10部屋で、今の所、マリオン嬢の兄弟だけだね」
 「ええ、そうですね」

 二人して表情から感情が抜けた様な顔になってしまった。 ほぼ死んだ魚の目だ。

 溜め息を吐いたアルフは、取り敢えず報告する為、辻馬車営業所へ向かった。

 辻馬車営業所の休憩室で、女性従業員との話し合いを行った。

 「まぁ、女性専用アパートを作られるんですね」
 「はい、引っ越す事になりますが、」

 にっこり笑った目の前の女性は、ハイドラーの妻でヘルガだ。

 (ちょっと怖くないっ?! 目が全然笑って無いんですけどっ)

 「ロイヴェリク様のお考えは分かりました。 女性社員の事を考えてくれたのは、とても嬉しいですし、きっと皆は喜んで引っ越すでしょう。 しかし、肝心の風呂場の覗き魔対策はどうなってますか?」

 固まっていたアルフの身体が大きく跳ね上がった。

 「あ、それは、ですね」

 わざとらしく溜め息を吐いたヘルガが悲しげに眉尻を下げる。

 「ロイヴェリク家の従士たちが巡回していても、駆けつけてくれた時にはもう既に覗かれた後です。 捕まえてくれるのはいいのですけど、覗かれた後では…….」
 「はい、熟考した後、ご報告に参ります」
 「はい、よろしくお願いします」

 ヘルガはアルフの答えに、物凄くいい笑顔で答えてくれた。 部屋の隅でハイドラー氏が申し訳なさそうに頭を下げていた。

 ◇

 「怖かったっ! 物凄く怖かったっ!」

 アルフは自室に戻るとソファーに倒れ込んだ。 グランも少しだけ疲れた顔をしていたが、アルフに頭を下げる。

 「申し訳ありません、若様。 ハイドラー氏の意図をキチンと把握出来ていませんでした」
 「ううん、グランが悪いわけじゃない。 僕がちゃんと理解していなかっただけだ。 覗きをする人間がいる事にも気付かなかったし、覗かれた相手の気持ちも分かってなかったよ。 さぁ、考えようグラン」
 「ええ、若様」
 「不埒者が来ても覗かれない様にしよう」
 『じゃ、女性専用アパートはやめるの?』
 「やめないよ、それ自体は喜んでいたしね。 ご飯屋が出来れば、不埒者がもっと増える」
 「そうですね」

 羊皮紙を広げ、グランと色々な意見を出し合い、夜遅くまで頭を抱えながら話し合った。

 ◇

 翌日、親方に言って扉をつけてもらい、辻馬車営業所の女子社員には、10部屋もあるので、好きな部屋を選んでもらった。

 女子社員は全員で、今のところは事務員が三人、御者が二人だ。 部屋を見て回った彼女たちは、ルームシェアする事にしたらしい。 三階の三部屋ある部屋と、二階の二部屋ある部屋を事務員と御者に分かれて借りる様だ。

 (うん、僕が甘かったよっ。 安価な家賃が頭割りで更に安くなるもんね。 五部屋が埋まると思っていたけど、二部屋しか埋まらなかったよっ)

 『仕方ないね、アルフ』
 「うん、でも、これから入ってくれるかも知れないね。 ノルベルトに宣伝を任せたし、良いようにしてくれるよ」
 『うん、そえだね』

 扉は直ぐに取り付けられ、女子社員たちは直ぐに引っ越して来た。 後は覗き魔対策である。

 「ハイドラー夫人に言ってしまったからね。 ちゃんと報告と、成果を出さないと」
 「はい、出ないと、皆さんがゆっくりとお風呂に入れませんからね」
 「うん…….」

 目から鱗である。 またまた、アルフは気づいていなかった。 借金返済の事を考えてばかりだからか、『ゆっくり入ってもらおう』なんて、考えていなかった。

 (もう、自分が恥ずかしいっ!)

 アルフは今までにない程、後悔し、覗き魔対策にかかりっきりになった。

 何処からか聞きつけたトゥールがやって来て、面白そうな事をしているなら混ぜて欲しいと、瞳を輝かせている。

 「トゥール殿下、これは遊びではありませんよ」

 面白がっているトゥールを、一緒に来ていたルヴィがトゥールを諌める。

 「分かってる? 危険なんだよ、トゥール」
 「ちゃんと理解しているよ、ルヴィ、レイ」
 「本当ですか?」
 「本当だってば」
  
 訝しむルヴィとレイに詰め寄られ、軽い調子で宣った。

 「それより、大浴場に入ってみたいなぁ」

 チラリと視線を向けて強請ってくるトゥールに、アルフは首を横に振った。

 「駄目ですよ、トゥール。 貴方が入るなんて、警備が今まで以上にかかりますし、大浴場はただの広いお風呂です。 広いお風呂なら、お城にいっぱいあるんじゃないですか?」

 アルフの疑問に、トゥールはとてもいい笑顔で答えてくれた。

 「ああ、五つ以上あるんじゃないかな? 士官している者が入れる風呂もあるみたいだね」
 「お城の方が豪華だと思いますが?」
 「アルフの家のお風呂っていうのが良いんだよ」

 相変わらずのストーカーの様な発言に、アルフは身体全体で後ずさった。

 居間の窓の外は、もう大分暗くなって来た。 そろそろ覗き魔もやってくるだろう。 アルフはトゥールに貼り付けた様な笑みを向ける。

 「それにトゥールは、そろそろお城に帰らなくてはいけないのでは?」
 「大丈夫だよ、私ももう15だ。 成人した一人の大人だよ? 遅く帰っても何も言われないよ」
 
 ルヴィが咳払いでトゥールの発言を否定した。 ルヴィを振り返り、トゥールは黒い笑みを向けている。 アルフから見えるのはトゥールの背中だが、雰囲気で分かった。

 「殿下には公務がございますので、時間になりましたら、私の命に変えてでも連れ帰ります」

 ズシンと重い空気が辺りに漂った。

 『重い、重すぎるよ、ルヴィ』

 面白がる様な主さまモドキの声が、アルフの肩口から聞こえて来た。 また、呼んでもいないのに、勝手にやって来た。

 「君は、いつでも神出鬼没だな」

 アルフは諦めた様に、自身のスキルである主さまモドキを見た。

 トゥールとルヴィの言い合いが始まり、レイが加わると、とても賑やかになる。

 「はぁ、いつになったら覗き魔対策が出来るんでしょう。 このままだと、ヘルガ夫人の静かな雷が落ちますよ」
 「あ、うん、そうだね。 アレは物凄く怖かったっ!」
 「ええ……」

 トゥール達を追い出す事に失敗したアルフとグランは、トゥールとルヴィ、レイの三人を連れて、大浴場へ向かった。
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