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第十五話 マリオンの狙いは何?
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チャクラムが空を切り、真っ直ぐに狙い定めた的へスピードを上げて向かっていく。 的となった大木にチャクラムの刃が突き刺さり、響く様な小気味いい音を鳴らした。
「よしっ! 狙い通りに当たったっ!」
『おおっ、やったねっ! アルフ』
肩に乗った主さまモドキの小さい手と、アルフの人差し指を合わせた。 打ち合わされる音は鳴らなかったが、気分はハイタッチをして高揚している。
そばで見ていたグランも少しだけ瞳を見開いた様な表情をした。 今は午後の授業も終わり、夕食前の16時。 いつもの広場で15時からチャクラムでの的当てを練習して、1時間後の出来事だ。
12月も半ばに入り、風も冷たくて外で行うには寒いが、周囲の温度を調節する魔法の特訓にもなると、ノルベルトに言われて寒い中やっていた。 中々的に当たらず、いつの間にか夢中になっている間に、温度を調節する魔法もすっかり忘れていた。
動きが止まり、熱くなった身体が冷えた途端に、アルフから大きなくしゃみが飛び出した。
「若様っ、ちゃんと温度調節魔法を使ってください。 風をひきます」
「うん、ごめん。 すっかり忘れてたっ」
「後、纏っている魔力が一定時間を超えると、弱くなって微妙に揺れます。 それを直せば、今よりも格段に良くなりますよ。 もう一度、頑張りましょう」
グランは黙ってそばで見守っているだけではなかった。 アルフの身体を気遣う中でも容赦ない言葉が飛ぶ。
『グランは容赦ないな。 もっと喜びを主と共有しないと』
「主さまモドキ様、気持ち悪い事言わないで下さい」
即座にグランは冷たい表情で悲しい事を言って来る。 アルフはたまに思う事がある。
(グランって、たまに冷たいよなっ。 もしかしなくても……僕の事をよく思ってないっ?!)
不安な気持ちを抱え、グランをじっと見つめると、グランはアルフから視線を逸らした。 視線を逸らされ、アルフの頭の上へ岩が落ちて来る。 肩に乗っていた主さまモドキはアルフの気持ちを察してか、小さい手で頭を撫でて来た。
溜息を吐いた瞬間、アルフの背中に視線が突き刺さり、横目でグランに視線をやる。 グランは僅かに頷いた。 突き刺さって来る視線の正体は、初めての住居人のマリオン・ヴェルテである。
マリオンは広場の周囲に広がる森の入り口で身を隠し、じっとアルフとグランを見つめている。
「もしかして、主さまモドキが見えているのかな?」
「それはないでしょう。 マリオン嬢の魔力はあまり高くないですから」
「そうなんだ……」
『アルフに興味があるんじゃない?』
「えっ?!」
「その可能性が高いでしょうね」
「グランが元使用人だから見ているとかじゃないのっ?」
グランは顔を横に振り、小さく息を吐いた。
「当時、私は主にアウグスト様のお世話をしていたので、マリオン嬢とは接点がありませんでした。 まぁ、アテシュ家に対して、何か物申したい事はあるかもしれませんけど」
「……ふ~ん」
(一家で奉公して、一家で辞めたからかな?)
