上 下
1 / 40

第一話 祝福の義

しおりを挟む
 魔法と魔物が蔓延る世界 1つの大陸が帯状に広がり、周囲には幾つもの小さな島国が点在している世界 大陸の中心部にそこそこ大きな王国がある。 国名をローゼンダール王国という。

 魔法が溢れる世界には、13歳を祝福する為の祝福の義がある。 教会の祭壇で祈りを捧げ、創造主から『祝福』を賜るという行事があり、全世界の国の王侯貴族から民草までが、13歳の少年少女が創造主に『祝福』を授かる為、祈りを捧げる。

 平民にとっては、創造主へ祈りを捧げるだけの行事だが、王侯貴族にとっては違う。 13歳の祝福の義で、王侯貴族は創造主から『祝福』を授かる。 様々な能力を授かり『祝福』を行使し、ローゼンダール王国を支え、王家に仕える。

 王家しかり、貴族にとっても祝福の義は人生の中でとても重要で、人生を左右する行事である。

 王侯貴族にしか授からない『祝福』だが、平民も授かる事がある。 祖先や親せきに貴族がいる場合である。 平民が『祝福』を授かるという事は、貴族の血が流れているという事。

 先祖の貴族いて没落したか、親戚に貴族がいたという考えが、有力な見解だ。

 因みに平民も生活魔法と呼ばれる初期魔法くらいは、皆が使える。 生活魔法は生活の中か、平民の学校で習う。
 
 ◇

 本日、1月1日は祝福の義である。 全世界で13歳になる少年少女が祭壇に祈りを捧げる。

 祝福の義を行う前に、白銀の長い髪をなびかせて、白いローブを身に纏い、司祭が朗々と子供たちに説法を説いている。 説法が終わり、両手を拡げた司祭は、自身の祝福である『祝詞』を創造主へ捧げた。

 祭壇に立つ司祭へ、創造主からの祝福なのか、煌めくエフェクトが注がれていた。

 教会に並べられている左右の長椅子に、周辺で暮らしている住民である13歳の少年少女と、孤児院で生活をしている13歳の少年少女が別れて座っていた。 大人に指示されて分れているのではなく、子供たちが自発的に別れて座っている。 孤児院と住民の子供たちの間には、交流がない。

 司祭の説法に大人しく耳を傾ける子供たちに、にこやかな笑みを湛えて優しく見守るもう1人の司祭と、シスターたち。 厳かに、最初の子供の名前が呼ばれ、祝福の義が始まった。
 
 孤児院の子供たちの中に、ローゼンダール王国の平民の色をしていない少年がいた。 少年の髪は薄いグレーで、瞳は澄んだ青色をしていた。 着ている服はベージュのシャツと、擦り切れた茶色のズボンだ。 孤児院の子供たちは、どの子も質素な服装をしている。

 少年はアルフレートという名で、真っ直ぐに司祭を見つめていた。

 ローゼンダール王国の平民は、皆が焦げ茶色の髪に茶色の瞳だ。 王侯貴族は髪と瞳も、薄い色をしている。 詳しい事は分からないが、高名な学者によると、高い魔力の所為だと言われている。

 祭壇の前で立っている司祭に名前を呼ばれて、皆が一人一人立ち上がり、祭壇の前へ向かう。

 「創造主の祝福がありますように」

 司祭の声が何処か遠くで聞こえる。 アルフレートの胸は、今にも押し潰されそうなくらい鼓動し、緊張していた。 アルフレートの髪色も瞳の色も、皆とは違う。 幼い頃から貴族の血が流れているのではないかと、言われて来た。

 (もし、何も『祝福』を授からなかったら、どうなるんだっ……皆の期待を裏切ってしまうっ)

 『祝福』を得られなかったとしても、アルフレートの生活は変わらないだろう。 しかし、何も『祝福』が授からず、皆が残念そうに顔を歪ませるのが、アルフレートはとても怖かった。

 (『祝福』を授かれば……良い所で働けるかもしれないっ。 家族の元に戻れるなんてっ、絶対に期待しないっ!)
 
