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第十九話 お茶会に王子がやって来たっ?!
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マントイフェルから王都へ向かう街道には、中間くらいの位置に、オアシスという冒険者や旅人が身体を休める場所がある。 オアシスは門や塀も作られ、警備員も常駐している為、保安も確保されている。 宿屋や居酒屋、治療院には医師が常駐し、乗合馬車や辻馬車などが停留していて、皆の癒しと足となっている。
日が沈む18時頃、一台の乗合馬車がオアシスに乗りつけると、王都へ向かう客人を下ろし、マントイフェルへ帰る客人たちを乗せていく。 乗合馬車が何台も乗りつける馬車停めは、各方面へ行く乗合馬車が出入りしていた。 皆、仕事からの帰りで、帰宅時間が重なり、馬車と人が混雑していた。
「最終、マントイフェル行きです。 他に乗られる方はいませんか? 後、お二人様乗れます。 もう直ぐ、出発いたします」
ロイヴェリク辻馬車営業所の御者、カールの案内に答える者はいない。 カールは御者席に座っているゲッツに視線を送ると、ゲッツは後ろの座席に座っている客人へ声を掛けた。
「お待たせ致しました。 マントイフェル、ローム行き出発いたします」
カールが御者席に乗り込むと、乗合馬車はオアシスの門を出て行った。 乗合馬車には、先日漸く帰って来たハラルトとハラルトが連れて来たヴォータンが護衛の任に就いていた。
前と後ろで立ち乗合馬車の周囲を警戒している。 少しだけ不安げにハラルトとヴォータンを見つめる乗客たち。 ハラルトは爽やかな笑みを浮かべ、乗客たちを見た。
「大丈夫ですよ。 今、少しだけ世間を騒がせている盗賊対策で我々が乗り合わせているだけですから。 我々は、ロイヴェリク家の従士です。 腕に覚えがありますので、盗賊など、皆、お縄して見せます」
力強く述べるハラルトに乗客たちは、ホッと胸を撫で下ろし、ハラルトの少しの冗談に笑いを零していた。 御者席でハラルトが巧みに乗客たちを宥めている様子をカールとゲッツは、背中で聞いていた。
「ノルベルト様並みだね。 あの人を巻き込む感じ」
「ああ、さっきまでハラルト殿がいる事で不安がっていたのに」
最近、マントイフェルへ向かう街道で盗賊が頻繁に出ている事を知ったアルフは、ハラルトたちに乗合馬車の護衛を頼んだ。 ハラルトの連れて来た者は、四人でうち二人は家族を連れて来ていた。
ハラルトが自分についてきたら仕事があると、言い切ったらしい。 勿論、護衛が足りなかったロイヴェリク家で雇った。 ハラルトが連れて来た者たちも、今は見習いだが、いずれ従士にしようと思っている。 ハラルトに着いて来た者たちは、躊躇いなく自分たちを雇った事に、ものすごく驚いた表情をし、『この坊ちゃん、大丈夫か』と表情にありありと出ていた。
件の盗賊が出て来たのは、オアシスから出て、暫く立った時だった。 いきなり飛び出して来た人影に馬が驚きを前足を上げる。 馬車が大きく揺られ、後ろで乗客たちの悲鳴が森の中で響いた。
腕に覚えがあると言っていたハラルトは、乗合馬車から飛び降り、カールとゲッツに指示を出し、ヴォータンに乗合馬車を守るように指示した。
「分かったっ、ハラルト、気をつけろよっ! カールさんとゲッツさんは馬車の扉を守っていてくれ、馬車には近づけさせないが、不測の事態もあるからなっ」
「分かりましたっ、お願いします」
「カール、馬車の中からも攻撃するぞ」
