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第十話 乗合馬車のお披露目会

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 アルフはご機嫌で鼻歌などを口ずさみながら、営業所の奥にある事務所の出入り口へ向かった。

 表から回ると、2つの建物を回らないと行けない為、ものすごく遠回りになるのだ。

 出来上がった辻馬車営業所の見学を終え、次は社員食堂や独身寮を確認する為、親方に引き続き案内を頼んだ。 辻馬車営業所の建物はTの字になっている。 本当はYの字にしたかったのだが。

 アルフの確認不足の為にTの字になってしまったのは致し方がない。 辻馬車営業所は3階建てになっている。 Tの字の縦の部分は1階が辻馬車営業所、2階3階は所長を務めてくれる人の住居にするつもりだ。 Tの字の右側部分の1階が社員食堂、2階3階、Tの字の左側部分の全ての階が独身寮となっている。

 もう1つのTの字の建物は、社員寮でも既婚者で家族を連れている社員の為の寮になっている。 まずは社員食堂を覗き、次に独身寮の1階へ案内された。 間取りはアルフの要望通りになっている。

 白い石壁に濃い茶色の木製の扉、天井と足元の壁には装飾として、扉と同じ色の板でラインを引いている。 扉の横には住人となる人間の魔力を登録する板が壁に嵌められている。

 呼び鈴にもなるらしく、ノルベルトが触れると呼び出し音が鳴った。

 まだ誰も住んではいないので、呼び鈴を鳴らしても出て来ないが、説明のために鳴らしてくれたのだろう。 中に入ると最初に共同の居間がある。 2人部屋として使うため、間取りは2部屋と居間、トイレとシャワー室がある。 ベランダもついているので、洗濯物も干せるようになっている。

 1部屋が10帖ほどの広さだ。 ダブルベッドを置いても狭さを感じないだろう。 居間は12帖ほどだと思う。 独身寮の間取りは全て同じにしている。

 (中身は想像した通りに出来ている、良かった)

 『うん、おおむねいい感じだね。 私が出した情報通りだね』

 自身の肩からしわがれた声がする。 アルフの肩に乗り、頷きながら得意げにしている主さまモドキがいた。 チャクラムを無心になって使い、木工技術を学んだアルフの魔力が上がり、主さまモドキは呼び出さなくても出てくるようになっていた。

 かまどとトイレ、シャワー室以外は何も家具が入っていおらず、がらんどうの居間を眺めていた。

 肩に乗っている主さまモドキは、ある程度の魔力がないと見えないらしい。 今の時点で見えている者はノルベルトだけだ。 ノルベルトはアルフの肩に乗る主さまモドキを見つけると、無表情なノルベルトが驚愕の表情をした。 主さまモドキは、呼び名の通り、主さまをリスペクトしていて、主さまの銅像にそっくりだからだ。

 「若様がそんなにも信心深いとは思いませんでした」
 「そんなわけないよ、孤児院でいた時も心からお祈りをしたことなんてないよ」
 「……そうなのですか?」
 「うん」

 孤児院で暮らしていたからと言っても、誰もが神を信じているわけでもないのだ。 祝福で授かった能力ではあるが、今でも信じてはいない。

 『ひどいな、アルフ。 私はこんなにも君が好きなのにっ』
 「……なんか、ありがたみが全くないんだよね、なんでだろうって、君はモドキであって本物じゃないんでしょ?」
 『……まぁ、そうだね』

 肩に乗っている主さまモドキは、両足を落ち着きなく、子供のように前後に揺らしている。

 アルフの後ろで控えているグランは、何としても主さまモドキを見たいのか、無表情で瞳を細めるものだから、とても怖い形相になっている。

 辻馬車営業所の見学を終え、ノルベルトが次の予定を述べた。

 「若様、明日から辻馬車営業所が開始されます。 それにつきまして、マントイフェルの住人にお披露目しようと思います」
 「えっ! しなくていいよっ! 何も言わなくても、走らせていれば、皆、気づくんじゃない?」
 「お披露目すれば、一度で認知していただけます」
 『別の世界では、新しい機種の開通式はするね』

