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第二十話 盗賊もお茶会に参加して来たよっ

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 ローゼンダール王国の第一王子、アルトゥールの突撃訪問で始まったお茶会は、参加者が緊張しながらも和やかな雰囲気で行われていた。

 レープハフトハイムの中庭で、香り高い紅茶の香りが漂う。 洗練された所作で紅茶カップを口へ運ぶトゥールは、とてもご機嫌で満足気だった。

 「いやぁ、美味しいね。 アルフの淹れてくれた紅茶は。 ね? 主さまモドキ様」

 突然、話を振られた主さまモドキは、口元にクッキーの食べかすを沢山つけた状態で振り返った。

 『そうだね、美味しいね』

 にっこりと微笑む主さまモドキ。 瞳を細めながら眩しい笑顔を湛えるトゥール。 二人の間には、誰にも入れない空気が流れていた。 何故か分からないが、同じ空間で居る事に、羞恥心が湧く。

 (僕のスキルが、独り歩きしてる様な気がするのは、気のせいだろうか……まぁ、二人とも楽しそうだしいいのかな……)

 一緒のテーブルに着いているルヴィとレイに視線を送ると、ルヴィは無表情で何も発せず、レイは頬を引き攣らせていた。 主さまモドキが飲み食いしている様子を初めて見て、かなり引いていた。

 「まぁ、びっくりするよね。 主さまモドキは、最初からあんな感じなんだ……。 何故、飲み食い出来るのか、そして、消化されたものが何処に行っているのか。 全く不明なんだ」
 「……っそうか」
 「……もしかしたら、アルフの方へ流れているかもな」
 「えっ! もしそうだとしても、どういう原理でそうなるのか、全く分からないね……」

 ルヴィがボソッと呟いた事に、アルフとレイはお互いに頷き合った。 分からない事を考えても仕方ないと、結論付けた時だった。 中庭の中央に設置された噴水へ、何かが落ちて来た。

 ◇

 ロイヴェリク家で、裕福な平民と下級貴族の参加するお茶会があると情報を得た盗賊たちは、皆、色めきだっていた。 金の生る木を取り上げられた事でロイヴェリク家を恨んでいた事もあり、恨みを晴らす為と、参加者たちの金目になる物を奪おうと、ロイヴェリク家の直ぐ近くまで来ていた。

 ロイヴェリク家の敷地へ入る街道で、斥候として放っていた仲間の一人が戻って来た。
 
 「頭目、結構な人数が集まってるみたいですぜ。 金目の物も、いい女も居るみたいだ。 後、例の女は参加してねぇ。 自身の部屋に居たぜ」
 「そうか」

 盗賊の一人が下卑た表情を浮かべる。 頭目と呼ばれた男は、がっちりとした体格、頬には魔物にやられたのか、深い三本線の傷があった。

 「お前たちは、茶会の方へ行け。 俺は女の方へ行く」
 「へい、分かりやした」

 盗賊たちは二手に分かれて、ロイヴェリク家の敷地へ入って行った。

 仲間の報告を受けた頭目は真っ直ぐに目的の場所へ向かう。 レープハフトハイムの出入り口へ入り、頭目は階段を上がって行った。 通常ならば、不審者は敷地へ入った所で捕らえられるのだが、本日はノルベルトの指示で盗賊たちは見逃されていた。

 目的の場所へ辿り着いた頭目は、扉の取っ手に手を掛けた。 取っ手に魔力を流し、魔法で掛けられている鍵を開けにかかる。 頭目の祝福は『鍵開け』で、魔法でも、魔道具でも関係なく、鍵を開けられる。 頭目に開けられない鍵はない。

 「ふんっ、楽勝だな」
 
 金属が弾け合い、軽い音を鳴らして鍵が開けられた。

 玄関に入ると、誰も居ないのか、静寂に包まれていた。 微かに、中庭で行われているお茶会を楽しんでいる声が聞こえて来ていた。 お茶会の談笑が耳に届き、頭目は瞳を細める。

 「まぁ、今のうちに楽しめ、直ぐに笑い声が悲鳴に変わる」

 食堂とサロンにも人気がなく、キッチンの横を通っても人の気配がなかった。 突き当りを右に曲がり、目的の部屋を目指す。 一応、廊下を左に曲がる時は、慎重に進んだ。

 「……女一人だけにしては静かすぎるな……罠か?」

 左に曲がれば、直ぐに目的の部屋がある。 頭目は慎重に足音を忍ばせ、扉に張り付いた。 扉に当てた耳から中の様子を伺う。 微かに音楽が聞こえ、ジュークボックスの魔道具だろうか、王都で有名な楽団の円盤を流している様だ。

