上 下
24 / 40

第二十四話 武術大会

しおりを挟む
 武術大会は魔法学校の中央にある武道場で行う。 アルフは教師からの説明に、大きな溜息を吐ていた。 アルフの訓練方法が悪いのか、レベル2から3へ中々上がらなかった。

 武術大会は、攻撃系の『祝福』を授かった者は強制参加、もしくは自己申告した者と総当たり戦だ。

 参加人数も多い為、何日かに分けて行われる。 アルフの元へ試合相手を知らせる通知が届けられた。 羊皮紙に書かれた名前を見て、最初に思った事は『誰、この人?』である。

 まだ、クラスメイトの名前を憶えていない。 知り合いとキャラの濃い人物は別だが、他は全くと言っていいほど、覚えていなかった。

 私室の居間のソファに腰かけたアルフは、そっと羊皮紙を閉じた。

 (そうだ、別に誰も僕に勝てとか言っていないし、勝てる自身もないけど……。 うん、適当にやろう)

 テーブルの上に紅茶を置いたグランは主の思考を読み、鋭い視線を向けて来る。

 「若様、首席で卒業をしろとは言いませんが、適当にやろうなどと思ってはいけませんよ」

 紅茶を受け取って口に運んでいたアルフは、グランの指摘に紅茶を吹き出しかけた。

 「でもさぁ、僕は騎士になる気はないし、適当に中くらいの順位で良いかなと思っているんだけど……。 もしくは、最低でも卒業できればいいかなって、思ってるんだけど」
 「……まぁ、卒業すれば、若様は家業を継ぐだけですし……。 若様のお父上は、思っている以上に有名です。 若様のチャクラムに皆さまは、武術大会で活躍する事を期待していると思いますよ」
 「……っそうっなんだ……」
 「はい、私も昔のウーヴェ様の映像を見て、ワクワクした一人です」

 グランのいつになく弾んだ声を聞き、アルフは遠い目をした。

 『期待大だね、アルフ』

 久しぶりに出て来た主さまモドキは、出されたカヌレを頬張っている。 カヌレは異世界のお菓子だ。 主さまモドキは、自身で検索したお菓子のレシピをシェフに渡し、特別に作ってもらっている。

 (意外だ。 エーリッヒは主さまモドキの事、視えるんだ……。 それに主さまモドキの話を信じたんだ……何気に魔力の高い人が揃っているよね? ロイヴェリク家の使用人)

 料理長のエーリッヒは思いの外、魔力が高い様だ。 アルフには知らされていないが、ロイヴェリク家の使用人は皆、戦える。 曽祖父が王族を救った事で悪目立ちし、色んな貴族から命を狙われた。

 勿論、曽祖父母を利用しようと近づいて来る者は後を絶たなかった。 人の良い曽祖父母だった為、自然と人が集まって来ていた。 良い人も、悪い人や改心した人もだ。

 カヌレを美味しそうに頬張っている主さまモドキを眺め、アルフは口を開いた。

 「時々思うんだけど……君は何のために生まれたんだ? スキルだから意味はあるよね?」
 『アルフこそ、何のために生まれたんだい?』

 あっさりと言い返されてしまった。 しかも、言い返せない返しで。 言葉を詰まらせた後、アルフは溜息を吐いた。

 「ごめん、酷い事を言った。 ちょっと八つ当たりしてしまった」
 『いいよ、別に。 でも、お父上の事は仕方ないよ。 あの時は、チャクラムを持っているのは彼一人だった。 そして、見た事の無い戦い方、舞を踊っている様な姿。 何より、美男子だったからね。 ご令嬢にもの凄く受けたらしいよ』
 「……詳しいね」
 『僕のスキルを忘れたのかい? 検索したんだよ。 人は新しい者が好きだからね。 王家とも仲が良かったから、それは注目されるよね。 お父上は、武術大会で五位以内に入られたそうだよ』