「ああ、お客様は後ろの後部座席へ移動をお願いします」
ヴォータンは乗合馬車の上へあがり、四方からの攻撃に対応する。 彼は槍を得意とし、風と火の魔法を操る魔法士だ。 武器にもなる槍を杖をとして使っている。 一定の距離を超えて来た盗賊たちを風魔法で吹き飛ばしてく様子は圧巻だ。 まだ、23歳で若いヴォータンは、将来が楽しみな逸材である。
ハラルトは自身の祝福である『剣技』を振るう為、曲がった細身の剣を構えた。 剣にはハラルトの紫の魔力が纏い、怪しく蠢いていた。
「ロイヴェリク家の乗合馬車を襲った事、後悔しろっ! お前ら、死ぬ覚悟は出来てるんだろうなっ!」
◇
カールとゲッツの乗合馬車が盗賊に襲われたとアルフが聞いたのは、マルガとの夕食の席だった。
「えっ! 乗合馬車が襲われたのっ?! 皆は、無事?! 怪我した人はいない? 死人とか出てない?!」
勢いよくテーブルに手を付いて立ち上がったアルフは、報告へ来たノルベルトに詰め寄った。 勢いよく立ち上がったので、座っていた椅子が後ろへ倒れ、テーブルの上でカトラリーが小さく跳ね、まぁまぁな騒音を出した。
「落ち着いてください、若様」
無言でグランが椅子を起こす気配を感じた。 マルガも心配そうな表情で、手で口を塞いだ。
「カールとゲッツ、乗り合わせていた乗客たちに怪我も、死人も出ませんでした。 皆、無事に家路に着きました。 ハラルトとヴォータンにも怪我はありません」
「そう、皆が無事で良かったよ。 で、盗賊はどうなったの?」
『盗賊』と聞いて、ノルベルトの瞳が一瞬だけ怪しい光が宿ったが、アルフは気づかなかった。
「はい、捕らえた盗賊はロームの街に駐在している騎士団へ引き渡しました。 近日中に、報奨金が代官から頂けます」
「えっ! 盗賊を捕まえたら報奨金をもらえるの?!」
「はい、今頃は地下牢に閉じ込められている事でしょう」
「……そうかっ」
ノルベルトが珍しく浮かべた笑みに、アルフは無意識に身体をのけ反らせた。 脳内で『暗殺一家』の文字が浮かび上がる。 ハッとしたアルフは、ノルベルトに近寄り、小声で話した。
「ノ、ノルベルトっ……暗殺とかしたら駄目だからねっ」
「承知しております。 我々、アテシュ家は既に足を洗っておりますから」
にっこり微笑むノルベルトに一抹の不安がよぎったが、彼らを信じる事にした。 アルフは知らない。 代官へ引き渡す前に、盗賊たちはノルベルトの尋問を受け、再起不能になっている事に。
「じゃ、僕たちはお茶会の準備に集中していても大丈夫そう?」
「はい、まだ警戒はしておいた方がいいですが、概ね片付いているので、ご安心を」
「うん、分かった。 ご苦労様、ノルベルト」
ご機嫌な様子で食堂を出て行くノルベルトを訝し気に見送ったアルフは、グランが戻してくれた椅子へ座り、夕食の再開した。
「皆に大事がなくて良かったわね、アルフ」
「はい、本当に良かったです」
「お茶会も無事に開催できそうですね」
「はい、商会から引っ越しを考えている方たちに声掛けをしてもらって、レープハフトハイムの見学をしてもらえる事になりました。 後、九月から下宿希望者に見学してもらおうと思ってます」
「そう、じゃ、アルフと同じ年の子たちが入って来るのわね。 楽しみね」
「はい。 おばあ様もお体の調子が良ければ、お茶会に参加してください」
「ええ、勿論よ。 喜んで参加するわ」
久しぶりの祖母との夕食は和やかなに進み、祖母はいつもよりも食事を口にしていたように見えた。
◇
「さて、待ちに待ったお茶会です」
『お茶会ですっ!!』