 別の世界がどこの世界の事か分かっていないノルベルトだが、主さまモドキの話に頷いている。

 「それに、お披露目をした方が、きっと儲かります」
 「やろう。 すぐにやろうっ!」
 「はい、それでは日程を詰めますね」
 「うん、お願いね、ノルベルト」
 「……」

 グランが背後で溜息をついている気配がしたが、気にしないようにした。

 (守銭奴だって思ってくれていいよ、グランっ……僕は借金を返さないといけないんだっ)

 何か物言いたそうな表情をしている主さまモドキに見つめられ、首をかしげる。 しかし、主さまモドキは、何も言わなかった。 世界が違えば、家族の借金を子や孫が返済しないでいい方法もある。

 『別次元の話だしね。 郷に行けば郷に従えだね』

 ◇

 下宿屋は今から学生を募集しても遅く、出来上がっているものの、手を付けるのは辻馬車営業のお披露目会の後にすることにした。 そして、親方たちには貸し部屋の方を進めてもらう事にした。

 下宿屋として建てられていた建物は、全部で7棟、内、下宿屋として修繕したのは屋敷の手前に建てられていた4階建ての東と北にある2棟だけだ。 後の5棟は貸し部屋にしようと思っている。

 後日、アルフはマントイフェル主要都市であるロームの広場で、お立ち台に立っていた。

 集まってきたマントイフェルの住人は何が始まるのか、興味津々でアルフの方へ注目していた。 アルフのそばには白い布を被せられた乗合馬車が2台ある。 しかし、既にロームの町で走っている乗合馬車なので隠しても無駄なのでは、とノルベルトに疑問を呈したが、菅になく断られた。

 『演出が大事ですので』と、ノルベルトの言である。 アルフは咳ばらいをした後、集まった住人へ口を開いた。 ざわついていた住人達が話をやめ、広場が静寂に包まれる。

 「ぼ、私はアルフレート・リヒト・ロイヴェリクと申します。 この度、ロイヴェリク辻馬車営業所を立ち上げ、ロームの町に乗合馬車を走らせる事にしました。 乗合馬車はロームの主要場所を回り、高くないお手頃価格で乗れます。 皆さまの足が楽になりますよう願っていますので、どうぞご利用下さい」

 『流石、アルフだね。 14歳とは思えない演説、立派だよ』

 しわがれた声で茶化してくる主さまモドキを無視して、ざわつく住人たちに笑顔を向けた。

 何のことはない、演説の全文、ノルベルトが考えた言葉だ。 お飾り感が拭えず、アルフのこめかみが引きつく。 しかし、演説の言葉など何も思い浮かばず、投げ出してノルベルトに押し付けたのは、アルフ自身なのだ。 文句も言えまい。

 集まっていた住人の真ん前に、1人大きく拍手する同じ年くらいの少年がいた。 帽子を目深にかぶり、平民の服装をしている人物が2人いる。 拍手している少年の瞳は輝いていた。

 アルフの演説の後、マントイフェルの代官であるユルゲン・フォン・キルヒャーが挨拶をして、乗合馬車へ乗り込み、ロームの町を回る事になった。

 (さっきの少年2人……どっかで見たことがるんだけど……気のせいだよねっ)

 乗合馬車に掛けられていた白い布をノルベルトが優雅に取り去り、乗合馬車がお披露目された。

 住人から歓声が沸き上がる。 きっと普段では大した事ではいが、お披露目会という雰囲気に皆が流されている。 乗合馬車はお世辞にも、豪奢ではない。 平民が気軽に乗れるよう、装飾過多にはしていないのだ。

 アルフと代官が乗合馬車に乗り込むと、乗合馬車が出発し、お披露目会は終了する。 後の事は、ノルベルトに任せている。 アルフと代官を乗せた乗合馬車は、終着点である代官の館で降下して、館で今後の話の詰めをするつもりでいた。

 にこやかな笑みを浮かべて乗り込んだアルフだったが、目の前に見知った少年が座っていた。

 乗合馬車は最終的に、13人乗りくらいになった。 座席の間で立って乗る人数も入れれば、20人くらいだろう。 座席は個別の席でなく、向かい合って横長の座席になっている。

 にこにこと笑みを向けてくる少年は、ローゼンダール王国の第一王子、アルトゥールだった。

 先程、観衆の真ん前で演説をしたアルフへ大げさな拍手をしていたはずだ。 いつの間に乗合馬車に乗り込んだのか。 補佐候補のルディと2人、アルフと向き合って座っていた。

