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第二十五話 武術大会 二

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 厩舎裏の広場で武術大会に向けて、下宿生と模擬試合をしていたアルフは、早々に白旗を上げていた。 グランに呆れられていた所、トゥールが大勢の貴族子女を連れてやって来た。

 先ぶれもなく訪れたトゥールは、アルフに会えて嬉しそうにしている。 トゥールに着いて来た貴族子女たちは、『まぁまぁ広いな』、『いいじゃん、いつでも使えるのか?』等と話している。

 (はぁ? 何言っているだっ、こいつらっ! お前たちの家じゃないぞっ)

 しかし、アルフの家は男爵家、高位貴族に広場を自分たちに開放しろと言われたら、拒否できない。

 下宿生の為に開放したというのに、関係ない高位貴族子女が出張ってきたら、下級貴族や平民ばかりのレープハフトハイムの住人には逆らえない。 広場はロイヴェリク家の使用人、辻馬車の御者たちも日々の鍛錬、休憩場所に使っているのだ。

 「へぇ~、馬場もあるのか、騎馬の練習になるな」
 「おお、本当だ。 意外に揃ってるじゃん」

 貴族子女たちは、ロイヴェリク家の馬場までも使おうとしている。 ロイヴェリク家の馬は、ただ飼っているのではなく、辻馬車と乗合馬車を轢く為にいるのだ。

 (このままでは、好き勝手に使われるっ)

 下宿生の中に不安な空気が流れ出した頃、トゥールの声が広場に響いた。

 「君たち、何を勘違いしているのかな?」

 少しだけ殺気が含まれた声に、トゥールに着いて来た貴族子女たちは身体を硬直させた。 アルフの所まで固まった音が聞こえる様だ。 続くトゥールの声に、貴族子女たちの血の気が引いていった。

 「君たちにこの広場を好き勝手に使わせる為に連れて来たんじゃないよ。 ロイヴェリク家の屋敷があるマントイフェルは王家直轄地だよ。 王家が所有する領地だ。 何故、君たちが好き勝手に使えると思っているんだ」

 トゥールの瞳に怪しい光が宿り、周囲に殺気の含まれた冷たい空気が流れて漂う。 貴族子女たちに冷気が絡みつくように流れていく。 貴族子女たちは凍結されたように固まった。

 「いいかい、勝手にここを我が物顔で使用する事を禁止する。 大体、ここはロイヴェリク男爵家の屋敷内だ。 家格問わず、他家で勝手な振る舞いは許されない。 それに君たちには、学生寮に十分な施設の整った武道場があるだろう? 学校の施設以外は使わない様に、分かったね」
 「「「「「「「はいっ!! 王太子殿下っ!」」」」」」」

 貴族子女たちは涙目になりながら、震える声で返事をした。 トゥールの命令と言わざる負えない禁止令に、少しだけ唖然としたが、王家の土地だから勝手に使うなと言われたら当たり前の話だ。

 なんにしても貴族子女たちにロイヴェリク家の屋敷が好き勝手に使われないで良かった、とホッと胸を撫で下ろした。 トゥールは物凄く腹が立ったのか、何故かまだ貴族子女たちを追い詰めている。

 (こわっ……)

 「悪かったな、アルフ」
 「俺からも詫びを入れる、すまない」
 「ルヴィ様、レイ様」

 アルフとグランは、いつの間にか側にいたルヴィとレイに臣下の礼し、頭を下げる。

 「あいつらは、トゥールにずっと付き纏っている奴らなんだ。 高位貴族の傲慢で我がままな連中ばっかりで、下位貴族の物を我が物顔で使うし、使用人の扱いも酷い」
 「今回、殿下に禁止令を出された事で、大人しくなるだろうからな。 王家にも、親からも叱られるし、王家に嫌われたら終わる」
 「いえ、正直、助かりました。 どうしようかと困り果ててましたからっ、それに、お二人が謝る事はありません」
 「いや、俺たちもあいつらを追い返せなかったからな、迷惑かけてすまない」

 ルヴィとレイの謝罪にアルフは困ったように苦笑を零した。

 「私からも謝ろう。 アルフの事を利用した様な物だ。 私も人の事を言えないなっ」

 話が終ったのか、トゥールはアルフの直ぐに後ろに立っていた。 アルフたちの話を聞いていたのだろう。 トゥールは申し訳なさそうな表情を浮かべている。

 「いいえ、気にしないで下さい、トゥール」
 「それに、私が彼らを連れて来た理由はもう一つあるんだっ!」

 トゥールがご機嫌な笑顔を浮かべ、アルフは『ん?』と疑問符を頭上に掲げている。 ルヴィとレイは一斉にアルフから視線を逸らした。 二人の様子に何かあると察したアルフは眉を引き攣らせた。

 「彼らの中にアルフの予選第一回戦の相手が居るんだよっ!」

 アルフとグランの瞳が見開き、未だに青い顔をしている貴族子女たちに視線を向けた。 しかし、誰が一回戦の相手か分からない。 そして、何故、トゥールがアルフの試合相手を知っているのか。

 アルフの喜ぶ顔が見たいのか、トゥールの瞳は期待で輝いていた。 アルフはドン引きである。

 (なんでっ……トゥールが僕の対戦相手を知っているんだっ!!)