マリオンは引っ越して来て以来、距離を置いた位置でアルフを観察するような視線を向けて来ていた。 家庭の事情を聞くに可哀そうな境遇なのだろうが、アルフにすれば孤児院では頻繁に耳にしていた事だ。 冷たい様だが、特段、マリオンを可哀そうだと思っていなかった。
アルフとグランは、マリオンに気づいていませんよという体で、屋敷へ戻る事にした。
「ったく、面倒くさい」
ボソッと後ろでグランが呟いた言葉は、アルフも密かに思っていた事だった。 なので、各上の貴族に対しての不敬は、聞こえなかったことにした。
「それって、もしかしたらアルフに恋しているんじゃない?!」
と言っているのは、アンネだ。 今日はノルベルトの授業もなく、久しぶりにゆっくりと休日を過ごしていた。 アンネはいつもの様に、畑へ『祝詞』を捧げてくれるデブリッツ夫人に付いて来ていた。
ある日の休日、ロイヴェリク邸の薔薇園の東屋、テーブルに沢山の甘い匂いをさせたスイーツを並べ、紅茶のいい香りを漂わせていた。 薔薇園でのお茶会は、アルフとマゼル、アンネの3人で行われた。 本日は休日という事で、グランもお茶会の席につかせた。
「……そんな雰囲気ではなかったですけど……」
「うん、……睨まれている様な……」
グランの意見に賛同し、アルフはマリオンの様子を思い出しながら答えた。
「ふ~ん、そうなんだ。 マリオン様って、確か婚約者がいたわね」
アンネは明後日の方向に視線をやり、眉をしかめた。 アンネとマリオンは同学年だが、別のクラスらしく、話した事はないらしい。
「じゃ、違うんじゃない?」
「そんなの分からないじゃない。 貴族の婚約関係なんて、ほとんどが政略なんだから。 私とマゼルは政略じゃないけれど。 アルフを一目見て……」
アンネは大きな瞳を煌めかせ、更に見開かせたが、アルフをじっと見つめて考えを変えたらしい。
表情を素に戻すと、肩をすくませ顔を横へ振った。
「一目惚れって思ったけど……ないわね」
「……ものすごく失礼だなっ」
手に持っていた紅茶カップを静かに震わせて、怒りを抑えた。
アンネの婚約者であるマゼルの様に煌めく美少年ではないが、アルフもそこそこはイケていると、密かに思っていた。 マルガが『美男子になるわね』と言ってくれたからであるが、身内の欲目だった様だ。 落ち込んでいるアルフに視線を向け、グランは小さく呟いた。
「……若様は、不細工ではないですよ」
グランから心から喜べない賛辞を贈られ、歯をかみしめる。 マゼルは困った様な表情を浮かべて、アルフの美醜についての話には参加してこなかった。
(でも、何だろうっ? 意味が分からないから、余計に気になるんだよなっ)
「アルフに話があるかもしれないね。 今度、話しかけてみたら? もしかしたら、友達になれるかもしれないし」
「……そうだね。 機会があれば話しかけてみるよ。 マゼルの言う通り、仲良くなれるかもしれないしね」
「うん」
「あら、私は男女間の友情はないと思うわ」
「私もアンネ様と同じ意見ですね」
「え~っ……なら、僕とアンネの関係はなんていうんだよっ」
「私たちは親戚じゃない。 家族よっ」
「……あぁぁ」
アンネとグランが話を混ぜ返し、男女間で友情が成立するのかという話に移行していった。
『……色々な、恋愛観があるんだな~。 あ、そうだっ! 色んな例を出してあげよう』
主さまモドキがアルフの意思を無視して、勝手に検索をし出した事に、アルフは気づいていなかった。
◇
マリオンの部屋からは位置的に、いつもアルフが居る広場は見えない。 レープハフトハイムを囲む林と林の終わりの向こうに、ロームの街並みが見えているだけだ。
勉強机の後ろにある掃き出し窓の前に立ち、使い古しのカーテンを握りしめ、マリオンは溜息を吐いた。 新たに引っ越して来た部屋を見回し、自身の兄であるアウグストを脳裏に思い浮かべた。
(お兄様っ……私、絶対に役に立ちますっ。 先ずはロイヴェリク様をお茶に誘うところからかしら? でも、会話をした事もない赤の他人の誘いを受けるかしら?)