 にっこり笑った主さまモドキの眼差しに、『アルフは何位かな?』と問いかける様な色が混じっている。 過度に期待されるのは辛い。 なんせ、アルフのレベルは2だからだ。

 「……僕、レベル2なんだけど……」
 「私どもが口酸っぱく言っていた意味が分かりましたか?」
 「うん、分かったよ。 僕は魔法学校で過度に期待されている事がねっ」
 「まだ、試合まで時間がありますから、頑張りましょう。 それと、対戦相手の情報を集めておきます」
 『頑張って、アルフ』
 「うん、ありがとう。 二人とも」

 グランと主さまモドキの応援を受け、アルフはちょっとだけ頑張ろうと気合を入れた。

 窓の外を見ると、レープハフトハイムが見える。 お茶会で破壊された部分は、もう既に修復されている。 下宿生の話し声が遠くに聞こえる。 中庭で誰かが武術大会に向けて特訓をしているのだろう。 中庭で煙が上がっている。 よく見ると、色んな場所から煙が上がっていた。

 大きな騒音も鳴り出し、何かが破壊される音が続く。 アルフの口から恐怖の叫び声が飛び出した。

 「グラン、ハイムへ行くよっ! 下宿屋が壊される~っ!」
 「了解しました」
 『僕はカヌレ食べてる~! 行ってらっしゃいっ』

 (本当に何のために出て来たんだっ?!)

 お菓子を食べる為である。 一人突っ込みを辞めて、アルフはハイムへと駆け出した。

 ◇

 ハイムの中庭では、下宿生三人が武術大会の為、模擬試合をしていた。 ヘルマンと、同じ二年生であるシェフチェンコ男爵家の次男、ロイター騎士爵家の三男の三人だ。

 シェフチェンコ男爵子息の『祝福』は薬師で、武術大会は出られない。 二人の模擬試合の審判をしていた。 ヘルマンは水魔法士、ロイター騎士爵子息は弓術の『祝福』を授かっている為、武術大会に強制参加させられている。 屋敷からハイムまで、全力疾走したアルフから荒い息が吐き出される。

 アルフの姿が見えると、ヘルマンは気さくに声を掛けて来た。

 「やあ、アルフ。 慌ててどうしたんだ?」
 「ヘルマン様っ、中庭での魔法の行使は困りますっ」
 
 ヘルマンは中庭を見渡し、所々がボロっとなっている植木や花壇の花を見た。 不味い事をしたと気づいたのか、ヘルマンたちは一様に気まずそうにして眉尻を下げた。

 「悪い、アルフ。 もう直ぐ武術大会の予選があるんだ。 それで少しでも練習したくて……」
 「いえ、ここではもう魔法を行使しないで頂ければ、私どもは何も言いませんので」
 「そうか、花の苗とか植木の苗木も弁償するよ」
 「ありがとうございます。 そうして頂けると助かります」

 アルフはヘルマンの『弁償する』という言葉に機嫌よく飛びついた。 今後の為にも、後ろから囁いて来たグランの意見を聞く事にした。

 「若様、厩舎裏の広場にヘルマン様たちをご案内すればよろしいのでは?」
 「そうだね、このままだと屋敷が壊される未来しか視えないしね」
 「ん? 広場? ここには魔法が使えそうな広場あるのか?」
 「はい、案内しますよ。 僕も使っている場所なので……」
 「おお、なら、もし今から時間があるのなら、私と相手をしてもらえないだろうか?」
 
 ロイターがアルフに頼み込んで来た。 ロイターの瞳が輝いて視えるのは、何かを期待しているからだろう。 アルフのチャクラムのレベルは2なのだ。 他の同じ年で武術系の祝福を授かっている少年は、レベルは4とか5になっているはずである。

 祝福のレベルは人それぞれで、レベルの最高値も違う為、レベルが一緒でも能力の違いが出て来る。

 ロイターとシェフチェンコたちは、アルフの父親に憧れを抱いているのだろう。 期待で瞳が煌めいている。 彼らの純粋な眼差しに、アルフは数歩後ずさった。

 「……期待しすぎではないだろうか?……」
 「まぁ、仕方ないだろうな。 チャクラムは派手な技だし、まぁ、炎の剣とか魔法士に比べたら、地味だけど。 何にせよ、チャクラムは美しいからな。 アルフじゃないぞ、ウーヴェ様がだぞ」
 「分かっていますっ、とにかく、厩舎裏の広場へ案内しますよ」
 「ああ、ありがとう」