元気よく手を上げて声を出しているが、主さまモドキは集まっていた皆には見えていない。 中には見えている者も居るようだが、彼らは事前にノルベルトから話を聞いているのか、少しだけ瞳を見開いただけだった。
アルフは肩に乗って足をぶらつかせている主さまモドキを無視して、話を進める事にした。
多目的ルームは大体、教室くらいの広さがある。 ガラスの両扉を三つ取り付けてあり、扉からは中庭へ出られる。 中庭は本日のお茶会の為、テーブルセットも置かれ、中庭でもお茶が出来るようになっていた。 花壇も、庭師が綺麗に整えてくれていた。
扉から中庭を眺めていたアルフは、お茶会の準備を終えた使用人たちを振り返った。
「皆さん、準備はいいですか? 今日はレープハフトハイムにとって大事な日です。 今日のお茶会で、下宿屋と貸し部屋に人が入ってくれるかどうかが決まります。 しっかりとお客様をおもてなししましょう」
「はい!!」
レープハフトハイムの西棟一階、多目的ルームに集まったロイヴェリク家の使用人とシファー家の使用人が声を揃えてアルフに返事を返して来た。 アルフの号令の後、皆が持ち場へと移動していく。
主さまモドキはアルフの話が終った後、早速、お菓子が並べられているテーブルへ飛んで行った。
「あっ! あまりお菓子、食べないでよっ!」
『分かっているよ』
本当に分かっているのか、主さまモドキはご機嫌でクッキーに手を伸ばしていた。
「では、若様。 私とハラルトは警備の再確認をして参いります。 グラン、しっかり若様を見ている様に」
「はい、お任せを」
「僕はそんなに子供じゃないよっ、ちゃんとホストとして、やれるからねっ」
アルフはハラルトと共に多目的ルームを出ていくノルベルトの背中を見送った。
お茶会を開く際、商会の方へ乗合馬車を向かわせ、商会の人たちがお茶会の参加者を連れて来てくれる。 アルフはグランと話しながら、参加者が来るのを待った。
「下宿希望者も募っているから、どんな子たちが来るのか楽しみだな」
「若様、見学者の全ての方が、レープハフトハイムへ来てくれるかどうかは分かりませんので、あまり期待しないようにして下さい」
「うん、分かっているよ。 しっかりアピールするから。 なんて言ったって、家具付きで下宿代も安いんだから、絶対に来るよ。 しかも、大浴場だってついてるし、食事もついているし」
「下宿屋に食事が付いているのは当たり前ですけどね。 でも、大浴場と家具付きは魅力的でしょうね」
「そうだよね」
グランの言葉に瞳を煌めかせ、輝く笑みを浮かべた。 話をしている間に、商会が参加者たちを連れて来たようだ。 アルフは緊張した面持ちで参加者たちを出迎えた。
ノルベルトの案内で多目的ルームへ入って来た参加者たちは、皆、一様に緊張した面持ちだった。
ノルベルトはいつもの無表情なので、感情が読み取れない。 何故、皆が緊張しているのか分からず、アルフは首を傾げた。 参加者は平民でも比較的に裕福な家か、ロイヴェリク家とお近づきになりたい男爵家や子爵家の下級貴族だ。
平民はともかく、下級貴族であるロイヴェリク家のお茶会に下級貴族の人たちが緊張しながら来るだろうか。 訝し気に思っていると、最後に入って来た人物を見て、皆が緊張している理由が分かった。
「やぁ、アルフがお茶会を開くと聞いて、やって来たよ」
輝く笑みを浮かべ、招待していないはずのローゼンダール王国、第一王子であるアルトゥールが従者を連れて入って来た。
(……そりゃ、王子がいたら緊張するよっ。 呼んでもないのに、何で来たっ?!)