マリオンはアルフと仲良くする為、機会をずっと狙っており、中々自身から話しかけられず、機会をうかがった結果、アルフの後をつけてじっと見つめるという事になっていた。
扉がノックされた後、メイドの声が続く。
「マリオンお嬢様、お茶をお持ちしました」
「入って」
「失礼致します」
入って来たのは長年、マリオンの世話をしてくれている乳母ではなく、ロイヴェリク家が雇っているレープハフトハイム、下宿屋の管理をしている家のメイドだ。 名前はルトリシアと言った。
ルトリシアは、乳母のリリーが高齢なので、乳母が無理しないようにサポートをしてくれている。
兄がロイヴェリク家にお願いしたら、シファー家がメイドを貸してくれたのだ。 ワゴンを押してルトリシアが部屋へ入って来た。 勉強机の前に置かれているソファへそそくさと座り、テーブルに置かれていく紅茶と並べられるお菓子の皿を見つめた。
「ありがとう」
ルトリシアは子爵家のメイドだが、所作はとても綺麗だ。 ルトリシアの主はシファー家の三男で、いずれは貴族籍を離れるらしい。 兄もマリオンが嫁いだら、爵位を返納すると言っていた。
ロイヴェリク家は、貴族から吐き出される者をやっとているのだろうかと、マリオンは思っていた。
辻馬車営業所の所長も何処かの貴族の次男だったか、三男だったなと思い出したからだ。 紅茶を一口飲むと、いつもの乳母の味ではなかったが、とても美味しかった。
「……美味しいっ」
「ありがとうございます」
にっこりとルトリシアは優しく笑いかけて来た。 彼女は暖炉の火に薪を加え、部屋の温度を上げる。 ルトリシアの背中にマリオンは声を掛けた。
「あの、リリーは何処に?」
「彼女は、セバスチャンとロームの街へ買い物に出かけました」
「そう」
「はい、リリーとセバスチャンが戻りましたら、私は下がらせて頂きます」
「……分かったわ、ご苦労様」
「では、使用人部屋に居りますので、何かあればお呼び下さい」
部屋を出て行くルトリシアを呼び止めた。
「あ、待ってっ……ちょっと、聞きたい事があるのだけど……」
「はい、何でしょう?」
「ロイヴェリク様は、どんな令嬢が好みか知っているかしら? それか、好きなお菓子とか……」
「? アルフレート様でございますか?」
マリオンは不味い事を聞いただろうかと、頬を引き攣らせたが、もう後には引けない。 マリオンは覚悟を決めて力強く頷いた。
マリオンは家の為に、学校を辞めて何処かの貴族へ嫁ごうと考えていた。 屋敷を売り払い、安い賃貸の部屋へ引っ越したので、高い寮代を払ってまで寮に住む事はなくなった。 ロイヴェリク家が運営する辻馬車の営業所で、格安で辻馬車を借りられ、周囲の貴族に体裁を保てている。
しかし、魔法学園は授業料も高い。 平民は王家の意向で、ただ同然で授業を受けられ、寮にも入れる。 しかし、寮はくじに当たらなければ入れない。 そして、平民が当たることはあまりない。
寮では貴族との交際費がかさみ、平民は入らない方がいいと、暗黙の了解となっている。
(借金を全財産を使って返済したから、授業料が不味い事になってると思うのよね。 お兄様は何も言わないけどれど……きっと大変なはずっ。 どうにか次期男爵であるロイヴェリク家の嫡男と仲良くならなければっ! そして、結婚をっ)
マリオンは拳を握りしめ、今日もアルフへ話しかける為、機会を逃さない為にアルフの後をつけるのだった。
◇
マリオンの思惑を知らないアルフは、本日の午後は祝福のレベル上げを一先ず休憩し、辻馬車営業所へ来ていた。 奥の事務所へ入ると、所長であるハイドラが立ち上がった。
「若様、いらっしゃいませ。 様子を見に来られたんですか?」
「うん、売り上げの方はどう?」
「少しだけですが、上がって来てますよ」
「本当にっ!!」
「はい」
所長の他に2人の女性事務員と、所長の補佐をする男性が1人、受付に男女1人づつ従業員が居る。
「もしかして……後2つの街にも辻馬車営業所ができる?」
「いえ、それはまだ、難しいかと思います」
ハイドラの言葉にアルフは分かりやすく項垂れた。
「そうか……。 う~ん、売り上げを上げる方法を考えないとだね。 もう、営業を始めて半年以上は経ってるし……」