 ヘルマンもウーヴェの映像を見た事があるのか、アルフと初対面した時、チャクラムの披露を強請って来た一人だ。 アルフの未熟なチャクラム捌きに随分、ガッカリした表情をしていた。

 「あの二人もアルフのチャクラム捌きを見たら、変な期待はしないと思うぞ。 それにまだ若いんだ。 ウーヴェ様みたいには無理だろう。 過度な期待はしない、アルフも頑張れば、ウーヴェ様の様に華麗で美しく、舞う様に敵を屠れるようになるよ」
 「……っ」

 十分、過度な期待をされている。

 (……まだ、レベル2ですなんて、言えないなっ)

 ヘルマンたちを引き連れて広場へ案内していると、何故か、他の下宿生も着いて来た。 中にはウェズナーの姿もあり、何故かマリオンがいる事にも、アルフは首を傾げた。

 「他の皆様にも広場を教えておいた方がいいと思いまして、また、中庭を壊されても困りますから。 モナに連絡をして、若様たちが話している間に他の下宿生にも知らせてもらいました」
 「そうか、流石、グラン。 ありがとう」
 「いえ、皆、武術大会に向けて訓練をしたいだろうし、それに、これ以上花壇を荒らされると御庭番が怖いですから」

 グランはアルフから視線を逸らし、何かを思い出したのか、身体を小さく振るわせた。 グランの身震いがうつったのか、アルフの身体も震えた。
 
 厩舎裏の広場に着くと、皆が喜びの声を上げた。 元々広い場所をアルフが木材の調達の為、切り開いた為、随分な広さがある。 下宿生の人数くらいなら、十分だろう。

 「では、ロイヴェリク男爵子息、お相手をお願いします」

 ロイターはお辞儀すると、何処からか弓を取り出した。 アルフから距離を取ると、弓を構える。

 アルフの意思も聞かないまま、グランが審判に名乗りを上げ、『はじめ』の合図を掛けた。 アルフは慌ててチャクラムを取り出す。 下宿生から感嘆の声が上がった。 皆、初めて生でチャクラムを見たのだ。 皆が一度は、ウーヴェの映像を見ているだろう。

 アルフはまだまだ未熟で、父親の様には華麗に美しくチャクラムを扱えない。 しかし、今のアルフの力を見せるしかないだろう。

 弓術はある程度の距離が必要、相手の懐へ入って攻撃をするチャクラムは楽勝だろう。 飛び出したアルフは牽制の為、中距離でチャクラムを飛ばした。 飛んでくるチャクラムに気がいっている間に、空いている懐に入るお決まりの作戦を実行する。 アルフの作戦は気づかれていた様で、チャクラムは相手の矢で落とされた。

 同時にアルフの足元に矢が放たれた。 ロイターは二本同時に矢を放ち、別々の場所へ当てたのだ。

 急ブレーキをかけて止まったアルフは、両手を上げて早々に白旗を上げた。 審判を買って出たグランも、早々に白旗を上げたアルフに呆れた声を出す。 他の下宿生も舞うチャクラムを見られず、不満な声を上げていた。

 「若様、諦められるのが早すぎますっ」
 「だってさ、近づけないだもん。 今の僕には無理だよっ」
 「早速、面白い事をしているね。 私たちも混ぜて欲しいな」

 聞いた事のあるにこやかな声に、アルフは眉を顰めて広場の入り口を振り返った。 集まっている下宿生も王家の登場に驚いている。

 「トゥールっ……」

 振り返った先には、アルフの思った通り、トゥールとルヴィ、レイの三人が居たのだが、後ろに着いて来ている人が大勢いた。

 「まぁ、こんな所に広場があるんですのね。 この間来た時には気づきませんでしたわ」
 「うわっ、嫌な奴が来た」

 グランの呟きである。 関わらないでおこうと思っていたのに、厄介ごとが向こうからやって来た。
しおりを挟む

処理中です...