「……トゥールっ」
誰が王子にお茶会の事を漏らしたのかと、使用人たちに問いかける様な視線を送ったが、皆は一斉に首を横に振った。 カールとゲッツ、商会の人たちも、参加者たちの待ち合わせ場所に、第一王子と高位貴族である二人が現れ、ものすごく驚いたそうだ。
アルフがルヴィとレイに恨めし気な視線を向けると、レイは肩眉を下げて『すまんっ』と誤っており、ルヴィは小さく頷いただけだった。 二人がかりでもトゥールを止められなかった様だ。
「さぁ、アルフ、お茶会を始めよう。 アルフが淹れてくれるお茶が飲めるなんて、楽しみだな」
アルフはトゥールに腕を引っ張られ、中庭に置いてあるテーブルセットの方へと連れられて行った。
◇
アルフとトゥールが中庭へ行くと、少しだけ集まった参加者たちは緊張を解いた。 しかし、まだ心から落ち着いたとは言えない。 指示を出すはずだったアルフがトゥールに連れられて行ってしまった為、使用人たちがどうしたものかと固まっていた。
「あちゃぁ、王子が来るなんてっ、想定外だな。 王子に気に入られていると聞いてたけど……。 若様、大丈夫か?」
ノルベルトもどうするか考えあぐねていて、隣でぼやいている弟であるハラルトの言葉は聞き流していた。 ハラルトのボヤキに、若い少女の声が混じった。
「それなら大丈夫ですよ。 大奥様をお連れしました。 ご気分もよろしいようで、参加するおつもりだったようです」
モナからマルガの参加を聞き、ノルベルトは顔を上げた。
「大奥様、お体は大丈夫なのですか?」
ノルベルトの視界へ入ったマルガは、いつもよりも幾分か顔色が良く見えた。 マルガは淑女のほほえみを浮かべ、ノルベルトに頷いた。
「ええ、大丈夫ですよ。 アルフは殿下の相手をしていなさいと、伝えて。 皆は他のお客様に紅茶を配って。 私は子爵様にご挨拶をしてきます」
「はい」
「ノルベルトも自分のお仕事をしなさい」
「承知いたしました」
「では、私は外回りをして参ります。 殿下がいる以上、不足があって行けませんので」
「お願いね、ハラルト」
「はい」
ノルベルトとハラルトは出口まで小声で後の展開を話し合った。
「兄上、どうする?」
「大丈夫だ、作戦通りに決行しろ。 もう、盗賊の方は止められないしな。 事が起こったら、殿下方と大奥様を素早く屋敷へ避難させるんだ。 殿下と大奥様の誘導はモナの担当だ」
「はい、承知いたしました」
多目的ルームの入り口で水差しの確認していたモナがノルベルトへ返事を返した。
「分かった。 兄上、ご武運を」
「ああ、お前もな」
ノルベルトとハラルトはお互いに頷きあい、多目的ルームを出ると、別の方向へ歩いて行った。
日が沈む18時頃、一台の乗合馬車がオアシスに乗りつけると、王都へ向かう客人を下ろし、マントイフェルへ帰る客人たちを乗せていく。 乗合馬車が何台も乗りつける馬車停めは、各方面へ行く乗合馬車が出入りしていた。 皆、仕事からの帰りで、帰宅時間が重なり、馬車と人が混雑していた。
「最終、マントイフェル行きです。 他に乗られる方はいませんか? 後、お二人様乗れます。 もう直ぐ、出発いたします」
ロイヴェリク辻馬車営業所の御者、カールの案内に答える者はいない。 カールは御者席に座っているゲッツに視線を送ると、ゲッツは後ろの座席に座っている客人へ声を掛けた。
「お待たせ致しました。 マントイフェル、ローム行き出発いたします」
カールが御者席に乗り込むと、乗合馬車はオアシスの門を出て行った。 乗合馬車には、先日漸く帰って来たハラルトとハラルトが連れて来たヴォータンが護衛の任に就いていた。
前と後ろで立ち乗合馬車の周囲を警戒している。 少しだけ不安げにハラルトとヴォータンを見つめる乗客たち。 ハラルトは爽やかな笑みを浮かべ、乗客たちを見た。
「大丈夫ですよ。 今、少しだけ世間を騒がせている盗賊対策で我々が乗り合わせているだけですから。 我々は、ロイヴェリク家の従士です。 腕に覚えがありますので、盗賊など、皆、お縄して見せます」
力強く述べるハラルトに乗客たちは、ホッと胸を撫で下ろし、ハラルトの少しの冗談に笑いを零していた。 御者席でハラルトが巧みに乗客たちを宥めている様子をカールとゲッツは、背中で聞いていた。