「ですね。 私たちも努力はしているつもりなんですけれど……」
「うん、僕も何か考えるよ」
「若様、急ぎませんと、祝福のレベル上げのお時間が少なくなります。 本日はノルベルトが見学に来ると言っておりました」
「うっ、分かった……。 ハイドラ所長、また時間を作るので、その時に話しましょう」
「はい、分かりました。 私どももその時までに何か策を考えて書面にしておきます」
「うん、頼むよ」
アルフは急いで広場へ向かい、辻馬車営業所を後にした。
「ここからだと屋敷に戻って裏へ回るより、社員寮を回った方が広場には近いか」
「はい」
アルフとグランは右に回ろうと道を進んだ。 1台の辻馬車が仕事から戻ったのか、レープハフトハイムの4階建ての南棟の入り口の前で停まり、アインスの住人を下ろした。
アウグストの執事セバスチャンと乳母のリリーだ。 2人は大きな荷物を抱えて、ハイムへ入って行った。 後に続いて荷物を抱えたゲッツとカールもハイムへ入って行く。
「あっ、そうだ。 良い事を思いついたっ」
アルフはゲッツとカールを見て思いついた事をグランへ伝えた。 しかし、グランは良い顔をしなかった。 良い考えだと思ったのだが、アルフはグランの様子にがっくりと肩を落とした。
「若様、金儲けの事ばっかり考えてないで、レベル上げしますよっ」
「う~ん、分かったよ。 良い考えだと思ったのにっ、あの2人顔が良いから、若い令嬢が群がるはずなのにっ」
「……そんな、自身を売るような事、あの2人は絶対にしませんよっ」
「……そうかなっ、マスコットボーイとかいいと思ったのにっ」
「それだと、客層が偏ってしまいます。 マントイフェルの皆の足が楽になるように辻馬車を運営しているのでしょう? 違う方法を考えましょう」
「……うん」
『それに何ですかっ? マスコットボーイって』と、グランからお𠮟りを受けた。 アルフはグランに腕を引っ張られながら、広場へ向かった。
後日、諦めきれずゲッツとカールに話すと、困った表情をされたが、他の情報を手に入れた。
レープハフトハイムはロームの街まで辻馬車で15分から20分ほどかかる。 徒歩だと小一時間はかかるだろう。 買い忘れなど、また街へ戻って買いに戻るのは面倒な上に、乗合馬車を待つのも嫌になる時もある。 レープハフトハイムに商店があればいいのにと、言っていた。
「もう少し、住人が増えれば、商会とか置いてもいいのですけどね。 従業員も入れて……今の人数ですと難しいですね」
「えっ?! じゃ、貸店舗とかも無理?!」
「……ですね、とにかくもっと住居人が増えないと駄目です」
「前途多難だな~っ!!」
借金返済の為、アルフの苦悩はまだまだ続く。
「よしっ! 狙い通りに当たったっ!」
『おおっ、やったねっ! アルフ』
肩に乗った主さまモドキの小さい手と、アルフの人差し指を合わせた。 打ち合わされる音は鳴らなかったが、気分はハイタッチをして高揚している。
そばで見ていたグランも少しだけ瞳を見開いた様な表情をした。 今は午後の授業も終わり、夕食前の16時。 いつもの広場で15時からチャクラムでの的当てを練習して、1時間後の出来事だ。
12月も半ばに入り、風も冷たくて外で行うには寒いが、周囲の温度を調節する魔法の特訓にもなると、ノルベルトに言われて寒い中やっていた。 中々的に当たらず、いつの間にか夢中になっている間に、温度を調節する魔法もすっかり忘れていた。
動きが止まり、熱くなった身体が冷えた途端に、アルフから大きなくしゃみが飛び出した。
「若様っ、ちゃんと温度調節魔法を使ってください。 風をひきます」
「うん、ごめん。 すっかり忘れてたっ」
「後、纏っている魔力が一定時間を超えると、弱くなって微妙に揺れます。 それを直せば、今よりも格段に良くなりますよ。 もう一度、頑張りましょう」
グランは黙ってそばで見守っているだけではなかった。 アルフの身体を気遣う中でも容赦ない言葉が飛ぶ。
『グランは容赦ないな。 もっと喜びを主と共有しないと』
「主さまモドキ様、気持ち悪い事言わないで下さい」
即座にグランは冷たい表情で悲しい事を言って来る。 アルフはたまに思う事がある。
(グランって、たまに冷たいよなっ。 もしかしなくても……僕の事をよく思ってないっ?!)
