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第二十一話 王子、怖いっ!!

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 若い女性の悲鳴が聞こえ、声のした方へ視線をやったアルフの視界に、マリオンが盗賊に腕を掴まれている光景が飛び込んで来た。 逃げ遅れてしまったのだろう。 強く腕を掴まれているマリオンは痛みに顔を歪めている。

 「マリオン嬢っ、助けないとっ」
 「若様、私が行きますっ、若様も避難をっ」
 「グランっ……駄目だよ。 女の子を残して避難なんて出来ないよっ」

 アルフを庇いながら前へ出るグランと、アルフは無言で視線を合わせる。 二人も譲らないという色が混じり、折れたのはグランだった。 小さく息を吐き出す。

 「分かりました、二人でやりましょう」
 「うん」

 濃くて青い魔力を自身の身体に纏い、掌の上へチャクラムを乗せる。 空気を切り裂き、高速でチャクラムが回転を始めた。 アルフの隣で紫色の魔力が輝き、グランが素早く剣を作り出す。

 14歳の少年ながら、中々な魔力を溢れ出したアルフとグランに気づき、盗賊は慌てて腕を掴んでいたマリオンを自身の前へ突き出し、白くて細い首筋に剣を当てた。

 マリオンの悲鳴が中庭にこだまする。

 「ふっ、この女が死ぬ所を見たくなければ、お前ら武器を捨てろっ!」
 
 盗賊の怒鳴り声が地響きの様に響く。 盗賊の威圧感に押され、アルフの心に恐怖が過ぎる。

 「若様、ただの威圧です。 やつの祝福なのでしょう。 怯んだ相手をめった刺しにするのが奴のやり方です」

 捕まっているマリオンも盗賊の威圧に当てられて青ざめ、今にも気絶しそうになっていた。

 「怒った時のノルベルトを思い出して下さい。 どう考えても、ノルベルトの方があいつの威圧より恐ろしいでしょう?」
 「……っ確かに」

 アルフの脳裏に浮かぶ、黒い笑みを浮かべるノルベルトの背後で蠢く何か。 想像するだけで恐ろしい。 ノルベルトは居ないのに、背中に寒い何かが走った。

 「その回転してる武器……見た事あるなぁ」

 盗賊が真っ直ぐにアルフを見て、嫌な笑みを浮かべた。 隣でグランが小さく反応した。

 アルフは盗賊が何を言っているのか分からず、訝し気に盗賊を見つめた。 何かを思い出した様に、盗賊は更に顔を歪めた。 アルフの隣で空気が大きく震えた。

 「あぁ、そうだ、思い出し……たっ」

 何かを言いかけた盗賊の喉元をグランの剣が突き刺さる。 一瞬の出来事だった。 アルフは全く動けなかった。 盗賊の喉元からグランの剣が抜かれる。

 グランは皆の死角をつき、一気に盗賊の懐へ入り、喉元を刺したのだ。 盗賊の口と喉元から大量の血が吐き出され、盗賊が何か言っている様だったが、何を言っているのか分からなかった。

 喉元から抜いた剣を振って、大量についた血が地面に飛び散る。

 喉元を押さえた盗賊の身体がぐらりと揺れ、捕まえていたマリオンを離す。 マリオンは身体に力が入らず、ゆっくりと地面にしゃがみ込んだ。 アルフの脳裏に『暗殺一族』の言葉が過ぎる。

 グランが小さく息を吐き、深呼吸する音が静かにアルフの耳へ届く。

 足を踏み込み、腰を捻って攻撃態勢に入った気配を感じる。 グランが盗賊にとどめを刺そうしている事に気づき、ハッとしたアルフは自身のチャクラムを飛ばす態勢を整える。

 (グランっ、盗賊にとどめを刺そうとしてる? それは駄目だっ! いくら法律で盗賊は死刑だって決まってても……)

 大気が震え、地面が揺れて何か重い物が落ち、地響きが鳴る。

 チャクラムを飛ばしてグランを止めようとしたが、新たな人物の登場で、踏み込んだ足の力が抜けた。 アルフの視界に、盗賊の背後でノルベルトが降り立った姿を映し出した。

 「ノルベルトっ……グランを止めてっ」

 ノルベルトとグランがアイコンタクトをする。 ノルベルトは盗賊の首に腕を絡めて、瞳を細めた後、軽く力を入れた様に見えた。 盗賊は瞳を見開き、瞳に生気を失くして気絶した。