 膝に置いた拳を緊張で強く握り締めた。
 
 アルフレートが孤児院に預けられたのは、1歳の時だ。 馬車事故が起き、転倒している馬車を通りがかった人が発見し、アルフレートだけが助かった。
 
 両親は馬車に押し潰されて圧死、アルフレートは母親に庇われたお陰で助かった様だ。 亡くなった両親の容姿から、何処かの貴族だろうと思われた。 しかし、親戚は見つからず、アルフレートは3か所も孤児院を移動させられた。

 「アルフレート」

 司祭から名前を呼ばれ一気に緊張が最高潮に引き上がったが、意を決した様に表情を引き締めて立ち上がった。 一歩一歩、踏みしめて前へ進む。 背中に孤児院の皆が、期待でいっぱいの眼差しで見つめて来る気配を感じる。

 祭壇の前で跪いて頭を下げ、胸の前で両手を組んで祈りを捧げる。 アルフレートは期待を込めて『お願い創造主様、僕に『祝福』を下さいっ!』とゆっくりと瞳を閉じた。 瞳を閉じた瞬間、目の前の司祭から息を呑む気配がし、背後から少年と少女、シスターたちの小さい声が上がる。

 アルフレートの頭上に光の粒が降り注ぎ、アルフレートの身体に吸収されていく。

 皆は『教会での祈りは静かに』の教えを守り、大きな声を出さなかった。 初めて見る光景に、子供たちは声も出せなかったという事もあるだろう。

 アルフレートに降り注ぐ光の粒が徐々に少なくなり、やがて静かに終わった。 そして、一枚の羊皮紙がアルフレートの頭上に触れ、跪いていた膝元に落ちて来た。

 羊皮紙を取り上げ、何も書いていない白紙の羊皮紙を裏返ししたりと眺め、アルフレートは頭の上にクエスチョンマークを飛ばした。 目の前の司祭が小さく笑った気配を感じて顔を上げる。

 「アルフ、おめでとう。 無事に『祝福』を授かった様だ。 しかし、まだ祝福の義は終わっていません。 席に戻って終えるのを待ちなさい。 後で私の部屋へ来るように」
 「は、はい……あの、この羊皮紙は?」
 「その羊皮紙は、大事に持っていなさい。 訊きたい事は山ほどあるでしょうが、話は後です」

 毅然と言い放った司祭の迫力に負け、アルフは羊皮紙を握りしめた。
 
 「はい」

 次に呼ばれた少年がじっとアルフを見つめて来るが、無視して自身の席に戻った。 まだ、周囲は先程、起こった光景の余韻が残っているのか、少しざわついていた。

 祝福の義は滞りなく終わり、アルフは司祭に呼ばれ、一緒に司祭の部屋へと向かった。

 二人の最後に、シスターが入室して来て、扉をきちんと閉めた。 司祭の部屋に入ると、アルフはソファーを勧められ、執務机の前に置かれてあるソファーセットに座る司祭の向かいに腰掛けた。

 大人しく座ったアルフに笑顔を向け、司祭はとてもご機嫌の様だった。

 「アルフ、その握り締めている羊皮紙を拡げなさい」
 「あっ! す、すみませんっ!」
 
 ずっと握り締めていた事を忘れ、皺だらけで寄れてしまった羊皮紙を両手で伸ばした。 向かいで可笑しそうに笑う司祭。 慌てて狼狽えているアルフ。

 とても微笑ましい光景だと、一緒に着いて来たシスターの笑顔に浮かんでいた。

 「羊皮紙に魔力を流して下さい。 羊皮紙に文字が現れます。 現れた文字の内容がアルフの授かった『祝福』です」
 
 アルフは喉を鳴らして、無言で頷いた。 羊皮紙に穴が開くのでないかと思うほど睨みつけてから、アルフは自身の魔力を流した。

 両手で持った羊皮紙がアルフの魔力を受け、光を放つと直ぐに治まる。

 光が眩しくて閉じてしまった目蓋をそっと開け、羊皮紙を覗き見た。 羊皮紙には自身とは違う文字が綴られていた。 勿論、司祭やシスターの文字でもない。

 羊皮紙にはこう書かれていた。

 一番上には『取扱説明書』と書かれ、次の行から説明書きがあった。 アルフは『取扱説明書』と心の中で反芻し、首を傾げた。

 『おめでとうございま~す! 貴方は創造主さまより『祝福』を授かりましたっ! 貴方が授かった祝福は『検索魔法』と『チャクラム』です。 ヤッホーイッ、やったねっ!』

 と、何処か陽気な感じの文章が綴られていた。

 (これ……取り扱い説明書だよ……ね)

 『では、『祝福』の説明を致しますっ!』

 と羊皮紙に文字が綴られ、何故か取り扱い説明書が胸の前に手を当てて、敬礼している様な妄想が脳裏に過ぎった。 助けを求める為、司祭の方に視線を向けると、司祭は視線を逸らして遠い目をしていた。

 自身の時の事を思い出したのだろうかと、アルフは瞳を細めて司祭を見つめる。 シスターの咳払いで先を促され、取り敢えず全文を読む事にした。

 (これって……冗談が通じない人から……もの凄く怒られるんだろうなっ……)