不安な気持ちを抱え、グランをじっと見つめると、グランはアルフから視線を逸らした。 視線を逸らされ、アルフの頭の上へ岩が落ちて来る。 肩に乗っていた主さまモドキはアルフの気持ちを察してか、小さい手で頭を撫でて来た。
溜息を吐いた瞬間、アルフの背中に視線が突き刺さり、横目でグランに視線をやる。 グランは僅かに頷いた。 突き刺さって来る視線の正体は、初めての住居人のマリオン・ヴェルテである。
マリオンは広場の周囲に広がる森の入り口で身を隠し、じっとアルフとグランを見つめている。
「もしかして、主さまモドキが見えているのかな?」
「それはないでしょう。 マリオン嬢の魔力はあまり高くないですから」
「そうなんだ……」
『アルフに興味があるんじゃない?』
「えっ?!」
「その可能性が高いでしょうね」
「グランが元使用人だから見ているとかじゃないのっ?」
グランは顔を横に振り、小さく息を吐いた。
「当時、私は主にアウグスト様のお世話をしていたので、マリオン嬢とは接点がありませんでした。 まぁ、アテシュ家に対して、何か物申したい事はあるかもしれませんけど」
「……ふ~ん」
(一家で奉公して、一家で辞めたからかな?)
マリオンは引っ越して来て以来、距離を置いた位置でアルフを観察するような視線を向けて来ていた。 家庭の事情を聞くに可哀そうな境遇なのだろうが、アルフにすれば孤児院では頻繁に耳にしていた事だ。 冷たい様だが、特段、マリオンを可哀そうだと思っていなかった。
アルフとグランは、マリオンに気づいていませんよという体で、屋敷へ戻る事にした。
「ったく、面倒くさい」
ボソッと後ろでグランが呟いた言葉は、アルフも密かに思っていた事だった。 なので、各上の貴族に対しての不敬は、聞こえなかったことにした。
「それって、もしかしたらアルフに恋しているんじゃない?!」
と言っているのは、アンネだ。 今日はノルベルトの授業もなく、久しぶりにゆっくりと休日を過ごしていた。 アンネはいつもの様に、畑へ『祝詞』を捧げてくれるデブリッツ夫人に付いて来ていた。
ある日の休日、ロイヴェリク邸の薔薇園の東屋、テーブルに沢山の甘い匂いをさせたスイーツを並べ、紅茶のいい香りを漂わせていた。 薔薇園でのお茶会は、アルフとマゼル、アンネの3人で行われた。 本日は休日という事で、グランもお茶会の席につかせた。
「……そんな雰囲気ではなかったですけど……」
「うん、……睨まれている様な……」
グランの意見に賛同し、アルフはマリオンの様子を思い出しながら答えた。
「ふ~ん、そうなんだ。 マリオン様って、確か婚約者がいたわね」
アンネは明後日の方向に視線をやり、眉をしかめた。 アンネとマリオンは同学年だが、別のクラスらしく、話した事はないらしい。
「じゃ、違うんじゃない?」
「そんなの分からないじゃない。 貴族の婚約関係なんて、ほとんどが政略なんだから。 私とマゼルは政略じゃないけれど。 アルフを一目見て……」
アンネは大きな瞳を煌めかせ、更に見開かせたが、アルフをじっと見つめて考えを変えたらしい。
表情を素に戻すと、肩をすくませ顔を横へ振った。
「一目惚れって思ったけど……ないわね」
「……ものすごく失礼だなっ」
手に持っていた紅茶カップを静かに震わせて、怒りを抑えた。
アンネの婚約者であるマゼルの様に煌めく美少年ではないが、アルフもそこそこはイケていると、密かに思っていた。 マルガが『美男子になるわね』と言ってくれたからであるが、身内の欲目だった様だ。 落ち込んでいるアルフに視線を向け、グランは小さく呟いた。
「……若様は、不細工ではないですよ」
グランから心から喜べない賛辞を贈られ、歯をかみしめる。 マゼルは困った様な表情を浮かべて、アルフの美醜についての話には参加してこなかった。
(でも、何だろうっ? 意味が分からないから、余計に気になるんだよなっ)
「アルフに話があるかもしれないね。 今度、話しかけてみたら? もしかしたら、友達になれるかもしれないし」