 「優雅なものだな」

 中に確実に目的の女がいる事を確信し、乱暴に扉を開けた。 中に居た者は、ソファで寛いでいて、乱暴に扉を開けられた事に、飛び上がって驚いた様に見えた。

 「……っお前っ」
 
 知らない女が居た事に、瞳を大きく見開いた頭目の動きが止まった。 首筋に鋭利な刃物が当てられる。 禍々しい紫の魔力を感じ、頭目の額や全身から冷や汗が流れ、本能が命の危険を打ち鳴らした。

 ◇

 ノルベルトの目の前で、ずっと探していた盗賊の頭である頭目がいる。 気配を完璧に消しているノルベルトに気づいている様子はない。 頭目が探していた部屋の主であるマリオンとアウグストは、変装をさせてお茶会の方へ参加させている。 今回の作戦をマリオンとアウグストには事前に知らせていた。 狙われるだろう二人には、作戦を成功させる為、協力が不可欠だったからだ。

 可哀そうだが、知らないのはアルフだけである。 アルフに前もって説明する事をノルベルト、アテシュ家の人々は躊躇した。 何故なら。

 「やっと見つけましたよ。 13年前、馬車事故に見せかけて、ウーヴェ様たちを殺した犯人殿」

 ノルベルトから溢れ出す殺気は、殺気だけで人を殺せるのではないかというほど、禍々しい魔力を放っていた。 尋常でない殺気を感じているのにもかかわらず、頭目は言葉を発した。

 「……っさぁ、俺にはとんと覚えがないなっ……そんな昔の話っ」
 「ほう、私の殺気を受けて話せるとは、中々ですね。 しかし、言い訳は聞きません。 全て調べが付いています。 貴方が定期的に盗賊団の名前と活動場所を変えるものだから、探すのにとても手間取りました」
 「あんた……アテシュ家かっ……暗殺家業は廃業したんじゃないのかっ?」
 「ええ、もう、物理的な暗殺はしていませんよ。 それに盗賊を追い払うのに、仕方なく殺めてしまっても、罪に問われません。 盗賊は死罪と、法律で決まってますからね」
 「!!」

 ノルベルトの放つ殺気が膨らむと、躊躇いなく頭目の首筋に当てていた刃が素早く静脈を切った。

 「貴方の祝福はとても魅力的な能力でしたが、ウーヴェ様とユーディト様を死に追いやった罪は重いですよ。 レギーナ、こちらの片づけをお願いします」
 「はい、ノルベルト様のご希望通り、あちらへ送っておきます」
 「ええ、よろしくお願います」

 レギーナはシファー家が雇っていたメイドの一人だ。 とても便利な祝福『転送魔法陣』を授かっている。 床に魔法陣が描き出されると、頭目が何処かへ転送され、床に飛び散っていた血も綺麗に消え去った。 平民が授かる祝福の一つで、ユニークスキルだ。

 アルフの父親、ウーヴェは若い頃に騎士団で目覚ましい活躍をし、悪目立ちしていた。 王家からの懇意もあり、ロイヴェリク家を疎ましく思っていた高位貴族から出る杭は打たれる様に、殺されたのだ。 一見して事故に見えていた馬車事故は故意に起こされたものだった。

 頭目は当時、騎士団に入っており、ウーヴェとは同期だったが、ウーヴェを疎ましく思っていた一人だった。 馬車に細工したのは彼だった。 馬車事故の後、騎士団を辞めた頭目は盗賊になっていた。

 故意に起こされた事故だと知ったノルベルトたちは、ずっと実行犯と指示した高位貴族を探していたのだ。 やっとウーヴェの敵を討てて、ホッとしていた所、中庭の方から大きな騒音がなった。

 直ぐにアインスの部屋を出て、玄関ポーチに設置されているベランダに出て、中庭を覗いた。

 「ちっ……、ハラルトかっ。 若様には知られない様に、秘密裏にって言っておいたのにっ」

 ノルベルトとレギーナの視界に、中庭の噴水が壊され、唖然として見つめるお茶会の参加者たちと、壊れた噴水にぐったりと倒れている盗賊。 そして、次々と中庭へ飛ばされている盗賊たちが飛び込んで来た。

 「不味いですねっ、私たちも加勢しに行きますよ。 レギーナたち、シファー家のメイドはお客様の避難と護衛をお願いします。 従者の三人には盗賊たちの制圧に加勢をお願いして下さい」
 「はい、伝えます」