「ノルベルト様並みだね。 あの人を巻き込む感じ」
「ああ、さっきまでハラルト殿がいる事で不安がっていたのに」
最近、マントイフェルへ向かう街道で盗賊が頻繁に出ている事を知ったアルフは、ハラルトたちに乗合馬車の護衛を頼んだ。 ハラルトの連れて来た者は、四人でうち二人は家族を連れて来ていた。
ハラルトが自分についてきたら仕事があると、言い切ったらしい。 勿論、護衛が足りなかったロイヴェリク家で雇った。 ハラルトが連れて来た者たちも、今は見習いだが、いずれ従士にしようと思っている。 ハラルトに着いて来た者たちは、躊躇いなく自分たちを雇った事に、ものすごく驚いた表情をし、『この坊ちゃん、大丈夫か』と表情にありありと出ていた。
件の盗賊が出て来たのは、オアシスから出て、暫く立った時だった。 いきなり飛び出して来た人影に馬が驚きを前足を上げる。 馬車が大きく揺られ、後ろで乗客たちの悲鳴が森の中で響いた。
腕に覚えがあると言っていたハラルトは、乗合馬車から飛び降り、カールとゲッツに指示を出し、ヴォータンに乗合馬車を守るように指示した。
「分かったっ、ハラルト、気をつけろよっ! カールさんとゲッツさんは馬車の扉を守っていてくれ、馬車には近づけさせないが、不測の事態もあるからなっ」
「分かりましたっ、お願いします」
「カール、馬車の中からも攻撃するぞ」
「ああ、お客様は後ろの後部座席へ移動をお願いします」
ヴォータンは乗合馬車の上へあがり、四方からの攻撃に対応する。 彼は槍を得意とし、風と火の魔法を操る魔法士だ。 武器にもなる槍を杖をとして使っている。 一定の距離を超えて来た盗賊たちを風魔法で吹き飛ばしてく様子は圧巻だ。 まだ、23歳で若いヴォータンは、将来が楽しみな逸材である。
ハラルトは自身の祝福である『剣技』を振るう為、曲がった細身の剣を構えた。 剣にはハラルトの紫の魔力が纏い、怪しく蠢いていた。
「ロイヴェリク家の乗合馬車を襲った事、後悔しろっ! お前ら、死ぬ覚悟は出来てるんだろうなっ!」
◇
カールとゲッツの乗合馬車が盗賊に襲われたとアルフが聞いたのは、マルガとの夕食の席だった。
「えっ! 乗合馬車が襲われたのっ?! 皆は、無事?! 怪我した人はいない? 死人とか出てない?!」
勢いよくテーブルに手を付いて立ち上がったアルフは、報告へ来たノルベルトに詰め寄った。 勢いよく立ち上がったので、座っていた椅子が後ろへ倒れ、テーブルの上でカトラリーが小さく跳ね、まぁまぁな騒音を出した。
「落ち着いてください、若様」
無言でグランが椅子を起こす気配を感じた。 マルガも心配そうな表情で、手で口を塞いだ。
「カールとゲッツ、乗り合わせていた乗客たちに怪我も、死人も出ませんでした。 皆、無事に家路に着きました。 ハラルトとヴォータンにも怪我はありません」
「そう、皆が無事で良かったよ。 で、盗賊はどうなったの?」
『盗賊』と聞いて、ノルベルトの瞳が一瞬だけ怪しい光が宿ったが、アルフは気づかなかった。
「はい、捕らえた盗賊はロームの街に駐在している騎士団へ引き渡しました。 近日中に、報奨金が代官から頂けます」
「えっ! 盗賊を捕まえたら報奨金をもらえるの?!」
「はい、今頃は地下牢に閉じ込められている事でしょう」
「……そうかっ」
ノルベルトが珍しく浮かべた笑みに、アルフは無意識に身体をのけ反らせた。 脳内で『暗殺一家』の文字が浮かび上がる。 ハッとしたアルフは、ノルベルトに近寄り、小声で話した。
「ノ、ノルベルトっ……暗殺とかしたら駄目だからねっ」
「承知しております。 我々、アテシュ家は既に足を洗っておりますから」
にっこり微笑むノルベルトに一抹の不安がよぎったが、彼らを信じる事にした。 アルフは知らない。 代官へ引き渡す前に、盗賊たちはノルベルトの尋問を受け、再起不能になっている事に。
「じゃ、僕たちはお茶会の準備に集中していても大丈夫そう?」
「はい、まだ警戒はしておいた方がいいですが、概ね片付いているので、ご安心を」
「うん、分かった。 ご苦労様、ノルベルト」
ご機嫌な様子で食堂を出て行くノルベルトを訝し気に見送ったアルフは、グランが戻してくれた椅子へ座り、夕食の再開した。
「皆に大事がなくて良かったわね、アルフ」