「……そうだね。 機会があれば話しかけてみるよ。 マゼルの言う通り、仲良くなれるかもしれないしね」
「うん」
「あら、私は男女間の友情はないと思うわ」
「私もアンネ様と同じ意見ですね」
「え~っ……なら、僕とアンネの関係はなんていうんだよっ」
「私たちは親戚じゃない。 家族よっ」
「……あぁぁ」
アンネとグランが話を混ぜ返し、男女間で友情が成立するのかという話に移行していった。
『……色々な、恋愛観があるんだな~。 あ、そうだっ! 色んな例を出してあげよう』
主さまモドキがアルフの意思を無視して、勝手に検索をし出した事に、アルフは気づいていなかった。
◇
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勉強机の後ろにある掃き出し窓の前に立ち、使い古しのカーテンを握りしめ、マリオンは溜息を吐いた。 新たに引っ越して来た部屋を見回し、自身の兄であるアウグストを脳裏に思い浮かべた。
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「マリオンお嬢様、お茶をお持ちしました」
「入って」
「失礼致します」
入って来たのは長年、マリオンの世話をしてくれている乳母ではなく、ロイヴェリク家が雇っているレープハフトハイム、下宿屋の管理をしている家のメイドだ。 名前はルトリシアと言った。
ルトリシアは、乳母のリリーが高齢なので、乳母が無理しないようにサポートをしてくれている。
兄がロイヴェリク家にお願いしたら、シファー家がメイドを貸してくれたのだ。 ワゴンを押してルトリシアが部屋へ入って来た。 勉強机の前に置かれているソファへそそくさと座り、テーブルに置かれていく紅茶と並べられるお菓子の皿を見つめた。
「ありがとう」
ルトリシアは子爵家のメイドだが、所作はとても綺麗だ。 ルトリシアの主はシファー家の三男で、いずれは貴族籍を離れるらしい。 兄もマリオンが嫁いだら、爵位を返納すると言っていた。
ロイヴェリク家は、貴族から吐き出される者をやっとているのだろうかと、マリオンは思っていた。
辻馬車営業所の所長も何処かの貴族の次男だったか、三男だったなと思い出したからだ。 紅茶を一口飲むと、いつもの乳母の味ではなかったが、とても美味しかった。
「……美味しいっ」
「ありがとうございます」
にっこりとルトリシアは優しく笑いかけて来た。 彼女は暖炉の火に薪を加え、部屋の温度を上げる。 ルトリシアの背中にマリオンは声を掛けた。
「あの、リリーは何処に?」
「彼女は、セバスチャンとロームの街へ買い物に出かけました」
「そう」
「はい、リリーとセバスチャンが戻りましたら、私は下がらせて頂きます」
「……分かったわ、ご苦労様」
「では、使用人部屋に居りますので、何かあればお呼び下さい」
部屋を出て行くルトリシアを呼び止めた。
「あ、待ってっ……ちょっと、聞きたい事があるのだけど……」
「はい、何でしょう?」
「ロイヴェリク様は、どんな令嬢が好みか知っているかしら? それか、好きなお菓子とか……」
「? アルフレート様でございますか?」
マリオンは不味い事を聞いただろうかと、頬を引き攣らせたが、もう後には引けない。 マリオンは覚悟を決めて力強く頷いた。
マリオンは家の為に、学校を辞めて何処かの貴族へ嫁ごうと考えていた。 屋敷を売り払い、安い賃貸の部屋へ引っ越したので、高い寮代を払ってまで寮に住む事はなくなった。 ロイヴェリク家が運営する辻馬車の営業所で、格安で辻馬車を借りられ、周囲の貴族に体裁を保てている。
しかし、魔法学園は授業料も高い。 平民は王家の意向で、ただ同然で授業を受けられ、寮にも入れる。 しかし、寮はくじに当たらなければ入れない。 そして、平民が当たることはあまりない。
寮では貴族との交際費がかさみ、平民は入らない方がいいと、暗黙の了解となっている。
(借金を全財産を使って返済したから、授業料が不味い事になってると思うのよね。 お兄様は何も言わないけどれど……きっと大変なはずっ。 どうにか次期男爵であるロイヴェリク家の嫡男と仲良くならなければっ! そして、結婚をっ)