 『貴方が授かった『チャクラム』ですが、人を殺める事も出来る武器です。 なので、使用方法は気を付けて下さい。 扱い方を間違うと、自身も怪我をしてしまいます。 使用する時は、貴方にとって使用する事が必要なのか、ちゃんと考えて使用して下さい。 大怪我をしない為にも、修行をして使い慣れる事も必要ですよ。 頑張ってくださいっ!』

 (……大怪我っ? チャクラムは……僕には過ぎた武器かも知れないっ……)

 『チャクラム』という武器の絵と、横に細かく説明が補足されていた。 外側が刃になっている輪っかの武器だった。 補足には『切れ味抜群、どんな生物も鉱物でも、魔物の首も、簡単に首ちょんぱ出来ますっ!』と書かれていた。 己の首が飛ぶ妄想をしてしまい、背中に悪寒が走った。

 (首ちょんぱってっ……これ、どうやって持つんだよっ……握ったら確実に指が落ちる奴じゃんっ)

 『次は『検索魔法』です。 説明は無くても分かりますね。 全世界の事、異世界の事も検索可能な魔法です。 じゃんじゃん活用して下さいっ! 最後に『検索魔法』を呼び出す呪文をお教えします。 『Hey! 主さま』と唱えます。 すると、主さまモドキが召喚され、貴方様の疑問に答えくれますっ! (いいですねっ!)』

 何故か『(いいですねっ!)』の部分だけ、野太い声が耳に届いたような気がした。

 「はぁっ?!」

 (『Hey! 主さま』ってなんだっ?! そんな軽い感じで呼び出すのかっ……なんか、お調子者っぽい感じがするんだけどっ……それに、異世界ってなんだ? 意味の分からない事ばっかりだっ)

 全文を読み終わると、新たな文字が浮かび上がった。

 『説明は以上です。 もし、もう一度読みたい場合は、『取扱説明書』を呼び出してください』

 スッとテンションが下がった様な文面に、アルフの気持ちも落ち着いていく。

 最後の文字を読み終えると、羊皮紙が光を放ち、アルフの胸の中に飛び込んで来た。 身体の中で一瞬だけ、温かい何かを感じたが、直ぐに跡形もなく消えた。

 司祭に声を掛けられて、アルフは呆けた顔を上げる。

 「どうでした? 中々、面白い趣向でしょ? 我々が崇める創造主は、とても面白い方なのだと思います」
 「はぁ……」

 (創造主の考える事は、意味が分からないなっ)

 にこにこと微笑む司祭には、先程の気まづさは消えている。 じとっと見つめると、司祭は困った顔をして、『祝福』の内容を訊いて来た。

 「もしかしたら、アルフの家族が見つかるかもしれません。 『祝福』は家系を引き継ぐこともありますから」
 「分かりました……えと、『検索魔法』と『チャクラム』です」
 「2つも授かりましたかっ……しかも『チャクラム』とはっ」

 『チャクラム』と言った途端に、司祭とシスターの表情が変わった。 『祝福』に覚えがあるらしい。 司祭は安堵した様な声を出した。

 「そうですか……アルフはロイヴェリク家の血を継いでいるのですね。 大丈夫ですよ、今の当主はお優しい方ですから」
 「僕の家族を知っているんですか?」
 「今の当主の方は少しだけです……。 きっと、アルフの御父上だと思いますが、騎士団に所属されてまして、『チャクラム』はかなりの腕前だったようです」

 両親の事を覚えておらず、どんな顔をしていいのか分からず、アルフは困惑の表情を浮かべた。

 「『祝福』は、御父上と同じですね。 亡くなられたのは……大変、残念な事です」
 
 アルフは口を開けて呆然としていた。 簡単に家族が分かった事に、今までの苦労は?と、自身の胸に問いかけて複雑な気持ちになった。

 早速、連絡を取るので、気持ちを整理して覚悟していて欲しいと言われた。

 「今の当主は、アルフの祖母に当たる方です。 お優しい方なのですが、もしかしたら……」

 司祭は悲し気な表情を浮かべて、途中で言葉を濁した。 司祭の言葉に、アルフも諦めの表情を浮かべる。 壁際で静かに聞いていたシスターも、不安な表情を浮かべた。

 (もしかしたら、引き取ってくれないかも知れないっ。 馬車事故だったから、捨てられたわけでないだろうけど……。 今まで探しもしなかったんだろうか……それとも、もう死んでるって諦めてた?)