 「どうして……トゥール殿下がここに?」
 「どうしてって? こんな面白そうな事を見逃すなんてあり得ないだろう? どんな顔をして、演説するのか見てやろうと思ってな。 それに、代官を立ててはいるが、マントイフェルは王家直轄地だ。 私がいてもおかしくはないだろう?」
 「「……」」

 『きっとまた、サボる口実ができた』と、喜び勇んで来たのだろう。 アルフとグランからスッと表情が消えた。 無表情でトゥールのそばで控えるルディに同情した。 平民の恰好をさせられ、トゥールに引っ張て来られたのだろう。

 『……ふむ、中々、面白い王子様だね』

 しわがれた声が肩口で聞こえ、また呼び出してもいないのに、主さまモドキは勝手に出て来たらしい。 肩に小さい生き物の体重が乗り、肩が小さく跳ねる。 そっとトゥールとルディの方へ視線をやると、2人も見えているらしく、瞳を見開いて驚いていた。

 「アルフ、肩に乗っているのは何? もしかして、精霊かい?」

 トゥールには黙っていたかったが、見えている上に、主さまモドキの声も聞こえているらしく、2人とも本当に驚いていた。
 
 「いえ、違います……僕の『検索魔法』という祝福です」
 「えっ! アルフの祝福は『チャクラム』だけじゃなかったのか?!」
 「……ええ、そうです」

 何故、今まで黙っていたのか、何となくだ。 はっきりした理由が今は思い浮かばない。 アルフの隣に座ったグランは自身だけは見えなくて悔しそうにしていた。

 代官のユルゲンは乗り込んですぐに、御者と交通のルートを確認する為、御者席に移動していて、アルフ達の話は聞こえていない。

 馬車は石畳の道を進み、広場の次の主要場所、教会へ向かっていた。

 アルフ達の耳に教会の鐘の音が届き、トゥールが思い出したかの様にアルフに視線を向けた。

 「アルフ、その『検索魔法』はとても魔力値が高い。 『チャクラム』のレベルはどれくらいなんだ?」
 「えっ、レベル? ……祝福にレベルってあるんですか?」

 トゥールとルディが『おや?』と眉を跳ねさせた。 ルディに至っては、アルフへ向けていた視線をグランへ向けている。 ルディに問うような視線を向けられたグランは、はっとした顔をした。

 「申し訳ありません、若様。 伝え忘れておりました。 若様は取り扱い説明書を見てはいないのですか?」
 「……そう言われてみれば、最初に見たっきりかも……」
 
 考えてみれば、チャクラムは木工細工に使うばっかりで、戦う為の技術は磨いて来なかった。 細かい作業のおかげで大分、チャクラムのコントロールが出来てきていると思っている。

 「祝福のレベルによっては、使える技とかも増えるんだ。 だから、皆は祝福のレベル上げを必死になってやっている」

 ルディの言葉にアルフは、隣で座るグランに視線をやった。 グランはバツが悪そうに視線を逸らすだけだった。

 (まぁ、僕も後先考えず、チャクラムを使っていたわけだし……文句は言えないか)

 『取扱説明書を出してみれば?』

 肩に乗っている主さまモドキがアルフに提案し、トゥールはアルフの取り扱い説明書をとても見たがった。 簡単に個人情報を見せるわけないだろうと、後で、皆には見せずにこっそりと見る事にした。

 トゥールにはチャクラムが空を切り、魔物を討伐する様を見てみたいという欲望がある。

 よく、アルフに魔物討伐へ行かないのかと尋ねてきていた。 もし、取り扱い説明書にチャクラムの技名なんて載っていたら、トゥールは絶対に見たいと言い出すに違いない。

 アルフには戦う技術を磨いている暇はないのだ。 アルフの頭の中では、次に着手する貸し部屋の修繕と、どうすれば住居人を確保できるのかに、思考が傾いている。

 のちに、チャクラムのレベルを上げないといけない事案が発生し、今までサボっていたレベル上げのつけを払うことになる。 今はまだ、気づいていないアルフは、頭の中で浮かんだ考えに頬を緩ませるのだった。
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