マリオンは拳を握りしめ、今日もアルフへ話しかける為、機会を逃さない為にアルフの後をつけるのだった。
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「若様、いらっしゃいませ。 様子を見に来られたんですか?」
「うん、売り上げの方はどう?」
「少しだけですが、上がって来てますよ」
「本当にっ!!」
「はい」
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「もしかして……後2つの街にも辻馬車営業所ができる?」
「いえ、それはまだ、難しいかと思います」
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「そうか……。 う~ん、売り上げを上げる方法を考えないとだね。 もう、営業を始めて半年以上は経ってるし……」
「ですね。 私たちも努力はしているつもりなんですけれど……」
「うん、僕も何か考えるよ」
「若様、急ぎませんと、祝福のレベル上げのお時間が少なくなります。 本日はノルベルトが見学に来ると言っておりました」
「うっ、分かった……。 ハイドラ所長、また時間を作るので、その時に話しましょう」
「はい、分かりました。 私どももその時までに何か策を考えて書面にしておきます」
「うん、頼むよ」
アルフは急いで広場へ向かい、辻馬車営業所を後にした。
「ここからだと屋敷に戻って裏へ回るより、社員寮を回った方が広場には近いか」
「はい」
アルフとグランは右に回ろうと道を進んだ。 1台の辻馬車が仕事から戻ったのか、レープハフトハイムの4階建ての南棟の入り口の前で停まり、アインスの住人を下ろした。
アウグストの執事セバスチャンと乳母のリリーだ。 2人は大きな荷物を抱えて、ハイムへ入って行った。 後に続いて荷物を抱えたゲッツとカールもハイムへ入って行く。
「あっ、そうだ。 良い事を思いついたっ」
アルフはゲッツとカールを見て思いついた事をグランへ伝えた。 しかし、グランは良い顔をしなかった。 良い考えだと思ったのだが、アルフはグランの様子にがっくりと肩を落とした。
「若様、金儲けの事ばっかり考えてないで、レベル上げしますよっ」
「う~ん、分かったよ。 良い考えだと思ったのにっ、あの2人顔が良いから、若い令嬢が群がるはずなのにっ」
「……そんな、自身を売るような事、あの2人は絶対にしませんよっ」
「……そうかなっ、マスコットボーイとかいいと思ったのにっ」
「それだと、客層が偏ってしまいます。 マントイフェルの皆の足が楽になるように辻馬車を運営しているのでしょう? 違う方法を考えましょう」
「……うん」
『それに何ですかっ? マスコットボーイって』と、グランからお𠮟りを受けた。 アルフはグランに腕を引っ張られながら、広場へ向かった。
後日、諦めきれずゲッツとカールに話すと、困った表情をされたが、他の情報を手に入れた。
レープハフトハイムはロームの街まで辻馬車で15分から20分ほどかかる。 徒歩だと小一時間はかかるだろう。 買い忘れなど、また街へ戻って買いに戻るのは面倒な上に、乗合馬車を待つのも嫌になる時もある。 レープハフトハイムに商店があればいいのにと、言っていた。
「もう少し、住人が増えれば、商会とか置いてもいいのですけどね。 従業員も入れて……今の人数ですと難しいですね」
「えっ?! じゃ、貸店舗とかも無理?!」
「……ですね、とにかくもっと住居人が増えないと駄目です」
「前途多難だな~っ!!」
借金返済の為、アルフの苦悩はまだまだ続く。
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12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
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