 アルフの考えを察し、トゥールは得意げに語り出した。 『ふふんっ』とご満悦な表情を浮かべている。 しかし、語っている事はストーカーに間違いなかった。
 
 「学校の理事や教師に掛け合ってね。 ほら、私は王子でしょ? 皆がやる気をなくしたり、攻撃できなかったら、武術大会に出ても仕方ないでしょう? 私と当たっても皆が委縮しない様に色々と対策をね。 その時に予選のトーナメント表を見せてもらったんだ。 それで、アルフの対戦相手を調べ上げて、丁度、対戦相手が王宮に父親の手伝いで来るって言うから。 王城に来たら門兵から教えてもらって、ちょっと話を聞こうとして彼の所へ行ったらさ。 あのガラの悪い貴族子女に捕まったってわけだよ。 本当に参ったよっ」

 (いやいや、参ったのは僕の方だよ。 その話が本当なら、僕が対戦相手を知る前に、調べてたって事だよねっ? 一体何してんのっ、王子っ!!)

 ただトゥールを動かしているの一つだ。 アルフの喜ぶ顔が見たいだけである。 何だかんだ言っている内に、予選第一回戦で当たる彼と、アルフは練習試合をする事になった。

 彼は中々の体格で、アルフの頭一つ分は大きかった。 アルフは体格差に圧倒され、生唾を飲み込んだ。 全く勝てる気がしなかった。

 (これは、あれだな。 負けても仕方ないかっ)

 アルフはすっかり自信を無くし、やる気が失せていた。 強くなりたいと言う気持ちもなくなりかけていた。 試合を始めようと話し合っていると、場違いな声が聞こえて来る。

 「アルト殿下。 わたくしは武術の祝福を授かっておりませんわ。 ここを好き勝手に使おうなんて最初から思っていませんし、妹がこちらの下宿生ですから、序でに、会いに来ましたのよ」
 「……そう」

 先程は青くなって固まっていたが、復活したのか、空気を読めていない話をし出した。

 (もう、その話は終わったでしょ……)

 しかし、アルフの視界の端で、見学に来ていたジルフィアの妹、ウェズナーが一瞬だけ、嫌そうに顔を歪めたのが見えた。 感情があまり表に出ない彼女の感情を初めて見たが、アルフの胸にモヤっとしたモノが蠢いた様に感じた。

 ジルフィアはトゥールに連れない態度を取られ、悔しそうな顔をしていた。
 
 (何だろう? 今の感じ、もの凄くあの姉がムカついたんだけどっ)

 モヤっとした気持ち悪い感情は直ぐに消えて、対戦相手の彼が距離を取って武器を構えたので、ウィーズ家の姉妹を気にしている暇はなかった。 グランが試合開始の合図を出す。

 「始めっ」

 ◇

 アルフの対戦相手は魔法学校の一年生で、別のクラスだ。 Cクラスの様だから、アルフが知っている訳がない。 名前は、ライナー・H・チュソビチナという。 両親共に騎士で、彼も騎士を目指しているという。 ライナーの祝福は棒術だ。

 ライナーが長い棍棒を取り出し、器用に振り回した後、構えた。 気合十分のウォーミングアップは終わった様だ。 互いに近接攻撃が主流の武器。 怪我をする予感がひしひしと感じる。

 深く深呼吸をした後、アルフもチャクラムを掌の上で回転させた。 チャクラムの回転する音がアルフの耳元で鳴り響く。 アルフはしっかりとライナーを見つめた。

 結果から言うと、負けた。 ライナーの棍棒術は、中々のものだった。

 ライナーの手から棍棒が高速で突き出され、アルフを追い詰めて来る。 突き出される棍棒を交わす事で精一杯で、チャクラムでの攻撃を仕掛けられらない。 一矢報いる為、棍棒を交わした後、低い体勢で踏み込む。 チャクラムの回転を緩め、切れ味を鈍らせる。

 低い体勢から、下から斜め上へチャクラムを飛ばす。 ギリギリで避けたライナーの頬に掠り、前髪が数ミリほど、切り落とされた。

 (そうか、棍棒が届く距離じゃないから、当たらないんだっ、なら)

 「この距離感だっ!」

 両手にチャクラムを乗せ、交互にチャクラムを飛ばして攻撃を仕掛ける。 しかし、ライナーは器用に棍棒を使い、地面に棍棒の先をついて後方へ飛んだ。 と思ったら、ライナーは一歩で踏み込んで来た。 隙をつかれたアルフの瞳が見開かれる。

 ライナーが踏み込んで来た瞬間、彼の魔力が溢れ出る。 直ぐに棍棒が突き出され、アルフの肩に当たった。 棍棒の攻撃が当たった瞬間、アルフの身体にもの凄い衝撃が来た。

 突き飛ばされたアルフは、仰向けになって広場の地面を削った。

 トゥールが見学している所まで飛ばされると、場外という事でアルフの負けが決まった。 アルフはぐったりと倒れていたが、そばにいるトゥールから『もう一戦するかい?』という問いに、アルフは白旗を上げて返事をした。

 (絶対に無理っ! でも、何となくだけど、戦い方は分かったかもっ)

 起き上がったアルフは、何か考え事をしているライナーを見て、『ああ、ライナーも気づいたか』と悟った。 どうやら、アルフの一回戦負けは決まった様だ。

 いつの間にか側に来ていたグランの溜息が耳に届いた。 グランが何を思っているのか分かっている。 チラリと横目で見ると、グランの責める様な眼差しがあった。
 
 「若様、諦めるのが早すぎます」
 「……まぁね、でも、頑張った方だよっ」

 アルフの答えに、グランは再び深く溜息を吐いた。
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