「はい、本当に良かったです」
「お茶会も無事に開催できそうですね」
「はい、商会から引っ越しを考えている方たちに声掛けをしてもらって、レープハフトハイムの見学をしてもらえる事になりました。 後、九月から下宿希望者に見学してもらおうと思ってます」
「そう、じゃ、アルフと同じ年の子たちが入って来るのわね。 楽しみね」
「はい。 おばあ様もお体の調子が良ければ、お茶会に参加してください」
「ええ、勿論よ。 喜んで参加するわ」
久しぶりの祖母との夕食は和やかなに進み、祖母はいつもよりも食事を口にしていたように見えた。
◇
「さて、待ちに待ったお茶会です」
『お茶会ですっ!!』
元気よく手を上げて声を出しているが、主さまモドキは集まっていた皆には見えていない。 中には見えている者も居るようだが、彼らは事前にノルベルトから話を聞いているのか、少しだけ瞳を見開いただけだった。
アルフは肩に乗って足をぶらつかせている主さまモドキを無視して、話を進める事にした。
多目的ルームは大体、教室くらいの広さがある。 ガラスの両扉を三つ取り付けてあり、扉からは中庭へ出られる。 中庭は本日のお茶会の為、テーブルセットも置かれ、中庭でもお茶が出来るようになっていた。 花壇も、庭師が綺麗に整えてくれていた。
扉から中庭を眺めていたアルフは、お茶会の準備を終えた使用人たちを振り返った。
「皆さん、準備はいいですか? 今日はレープハフトハイムにとって大事な日です。 今日のお茶会で、下宿屋と貸し部屋に人が入ってくれるかどうかが決まります。 しっかりとお客様をおもてなししましょう」
「はい!!」
レープハフトハイムの西棟一階、多目的ルームに集まったロイヴェリク家の使用人とシファー家の使用人が声を揃えてアルフに返事を返して来た。 アルフの号令の後、皆が持ち場へと移動していく。
主さまモドキはアルフの話が終った後、早速、お菓子が並べられているテーブルへ飛んで行った。
「あっ! あまりお菓子、食べないでよっ!」
『分かっているよ』
本当に分かっているのか、主さまモドキはご機嫌でクッキーに手を伸ばしていた。
「では、若様。 私とハラルトは警備の再確認をして参いります。 グラン、しっかり若様を見ている様に」
「はい、お任せを」
「僕はそんなに子供じゃないよっ、ちゃんとホストとして、やれるからねっ」
アルフはハラルトと共に多目的ルームを出ていくノルベルトの背中を見送った。
お茶会を開く際、商会の方へ乗合馬車を向かわせ、商会の人たちがお茶会の参加者を連れて来てくれる。 アルフはグランと話しながら、参加者が来るのを待った。
「下宿希望者も募っているから、どんな子たちが来るのか楽しみだな」
「若様、見学者の全ての方が、レープハフトハイムへ来てくれるかどうかは分かりませんので、あまり期待しないようにして下さい」
「うん、分かっているよ。 しっかりアピールするから。 なんて言ったって、家具付きで下宿代も安いんだから、絶対に来るよ。 しかも、大浴場だってついてるし、食事もついているし」
「下宿屋に食事が付いているのは当たり前ですけどね。 でも、大浴場と家具付きは魅力的でしょうね」
「そうだよね」
グランの言葉に瞳を煌めかせ、輝く笑みを浮かべた。 話をしている間に、商会が参加者たちを連れて来たようだ。 アルフは緊張した面持ちで参加者たちを出迎えた。
ノルベルトの案内で多目的ルームへ入って来た参加者たちは、皆、一様に緊張した面持ちだった。
ノルベルトはいつもの無表情なので、感情が読み取れない。 何故、皆が緊張しているのか分からず、アルフは首を傾げた。 参加者は平民でも比較的に裕福な家か、ロイヴェリク家とお近づきになりたい男爵家や子爵家の下級貴族だ。
平民はともかく、下級貴族であるロイヴェリク家のお茶会に下級貴族の人たちが緊張しながら来るだろうか。 訝し気に思っていると、最後に入って来た人物を見て、皆が緊張している理由が分かった。
「やぁ、アルフがお茶会を開くと聞いて、やって来たよ」
輝く笑みを浮かべ、招待していないはずのローゼンダール王国、第一王子であるアルトゥールが従者を連れて入って来た。
(……そりゃ、王子がいたら緊張するよっ。 呼んでもないのに、何で来たっ?!)