 グランが人を殺める所を止める事に成功し、アルフはホッと胸を撫で下ろした。

 改めて周囲を見回し、確認する。 吹き飛ばされて来た盗賊たちは全員、シファー家の使用人たちとロイヴェリク家の使用人たち、ハラルトたちに捕らえられていた。

 地面にしゃがみ込んでいるマリオンに視線をやって、そばへ駆け寄る。

 「マリオン嬢、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

 出来るだけ優しい声を心がけて、マリオンに話しかける。 マリオンはまだ、先程の光景が視えているのか、歯を鳴らして肩を震わせ、己の身体を抱きしめていた。

 アルフが手を伸ばし掛け、マリオンの身体が大きく跳ねた。

 (今は……僕には触られたくないだろう。 シファー家のメイドがマリオンの所に手伝いへ出されてたっけ? 確か、名前は……)

 「ルトリシア」
 「はい、ロイヴェリク様」
 「マリオンをロイヴェリク邸の客室に連れて行ってくれないか」
 「承知致しました。 マリオン様、立てますか?」
 「ええ、ありがとう」

 ルトリシアがマリオンを連れて行った後、捕らえた盗賊を連行する為、マントイフェルの騎士団がやって来た。 盗賊の確認が終わり次第、ロイヴェリク家に褒章が貰える様だ。

 ◇

 「終わったようだね」

 貴賓室の窓辺に立っていたトゥールは、貴賓室の前に作られている薔薇園の向こう、レープハフトハイムがあるだろう方向を眺めている。 薔薇園に阻まれ、レープハフトハイムで何が行われているのか、全く視えず、騒音も聞こえてこなかった。

 「殿下、あまり窓辺でお立ちにならない様に」
 「大丈夫だよ。 何かあれば、彼女が助けてくれるのだろう?」

 ルヴィの進言に、トゥールは振り返る。 貴賓室の扉の前で佇むモナは、緊張で拳を握りしめた。

 トゥールに見つめられ、モナの身体が固まる。 モナの本能が騒ぐ、トゥールに逆らってはいけないと、自然とお仕着せの中の足が震え、止まらない。

 「殿下っ」

 ルヴィの窘める声もトゥールには効かない様だ。 真っ直ぐに見つめて来る眼差しに、モナは内心では白旗を上げそうになっていた。

 「もしかしなくても……この騒動はアテシュ家の仕業なのかな?」
 「えっ」

 モナの隣で立っていたマゼルがトゥールとモナの顔を交互に見て来る。

 「私は何も聞いておりません」
 「ふ~ん。 シファー家も関わってるのかな?」
 「えっ、わ、私の家ですか? 何故、私の家がアルフの家に盗賊を差し向けるんです? そんな事をする動機が分かりませんっ」
 「私どもアテシュ家も同様です」
 「ふむ」

 トゥールは顎に手を当てて、考える仕草をする。

 「そう……私が言いたいのは、アルフやマリオン嬢を囮にした目的を知りたいのだけど」
 「お、囮……?」

 隣に立つマゼルがモナの方へ問いかける様な表情で伺ってくる。 マゼルは何も知らない。 吐く訳にはいかない。 アテシュ家は、ロイヴェリク家に仕える条件として、暗殺家業の引退を王家と誓いをかわしている。 ウーヴェの敵討ちだとしても、アテシュ家が人を殺める事は許されない。

 にっこりと黒い笑みを浮かべるトゥールと視線が合った瞬間、モナの背中に黒い何かが這った様な感覚を覚えた。

 (こっ、怖いっ! 王子、怖いっ!! 絶対に、アテシュ家を見張ってるんだ。 まぁ、恩義のあるロイヴェリク家に危険がないか心配なのだろうけど……。 何で、王子にバレてるのっ? ノルベルト様~っ、私、どうしたらいいですかっ?!)