 レギーナは直ぐに転送魔法で、お茶会会場へ転送して行った。 ノルベルトはベランダの手すりに足を掛けると、手すりを蹴って飛んだ。

 ◇

 頭目と分かれてお茶会の会場へ向かった盗賊たちは、初めは三階建ての正面入り口からハイムに入って行ったのだが、目的地へ行けず、立ち往生していた。 三階建ての貸し部屋はまだ、修繕が終わっておらず、骨組みがまだ残っていた。

 「おいっ! こっちからは茶会の会場へ行けねぇぞ。 別の道から行くぞ」
 「おうっ!」

 ハイムの入り口を出て門を目指している所で、待ち伏せしていたハラルトたちに逃げ道を塞がれていた。

 「よう! ここからは一歩も出さないぞっ! 覚悟しやがれ、盗賊どもっ! ヴォータン、風魔法をぶっ放せ!」
 「おうよっ!」

 ハラルトの号令で、ヴォータンが風魔法で盗賊たちを吹き飛ばす。 盗賊たちが吹き飛ばされ、風魔法の威力が強かったのか、盗賊が落ちた先は、お茶会会場の中庭だった。

 盗賊たちは、悲鳴や怒号を上げて、レープハフトハイムの建物を超えて吹き飛ばされていった。

 ハラルトたちの『げっ! やばいっ』という声は、盗賊たちに聞こえず、皆が一斉に飛ばされ、中庭へ落ちていく。 経緯はどうあれ、盗賊たちは目的地であるお茶会会場に吹き飛ばされて着地した。
 
 ◇

 突然、人が噴水へ突っ込み、噴水が壊された。 唖然としている間にも、次々と盗賊が悲鳴を上げて中庭に落ちて来る。 少しパニックになった事で、主さまモドキが姿を消した。

 あまりの事に直ぐに動けなかったアルフは、後ろで控えていたグランの声で我に返った。

 「若様っ! 避難をっ」
 「はっ?! グラン、僕よりもトゥールたちの避難をっ」

 トゥールの方へ視線をやれば、ルヴィとレイに背中で庇われている彼は、次々と悲鳴と怒号を上げて飛ばされて来る盗賊を興味津々で眺めていた。 視界の端で、シファー家のメイドがお茶会の参加者たちを安全な場所へ、護衛しながら避難させていた。

 盗賊の怒号や悪態をつく声が上がり、お茶会に参加者たちの悲鳴が中庭で響く。

 吹き飛ばされて来た盗賊たちは丈夫なのか、地面に叩きつけながらも立ち上がり、悪態を付きながら手に持っていた武器を構えていた。 素早く動いたのは、シファー家の従者の三人だ。

 そして、いつの間に参加していたのか、マゼルの姿もあった。 マゼルも裏方で手伝ってくれていた様だ。

 「マゼルっ!」
 「アルフっ! 殿下たちの避難を早くっ!」
 「うん、分かったっ! トゥールっ」
 「私も戦うよ。 こういう時の為に鍛えているからね」
 「駄目だ」
 「駄目です」

 ルヴィとレイが速攻でトゥールの発言を却下する。 憮然とした表情のトゥールは、中々、アルフ達の言う事を聞いてくれない。

 壊された噴水から水が勢いよく噴き上がり、従者が盗賊と応戦する騒音が絶え間なく響いていた。

 「皆が戦うというのに、私だけ安全な場所へ避難するなんて出来ないっ!」
 「トゥールっ! 悔しいが、俺たちではまだ盗賊に歯が立たない! 足手まといになるだけだっ!」
 「殿下、早くこちらへ!」

 モナが人を掻き分けやって来た。 モナも加わり、皆でトゥールを説得したが、全く言う事を聞いてくれない。 郷を煮やしたルヴィがマゼルへ視線でだけで促した。

 一瞬だけ躊躇したマゼルだったが、万が一の事を思い、覚悟を決めた表情を浮かべた。

 「失礼します、殿下。 後で処分は受けます」

 一言、トゥールに謝罪し、マゼルは自身の赤色の魔力を溢れ出させてた。 糸状の赤い魔力をトゥールに絡ませて、空中へ浮かばさせる。

 「よしっ! マゼル様、こちらからロイヴェリク邸の貴賓室へお願いします」
 「はいっ!」

 マゼルの血呪術に縛られながらも暴れるトゥールをルヴィとレイ、マゼルの三人がかりで抑え、先導するモナと一緒にトゥールは運ばれていった。

 お茶会会場に居た参加者たちは皆、無事に避難した様だと、ホッとしたのもつかの間、女性の悲鳴がアルフの耳に届いた。
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