「……トゥールっ」
誰が王子にお茶会の事を漏らしたのかと、使用人たちに問いかける様な視線を送ったが、皆は一斉に首を横に振った。 カールとゲッツ、商会の人たちも、参加者たちの待ち合わせ場所に、第一王子と高位貴族である二人が現れ、ものすごく驚いたそうだ。
アルフがルヴィとレイに恨めし気な視線を向けると、レイは肩眉を下げて『すまんっ』と誤っており、ルヴィは小さく頷いただけだった。 二人がかりでもトゥールを止められなかった様だ。
「さぁ、アルフ、お茶会を始めよう。 アルフが淹れてくれるお茶が飲めるなんて、楽しみだな」
アルフはトゥールに腕を引っ張られ、中庭に置いてあるテーブルセットの方へと連れられて行った。
◇
アルフとトゥールが中庭へ行くと、少しだけ集まった参加者たちは緊張を解いた。 しかし、まだ心から落ち着いたとは言えない。 指示を出すはずだったアルフがトゥールに連れられて行ってしまった為、使用人たちがどうしたものかと固まっていた。
「あちゃぁ、王子が来るなんてっ、想定外だな。 王子に気に入られていると聞いてたけど……。 若様、大丈夫か?」
ノルベルトもどうするか考えあぐねていて、隣でぼやいている弟であるハラルトの言葉は聞き流していた。 ハラルトのボヤキに、若い少女の声が混じった。
「それなら大丈夫ですよ。 大奥様をお連れしました。 ご気分もよろしいようで、参加するおつもりだったようです」
モナからマルガの参加を聞き、ノルベルトは顔を上げた。
「大奥様、お体は大丈夫なのですか?」
ノルベルトの視界へ入ったマルガは、いつもよりも幾分か顔色が良く見えた。 マルガは淑女のほほえみを浮かべ、ノルベルトに頷いた。
「ええ、大丈夫ですよ。 アルフは殿下の相手をしていなさいと、伝えて。 皆は他のお客様に紅茶を配って。 私は子爵様にご挨拶をしてきます」
「はい」
「ノルベルトも自分のお仕事をしなさい」
「承知いたしました」
「では、私は外回りをして参ります。 殿下がいる以上、不足があって行けませんので」
「お願いね、ハラルト」
「はい」
ノルベルトとハラルトは出口まで小声で後の展開を話し合った。
「兄上、どうする?」
「大丈夫だ、作戦通りに決行しろ。 もう、盗賊の方は止められないしな。 事が起こったら、殿下方と大奥様を素早く屋敷へ避難させるんだ。 殿下と大奥様の誘導はモナの担当だ」
「はい、承知いたしました」
多目的ルームの入り口で水差しの確認していたモナがノルベルトへ返事を返した。
「分かった。 兄上、ご武運を」
「ああ、お前もな」
ノルベルトとハラルトはお互いに頷きあい、多目的ルームを出ると、別の方向へ歩いて行った。
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