 「君が何も知らないはずはないんだけど。 アテシュ家は少数精鋭だし、それに君は、グランのお嫁さん候補でしょう?」

 突然、投げかけられた爆弾に、マゼルは目を丸くして驚いた様子を見せた。 口を開けて、間抜けな表情でモナを見つめて来る。 ルヴィやレイはさほど驚いた様子なく、興味無さそうにしていた。
 
 「えっ! グランとモナって、そうだったのっ?!」
 「いいえ、違いますっ……それは、ノルベルト様が言っているだけですっ」

 モナは、頬を染めて口を尖らせて否定した。 グランはどうか分からないが、モナが満更でもない事は、彼女以外のトゥールたちは瞬時に理解した。

 「どうしても言いたくないんだね。 でも、理解しておいて。 王家は、アテシュ家とシファー家を監視している事をね」
 「えっ、私の家もですか? シファー家は王家に忠誠を誓っています」
 「マゼルはそうだよね。 でも、シファー家の本家はどうか分からないからね。 アルフを……ロイヴェリク家を利用しようとするかもしれないから、マゼルを使ってね。 シファー家の本家をあまり信用しない方がいい」
 「……っ」

 マゼルは自身たちを信じてもらえない事に、とても悔しそうに拳を握りしめていた。

 「もっ……」
 「ん? なに?」

 モナは『もし、アテシュ家が敵討ちの為、盗賊を泳がせてレープハフトハイムを襲わせたとしたら、アテシュ家はどうなるのですか?』と問いかけそうになって言葉を詰まらせた。

 「いえ、何でもありませんっ」
 「そう。 これ以上は話してもらえないそうにないね。 一応、陛下には報告しておくよ」
 「……っ」
 
 (やっぱり、王家は信用してないのね。 私たちの事……)

 貴賓室の扉が数回、ノックされ、ノルベルトの声が続く。

 「殿下、ノルベルトです。 今、よろしいでしょうか?」

 ノルベルトの声がして、モナは分かりやすくホッとした様な表情を浮かべた。 トゥールは快く返事を返す。 入って来たノルベルトは、何事もなかった様な表情を浮かべて報告をした。

 「盗賊の制圧は終わりました。 直ぐにマントイフェルの騎士団が盗賊の引き取りに来るでしょう。 残党の姿もありませんので、お帰りの馬車を出します」
 「いや、盗賊退治が終ったなら、お茶会の続きをしよう」
 「はっ? しかし……」
 「このまま終わっては、レープハフトハイムの良い所無しだろう? まぁ、盗賊が入った時の対処がきちんとしているのは、伝わっただろうけど。 入居者募集が目的のお茶会だろう」

 トゥールは最後の一言を、殊更に強調して来る。 チラリと自身の上司であるノルベルトを見る。

 「ええ、勿論です。 殿下の仰せでしたら、ご用意致します」
 「うん、よろしく頼むよ」
 「はい。 では、準備の為、モナを下がらせて頂きます」
 「仕方ないね、いいよ」
 「寛大なお心遣いに感謝致します」

 貴賓室を出た所で、モナから大きく息を吐き出した。

 「モナ、まだ緊張を解くな。 直ぐに、厨房へ行ってお茶会の準備を頼む」
 「はい、報告は後でします」
 「ああ」

 モナはまだ震えている足を必死に動かし、地下にある厨房へ向かった。

 ◇

 盗賊に襲撃されどうなる事かと思ったお茶会だったが、トゥールの指示により、再開された。

 レープハフトハイムのモデルハウスとした南棟の二階を案内し、下宿屋にも九月から入学するアルフと同じ年の子供たちを案内した。

 (これで、入居者と下宿屋に人が入れば万々歳だ。 お茶会して良かったっ。 あ、でも、後でマリオン嬢の所に様子を見に行こう。 随分、怖い目に遭ったしね)

 テーブルの上で、再び姿を現した主さまモドキがカップケーキを頬張っている。 再開されたお茶会は、楽しそうに談笑する声が中庭で響いていた。

 (お祖母様も楽しそうだ。 少しだけでも、お祖母様の夢が叶ってるといいなっ)

 マルガが楽しそうに笑いながら友人たちと話している姿を伺い見ながら、アルフの頬が自然と緩んだ。
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