 アルフは、初めて自身の家族の事を考えて、眠れぬ夜を過ごした。 数日後、アルフの不安は杞憂に終わった。

 ◇

 「司祭様、アルフです」

 司祭の部屋の扉をノックすると同時に、アルフは声を掛けた。 直ぐに司祭が入ってくるようにと返事が返って来た。

 「失礼します」

 扉を開けて入室すると、満面の笑みを浮かべる司祭と、見知らぬ白髪の老紳士がいた。 司祭よりは年上で、シスターと同じ位の年に見える事から、アルフから見たら祖父くらいの年齢だろうと思われる。 とても仕立ての良い黒い執事服を身に纏っていた。

 老紳士は姿勢も良く、アルフを見るとにっこりと笑みを浮かべた。 真っ直ぐに、アルフの元へ近づいて来る。 何故か、老紳士に言い知れぬ恐怖が沸き、数歩、後ずさった。

 老紳士は綺麗にお辞儀をしてから、口を開いた。

 「初めてお目にかかります、アルフレート様。 私は、ロイヴェリク男爵家の家令をしております。 コンラート・フォン・アテシュと申します。 どうぞ、宜しくお願い致します」

 老紳士の丁寧な挨拶に、口を開けて唖然とした後、アルフも慌てて頭を下げて挨拶を返した。

 「あ、えと、は、初めましてっ……アルフレートといいますっ」
 
 大人から丁寧に挨拶などされた事がないアルフは、分かりやすく狼狽えた。 アルフを見て面白そうに笑った司祭から声がかかった。

 「アルフ……いえ、アルフレート殿、と呼ばないといけませんね。 コンラート殿は、準男爵様だ。 ロイヴェリク家に代々、仕えている家系だそうだよ。 ちゃんと身元証明もあるから、間違いありませんよ」
 「……っ」

 (頭が混乱してっ、なんて、答えれば正解なんだっ……)

 アルフがどんな顔をすればいいのか、なんて言えばいいのか悩んでいると、コンラートに優し気な表情で微笑まれた。 じっと顔を眺められ、アルフは途端に気恥ずかしくなり、俯いた。

 「ふむ、ウ―ヴェ様に瓜二つで御座いますね。 ウ―ヴェ様とは、アルフレート様の亡くなった御父上の事です」
 「父上、瓜二つだと言っても、他人の空似もあります。 血縁関係を調べませんと、証拠になりません」

 突然、背後から第三者の声が司祭の部屋で響いた。 アルフはもう1人いるとは、全く気付いていなかった為、飛び上がって驚いた。 恐る恐る声のした方へ振り返る。

 「そうだな、ノルベルト。 よろしいですか? 司祭様」
 「はい、よろしくお願いいたします」

 司祭とコンラートが何やら話している声が耳に届いていたが、アルフの視線はノルベルトと呼ばれた男に、釘付けになっていた。 薄茶色の髪色に濃紺の瞳、黒い執事服を纏い、只ならぬ黒いオーラを発している。 ノルベルトに、コンラート以上に恐怖を抱いた。

 鋭い瞳には、何かが蠢いている様に見える。

 (めちゃくちゃ怖いんですけどっ……全然、気配がしなかったっ! えぇ、この人、何者~っ!)

 腕に何かがチクリと刺したような感覚を覚え、アルフは眉を顰めた。

 気づかないうちに、シャツの袖を捲り上げられて、小さい針がアルフの二の腕を刺していた。 針先にアルフの血が付いており、魔道具なのか、掌に乗るくらいのガラス玉に落とされた。

 先程の恐怖心が消えて、一心に司祭が持つガラス玉を見つめた。

 アルフの血はガラス玉の中で、弾けて解けていった。 続いて、薄いグレーに見える数本の髪の毛と、焦げ茶色の髪の毛がガラス玉に投入される。 不思議な事に、髪の毛はハラリとガラス玉の中に落ちていった。

 アルフの喉で、何が起こるのか期待で小さく息を呑む音が鳴らされた。

 ガラス玉が光を放ち、周囲を照らした。 光が収まった後、ガラス玉には文字が浮き上がっていた。 浮き上がった文字は、落とされた血はロイヴェリク家の者だと、表示していた。

 『100% ウ―ヴェ・ダーヴィト・ロイヴェリクと、妻ユーディトとの子供。 ロイヴェリク家の者に間違いない』

 (今の何っ?! 僕の血を調べたの?! 今の髪の毛って……もしかして、父さんと母さんの?)

 色々と聞きたい事があったが、驚きすぎて声に出せなかった。

 かくして、アルフはロイヴェリク家の者だと認められた。 直ぐにロイヴェリク家に来て欲しいという旨が伝えられた。 今は色々と聞きたい事があるだろうが、一度、当主である祖母に会って欲しいと、コンラートから言われてアルフは戸惑いながらも頷いた。
しおりを挟む

処理中です...